ドヤ顔が得意な女剣士は勘違い病が凄まじい   作:nagiayu

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黒棍のエルダ

 「エルダさん上です!」

 

 

 「分かってるっての!」

 

 

 「エルダ、手心を加えては駄目よ!  “これ”はもうアリッサじゃないわ!」

 

 

 アリッサの姿をした何かは、膨れ上がった右腕を大きく振りかぶり、クロウとエルダが並ぶ場所へ叩きつけた。  衝撃でクレーターが出来上がり、月明りが照らす深い森へ、大きな衝撃音が響いた。

 

 

 「ザラ!  もう一人は!?」

 

 

 「ゆっくり近づいて来ています!  この速度だと接触まで後三十!」

 

 

 「エルダ!  十五で“こいつ”を仕留めるわよ!」

 

 

 「分かっています!  クロウさん!  来ますよ!」

 

 

 再び飛び上がったアリッサは再度、クロウへと右腕を叩きつけた。  重力を味方にした力任せな一撃に、防ぐ事を諦めたクロウは自身の速度を生かし、躱した。  その時、クロウはアリッサの背後を取ったエルダへと目配せを送っていた。

 

 

 「後ろがガラ空き!」

 

 

 「・・・」

 

 

 エルダがアリッサの背中の中心を黒棍で突くと、アリッサは大きく体制を崩し、地へ膝をついた。  そこへ、クロウがアリッサの顔面を蹴り上げると、地を踏みしめ飛び上がった。  クロウは更に、体制を崩しながら宙を舞うアリッサの目の前に現れると、威力の籠った回し蹴りを腹部へとめり込ませた。

 

 

 衝撃で木々をなぎ倒しながらアリッサが吹き飛ばされた。  

 

 

 「仕留めましたかね?」

 

 

 「本物のアリッサならあの程度じゃ無理ね」

 

 

 「アリッサ様の姿をした何かですよ。  エルダさん、やれそうですか?」

 

 

 「どうかな。  少なくとも私でも一撃を当てられる程、鈍くなってる。  その代わり、あの腕の一撃は一発でも貰ったらやばいよ」

 

 

 「それもそうだけど、早い所カタを付けないとまずいわ」

 

 

 そう言うと、クロウは漆黒の鉤爪を再度しっかりと付け直した。  クロウには一つの懸念があった。  アリッサがあの様な形であれ、蘇ったとするならば、未だ距離の離れているもう一人は必然的にミストとなる筈だ。  どの様な姿になっているか分からないが、この場にミストと未だに姿を見せない死人使いまで現れたとしたら、対応が追い付かなくなってしまう。

 

 

 クロウはチラリとエルダとザラへと目を配ると、視線に気づいた二人はコクリと頷いた。  言わずとも、二人にはクロウの懸念は分かっている。  それだけ、共に長い時間を共有してきた事から、三人の繋がりが分かった。

 

 

 三人は同時に走りだし、クロウが蹴り飛ばしたアリッサへと追撃を行った。  “敵が”合流する前に各個撃破する事は、複数人での戦闘において、当然と言える事だった。

   

 

 「ヴヴ・・・」

 

 

 藻掻きながら体制を立て直してる最中のアリッサへ、一番速度があるクロウが鉤爪を振りかざし、首に狙いを付けたその時だった。  突如、クロウは何者かに覆いかぶさられ、その勢いのまま転倒した。

 

 

 「クロウさん!」

 

 (速い!  まだ距離はあったのに一瞬で詰めてきたの!?  いや、違う・・・あたしの目にはまだ離れた位置に空気がある・・・もう一人敵がいる!)

 

 

 「くっ・・・!  ミ、ミスト・・・!」

 

 

 「アア・・・」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ミストの姿は生前と何も変わらなかった。  しかし、その顔に生気は無く、虚ろな目でクロウへと拳を上げた。  覆いかぶさられ、クロウに対して馬乗りの状態になったその時、クロウの目には、生前の明るい笑顔を向けるミストが確かに見えた。  一瞬の油断がクロウの判断を鈍らせ、クロウは抵抗する事が出来なかった。

 

 

 「このっ!」

 

 

 ミストの拳がクロウに触れる寸前、エルダの黒棍がミストを弾き飛ばした。  そして、エルダは弾き飛ばしたミストへと一人追撃を行った。  

 

 

 「此方は私が!!」

 

 

 エルダはそう言うと、弾き飛ばしたミストと共に暗闇の森へ消えた。  その瞬間、クロウはハッと我に返り、体制を立て直そうと立ち上がる寸前、今度は自身の上からアリッサの気配を感じた。

 

 

 「危ないっ!!」

 

 

 先に立ち上がったアリッサがクロウへと右腕を振り下ろしたが、ザラがそれを受け止めた。  ザラの持つ巨大な盾はこれまでも様々な攻撃を防いできた。  小柄な彼女が持つには相応しくない大きさを誇る盾は、サポートに徹するザラにとって最も合っていた。  その大きさからかなりの重量を誇るが、ザラはそれを扱える様に日頃から練磨を怠った事は無い。  その練磨により培った力は、今回の遠征でも大いに発揮されていた。

 

 

 「ぐっ、くう・・・!  クロウさん!  この“死人”は私が抑えます!  それよりも即応を!  もう一人の空気が消えました!」

 

 

 「っ!」

 

 

 アリッサの一撃を受け止めながら、ザラがそう叫ぶと、クロウの目の前の地がモコモコと膨れ上がり、中から死人使いヴァレリアーナが姿を現した。

 

 

 「良い目を持っている娘がいるのね。  ごめんなさい。  二人がどうしても貴女達に会いたいと言うの」

 

 

 「お前が・・・お前がヴァレリアーナね。  お前だけは許さない」

 

 

 ギリッと歯軋りさせるクロウを横目に、ヴァレリアーナはアリッサの猛攻を防いでいるザラへと目を向けていた。  その手には、懐から出した紙とペンを持っていた。

 

 

 「まだ、調整が足りない。  それなりの力を持つ者ならあの程度の小物、簡単に死人に出来る筈なのに。  感情が邪魔をしている?  興味深い」

 

 

 ブツブツと独り言を言いながら自分の力の成果を書き表しているのか、ヴァレリアーナは目の前のクロウには一瞥もくれる事は無かった。  その姿に、クロウの感情が怒りに燃えた。  そして、一足飛びにヴァレリアーナの目の前に飛び込むと、その胸部へと鉤爪を突き刺した。

 

 

 「っ!!」

 

 

 「死人にも感情はある。  それをもっと消す事で力は更に上がる筈。  しかし、理性が無くなれば私の縛でも制御が出来ない。  やっぱり最高傑作は“あの娘”だけ」

 

 

 ヴァレリアーナから吹き出る血液はドス黒く、クロウの漆黒の鉤爪を更に黒くしていった。  しかし、ヴァレリアーナは痛みが無いのか、クロウの一撃への反応も無く、ザラとアリッサの攻防を目で追っていた。  そして、自身の考えが纏まったのか、ヴァレリアーナは自身の血で汚れた紙をグシャグシャに丸めると、そのまま飲み込んでしまった。

 

 

 そして、ヴァレリアーナは漸くクロウへと目を向けた。  一度、チラリと自身の胸部へ突き刺された光景を見ると、軽く息をついて口を開いた。

 

 

 「ああ、ごめんなさい。  何かしら?」

 

 

 「こっ・・・の!」

 

 

 腕に力を込め、ヴァレリアーナの胸部へと更に腕をめり込ませるクロウだったが、ヴァレリアーナは全く意に返さず、涼しい顔をしていた。  埒が明かないと、クロウは腕を引き抜こうと、力を抜いた刹那だった。

 

 

 ヴァレリアーナはクロウの右腕を鉤爪事掴むと、グンッと自らへと引き寄せた。

 

 

 「!?」

 

 

 「ごめんなさいね。  慌てる必要は無いわ。  そう、怖がらないで。  もう少し、生きている内に貴女の綺麗な顔を見ていたいの」

 

 

 「離っ・・・しなさいっ!!」

 

 

 掴まれた腕を無理やり力づくで引き抜いたクロウは、付けられていた鉤爪を切り離し、自身の腕を引き抜くと、大きく距離を取った。

 

 

 「忘れ物よ?」

 

 

 そう言いながらヴァレリアーナは顔色一つ変えずに突き刺さった鉤爪を引き抜くと、クロウへと放り投げた。  しかし、クロウはそれを拾う事は無かった。  代わりに、クロウの右手には鋭く尖った“黒き爪”があった。

 

 

 メイドとして、国の受付を行い、不審な者や、外界からの魔物の襲撃を退けてきたクロウだったが、その“黒き爪”は、エルダやザラは勿論、ロイヤルクラウンの中でも知る者は殆どいない。  しかし、確実に、この“黒き爪”はクロウにとって、研鑽、練磨し続けてきた己の一部だった。

 

 

 「それが貴女の本当の武具?  だけど、ごめんなさい。  私には通用しないわ」

 

 

 「言った筈よ。  私は貴女を必ず殺す。  例え、痛覚の無い貴女でもね」

 

 

 「いいえ、違う。  痛みはあるの。  でも、ごめんなさい。  気が済んだかしら?  残念だけど私は“死ねない”の」

 

 

 「私が死を贈る」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 “黒き爪”を前に、静かに、冷たくそう言い放ったクロウに、ヴァレリアーナはほんの少しだけ、口角を上げた。  それは、対峙しているクロウにも分からない程、本当に小さなものだった。  その意味を知る者は、ヴァレリアーナを除いて、いない。

 

 

 そして、ヴァレリアーナは小さく唇を動かした。  その声は、誰に聞こえる訳でも無く、消え入りそうな言葉だった。

 

 

 「迷える魂に救いを。  貴女は私を救ってくれるのかしら・・・この永遠なる地獄から───」

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 「ミスト様!  私が分かりませんか!?  エルダです!」

 

 

 「アア・・・」

 

 

 弾き飛ばしたミストに追撃し、攻防を繰り広げながらミストと対峙するエルダは何度も声を掛けていた。  しかし、ミストから返ってくる答えは、人の言葉では無かった。  必死に声を出すエルダに、ミストは迫り狂った。

 

 

 (速いっ!!  アリッサ様はあの姿から動きは鈍くなっていたけれど、ミスト様は違う!)

 

 

 素手で迫って来るミストの手数に、黒棍を持つエルダ。  武器が無い者と有る者の差は間合いにあるが、ミストはその間合いを潰すかの様にエルダへと近距離戦を仕掛けて来ていた。  そんなミストとの距離を取る為、エルダは黒棍を振り回すと、ミストとの距離を取った。

 

 

 (ちっ、死人とは言えミスト様は一筋縄じゃ行かない、か。  クロウさんとザラとかなり離れてしまった・・・一人で対応するなんて、カッコつけすぎたかな)

 

 

 「ウウ・・・」

 

 

 (だけど、大分あの速さにも慣れて来た。  幸い、ミスト様の獲物は持っていない。  徒手空拳だけが武器なら、間合いさえ間違えなければ───)

 

 

 エルダはギュッと黒棍を握る手を強くすると、相手の出方を伺った。  フラフラと足元が覚束ないミストは突然しゃがみ込むと、地に埋まっていた拳大の石を握った。

 

 

 (・・・?  何をする気───まさかっ!)

 

 

 エルダがミストの動きに疑問を感じ、次の行動を察した瞬間、ミストはその石を握りつぶし、大きく振りかぶった。

 

 

 (岩礁弾!?  ちっ!)

 

 

 「黒棍守傘(こくこんしゅさん)!」

 

 

 ミストから放たれた小さな石は、猛スピードでエルダへと迫った。  エルダはそれを防ぐため、黒棍を自身の目の前で回転させると、凄まじい勢いで迫る石を弾き飛ばした。  しかし、ミストは右手、左手を使い、次から次へと岩礁弾を放って来る。  エルダはそれを防ぎ続けたが限界を迎えたのか、足や腕を岩礁弾が掠り始めて来ていた。

 

 

 (間合いなんてお構いなしってわけ!?  このままじゃ・・・!)

 

 

 エルダはジリジリと後退しながらも、自身の足に力を込めていた。  そして、ほんの一瞬、ミストが 次の石を手に取る隙をついて、溜め込んだ脚力を爆発させた。  一足飛びにミストへと迫ったエルダだったが、ミストはそれ以上の速さで岩礁弾を投げ込んだ。  エルダ目掛けて投げ込まれた岩礁弾だったが、エルダは空中で体を捻りながら黒棍守傘を展開すると、その回転力のままミストへと突っ込んだ。

 

 

 「どりゃあああ!」

 

 

 「ヴ・・・ヴア」

 

 

 回転力を味方につけたエルダの特攻だったが、ミストはそれを素手で受け止めた。  しかし、エルダの突進力を完全に抑えきれず、地面を抉りながら何とか受け止めた形となり、遂にはその手から黒棍を手放した。

 

 

 (勝機!)

 

 「重根三連崩(かさねさんれんくず)し!」

 

 

 打・突・旋の三連撃を真面に受けたミストが吹き飛ばされ、地を抉った。  そして、エルダは大の字で倒れるミストへと馬乗りになると、黒棍を振りかぶった。  自分の練磨を見てくれた事もあったミストへと、黒棍を振り下ろす瞬間、エルダはこれまでの想い出を胸にしていた。  しかし、相手はもう自分の知っているミストではない。  死人使いに操られ、死して尚、闘いを強いられるその姿を哀れに思った。  エルダはそんな哀れなミストへと最後の言葉を放った。  

 

 

 「向こうに行ったら、ちゃんと謝ります。  すいません、ミスト様!!」

 

 

 「ウ・・・ヴヴ・・・」

 

 

 その時、ミストの顔を見たエルダは、咄嗟に動きを緩めてしまった。  ロイヤルクラウンで直接練磨をしてもらった経験は無いが、一度だけ話した事はあり、顔は知っていた。  共に同じ国で魔族と戦う仲間であり、そんな仲間に手を下すことが正しいのか、彼女は迷った。  それが、彼女の優しさでもり、甘い所だった。

 

 

 「ミスト様・・・がはっ!!」

 

 

 ミストは動きを止めてしまったエルダの両脇腹を両手で掴むと、石すら軽々く破壊するその力を発揮した。  メリメリと指がエルダの身体を貫いていく。 余りの激痛にエルダが体制を崩すと、ミストはエルダの顔を掴み、投げ飛ばした。

 

 

 「あぐっ!!  かっは・・・!  ううっ」

 

 

 血反吐を吐きながら倒れるエルダを目掛けて、ミストは大きく飛び上がると、黒棍を握る左腕へと足を踏み下ろした。

 

 

 「あああっ!!」

 

 

 完全に骨が砕ける音が響き、エルダの悲痛な叫びが木霊した。  ミストは痛みに藻掻き苦しむエルダを更に蹴りつけると、その身体を大きな木にぶつけた。

 

 

 「うあっ!!  つう・・・」

 

 (駄目・・・は、早く・・・立ち上がらないと!)

 

 

 倒れたエルダは痛みで震える身体を何とか動かし、何とか立ち上がったが、ミストは攻撃の手を休める事は無い。  離れた位置から更に岩礁弾をエルダへと放った。  迫る岩礁弾を防ごうと、エルダは咄嗟に生きている右腕で身体を守った。  しかし、そんなものでは岩礁弾を防ぐ事は出来ず、エルダの身体を貫通していった。

 

 

 余りの衝撃に、エルダは遂に、手にしていた黒棍を手放した。

 

 

 「うあああっ!!」

 

 

 岩礁弾がエルダの身体を貫くと、エルダはその場へと倒れた。  夥しい血が地を染めると、身体の感覚が無くなっていくのが分かった。

 

 

 (油断した・・・!  クロウさんからも言われていたのにっ!  くっそう・・・)

 

 

 激痛と意識が遠くなる中、エルダの耳には自分へと近づいてくるミストの足音が聞こえていた。  死に近づく足音が一歩、一歩近づいてくる音に、エルダの耳に別の音が混ざっているのが聞こえた。

   

 

 「ヴヴ・・・」

 

 

 ゆっくりと、その音の方へと目を向けたエルダが目にしたのは、血涙を流しながら近づいてくるミストだった。  その顔を見た時、エルダは力が抜けていく中、思いに耽った。

 

 

 (あんなに練磨してきたのに、やっぱり副部隊長を務めていた方相手だと・・・勝てないかな。  これが、私の限界なんだろうね)

 

 

 「ア・・・ア」

 

 

 (うん・・・。  きっと、これが私の限界なんだ。  もうちょっと生きたかったな。  買いたい服も沢山あったし。  食べたい物もあったのに、な)

 

 

 「・・・アキ・・・ラ・・・メ」

 

 

 (あははっ。  諦めろって聞こえた気がする。  いよいよかな。  そうだよね、私今まで頑張ってきたし、もういいかな。  ミスト様に殺されるなら私も此処で───)

 

 

 遠のく意識の中、エルダ中で一つの記憶が徐々に蘇っていった。  走馬灯とでもいうのか、エルダは不思議と穏やかな気持ちになっていった。

 

 

 

 

 『何だ、エルダ。  もう終わりか?  お前も他の奴等みたいに諦めるのか?』

 

 

 『ぜはぁ・・・ま、まだまだ!』

 

 

 『いいぞ。  さっさと打ち込んで来い。  私はお前の仇と思え。  殺す気で来い』

 

 

 『でええええ!』

 

 

 『惜しいな。  だが、まだ甘い』

 

 

 『エルダー頑張ってー!!』

 

 

 『エルダさーん!』

 

 

 『あの人凄いですね!  エルダさんって言うんですか?  一緒に働いてみたないなあ』

 

 

 エルダの脳裏に、あの時の記憶が蘇ってくる。  メイド達の練磨で皆が倒され、疲れ切っていた中、エルダは一人、最後まで練磨を行った。  息一つ付かない格上の存在であるオリガへと打ち込んできた。  苦しくも、楽しかったあの時。  エルダはその持ち前の根性と粘り強さで、メイドの中でも最後まで諦める事は無かった。  そんなエルダを、同じメイド仲間は勿論、部隊兵となっていたアリッサやミスト。  黒服メイドであるクロウ、部隊長でもあるロザリーはずっと見て来ていた。

 

 

 『うあっ!!』

 

 

 オリガに弾き飛ばされたエルダが倒れると、大の字で倒れるエルダの頭上から声が聞こえた。

 

 

 『諦めるの?』    

 

 

 ウェーブのかかった茶髪の女性は、倒れているエルダの顔を覗き込む様にそう言った。  その瞳を見たエルダは、ペッと血を吐き出すと、炎の灯った目をオリガへと向けた。

 

 

 『ま、まだ・・・まだ』

 

 

 『いい根性』

 

 

 クスッと笑った女性が、壁際で観察している仲間の達の元へと向かって行った。

 

 

 『ミスト、気になるか?』

 

 

 『面白い娘じゃない。  あの娘、強くなる』

 

 

 『ロザリー、あの娘、私に預けてくれない?』

 

 

 『何?  クロウがそんな事言うなんて珍しいね』

 

 

 『雨が降るかも?  アリッサ、カフェ巡りは今度にしよう』

 

 

 『茶化さないの、ミスト。  で、あの娘に何を見た? クロウ』

 

 

 『ミストの意見に同意するわ。  強くなるわ、あの娘。  技術は問題無し。  でも、まだまだ心の方が育ってない。  暫くは一緒に受付メイドとして観察力を高めた方がいいわ』

 

 

 『私の一存では決められん。  アリッサ、頼めるか?』

 

 

 『仕方ないね。  上には私から報告しておくよ』

 

 

 『クロウ、言うからにはちゃんと育てないといけないよ』

 

 

 『分かっているわ。  ミスト、貴女も練磨を見てくれると助かるけれど』

 

 

 『そうしたいのは山々だけど、叶わないかな。  私はこれから遠征で忙しくなるし。  クロウが育てるなら、一度手合わせしてみたいけれど』

 

 

 (あの時、声を掛けてくれたミスト様。  そして、最後まで諦めなかった私を連れて食事に連れて行ってくれたのがクロウさんだったっけ)

 

 

 エルダの握った拳の力が強くなっていく。  自分でもこんな力が何処から湧き出るかは分からない、でも、失っていた感覚が徐々に戻り始めていた。

 

 

 (諦めない。  最後まで、絶対に。  私が諦めたら・・・諦めたら───)

 

 

 

 

 「カッコ悪いでしょーがっ!!」

 

 

 

 

 叫びながら立ち上がったエルダは、近づいてきたミストの顔面を殴りつけた。  しかし、ミストは倒れず、足を踏ん張り、エルダを殴りつけた。  負けじとエルダも蹴りを放った。  暫く、周囲はお互いがお互いを攻撃し合う音だけが響いていた。

 

 

 「おりゃあああ!」

 

 

 「ヴ・・・ア・・・!」

 

 

 ミストが倒れ込み、エルダが馬なりになると、辛うじて動く右腕で容赦なく殴りつけていく。  負けじとミストもエルダの顔面へと拳を振り上げる。

 

 

 「うあっ・・・だああっ!!」

 

 

 「ヴヴ・・・アアッ!」

 

 

 ミストが大きく身体を仰け反らせると、エルダが倒れ込んだ。  そして、お返しと言わんばかりに今度はミストがエルダへと拳を叩きつけ始めた。

 

 

 「あがっ!!  ぶあっ!」

 

 

 「ヴヴアッ!」

 

 

 「あ゛あ゛あ゛っ!」

 

 

 エルダは残った力を振り絞り、ミストを引き剝がすと、意識が飛びそうな中、何とか立ち上がった。  霞む目でミストを見ると、フラフラと足元は覚束ないものの、呼吸一つ乱していなかった。  しかし、ミストへのダメージは確かにあった。  一歩、一歩近づいてくる中、顔色こそ変わっていないが、歩き方が不自然過ぎた。

 

 

 死人として、痛みはないが、肉体へのダメージが無い訳ではない。  壊れかけているミストの肉体を見たエルダも、一歩、一歩ミストへと足を動かした。

 

 

 お互いが血反吐を吐きながら、間合いを詰める中、先に動いたのはミストだった。  渾身の一撃がエルダの顔を捉えると、その体制を崩した。  やはり駄目かと、グラリと倒れ込む寸前、エルダはミストの顔を目にした。  死人であり、生気の無い顔つきだったミストの顔だったが、エルダには確かに生前のミストが見えていた。

 

 

 『諦めるの?』

 

 

 そんなミストの言葉がエルダを突き動かした。  倒れ込む身体を、エルダの足がドンッと踏み込ませた。  崩れた体制を立て直したエルダは、ぼやける視界の中、渾身の一撃を放った。

 

 

 

 

 「こんちくしょー!!」

 

 

 

 

 叫びながら放たれたエルダの一撃は、身体が思う様に動かない現状、ただ勢いに任せた直線的な拳だった。  しかし、ミストはそれを躱す事も受ける事も出来なかった。  そして、想いの籠ったエルダの一撃はミストの顔を捉えた。

 

 

 「ウヴァ・・・」

 

 

 「ぜはぁ・・・ぜはぁ・・・」

 

 

 最後のエルダの一撃で、ミストは倒れた。  ミストはもう、身体を動かす事も出来ないのか、倒れたままピクリともしなかった。  そんなミストを見下ろしながら、呼吸もままならないエルダが立ち上がった。

 

 

 「ツヨ・・・ク・・・ナ・・・」

 

 

 「はぁはぁ・・・」

 

 

 何かを話そうとしているミストだったが、呂律が回らず、徐々にその瞳も閉じられて行っていた。  そんなミストへ、エルダはしゃがみ込むと、酷い顔をしながらも、口を開いた。

 

 

 「でしょう?  諦めませんよ、最後まで。  あっちで、見ていて下さい。  もっとカッコ良くなりますから」

 

 

 ニカッと最高の笑顔をしたエルダを目にしたミストは、生気の無い無表情では無く、確かに笑った。  フッと小さく笑うと、そのまま瞳を閉じ、グズグズと身体が溶け始め、土くれと化していった。

 

 

 「うう・・・はぁ・・・」

 

 (くっそう。  身体中痛すぎて・・・って言うか、もう痛いのかどうかも分かんない。  黒棍のエルダの最後が自分の拳だったなんて・・・笑える)

 

 

 エルダは力なくその場に倒れた。  血を流し過ぎたのか、身体はもう動かない。  エルダの美しい蒼い瞳が、徐々に生気を失っていった。

 

 

 (で、も・・・雲の上の・・・ミスト様に勝てた・・・強くなったよね・・・私。  だけ、ど・・・こんな姿、カッコ悪い、かな)

 

 

 自虐的に笑ったエルダの瞳がゆっくり閉じられていった。

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