「エレーナさん───はぁ、どうしていつも私たちから離れていってしまうのでしょうか」
「───おい、白鷺。そのため息を止めろ。いい加減に鬱陶しい」
「そういうダインスレイヴさんはどうなのですか?何やら落ち着かない様子ですが」
「気のせいだろう。」
「おおかた、エレーナさんのことを心配して───」
「気のせいだ。」
「───この方、もしかすると私よりもずっと強情なのでしょうか?」
side エレーナ
無駄に整った容姿。
またそれに反して、苦瓜を煎じたような不細工な性格。
彼は雷神が造った人形。
始まりの
名をスカラマシュと言う。
どちらかと言えば、『散兵』と呼ばれることの方が多いだろう。
紫のマッシュヘアを携えた『散兵』は、旅人たちとの再会に歓喜の声を上げている。
不適な笑みを携えて、まるで旧友と接するかのような声色だが、その心中は喜びで染まっている訳ではない。
むしろ、どこか虫の居所が悪そうにしている。
無能な部下に憤慨したのか?
或いは『淑女』との口論に乗った際に業が煮えたのか?
いずれにせよ、あまり良い空気であるとは言えない。
「貴方にだけは二度と会いたくなかった。」
「ハハハハハハハハッ......それ、そっくりそのまま返すよ。お尋ね者。」
◇
side 旅人
どうしてエレーナがここにいるの?
まさか、彼女は目覚めてからずっと『散兵』を探していたというの?
それに『散兵』のこの態度、まるでエレーナのことを知っているような口ぶりだ。
そういえば、ダインから聞いたエレーナについての記憶の中に、『散兵』から追われているという場面もあった。そう考えると二人がお互いを知り合っていても不思議じゃない。
「どうして君がここにいる?」
「いちゃ悪いですか?今まで散々私を追いかけ回しておいて、よくもまぁ保身の言葉を吐けたものですね?」
二人の間には剣呑な雰囲気が走っている。私とパイモンは彼らとは少し距離を置いているのに、彼らの殺気が伝わってくる。テイワットで出会ったどんな強敵よりも恐ろしかった。
「僕が君を追い回していたって?───冗談は程々にすることだ。君に執着していたのは『公子』だろう?僕じゃあない。むしろ、君となんて会いたくないとすら思っているよ。」
「じゃあ、何で毎度毎度こうして会う羽目になるんですか......まぁ、今回は私が貴方を探し出しただけですが。」
「───は?君が?僕を?何だって?」
「ですから、貴方を探していたんです。これまでの私に対する蛮行を免罪する代わりに、私のお願いを聞いてください。」
エレーナが『散兵』を探していた?
どうして?彼女はファデュイをかなり憎んでいるんじゃないの?
いや、それともここで復讐を果たすつもりなのか。
「とうとう頭がイカれたかい?そもそも君が僕たちファデュイに追われるようになったのは、君がスネージナヤでファデュイの構成員たちを殺戮したからだろう。処断されるのは君の方だし、僕が君の願いを聞く筋合いはない。」
「───『博士』の討伐」
「なに?」
「ファデュイの執行官第二位『博士』の討伐に一役買ってあげます。そのかわりに私の願いに応えてください。」
「お、おいエレーナ、何言ってるんだよ!」
思わずといった様子でパイモンがエレーナに抱きつく。彼女の発言の真意が分からない今、私たちの目にはエレーナと執行官が仲良しになろうとしているように見えたからだ。
「そこの飛行物の言うとおりだ、一体何を考えている?気は確かか?」
「誓って正気ですよ。貴方と私の利害は一致している筈───いや、正確にはいずれ手段が合致するんです。その時が来れば分かります。」
「意味が分からない。とうとう頭の中まで
雲行きが怪しい。
エレーナにとっては分かっていたことだ。
彼は交渉に応じるような性格をしていない。
相当な対価を示さない限りは乗ってこないだろう。
だからこそ『博士』の討伐を餌にした様だが。
「そもそも、どうして僕がドットーレを倒すなんて話になっているんだい?君のお得意の妄想話ならもうお腹いっぱいでね、これ以上世迷言を吐くつもりなら永遠に話せなくしてあげるよ。」
「交渉を蹴ると?」
「逆に聞きたいんだけど───君はスネージナヤのお尋ね者で、僕は執行官だ。ほら、僕が君に協力する理由なんてないだろう?僕らに共通の目的があるとも思えないしね」
交渉は失敗した。
「こうなったら、無理にでも私という存在を印象付けるしかないか......面倒。」
「エレーナ?一体何をするつもり?」
舌論の次にエレーナが取った行動は───
「頭が悪すぎて私の高尚な考えに至らないなんて、なんだか可哀想ですね。」
「は?」
「『
「──────へぇ」
挑発して戦闘に持ち込み、価値を示すことだった
「「殺す」」
戦いの火蓋は切られた。
将軍より生まれし孤独な人形と
『散兵』の拳とエレーナの双剣が衝突する。
前者は人外じみた鋼鉄の肉体を持ち、後者はあらゆる生物を斬る伏せることを可能とする切れ味を誇っている。まさしく最強の盾と矛の勝負だ。
ぶつかり合った瞬間、あまりの衝撃に突風が吹き荒れる。
漆が塗られた木の床は剥がれて吹き飛び、衝撃波と共に旅人たちの方へと飛んでいく。
「......あぶないっ!?」
旅人は咄嗟に風元素の防壁を張って飛来する破片から身を守った。
側にいたパイモンはあまりの衝撃に腕をしっかりと絡めて捕まっていたようだ。
一秒だけ膠着した後、二人はすぐに動き出した。
エレーナは双剣を思い切り振りかぶって斬りかかる。
双剣の光沢が彼の喉元に到達する前に、『散兵』は大きく飛び退いてその場を回避した。
双剣が空を切る。
攻防は続く。
距離が空いたのなら、「また近づけばいい」とでも言わんばかりにエレーナは一瞬で距離を詰める。
「遅いですね。」
「......っ、君こそ
「黙ってください」
エレーナの双剣が斬撃を見舞う。
音を置き去りにする程の一撃。
それを躱せないと瞬時に判断した『散兵』は、苦々しい顔をしながら斬撃を躱す。
斬撃を受けた彼の肌には
「あの模様は、『公子』と同じ......?」
黄金屋で戦った『公子』も似たようなマークを使っていた。
三つの弧が集結した形は『散兵』の身体のあらゆる部分に刻まれていく。
「クソッ!気色悪いなぁ!」
「───っ!!邪眼をっ!?」
『散兵』は邪眼の出力を解放して偽りの雷元素を呼び覚ました。
肉体の内側から身を焼く程の雷の熱が迸る。
生身の人間であれば当の昔に肉体ごと蒸発しているだろうが、彼は例外だ。
邪眼のエネルギーはやがて彼の体から解き放たれ、空気中に帯電し始める。
見ているだけで痛みを感じるような鋭い電流が空気中の分子たちを渡って狂い始めている......この間、時間にしておよそ二秒ほど。
「灼けて朽ちろ」
その雷は膨張し、空間ごと焼いた。
紫と青の火花が部屋の彼方此方で爆発していく。
天から振り翳された雷が天井を突き破ってきたかのような轟音に、私とパイモンは思わず肩を竦ませて耳を塞ぐ。
「本当に同じ邪眼なのかぁ!?『公子』が使ってたやつとは威力が全然違うぞ!?」
「きっと使い捨て前提だから躊躇いがないんだよ。『公子』は戦いそのものを楽しんでいた節があったし、本気を出す時は邪眼じゃなくて別の力を使ってた。でもこいつは───手段を選ばない。」
身を低くして耐えるしかない私たちは、『散兵』が操る邪眼の強さに慄いていた。
私たちの知る邪眼と彼の操る邪眼はあまりにもかけ離れていた。『公子』や『淑女』ならばもう少し制御していた筈の力を、この男は躊躇いなく放ち続けているのだ。
正直、イカれている。
だが、類は友を呼ぶとはよく言ったもので───エレーナはこの攻撃を意にもしていなかった。
遅いくる雷撃を全て躱しながら『散兵』と言葉を交わしていた。
「随分と馬鹿げた使い方をするんですね。せっかくの邪眼が台無しになりますよ。」
「何を言い出すのかと思えば......もしかして手加減して欲しいのかい?」
「───はぁ、愚かですね。」
「はぁ?何を......ぐっ!?」
エレーナは『散兵』の言葉を待たずに肉薄する。
人間離れした速さで一気に距離を零にした彼女は、双剣に深淵の力を纏わせて斬撃を見舞った。
衝突する音が響いて、しばしの静寂が訪れる。
「その邪眼は『散兵』のものではなく、糧にされた人々のものでしょう。であれば、もう少し丁重に扱うのが筋というものです。」
「呆れたものだ。君がそれを言うのかい?」
剣を腕で受け止めながら『散兵』は小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
二人の間には火花が散っている。
「罪のない人や魔物を殺し、喰らい、果てには
「言っておきますが、『人を殺す覚悟を決めた人間』と『人殺しに悦楽を感じる人間』は別物ですよ......私は前者で、貴方は後者です。」
「......何が言いたい?」
「
「そうか、そうかい!そんなにも死に急ぐと言うのなら是非もないッ!!」
狂ったような高笑いに興じる『散兵』。
彼は辺りの壁に掛けてあった刀を取り出した。
彼の上半身ほどの刀身を誇るそれを構えて突っ込んでくる。
帯電していた邪眼のエネルギーを集積して刀に塗りこんでいるのか、彼の振るう刀は鈍い紫色の光を放っている。
「殺してあげるよ!今、ここで......!」
「───『
強者がまたも衝突する。
此度は斬撃の浴びせ合いとなっており、両者は互いの斬撃を去なしながら敵を斬らんと武器を振っている。
『散兵』は刀を右腰から左前方に向かって思い切り振り上げたが、エレーナは斬撃を右手に持っていた剣の腹で受け流した。
彼女はそのまま懐に潜り込むと双剣の鋒を『散兵』の脇腹目掛けて突きつけた。しかし、彼を包み込む邪眼の雷がそれを弾く。
右腕を思い切り弾かれたエレーナだが、残っていた左手の刃を差し向ける。
『散兵』はニヒルな笑みを顔に貼り付けながらその斬撃を刀で受けた。
瞬き一回分程の時間、彼らは膠着状態に陥るが、すぐに動き出した。
思い切り互いの刃を弾き飛ばしたかと思えば、またも斬撃の濁流へと身を投じた。
斬り掛かる
躱す
また斬る
受け止めて、距離を取る
再び肉薄して斬り掛かる
「ハハハハハハハハハッ!!!!」
「─────クソッ、無駄に
その攻防は常人には認識できない程の速度に達していた。
彼らを離れた場所から見ていた私とパイモンは、あまりの斬撃の速さに目を剥いていた。
パイモンはもはや何が起こっているのか分からないようで呆けている。
私も辛うじてその攻防を目で追っているけれど、この戦いに交ざる自信はない。
「ど、どっちも強すぎるぞぉ!?もしかして執行官って皆こうなのか!?」
「分からない。けど、私たちが割って入るのは難しそうかも───うわ、風圧すごっ?!」
雨霰の如き斬撃の束は空間を揺るがし衝撃波を生む。
強い風圧が私の金髪をはためかせる。
姿勢を低くして地面に手を付いていなければ、今にも吹き飛ばされてしまいそうだ。
パイモンは今にも飛ばされそうになっており、私の頭に一生懸命しがみ付いている。
「ふおおお!?た、旅人ぉ!動かないでくれよぉぉぉ......お、オイラはお前にしがみ付くことで精一杯だあぁぁぁ!!」
「い、痛い痛い!?パイモン、髪掴まないで!?」
「じゃ、じゃあせめて手を握ってくれぇぇぇ!」
「わ、わかった!」
パイモンの腕を掴んで引き寄せた。
激痛を訴えていた頭皮は無事に安全を確保したようだ。
ようやくまともな姿勢を確保した。
改めて戦況を把握するべく、エレーナたちの殺陣を見た。
凄まじい果し合いは人間では到底達えない速度で繰り広げられており、拳や武器を振るう腕の軌跡を追うのでもやっとだ。
しかし、そんな混沌とした視界の中で、一際眼に付くものがあった。
「......なんか、
周りの空気が淡い光を帯びていた。
まるで蛍の群生が夜中の湖畔を漂っているように見えた。
「......なんか、既視感が───まさか!?」
「ん、旅人どうし───ぶご!?」
「ごめんパイモン、説明は後!今は伏せて!」
その瞬間、『散兵』の右腕に浮かんでいた紋様も輝き始めた。
彼は少し鬱陶しそうにそれを見たが、ただの目眩しだと判断してエレーナへと回し蹴りを見舞おうとした。
それは思わぬ形で阻まれることになる。
光り輝く摂理の紋様は、空気中に散っていた雷元素の粒子と線で結ばれる。
星座のような軌跡を描くそれは、工房の空間そのものを埋め尽くしていく。
エレーナが斬りつけたもの、触れたもの、目を滑らせたもの...この空間に存在するあらゆるモノたちに摂理が浮かび上がる。
空間が不気味なマークで埋め尽くされている光景に嫌な予感を感じたのか、或いは『公子』との戦いを思い出したのか、旅人は岩の障壁を生成して自分とパイモンを覆い尽くした。
「まず───」
『散兵』も危険を察知した。
しかし時すでに遅し。
「『
大槍が振るわれた。
エレーナによって繰り出された斬撃は左から右へと軌道を描いていき、彼女を中心に斬撃の円を形成した。
その円が紋様たちに触れると、それらは一斉に起爆していく。まるで水が弾けるような細かい飛沫がたちまち飛散して、隣り合う別の紋様に付着する。
『公子』と同じ技。
だけど、彼と違う点もあった。
『公子』の技は「斬撃」と「水」だ。
一方、エレーナが炸裂させたのは「斬撃」と「
紋様が弾けて炎を飛散させ、また同じように別の紋様と反応する。
大洪水が起こったのかと見紛う炎の飛沫で舞踏会が起る。
炎が工房を埋め尽くしていく。
『散兵』に纏わり付いていた紋様も例外ではなく、連鎖的に爆発した。
斬撃の糸で繋がれた彼は雪崩のように押し寄せる斬撃をその身に受けた。
無論、彼も黙ってやられることを受け入れるようなタマではない。
「舐めやがって......ッ!!!!!」
眼光をかっ開いて襲い来る斬撃の雨を観察し、理解し、弾く。
迫り来る攻撃が斬撃の類なら、同じ斬撃で対応すれば問題ないと判断したようで、彼は断流『爆』によって引き起こされた斬撃の雨を捌いていく。
それは人間ならざる異形の者にのみ許された神業。
およそ三百三十三もの斬撃の内、『散兵』の肉体に届いたのは百二十程度に収まった。
常人ならばこの時点で絶命していてもおかしくないが、この人形はそうはならなかった。
明らかに常軌を逸脱したその所業は、執行官という存在がどれほど人間離れした存在かを知らしめることになった。
数秒の時を経て斬撃は止み、静寂が戻った。
凌ぎ切ったことを察知して私は岩元素の障壁を解いた。
『散兵』とエレーナに視線を移すと、そこには体中を切り傷だらけにされてもなお平然としている『散兵』と、いつの間にか双剣の代わりに大槍を肩に掛けているエレーナがいた。
明らかに超次元的な攻撃の後であることが見て取れる。
周囲に目を配ると、まるで何百人もの侍に袈裟斬りにされたかのようにズタズタになった壁や床が広がっていた。
「うわぁ......部屋中が刃物で斬られたみたいになってるぞぉ」
「これじゃ工房じゃなくて、ただの廃墟だね......」
見渡す限り木の破片が転がっている。
それらの破片は、悪戯に傷つけたというよりは、切れ味抜群の包丁で魚の腹を割いた時のような切り口を刻まれており、先ほどの斬撃の雨が如何に恐ろしいものであったかを思い知らされた。
「咄嗟に岩元素で防御して正解だったかも。もし風元素で凌ごうとしてたら......うん、考えないようにしよう。」
「こ、恐いこと言うなよ旅人ぉ!」
「うるさいな、ちょっとは静かにしたらどうだい?」
「───『散兵』!」
「......っ、今の斬撃を受けてどうして無事でいられるの?」
「この程度の斬撃は腐るほど浴びたからね。今更どうってことはない。」
彼は再び立ち上がった。
土煙を払いながらこちらへと向かってくる。
身体は傷だらけになっており、見ているこちらが顔を顰めたくなった。
あの斬撃の嵐をどうやって生き残ったというの?
こいつは、本当に人間なの?
「相変わらず頑丈ですね。無駄に」
私が『散兵』の頑丈さに恐々としていると、未だに殺気を放ち続けるエレーナが私たちを庇うように立ち塞がった。彼女の刃は目の間の執行官の方を向いている。希釈された翡翠色の輝きを放つ双剣の美しさが今は恐ろしい。
「おかわりが必要ですか?───いいですね、ではもう一度やりましょう。今度こそみじん切りにしてあげますよ。」
「ああ、僕は構わないよ?なにせ、
「減らず口を叩くのだけは得意なんですね」
「その言葉、そっくり君に返すよ」
「ちょっとエレーナ、一人で戦わないで!私も一緒にっ───あ、れ?」
「───旅人?」
うまく立てない───なんだ、これ?
さっき『散兵』が言っていた魔神の怨嗟の影響が悪化したのか。
彼女たちの戦いの熾烈さに気を取られていた......この工房に漂う濃霧はずっと私を侵食していたんだ。
「───うぅ」
「あ、おい旅人!?どうしたんだよ!?」
「さっきの眩暈が、また───」
「はぁ、やっとまともに効いてきたのかい?随分と時間がかかったようだけど、ここで決着をつけられそうだ。」
「その口ぶり───私に勝てる気でいるんですか?」
エレーナの足元には陽炎が揺れていた。
彼女の持つ炎元素の力だろうか。
「少なくとも、君はかなり戦い
「───だからなんですか?」
「君の目的とやらに旅人の存在も欠かせないんだろ。だから君は彼女らを気にしながら戦わなければならない。けど、旅人の調子は悪くなる一方!ハハハッ!これでもまだ君が有利だと言う気かい?」
「私の方が強いのは事実でしょう。よくもまぁそこまでほざけますね、人形の分際で」
「───────へぇ?」
『散兵』の纏う空気が重くなった。
殺気が───息苦しさが場を支配する。
今にも再び激突しようとする二人。
「そこまでじゃ」
揶揄うような声色が横槍を入れた。桃色の髪を引っ提げながらその女はエレーナと『散兵』の間に陣取ると、くすくすと笑みを溢している。
所謂、巫女服に身を包むその女性は『散兵』とエレーナに対して何か謀を語っているようだったが、意識の朦朧としている私には聞き取れなかった。
◇
side-エレーナ
「そこまでじゃ」
「───鳴神大社の神子?」
「っち、面倒なやつが来た」
八重神子は口元に手を添えて笑っている。
彼女が腕を振るうとパリッという音がして、工房内を漂っていた魔神の怨嗟が四散した。さすがは雷神から信頼を置かれている実力者。執行官を前にしても全く狼狽えていない。むしろ相手を食わんとしている様に見える。
「お主ら、そんなに暴れたいのならセイライ島にでも行くといい。あそこにはならず者や魔物が沢山いる。血の気の多いお主らと気が合うじゃろう───それとも、ここで仲良く散りたいか?」
「八重堂の女狐......その胡散臭い顔面、僕がここで剥ぎ取ってあげようか。」
「......その発言、外交問題じゃないですか?執行官たる貴方がそんなにも杜撰な間抜けでいいんですか?第六位の貴方でこの体たらくなら、他の執行官もよっぽど世間知らずで傲慢なんでしょうね。」
「───はぁ?」
『散兵』は八重神子にすら高圧的な態度で接している。なんと恐れ知らずなのか。思わず苦言を呈したが、諌めても大人しくしてくれるわけもない───案の定、彼はドスの効いた声で睨み返してきた。
「───やっぱり君はここで殺そう。」
「やる気ですか?いいでしょう、返り討ちに───」
「これ。待てと言ったろう?妾を巻き添えにするでない......はぁ、これは神の心一つで収拾を付けるのは難しいやもしれぬな......」
「神の、心だって......?」
来た。
ようやく本来の物語の軌道に乗ったようだ。
八重神子は懐から雷の神の心を取り出した。バチバチと雷を放つチェスの駒がこの国の命運を握っている。そんなにも大事なものを執行官の面前で曝け出す神子の豪胆さには舌を巻く。
「そうじゃ『散兵』。ここに倒れている異邦の旅人は稲妻にとって重要な賓客───ここで殺されては困る。ここは雷の神の心の譲渡で見逃してはくれぬか?」
「僕の聞き間違いかな───今、神の心を渡すと言ったのかい?」
「無論」
「意味が分からないな。そこでぶっ倒れてる間抜けな旅人がそんなに大事かい?僕にはそこまで大層な存在には見えないんだけど。」
「大事かどうかは妾が決めることじゃ───お主が考えるべきは、妾の提案に対する是非じゃ。さぁ、飲むか?或いは決裂か?」
『散兵』は神子の問いに答えずに私を見て眉を寄せた。怪訝そうな顔だ───何なんだ?私はこの件に関しては部外者だから黙っているだけだ。彼の癇癪を起こさせるような素振りをした覚えはないが。
「......君、この女が来てから急に黙り始めたけれど一体何を考えているんだい?気味が悪いったらありゃしない。」
なんだそら。
喋ったら喋ったで怒る癖に。
「質問されているのは貴方の方でしょう『散兵』。私には構わずよく考えるといいですよ」
「ふん───」
彼はすぐに結論を出した。
「いいだろう」
「ほう?では───」
「ああ、提案を受け入れる。僕は神の心を手に入れる。そっちは旅人の身柄を確保できる───これでいいかい?」
「うむ、よろしい───ほれ、受け取るが良い」
紫電を迸らせている駒が『散兵』の手のひらに収まる。
彼は親の仇を相手にしているかのような顔で神の心を思い切り握り潰していた。彼の心中は穏やかではないだろう───彼の笑顔があまりに歪であることがそれを証明している。明らかに純粋な笑顔ではない。
「───これが神の心」
彼の中には、雷神に対する憎悪が渦巻いているのだろう。
「ふふふふ......ハハハハハハハハハッ!!!」
工房に高笑いが木魂する。神の心を手に入れたことに対する笑いか、或いは神に対する侮蔑か───恐らくは後者だろうが、乱心した彼にその真偽を確かめようとするには自殺行為に等しい。彼が上機嫌な時はそっとしておくのが良い。触らぬ神に祟りなしだ。
さて、知識通りに八重神子がやって来てくれたおかげで、この場を収めることができそうだ。私の目的は彼に協力を依頼すること、そのカードに「博士の討伐」をチラつかせることだ。私が次に達成するべき目的には『散兵』の助力が不可欠だ───いきなり協力してくれるとは思っていない、いずれ彼が世界樹に到達した時、私の提案が彼の頭を掠めてくれればそれでいい。
私の目的は一先ず達成された。
長居はしたくないから、そそくさとここを去ることにしよう。正直、
「話は終わりましたか?なら、私はここらで───」
「待て。」
「っ、まだ何か?」
勘弁してほしい。
私と八重神子に面識はない。
話すことなんてない筈だけど......
「なに、お主もそこの旅人同じく稲妻の客人───雷神がお主にあらぬ罪を着せて襲いかかったことへの償いをさせて欲しい.....妾と共に来てくれぬか?」
神子の綺麗な顔が私を拐かす。桃色の髪がまるで桜のように優美だから、つい誘いに乗りたくなるが、彼女の胡散臭さがそれを思いとどまらせた。この女は心の底では他者を信用していない。常に疑い、煙に撒き、陥れる。起こす行動は全て彼女自身の利害の元に行われる───温情から私と行動を共にしたいなどと思う筈がない。
「次の小説の主題を思いついた。タイトルは、そうじゃな───『観光に来たら将軍に殺されかけた件について』が
何を考えている?
この───
あーあ
シリアス路線のIFヤフォダ見たいなー
誰か書いてくんねーかなー
こういうことばっか考えて生きてます