ドヤ顔が得意な女剣士は勘違い病が凄まじい   作:nagiayu

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魔族の世界へ

 

 私が目を覚ました村の近くには、高く大きな岩壁があった。  その岩壁から流れ落ちる滝は、村の中心を這い、魔族達や動物達にとって、掛け替えの無い生命の源だった。  目を覚ましてから毎日飲む水は、此処から掬い出している。  透き通った水は、潤いだけではなく、命そのものを洗い流してくれるかの様に、美味しく、そして、冷たくも暖かい、そんな矛盾した感情を湧き起こしてくれていた。

 

 

 村に流れる川を避ける様に、不格好ながらも頑丈に出来た木の橋を渡りながら、エルンが声を掛けた。

 

 

 「大丈夫?  無理しないでいいから」

 

 

 「うん。  ゆっくり歩けば平気」

 

 

 「いい天気だねー!  洗濯物も凄く乾きそう!」

 

 

 私とルナ、エルンの三人はルナの家を出て、村をゆっくり歩いていた。  私のペースに合わせる様に、ルナが隣を、エルンが少し前を歩いていた。  そんな小さな心使いが嬉しかった。

 

 

 村には幾つかの家があり、大人の魔族が数人程、まだ大人とは呼べない魔族が二人と、人間の世界においても小さい村だった。  ゆっくり村を歩く私達に、私より年下の魔族が二人駆け寄って来ると、元気良く口を開いた。

 

 

 「エルン姉ちゃん!  ルナ姉ちゃん!  おはよう!」

 

 

 「ルナさん、エルンさん、お早うございます。  ルナさん、この間のスープ、凄く美味しかったです。  今度レシピを伺っても宜しいですか?」

 

 

 元気よく挨拶してきた男の子の魔族と、礼儀正しく話す女の子の魔族を見て、私は南の大陸で合った魔族の子達を思い出した。  あの子達より年上、私より年下に見えるけど、きっと、この子達も東の大陸で生きる場所を追われ、此処に辿り着いたのね。

 

 

 「おはよう!  うん!  今度一緒に作ろうよ!」

 

 

 「ありがとうございます。  材料は私が揃えますから」

 

 

 ルナと女の子の魔族が話していると、その隣ではエルンが男の子の魔族と話していた。

 

 

 「おはよ。  あんた、この前の足のケガはどう?」

 

 

 「大丈夫だよ!  エルン姉ちゃんのおかげ!」

 

 

 「勝手に森に行ったらいけないよ。  今度はあたしと一緒に行こうか」

 

 

 「うん!」

 

 

 「それなら私も一緒に行っても宜しいですか?  スープの材料を確保したいです」

 

 

 「なら皆で行こうよ!  エルンちゃん、いいよね?」

 

 

 「はいはい。  仲良くね」

 

 

 喜ぶ二人の魔族を見て、私は不思議な気持ちになった。  人間と、何ら変わらない。  角が生えているだけで、話す姿も、内容も、旅をしていた時に街で見た様な光景だった。  そして、そんな子達に向かって笑顔で答えるルナも、厳しくも優しい顔つきで話すエルンも、魔族だという事を忘れる程だった。

 

 

 そんな風に考えていると、男の子の魔族は私をボッーと見ており、それに気づいた女の子の魔族が私の手を取った。

 

 

 「お姉さん、目を覚まされたのですね、良かったです」

 

 

 私を見てそう言う女の子の魔族は、胸に手を当てホッと息をついていた。  本当に私の事を心配している事が見て分かった。

 

 

 「歩いて大丈夫なのですか?  でしたらお姉さんも一緒に森へ・・・」  

 

 

 「こーら。  この娘はまだ病み上がり何だから無理させないの」

 

 

 「そうだぞ!  お姉ちゃん困ってるじゃないか!」

 

 

 咎めるエルンと男の子の魔族に対して、私は首を振って答えた。

 

 

 「大丈夫よ。  リハビリにもなるし。  えっと、初めまして、ね」

 

 

 「はい。  私はロジー。  ロジーメイアです。  失礼ながらお姉さんのお身体のお世話をさせて貰っていました」

 

 

 「そっ。  この二人、あんたの事をずっと見に来てたんだよ。  心配だって。  ロジーは身体を拭く時手伝ってくれたりもしてたよ」

 

 

 「そうだったの、ありがとう。  私は・・・」

 

 

 私は眠っている間、お世話になった女の子に自分の名前を告げたかったが、どうしても思い出せなかった。  困惑する私に、ルナが横から助け船を出してくれた。

 

 

 「この娘はね・・・ララ・・・。  そう!  ララって言うの!」

 

 

 「ラ、ララ?」

 

 

 聞きなれない言葉に、私は戸惑った。  だけど、どうしてだろう。  凄く、暖かい言葉。  自分でも分からなかったが、この時の私は自然と笑顔になっていたみたい。  そして、隣にいたエルンが、意味が分かっているのか苦笑いをしているのを見た。

 

 

 「あんたがルナでこの娘がララ?  安直ねー」

 

 

 「いいでしょ!  決まり!  ララ、改めてよろしくね!」

 

 

 笑顔でそう言うルナに、私は改めて笑顔で言葉を返した。  ララ。  いい響き。  それに、どうしてだろう。  暖かい。  何だか、凄く身体の芯からポカポカする。  うん。  私は今日からララとして生きて行こう。 

 

 

 「ええ。  私はララ。  よろしくね。  ロジーも」

 

 

 言いながら二人と握手する私に、一人取り残された男の子の魔族が慌てて私の前に躍り出た。

 

 

 「お、俺はサーベリア!  ルナ姉ちゃんと一緒に洗濯したり、薪を割ったり手伝ったよ!  よ、よろしく!」

 

 

 「ええ。  サーベリア、ね。  うん、覚えたわ。  いい名前ね」

 

 

 そう言ってサーベリアと握手すると、サーベリアは赤面しながら俯いた。  そんなサーベリアを見て、エルンがサーベリアの頭をわしゃわしゃと掻きながらニヤけた顔をした。

 

 

 「マセガキ」

 

 

 「っ!!  う、うるさいな!」

 

 

 髪の色と同じで、赤くなってエルンの手を退かすサーベリアに、エルンは笑い声を上げ、ルナも口元を隠して笑った。  ただ、私だけが意味が分からず、キョトンとしていると、ロジーがサーベリアに対してジト目で口を開いた。

 

 

 「私に対するあの時の言葉は偽りだったのかしら。  これだから男の魔族は」

 

 

 「あ、あれは凄い小さい時だろ!  ほら、お姉ちゃん今から出かけるんだから邪魔しないようにあっち行くぞ!」

 

 

 「ちょっと!  待ちなさいよ!」

 

 

 言いながらサーベリアが走り出すと、ロジーも後を追い掛けるように走って行った。  走り去る子達を見て、エルンが私の肩に手を置いた。

 

 

 「罪な女ねえ。  魔族の男は直ぐに成長するけど、余り深入りしない方がいいよ。  悲しいだけだから・・・」

 

 

 「えっ?」

 

 

 「エルンちゃん!  ララ、こっちだよ!  行こっ」

 

 

 「え、ええ」

 

 

 エルンの言った意味が分からず、首を傾げたが、ルナが私の手を取ってゆっくり歩き出した。  そんな私達二人で、エルンは俯き気味に私達の後に続いた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 この時、この村を、いや、私の事を見つめる視線に、私は当然、村にいる誰も気づく事は無かった。

 

 

 

 「んぐっ、ぐっ・・・ぷっは。  あー、うめえ。  気に入った」

 

 

 岩壁から流れ落ちる滝の元には、一匹の魔族が空に浮かびながら手で掬った水を飲んでいた。  一息ついた魔族は岩壁の淵に腰かけると、村へと目を落とした。  常人では見る事すら出来ない、魔族であっても辛うじて何かがいる程度しか見えない遥かに高い所からであっても、普通に視線を動かしている所から、この魔族の力量が伺えた。

 

 

 「あー?  あれが魔女擬きか。  確かに面白い空気だな」

 

 

 魔族はペロリと舌なめずりをすると、傍にいる二人の魔族へと目を向けた。

 

 

 「で、お守りってのはどっちだ?  二人共か?  いや、一人は魔族の中でもカスだな。  もう一人は・・・へえ?  “あっちの方は中々どうして”」

 

 

 ララとルナの後ろをついていくエルンを見て、魔族は不気味な笑みを浮かべた。  そして、その長い灰色の髪を靡かせると、一直線に村へと急降下した。

 

 

 

 

 

 

 私のリハビリを兼ねて村を回っていると、目の前に突如現れたのは、一人の女性だった。  一瞬で分かった。  天蓋の生物、だと。  人間じゃない、そして、私が今まで見てきた魔族でもない。  こんな生物は、見た事が無かった。  その生物は、私を見ると、薄ら笑いを浮かべて口を開いた。

 

 

 「よお。  お前が魔女擬きだな。  こんな所に居やがったとはな」

 

 

 ルナは突如して現れた生物に、私の前に立った。  足が震えているのが分かった。  調子の悪い私を守る為、ルナは恐怖と戦っていた。  ルナは先見眼が強い。  この生物の力も、直ぐに分かった筈なのに。

 

 

 「何、ですか・・・貴女」

 

 

 ルナの言葉に、今度はエルンが前に躍り出た。  手で制止ながら、自分より絶対に前に出るなという意味を込めて、エルンは口を開いた。

 

 

 「ルナ、下がって」

 

 

 「見ただけで震えるカスには用がねえ。  お前、私と遊ぼうぜ」

 

 

 二人を見もせず、この生物は私だけを見て、私を指さした。  怖い。  この生物の纏う空気、肌で感じるだけで頭がおかしくなりそうだった。  震える私を見て、ルナが駆け寄ると、私を抱きしめて生物に鋭い目を向けた。  直接触れられるとより分かる。  ルナの震えが私の震えを打ち消してくれている。  その暖かさと、ルナが得体の知れない何かに抗う恐怖を感じた。  そして、エルンもまた、いつもと違う空気を纏っていた。 

 

 

 「この娘に手を出すって言うなら、私が相手をするよ」

 

 

 「はあん?  お前、私の強さを分からない訳じゃないよな?」

 

 

 「生憎だけど、私は先見眼が弱くてね。  あんたが天蓋の化け物であっても、退く事は出来ない」

 

 

 「そうかそうか。  ならお前から───」

 

 

 ゆっくりと、しかし、滑らかに手を動かした生物に対して、ルナが声を張り上げた。

 

 

 「待って!  貴女も魔族何でしょう!?  なら、戦う意味なんて無い!」

 

 

 「カスには用がないって言わなかったか?  お前から死ぬか?」

 

 

 初めてルナに向けられる瞳は、ルナの身体を硬直させた。  ルナの顔を見上げると、尋常じゃない冷や汗を流していた。  これ以上、ルナを怖がらせる訳にはいかない。  私は、ルナの姉になるんだ。  妹を、守らなきゃ。

 

 

 「貴女は、誰?」

 

 

 硬直するルナの手をゆっくりと解き、私は得体の知れない生物へと言葉を向けた。  そして、生物は眉間に皺を寄せ、呆れた口調で話した。

 

 

 「何だ?  私の事を知らないのか?  今どきの連中は学も無いらしいな」

 

 

 「ベスキュビア、でしょ」

 

 

 「えっ!?  そ、そんな・・・」

 

 

 エルンの言葉に、ルナが反応した。  ルナもその名前を知っているのか、口に手を当て、驚愕した顔で生物を見ていた。

 

 

 「昔、一度だけ見た事がある。  純粋なる魔族の一匹。  その強さと残虐さから恐れられた魔族の中の魔族」

 

 

 「私を見た事がある、だ?  お前、見かけより“長生き”しているな」

 

 

 「運が良かっただけだよ」

 

 

 「ただ運が良かっただけで生き残れる訳ないだろうが。  まあ、お前が相手なら少しは腹が膨れそうだ」

 

 

 「二人共止めて!  ベスキュビアさん、この娘はようやく歩けるようになったんです!」

 

 

 「だから?」

 

 

 「だから・・・っ!」

 

 

 言葉を続けようとしたルナに対して、ベスキュビアは悍ましい瞳を向けた。  凄まじい悍ましさに、ルナはその場に尻もちをついた。  私も咄嗟にルナを支えようとしたけど、余りの殺気と恐怖で身体が動かなかった。

 

 

 「あー・・・仕方がねえな」

 

 

 頭をクシャクシャと掻きむしると、ベスキュビアは辺りを見回し始めた。  そこには、少ない村の魔族達が黙って此方を見ているのが分かった。  サーベリアとロジーの二人は見当たらなかった。

 

 

 「ここの連中を喰っちまうか。  腹の足しにならねえがな」

 

 

 瞬間、エルンが一足飛びにベスキュビアへと向かった。  その速さは私の目に映る事は無く、気づいた時にはベスキュビアがエルンの腕を掴んでいた所だった。  ギリギリと二人の力が拮抗しているかの様に見えたが、歯軋りするエルンと違い、ベスキュビアは余裕の笑みを浮かべていた。

 

 

 「いい踏み込みだ」

 

 

 「村の皆には手を出さないで」

 

 

 「どうするかな。  お前が楽しませてくれるなら考えてやってもいい」

 

 

 「初めからそう言ってるでしょ!」

 

 

 「やめっ・・・!」

 

 

 二人のやり取りを見て、私が止めに入ろうとした時、胸の奥への急激な痛みが私を襲った。  胸を抑えて蹲る私を見て、ルナがハッと気を取り戻して私を抱きしめた。

 

 

 「はっー、はっー・・・ううう・・・!」

 

 

 「大丈夫!?  エルンちゃん、様子がおかしいよ!」

 

 

 「っ!!」

 

 

 言われたエルンはベスキュビアが握っている腕を振り解き、慌てて私とルナの元へと駆け寄った。

 

 

 「胸が痛いの!?  横になって、早く!  ルナ!  水を持って来て!  それから、ロジーを呼んで!」

 

 

 慌てて指示を出すエルンに、ルナも直ぐに対応し、村の奥へと駆けて行った。  エルンは私を横にすると、胸に耳を当て呼吸を聞いたり、気道を確保したりと、やれるべき事を行ってくれた。  そんな私達を見て、ベスキュビアは違和感を感じていた。

 

 

 (何だ、この空気は?  魔女の空気じゃねえ。  それに、聞いた話じゃエスターの血も入っているらしいが、エスターの空気でもねえ。  元々のこいつの空気か?  いや、人間にしちゃあ、どこかおかしい。  あー?  そうかそうか。  この空気。  どうにも見た事があると思ったが・・・そういう事か・・・)

 

 

 一つの答えに行きついたベスキュビアは笑みを消し、私達へとゆっくりと近づいて来た。  それを見て、エルンが牙を剥き出しに威嚇する様に喉を鳴らした。

 

 

 「グルルル・・・!」

 

 

 「黙ってろ。  ちょっと見せてみろ」

 

 

 そう言うとベスキュビアは横になる私の胸に手を当て、ブツブツと何かを呟いた。  それは、ベスキュビア自身が自問自答している様で、早口であるものの、その声は私の耳にハッキリと聞こえていた。

 

 

 「魔女の血が邪魔してやがるな。  て、事はエスターの奴は・・・眠ってやがる。  この娘を助ける為に力を使い過ぎたな。  んん?  人間の血が薄くなってきてるな。  このままエスターが起きないと魔女に乗っ取られる、か。  それはそれで面白いんだが、ウィンクドレスが唾付けてる奴を見殺しにするとなると、面倒だな。  チッ、あの女、此処まで計算して私の遊びを黙って見てやがったな」

 

 

 「ううっ・・・」

 

 

 「邪魔しているのは・・・“こっちか”。  さて、どうしてやるかな。  あー、あいつの言う通りにするのも癪だな。  少し位は私好みにしてやるか」

 

 

 薄っすらと目を開けて苦しそうにする私を見て、ベスキュビアは立ち上がると首をニ、三度コキコキと鳴らすと、口を開いた。

 

 

 「おい、魔族。  退いていろ」

 

 

 「何をする気!?」

 

 

 「五月蠅え。  退けって」

 

 

 止めに入るエルンを突き飛ばすと、ベスキュビアは私に向かって掌を向けた。  殺されるのか、そう思った私が目を閉じると、何か柔らかく、それでいて奇妙な空間が私を包み込んだ。

 

 

 「あうっ・・・」

 

 

 「ちょっと!!」

 

 

 「此処の上等な水に免じて、楽にしてやるよ」

 

 

 ベスキュビアはそう言うと、掌を握りしめた。  奇妙な空間が圧縮され、私の体内に吸収されると、ベスキュビアは今度は逆に掌を弾けさせた。  瞬間、私の身体から全ての痛みと苦しさが嘘の様に消え去った。  キョトンとする私を見て、ベスキュビアは顔を近づけて不気味な笑みを浮かべた。

 

 

 「よお。  “生まれ変わった”気分はどうだ」

 

 

 「・・・苦しく、ない」

 

 

 「だろうな。  今、お前の中を喰い漁っていた血を吹っ飛ばした。  爽快だろう?」

 

 

 「大丈夫なの?  痛くない?  何処かおかしいところは?」

 

 

 「うん。  何ともない。  それより、凄く気分がいいわ。  何か突っ掛かっていた物が取れた感じ」

 

 

 私の肩を掴み慌てた表情でそう言うエルンに対して、私は笑顔で答えた。  何だか、新しい私に成れた様な、ベスキュビアの言葉を借りるなら、本当に生まれ変わった様な気分だった。  そんな私を見て、ホッと息をつくエルンの肩越しに、ベスキュビアは舌なめずりをし、何か呟いたのを私は見逃さなかった。    

 

 

 「魔族の世界にようこそってな」

 

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