アイク島冒険記   作:嶺月

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一行はようやく目的のアルカナイチゲの咲く草原へと辿り着きました。


高原と夜空

「ここは…」

 

 レオンハルトはイチゲの群生地を見渡しながら、何かを言おうとするが言葉にならない。それほど背の高い草ではない。大きい物でも指先から手首ぐらいだろうか、すっと伸びた茎の先に白い花が咲いている。よく見れば白い中に一筋黄色い線が入っているのが見えるが、全体に華美な花弁ではない。おそらく王城の花壇にはもっと優美な花、華麗な花があるだろう。だが人の手の入らぬ山の中、この可憐な白い花は他の何物にも代えがたい美しさを持っているように感じた。

 ここを訪れるのが初めてのケインとラッドも同じように感じているようで、ぼうっと口を開けてあちこちを見渡している。

 

「気に入ってくれたようだな」

 

 三人に気を遣ってしばらく待っていたらしいニールフェルトが声をかける。

 

「はい、我ながら驚きました。改めて見ればパッとしない花のように思えるのですが」

「やはり山道を登ってまいったという事が影響しているのでございましょうか」

 

 レオンハルトの返答にケインも口を継ぐ。

 

「恐らくそうだろう。私も何度かこの任務に就いたが、この眺めにはその度に感嘆を覚える」

「せっかくの眺めでやすけど、この花を王都に持っていくわけには行けないんですかい?」

 

 少々情緒に欠けるラッドの提案だが、、確かにわざわざこの山まで登って来なくても済むのではとレオンハルトも思って視線を向ける。

 

「何度か試みられたが失敗に終わったそうだ。花は咲くが、地上の暖かさでは早く咲きすぎるようだ。この山地にはもっと高い位置でもアルカナイチゲは咲いているが、そこも稲を植える時期とはずれて咲いているらしい」

「それは残念でやすね」

 

 主従の会話を聞きながらレオンハルトは荷物から小さな紙と炭筆を取り出す。紙は単に草を乾燥させて固めたものでなく、専門の職人が()いた高級品、炭筆も木材で取っ手をつける高度な細工が施してある。余計な物は持たぬようニールフェルトに言われたが、これ程軽量なものならと荷物に入れていた。

 

「レオンハルト、ひょっとして絵を描くのか?そんな心得が有ったとは知らなかったな」

 

 感心した様子のニールフェルトに苦笑する。

 

「そんな大層なものでは有りません。花を観察するために旅に出ると聞いて妹が是非見てみたいと…その為にこんな高級品まで父上にねだったようで」

「絵が得意でないようならもっと良い方法があるぞ。一本くらいなら根から抜かなければよいだろうからな」 

 

 そう言ったニールフェルトはイチゲを一輪だけ折り取り、紙に挟ませる。

 

「何か固いもので両側から押さえるんだ。水分が抜けて長期間保存できる」

「ではとりあえずは荷物にしまっておきます」

「そうするといい。さて、下から見た時もまばらだと思ったが、やはり一割ほどしか咲いていないな」

「もっと咲いていなければいけないのですか?」

「そうだな。半分ほどは咲いていると具合がいいのだ。この群生地を観察するための野営地になりそうな場所はもうしばらく登った場所にあるのだが、どうする?せっかくの景色だからもう少し見て行っても時間は何とかなるぞ?」

 

 ニールフェルトが景色に感嘆するレオンハルトを思いやって提案してくれたが、何度も山の危険を説かれたレオンハルトはその心遣いはありがたいと思ったが、丁寧に断る。

 

「いえ、野営に慣れていない我々では危険かと思います。今日以降にも此処に来る機会は有るのですからもう出発しましょう」

「道理だな。私が諭される側になるとは頼もしい。確認するが息切れや頭痛などはないか?登るペースには気を払ったつもりだったが、高地に急に登ると体調を崩す事も有るからな」

「私は大丈夫です」

「あっしも問題ありやせん」

「私めも平気でございます」

 

 答える三人の顔色を観察して無理はしていないと判断したニールフェルトは、再び先頭に立って山道を登る。一度休息を挟んだことで集中が切れていたのか、一度は疲労に負けて休憩を挟んだが一行は余裕を持って野営地に到着した。

 

 野営地は(ふもと)で見たものより小さな川から、少し離れた場所に斜面を削って用意されていた。ニールフェルトの指導のもと再びテントを張ったレオンハルトは、食事の前にニールフェルトとともに雪解け水が流れ込んで増水した川を観察する際の注意点を教わった。テントに戻ったニールフェルトが食事の準備をするのかとレオンハルトは思っていたが、年長の騎士は火を熾してスープを作る指示をラッドに出した後、テントを張るためのロープを一本手に取ると再びレオンハルトを連れて野営地を離れ川辺に戻った。

 

「どこへ行くのですか?」

 

 レオンハルトが尋ねてもニールフェルトはきょろきょろと周りを見回して答えない。不審に思いもう一度問いかけようとすると、何かを見つけた様子で今度はまっすぐに進んでいく。仕方なく付いていくと旅の初日で野営した場所にあったような石を積んだ目印が目に付く。

 

「この印は?」

「ああ、説明もせずに済まなかったな。この目印の近くの茂みに少し珍しい香草が生えている。毎回同じような味付けだと飽きるだろうから、今夜のスープに入れようと思ってな」

「そうですか。どのような見た目ですか?」

 

 レオンハルトも探そうと茂みに入ろうとするが、ニールフェルトが手を挙げて制する。

 

「二人で手分けしたいところだが、ここは厄介でな。同じような茂みに見えるが、少し行くと崖になっているのだ。不用意に踏み込むととんでもない事になる。そこでこれだ」

 

 そう言ったニールフェルトが突き出したロープを思わず手に取る。

 

「つまり進める範囲の目印ということですか?」

「その通り。ロープを握って待っていてくれ」

 

 そういったニールフェルトはレオンハルトがしっかりロープを握ったのを確認すると、茂みの中に分け入って行く。ガサガサと茂みが鳴る音とともに少しずつロープが伸びていくのを見て、今夜も塩味だけの食事かと期待がしぼんでいくのを感じながら待っていると

 

「有ったぞ!これで二、三食は味を楽しめそうだ」

 

 と嬉しそうな声が聞こえてくる。低木の葉をかき分けてニールフェルトが戻ってくると、思った以上に刺激的な香りがあたりに充満する。

 

「味付けにしては強い香りですね」

「葉を摘んだばかりだからな。それに今日使うのはこっちの実の方だ。葉は確かに香りが強いので一晩おいておくとちょうど良い」

 

 そう言ったニールフェルトと連れ立ってレオンハルトもテントまで戻る。日が傾いてきて、日中は木陰に隠れていた羽虫たちがまとわりついてきて二人をげんなりさせた。

 

 その夜もレオンハルトは星についての講義を受ける。今夜の最初の議題はなぜ五曜が全天の星々の中で特別視されるようになったかだ。

 

「動きが違う、という話だ」

「動き?」

「そうだ。ほとんどの星は規則的というか…北天のある一点を中心に一定の速さで回転するように動くのだが、五曜は時折逆向きに動くことがあるそうだ。実は聞いて知っているだけでその様子を確認したことは無いのだが」

「なぜそんな事が起こるのでしょう?月を除くすべての星は太陽を中心にした天球に張り付いているのではありませんか?」

「五曜はほかの星々より遥かにこの大地に近い、と言われている」

 

 そう言ったニールフェルトは地面に短い枝で略図を描く。中央に太陽、大地よりも小さい軌道で仁星と義星、大地を回るように月、外の比較的近くに礼星と智星、やや遠くに信星そして(はる)か遠くに星々のある天球という並びだ。

 

「われらの住むこの大地も太陽を回る星らしい。当然回るにつれて星々との角度もずれるはずだが、あまりにも遠くにある為にそのずれが目立たない。一方近くに有る五曜は大地との位置関係で色々な位置に動いて見える、ということらしい」

「しかし大地の外の様子などだれが確認したのです?」

「もちろん誰も確かめる事などできん。この図も結局のところ推論だ。大陸時代の哲学者がこう考えれば星の動きに説明がつく、と考案したのだそうだ。また私が生まれてから一度も現れたことはないそうだが、箒星(ほうきぼし)なる不思議な星が何十年かに一度現れるそうだぞ」

「どんな風に不思議なのですか?」

「いや、見たことはないからな。大陸でも凶兆だと言われたり吉兆だと言われたり、見ればその星だとわかる程奇妙な星らしいが」

 

 そのニールフェルトの言葉に、まだ見ぬ箒星、というよりその不思議な星に何か意味を見出そうとした古代の誰かにレオンハルトは強い調子で(ののし)ってしまう。彼にとっては許せない価値観だったのだ。

 

「星に運命が映る…不愉快な思想ですね。ただの光に必死に生きる人間の定めが刻まれているなど」

「ソイレー教徒を弾圧した熱心なシペリュズ教徒のような事を言う」

 

 ソイレーは大陸時代から続く信仰の中心だった太陽の化身だ。はるか昔には多くの民がこの神を信仰したらしい。しかしこの島の開拓者は悪神ノーピッドの使いとされる夏から秋にかけて南海から吹き付ける巨大な嵐を、東に流してくれる風の神シペリュズを信仰するようになった。今でこそ安定した民の心の拠り所となっているが、勢力が大きくなっていく時期には天に有るだけで何もしてくれないソイレーがいかほどの者か、という激しい弾劾(だんがい)の叫びがあちこちで聞かれたらしい。

 

「笑い事ではありません。その弾圧期のシペリュズ教徒は、犠牲式と称して冬の貴重な食糧である豚を無為に殺したそうではありませんか。そのような無知蒙昧(むちもうまい)な輩と一緒にするなどとんでもない侮辱です」

「すまんすまん。確かに神など民衆の心の支えとして祭りの時だけ居れば良い。民草を導くのは我ら騎士だ。そのために民衆は王国に税を納め、我らは無駄かもしれないと考えながらもより良い治世を求めて知恵を出し合い、武芸を磨く。アイク島五百年の営みはいつ途切れてもおかしくないほど実は頼りない。次の時代の担い手の一人であるお前が神にすがるような男でなくて嬉しいぞ」

 

 満足げに頷く父の友人にして自分にとってのよき先達である男に褒められたのがレオンハルトには嬉しかった。




読んで下ってありがとうございます。次回も是非お読みください。
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