なのでパクりやろと言われても同一作者だよ!ティキティキ野郎!で返します。
時は伴天連歴1937年1月も7日の事だ。その日、戦艦『伊勢』『日向』は同じく戦艦『扶桑』『山城』を相手に対艦砲撃訓練を実施中だった。
事件が起きたのは2203、夜戦に突入し二隻が第三斉射目を砲撃した時である。突如として『日向』は揺れた。
「な、何事なの!?」
艦橋にいた『日向』艦長の沢本大佐は衝撃で床に倒れそうになるも踏ん張って倒れはしなかった。
「ほ、報告!!」
そこへ艦橋に駆け込んできたのは一人の水兵だった。
「状況知らせ!!」
「こ、後部第四砲塔が爆発!! 四番砲塔全員殉職!!」
「何ですって!? 全弾薬庫に注水!! 引火しそうなところには全て注水しなさい!!」
沢本は爆沈だけは避けようと全弾薬庫への注水を優先させた。しかし、三番砲塔が間に合わずに再び爆発したのである。それでも『日向』は爆沈だけは避ける事が出来たのであった。
しかし、その代償として二砲塔と第三、第四砲塔の爆発と誘爆により機関室にも火災が発生し避難が間に合わず機関員が大量に焼死する事案も発生してしまうのである。
また、訓練を中止して消火活動に当たろうとしていた『扶桑』も後続してきた『山城』と連絡が不通だった事もあり衝突、両艦も中破してしまうのであった。
その後、1月16日に委員会で発表された事故調査の結果であるが原因は主砲弾装填後、尾栓が完全に閉じないうちに火管から電流が流れて装薬に点火、弾丸を前方へ飛ばすはずの圧力が砲塔内に逆流したためであった。火管から突然電流が流れることは、四番砲塔に特有の「癖」だったという史実に関連する爆発事故がまさかこの場面で発生し、しかもその余波は大きかったのである。
なお、三隻の修理に待ったをかけたのが伏見宮だった。伏見宮は将和から史実の航空戦艦の話を聞いていた。そこで宮様は大破した『日向』と姉『伊勢』の二隻を大規模改装して航空戦艦にしようとしたのだ。
また中破した『扶桑』『山城』の2隻は三番、四番砲塔を撤去し機関と装甲の追加、対空火器を増強した準『金剛』型戦艦にしようとした。伏見宮本人は四隻とも航空戦艦にしたかったが国内のドックの数が少ない現在、長期間も四隻がドックに居座る事は流石に許されなかったのだ。
それでも陸軍が徴兵し除隊させた熟練工員や作業員、技術者達がいなければ航空戦艦への改装も早期には実現しなかったのも確かではある。
「航空戦艦となると瑞雲の開発も急がないとな」
「瑞雲? 水上機のですか?」
「瑞雲は良いぞ」
何故かそんな話をする将和と小澤である。それはさておき、伴天連歴1937年5月1日に呉工廠にて1隻の戦艦の起工式が行われた。後に『大和』と命名される『一号艦』である。
③計画は一部が修正変更されつつも早期に実施されていた。修正されたのは急設網艦の『初鷹』型2隻、砲艦甲・乙の4隻、測量艦『筑紫』が削除されその分の予算が航空隊に追加されたのである。
「……米内先輩の後釜でGF司令長官になったけど……私は兵力を整えるのが先決だろうと思うの」
2月2日にGF司令長官に就任した永野修身大将は呼び出した将和にそう告げる。
「だから次に繋げるために私は頑張るわ」
「………長官、お任せ下さいッ」
永野を見て将和は敬礼をする。それを見て永野は米内から聞いていた将和の風評を改めて将和を見てクスリと笑い敬礼するのである。
そしていつもの会合の時、米内は海軍次官であった五十子も連れてきた。
「あの……米内先輩? これは一体……」
「なぁに、五十子ちゃんも仲間になったというわけだよ」
料亭に連れて来られた五十子は岡田総理や寺内大臣がいて困惑していたが無理もないだろう。
「五十子ちゃん、この集まりは非公式だからね。無論、これは口外してはならないし記録に残らない会合だから」
「は、はい」
こうして五十子も将和の仲間入りをするのである。3月19日、純国産航空機『神風』号が完成し後のブリトンのジョージ六世の戴冠式奉祝に重要な役割を担うのである。
そして7月7日、中華大陸の北京西南方向にある盧溝橋にて一発の銃声が鳴り響いた。
「中華軍からの銃撃だと!?」
「兵士一名行方不明!!」
「これは中華軍の攻撃だ!! 直ちに一文字山を占領せよ!!」
葦原陸軍支那駐屯歩兵第一連隊は中華民主軍からの攻撃を受け、直ちに二個大隊が中華民主軍に反撃を開始した。
『盧溝橋事件』の始まりであった。だが、事件後に葦原政府は先に中華民主国に対し駐屯部隊及び居留民の撤退を通告した。
「我が葦原中津国はこれ以上の問題を避けるために中華大陸に駐屯する部隊、居留民等をリャオトウ半島に引き揚げる事を通告する」
突然の葦原の方向変換に中華民主国の蒋介石は驚きつつも葦原の方針を歓迎する旨を公表する。なお、これにより通州の悲劇はギリギリで避けられたのである。
北支は避けられた……が、中支では戦闘は避ける事は出来なかったのである。
8月13日、中華大陸の上海において中華民主国軍の第88師が上海の葦原租界へ攻撃を開始したのである。
「それで状況は?」
「今は持ちこたえてはいますが……」
上海には将和の情報もあった事で上海海軍陸戦隊3900、漢口から引き揚げてきた陸戦隊300、呉と佐世保から増援で送られた1800及び装甲隊、陸軍の実験戦車隊が展開していたのだ。
「三好中将の第一機動部隊は?」
「既に上海沖に展開しており及川中将の第三艦隊も共同で事に当たっています」
この時、将和の第一機動部隊は上海の居留民を引き揚げるための支援として上海沖に展開していたのだ。
第一機動部隊
司令官 三好中将
参謀長 宇垣束大佐
航空参謀 小澤智里大佐
第一航空戦隊
『加賀』『鳳翔』
第二航空戦隊
『龍驤』
第四戦隊
『高雄』『愛宕』
第十一戦隊
『八雲』『和泉』
第一護衛隊
『五十鈴』
第三水雷戦隊
『由良』
第二駆逐隊
『峯風』『澤風』『矢風』『沖風』
第三駆逐隊
『汐風』『夕風』『太刀風』『帆風』
第五駆逐隊
『朝風』『春風』『松風』『旗風』
そして8月13日午後4時54分、八字橋方面の中華民主国軍第88師の第523団第1営が西八字橋、済陽橋、柳営路橋を爆破し砲撃を開始した。そのため葦原軍は応戦した。午後5時には大川内上海特別陸戦隊司令官が全軍の戦闘配置を命令し、各所で戦闘が開始されたのである。
14日早朝には中華民主国空軍の攻撃隊が次々と離陸し上海沖に停泊する第三艦隊と第一機動部隊を爆撃しようとした。しかし、両艦隊上空には36機の九六式艦戦二号型が展開していた。
「クソッタレ。日本軍の戦闘機だらけだ!!」
「構うな、このまま爆撃してやれ!!」
だが中華民主国空軍のはヴォート V92「コルセア」、ノースロップ・ガンマ、カーチス・ホーク3等の混合であり彼等は散々な目に遭わされた。基地に辿り着いたのは僅か数機程であり対して両艦隊の被害は無しであった。
「このままで奴等が終わるとは思わんな」
「はい、しかし『高雄』『愛宕』の対空電探が役に立ったな」
将和の言葉に宇垣は素直にそう述べる。『高雄』『愛宕』は将和の世界の対空電探を元に開発を進めて漸く完成したばかりの艦搭載用の対空電探ーー21号対空電探ーーを搭載しており上手く作動していた。(距離60キロで探知)
「だが問題はこの雲だ」
「あぁ、台風の影響だな……」
上海沖は時折分厚い雲が点在していた。台風の影響で雲が上海方面に流れていたのだ。
「三好司令、渡洋爆撃に向かった爆撃隊の護衛隊が帰還します」
「被害は?」
「護衛隊に被害は在りませんが陸攻隊が不意打ちを食らって2機が着陸後に破棄されています」
「そうか。未帰還機が無くて良かった」
同日には台湾松山飛行場に展開していた鹿屋空の九六式陸攻18機が杭州や広徳等を爆撃していた。無論、中華民国空軍も戦闘機を出したが護衛の九六式艦戦18機に阻まれて逆に7機が撃墜される程であった。なお、上海への誤爆は史実と同じく行われていた。
「クソ……こうなれば例の爆撃隊を出せ!!」
「しかし司令官、あれは……」
「構うな!!」
被害の大きさに中華民主国軍の張治中はとある指令を出した。そして8月17日、早朝から中華民主国空軍の爆撃が始まった。無論『高雄』『愛宕』らの21号対空電探は作動しており将和は戦闘機を発艦させ上空警戒をさせた。そこへ上海陸戦隊からの爆撃指令が来た。
「中華民主国軍陣地への爆撃か」
「戦車隊等が攻撃していますがトーチカが厚い模様です」
「やむを得んな。空軍の爆撃が終われば攻撃隊を出すのでそれまで粘ってくれと伝えてくれ。各空母にもその旨を伝えろ」
「了解です」
将和の命令は発光信号に伝えられた。各空母は攻撃隊の準備も増えたので何時でも出せるようにした。それこそが慢心だったのかもしれない。各空母は攻撃隊に備えて数機程度の爆装準備をしたのである。
そして中華民主国空軍はまたしてもやってきた。
「各艦に対空戦闘を発令ッ」
「ハッ、対空戦闘!!」
「対空戦闘ォ!!」
一番最初に砲撃したのは『八雲』だった。九六式艦戦の空戦を潜り抜けたノースロップ・ガンマ12機が爆撃をするが艦隊は回避運動で回避していく。
「………」
「どうしました司令?」
上空を見ていた将和を不審に思った小澤が問い掛け将和はそれを無言で上空を指差した。その空域を見た小澤は察して顔を歪めた。
「また分厚い雲……ですね」
「彼処に敵機が潜んでいる可能性もある。各艦に注意を促せ」
「はい、直ちに」
将和の命令は直ぐに各空母に伝えられるが『龍驤』がこの時、爆撃回避のため分厚い雲の下を航行していたのだ。そして彼等はやってきた。
「敵ィィィィィィッ直上ォォォォォォォ!! 急降下ァァァァァァァァァ!!」
上空を警戒していた『龍驤』の見張り員が叫ぶ。分厚い雲からソ連から密かに供与されたSB-2爆撃機9機が現れたのである。SB-2はそのまま『龍驤』に緩急降下爆撃を実施した。
「敵機、来ます!!」
「とぉーりかぁーじッ!!」
『龍驤』は対空砲火を上げ激しく回避運動をして抵抗、6機の回避に成功する。しかし残りの3機の内、最初の1機が機体炎上しながらもそのまま『龍驤』に体当たりを敢行したのである。奇しくも体当たりした場所はエレベーターだった。この衝撃でエレベーターは破壊されSB-2ごと格納庫に飛び込んできた。更にSB-2の爆弾倉に搭載されていた100キロ爆弾6発が次々と爆発、その爆風は準備中だった九四式艦爆、九二式艦攻を薙ぎ倒し搭載していた250キロ爆弾や60キロ爆弾が次々と誘爆したのである。
「『龍驤』被弾!?」
「何!?」
将和が振り返ると最後の1機が投弾した250キロ爆弾が『龍驤』の前部飛行甲板に命中、爆発したところだった。
「『龍驤』炎上!!」
「『龍驤』に発光信号!! 被害知らせ!! 誘爆が激しければそのまま浅瀬に座礁しろ!!」
『龍驤』では大火災発生中であり艦長の阿部大佐も将和の命令が届く前に独断で浅瀬に進路を変えたのである。そのまま『龍驤』は浅瀬に座礁し沈没する危機は避けられ駆逐艦からの消火活動も借りていた。
「まさかSB-2とはな……」
「ルーシからの供与でしょうな……」
(まさか供与が早まるとはな……いや、歴史がそうさせたか……)
沈没の危機を脱した『龍驤』を尻目に将和と近藤はそう話す。上空では中華民主国空軍の攻撃隊は去っていた。
「どうします?」
「……当初の予定通りに陸戦隊の支援をする。敵攻撃隊はその都度防ぐ。敵飛行場の爆撃はそれからだ」
先に飛行場を叩けば艦隊の被害は抑えられるだろう。だがその間に上海が陥落すればどうする?
将和は陸戦隊の支援に徹する事にしたのである。なお、空母一隻炎上に張治中は狂喜乱舞し更なる攻撃を上海に加えたが第一機動部隊から発艦した攻撃隊が中華民主国軍の第87師や第88師に攻撃を加えて大損害を与えて後退させる等していた。
それでも中華民主国軍は激しく攻撃を敢行したが葦原海軍陸戦隊は租界の葦原側拠点を死守する事に成功する。続いて8月23日には上海派遣軍の三個師団(第十三師団が追加された)が上海北部沿岸に上陸したのである。
なお、26日には南京駐在ブリトン国大使ヒュー・ナッチブル=ヒューゲッセンが銃撃を受けて重症を負い、同行の大使館職員が葦原海軍機の機銃掃射によるものであると主張した。葦原海軍は自軍による機銃掃射を否定しようとしたが将和は直ぐにヒューゲッセンが入院する病院を訪れ謝罪をした。
これによりブリトンの対葦原感情が悪化するという事態は防げたのである。
また上海派遣軍は中華民主国軍のトーチカ構築に阻まれたが第三艦隊所属の砲艦や第一機動部隊が砲爆撃を敢行して上海派遣軍の攻撃をしやすくした事もあり中華民主国軍は総崩れとなったのである。
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