ドヤ顔が得意な女剣士は勘違い病が凄まじい 作:nagiayu
ロイヤルクラウン城の門をくぐった私は、中庭の花々を手入れしているメイドさん達に目を向けた。
メイドさんの数が少なくなってる。 私が此処に初めて来た時は、十人以上のメイドさん達がいたのに、今は三人しかいないのね。 リースさんから、魔族や魔物の動きが活発になっているって聞いてはいたから、ロイヤルクラウンも大変何だろうなって思っていたけど、私が思っている以上に切羽詰まってるって訳、ね。
忙しなく動くメイドさん達を横目に、私は城内へと足を向けた。
城内は静かだった。 いや、静かすぎた。 中庭にはメイドさんが三人いたけど、城内は人の気配すらない。 皆何処に行ったのかしら。 前はメイドさん達が忙しなく動き回ってたけど、此処まで人の気配がないのは初めて感じるわね。
私は、辺りを見渡しながらノーティスとエマと相部屋である自室を目指した。 そんな時、廊下の角を曲がった所で、私は一人の女性を目にした。 その人は私の部屋の前で、佇んでおり、ジッと部屋の番号札を見ていた。
「あの、何か?」
近づいて声を掛けると、女性はゆっくりと振り向いた。 その人は、以前見た事ある人物だった。 この人、確かリースさんと初めての錬磨をする時に、三階にいた人。 そうだ、あの時の不気味な感覚の人だわ。
相手の顔を見て、思わず後退る私に対し、女性は無表情のまま近づいて来た。
「こっち」
「あっ、ちょ・・・」
女性はそう言うと、私の手を取り、スタスタと歩き出した。 何が何か分からない私は、その手を振り解こうと力を込めたが、握られた手は離されることはなかった。
なんて、力の強さ。 やっぱり、この人も幹部の部隊長の人なのね。 だけど、あの時の不気味な感覚はないわね。 このままでも、大丈夫、かしらね。
「あの、何処に行くんですか?」
肌に感じる嫌な感じもなく、敵意も感じない為、私は女性に対して口を開いた。 女性は何も言わず、私の手を引きながら歩いて行く。 そして、絶対に近づくなと言われる地下への階段の前まで来てしまった。
「えっ、あの、もしかして引き籠りさん、ですか?」
私の言葉に、女性は歩くのを止め、此方を振り向いた。 相変わらず無表情のままだが、女性は此方をジッと見つめた後、口を開いた。
「誰?」
「えっ」
「誰が、言ったの」
「あっ、リースさんが───」
「引き籠りじゃない」
無表情を貫いていた女性が、初めて感情を露わにした。 その表情は、ムスッとしており、頬を膨らませていた。 正直言うと、可愛らしい顔だった。 この人、こんな表情も出来るのね。 ギャップが凄いわ。
そんなやり取りをしていると、聞き覚えしかない足音を立てながら歩いてくる人物がいた。
「こんな所にいたの? って、クラウディア? アンタが上にいるなんて珍しいね。 何やってんの?」
リースさんが、果物を齧りながらやって来ると、私の前にいる女性に目を移しながら口を開いた。
「えっ、この方がクラウディアさんなんですか?」
「ん。 ロイヤルクラウンの第ニ部隊長をしてるクラウディア。 魔物や魔族の身体を解剖したりして、弱い所とかを研究してる。 根暗で引き籠り女」
リースさんの言葉にクラウディアさんがキッと睨みつけた。 可愛い。 良く見てみれば、思った以上に感情豊かな人なのかしらね。
「根暗でも引き籠りでもない。 リース、何の用?」
「丁度良かったよ。 アンタに紹介したかったんだよ。 この娘は例のトレブル何だけど、診て上げてくれない?」
「いや、ちょっと、それは・・・」
リースさん、頭おかしくなったのかしら。 さっき自分で魔物や魔族を解剖してる人って言ったじゃない。 そんなの冗談じゃないんだけど。
私が、慌てて拒否すると、リースさんは笑いながら言葉を続けた。
「心配しなくていいよ。 コイツ、本職は医者だから。 腕はアタシが認める。 アンタ、一回診て貰った方がいい。 悪魔の力の事もあるし、アタシも付き添うからさ」
「あ、お医者さんなんですね。 すいません、クラウディアさん。 勘違いしてしまって」
「別に」
それだけ言うと、クラウディアさんは一人、地下へと降りて行った。 残された私とリースさんも後に続いて暗い地下室へと足を向けた。
長い階段を降り、うすら寒い地下室に来たのは間違いだった。 血の臭いと、何かが腐敗してる臭いが混じり合い、最悪の空間を醸し出している。 酷い臭気。 ここ、最悪だわ。
思わず鼻を摘まみ、眉間に皺を寄せた私に対して、リースさんは涼しい顔で部屋に入っていった。
「くっさいなー。 少しは掃除しなよ」
「してる」
「これで? 普通の人間だったら臭いだけで卒倒してるよ」
「服を脱いで、座って」
クラウディアさんはそう言うと、血がこびりついたベッドを指さした。 いやいやいや。 無理でしょ。 これは、無理。 野営とかで地面に寝る事は出来ても、コレだけは嫌。
「いや、あの、これはちょっと・・・」
「座って」
有無を言わせない圧力に、私は惜し負けた。 ここで押し問答をした所で、結果は変わらないわよ、ね。 心の中で深い溜息を付き、嫌々ながら、服を脱いでいく。 下着だけ身に着けた私は、恐る恐るベッドに座った。 ベッドは気色悪い音を立て、同時に、ヌメヌメした何かが私の肌に触れるのを感じた。 最悪だわ。 終わったら速攻でシャワー浴びなきゃ。
「何から診んの?」
「身体の傷。 それから、血」
クラウディアさんは座った私の後ろに回り込むと、背中を撫で始めた。 少し、くすぐったく、思わずピクリと反応してしまう。 何も言わず、今度は前に回り込むと、私の腹部を撫で始めた。
「きゃう!」
「生娘じゃあるまいし。 なんて声出してんのさ」
「経験ありません! くすぐったいんだからしょうがないじゃないですか」
「ありゃ、そりゃ失礼」
その後、一頻り私の身体を触診したクラウディアさんは、小さな小刀を手にすると、私の頭を小突き、勢いで最悪のベッドに寝かせた。 ベチョっという、ベッドから出る音としてはあり得ない音を耳にし、最悪な気分になった私の腕に、チクリとした痛みが走った。 痛みが走った場所に目を向けると、クラウディアさんが小さな小刀で私の腕に傷を付けていた。 そして、そこから流れる血を、硝子で出来た入れ物に入れて行った。
「あの、痛いんですけど」
「切ったからね」
「そりゃ、そうですけど」
「そんなの、かすり傷でしょ」
「でも、切られたら痛いですよ」
「取れた」
私とリースさんが話していると、クラウディアさんが言いながら離れて行った。 そして、戻って来るなり、切った箇所に薬草を張り付け、包帯で軽く巻いて行いった。 この人、本当に医者なのかしら。 何だか、医者っていうより、研究者? そういう風に見えるわね。
「結果は?」
「直ぐには出ない。 二、三日かかる」
「ん。 よし。 アンタは先に部屋に戻って休んでな。 錬磨は明日から見て上げるからさ」
「えっ、今日からでもいいですよ?」
「ダメ。 明日から。 朝になったらアタシの部屋においで」
「分かりました」
こうなったリースさんは折れない事を知っている私は、横になっていたベッドから立ち上がり、脱いだ服を手に取って袖を通そうとした所で思いとどまった。 ちょっと待って、背中に不快な感触が残ってるわね。 このままで服は着たくないし。 うーん、どうしよう。
私が服を手に迷っていると、リースさんが助け船を出してくれた。
「シャワーならあっち。 クラウディア、シャワー室はまともなんでしょ?」
リースさんの言葉にコクリと頷くクラウディアさんを見て、私は半信半疑のまま、指された部屋へと向かった。 クラウディアさんのまともが、本当にまともでありますように。 いや、本当に。
最悪な部屋に残された二人の部隊長の会話は、当然、私の耳に入る事は無かった。
「どう、思う?」
「背中に大きな傷跡。 深さからして、一度、背骨が粉々に折れている筈。 だけど、ほぼ完治している。 その際に起こる、内臓への損傷も見受けられない。 恐らく、自己治癒能力が働いている。 それも、かなり高いレベル。 背中の傷跡も、何れ治る筈」
「冗談でしょ? ゆっくり戻って来たって言っても、まだ数時間だよ?」
「冗談は言わない」
リースの問いに、桶に入った水で手を洗いながらクラウディアは淡々と答えた。 クラウディアの言葉を聞いたリースは、溜息を付きながら独り言の様に呟いた。
「ベッドの血にも反応は無かったし。 トレブル、か。 頭が痛いよ、ほんと」
「リース」
リースの独り言に対し、クラウディアは手を洗うのを止め、水面に映る自身の顔を見ながら口を開いた。
「お前の為に言う。 あの娘から、離れた方がいい」
「どういう、意味さ」
「可愛いんだろう? “蛇女”以上に可愛がっている。 お前はあの娘を殺せない」
室内の空気が変わった。 正確に言うと、リースから出されている空気が変わった。 最悪な部屋の温度を、明らかに下げた。 そんな空気だった。
「───るさい。 黙りな」
「ベットの血は人間の血。 今はまだ、不快感の反応だったけど、何れは“それ”を好む様になる。 あの娘は───」
「五月蠅い!! 黙れって言うのが聞こえない!?」
「お前の為を思って言っている。 後悔する。 離れた方がいい」
「アンタにアイツの何が分かるっての!? アイツだって苦しんでるだよ! アタシが傍に居てやらなきゃいけないでしょうがっ!」
「お前にあの娘は殺せない。 “蛇女”の件、忘れたとは言わせない。 あの女が今までに何人殺してきたか分かるだろう。 あの娘は私に預けろ。 興味深い素体だ。 いい材料に───」
「あの娘に近づいたら、アタシがアンタを殺す」
クラウディアにそう吐き捨てたリースは、珍しく、怒りの感情を露わに、最悪な部屋から出て行った。 残されたクラウディアは、ガラスの容器に入った血を見つめながら口を開いた。
「少し、揶揄い過ぎた、か。 だが、あの娘は“もう人間ではない”。 後悔するぞ、リース」