ドヤ顔が得意な女剣士は勘違い病が凄まじい 作:nagiayu
リースさんとの旅や、イリーナさんとの座学でも、ずっと言われてきた言葉がある。
魔族と殺り合う時は、三つの事を守る様にする事。 一つ、どんな状況でも冷静さを欠いてはならない。 二つ、相手の能力が何なのかを早急に知る。 三つ、見た目や力量、空気だけで判断しない。 この三つの中、どれか一つでも欠けた場合、魔族相手では死に直結する。
魔族というのは口が上手い者もいる。 簡単な挑発に乗ると、冷静さを欠く。 そして、皆が皆、何かしらの能力を持っている。 純粋に自身の力を高める者から、特殊な技を使う者もいる。 人間相手とは違って、その能力を一早く掴めなければ勝機は薄い。 見た目が幼子だったり、可憐な女性だったりしても惑わされてはならない。 腕力そのものは一般の人間の比ではない。
苛立ちが募っていた私だったが、師の教えを守っていた。 苛立ちや焦りは死に繋がる。 今、戦えるのは私しかいない。 冷静に、相手を観察するんだ。
ベルビューヌ。 この魔族は色からすると血液か、何らかの液体を操る力を持っている筈。 さっきの無数の棘みたいな技からして、液体を固める事も出来る。 何とか防げたけど、殺傷能力も高い。 それに───。
「雪花・胡蝶蘭!」
私が放った斬撃は、ベルビューヌの作り出した赤い液体に、簡単に防がれてしまった。
私の斬撃を防ぐだけの防御力もある。 こいつ、かなり強い。 リースさんがいない時にこんな奴が来るなんて、私の運の無さも大概、ね。
自分の運の無さを呪いながらも、相手の能力の分析を行う。 あの液体は武器にもなるし盾にもなる。 かなり自由が利く能力ね。 大丈夫。 冷静にやれてる。 能力も粗方分かった。 見た目は美少女のそれだけど、空気がヤバさを感じさせてくれている。 うん、油断は無い。
冷静に自身と相手の状況を把握していく。 冷静ではいるものの、それでも、私の心の中の苛立ちは消えなかった。
その場から一向に動かない相手に対して、私は接近戦を仕掛けて行った。 接近戦なら苦手かもしれない。 どういう動きをするか判断しないと。 倒すんだ。 倒して、皆に認めてもらうんだ。
「どうしたの? 防ぐばかりじゃ私は倒せないわよ!」
私の猛攻に、ベルビューヌは液体で防ぐだけで攻撃には一切転じて来なかった。 何かを狙っている。 頭では分かっているのに、心が私の動きを止める事をしなかった。 焦りで、少しずつ冷静さを失っていっているのに、私は気づかなかった。
はっきり言って、ライさんが集めた人達は好きじゃないかもしれない。 でも、ロイヤルクラウンに属している以上、そういう眼で見られる事も分かっている。 あの人達は悪くない。 それでも、それでも私は───
私という存在を見て欲しかった。
認めさせるんだ。 此処でこいつを倒せば、皆認めてくれる。 人々も、ライさんも、リースさんだって。 良くやった、流石だね。 きっと、そう言ってくれる。
【全、力?】
相手は私の剣撃を液体で防ぎながら不思議そうな顔をした。 ハッとした。 戦闘中に私は何を考えていたのか。 きっと、いつもの動きとはかけ離れていた。 そんな中、ベルビューヌが、明らかに落胆する息を吐いた。 そんな姿を見て、苛立ちが大きくなるのが分かった。
「そんな訳ないでしょ!」
私は接近戦では埒が明かない、そう判断し、大きく距離を取った。 そして、渾身の斬撃を放とうと、銀雪花を構えた。 だけど、先に動いたのはベルビューヌだった。 赤い液体を地面にばら撒くと、小さく、可愛らしい口が動いた。
【赤の、血粧】
そう言うと、ばら撒かれた液体が地面から棘を生やしながら私に迫った。 こういう技は一度見てる。 対処方法だって考えてあるのよ!
「舐めんな!! 雪花・彼岸花!」
私は銀雪花を地面に突き刺し、地で出来た岩棘を作り上げた。 血で出来た赤い棘と、岩で出来た黄の棘がぶつかり合い、お互いに相殺し合った。
「そういう技は前に見た事あるのよ! 残念だったわね!」
【わ、ざ?】
「何よ。 必殺の技だったんでしょ。 私には通じないわよ」
【ふ、ふ】
私の言葉に、自分の口元に手を宛がうと、ベルビューヌは喉奥を鳴らし始めた。
笑った。 明らかに笑った。 こいつ、こいつ私を馬鹿にしたっ!! 苛立ちが、焦りが募っていく。
ベルビューヌは自身の口元に当てていた手を下ろすと、悍ましい視線を向けた。 気圧されるな! もう、ヴァレリアーナやガデルベルナと殺り合った時の私じゃない!
「今度は威圧? そんなもん、私に効くと思うな!」
【違、う】
頭を横に振るベルビューヌを見て、苛立ちが膨れ上がっていく。 唇を噛みしめる私に対し、ベルビューヌは明後日の方を見ながら呟く様に言った。
【がっか、り】
「は?」
【同じ、匂い。 お、前。 弱、い。 がっか、り】
ベルビューヌの言葉に、私の中で闇が広がって行く。 言うな、言わないで。 私を、私を否定しないで。
「言うな・・・それ以上───」
【失敗、作。 つまら、ない】
「お前も、お前も私を見ないっていうの!? 私の名前なんて、いらないって事、なの」
自分の声が震えている事さえ分からない。 怒り、悲しみ、憎しみ。 それらが渦を巻いて私を取り囲んだ。
【興味、ない。 お腹、すいた】
戦闘中であるにも関わらず、私から視線を外し、洞窟を見るベルビューヌに、私の中の何かが切れた。
ブチッ。 そんな音が私の中に響いた。 私を見ずにそう言うベルビューヌに、生まれて初めてかもしれない怒りが沸いた。 そこから私は怒りのまま、ベルビューヌへと向かった。
一つ目の教え、冷静さを欠くな。 そんな事、今の私には何も残っていなかった。
殺してやる。 殺してやる、殺してやる、殺してやる!!
「ああぁあ!!」
私の怒りに任せた渾身の一撃は、あっけなく防がれた。 それも、先程までの液体で防いだ訳ではない。 腕。 ベルビューヌの生身の腕で防がれた。 血の一滴も出ていないその光景を目にした瞬間、私の全てを否定された気がした。
「あぐっ!」
ベルビューヌが私の首を掴むと片腕で持ち上げられてしまう。 今になって思う。 魔族というのは人間なんかより身体能力が桁違いに高い。 見た目に惑わされるな。 私は、師の教えを完全に忘れてしまっていた。
【怒、り。 刃が、鈍い。 殺す、気なら。 こっ、ちも、殺、す】
ベルビューヌは自身の手に液体で作った球体を纏わせた。 そして、私の顔面を殴りつけ、大岩に吹き飛ばした。
「ぐはっ!! ぐっ・・・!」
なんて、なんて力。 血が止まらない。 痛い、痛い痛い痛い!!
叩きつけられた衝撃で、大岩が崩れ落ちる。 私は両膝を付き、血反吐を吐いていた。 地面に吐血していた私の視界に、ベルビューヌの足元が見えた。 咄嗟に顔を上げた時には、遅かった。
「ぶぁ!!」
蹴り上げられた私は、それでも自分の獲物だけは離すまいと、銀雪花を手放す事はしなかった。 痛みに耐え、空中で態勢を整えると、此方を見上げるベルビューヌに、剣を振るった。
「こんのっ!! 死ね! 乱れ桜ぁ!」
ベルビューヌに向かって降り注ぐ斬撃だったが、ベルビューヌは液体化すると、その場から姿を消した。 分かる! どうせ後ろに取りに来る!
「分かってんのよ! 後ろでしょうが!」
私は自分の後ろに剣を振るったが、そこには赤い液体があるだけで、なんの手ごたえも無かった。 瞬間、私の背筋が凍った。
囮!? しまっ───!
【その、後ろ】
ヤバイッ!!
そう思った時、私の身体はベルビューヌによって両手と両足を液体で拘束され、拘束したベルビューヌと共に凄まじい勢いで地面へと落ちて行った。 空が猛スピードで遠くに離れて行く。
ヤバイ! ヤバイ!! 何とかこれを外さないと!!
「くああっ!!」
空中で藻掻き続けたが、液体は力を吸収し、唯、形を変える程度だった。 そして、地面が迫った時、私の耳には聞いた事もない音が響いた。
自分の吐いた血が、尋常じゃない量の血が、目に映った。
落下の速度を味方に付け、地面に降り立ったベルビューヌの“膝打ち”が私の“背骨”に食い込み、鈍く、重い音が身体中に響き渡った。 一瞬、何が起きたか分からなかったが、音と共に味わった事のない激痛が走った。 激痛なんてものじゃない、最早痛みとすら言っていいのか分からなかった。
声にならない声を上げ、私はその場に倒れた。 身体が動かない。 呼吸もまともに出来ない。 完全に、背骨をへし折られ、吐血量からしても、内臓に多大なダメージを受けていた。
「ぁ・・・」
【弱、い】
ベルビューヌの言葉も、最早耳に届いてはいなかった。 死ぬ。 今度こそ私は死ぬ。 ちくしょう。 こんな、こんな所で。 こんな奴に・・・。 ちくしょう───
【人、間の空、気。 お腹、空いた】
動けない私を無視し、ベルビューヌは洞窟に向かって視線を移した。 視界がぼやける中、私はベルビューヌの後ろ姿を見ている事しか出来なかった。 そんな私の脳裏に、ある人が言葉を掛けた。
「任せたよ」
リース、さん───
今まで、何度か感じた暖かい空気が、私を包み込んだ気がした。
『今のこの娘なら、少しだけ───』
「ライ!! 早くしなっ!」
「分かってるよ!! くそっ! 俺がいない間にやべえ奴が来やがった!」
リースとライは、街で長と交渉を終え、帰路についていた。 その際、巨大な空気を観ると、急いでアジトへと向かっていた。 リースは翼を限界まで広げ、高速で飛び、ライはそんなリースについて行こうと必死に走っていた。 二人ともかなりの実力者だが、その間には大きな壁があった。
『な、なんて速えんだ! 俺が全力で走っても差が広がる一方だ!』
『まずい事になった! 相手の空気、あの娘なんか相手にならない奴だ。 死なないでよ!』
二人は飛びながら、走りながらも剣士と魔族の空気を観ていた。 そんな時、知った空気が小さくなっていくのが観えた。
「お、おい! やべえ! やべえぞ!! このままじゃ死んじまう!!」
「ライ!! アタシは先に───!」
二人が高速で移動する中、リースの動きが途端に鈍くなった。 スピードを落とし、遂には翼を広げたまま地に降り立ってしまった。
「おい! どうし・・・! こりゃあ、あいつの空気か? なんだあの空気?! あんなの初めて観るぞ・・・」
「母親の空気。 守りに来たね。 でも、以前より濃すぎる・・・どういう事?」
「ちっ! リース!! 立ち止まってる暇はねえ!!」
険しい表情で前を見つめるリースだったが、ライがその手を掴み、走り出した。 リースはライに引っ張れる形になったが、黙って先を見つめていた。
『なんだあの空気は? ありゃあ、あいつの空気じゃねえ! 何が起こってる!?』
初めて観る空気に困惑しながらも、ライは全力で駆けた。 ライもまた、傭兵として生きてきた身。 人が死ぬ時の空気、魂の灯が消える所は腐る程見てきていた。 一瞬、あの娘の空気が消えてしまったのを観た。 だが、今はあの娘から別の空気が観える。 それは、ライが今まで生きてきた人生の中で、一度も観た事がなかった。
ベルビューヌが足を踏み出した時、違和感を感じた。 重い。 いつもの自分の足の重さじゃない。 不思議に思って自身の足を見ると、そこには先程まで地に倒れていた剣士の愛刀が突き刺さっていた。
【何、これ】
呆気に取られたベルビューヌだったが、自分の目の前に“それ”が突然現れた。 先程まで、瀕死で倒れていた剣士が突如目の前に現れ、ベルビューヌを蹴りつけた。 しかし、ベルビューヌは液体化し、蹴りの衝撃を吸収してしまった。
【しぶ、とい】
『・・・』
ベルビューヌは液体の棘を身体から噴き出し、剣士を貫きに掛かった。 剣士はそれを見ると、ベルビューヌの足に突き刺した剣を手に、その場から“消えた”。
【!?】
この、間合い、で、避けた!? 見えな、かった、何処に───。
『貴女、“自分が認識しないと、身体を液体化出来ない”んでしょう?』
【!!】
突如、ベルビューヌの後ろから声が聞こえると、次の瞬間には背中に途轍もない衝撃が走った。 蹴りを受けたと気づいた時には、大岩が眼前に迫っており、ベルビューヌはそのまま大岩にぶつかった。 しかし、自身を液体化させ、直ぐに再生すると、剣士へと目を向けた。
【つ、ぅ。 お、前、誰?】
『初めまして、ね。 最近の魔族は面白い能力を持っているみたいね』
明らかに死に掛けていた相手ではない。 ベルビューヌは剣士から違和感を感じた。 空気が、違う。 今までに感じた事のない空気に、ベルビューヌは呆然とした。
【傷、が・・・】
ベルビューヌは自分の眼を疑った。 完全にへし折った背骨が、内臓が回復し始めている。 それも、こんな短時間で。
こいつは“失敗作”じゃない! 得体の知れない何かだ。 危険だ! ベルビューヌは焦りのまま、液体を槍に変化させると、剣士に向かって投げ飛ばした。 剣士は迫る槍を躱し、また姿を“消した”。
『便利な能力だけど、貴女の力量に追いついていないわね』
剣士はそう言うと、殺気を込めた威圧を送った。 ベルビューヌも実力がある魔族なだけあり、咄嗟に自身の後ろに赤い棘を生やし、剣士を貫きに掛かった。
しかし、手ごたえが無い事に違和感を感じ、ベルビューヌはそちらへと振り向いた。
【ど、こ?】
『そっちはフェイク。 本命はこっちよ』
速、すぎ、る!!
それが、“今の”剣士の声で、ベルビューヌが聞いた最後の言葉だった。
「ど、どうなってんだ、こりゃあ」
「母親の空気が観えた。 それでも、腑に落ちないね」
リースとライが到着すると、そこには首を切り落とされたベルビューヌと、完全に意識を無くした剣士が倒れていた。
「母親? どういう事だ?」
「ん。 この娘はトレブルなんだよ」
「トレブル? 聞いた事がねえ」
「それは、また今度詳しく話して上げるよ。 今はこの娘の傷を治す事が優先」
「あ、ああ。 っても、アジトにある薬草なんかじゃ、な」
リースが剣士を抱き抱えながら立ち上がった。 リースの腕で眠る剣士に、リースは険しい顔を向けた。
「そっちは、余り心配はないよ。 時間は掛かるかもしれないけど、回復するから」
「回復って。 そうか、そいつは悪魔の力を持ってるんだったな。 ったく、良いのか悪いのか分からないな」
「“魔女”の力であっても、この娘はこの娘、さ」
「魔女? 何か分からねえが、それより、こっちはどうする? 一応、細切れにでもしとくか?」
言いながらライは槍を片手にベルビューヌの身体へと近づいた。 だが、リースがそれを制した。
「ライ、近づくんじゃないよ。 そいつは、まだ生きてる」
「えっ?」
【う、ぐ。 はぁ、はぁ】
苦しそうに呻きながらベルビューヌの顔が動きだし、二人の方を向いた。 それを見たライは大きく飛び退き、槍を正面に構えた。
「この、バケモンが!」
【ぐ、くぅ。 死、ね】
ベルビューヌは呻きながらそう言うと、分離した自身の身体を大きく膨らませ、爆散した。 尖った液体がリースとライを襲ったが、リースが翼を羽ばたかせ、全て撃ち落としてしまった。
【ちっ】
「この野郎!」
【次、殺す】
そう言うと、ベルビューヌは残った首を液体化させ、消え失せてしまった。 ベルビューヌの空気も完全に消え失せた後、ライはリースに詰め寄った。
「あの野郎。 逃げやがった。 リース、すまねえ。 助かったぜ」
「ん。 悪足掻きにしては流石の強さだね。 三美凶以外にも厄介な奴等がいるね」
「三美凶、か。 魔族を束ねる魔女の娘達。 あんなバケモンより更に強いんだろうな。 ったく、やってられねえ」
ライは言いながら自身の頭をクシャクシャと掻きむしった。 そんなライを横目に、リースはベルビューヌと弟子の事を思った。
(あの魔族の強さは尋常じゃなかった。 この娘じゃ絶対に勝てなかった筈。 母親が守った? いや、前に感じた空気より更に濃い空気をしていた。 まさか、母親本人が? 何にせよ、この娘の事をアタシはまだ良く分かっていないのかもしれない)
「一度、ロイヤルクラウンに戻るよ。 街の長とも大方の話はついているしね。 ライ、後を任せるよ。 近いうちにウチから正式な書類が届く。 しっかり目を通しておくんだよ」
「ああ、分かった。 早いとこそいつの手当をしてやらないとな」
「ん。 それもあるし、調べたい事も出来た。 久しぶりに“引き籠り女”の力を借りるとしようかね」