「ヘイ、セシリア。葦原の猿達の話を聞いたかい?」
「あら、何の話かしら?」
ヴィンランド合衆国海軍に属するセシリア・ニミッツ少将はフレンダ・ハルゼイ少将にサンディエゴ基地で声をかけられた。
「何でも葦原海軍にラ・メール症状を発症しない男が配属されたらしいぞ。噂程度だがな」
「へぇ……それが事実なら葦原は何故公表しないのかしら?」
「さぁ? そんな事はオレは知らねぇ。でも葦原の猿にそれが現れたのならウチらにも現れるって事さ」
「あら、貴女にしてはポジティブ思考ね」
「へっ、かもな」
そう話す二人であった。
その日の帝都は朝から大雪だった。伴天連歴1936年2月26日早朝、皇道派の影響を受けた葦原陸軍青年将校達に率いられた約1400名余の下士官・兵が蜂起。総理官邸は元より鈴木栞子侍従長、斎藤実内大臣、高橋是清大蔵大臣等の邸が襲撃された。しかし、襲撃した邸は全てもぬけの殻だったのである。
「駄目です、何処の邸も人一人っ子いません!!」
「おのれ、情報が漏れていたのか!?」
決起した野中陸軍大尉らは悔し紛れにそう言い合うがその上空を大量の航空機が飛来した。
「あれは……」
「あれは海軍機です!! 海軍機からビラが……」
上空を航過する海軍機からビラがばら蒔かれ拾うとそこには『勅命』と記入されていた。
『下士官兵ニ告グ
・1 今カラデモ遅クハナイカラ原隊ヘ帰レ
・2 抵抗スル者ハ全部逆賊デアルカラ射殺スル
・3 オ前達ノ父母兄弟ハ国賊トナルノデ皆泣イテオルゾ
戒厳司令部』
「……そんな……」
そして砲声が聞こえてきた。わざわざ海軍が東京湾を北上して空砲射撃をしていたのだ。しかも重巡洋艦『高雄』『愛宕』『妙高』らを主力に空砲射撃を敢行していたのである。
「……負けた……か……」
野中大尉は敗北を悟る。それは安藤大尉達も同じであった。結局、安藤大尉や野中大尉らは下士官兵らを原隊に戻して降伏するのである。
「何とか226事件は解決出来ましたか」
「これも三好中将の情報のおかげだ」
「やはり情報は戦の勝敗を左右する……か……」
「これを機に情報省を立ち上げてみるのもよいかと思います」
いつもの会合場所の料亭で将和らは集まっていた。今日は政府関係者から岡田に高橋是清、陸軍は寺内に畑、海軍からは伏見宮にGF長官の米内が出席していた。
「今暫くは岡田総理の内閣でやりきれるでしょう。一先ずは近衛に内閣を組閣させない事が優先です」
「君から話を聞いていたが……近衛の落ちぶれはなぁ……」
将和の言葉に岡田は染々と頷く。
「まぁ近衛の落ちぶれはさておき……今年度の予算だが、何とか大神と旅順の海軍工廠建設は認可される」
「出来れば開戦時までには稼働したいところですね」
葦原政府は将和の情報を元に大分の大神、旅順に海軍工廠の建設を踏み切った。特に大神には戦艦・空母用の船台2、船渠3の施設の工廠であった。また旅順も巡洋艦級の船台2、船渠2の建設予定でありこの予算は半島の開発投資を大幅に削減してそこから流用したモノであった。
「陸軍も元工員や作業員、技術者を中心に除隊をさせているところだ。まぁ理解出来ていない奴は不満の声を挙げているがな」
「一度研修として工場に配備させた方が良いかもしれませんよ。工場と言えば工作機械の方はどうなっていますか?」
「取り敢えずは大量に輸入をさせてはいるがヴィンランドが怪しみ出したな……」
「んー、ヴィンランドからの輸入は少し減らしましょう」
「ウム、そうしよう」
そして会合は夜中まで掛かり終了後、将和は米内に声をかけられた。
「三好中将、最近の艦隊はどんな感じ?」
「まぁ漸くモノになってきた感じですね。宇垣はまだ俺に警戒してますが……」
「ハハ、宇垣ちゃんらしいよ。それで……智里ちゃんはどんな感じかな?」
「どんな……とは?」
「『機動部隊を率いられそう』かな?」
「…………………」
米内の言葉に将和は溜め息を吐きながら日本酒をグイッと飲み干す。胃に日本酒が入り腹の中がカァッと熱くなっていくのを将和は自覚しながらも口を開いた。
「まだ無理だな。奴は確かに航空戦の知識があるものの……知識だけだ。実戦が無い」
「あらあら、手厳しいわね。小澤ちゃんも頑張っているらしいけど?」
「艦隊決戦と違って航空戦は消耗戦だ。多少の荒療治にはなるが……してもいいか?」
「任せるわ。それで葦原の未来が救えるのならね♪」
「……食えない人だな」
ニコッと笑う米内に将和は肩を竦めて新しく茶碗に日本酒を入れて飲むのである。それから月を跨いだ3月3日、桃の節句の日に将和はたまたま軍令部に用事(宮様との会合)があったので軍令部の廊下を歩いていると笑い声が前の方から聞こえてきた。
「オーッホッホッホ。今日も良い天気ですわねッ」
「そうですね嶋野さん」
(あれは確か……)
以前、遠目からでしか見ていなかったが軍令部次長の嶋野中将とその取り巻き(伊藤や富岡、福留や三代ら)が高笑いしながら歩いていた。そして嶋野が将和に視線を向けるとクスリと笑みを浮かべる。
「あら……何処の男かと思いましたら米内長官の囲い男ではありませんか」
「……そんな事言われたのは初めてだなぁ」
嶋野の言葉に将和は思わず感心してしまうが嶋野はそれを気に食わなかったのかムッと表情を変える。
「あら、言われ慣れてないのですね」
「違う渾名があったものでね」
嶋野の言葉に将和は肩を竦める。女誑しやすけこまし等、宮様や東條らに言われていたのが懐かしいのだろう。
「まぁ宜しいでしょう。私達の邪魔をしなければ何も致しませんわ」
「別に一号艦は必要だから邪魔はしないけどな。弱点あるから改良に口を出しているだけだしな」
「……何ですって? 弱点ですと?」
「まぁそれは自分で考えな」
そう言って将和は立ち去るが嶋野はそれを目で追っていた。やがて持っていた扇子をパチンと鳴らす。
「伊藤さん」
「はい」
「あの三好中将の事を調べなさい」
「はい」
嶋野に目をつけられる将和であった。なお、数年後には嶋野のやらかしで将和がブチギレ事案があったのは今の段階では些細な事である。
「敵雷撃機9機、左舷から侵入!!」
「……おもぉーかぁーじ!!」
『おもぉーかぁーじ!!』
伴天連歴1936年11月3日、ヴィンランドではフランクリン・デラノ・ローズンベルトが大統領選で再選を果たす中で土佐湾沖では第一機動部隊の航空演習が行われていた。
「『青葉』に命中弾!! 『青葉』後退します!!」
「敵機直上ォォォ!! 急降下ァァァァァ!!」
『加賀』の上空から九六式艦上爆撃機6機が一斉に急降下を開始する。『加賀』の防空指揮所で回避運動を指揮していた将和は急降下してくる艦爆を見つめつつ伝声管に向かって叫ぶ。
「取舵20!!」
『とぉーりかぁーじ!!』
『加賀』は33ノットの速度で艦爆隊の爆弾を回避する。それを上空で演習爆弾を投下して上昇中の艦爆隊も見ていた。
「嘘、あれを避けるなんて……」
「やっぱ三好の旦那は凄いな……」
その後、演習は1700に終了するが『加賀』だけは無傷という結果に終わるのである。
「相変わらず回避運動は凄いな……」
報告書を纏めている宇垣も毎度の事とは言え驚いていた。宇垣も将和が作成した『爆雷撃操艦方法』のマニュアル書類を読んでいたが理に叶っているので特に問題はされていなかった。むしろ各艦長にこのマニュアル書類を配布して回避運動の向上をさせようとしていた。
「師匠が凄かったからな」
将和はかつてサイパン沖で戦艦『薩摩』と運命を共にした男を思い出していた。彼に師事していなかったら将和も腕を上げられてはいなかっただろう。
また、将和は戦闘機無用論を払拭させていた。第一機動部隊にも戦闘機無用論を唱えるパイロット達もいたが将和自らが戦闘機に乗って戦闘機隊を率いて攻撃(演習)してきた戦闘機無しの攻撃隊を全機撃墜したりして第一機動部隊での戦闘機無用論を払拭させる事に成功していた。
これにら噛みついたのが小澤や五十子らであったが五十子達も再度見せられた現実に頭を変える事にした。即ち戦闘機パイロットの大量育成である。
「あ、それと司令。小澤から書類を頼まれた」
「書類?」
「あぁ……この書類だ」
宇垣から渡された書類に目を通した将和だが、最初の題名で嫌な予感を覚えた。
『アウトレンジ戦法』
将和は書類を捲りパラパラと読んでーーマッチ箱からマッチを取り出し点火、マッチの火を付けて書類を燃やしたのである。
「お、おい……」
「……宇垣、小澤に伝えてくれ。明日、0700までに飛行服に着替えて飛行甲板に来いとな。お前も飛行服に着替えておけ」
「え、私も……?」
将和はそう言って作戦室を出て格納庫に向かい整備長のところに向かうのである。
「整備長、悪いが艦攻を1機。ガソリン満タンで用意してくれ」
「それは構いませんけど……何かするので?」
「まぁな……」
整備長の言葉に将和はそれ以上は言わなかった。
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