もしも二人が、分かり合えたのなら______

これは、存在したかもしれない結末の、ちょっとした日常の1ページ。

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Have You Ever Seen The Rain

もう何日経つだろう。

シトシトと、この街に雨が降り始めてから。

薄暗い窓の外の曇り空は、部屋の雰囲気を暗くする。

アパートの狭い一室に吊り下げられた、大量の洗濯物がもたらす圧迫感が、それに拍車をかけていた。

 

「雨、全然止まないね」

六畳のリビングの中心に置かれた、小さな折り畳みテーブルを挟み、彼女はポツリと呟いた。

「そうですね」

私は、テーブルのマグカップを両手で掴みながら答えた。

 

「渚ちゃんは、雨は嫌いですか?」

渚ちゃんは、窓の向こうに問いの答えを探す。

「うーん……あんまり好きじゃ無いかな。ていうか、この状態で好きになれますか?」

渚ちゃんは、天井に吊るされた洗濯物を指差す。

 

洗濯物は溜めないようにしているのに、湿度が高くて中々乾かず、昨日から干されているものもあった。

去年はまだ二人分だけだったけれど、今年は渚ちゃんの分も加わったので大変だ。

 

「そうですよね。これでは、明かりを点けても暗くなってしまいますし」

()()()は、まあ……凄まじいよねえ。全然乾かないや」

「ええ。やはり、ドラム式の洗濯機を買っておくべきでしたね。とても高いですけれど」

大学生三人の仕送りとバイト代では、日々のやりくりだけでも精一杯。

削れるものは削るしかなく、便利な家電はとても手が届かない。

除湿機能付きのエアコンがあるだけでも、かなり贅沢だった。

 

「彩子さんは好き?雨」

今度は、私が渚ちゃんの問いに答える番。

私は考え込んだ。

「そうですね……昔は、人よりは好きだったかも知れませんね」

「ふーん」

「……良いんですよ?そういうの好きそう、とか言っても」

「ふぇ?い、いや、そんなこと言わないですよ〜。そんな顔してたかな」

「納得!って顔、してましたよ」

「えへへ、ごめんなさい」

渚ちゃんは、淡いクリーム色の後ろ髪をかいた。

頭のてっぺんから伸びた髪が、ぴこぴこと揺れる。

 

「雨の日は、私に寄り添ってくれるような気がしていたんです。独りでいても、雨の日はそれで良いんだって、許されている気がして」

晴れ渡った青空は、私に誰かと遊べと急かしてくるような気がした。

どうして独りなんだ、周りはみんな友達と遊んでるぞ……って。

だけど、雨の日は誰も外へ出て遊んだりしない。

独りで家にいることが、普通のことだから。

 

「でも、あなた達兄妹に出会ってから、少し変わりました。晴れの日も、好きになれたんです」

「……」

二人に出会ってから、私は変わった。

晴れの日に、見返すことができたから。

私にも、一緒に遊んでくれる友達がいますよって。

「どうだ!お天道様!ってね」

「あははっ、可愛い彩子さん」

渚ちゃんが笑う。

つられて私も笑ってしまった。

 

 

 


 

 

 

まだまだ雨は降り続く。

「お兄ちゃん遅いね」

「そうですね」

もう一人の同居人……私の恋人であり渚ちゃんのお兄さんは、買い物へと出掛けていた。

 

「どこまで買い物に行ってるのかな。また無駄遣いしてないと良いけど」

少し頬を膨らませながら、渚ちゃんは以前、彼がリサイクルショップでサインポールを買ってきたことを思い出していた。

今は部屋の隅で、インテリア兼コート掛けになっている。

「あんなのに2万円なんて信じられない!お兄ちゃん、もっと生活のこと考えてくれないと」

「まあまあ。お陰でかわいいインテリアになったじゃないですか」

「もう、彩子さんも甘やかしすぎ!だめですよ、未来のお嫁さんなんだからっ」

「ううっ、ごめんなさい」

渚ちゃんをなだめようとして、逆に叱られてしまった。

いつもは、彼が渚ちゃんに叱られて、私がそれをなだめる役目だった。

 

「でも、不思議ですね……」

「え?」

私の言葉に、渚ちゃんは首を傾げた。

「渚ちゃんが、私のことを“彼のお嫁さん”って呼んでくれる日が来るなんて……本当、夢みたいです」

「……彩子さん」

こうして、私が渚ちゃんと同じ部屋で、寝食を共にしている。

そんな日が来るなんて。

 

あの時は、思いもしなかった_____

 

 

かつて、

 

渚ちゃんは自分の兄を奪られまいと敵視し、

私は“姉として”……などと傲慢な口実を盾に、彼女から彼を取り上げようとしていた。

 

 

あの日_____

 

悲しみや憎しみ、色んな感情に囚われて怒りを抑えられなくなった私は、文字通り、渚ちゃんを殺そうとした。

 

そして、

振り下ろしたフライパンの先に_____

 

 

私を制止しようとする、

彼の姿があった_____

 

 

あれから、もう数年が経った。

その後、私達のここまでの道のりは、決して平穏とは言い難かった。

散々傷つけ、傷つけられた。

そして、渚ちゃんと出会ってから積み重ねてきた、様々な感情をぶつけ合い、ようやく私達は気付くことができた。

 

 

恋人がどうとか、

お嫁さんがどうとか、

そんなものは、形式ばった肩書きに過ぎない。

 

誰かを愛する上で、その気持ち以上に必要なものは存在し得ない。

家族になるために肩書きに拘った私は、それに気付けないでいた。

彼の家族になりたい。

そのためには、彼の恋人になり、そしてお嫁さんにならなくちゃいけない。

そして彼の隣には、一人の女性しかいてはならない……と。

 

それは、渚ちゃんも同じだった。

渚ちゃんは、血の繋がり……生命の根源で、彼と繋がっている。

彼にどんなパートナーが現れようとも、血で結ばれた関係が断ち切られることは絶対にあり得ない。

生まれた時から、永遠に家族でいることを運命付けられている。

だけども渚ちゃんは、彼に愛されるための肩書きに囚われ、それゆえに妹であることを嘆き続けた。

 

 

やがて、私と渚ちゃんは、互いにそのちっぽけな肩書きに執着していただけと気づいた。

そして、二人が互いに手を取り合い、彼との愛を育む術を、私達は見つけたのだ。

 

今はこうして、彼を含めて三人の“家族”として、小さなアパートで共同生活を送っている。

先に進学する私と彼に、アパートでの同棲を勧めたのは渚ちゃん。

そして渚ちゃんが進学するとき、この部屋での共同生活を提案したのは、私だった。

渚ちゃんは本心から同棲を勧めてくれたし、私も純粋に渚ちゃんを歓迎した。

 

家族が揃って、少しでも長く一緒に過ごす方法を提案し合うのは、当然のことだから。

 

 

ふと、窓の向こうを見る。

空を覆う雲は晴れ、青空が広がっていた。

「雨、止んだみたいですね」

「本当だ」

渚ちゃんは立ち上がると、ベランダの窓を開ける。

「ひゃっ」

途端に、雨粒が吹き込んでくる。

渚ちゃんは、思わずその顔を覆った。

慌てて窓を閉める渚ちゃん。

「全然止んでないよ〜」

「あらあら、こんなに晴れているのに」

綺麗な青空なのに、雨はまだ降り注いでいた。

 

私達は、並んで窓の外を眺め始めた。

「天気雨ですね」

「そうだね。久しぶりに見たかも」

陽に照らされ、青空に降り注ぐ雨粒は、宝石のようにキラキラと輝いている。

最後に見たのはいつだろう。

もしかすると、生まれて初めて見たかも知れない。

 

「まるで、私達みたい」

ふと、渚ちゃんが言った。

「え?」

「だって、ひと昔前なら、お兄ちゃんを奪り合う私達が、こうやって一緒にいるなんてあり得なかったもん。性格も正反対だし」

「確かに、そうですね」

「でも一緒になれれば、こうやって幸せになれる。ほら、虹も出てますよ」

遠くの方には、綺麗な虹の橋がかかっていた。

本当に美しい、素敵な光景が、アパートの窓の向こうに広がっている。

 

私達は天気雨。

晴れた青空と雨、一見すると共存できないと思える存在。

でも確かに、一緒に空を彩る瞬間は存在している。

そしてそれは、とても美しいものだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

「ただいま」

部屋の玄関ドアが開き、彼の声が聞こえた。

「あ!おかえりお兄ちゃん!」

「おかえりなさい」

私達は彼を迎えるために、玄関へと急ぐ。

 

「って、どうしたんですか!?その格好……」

「ずぶ濡れじゃない!お兄ちゃん大丈夫!?寒くない?」

見ると、彼は全身を雨で濡らしていた。

なのに彼は、いつも通りの笑顔を絶やさない。

「帰ってくる途中で傘ぶっ壊れた。やっぱ百均の傘はだめだね」

「そんなことより、早くお風呂!風邪引いたらどうするの?」

「そうです!さあ早く、着替えは用意しておきますから!」

私は彼の両手から買い物袋を取り上げ、渚ちゃんは彼をお風呂場へ押し込む。

 

取り上げた買い物袋から、銀色の何かがことりと落ちた。

「あら?」

 

拾ってみると、それは月の形をした髪飾りだった。

 

「これって……」

「ああ、それ」

彼が、私の方へ近寄ってくる。

「昔、壊れちゃっただろ?」

 

あの日、激昂した渚ちゃんに掴みかかられ、揉み合いになった時に壊れた、私の髪飾り。

子供の頃、お母さんに買ってもらったもので、それまでずっと付けていたものだった。

 

「ずっと気にかけてたんだけど、どこに売ってんのか分かんなくてさ。こないだやっと見つけたんだ」

「そんな……覚えていてくれたんですか……?」

「まあね、彩子ほど記憶力は良くないけど」

ずぶ濡れの状態で、照れ笑いをする彼。

 

「誕生日おめでとう、彩子」

それは、私がこの世界で一番愛している人からの祝いの言葉。

「あ、ありがとうございます!」

私は彼を抱き締めた。

濡れるのも構わずに。

「良かったね、彩子さん」

渚ちゃんはそれを、微笑ましそうに眺めていた。

 

 

そう、今日は。

私の、二十回目の誕生日_____

 

 

その後、彼が風邪を引く前に、私と渚ちゃんでお風呂場に押し込んだ。

彼が風呂から上がる前に、私は新しい髪飾りをつけた。

「どうですか?似合いますか?」

嬉しさのあまり、声が上擦っているのが自分でもわかる。

「んしょ……うん、ばっちりだね」

そう言いながら、渚ちゃんは手を伸ばして髪飾りを調整してくれた。

 

「そうだ、彩子さん」

そういうと、渚ちゃんは部屋の隅に置いたタンスの引き出しを開けた。

「なんですか?」

「もちろん、私からもプレゼント」

渚ちゃんは、タンスから取り出したそれを、私に差し出した。

 

「マフラー……ですか?」

それは、赤いカシミアのマフラーだった。

「このマフラー、私とお揃いなんだよ」

受け取ると、心地よい肌触りが伝わってくる。

「渚ちゃん……」

「喜んで、もらえるかな?」

「も、もちろんです……っ!こんな、こんな素敵なプレゼント、嬉しくないはずありません!」

私は、マフラーを胸元へ抱き寄せた。

 

そして渚ちゃんは、満面の……

今までは彼にしか見せないようなとびきりの笑顔で、こう言った。

 

 

お誕生日、おめでとう!!

 

 

 

お姉ちゃん_____

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

Have You Ever Seen The Rain?/Creedence Clearwater Revival

雨を見たかい?/クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル

 

サンフランシスコ出身の4人組ロックバンド、CCRことクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルが発表した楽曲。

1970年に6枚目のアルバム「Pendulum」に収録され、よく70年にリリースされたシングルは全米8位を記録した。

 

この楽曲は、当時アメリカが参戦していたベトナム戦争のナパーム弾を示唆した反戦歌として、一部地域では放送禁止にもなった。

しかし実際には、この曲はバンド内の不和について書かれたものだと言われている。

 

リリース当時、商業的に成功を収める一方、楽曲のほとんどを作曲していたジョン・フォガティと他のメンバーの軋轢が深刻になっていた。

71年のはマネージャーでもあった兄のトム・フォガティが脱退。

 

 

翌年、CCRは解散した______

 

 

 

 


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