「あのっ、今度みなさんで集まって、うちの学園の七不思議とか話してみませんか!?」
「学園の七不思議? ええと、どうしてこんな急に?」
フクキタルへそう訊ねてみれば、いわく特別な理由とかはないけれど、とにかく一度やってみたかったらしい。語り手と、聞き手。薄暗い部屋で、多人数で集まり奇妙な話を語り合う。要は特別な趣きのあるお泊り会なわけだが。
「ええ……? 私は寝たいのだけど……」
「ワッツスズカ?! こんな面白そうなイベントに参加しないなんて、ソンソンってヤツデスヨ!」
「さっすがタイキさんはハナシが分かりますねぇ~!」
「それでそれで、いつ、どこで、どんなトコロで……!」
「ハウディーならぬ、ハウ・デイ……! いやそれだと意味不明になっちゃいますね……!」
断りの文句を差し挟むより早く。こういった形で、タイキが想像以上にノリノリで引くに引けなくなってしまっていた。
というか、どんな怖い話がこの学園に伝えられているのかなんて私はよく知らない。そもそも人の前で滑らかに話すのだって得意ではない。自分が臆病かどうかについては、あまり考えたことはないけれど、自分から率先して怖い話を探したことだって一切ない。そんな自分が参加したって場違いなのではないか。二人へそう正直に話すと、フクキタルは自信ありげに胸を叩いた。
「大丈夫ですよスズカさん。そこは発起人の私に任せておいてくださいよ!」
どうやら学園の七不思議にまつわる話を知っている人たち……実際は私もよく知るみんなを、フクキタルが集めてくれるらしい。話し合う場所はもちろん学園内で。なので是非参加してくれと、彼女は何度も何度も念を押していた。
確かに、トレセン学園には学生だけで借りることのできる、寝泊まり可能な多目的室が結構な数存在している。もちろんトレーナーさんやそれに類するひとの許可さえあればの話だが。私じゃ借りられないんですと嘆くフクキタルを見て、彼女のトレーナーさんはリスクヘッジが出来ているなあと他人事のように思った。
タイキと私で部屋を借り、フクキタルが人を集めた。多目的室のドアは、放課後のチャイムが鳴ってすぐ鍵を開けている。けれど私はまだ部屋内にいない。時刻は六時を回ったところ、思ったよりも遅くなってしまった。
トレーニングを早めに終えたとはいえ、着替えや準備に併せた形で急遽短いミーティングもあったものだから、私が一番遅い到着となっているだろう。
薄暗くなりつつある廊下を足早に歩く。
私の人差し指、その第二関節部分でネームタグ付きの鍵がくるんと回る。鍵は数人持っているから、既に誰かが部屋を開けているだろう。
明日は土日に関わらない週真ん中の祝日。だから、私たちの本業にも差し障りはない。
『こういうのは鮮度とサプライズ感が大事なんですっ!』
ちゃんと参加者集めましたよと胸を張るフクキタルの姿を思い出す。
彼女の図らいのおかげと言うべきか、はたまた彼女のせいと言うべきか。
あの時話し合った二人を除いて、集まるだろう七人が誰なのか、会ってみるまでわからない。
あと改めて独白しておくけれど、私はあまり怖い話が得意ではない。というか走ってばかりで然程そういうエンタメに触れてこなかったから、今回は聞き手に回らせてもらうことになっている。
「怖くて寝られなくなったら……どうしようかしら」
指先ぐらいの不安感がまるでバラの棘のように主張し始める。
多目的室のドアノブに手を掛け、開ける前に背にした窓の方へと首を振った。
今日は、どんよりとした灰色の雲が空一面を埋めつくし、いつ雨になってもおかしくない天気。
吹く風だってジメッとしていて、肌にまとわりついて離れない。
何でまたこんな日に、薄暗くした学園内の一室で怖い話を聞かねばならないのか。少しだけ逃げ出したくなってきた。けれど、脚は多目的室のほうを指したまま1ミリだって動かない。
心のどこかで怖い物見たさという思いがあるからだろうか。それとも友達と夜通しお話できるのが楽しみなだけだろうか。多分後者だろう。なにより、ドア越しから聞こえるやけに楽しそうな喧噪が、私の気持ちを上向かせてくれた。
ロックされているかどうかを確かめるまでもなく。ドアノブは簡単に回る。
多目的室のドアを開けると、十二個の目がいっせいに私のほうを見た。一瞬、喧騒が止む。
ただそれも二秒か三秒。すぐさま駆け寄ってくる六人。やはり私に先んじて集まっていたようだ。
集まったみんなでご飯を食べ、旅館のようにきれいに布団を敷き詰めて、雑談やアナログなゲームたちに興じて。夜の九時に差し掛かろうかというところで、フクキタルが声を上げた。
「さて、七人目の語り手はまだ来ておりませんが、そろそろ始めていくとしましょう!」
七人目?
そうだ、フクキタルの話では、七人に声をかけるということだったけれど。
見回せど見回せど六人しかこの場には居ない。
私を含めても、ここには七人。全員で八人居なければ成立しないはずなのに。
あと一人は、一体どうしたのかしら。
「さあ、電気を消しますよ」
雰囲気づくりの一環なのか、まばゆい白色の照明が常夜灯に切り替わった。
橙の薄闇のなかで私は、布団で出来たカーペットの、空いているスペースに座った。
ひそひそ話をするように円形になれば、自然と顔を見合わせる形になる。
ごくん。誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。なんとも話しづらい雰囲気だ。
みんながみんな雰囲気を作ろうとしてるわけじゃないだろうけど、誰かの頑張りは周りに伝わって重苦しい沈黙を生み出させていた。
「それでは皆さん、お忙しい中集まっていただいたと思いますので……準備はよろしいでしょうか?」
いつものようなフルパワーではなく、情感たっぷりにフクキタルが宣言する。
「七人集まると聞いて居マシタガ……もう一人は……ウェア、アー……ンー?」
タイキが首を傾げながらぽつりとこぼした。
「ええとぉ……七人目は遅れてくる……とのことです!」
投げられた疑問は一言で打ち切られた。今ひとつ釈然としないが、あまり気にしても仕方ないのかもしれない。
「さあさ、雰囲気の醸成のために、聞き手の方に自己紹介してもらいましょう!」
「ええ、私? ああ、ええと……知ってるとは思うけど、サイレンススズカです。フクキタルから聞いてるかもしれないけれど、私はお話を聞かせてもらうだけなので……その、申し訳ないのだけれど……今日はどうぞよろしくお願いします」
私が答えると、みんなは黙って頷いた。
それきり、何も話してくれない。
普段のみんなとは明らかに何かが違っている。
「よろしくね」
遅まきに一人がいい、残りのみんなもゆっくりと頷いた。
良く知る顔ばかりのこの空間。
いったい、みんなはどんな怖い話をしてくれるのだろう?
部屋の空気が妙に重く、肩にのしかかっているような気がしたのは私だけじゃないと思う。
がっしりした造りをしている部屋のはずなのに。どこかから吹いてくる生暖かい隙間風が、怖がる私の頬を笑うようになめていく。
まさかを連想する。
何か得体の知れない気味の悪いものがここにいて、何かが起きるのを待っているなんてまさかを。
そんなわけない、だろうけど。
言い知れぬ恐怖を感じさせる何かが、ここに出来つつあった。
なぜだろう。
なぜ、そんなことを思うのだろう。
スタミナ切れとは別の理由で、息をするのが苦しく思えてくる。
こんな気持ちを味わうのは初めてかも。
そんな思いを断ち切るようにして私は、みんなに伝わるようにいった。
「それでは、始めましょうか?」
まだ見ぬ七人目を待たずして。
集められた六人による、トレセン学園であった怖い話が始まった。
次話は明日ないし明後日投稿予定。
その後は大体一週間刻み位で更新していく予定です。
よろしくお願いします。