その当主イグニス・バルログの活動記録をグレモリー眷属視点で辿る。
※作者が原作に対して抱いた疑問点をオリキャラに言わせるだけのお話です。
※トールキン先生ごめんなさい。
【1】
暴走したアナイアレーション・メーカーによって生み出された巨大魔獣が、冥界を蹂躙していく。
僕はそれをテレビで眺めるしか出来なかった。イッセーくんが不在の今、グレモリー眷属は総崩れと言っても良い状態だ。
テレビでは、レーティングゲームのトッププレイヤーたちが自らの眷属を率いて迎撃に当たるシーンが映し出されているが、彼等の苛烈な攻撃も、魔獣の体表面を傷付けるのがせいぜいで、倒すには至らない。
更に魔獣の体から、人間大の大きさの魔獣が無数に生み出されていく。
まるで人間の、際限の無い悪意を具現化させたような怪物だ。
テレビ中継しているレポーターが、横から原稿を受け取った。文面を黙読した途端その顔に、画面越しでもわかるほど喜びと安堵の色が浮かび上がった。
『速報です、そして朗報です! つい先程、あのバルログ家の『飛龍兵団』が魔獣討伐のために全軍出動したとの事です!』
その新たなニュースに、僕も興味を覚えた。
バルログ家。エクストラ・デーモンの名門で、炎を操り外敵を迎え撃ち続けた戦士の一族。三大勢力間で冷戦状態となってからは、冥界の不穏分子を狩る『掃除屋』の役割を担っている。
当主イグニス・バルログの強さは、僕たちグレモリー眷属もよく知っている。
数ヶ月前、彼は魔王サーゼクス様の命令により、駒王町を滅ぼして戦争を引き起こそうとしたあの堕天使コカビエルを倒したのだから。
【2】
シトリー眷属が学園周囲に張り巡らせた結界を切り裂き、背中から炎の翼を広げて、彼は舞い降りた。
赤いメッシュを入れた、輝くようなオレンジ色の長髪を、金糸を織り込んだヘアバンドで押さえてある。
マントの下は貴族が着る狩猟用の服装で、右手には片刃の剣が携えられていた。
あれがバルログ家当主の証であり家宝とも言われている、炎の魔剣コルヴァズだろう。
ジャケットの胸元に、翼と雄牛の角を持つ獅子の紋章が描かれている。これがバルログの家紋だと、後で部長が教えてくれた。
「魔王サーゼクス様の命により馳せ参じた。後は任せておきなさい」
部長にそう告げると、彼はコカビエルと対峙した。
「その紋章……龍使いの倅か」
コカビエルは言いながら、翼を広げて飛び上がった。
さっきまで奴のいた場所に、既にイグニス・バルログが移動して、コルヴァズの剣を振り抜いていた。
速い。移動スピードだけじゃなく、いつ動き出したのかさえも全くわからなかった。
イグニス・バルログも炎の翼を広げて、コカビエルを追って上昇する。
そこから先は、彼の放つ炎とコカビエルの放つ光とが入り乱れ、ぶつかり合う目も眩むような激烈な戦いだった。
だけど、炎と光の撃ち合いはそう長くは続かなかった。
ついさっきまで僕たちを相手に余裕の態度だったコカビエルが、目に見えて消耗している。理由は、彼の足だ。右足が膝までしかない。イグニス・バルログの高速の斬撃を完全にはかわしきれず、切断されていたんだ。
右足は地面に転がって燃えている。
コカビエルの傷口も、燃え上がっていた。
対象を焼き尽くすまで消えないというバルログの魔焰。コルヴァズはその魔焰の魔性の熱量に唯一耐え得る魔剣だと聞く。そして魔剣で斬られれば、その傷口から毒のように魔焰が広がり、ついには全身を焼き尽くしてしまう。
どうやってかは知らないけど、コカビエルはその魔焰を何とか傷口の部分で抑え込んでいる。それでも、その熱と痛みが、奴をみるみる疲弊させ、消耗させているのだ。
「諦めて投降しろ。そうすればその炎を消してやる」
「誰がするかぁ!」
イグニス・バルログの降伏勧告をはね除け、コカビエルは両手で、さっき体育館を消し飛ばした巨大な光の槍を造り出す。
「俺はもう一度戦争を引き起こす! そして今度こそ、貴様等悪魔も天使どもも皆殺しにしてやるんだ!」
「そんなに戦争がしたいなら、テレビゲームでもやってろ。よっぽど安上がりだ」
コカビエルが投げつけた巨大な槍に、イグニス・バルログは左手から生成したサッカーボール大の火の玉を投げつけた。
火の玉が槍とぶつかった瞬間、それは直径10メートルもの大きさに膨れ上がり、小型の太陽となってコカビエルの巨槍を焼き尽くして消滅させる。
イグニス・バルログは既に次の攻撃に移っていた。
左手から、炎の筋が三本ほとばしる。それは龍となってコカビエルの身体に噛みついて動きを封じた。
イグニス・バルログは炎の翼を広げて接近し、すれ違い様にコカビエルの身体をコルヴァズで両断。
上下に分かたれたコカビエルの肉体が、魔焰に包まれて灰も残さずに消滅した。
ヴァーリ・ルシファーが現れたのは、そのすぐ後だった。
【3】
コカビエルを相手に圧倒的な強さを見せつけたイグニス・バルログ。
飛龍兵団は彼が──バルログ家が所有する、ドラゴンを中心とした私設兵だ。コカビエルが彼を『龍使い』と呼んだのも、それが理由だ。
テレビの画面に、すぐに無数のドラゴンの群れが映し出された。ドラゴンの背中にはプロテクターと銃で武装した悪魔の兵士が乗っている。
ドラゴンの炎が、爪が、牙が、魔獣の体表面を破壊し、そこに兵士たちがライフルを撃ち込む。放たれるのは鉛の銃弾ではなく、込めた魔力を増幅・変換した熱線で、まるでSF映画のような光景だ。
ドラゴンの軍団は見事な連携攻撃で、魔獣の足を集中して狙い、攻撃していく。二足歩行型の魔獣の片足が吹き飛び、その巨体が轟音を上げて倒れた。
イグニス・バルログは、一際大きなドラゴンに乗って部隊を指揮していたが、それを好機と見たらしく、炎の翼を広げてドラゴンから飛び立つと、上空から隼のように魔獣目掛けて突撃した。
振りかざした炎の魔剣コルヴァズが、太陽のように眩しく輝き、激しく燃え上がる。それを魔獣の下腹部に突き刺し、胸元まで一気に切り裂いた。
魔獣の巨体に刻まれた、長さ数10メートルにも及ぶ肉の谷間から、爆炎が噴き上がる。噴き上がった炎が無数の龍となって魔獣の全身に絡み付き、巨体を内と外の両方から焼き尽くして、消滅させた。
『や、やりました! 飛龍兵団とイグニス・バルログ伯爵が、魔獣の撃退に成功いたしました!』
レポーターが喜色満面に伝えるけれど、僕は素直に喜べなかった。
魔獣が消滅した後の草原には、ほんのわずかな焦げ跡があるだけだった。あの巨体を焼き尽くすほどの莫大な熱量を、完璧にコントロール出来ている証拠だ。
彼自身の戦闘力に加えて、質と数を高いレベルで両立させた私設部隊『飛龍兵団』。
もしもバルログ家がカオス・ブリゲードに賛同して反旗を翻せば、恐るべき敵となるだろう。
そして僕のこの考えは、決して杞憂ではない。イグニス・バルログは現魔王政権に対して、あまり好意的ではないからだ。
僕は3か月前の、夏休みに冥界で行われた若手悪魔と貴族悪魔との顔合わせの時の事を思い出した──。
【4】
ソーナ会長が語った、転生悪魔や下級悪魔でも通えるレーティングゲームの学校を作りたいという素晴らしい夢を、貴族たちは揃って嘲笑った。
あまりの態度に居ても立ってもいられなかった匙くんが前に出て抗議した時、一匹の蛍が飛んできて、彼の口に入ったかと思うと、パンッ! と爆発した。蛍ではなく、イグニス・バルログが放った小さな火の玉だったのだ。
「控えろ、小僧」
イグニス・バルログは冷徹な声で言った。
「忠誠心は誉めてやろう。だが、お前が何を言ったところで、ソーナ殿の恥の上塗りにしかならん」
「な、何と言われようと引き下がれません! 俺たちは本気なんです!」
音の割りに火力は大した事なかったようで、匙くんはちょっと咳き込んでから言い返す。
「ならば、教えてもらおうか。ソーナ殿。その学校とやらで、生徒たちに何を教える?
「…………」
会長は黙っている。
「眷属としての戦闘技術か? その学校で学んだ技術は、セイクリッド・ギアを始めとする異種族由来の特殊能力に匹敵するものなのか?」
「…………」
「そ、そんなのは、やってみなきゃわかりません!」
会長に代わって、匙くんが反論するが……、
「お前たちでさえわからない事に、何故金と時間を浪費しなくてはならないんだ? いずれにせよ、下級悪魔をレーティングゲームに参加させようなど、上級悪魔たる者が考えるべきではない。ソーナ殿、あなたはイーヴィル・ピースを何だと思っているのだ」
「……悪魔の人口問題解決のために造られた、異種族を悪魔に転生させる道具です」
「あなたの言う学校とやらで、眷属としての戦闘技術を教えるとした場合、そんな大切な物を下級悪魔に対して無駄遣いするつもりだと言うことになるが?」
「…………」
「いずれ上級悪魔に昇進した時のためというのなら、その『いずれ』自体が叶わぬ夢だということはおわかりか? 聖書勢力内で和平が結ばれた。カオス・ブリゲードに対しては、先程サーゼクス様がサイラオーグ殿におっしゃったように、あくまでも限られた精鋭のみをぶつける方針だ。現状、下級悪魔が昇進のための手柄を立てる機会は無いと言っていい……お願いだから、下級悪魔にも駒を与えるべきだなどとは言わないでいただこう。何故イーヴィル・ピースがチェスの駒を模しているのか、何故上級悪魔にしか配られないのかさえわかってない事になるからな」
言うだけ言って、イグニス・バルログは自分の席に置かれたグラスの水を一口呷った。
会長が静かな、しかし揺るぎ無い意思のこもった声で言った。
「私は本気です」
「舐めるなよ、小娘」
イグニス・バルログが、今まで以上に冷たい声で言い返す。
「先程のお歴々の言葉も、今の俺の質問も、事前に考えていた訳じゃない。今の貴様の話を聞いて即思い浮かんだ疑問だ。その程度の疑問にすら答えられないくせに『本気』だと? 『本気』という言葉の意味がわかってないようだな」
「私はただ、自分の目標を語っただけです」
「語ったうちにも入らんし、稚拙すぎて『目標』と呼ぶのもおこがましい。小さな子供がテレビや漫画のヒーローになりたいと言ってるのと何も変わらん」
「まぁまぁイグニスくん。その辺にしてあげなさい。あまり厳しくしすぎても後進は育たぬものだよ」
あまりにも高圧的な物言いに、見かねた近くの席にいた貴族悪魔がなだめる。
更にセラフォルー様も口を挟んだ。
「だったら、うちのソーナちゃんが見事にゲームで勝ち進んでいけば、文句はないでしょう? ゲームで好成績を残せば、叶えられるものだって多いんだから!」
「そういう問題ではない」
イグニス・バルログは、セラフォルー様のお言葉にさえ噛みついた。
「上級悪魔たる者が、イーヴィル・ピースの存在意義も本質もわからず世迷い言を吐き、曖昧模糊な考えを公の場で発信するのが問題なのです。上級悪魔としての意識や知識を、再教育した方がよろしい」
「んもうっ! なんでイっくんはそんなにソーたんの事いじめるのよ!」
「悪魔の先達としての指導です。そこのお子様はともかく、あなたがそれをいじめとしか取れないようでは困ります。何よりあなたは今、魔王レヴィアタンとしてここに来ているのです。公私混同を為されては、もっと困ります」
「むぅ~っ!」
「そんな可愛い膨れっ面をしてもダメっ」
プウッと頬を膨らませるセラフォルー様に、イグニス・バルログは畏れる風もなく、まるで小さな子供を叱るような口調だった。
その後、サーゼクス様が部長と会長とのレーティングゲームを提案してその場はお開きとなったが、この一件で僕のイグニス・バルログに対する印象は悪いものとなった。
それを更に強くしたのが、先月の僕たちグレモリー眷属とバアル眷属とのレーティングゲームだ。
試合終了後、観戦していたイグニス・バルログに記者の一人がインタビューした時、彼はこう答えた。
「子供たちも喜んでいたようだ。ヒーローショーとしては成功と言えるだろう」
「ヒーローショー……ですか?」
「サイラオーグ・バアルのポーンや兵藤一誠の新しい鎧などは、さすがに仕掛人にも予想外の展開だったろうが、おおむね台本通りに行ったのではないかな」
「あの戦いが、八百長だとおっしゃるのですか?」
「他に何がある? 兵藤一誠が意識を失ってから10秒以上の時間が経過していた。普通の競技ならその時点で試合終了だ。なのにリタイアされなかったのが、誰かの仕掛けでないなら何だと言うんだ……まぁ、俺には関係のない事だがな」
「……バルログ伯爵から見ればそう思えてしまうような、真剣勝負とは言えないものだった
「まぁ、
「最後のあの一騎打ちも、ですか?」
「あの展開になる時点で遊びだ。バアル眷属のポーンがリアス・グレモリーを撃破していればそれで終わっていた。グレモリー眷属はサイラオーグ・バアルのこだわりに救われたが、キングを危険にさらした上に獅子の鎧を使わせて、危うく敗れるところだった。そしてサイラオーグ・バアルはダウンさせておいて追い討ちを掛けようともしない。勝ちたい勝ちたいと言ってるが、どちらも行動が伴ってない以上、ただの真剣勝負ごっこでしかない」
「……相手に全力を出させた上で勝ちたい、乗り越えたいという気持ちの現れでは?」
「そういうのは余所でやるべきだ。勝っても負けても家名に傷のつかない、私的な決闘をやればいい。家名を背負った公の場で私情を優先するなら、やはりそれは、ただのお遊びだ」
あの時僕は、このやり取りを医務室のテレビで見て、殺意に近い怒りを覚えた。
イッセーくんとサイラオーグさんの試合を、あの死戦を、お互いの全身全霊をかけてぶつかり合った誇り高き決闘を、奴は遊びだと侮辱したんだ! 主のためなら死して悔い無しという僕たちの覚悟を嘲笑ったんだ!
だけど、そんな冷酷非常な男が今、冥界を蹂躙する魔獣を一体撃破した……悔しい気持ちでいっぱいだ。
イグニス・バルログは明らかに要注意人物だ。いずれ冥界にとっての脅威となるだろう。僕はそう確信せずにはいられなかった。
【5】
その後もイグニス・バルログは冥界のために働いた。従順すぎて気味が悪いくらいだ。やはり不安は拭えない。イッセーくんやアザゼル先生も、奴の事は危険視していた。
僕たちが恐るべき強敵たちと命懸けの死戦を戦い抜いている間にも、奴はカオス・ブリゲードの拠点の制圧、内通者の炙り出しや暗殺など色々とやっていたようだ。
だけど、奴の最大の手柄は、黙示録の獣トライヘキサを確保してその復活を阻止した事だろう。
リゼヴィム・リヴァン・ルシファーは自分が死ぬとトライヘキサの封印が解けるようにしていた。
それを知ったイグニス・バルログが飛龍兵団を率いて拠点に総攻撃を掛けたのだという。
トライヘキサが復活していたらどうなっていた事か……アザゼル先生から話を聞いて、胸を撫で下ろすと同時に、これでイグニス・バルログの冥界での発言権が大きくなったのではないかと危惧した。
あの男はどうしても信用出来ない。
これまでの功績を讃えてイッセーくんを上級悪魔へ昇格させようという魔王様方の決定にも、異議を唱えたという。
まだ早い。
ただ出てきた敵を倒しただけ。
中級悪魔として最低でも10年は下積みをさせるべき。
敵を倒す事しか知らない
そんな事を言っていたらしい。
イッセーくんの功績を鑑みれば、おかしな事ではないのに……。
それ以上に、イッセーくんを
「新米転生悪魔が一年ちょっとで上級悪魔になるのが気に入らねえのさ。これだから考えの古い石頭は困るんだ……何が
と、アザゼル先生もお怒りだった。
「先生は、奴の事を知ってるんですか?」
「知らいでか。あのクソガキと奴の率いるドラゴン軍団に、堕天使が大勢殺されたんだ。ドラゴンに食い殺されたならまだマシで、生きたまま焼かれて苦しみながら死んだ奴もいたぜ。奴の魔焔で体を内側から焼かれてな……そしてアイツは、そんな堕天使たちを道端に転がってる石ころでも見るような、何の感情もない冷たい目で見つめていやがった……! 許せるもんじゃねえ!」
アザゼル先生は憎々しげに答えた。堕天使は数も少なく、繁殖の手立てもない。そんな大切な仲間を殺されれば当然だろう。
そんな折、レーティングゲームの国際大会『アザゼル杯』が開催される事となり、サイラオーグさん率いるバアル眷属と、イグニス・バルログとの試合が決まった。
【6】
試合形式は一時間以内に決着を付ける『ライトニング・ファスト』。
イグニス・バルログのチームは、飛龍兵団の兵士の中から選ばれたチームであり、正式な眷属ではないようだ。元々同じ部隊に所属してるだけあって、連携の練度が高い。バアル眷属のメンバーを次々と、半ば相討ちに近い形ではあるが撃破していく。
そして残り10分となる頃、ついにサイラオーグさんが奴との一騎討ちに臨んだ。バアル眷属はサイラオーグさんとポーンの獅子。イグニス・バルログは奴とクイーンの男性。双方残り二人となっていた。
サイラオーグさんは力ある言葉を紡ぎ、獅子の鎧の更なる力を解放する。
レグルス・レイ・レザーレックス・インペリアル・パーピュア覇獣式。
黄金の鎧に紫色が加わり、より高貴な色合いとなっているが、ただ立っているだけでも周辺を吹き飛ばすほどの莫大なオーラがほとばしり、吹き荒れている。
そこから繰り出される剛拳は、もはや隕石並みの破壊力だ。
だけど、イグニス・バルログはそれをヒラリヒラリと軽やかにかわしていく。
信じられない事に、サイラオーグさんの拳が全く当たらなかった!
溢れ出るオーラの圧力で、紙一重の回避すら許さない攻撃を、まるで風に舞う木の葉のように避けている!
奴も曹操と同じ、持って生まれた圧倒的なセンスだけで戦う天才型なのか! 僕は奴の桁外れの才能に戦慄した。
しかしイグニス・バルログは、避けるばかりで全く攻撃してこない。逃げ回ってばかりだ。サイラオーグさんを翻弄し、弄んでいる。
その時、試合場に仕掛けてあるマイクがイグニス・バルログの声を拾った。
『いいのか? このままだとガス欠で倒れるぞ』
『その前にお前を倒す!』
『今度も主に盲従して、勝ちを捨てる気か?』
『何を言ってる!』
『せっかく自律した行動が出来るようになったのに、ただ使われるだけの道具で終わる気か? ならお前は何も変わっちゃいない。見た目が斧から鎧に変わっただけで何の進化もしていない。お前の中の駒は、とんだ無駄遣いで終わる訳だ』
さっきから奴は何を言ってるんだ?
そう思っていると、不意にサイラオーグさんの鎧が解除されて、獅子の姿に戻った。
『レグルス、何のつもりだ!』
『お許しを、サイラオーグ様。しかし奴の言う通り、このままではあなた様が力尽きて──うおっ!?』
途中で獅子の周囲の地面が柱状に盛り上がり、土の檻を造り上げて獅子を閉じ込めた!
バルログチームの生き残りの、クイーンだ。斧を持った厳つい巨漢で、この試合中も大地を操り、地面から巨大な岩礫を造ってぶつけたり、巨大な土の手で相手を叩き潰したりしていた。
そうか、イグニス・バルログはサイラオーグさんにではなく、獅子の鎧に話し掛けていたのか!
彼の忠誠心を利用して武装解除させ、分断させるなんて……卑劣な真似を……!
『ちぃいいっ!』
サイラオーグさんは、たった一人でイグニス・バルログに勇敢にも立ち向かっていく。
けれど、彼自身これまでの攻防で消耗していて、パンチにも勢いが無い。今度はイグニス・バルログに紙一重でかわされて、魔剣コルヴァズで切断されてしまう。傷口から、血の代わりに炎が噴き上がった!
「負けるなサイラオーグさん! そんなクソ野郎ぶっとばしてくれぇ!」
「そうだよ旦那! 負けないでくれ! 勝ってくれぇ!」
同じ部屋で一緒に観戦していたイッセーくんと匙くんが、画面の向こうのサイラオーグさんに声援を送る。
『お、俺は負けん……俺の夢……能力さえあれば、誰もが身分を越えて、どんな夢も叶える事が出来る……そんな冥界を、造るのだ……!』
サイラオーグさんはそう言って己れを鼓舞し、魔焔の熱と痛みに耐えながら左の拳を振るった。
けれどそれは、いとも容易く片手で止められてしまった。
『身分に捕らわれない実力主義社会という事か……それならば、おめでとう。お前の夢はとうの昔に叶ってる』
『何っ?』
『実力があるから、今の四大魔王は魔王の血族を押し退けてその座に座っているんだ。実力があるから兵藤一誠は上級悪魔に昇格出来たんだ。そしてお前は、実力がないから
サイラオーグさんの動きが止まった。
いけない、奴の言葉に惑わされては! あなたが望むのはそんな殺伐とした無法な世界ではないはずだ!
『いや、ちがう、俺は……俺、は……』
『チェックメイト』
反論しようとしたサイラオーグさんの腹に、コルヴァズの剣が突き立てられ、背中から切っ先が飛び出した。
【7】
試合は、イグニス・バルログの反則負けだった。
奴がサイラオーグさんに剣を突き立てる寸前に、試合終了を告げるブザーが鳴ったのだ。つまり試合終了後に、相手を殺しかねない危険な攻撃を行った事になる。
バルログの魔焔は相手が死ぬまで消えない、魔性の獄焔。その魔焔を放つ魔剣で相手を刺したのだから、当然の結果だった。
イグニス・バルログは、ブザーが鳴るのが早かったと抗議したが、それは当然受け入れられなかった。悪質な反則行為に加えて、運営の審判に対する抗議。この二つによって、奴のチームは出場停止処分となった。
「見苦しいこったな。まっ、ああいうタイプはテメェの思い通りに行かなかったからガキみてえにギャーギャー叫ぶんだ。みっともねえったらありゃしねぇぜ。戦う者の覚悟ってものがねえ。しょせん実力があるだけの、傲慢で思い上がったクソガキさ」
アザゼル先生は嬉しそうだ。
イッセーくんと匙くんも、サイラオーグさんの勝利を喜んでいた。
【8】
「バルログ卿。お時間よろしくて?」
私は試合会場から去ろうとするイグニス・バルログ卿に声を掛けた。
「これはリアス・グレモリー嬢。何か?」
「本日の試合は、残念でしたわね」
「勝敗は兵家の常。一喜一憂しては身が持ちません。人間界でいうところの、塞翁が馬ですな」
「それにしても、落ち着き過ぎていらっしゃるわ……眷属を集めもせず、レーティングゲームにも参加しなかったあなたがこのアザゼル杯に参加する以上、相応の目的があっての事だと思ったのですけれど」
「わざわざそれを尋ねに参られたか」
「ええ。魔王サーゼクスの妹君たるこの私が、わざわざ」
敢えて兄の名前を、私が魔王の妹である事を強調する。
バルログ家は魔王直属の戦士として戦ってきた一族。だから私のこの作戦も効を奏した。
バルログ卿は小さく溜め息をつくと、答えた。
「優勝者権限で私が要求するつもりだったのは、イーヴィル・ピースの廃止と、当家が開発した新たな転生システムの採用でした」
「新しいシステム?」
「イヴィライズ・カードと、取り敢えずは名付けました。私が持つイーヴィル・ピースを解析して、改良した物です。見様によっては改悪とも言えますが」
「と、おっしゃいますと?」
「何故イーヴィル・ピースがチェスの駒を模しているのかは、おわかりですか?」
「大量生産が出来ないからですわね」
他にもいろいろあるだろうけれど、最終的にはそこに帰結する。
イーヴィル・ピースの製造には、アガレス領でしか取れない希少金属を必要とする。駒その物にも、悪魔転生以外にいろんな術式を仕込まなくてはならない。だから大量生産が出来ない。
ならばと開き直って、チェスの駒を模し、それぞれの駒に役割と、それに応じた特性を持たせる。そうする事で、『転生悪魔』という存在に特別感を付与し、悪魔転生への忌避感を和らげる。
だからイーヴィル・ピースはチェスの駒を模しているのだ。
「人間界から科学者や魔法使いを招聘して駒を解析させた結果、駒それぞれの役割に応じた特性付与──他にもいろいろな拡張性がありましたが──それらを全て取り払えば、大量生産は可能となります。サンプルも既に完成しているし、協力者を募り、実験も行った。そして、全て成功した。さすがに死体には効果を発揮しませんでしたが、生きている者には確実な効果がある」
「そして、その転生カードの採用を認めさせるために参加したと? 魔王様方に直談判なさった方が──」
私は途中で言い淀んだ。
イーヴィル・ピースの開発者であるアジュカ様が、苦心して開発した駒を否定するも同然の存在を、果たして受け入れるだろうか?
私の考えを察したのか、バルログ卿が微笑んだ。この人もこんな顔をするのね……。ちょっと驚きだわ。
それでも、反論を試みる。
「ですがバルログ卿。ただ悪魔になるだけでは、転生に価値を見出だせない者も増えるのでは?」
「悪魔の生態は他種族から見れば不老不死に近い。そこに魅力を感じる者は決して無くなりません。それにイヴィライズ・カードならば、死んだ者を転生させて事後承諾で従わせるような事はなくなる」
──耳が痛いわね。
「では、レーティングゲームは?」
「これからも続ければよろしい。駒で転生させる必要など無い。今開催されているこのアザゼル杯が良い例だ。私見を言わせてもらうなら、ゲーム自体も廃止するべきだが……」
「どうしてです?」
「ゲームに勝ち上がりたい一心で他種族を無理矢理転生させ、意に添わなければはぐれ悪魔として殺処分する……そんな蛮行は行われなくなる。新たなはぐれ悪魔がいなくなれば、それだけで悪魔の有害度も幾分下がるでしょう」
「有害、と、おっしゃいました?」
「そうです。我々悪魔は、他種族から見れば有害な存在だ。今が種族の垣根を越えて手を取り合う時代だというのなら、その『時代』という環境に適応しなくてはならない。他種族にとって無害な存在に変わらなくてはならない。そうでないなら、滅びるだけです。環境に適応出来ず滅んだ多くの生き物たち同様に」
「…………」
意外な言葉だった。
駒王協定をきっかけに、多くの種族や神話体系と和平を結んでいる今の冥界を、彼は受け入れている。そして自分なりの方法で、新しい時代を生きようとしている。
それがわかったのが、意外だった。
でも、だとしたら──。
「今回は失敗したが、それならそれで別のやり方を考えるだけです。我々には、時間だけはありますからな」
では失礼──バルログ卿は、私に恭しく一礼して立ち去る。
落胆した様子の全く無い、力強い足取りだった。