ドヤ顔が得意な女剣士は勘違い病が凄まじい   作:nagiayu

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出会い

 

 トレブルを探して三ヶ月が経とうとした時、イリーナは先見眼を扱い、魔族の空気が集まる方へ足を向けていた。  そして、漸く目当ての人物を見つけた場所は、北と西、そして東の大陸が重なり合うかという地点であった。  ある意味辺境の地でありながらも、一つの大きな空気を見たイリーナの足は、自ずと其方に向いていた。

 

 

 そんな地で、ロイヤルクラウンのイリーナは遂に目当ての人物を見つけた。  しかし、その人物は自分達と敵対する種族と談笑しながら歩いていた。  よくよく先見眼で見てみると、目当ての人物の空気が明らかに違った。  イリーナも話には聞いてはいたが、あれでは完全な魔族、そんな空気だった。

 

 

 「アンナ様から話は聞いていたけれど、あれでは完全な魔族ね。  ノーティス、残念だけど貴女の想いは届かなかったみたい」

 

 

 イリーナは黒い手袋を付けると、ゆっくりと拳を握った。  ミシミシと拳から腕へ力が入り込んでいくのが自分自身でも分かっている。  ゆっくり、確実に戦闘態勢へと移行していくイリーナの瞳には、青く、冷たいものがあった。

 

 

 「集落の魔族は問題ない。  一番の空気を纏っているのがトレブルと話している魔族。  あれが私が見た大きな空気の正体みたいね。  歴戦か。  負けずとも、正面突破は厳しい」

 

 

 イリーナはそう分析し、確かめる様に自分に言い聞かせると、ゆっくりと瞳を閉じた。  そして、深く大きな息を付くと、自身のみが扱える技を使った。

 

 

 滝が流れ落ちる崖の上に一つ。  自分とは真反対の森の中に一つ。  そして、自分から数百メートル離れた森の中でも開けた位置に一つ。  イリーナは己の空気をそれぞれに分散させた。

 

 

 イリーナはこの技を買われてロイヤルクラウン幹部であるアンナの右腕を務めている。  当然、それだけでは無く、自身の武術の強さ、そして、冷静な判断力、下の部隊の者への的確な指示、全ての総合力を満たしている為だ。

 

 

 「やっぱり三つが限界。  これ以上は私の体力が持たない」

 

 

 言いながらイリーナはトレブルへと目を向けた。  自身の空気を限界まで消している為もあるが、トレブルは勿論、歴戦の魔族も此方には気付いていない。  しかし、あの歴戦の魔族は強さはあるものの、先見眼は弱いらしい。  ならばこそ今が好機。  いくら先見眼が弱いと言っても、あの集落に分散させた空気を入り込ませれば其方に気が散る筈。  そこを───。

 

 

 イリーナがそう判断し、接敵する為、足に力を入れた瞬間だった。  突如として、イリーナの先見眼に、空から別の空気が二つ映った。  時刻は夜だが、月明りと先見眼で相手の姿形は見て取れた。

 

 

 (何?  何か来る?  いけない。  落ち着け私。  兎に角、空気を消さないと───)

  

 

 何やら大声を上げながら落ちてくる二つの空気を見たイリーナは、状況を把握する為、咄嗟に分散させた空気を消し、自身も完全に闇へと溶けた。

 

 

 

 

 

 

 「この馬鹿っー!!」

 

 

 

 

 

 

 美しい月を背に、空から声が聞こえた。  何事かと、エルンと二人して空を見上げると、二つの影が私達の傍に着地した。  衝撃で砂埃が舞い上がり、埃が晴れると、二人の生物がギャアギャアと騒ぎ出した。

 

 

 「黙レ!  貴様が行けと言うから飛んだのダゾ!?」

 

 

 「誰が集落のど真ん中に着地しろって言ったのよ!!  少しはその腐りきった頭を使いなさいよ!」

 

 

 「貴様こそ何が大丈夫、ダ!  走るのも億劫になっていた分際で!  誰が背を貸して此処まで連れて来たと思ってイル!」

 

 

 「情報が無い場所での隠密行動は基本中の基本でしょうが!  これだから脳筋は!」

 

 

 「陰湿にコソコソと隠れて行動する等、雑魚がする事ダ!!  これだから蝙蝠ハ!」

 

 

 ギャアギャアと言い合う二つの影に、エルンは呆れた顔で近づいていった。  一人は魔族だけど、もう一人は人間なのか、不思議な空気をしていた。

 

 

 「ちょっと!  何処の誰か知らないけど、喧嘩するなら他所でやってよね!  あんた等みたいな浮浪魔族を相手にしてる程暇じゃないし、此処はそんな村じゃないの!  さっさと出て行きなさいよ!」

 

 

 「うっさい!!」  「黙レ!!」

 

 

 「あ゛あ゛!?」

 

 

 

 二つの影の喧嘩を止めに入ったエルンだったが、影の一括にエルンが切れた。  ドスの聞いた黒い声を発すると、三人の空気が変わった。  今にも殺し合いが始まりそうな気配の中、私はいざこざを制しする為、口を開きかけた。

 

 

 「待って待って!  止め───」

 

 

 しかし、この殺伐とした空気を裂いたのは、又しても私では無かった。  エルン、そして、二つの影がぶつかり合う寸前、いつの間にいたのか、三人の間に立ち、鋭い目つきを向けていたのはベスキュビアだった。

 

 

 「雑魚共が集まって何をしている?  こいつの飯が冷めるだろうが」

 

 

 「何々!?  エルンちゃんどうしたの!?」

 

 

 バタバタと走ってやって来たルナは、不穏な空気の中心にエルンがいるのを見ると、慌てて傍へと駆け寄った。  しかし、駆け寄ってきたルナに対して、エルンは手で制すと、二つの影から視線を外さずに口を開いた。

 

 

 「ルナ、邪魔しないで。  悪いけどさっきまでイライラしてたから。  憂さ晴らしに今、此奴等を仕留める所」

 

 

 エルンの言葉に、マスクをつけた不思議な空気を持つ人物が眉をピクリと動かした。  そして、エルンの言葉が癇に障ったのか、怒気を含めた言葉を放った。

 

 

 「仕留めるダト?  調子に乗るナヨ?  少しは腕が立つ様ダガ、相手の力も分からない程度の先見眼で私に牙を向けた事をあの世で後悔させてヤル。  レベルカ、手を出スナ」

 

 

 「この娘を殺るのはいいけどさ。  問題はこっちでしょ。  何で此処にベスキュビア様がいらっしゃるのよ」

 

 

 レベルカと呼ばれた少女の様な魔族がベスキュビアを見ながらそう言うと、ベスキュビアはエルンともう一人の口元をマスクで隠した人物に近づいて行った。  明らかに殺意を放ち、その空気は小さな村を簡単に包み込む程の空気だった。

 

 

 「おい、雑魚共。  この私を無視するとはいい度胸だ。  喰いではなさそうだが、少しは腹の足しになる様に足掻けよ?」

 

 

 「うええっ!?  私は無視なんてしていませんよ!?」

 

 

 あわあわと狼狽える魔族の少女とは裏腹に、マスクをつけた人物はベスキュビアにも臆さずに正面へと立った。  そんな中、エルンも牙を剝き出しにベスキュビアへと殺意の目を向けた。

 

 

 「丁度いいわ。  あんたも此処で消してやる」

 

 

 「誰かと思えばベスキュビア、カ。  牢獄に封印されし純粋な魔族の一人ダナ?  今となっては珍しい魔族の一匹と殺り合えるトハ。  願ってもナイ」

 

 

 パキパキと指を鳴らすマスクの人物に、レベルカと呼ばれた魔族の少女が呆れ顔とジト目で口を開いた。

 

 

 「あんたがベスキュビア様に勝てる訳ないでしょ。  相手の力量が分からないのはあんたもでしょ。  というか、分かっててやるなら唯の馬鹿ね」

 

 

 「黙っていろレベルカ。  相手の強さに頭を下げるのはもう御免ダ。  貴様は相変わらずの蝙蝠カ?」

 

 

 「あのねえ、相手が誰だか分かっているでしょうが。  ベスキュビア様は純粋な魔族の御一人なのよ?  逆立ちしても勝てる訳ないし、殺り合う意味も無いでしょ。  此処で死ぬ為にこんな辺鄙な所まで来た訳じゃないでしょ」

 

 

 「そっちの魔族は分かっているみたいだな。  だが“人間”。  お前は駄目だ。  お前、早死にするタイプだな」

 

 

 「あたしを無視して話進めてんじゃないわよ」

 

 

 三人の空気が遂に混ざり合い、最早止める事は不可能に近い状態になった時、ルナが必死な声を上げた。

 

 

 「止めてっ!!  魔族同士が争って何になるの!?  こんなの何の意味も無い!!」

 

 

 ルナの叫びに、マスクをつけた人物が鬱陶しい者を見るかの様に視線をルナへと向けた。

 

 

 「私は魔族ではナイ。  それに、ゴミの分際で指図カ?  先にお前ヲ───」

 

 

 「殺すよ」    「殺すぞ」

 

 

 マスクをつけた人物、ベスキュビア曰く人間に対して、エルンとベスキュビアが同時に殺意の目を向けた。  それは、ルナに対する想いからくるものだった。

 

 

 そんな空気を破ったのは、レベルカと呼ばれる魔族だった。  緑色の髪をした少女の様な姿でありながら、強い空気を感じる魔族は、私達に対して一度頭を下げ、自身の胸に手を当てると、その口を開いた。

 

 

 「はいストップ!  先ずは、謝るわ。  勝手に貴女達の領域に入って御免なさい。  でも、信じてほしい。  貴女達に危害を加えるつもりはないの」

 

 

 「信じれると思う?  そんだけ殺気放たれてさ」

 

 

 「エルンちゃん!  うん、分かったよ。  信じる」

 

 

 ルナのあっけない言葉に、私を含め、エルンとベスキュビアが深い溜息をついた。  そう、ルナはこういう娘なんだ。  だけど、ベスキュビアも言っていたけれど、ルナはいい眼をしている。  私は堪に過ぎないけれど、殺気を放ってはいるものの、本当に殺し合いをする空気では無い事を肌で感じていた。

 

 

 「えっと、あっけなく信じて貰うつもりも無かったけど。  まあ、いっか。  自己紹介が先よね?  私はレベルカ。  見て分かるけど、魔族だよ。  魔女の住処から逃げてきたの」

 

 

 丁寧に自己紹介するレベルカに対して、ベスキュビアは舌で唇をペロリと舐めると、品定めするかの様にレベルカを見始め、口を開いた。

 

 

 「お前、唯の魔族じゃないな?  空気からして限りなく人間に近づける擬態能力タイプ、か。  魔女が生み出した魔族にしては珍しい奴だ」

 

 

 「ご明察です。  流石はベスキュビア様。  で、こっちが───」

 

 

 ベスキュビアとエルンに鋭い目つきを向けていたもう一人の不思議な空気を持つ人物に、レベルカが肘をついて挨拶を促した。

 

 

 「・・・エルディロイネ、ダ」

 

 

 不機嫌そうにそう答えたエルディロイネに、今度はルナが怪訝な顔で口を開いた。

 

 

 「人間、よね?  変な空気だけど」

 

 

 「魔族と人間が何で一緒にいる訳?」

 

 

 ルナとエルンが不思議そうな顔で訪ねると、エルディロイネは自身の口元付けられているマスクを指差した。

 

 

 「レベルカと共に行動しているのは成り行キダ。  空気に関してはコレを付けているかラナ。  人間の空気を抑え込んでイル」

 

 

 「骸のマスク?  それで人間の空気を抑えてたの?  人間が魔女の大陸の内部調査と言う所?」

 

 

 「いや、此奴そんな事出来る程、頭良くないから」

 

 

 「黙レ」

 

 

 痴話喧嘩するレベルカとエルディロイネを見て、私は思った。  魔族と人間がこんな風に、柔らかな空気を纏っている。  それは、私にとって不思議でもあり、素敵に見えた。  魔族は敵だと、そう教えられ、そうやって練磨してきた。  一人で旅をしている時も、魔族との戦闘は無かったけれど、魔物とは幾度も戦ってきた。  その魔物も、魔族の部下に過ぎず、人々を苦しめる魔族達の仲間。  だから、私達にとって、敵だった。

 

 

 だけど、此処に来て、ルナとエルンに助けられて、ロジーやサーベリアと出会って、私の考えは変わった。  魔族は敵じゃない。  勿論、ヴァレリアーナやベルビューヌ、ウィンクドレスみたいに非情な魔族もいる。  だけど、少なくとも、全ての魔族は敵じゃない。  そう、改めて思った。

 

 

 「ねっ、此処で話すより、家に来ない?  ご飯なら多めに作ってあるから、二人増えても問題ないよ?」

 

 

 「施しは受けナ───」

 

 

 エルディロイネがそう言うと同時に、お腹の音が鳴った。  一瞬、全てが無になったが、エルディロイネは顔を背けながら再度言葉を放った。

 

 

 「が、どうしてもと言うなら、いいだロウ」

 

 

 「御免なさい。  此奴、恥ずかしがり屋なの」

 

 

 「あはは。  エルンちゃんと一緒だね!」

 

 

 「一緒にするなっ!  私は恥ずかしがり屋でもないんだから!」

 

 

 「五月蠅い奴等だ。  ん?」

 

 

 ガヤガヤと話す中、ベスキュビア唯一人が深い闇の森へと目を向けた。  そんなベスキュビアに、ルナが不思議そうに口を開いた。  

 

 

 「どうしたの?  ベスキュビアさん」

 

 

 「・・・いや。  お前達は先に行け。  私は“食前の運動をしてくる”。  まあ、運動になればいいがな」

 

 

 「何しに行くんです?  あ、もしかして獣でも狩ってくださるんですか?」

 

 

 レベルカが森の方を見るベスキュビアを下から覗き込むように見ながらそう言うと、ベスキュビアは口角を上げた。

 

 

 「そんな所だ。  少しは喰いでがありそうだ」

 

 

 ククッと喉を鳴らしながら森を見つめるベスキュビアに、エルンが意地悪な顔をしながら口を開いた。

 

 

 「そのまま帰って来なくていいから」

 

 

 「お前には喰わせるつもりはない」

 

 

 「あ、待って。  それなら私も───」

 

 

 「お前は来ない方がいい」

 

 

 私はご飯の準備も、ベスキュビアとの対話もルナに任せっきりだった為、少しでも貢献しようと、獣狩に行こうとするベスキュビアについていこうとしたが、鋭い目つきをしたベスキュビアに止められた。  その目と言葉には、お前だけは来てはいけないと言っている様な、有無を言わさない圧を感じた。

 

 

 「“ルナ”。  私の分は取って置け。  そう遅くはならない。  食事をもっと豪華にしてやる」

 

 

 「獣に殺られれば面白いのに」

 

 

 「もう! エルンちゃん!」

 

 

 エルンの棘のある言葉は聞こえていないのか、ベスキュビアは黙って森の中へとゆっくりと歩いて行った。

 

 

 「行ってらっしゃい。  気を付けてね!」

 

 

 ルナの言葉に、ベスキュビアは片手を軽く上げると、その姿は完全に闇の中に消えて行った。

 

 

 「さーて、面倒くさい奴も居なくなったし、ご飯にしよ」

 

 

 「久しぶりのまともな食事ね、やっと落ち着けそう」

 

 

 「私はしょうがなくだかラナ?  どうしてもと言うカラ───」

 

 

 「はいはい」

 

 

 私はいつの間にか連れ立ってルナの家に歩いていく魔族と、一人の人間の背中を見た時、何か世界にとって大きくて、綺麗な光景を見た。  きっと、世界は変われる。  私が人間から魔族になった様に、それはきっと世界にとって、とても大事な事に思えた。

 

 

 「ララー!  早くー!」

 

 

 手を上げて私を呼ぶルナに、私は今までにした事が無い程の笑顔で走り寄った事で答えた。  

 

 

 

 

 

 

 ベスキュビアが闇の森へと入る数分前。  イリーナは汗を大量に流しながら、木の陰から目を見張っていた。 

 

 

 (ば、馬鹿な・・・!  何なのあの化け物は!?  さっきまであんな空気無かった!  そうか・・・あそこまでの強さを持っているなら、空気を完全に消す事も容易い訳、ね。  それに、突然現れたあの二人。  空気からしてかなりの強さを持っている。  だけど“あの女”はそんな二人が霞む程の圧倒的存在感がある)

 

 

 月夜でありながら、高い木が生い茂る闇の中、イリーナは大量の汗を拭う事も無く、足を震わせた。  しかし、それでもイリーナは努めて冷静に状況を把握していった。  それは、ロイヤルクラウンの幹部部隊を務める程の者であり、そして、イリーナ自身の経験値の高さが伺えた。

 

 

 (普通の魔族ではない。  歴戦の魔族であった筈のプリミアなんて比にならない。  空気だけなら、アンナ様やリース様も超える存在がいるなんて───。  此処は一度ロイヤルクラウンへ戻って状況の説明を───)

 

 

 イリーナの足が村とは反対の方へと向いたその時だった。  ベスキュビアが自分の方へと視線を向けたのが先見眼で分かった。

 

 

 (気づかれた!!)

 

 

 瞬間、イリーナは全速力でその場から消えた。  その動きに一瞬の迷いも無かった。  それに、足には多少なり自信はあった。  アンナの右腕として、北や南の大陸にも使いには行っていた。  道中、数えきれないほど魔物や魔族と戦闘を行い、実践的な練磨も行ってきた。  

 

 

 

 大丈夫、逃げ切れる。  空気も音も限りなく消している。  格上の魔族とも戦術を駆使して殺り合ってきた。  大丈夫───。  

 

 

 

 しかし、そんなイリーナの十数年に及ぶ練磨と培ってきた経験値は、あっけなく壊された。

 

 

 「そんなに急ぐな。  人間」

 

 

 「っ!!」

 

 

 目の前に現れたベスキュビアに、イリーナは足を止めざるを得なかった。  嫌な汗が止まらない。  そんな汗を拭う事すら出来ない。  震える視界で辛うじて分かるのは、ベスキュビアの足元。  ベスキュビアが立つ大地が抉れ込んでいた。  それはつまり、尋常ではない脚力で地を蹴り、一瞬で私を追い越し、そして今、私の目の前に立っている。  唯、その事実を知らせてくれる物だった。

 

 

 「あの魔女擬きの小娘に何か用か?  それとも、私達に用でもあるか?」

 

 

 「はぁ、はぁ・・・」

 

 

 イリーナの呼吸が自然と荒くなるのが分かった。  それもその筈であり、ベスキュビア程の力を持つ純粋な魔族の空気を真面に浴びて、正気を保つ事さえ難しかった。  

 

 

 「そこそこ出来るあいつ等に気配を感じさせないのは上等だがな。  黙っていたら分からねえよ」

 

 

 言いながら一歩、一歩と距離を詰めてくるベスキュビアに、イリーナは何も答えられずにいた。  そして、何も言えずにいるイリーナに、ベスキュビアは自身の頭をガシガシと掻き毟ると、一つ息を付き、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 「答えろ」

 

 

 瞬間、空気が変わった。  悍ましい瞳とその空気は周囲全てを支配した。  その空気に当てられ、森の中で眠っていたであろう無数の鳥や獣がけたたましい悲鳴とも取れる鳴き声を上げ、走り、飛び去っていった。  当然、その空気を正面に浴びたイリーナは、金縛りにでもあったかの様に体が固まってしまっていた。

 

 

 「う・・・あ・・・」

 

 

 「駄目だ。  ああ、駄目だな。  これじゃあ話せる筈もないな。  ちっ、これだから雑魚は面倒くせえ」

 

 

 再度、自身の頭を掻き毟ったベスキュビアは、イリーナに近づくと、ゆっくりと掌をイリーナに向けた。  その時、イリーナは今までの人生で、最もおかしな光景を見た。  身長差はベスキュビアが若干高いくらいだが、ゆっくり自分に迫って来るその掌の大きさは、自分の身体を軽く鷲掴み出来る程に巨大に見えた。

 

 

 「このまま死ぬか?  それとも、私に抗って見せるか?」

 

 

 「うっ・・・」

 

 

 「・・・もういい。  死ね」

 

 

 それは、ベスキュビアの指がイリーナに触れるかどうかの刹那だった。

 

 

 「あああっ!!」

 

 

 イリーナが叫びながらベスキュビアの手を弾いた。  そして、距離を取ったイリーナは肩で息を切らしながらベスキュビアを睨みつけた。

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ!!」

 

 

 「そうだ。  それでいい。  動けるようになったな」

 

 

 弾かれた掌を見つめながらベスキュビアがそう言うと、ゆっくりとイリーナへと向き直った。

 

 

 「雑魚は死に直面しないと本来の力を出せない。  これを引き出すのが面倒でな?  大抵はそのまま死ぬんだが、お前は合格だ。  漸く話せる様になったな」

 

 

 「な、何者なの、貴女は!」

 

 

 「私を知らないのか?  見た目通り若いな。  まあ、私が外をうろついていたのは数十年前だからな。  知らないのは無理も無いか。  私はベスキュビアという。  お前の名は?  此処で何をしていた?」

 

 

 飄々と話すベスキュビアに対して、イリーナは頭をフルに回転させた。  今すべき事は一刻も早くこの場から逃げ、現状の報告をロイヤルクラウンへとする事だが、目の前の相手がそれはさせないだろう。  天地が引っくり返っても目の前の化け物には勝てる筈も無い。  ならばどうするか。  幸いと言っていいのか、遥か天上の存在であるこの化け物はイリーナと対話を図ろうとしている。  上手くいけばこの場を収められるかもしれない。

 

 

 僅か数秒で答えを出したイリーナは、どもりながらも口を開いた。

 

 

 「わ、私はイリーナ。  偶々近くを通りかかった旅の───」

 

 

 イリーナがそう言いかかった瞬間、イリーナの傍にあった大きな木が、何か強大な力に潰された。  破片すら舞い散る事無く、潰された木は、初めからそこに何も無かったかの様だった。  唯、木が立っていたであろう地面には綺麗な丸いクレーターが出来上がっていた。

 

 

 「舐めてんのか?  もう一度しか聞かねえ。  此処で何をしていた?」

 

 

 駄目だ。  この化け物には言葉で丸め込むなんて言う生易しい事は通用しない。  全てを悟り、全てを諦めたイリーナは唇を噛み締めながら震える唇を動かした。  本来ならば、此処で何も言わずに死を選ぶ。  しかし、イリーナにはそれが出来なかった。  この化け物の事を国に知らせなければ、今後大変な事になる。  そう考えたイリーナはベスキュビアの問いに答えるしかなかった。

 

 

 「私は・・・私は、ロイヤルクラウンの者。  此処にはある娘を探してやって来た」

 

 

 「いいぞ。  もっと囁いてみせろ。  事と次第によっては少しは長生き出来る。  それで?  魔女擬きの娘を見つけたな?  どうする?」

 

 

 「・・・あの娘はもう人間では無い。  空気も完全に魔族と化している。  そうなった場合、私に出来る事は唯一つだけ・・・・よ」

 

 

 拳を握り締めながらそう言うイリーナに、ベスキュビアは大きな溜息を一つ放った。  そして、先程までの冷たい空気が嘘かの様に、柔らかな雰囲気を辺りを包んだ。

 

 

 「殺すっつーのか?  なら、先に私を殺るか?  あの娘の空気を魔族にしたのは私だからな」

 

 

 「何、ですって?」

 

 

 戸惑うイリーナに、ベスキュビアは適当にあった木の一本を、腕を横に薙ぎ払っただけで切断した。  真っ二つに切断された木は切り株だけを残し、朱色に染まりかけた葉達はベスキュビアの手で完全に塵と化してしまった。

 

 

 ベスキュビアは作り上げた切り株に腰を落とすと、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 「あの娘はな、自分の血と母親の血、そして、魔女の血が混ざっていた」

 

 

 「知って、いる。  だから私達はトレブルと言うのよ」

 

 

 「ふん。  トレブルか。  最近の若い奴等の言葉は難しいな。  まあ、合わせてやる。  その、トレブルという娘の身体の中で何が起こっていたか知らないだろう」

 

 

 「ダブルは暴走を起こす事も多いと聞く。  トレブルともなると、それがどうなるかは誰でも想像がつくわ」

 

 

 「そこまで分かっていて、お前達人間は何もしなかったのか?」

 

 

 「どういう───」

 

 

 イリーナが問い質した瞬間、ベスキュビアはイリーナへと指を差した。  ビクリと身体を震わせたイリーナだったが、何か妙な力が自分を襲っている訳でもなく、ベスキュビアは単にイリーナへと指を向けているだけだった。

 

 

 「お前達人間の血があの娘を蝕んでる事も分からなかったのか?」

 

 

 「人間の血があの娘を?  逆でしょう。  魔女の血があの娘を蝕んでいた」

 

 

 「少しは頭が回りそうだったんだがな。  お前も魔女擬きと同じで馬鹿か」

 

 

 吐き捨てるかの様にそういうベスキュビアに、イリーナは何も答えられなかった。  暫く沈黙が場を支配したが、ベスキュビアはイリーナを睨みつけながら口を開いた。

 

 

 「あれが誰の娘だと思ってんだ」

 

 

 「誰のって・・・報告書ではエスターと呼ばれる者だとあった・・・」

 

 

 「名前を知っていてそいつがどんな奴なのかも知らないとはな。  これも月日の流れってやつか。  気に喰わねえ。  ああ、気に喰わないな」

 

 

 ガシガシと頭を掻き毟り、地に唾を吐き捨てたベスキュビアは、傍から見ても機嫌が悪い事が見て取れた。  これ以上ベスキュビアの機嫌を損ねる訳にはいかないと、イリーナは声を張り上げた。

 

 

 「ま、待って!!  まさかあの娘の母親は───」

 

 

 「変な勘違いするな。  血統だけで言えば魔女擬きは人間に分類される。  だが、問題はその母親だ。  エスターは人間なんかの枠に収まる奴じゃなかった」

 

 

 「強い、という事?」

 

 

 「分かりやすく単純に言うとそうなる。  が、それは精々、腕の立つ人間だ。  それだけで収まる奴じゃないと言った筈だがな」

 

 

 ベスキュビアの言葉にイリーナは混乱した。  分類としては人間であり、母親も人間。  ならばどうしてベスキュビアはこうも分かりにくい言葉を使うのか、イリーナは思っている事を素直に口にした。

 

 

 「分からないわ。  何が言いたいの?」

 

 

 「少しは頭を使え、馬鹿。  お前、私の強さを分かっているんだろう?  私は純粋な魔族だ。  昔は私みたいな魔族が当たり前に居た。  それが、今では魔女が作る魔族擬き共しかいないのは何故だと思う?」

 

 

 「魔族擬き?」

 

 

 聞き慣れない言葉にイリーナはオウムを返した。  その言葉を聞いたベスキュビアは再度深い溜息を付くと、舌打ちしながら口を開いた。

 

 

 「ちっ。  そんな事も知らないのか。  人間共が魔女に良い様に遊ばれている訳だ」

 

 

 「待って。  魔族とは言うのは二種類いる、と言う事?」

 

 

 「種類なんてもんはねえ。  今、世界中にいる魔族は魔女が生み出した者だ。  お前、昔から魔族がいないとでも思っているのか?  人間の世界にも文献くらいあるんじゃねえのか」

 

 

 「あ、る・・・。  確かに、数百年前から人間と魔族の争いが在ったと。  だけど、どうして?  純粋な魔族の中でも貴女はトップレベルに強かった筈。  だけど、貴女の名前なんて何処にも───」

 

 

 イリーナの言葉に、ベスキュビアは一度目を丸くすると、自嘲気味に笑みを作った。

 

 

 「ははっ。  私がトップレベル?  笑わせるな。  昔の私なんて精々が中堅所だ。  まあ、変に長生きした分、今では上の方にはなるだろうがな。  それでも、今の私を凌駕する者なんざ腐る程居た時代だ」

 

 

 今度はベスキュビアの言葉にイリーナが目を丸くした。  それもその筈であり、目の前にいる天蓋の化け物を超える者が、その昔には腐る程居た、その言葉をとても信じれる筈がなかった。

 

 

 「嘘でしょう?  そんな筈、ないわ。  だとしたらどうして人間は滅びていないの」

 

 

 「純粋な魔族の“ほとんど”は好んで人間を殺したりはしねえ。  考えてみろ。  生まれながらに強大な力を持つ私達と、力を持たずに生まれて来た人間共。  殺り合えばどうなるかなんて誰が見ても分かる」

 

 

 「・・・だけど、魔族は世界を自分達の世界にするって───」

 

 

 「下らねえ。  世界なんざどうでもいいんだよ。  私達はな、そんな絶大な力を持っていながらも、命を賭けて向かってくる人間共と殺り合う、そんな時間が最高に昂ぶるんだ。  弱い人間共を狩って喰った所で、血が汚れるだけだ」

 

 

 「誇り、というやつね」

 

 

 イリーナの言葉にベスキュビアの眉が動いた。  明らかに嫌悪するかの様な表情をしたベスキュビアは吐き捨てるかの様に言葉を放った。

 

 

 「誇りだ?  そんなもん、遥か昔にその辺の魔物に喰わしてる。  私達に存在意義なんてものは無え。  唯、己の命が尽きるまで、自分が認めた者と闘う。  そして、生きるか死ぬかのやり取りを行う。  死ねばそれまで、生きれば又、己が認めた者と出会うまで彷徨う。  それが、純粋な魔族だ」 

 

 

 ベスキュビアの独白とも言える言葉に、イリーナは何も返さなかった。  二人の間に無言の時間が続くと、又しても先に口を開いたのはベスキュビアだった。

 

 

 「で、そんな私達が今はもうほとんど居ない理由は分かったのか?  分からなかったら、本当の馬鹿だな」

 

 

 「・・・貴女達程の力を持った純粋な魔族が、居なくなった。  いえ、正確に言うと、絶滅に近い形に“させられた”」

 

 

 イリーナの言葉に、ベスキュビアは正解だと言わんばかりにニヤリと笑うと、今となっては遠く離れた魔族の集落の方へ目を向けて口を開いた。

 

 

 「私達純粋な魔族はたった一人の生物に破壊された。  一人の戦神と呼ばれる女剣士にな。  それが、私が認める最初で最後の人間。  エスターだ」

 

 

【挿絵表示】

 

あなたの好きな魔族は?

  • オルベルスネーシア
  • ウィンクドレス
  • プラムベティ
  • ベスキュビア
  • ビクトリア
  • ガデルベルナ
  • ヴァレリアーナ
  • 牡丹
  • ベルビューヌ
  • ルナ
  • エルンヴァイス
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