アイク島冒険記   作:嶺月

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王都へ帰還して数日、以前諍いになったローグライアンの態度を端緒に始まった神殿騎士団の調査は思わぬ方向へ進み、レオンハルトは再び王都を離れることになります。


不穏な噂

 旅から帰還して数日、帰ってきた翌朝こそ数年前から味わうことの無かったすっきりとしない目覚めを迎えたが、その後はすっかり日常に戻った。

 やや憂鬱(ゆううつ)なのは筆跡の上達を兼ねた天候の記録だが、ニールフェルトに諭されたようにヨシュハルトとともに過ごす時間と捉えればさほど苦にはならなかった。

 その日もミゼラリアに金釘流を味わい深い筆跡だとからかわれてやや腐りながら、インクで汚れた指先を女中がわざわざ用意してくれた桶の水で洗い流していると、レオンハルトが帰宅する頃合いを除けばハインリヒとともに書斎で時を過ごしているシモンが声をかけてきた。

 

「若、お疲れ様でございます。この後お時間を頂いても宜しいでしょうか」

「ああ、珍しいな。何か有ったのか?」

「先日仰せつかったローグライアン様とのやり取りの件でございます」

「そう言えばそんな事も頼んだな。すまない、こちらこそすっかり忘れていた」

「いえ。事が事だけに旦那様にもお伝え申し上げたのですが、今から若も交えて話し合いたいとのことでございます」

「父上が?確かに、家同士の話になるのだな、迂闊(うかつ)だった。では共に書斎へ行けば良いか?」

 

 深く頭を下げる執事を見ながら、他家との確執をハインリヒに知られた事にレオンハルトは言い知れぬ不安を覚えた。しかしその場での対応は間違っていなかった筈だと自分を励まして、シモンが頭を上げると一緒に書斎へと向かった。

 

 

「失礼します」

 

 そう声をかけるとすぐに部屋の中から返事が有り、レオンハルトとシモンは書斎へ入った。部屋の奥にある机にはいつものように父が構えているが、いつもと違ってその机には何か大きな紙が広げられている。父に許可を得て机に寄ると、それはどうやらアイク島の地図のようだった。地形は見慣れた物だが、一般的な地図がこの島の王都、港、鉱山の三か所に重点を置いて記述されているのに対して、この地図は王都から北西部に細かな書き込みがされている。

 

「父上、この地図は?」

「レオンハルト、先だっての旅に先立つこと三日前、ローグライアン・マルコフ=イベリム卿との間に(いさか)いが有ったそうだな。何故報告しなかった?」

 

 不可思議な地図に気を取られて尋ねるが、父からは別の質問が返ってくる。しかし元々その話題のために来室したのですぐに返答することができた。

 

「申し訳ありません。その後の旅の件など他の事に気を取られており、またそれほど深刻な問題とも思っておりませんでしたので」

「その事に違和感を覚えて、従者を当主への説明も無く動かしておいてか。浅慮だな」

「…はい、重ねてお詫びいたします。考えが足りませんでした」

「我が家がアイク島の騎士社会において爪弾(つまはじ)きに遭うことが多い事は、むしろ見習いとはいえ騎士団に頻繫(ひんぱん)に接するお前の方が理解していると思っていた。総数百ほどの小さな世界なのだ。些細(ささい)なきっかけが思わぬ(いさか)いを呼ぶ事も有る。今後注意せよ」

「心に刻みます」

「うむ。とはいえシモンが他の従者や女中を通じてその時の様子を探ったところ、その場にいた者の(ほとん)どがローグライアン卿の態度に問題有りと判断しているようだった。諍いそのものも大ごとにはなりそうにない。今回はこちらからの改めての謝罪などは必要無いだろう」

 

 結論付けて(うなず)くハインリヒの様子に勘気を(こうむ)ることは無さそうだと、レオンハルトは内心胸をなでおろす。安心すると、では何故ここに呼ばれたのかが気にかかる。

 

「ローグライアン卿との諍いそのものは問題ないとのお考えでしたら、何のお話でしょう?」

「無論レオンハルト、お前が気にした神殿騎士団の動向についてだ」

「旅の前日にシモンに尋ねた際は、箝口令(かんこうれい)が敷かれているようでした」

「神殿騎士団の団員には厳しく言い含められているようだが、任務を共にする従者たちは神殿の召使というわけではない。むろん仕える家への忠誠心はあるが、軽はずみな言葉が出る事も有るようだ。その辺りの皆の手腕に興味があるのであれば尋ねてみるがいい」

 

 旅のさなか、ニールフェルトに人脈作りを(おろそ)かにしないよう忠告されたために話術にも興味があるが、今は神殿騎士団の動向が気になると伝えるとそのまま話が進む。

 

「地図で気付いているかもしれないが、神殿が目的としているのは重力水の獲得だ。どうも王城に秘したままこの一年程洞窟を調査していたらしい。その中で魔物として活性化していない重力水を大量に発見したという話だ」

「重力水が島に(もたら)されるのならば歓迎すべき事ではありませんか?ディルが常々不足を嘆いて」

「未熟な」

 

 父親が何を問題視しているのかが判らず、むしろ明るい話題と感じたレオンハルトの言葉を(さえぎ)ってハインリヒが断じる。その内容に加えて語気の強さに驚いて息を飲むレオンハルトを見やり、少し声を(やわ)らげてカシウス家の当主は言葉を続ける。

 

「判らぬのであればそれでもよい。わしにも確信がある訳ではない。ただ、今回の神殿の動きがアイク島に重力水をもたらす結果とはならぬかもしれん」

「父上が神殿は重力水を獲得するつもりだと仰ったのではありませんか」

「今言ったように確信があるわけでは無いからな、多くを語ることはできん。が、顛末(てんまつ)を見届ける事が必要だ。わしが出向くのが最善やもしれぬが、カシウス家の立場を危うくするかもしれん。あくまで若造の暴走、という事にしたいのだ」

「…それはつまり、私が神殿騎士の様子を探る、という事でしょうか?」

「その通り。先日、お前が街の外での暮らしを体験したのは天の配剤といえよう。北西の洞窟に赴き、神殿騎士たちの本隊と接触せよ」

「今すぐにですか?父上はなぜそこまで焦っておられるのです?」

「何度も言うが確証の無いことゆえ、気付いていないお前には話せん。しかし重要な役割と心得よ」

 

 とても納得のできる内容ではない。何の根拠もないまま、組織として分離しているとはいえ同じ騎士に疑りの目など向けられない。それでも培われた信頼がとにかく父の求めを承諾させた。

 

「では御言い付けの通り洞窟へ向かいます。旅には従者を伴ってもよいでしょうか」

「当然だな。できれば先だってと同じくケインに任せたいが、若者の暴走に見せかける必要がある。アレンを付けよう。シモン、アレンを呼べ」

 

 主人に命じられた執事は深く一礼すると素早く扉を開けて出て行った。

 

「では私も旅支度を」

「待て。鉱山への道と洞窟への道では地形も勝手も違う。まずはこの地図を見ながら説明しよう。今度の旅ではお前の思案が全ての鍵となる。この地図も貸し与えるが、できるだけ必要なことを覚えて行け」

 

 そう言ったハインリヒはレオンハルトの応答を待たず、地図の記述にない部分を説明し始めた。レオンハルトもニールフェルトとの旅で学んだ知識と照らし合わせながら矢継ぎ早に質問をぶつける。 今日のハインリヒはレオンハルトにはいまだ理解のできぬ事情で焦っているのか、普段のレオンハルトを時に押し(つぶ)すような威圧感を感じさせず、レオンハルトはこんな時にと思いながらも父と心ゆくまで会話をできることを喜んだ。

 しばらくすると扉をノックする音がする。ハインリヒが誰何(すいか)するとどうやらシモンがアレンを伴って戻ってきたようだ。しかし当主の許可を受けて部屋に入ってきたのは三人。

 

「シモン、ケインを連れては行けぬといった筈だが」

「承ってございますが、旅についての打ち合わせに、先日供をしたケインの知恵は役立ちましょう」

「なるほど。確かにそうだ。ケインとアレンには事情は説明したのか?」

「いいえ、秘すべき話題と存じましたので」

 

 (うなず)いたハインリヒはレオンハルトに目配せをする。レオンハルトの理解を試すために息子の口から説明させようということだと悟ったレオンハルトは、簡単にこれから何をすべきかを伝える。

 

「先日私がマルコフ=イベリム家のローグライアン卿と口論になった事は聞いていると思う。その件について調べるうちに、神殿が何やら王城に秘密で不可解な動きをしているらしいと分かった。今回は私とアレンで彼らが暗躍していると思われる島北西部の洞窟に赴き、必要とあれば神殿と神殿騎士団を糾弾(きゅうだん)することになろう」

「旦那様、質問をお許しください」

 

 レオンハルトの説明にアレンが疑義(ぎぎ)(てい)する。

 

「言うてみよ」

「相手が神殿騎士団だというのに、俺と若の二人で参るのでしょうか」

「負担をかける事になるのは申し訳なく思う。しかし知っていようが我が家は騎士階級の中での立場が弱い。疑念が誤りだった時の追及をかわすために、血気に(はや)ったレオンハルトの独断だった事にしたいのだ。また、どうやら神殿は目的に既に手をかけている気配がある。万が一を考えると王城を動かす程の余裕は有るまい」

「それでは若は何か有った時に捨て駒にされるという事でしょうか」

 

 ハインリヒの返答に容認できないと声を張り上げかけるアレンの肩に手をやり、レオンハルトが(なだ)める。家長の命よりも親しい関係を築いた長男を(おもんばか)ってくれるのは嬉しいが、自分を思いやってくれるからこそ、ハインリヒと仲違いさせる訳にはいかない。

 

「ここでの話は内密だ。屋敷の者であってもなるべく聞かれたくない、声を抑えてくれ。私も父上が何をお考えになってどこまで神殿を怪しんでいるのかは知らないが、それでもやはりカシウス家全体が神殿と敵対することがあってはならない。父上としても苦渋の決断なのだ。アレンにとっても厳しい事になるが、(こら)えてくれないか」

「若…」

「レオンハルト、アレンが気にかけているのはお前の立場のことだけではない。わしの疑念が正しければ神殿騎士団はお前をただで帰そうとはしないだろう」

「神殿騎士団にはハイ・メイスの使い手は居なかった筈です。訓練とはいえ多数を相手にデュラディウスを振るった経験も有ります」

「アレン、聞いた通りだ。わしとレオンハルトを信じよ」

「…畏まりました、お二人の判断に従います」

 

 アレンはまだ何か言いたげだったが、ハインリヒが猶予(ゆうよ)はないと考えている事は理解したのだろう。これ以上議論するよりもレオンハルトを助けることに力を向けるように決めたようだ。

 

「ありがとう」

 

 レオンハルトが小さな声で心からの感謝を告げるとアレンは静かな笑顔で応えた。

 

「すまぬな。早速だがアレンが何をすべきかを伝えよう」

 

 そういうと五人は机の地図に顔を寄せて何を準備するのか、どの道を通って行けばいいかなど打ち合わせを始めた。




読んでくださってありがとうございます。次回も是非お読みください。
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