タイトル落ち。

よくある男1:女10000みたいな世界でのキヴォトスのお話。

いわゆる貞操逆転系の量産型なアレをブルアカにぶっこんだ形ですが、キヴォトスだとロボットとか動物除外したら1:10000で絶対すまないよなぁと思った今日この頃。

主人公は先生。


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この世界は女性のほうが本能強めで思春期のため欲望に振り回される。
ので、フィジカルガチ強なキヴォトス人は余計にアレな感じ。

この作中で主に残念気味なのは二人だけですが。




あべこべアーカイブ

 

 

 学園都市キヴォトス。

 

 

 総勢数千にもなる大小様々な学園と、学園の統治する自治区が集まってできた巨大都市。

 その中でも数多の学園に通じる総合窓口でありキヴォトス全体の行政権を担う連邦生徒会……その行政室の長である七神リンは、葛藤していた。

 場所はサンクトゥムタワーに用意された連邦生徒会の広々としたロビー。その一角のソファでは、ひとりの男性が背もたれに身を預け眠りこけていた。

 

(まったく、少々お待ちくださいと伝えておきましたのに……)

 

 彼こそ、失踪した連邦生徒会長が直々に指名し呼び寄せた、都市外から来た大人――先生。会長の行方不明以後の混乱に終止符を打てるかもしれない重要なフィクサー。

 慣れない旅路で疲れたのか、すぐそばにいるリンの気配に気付くことなく、先生は静かな寝息を立てている。

 事態は火急。連邦生徒会長不在でキヴォトスのあらゆる行政が機能不全を起こし、それに乗じた不良生徒の破壊活動や犯罪が激増。各自治区の治安維持処理能力を越えつつあり、いったいどうなっているのかと各学園から問い合わせが殺到している状況だ。

 その解決には、先生の助力が不可欠。すぐにでも叩き起こし「例の物」を早く渡さなければならない。

 理解はしている。けれど同時に、ごく個人的な感情が、リンに行動を踏み切らせずにいる。

 

(……これが、大人の男性)

 

 穏やかな寝顔に、ずい、と思わず身を乗り出す。しゃらりとこぼれそうな長い黒髪を尖り耳の裏に引っかけ、興味深く観察する。

 それも仕方のないことだ。キヴォトス出身共通のヘイローがない人間、まして男性の生の顔など、ずっとキヴォトス内部で過ごしてきたリンにとっては物語からキャラクターが飛び出してきたくらい突発的で現実味の薄い経験だ。

 キヴォトスに限らず、世界的に男性が不足している昨今。丁重に保護・管理されこれ以上の減少を抑えようと世論が躍起になるさなか、まさか招聘された教師が男であるとは。何事も冷静沈着なリンでも前のめりになるのは避けられない。

 

(何やらモゴモゴ言っていますね。夢でも見ているのでしょうか。あ、よだれが……もう)

 

 多感な年頃の少女ばかりの都市で晒してはならないような無防備さ。誰も疑っていないような無自覚なだらしなさは、それだけで多くの生徒たちを欲望に駆り立てるに違いない。

 いつからという具体的な数字はないが、減少する男性に対して女性が性的に暴走する事件は枚挙に暇がないという。希少な男性の種を受けようとする本能が時代を経るごとに活性化した結果だそうだ。理性の貧弱な生徒なら、今頃眠る先生を手籠めにするべく飛びかかっていたかもしれない。

 だがリンは持ち前の鋼鉄の精神で蓋をし、なんとか物珍しい相手程度の関心で済ませていた。

 手持ちのハンカチで先生の口元をそっとぬぐい、折り畳んだそれを懐に大事に戻しながら、リンはようやく先生を目覚めさせる決意を固めた。幸せな寝顔を堪能するのもほどほどにしなければ、蓋をしたはずの獣が目を醒ましかねない。

 

「先生……先生」

 

 決意に反して、なんとも弱々しい揺らぎ。か細くしぼった声。赤子を寝かしつけるかのごとき穏やかさで、本当に起こす気があるのか疑わしかった。

 肩に置かれた手は揺する素振りをしながらするすると鎖骨や首筋をくすぐるかのように流れ、胸元を下るというセクハラじみた挙動に。その名に相応しく凛と整った冷たい美貌を先生の耳元に近づけ、いまにも唇が触れそうな距離から吐息混じりに甘く囁く(ASMR)

 よくよく見ると、彼女の切れ長の目はギラギラと粘りけのある光沢を放ち、白い頬は上気し、先生の耳朶に吸い込まれる呼気は熱と勢いを増すばかり。

 どう見ても正気を失いかけていた。

 

「うぅ、ん……」

「―――はっ!」

 

 そんなリンだったが、あわや手袋に包まれる指先を先生の腹より下流に這わせようとした瞬間うめき声で我に帰り、即座に身を離した。

 

「あ、れ……キミは?」

「随分ぐっすりと寝入っていましたね、先生。あまり悠長にはしていられないというのに。到着して間もないのに恐縮ですが、集中して貰わなければ困ります」

 

 あたかも何もなかったかのような体裁を整えたリンは、眼鏡の向こうから先生に冷たい視線を落とした。……その長耳の先端は、髪に隠れつつも真っ赤である。

 慌てて立ち上がる先生と手短に挨拶を交わし、二人は詳しい話し合いのため上階に向かうエレベーターへ。

 スライドする自動扉。昇降機に乗り込み階のボタンを押すと間もなく浮遊感が漂う。

 

「すごいな……」

 

 扉の反対側。上から下へ流れるガラス張りの向こうの景色に目を奪われる先生。D.U.に立ち並ぶ都会的な発展を遂げたビル群に子供のように瞳を輝かせる。

 微笑ましいものを見るように口角を上げたリンは、背後からさりげなく先生に近づく。

 手すりを握る大きな手に自身のものを重ね、無意識に身体を擦り寄せると先生はきょとんとした様子でリンを見返した。怯えた様子も怖がる様子もない。よほどの箱入りだったのかと勘繰ってしまうような、警戒心など露ほども抱いていない小動物のような無頓着さ。生徒だからといって、出会ったばかりの女に心を許しすぎである。

 

(あぁ、かわいい……出会って間もないというのに、貴方は私をこんなにも惹き付ける)

 

 その無自覚な愚かさが愛おしく。

 誠実に期待に答えていたくなるような。手痛く裏切ってしまいたくなるような。

 ――相反する感情に内心振り回される。

 罪作りな男性(ひと)だと、早くも先生の魔性に狂わされそうだった。

 

 

「キヴォトスへようこそ、先生」

 

 

 今この瞬間、彼の瞳を独占する悦びをひそかに噛み締めながら、リンは歓迎の言葉を花束のごとく差し出した。

 

 

 

2

 

 

 

「な、なな、な……なにやってるのよアンタはぁぁああああああああっっ!!」

 

 

 早瀬ユウカはキレた。

 

 

 彼女がミレニアム自治区からわざわざサンクトゥムタワーにおもむいたのは現在のキヴォトスに振りかかる異常事態、それに伴う連邦生徒会のお粗末な体たらくを糾弾するためであった。

 同じ思惑のトリニティとゲヘナ……奇しくもキヴォトスで三大マンモス校と並び立つ学園の風紀委員たち+αと現場で鉢合わせしたものの、これ幸いと勢いに乗じて連邦生徒会へ乗り込んだ。予定外のことだらけで苛立つユウカの気分的にはカチコミに近い心境である。

 が、今対応する他の幹部では話にならなかった。当たり障りなくユウカたちを宥めるばかりで一向に事態が進捗しない。ストレスで思わずセットした髪をかき乱したくなる。

 

「ああもうっ! 会長代行は!? あの首席行政官様はどこっ!? 会長に話が繋げないならせめてそっちを呼びなさいよ! いい加減キッチリ説明されなきゃこっちだって納得いかないわ!」

 

 先頭に立ってヒステリックに喚くユウカに連邦生徒会側の面子はほとほと困った様子であったが、ほどなく到着したエレベーターからリンが現れたことでほっとした表情になり……そのまま固まった。

 不審に思ったユウカたちが後ろを振り向けば、待ち望んだ代行の姿が。

 しかして、レセプションルームに現れた彼女は見知らぬ大人の男性と仲睦まじく腕を組み、堅物な彼女らしからぬ柔らかな表情でいちゃつきながら登場したのだ。

 

「なにやってんのよアンタはぁぁああああああっっ!!」

 

 そして、冒頭の絶叫に至る。

 

「……面倒な人たちに見つかりましたね」

 

 つい先ほどまで浮かべていた優しげな顔から一転、舌打ちせんばかりに不機嫌な険をにじませるリン。

 

「ちょっと代行! 探したわよ! 色んな学園自治区が大変なこの非常時にアンタ、自分だけ暢気に男とイチャついてるなんてうらやま……図太い神経してるじゃないの! 釈明があるなら言ってみなさいよ!」

「……この方は本日付けでキヴォトスに配属された先生です。連邦生徒会長が直々に指名され、外からの長旅でお疲れのところを私はご案内しただけ。いちゃついてなどいません」

「だったらまず組んだ腕を外しなさい! そんなぴったり引っ付く必要ないでしょ!」

 

 ズンズンと近づきリンたちの間に割って入るユウカ。その際触れた先生のゴツゴツした男の手の感触にドキリと胸を高鳴らせる。ついでに女のそれとは異なるほのかな体臭を感じとり、特に理由はないがこっそり深呼吸。

 

「お待ちしておりました、首席行政官。それと、先生。はじめまして、トリニティ総合学園正義実現委員会で副委員長をしております、羽川ハスミです。まさか若い殿方とこのような形で出会えるなんて光栄です」

「ゲヘナ学園風紀委員所属、火宮チナツです。……代行、委員長がここしばらくの騒動について納得のいく説明を求めています。このままでは正常な学園活動に支障が出ると」

「矯正局からの脱走者もいまだ野放し。チンピラやゴロツキなどの不良がトリニティ生を襲撃する騒ぎもあります。この数週間で自治区内の犯罪発生率もかなり上昇しました」

「最近、不良たちの使う武器や戦車といった密輸品の出所も気になります。調べたところすでに密輸品の不正流通率が2000%を越えていまして……あ、すみません。トリニティ自警団の守月スズミです」

 

 高い身長と大人っぽい肢体に黒く大きな翼が特徴的なハスミ、おさげのような髪型に眼鏡と赤い手袋&タイツのチナツ、やや遅れて白銀のロングヘアにまぎれ小さな片翼が頭にあるグレーの制服を着たスズミが先生に自己紹介した。

 先生と無理やり引き剥がされたことで刃物のごとく目を細めてユウカを睨んでいたが、物騒な報告の連投で辟易と頭を抱えてしまう首席行政官。

 

「……はっ! そ、そうよ! ミレニアムだってこの間おバカどもがやらかしたせいで風力発電所がシャットダウンしたのよ! 非常の備蓄電力があったからまだよかったけど、もし万が一学園の重要サーバーが落ちてたらとんっっっでもない損失になるところだったんだから!

 あ、先生、私はミレニアムサイエンススクールの生徒会役員、早瀬ユウカといいます。今後ともどうぞ末なが……痛ッ」

 

 かぐわしい異性のフレグランスにトリップ気味だったユウカが慌てて参じるが、握手に乗じて先生の手を胸元に抱き寄せたのでリンの横槍チョップを受ける羽目に。ゴズッ! という鈍い音からわりと本気で殴られたのだろう。

 

「みんなよろしくね」

ふへへぇぇぇ……」

 

 笑顔で返礼しつつ、痛みに悶えるユウカの頭を撫でてあげる先生。生きてて良かった――人呼んで冷酷な算術師は他人様に見せられないとろけ面で昇天寸前であった。心なしかヘイローもフルフル感極まるようにバイブレーションしている。他の面子は羨ましそうであったり、冷たい怒気をにじませたり。

 

「先生? ひとまず親交を深めるのもほどほどに」

 

 こめかみを痙攣させたリンは咳払いで場を締め、改めて集まった生徒たちに向き直った。

 

「さて、諸々ご不満ご要望を抱えてわざわざ訪ねてこられた暇じ……各校の生徒会、ならびに風紀委員会の皆さん。誠に遺憾ながら、皆さんがお探しである連邦生徒会長は、現在その席におりません。

 端的に言って、行方不明なのです」

「はあっ!?」

「……っ!」

「やはり、あの噂は……」

 

 驚愕、困惑、納得その他、少女たちはそれぞれの反応を示す。

 

「結果、サンクトゥムタワーの最終管理者が不在のため、今の連邦生徒会には行政制御権がありません。各学園への対応を放置せざるを得なかったのはそのためです。

 会長の捜索と並行し、なんとか認証を迂回する方法を模索しましたが、解決には至りませんでした……つい、先ほどまでは」

 

 含んだ発言に首を傾げる。

 一方、流れを察したハスミはその視線をこの場で唯一の男性に送っていた。気付いた先生と視線がかち合うと顔を赤くして逸らしたが。

 

「そう、先生こそがこの騒動を解決する手段を……資格を有しているのです」

 

 

 ――連邦捜査部・S.C.H.A.L.E.(シャーレ)

 

 

 失踪する前の連邦生徒会長がひそかに立ち上げた謎の部活。キヴォトスのあらゆる学園の生徒を無制限に加入させることが可能で、すべての自治区の揉め事に介入し無制約に戦闘を行うことができる超法規的機関。

 先生はその顧問として働くために招かれたという。このような組織を独自に創設した連邦生徒会長の思惑は不明だが、あらゆるしがらみを無視して個人の裁量で堂々と捜査という名目の自由行動が許されるなど、よほどの信用に足る人物と判断されていなければ任せることはできない。あらましを聞いただけでも限りなく黒に近いグレーな組織である。

 しかし、窮状打開のため唯一用意されたバックドアでもあるだろう。今はこれにすがるしか道はないとリンは言った。

 

「シャーレのオフィスビルはここから約30キロほど離れたところにあります。ほとんど何もないような建物ですが、その地下にあるモノをまず先生に渡さなければなりません……モモカ」

『はぁいは~い。リン先輩なんの用……わっ、え、お、男っ?』

 

 通信端末から照射されたホログラムに桃色フワフワなツイテールの少女が映し出された。ポテチ片手にやたらのんびりした調子だが、制服やリンの呼び方からして連邦生徒会の人間には違いない。

 

「驚くのはあとにして。これからシャーレのオフィスに先生を送り届けます。すぐに直行可能なヘリコプターの準備を」

『シャーレ? あぁ外郭地区の? んーでもさ、ちょうどあそこ、いま大騒ぎになってるみたいなんだけど?』

「…………、なんですって?」

 

 

 

3

 

 

 

 連邦生徒会長が秘密裏に発足したシャーレ。

 D.U.外郭に建てられたオフィスビルに保管された「あるもの」、そして、その顧問たる先生さえ揃えば、滞っている行政権限を復活させキヴォトスの混乱に対処できるかもしれない。

 

「それはいいんだけど! 結構なんだけど! ……なんでその場に居合わせただけの私たちが現場に駆り出されるのよ!」

 

 

 

 先生とユウカたちは、戦場にいた。

 

 

 

 矯正局から脱走した生徒が武装したゴロツキたちを束ね、連邦生徒会所有の肝いり施設と噂されるシャーレビルとその付近の外郭一帯を占領したのだという。私怨による報復にしても、これだけの規模で行われれば立派なテロ行為である。恐ろしいのは、キヴォトスではこの程度のいざこざや銃撃戦が日常茶飯事だという現実か。

 場所はシラトリ区から移動してシャーレに繋がるD.U.の大通り。ヘリを飛ばして万が一撃墜されたら目も当てられないため、地道だがより確実な方法……地上からシャーレを目指す方針だ。

 それはすなわち、一帯で大騒ぎを繰り広げている不良たちを薙ぎ倒しながら進まなければならないということ。大規模に散らばっているであろう不良たちを完全に避けて通るのは不可能であり、戦う力のない先生だけではとてもこなせない危険任務だった。

 

「ごめんね、急なことで」

「い、いえいえ! 先生を責めてるわけでは決してありませんから! 腹立たしいのはあのツンドラ腹黒行政官の勝手な物言いですし! って危ないですからもっと頭下げてっ!」

 

 警告を飛ばした瞬間、遮蔽物にしている車の座席横の窓がバリン! と砕ける。続けて無数の鋭い風切り音とともに弾丸のぶつかる鈍い震動が車体ごしに伝わってきた。

 降り注ぐガラス片から頭を庇う先生の後ろでアサルトライフルの銃身を突きだし応戦するスズミ。先頭に位置するユウカも「こンのぉ!」とボンネットに肘を立てて文句と弾をばらまく。

 怒り任せに見えて的確な射撃でチンピラがバタバタと倒されるも、数が多く標的を消しきることはできない。一弾装を撃ち尽くし二人が身を下げた瞬間、また車体が火線の雨に虐げられる。

 

「ユウカさん。すでに言っても仕方のないことかと。先生だけではとてもこの戦場を突っ切ってシャーレにたどり着くのは不可能ですから。我々が安全にエスコートして差し上げなければ。キヴォトスの住人ではない先生は、銃弾一発で致命傷になりかねません」

「分かってる! 別に先生を見捨てて帰りたいって言ってるわけじゃないわよ! 本当ならこんな最前線に出てきてること自体気が気じゃないし……でも、せめて連邦生徒会側からも戦力寄越しなさいよ! よその学園の生徒に全投げって無責任すぎるでしょうが!」

 

 モモカの知らせを聞いて色々と苛立つ事柄の連続に血管ピキピキ状態であったリンは、集まってきていたユウカたちにシャーレ奪還の作戦を任せたのだ。

 

 ――心配ありませんよ。

 ――都合の良いことに、ここに各学園の暇じ……とても重要な役割を担う生徒たちが揃っています。戦力としてこれほど頼もしい方々はいないでしょう。

 ――ええ。あなた方の力が今、切実に必要です。まさかまさか、か弱い外の男性にひとり戦場へ向かえだなんて無体な鬼畜発言はしませんよね?

 

 こうなったからには是が非でもただでは帰さない……そんな圧がオーラとなって見えるようだった。

 支給された無線イヤホンから、後方の遮蔽物に隠れるチナツの補足が入る。

 

『ヴァルキューレはまた別の地区のチンピラ対応に追われてるみたいですね。同時多発的に騒ぎを起こして戦力を分散させ、本命に人が近寄りにくくしているのでしょう。明らかに計画的犯行。今回の脱走犯、暴れるのが得意なだけの生徒ではなさそうです――先生、二時の方向!』

「確認した。ハスミ狙えるかい?」

『お任せを』

 

 注意された方向に、どこから仕入れたのかロケット砲を構えようとするヘルメットの少女がいた。が、引き金を引く寸前ハスミの放ったライフル弾の狙撃を膝を受け、痛みで照準の狂った誘導弾があらぬ場所へ着弾。ちょうど手前の敵小隊規模集団を爆炎に包んだ。

 

「ぎゃーっ!!」

「どこ狙ってんグバァ!?」

 

 普通なら衝撃で手足ぐらい吹き飛んでもおかしくないが、ヘイロー持ちキヴォトス民の耐久力はすでに貫通力の高い銃弾を生身で浴びて「痛い」で済むユウカによって知りえたところ。案の定、まともに爆発に巻き込まれたマスクスケバンたちだが擦り傷や多少の火傷で昏倒しているくらいで負傷そのものは軽い。

 

「お見事」

『いえ。先生の的確な指揮と状況判断力があればこそです』

「確かに、いつもより戦いやすい気がするわね……」

 

 ただの庇護されるべき男性ではない。そう実感させる先生の指揮の手腕とカリスマが、少数にも関わらず不良たちを退け、彼女たちを戦場の中核に迫らせていた。

 

「止まってると危ない。シャーレも近くに見えるところまで来たし、ちょっと強引でも前進しよう」

「ですね、ずっと釘付けにされていては主犯の思う壺でしょうから……にしても、シャーレの地下にあるもの……ゴロツキにまで狙われるとは、いったいどんなものなのでしょうか?」

「今は考えても仕方ないわよ。代行もなにも教えちゃくれないし。連中の大半は愉快犯だから。単に連邦生徒会へ嫌がらせとかじゃないの?」

『不良たちを率いている主犯は、矯正局から脱獄した凶悪指名手配犯です。そこまでの人物が、浅はかな理由で連邦生徒会の施設を襲撃するとは……』

 

 

 災厄の狐・ワカモ。

 いまだ先生たちの前に姿を見せない今回の件の黒幕である。

 ここまでで少なくない交戦を経てきたが、雑多な露払いとばかりに烏合の衆が差し向けられるだけで本命である彼女が出てくる気配はない。そのお陰で順調に来れたとも言えるが、不気味な静けさは否めなかった。

 もしかしたら、もうすでにシャーレ内部で破壊工作を行っているのだろうか……。

 

「お喋りはあとで。ユウカ、敵を縫って最短及び最小限の戦闘で強行可能なルートを算出。スズミ、閃光弾準備、合図と同時に投げて攪乱。ハスミ、死角から狙撃援護しながら随行して。チナツはハスミの護衛をしつつ背中からの狭撃警戒をお願い」

「『了解!』」

 

 不安な心を冷静な仮面に封じ大人が次々指示を飛ばす。

 手元の端末(スマホ)を操作し現在地の地図情報から進行ルートが表示される。ものの十秒前後で計算を終え行けます、とユウカが頷いた。

 各自の準備が整い弾幕が途切れた合間を狙って、先生が後方にハンドサインを送った。

 

「閃光弾、投てきっ!」

 

 放物線を描いて筒がカランと地面に落ち、炸裂。

 

「ぐわぁあああーっ!」

「目がぁぁ―――!!」

「くっ、マズイ! 突っ込んでくぎゃッ!?」

 

 ヘルメットのスモークなどで目眩ましが利かない連中を優先的にハスミが遠距離から射抜き、ユウカの先導で部隊は進む。

 

「いたぞ! 撃て!」

「痛って!? ちょっ、今背中撃ったの誰!」

「視界がまだチラついて……っ」

「勘で撃つなバカ! 同士討ちするだけだ!」

 

 怒号と悲鳴。阿鼻叫喚が展開されていた。

 そんな混乱に乗じ、先生たちは最速進路を駆け抜けていく。流れ弾に当たらないよう身を屈め、進路上の敵のみを暗殺のごとく行動不能にしていきながら。

 だが目眩まし効果もそう長続きしない。スズミに継続的な閃光弾を命じたものの、敵もタイミングを見計らって光を遮り対策を講じてくる。

 

「ハッハッハ! そう何度も食らうがに゛ょんッ!?」

「敵を目の前に目をつぶるなんて不用心ね!」

 

 近接術も嗜んでいるのか、ユウカの立派な脚部から刈り取るような上段蹴りが側頭部に炸裂しもんどり打って不良が吹き飛ぶ。頭から立て看板に突撃しうめき声すら上げず崩れ落ちたさまはその威力の程度を思い知らせた。

 

「ユウカさん、そんな短いスカートで……」

「あっ、せ、先生? ……見ました?」

「大丈夫。ちゃんと目逸らしたから」

「…………お気遣いありがとうございます」

 

 紳士的な対応のはずがユウカの横顔は明らかに不満を言いたげだった。

 複雑な乙女の心情に気づかず、先生は前方に陣取る防衛線を眺める。電撃作戦で距離こそ大幅に稼げたが、どうやら最後の難関が待ち構えているようだ。

 

「さてと、他はなんとか突破できたものの……あれと正面衝突するのはキツイかな」

 

 シャーレビルの玄関に構えられた土嚢や街中からかき集めた物品での簡易バリケード。その内縁に展開されたゴロツキ集団。その数的脅威は元より、彼女らの中央に威風堂々居座る鋼鉄の塊――鈍色の砲身を突き出す装甲戦車が厄介の種であった。

 

『まさか、巡航戦車まで保有していたとは……』

『クルセイダー1型……! 私の学園で扱われてる制式戦車です。なぜこんなところに』

「大方、PMCから不法流通した中古品を買い付けたってところかしら? 壊して構わないのはいいけど、弾薬といい戦車といい、ゴロツキ集団にしては補給が行き届き過ぎよ!」

「ええ。それに、バリケードも簡易的とはいえ、ああもしっかり守りを固められていると突き破るのは至難の技でしょう。ちょっとした攻城戦に挑むような気構えが必要です」

 

 よく観察すればクルセイダーの両翼を最低一人ガトリング持ちやロケラン組が固めていた。主砲である戦車の隙を補うサブの固定砲台だろう。攻城とはいい得て妙である。

 相手の弾薬備蓄が不明な以上、兵糧攻めのような搦め手も使いづらい。時間を稼がれれば稼がれるだけ秩序取り締まり側の負債は大きくなっていく。

 何よりシャーレの「あるもの」が破壊されれば作戦はおしまいだ。

 

「どうしましょう……連邦生徒会から提供されたシャーレビルの全体構造マップだと、出入口は正面のひとつきり。ヘリポートはありますが、今さら呼び寄せても迎撃のリスクは変わりませんし……」

「適当な車輌を鹵獲して強硬突撃……は乱暴すぎますかね?」

「装甲車でもない限り無理よ。タイヤ撃ち抜かれて横転でもしたらあっという間に囲まれてフクロにされるわ」

『通常、防備を固めた相手を攻略するには三倍の兵力が必要と聞きますが……こちらは人数も兵器火力も圧倒的に劣っています。順当な作戦ではとても……はあ。ツルギがいてくれたら、と思ってしまいますね。無い物ねだりですけど』

『委員長やアコさんならこういうときどうやって……』

 

 目の前の主力陣地を捕捉しながらも、話はなかなかまとまらない。悠長にはしていられないが、現行戦力で立ち向かうには限度がある。

 最悪、玉砕覚悟で自分たちが囮になり先生にひそかに潜入してもらうかといった意見も挙げられたが、ビル内部の戦力分布も未知数なのだ。力のない先生単独では瞬く間に捕らえられる懸念があった。考えるほど八方塞がりに近い気がしてきて、ユウカは頭を抱えていた。

 

『ジジ……ガ……ッ』

 

 そのとき、そばからノイズのような音が聞こえた。

 音の発生源は先生の手に持つ無線機である。連邦生徒会から渡されたものとは違う、少し型の古いタイプの無線機だ。

 

「先生、それは……」

「何かの役に立つかと思って、倒したスケバンの娘たちから拝借しておいたんだ」

「いつの間に……」

 

 先生が周波数を調整するにつれて、無線の向こう側の声が鮮明になる。

 

『こ……隊! お……本じ……聞こ……か!

 ――聞こえてるか災厄さんよぉ! 本陣から増援を寄越してくれ! 第ニ防衛ラインが壊滅寸前なんだけどよぉ!!』

『ワカモは席を外してる。何があった?』

『なんだも何も、ヴァルキーレの連中がやってきやがった! 通過していった大人が率いる先遣部隊に好き勝手されたあとの混乱中によぉ! とてもじゃねえが手に追えねえ……っ!』

『待て。先生に突破されたのか?』

『そう言ってるだろーが! うわッ、きっ……ま…………―――!』

 

 話し手であった不良の声は遠退き、銃撃と怒鳴り声、ガチャガチャと装備を鳴らすような音ばかりが聞こえてくる。

 

「(ヴァルキーレの応援が来たみたいね)」

「(これなら後ろに置いてきた残党に挟撃される心配をせずに済みます)」

 

 繋がったままの無線に声が乗らないようヒソヒソと会話するユウカたち。無線を囲う形で肩を寄せあってるからか、汗と硝煙の入り交じった甘酸っぱい香りが立ち込めていた。

 

『おい! ……やられたみたいだ』

『どうする? 増援』

『って言っても、ワカモの奴は出入口を守っとけって伝えて一人どっか行ったままだし……うちらに指揮系統も何もないだろ』

『悠長に言ってる場合か! いくらなんでも編成されたヴァルキーレの連中と正面からかち合ったら……』

『弱気になるなよ。こっちの弾薬はまだ十分。戦車も構えてんだぜ? 籠城戦ならドンと来いよ!』

 

 通信相手が応答不能なのにやたらと長話が聞こえてくる。スイッチの切り忘れだろうか。なんにせよ、傍受する側はありがたい話だ。

 

『それよか、気になること言ってたな。大人……連邦生徒会が連れてきた男の先生はすでに第二を突破済みってことだろ』

『確かに。ってことはさ、もう近くに来てるんじゃ……?』

 

 にわかに緊張感が走るも、ゴロツキたちはマイクの向こうで姦しく、どこか楽しげに盛り上がっていた。

 

 

『男かぁ…………あたしらが倒したらさ、こっそりアジトに持ち帰っちゃダメかね?』

『おまえ何する気よw』

『ナニに決まってんだろ言わせんな恥ずかしい』

「―――」

 

 

『デカイ口だけ叩くなって。どうせあんたへたれるから』

『んだとォ? こちとら性欲(むらむら)もて余したうら若き健全少女だぞ? そらもう、○○(ピー)からの○○(ピー)○○(ピー)フェスティバルよ!』

『ちょっ、言い方直接的すぎ。妄想乙。……だから余計にダメなんじゃん。初めて会う大人の男となんてどうせ目も合わせらんないでしょうが』

「―――――」

 

 

『妄想のたくましさでアンタに笑われる筋合いないんですけどォ? 知ってるぞ隠れ家引き出しの二重底に隠してるイチャラブデー……』

『ぎぁあああああっ! なんっっで! 勝手に見てんのよっっ!』

『恋人繋ぎで指搦めて、パフェをシェアして間接キッス、休日は膝枕に耳掻きコンボからのそっと吐息を吹き込まれて……』

『うわぁ……適度に具体的。ってか処女(メルヘン)願望モロだしでキモ……』

『だから! それを! 言ったら! 戦争だろうがッッッ!!』

『――――――』

 

 

『でも実際、捕まえたら色々できそうだよな~。手錠で上手に拘束からのキッと気丈に睨み付け……からの、くっころとか』

『好きだなそのシチュ』

『あたしは匂いフェチだから嗅ぎたいわ。全身、余すところなく。なんならしばらくお風呂入ってない状態でもいい。なおいい!』

『急に声でかくなるな異常性癖』

『そう言うおまえは喉仏フェチだろ!』

『鎖骨も含んでますゥ!』

『――――――――――』

 

 

 侃々諤々。少女たちの会議は踊る。

 初めは冗談からの悪態だったのがだんだん自身の性癖暴露大会と化していった。加えて先生を捕まえたらあーしたいこーしたいと、各々の生々しい欲望が吐露されていく。

 普通の男性ならあまりに明け避けな女子のマル秘トーク(猥談)に嫌悪感を出すかもしれない。が、この世界でも珍しい菩薩精神を持つ先生自身は、頭の中での蛮行をそこまで気にしている風ではなかった。少なくとも表面上は仕方ないな、とでも言いたげな優しい微苦笑である。

 けれど一方。

 生徒たちの心情は穏やかとは程遠く。

 

「―――――……みんな」

「ハイ」

『了解』

『同じく』

 

 言葉少なに、彼女たちは意志疎通を交わす。彼女たちの意思は自然と一つに集約されていた。

 各々の火器からやたら大きくマガジンやスライドレバーのガチャ! ガチッ! という音が響き渡った。まるで威嚇のごとき剣呑な奏でである。

 

「先生、少々お待ちください……」

 

 ゆらりと幽鬼のように立ち上がるユウカとスズミ。濃い暗影を帯びた眼は完全に据わっている。この場にいないがたぶんハスミとチナツも同様の状態だろう。

 

「あー……ほどほどに、ね」

 

 自分のために怒ってくれているのは分かるので、控えめに加減を促すしかない。

 

「ええ。もちろん」

ヘイローが壊れる間際まで追い込んできます(ほどほどに倒してきます)

 ……そう、簡単に楽にはしません」

 

 大変不利な状況のなか、

 (誇り)を汚された女たちの反逆が始まろうとしていた。

 

 

 

4

 

 

 

「……なにやら外が騒がしいですねぇ。連邦生徒会の犬たちの顔でも見がてら、少々遊べばよかったでしょうか」

 

 照明が灯されていないシャーレ内部を見回りながら、災厄の狐と恐れられる少女……ワカモは、建物に響く震動から表の喧騒を振り返った。

 連邦生徒会の刺客やヴァルキューレの公安局といえど、築かれた防衛線が突破されるには相応時間がかかるだろう。なにせ戦車を動員しているのだから。バリケードを敷き両翼を高火力兵器を配備。PMCから調達した弾薬・爆薬も潤沢……。

 が、同時に過信もしていない。扱っているのは所詮キヴォトスのつまはじきもの。前準備と卓越した指揮能力を持つワカモが用兵したからこそここまでの暴乱を巻き起こせたが、手綱が切れたなら右往左往してたちまち狩られるに違いない。ゴロツキの特筆すべき力は、数が多いことくらいしかないのだ。

 

「捨て駒といえど粘るくらいはしてほしいものですが……いざ危機に窮すれば我先に逃げ出すでしょうね。期待をかけるだけ無駄でしょう。その前に、この建物に保管された連邦生徒会長の重要な物品とやらを見つけたいものですが」

 

 コツコツとブーツの靴音を響かせ、ワカモは地下の階段を下りる。

 上階から順当に調べながら下ってきてとうとう最深部だ。ここまで各フロアを見て回ったが、それらしいものは発見できていない。

 教室に図書室や視聴覚室、射撃場や運動場といったおそらくオフィスフロアと思われる区画や、広々とした憩いのスペースに食堂や家庭菜園などで使うのであろう屋外の小さな畑、ジムやゲームの筐体が置かれている見るからにプライベートな居住区画と色々あった。かと思えば什器すらないフロア丸ごとが空白の未使用フロアもいくつかあり、そのほとんどに人の立ち入った形跡がない。

 連邦捜査本部・シャーレ……それがこのビルを拠点とする部活動であることは掴んでいた。だが活動に必要な顧問の「大人」が赴任していないため、施設だけ作ってそのまま放置となっているらしい。創部を主導した連邦生徒会長も行方不明で……なんとも締まりのないグダグダ感が漂う。

 生徒会の連中が苦労するのは構わない。むしろ愉快にすら思うが、さすがに今回の報復は性急すぎたと狐面の少女は後悔気味だった。

 脱獄の直後から連邦生徒会に関する情報を断片的に抜き取り何をされたら連中が一番困るのかを考察し、行政制御を取り戻すために必要な重要物が外郭地区の警備すら置かれていないビルにあると知って武器弾薬を確保ののちに不良たちを扇動した。計画のおおよそはワカモの描いた通りに進んでいて上機嫌なのだが、肝心要の「重要物」がなんなのか、具体的に把握する前に動いたのは失敗だった。長い退屈な独房暮らしで当時は苛立っていて、短絡的であった。淑女らしくなかったと大層反省している。

 

(まあ、その品物が見つかろうと見つからなかろうと、当初の通りにすれば全て済むのですけれど)

 

 階段を下りきり、足元の補助灯で淡く照らされた廊下を道順に歩きながらつらつらと考え込んでいるうちに、ワカモはひらけた一室へと足を踏み入れた。

 部屋は吹き抜けのような構造になっていて、一階中央にはデスクとPC。そしてその正面に陣取り、暗闇でことさら目立つようライティングされた謎の構造体があった。

 

「アレですか?」

 

 二階部分の階段から階下を眺め、欄干に手をかけたワカモはトンと軽やかに跳躍。構造体のそばに着地し、しげしげと間近からソレを観察する。

 

「これが連邦生徒会の言う重要な品物? モノリス? 機械? うーん、さすがに専門外なのでわかりませんねえ……」

 

 ぐるぐる周りを見回しても操作盤のようなものはなく、どんな原理かも不明な力で碑石が浮遊しているだけ。試しに触れてみても無反応。冷たい石の感触が帰ってくるだけ。

 

「はあ。まぁ、このような場所に設置されているのですし、ただのオブジェではないでしょう。時間も押していそうですし、本命かはともかく壊しておいて損はありませんね」

 

 当初からの目論見を実行すべく、ワカモが袖内からリモコンのような機械を取り出す。シャーレビル各所に設置された爆弾の起爆スイッチだ。

 破壊工作を得意とする彼女ならビル一つ爆破解体するのは容易い。建物が崩れるまでに脱出できる経路も確保済みなので、あとはスイッチを押せばシャーレビルは瓦礫の山と化すだろう。謎の地下空間まで埋まれば重要物がどこにあっても関係なく、連邦生徒会の足をかなり引っ張ることができる。その末にキヴォトス全体の都市運営が立ち行かなくなっても、それはそれ。ワカモが関知することではなく……この世のことは諸行無常。

 憂さ晴らしという愉快目的でキヴォトスをさらなる混沌に陥れようとする少女が、脱出路に向かうべく部屋を出た……ところで。

 

「えっと、こっちの方に……あ」

「――――」

 

 一人の大人(運命)と鉢合わせる。

 

 

 

***

 

 

 

 ユウカたちの獅子奮迅の活躍によって、先生はなんとかシャーレビルに侵入することに成功する。

 虎の子として携行した電磁フィールド発生装置でその身を盾に囮を引き受けた冷酷な算術師(ユウカ)

 使用済みの張りぼて閃光弾を併用し虚実の入り交じった攻勢に打ってでた閃光の魔術師(スズミ)

 遮蔽に身を隠す不良娘を一人一人姿を晒すことなく一撃必殺し戦車すらも一発の凶弾で沈黙させた黒翼の粛清者(ハスミ)

 味方の治療とドーピング、さらにはスポッターを務め各人の活躍を後押しした影の調整者(チナツ)

 薄汚い欲望から先生を守護(まも)らねばと奮起する生徒たちの士気はかつてないほど高まり、数に勝り兵器の質にも負けるゴロツキたちを鎧袖一触に伏すほどの恐るべき力を発揮した。

 残党狩りと警戒のためヴァルキューレ到着までビル周辺を固めるユウカらに見送られて、先生は単身シャーレの地下へ。事前にリンから聞いた話ではそこに件の品物があるとのことだった。

 が、途中、どう見ても怪しい風体の少女と遭遇する。

 狐のお面に着物、ケモミミと尻尾を生やした黒髪の百鬼夜行生――襲撃の主犯である狐坂ワカモの特徴そのままだ。先生の冷静な部分がまずいかな、とひそかに焦りを募らせる。

 

 ――トクン、トクン……

 

 一方、ワカモも思わぬ邂逅に困惑していた。

 連邦生徒会のものらしき白い制服を羽織った大人――男性。やや煤けているが生来の目鼻立ちから香る清潔で爽やかな印象は損なわれておらず、ぽかぽかした日だまりのような包容力を感じさせる。

 なんてことはない侵入者。男性だという点を除けば何も特筆した問題はない。

 なのになぜ……こんなにも胸が――――

 

「君は……噂の七囚人の娘かな?」

「ぁ――――」

 

 

 

 ナマの殿方!? 連邦生徒会の制服を着て 敵、撃滅

 好き(トゥンク)!!!!

 ダメですわ男性に野蛮な なんだか良い香りが

 

 

 声を聞いた瞬間、ワカモの心拍が跳ね上がった。いや、先生の顔を見たときから鼓動は高鳴りだしていた。それが、つい今しがた致命的な音色を奏でたのだ。

 ドキン、ドキン、と。耳朶に響く心音があまやかに、忙しく、ワカモの発芽したての感情を煽る。首から顔が熱に紅潮していき、震える手が小銃を落としかける。それでも視線はそらすことなく、目の前の愛おしい顔から離れることはない。

 彼女の状態をロマンス的に表現するなら、一言、一目惚れ、というやつである。彼女が面食いであったのか、本能的な直感か。……あえて言うなら運命と表すべきか。

 先生は目の前の異常に気づかない。鈍感なのではなく単にお面で相手がどんな顔をしてるのかわからないからだ。ただ、いつまでもこちらを見たまま硬直していてやや心配している。

 ワカモはみずからに芽生えた恋心を自覚していた。そしてそれゆえに、猛烈な羞恥心に身を焼かれている。

 

(あわわわわ……!! わたくしったらなんとだらしのない格好で! 埃を被ったり汗をかいたりあぁ袖もやや解れている! こんな素敵な方と逢うつもりであれば面も一番のお気に入りを持ってきましたのに! なんと情けない!! 恥ずかしい!!)

「しっ、ししし失礼いたしましたぁ~!!」

 

 居たたまれなくなり、災厄の狐は逃走を選んだ。黒い風と化した少女は瞬きの間に眼前から消え、慌ただしい靴音が薄暗闇に残響する。

 何が起こったのかしばし理解が及ばず、ひたすら先生は首を捻っていた。

 その後、シャーレ奪還の一報を聞きつけヴァルキューレの公安部隊とともに合流したリンは、地下の部屋と先生の安否を確かめ、デスクから一台のタブレット端末を手渡す。

 

「これが、連邦生徒会長が先生に残した品物――シッテムの箱です。見た目は普通のタブレットですが、実際は製造元もOSも、動く原理さえ不明なオーパーツ。会長は、先生にだけこれを起動させることができると仰っていました」

 

 端末を受け取り、邪魔にならぬよう離れるリンを見やりつつ、先生はホームボタン部分に親指を当てた。

 真っ黒な画面に光が灯り、OSの起動シークエンスが羅列されていく。

 パスワードを求められると、先生は咄嗟に頭に浮かんだ言葉を入力した。

 

 

 

我々は望む、七つの嘆きを

 我々は覚えている、ジェリコの古則を

 

 

 

 途端に、先生の意識は画面の向こう側へ沈んでいき、

 

 

 

 青い教室に辿り着く。

 

 

 

 






読者さん……

あとを頼みます



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