はええっ?!
ここにきて怖くない話ですかあ?!
しょ、しょんにゃあ~……意気消沈ですよ、みなさん怖い話を語っているのに。
スズカさんは私にだけ話させてくれないんですね……ひどい、ひどいですよ!
ま~あ、いいですよ?
スズカさんがその気なら、私の秘奥義をお見せして差し上げましょう。
正直、この手は使いたくありませんでしたが……仕方ありません。
ここで企画が倒れてしまうのも悲しいところがありますので、ハイっ。
さあ、行きますよ。
ふんにゃろ~。はんにゃろ~。ほいぽいぽい!
願わくば、スズカさんに取り憑いた素直を食す悪鬼を滅したまえ。
スズカさんは怖い話を聞きたくな~る、聞きたくな~る……はいっ、ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カーン!
臨、前、先!
ぱんっ。
フクキタルの手によって鳴らされる、拍子木のように乾いた音が、私の意識の表層を奪った。より具体的に言うなら、身体の自由を奪われている感じだった。
意識だけは自分のもので全くもって正常なのに。
身体だけはてんで言うことを聞かなかった。
だから、口は勝手にあることないこと喋っていく。
何かに、いや。
まるでフクキタルに操られているかのように。
「そ、そうね。怖い話を……聞きたいわ……」
いつもの奇行がまた始まったと周りは若干呆れ気味。
恐らく今喋った私の言葉も、この場を円滑に動かすための方便か何かだと思われている。
だけど、違う。
私だけは身も凍るような戦慄を味わわされている。
フクキタルに向けてそう答えると、身体に自由が戻ってきた。
自分の身体が、息をするのも怖いくらい小刻みに震えている。
震えを止めたくて左手で右ひじをぎゅっと押さえた。
けれどそんなもの、気休めにもならない。
怖さに慄きながら、思う。今の、一体何だったのかしら……
ゆっくり考える間もなく、フクキタルは実に嬉しそうな顔で笑った。
ふふふふ……その言葉をお待ちしておりましたっ!
こっくりさんはまたいずれ、機会を見て行うことにして。
是非是非、怖い話をさせていただきましょう!
そのためのお泊り会ですしね!
時にみなさん。金縛りという現象の内訳をご存じですか?
寝ているとき、ふいに目覚めて。意識ははっきりしているのに体は全く動かすことができないあの症状。私たちのような年齢に多いとされているあれなんですが、生理学ですべて説明がつくところまで解明されているのです。
医学的に名称で、睡眠麻痺。
特段変な病気でもなく、思春期を過ぎた大体の人が経験していることだそうですよ。
睡眠のリズムについては二種類にわけられます。身体の筋肉がゆるむかわり、活発に脳が動き、記憶の整理や定着が行われるレム睡眠。脳の疲労回復にリソースを割くため、脳の働きが鈍化するノンレム睡眠の二つです。
眠りというのはまずノンレムから始まり、肉体に深い眠りをもたらします。しかし眠りについてからおよそ一時間ほど経つと徐々に眠りが浅くなり、レム睡眠の状態に移行します。個人差はありますが、この大体九十分程度の周期を一晩に何回か繰り返し、やがて目覚めに行き着くのです。
規則正しく訪れるはずのこの仕組みですが、何らかの影響によって入眠直後ないし覚醒状態に移行した際にレム睡眠が起きると、先ほどお伝えしました睡眠麻痺、いわゆる金縛りが起きるわけなんです。
意識自体は覚醒して、しっかり起きているけれど。レム睡眠に導かれている身体は脱力しているから動けない……ですがね……ふふふ……
それだけでは説明のつかない現象が、この世には存在するんです……
って、ちょお~っ!
みなさん示し合わせたように胡散臭そうな顔しないで下さいよ~!
今お伝えしたのは睡眠時の金縛りについてです。
では睡眠時以外に金縛りが起きるとすれば、何が要因になっていると思いますか?
……答えは、術法ですよ。
仏教の不動明王さまが用いるとされる、金縛法……
人の身体や悪さをする霊体を、かの方が左手に持つ縄の力で縛り上げる
金縛りの言葉もこの術法から来ているんですよ。
不動明王さまについてはみなさんも聞き覚えがあるかも知れませんね。
千葉県で有名な成田山新勝寺の、お不動さまのことなので。
ふえっ、なんでそんなことを知っているのかですか?
私の家は神道系ですけど、古来より神道と仏教には密接な関係がありますから。私も知ることが出来ているということです。
ああっ、この辺を深掘りしてお伝えすることはできませんよっ!
こういう術法については口伝で、一族の秘奥的なアレがありますからね!
決して私が上手く説明できないからとかじゃないですよ、本当ですよ?!
ごっほん。
私がなぜ金縛りについてを怖いものとして話しているか。
それは各々で感じ取っていただくとして。
なぜ、このような術法を如来さまがお使いになられると思いますか?
それは明王という存在が、悪を討つ力を持つ存在だからに他なりません。
邪な煩悩に惑わされ、悪い方向へと歩んでいきそうになった時。その金縛りの法を使って、正しい方向へと導く役割があるからなのです。
他人の身体を乗っ取り、本人の考えを無視して悪い道へ向かえと誑かす。そんなもの、神さまは勿論、私だって許しませんし、許せません。
「ねえ、聞いておられますよね?」
え……?
訥々と話していたフクキタルから突然、方向性の違い過ぎる声を投げ掛けられて戸惑う。
「私のした金縛りの話、どうでしたか?」
フクキタルの視線が私を射抜く。
「これで少しは懲りましたよね?」
きんぴかに光る可愛い瞳は、普段の面影を捨て去って。
「十二分相応でおわかりになられましたか?」
冬の川底のように冷たい、青色の光を一心に放っている。
「神通力の有無はともかく。畏れの一端はどこにでも眠っているのだと理解したうえで」
こんな状況にあるというのに、彼女はやたらにこやかに笑う。
「そして、私の話を。心底から楽しんで、もらえましたよね?」
すると、先ほどと同じような金縛りが私の身体をまた襲う。
血が凍り付いたかのように、全身が痺れてひどく痛い。
いや、痛いような気がしているのかしら、わからない。
だから選択なんて、とてもじゃないけど出来なかった。
「え、ええ……とても、怖かった」
絞り出すように答えて、フクキタルの返事をじっと待つ。
私の知るフクキタルならすぐ答えるはずなのに。
その口は真一文字に閉じられたままで、ちっとも動く気配を見せない。
叫び出したい。
逃げ出したい。
それでも何故か。
この明らかな異常に対して、私は堪えることを選択していた。
物理的に動けないからじゃない。もっと本質的な恐怖。
理由は分からないけれど、私は。いや、私なのかはわからないけれど。
この現象に対して、反抗心を見せたくなかった。
「……そうですか。それならよかったです!」
何分……いや。
多分実際の時間に換算すれば何秒のたぐいなんだろうけれど。
随分と待ったそのあと。
華やぐような微笑みが返ってきた、直後。
私を強く苛んでいた金縛りも、室内に充満した異様な空気も。
まるで最初から存在しなかったかのように。
一瞬のうちに消え去ってしまったのを、私は肌身で感じた。
ほっとした気持ちでフクキタルをうかがう。
「……? どうしたんですか、スズカさん。さっきからなんか変ですよ?」
ああ、よかった。
私の知る普段通りのあの子だ。何故だか何となくそう分かる。
あの雰囲気はもう存在しない、だから身構えなくても大丈夫だ……。
推測の域を出ないけれど、あの一瞬だけフクキタルは、この世の者ではない何かに操られていたのかも知れない。
そう、学校であった怖い話に巣食う、得体の知れないものに。
……まあ、その得体の知れないものが、果たしてよからぬものなのか、その実まっとうなものなのか……いや。
そもそも本当か嘘かですら、私には分からないのだけれど……。
「ではではスズカさん、コールをお願い致しますっ!」
「……次の人、お願いしてもいいかしら……」
五話目をお願いしながら、私は軽く目をつぶる。
次は実体験系だけは止めて欲しいと、心の底から思いながら……