呪術縁起   作:生乾きの服

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例のあの人登場。

感想、誤字脱字報告ありがとうございます。


10.ドブカスチンピラ

 午前中の座学が終わり、俺は教室で机に突っ伏していた。

 

 「あーだる、メンドクセェ…。もう行くのやめよっかなー」

 

 今日の午後は繁忙期にしては珍しく任務がなく完全にフリーである。

 

 …いや語弊があった。そもそも元々あった任務の予定を別の日に無理やり詰めて強制的に自由な時間を作ったのだ。そしてその貴重なフリーの時間をわざわざ割いて面倒な私用を入れている。

 

 ちなみに学生身分にも関わらず50連勤達成した。一応忙しさに季節性があるとはいえ、こんな果てしなくブラックな業界のことをコスパ最強って謳って勧誘した鬼畜がいるってマジ?普通に命の危険もあるんだが?ベーリング海でカニ漁するのとどっちがマシかな。

 

 俺がうだうだとだらけているのが珍しいのか、隣のメカ丸が話しかけてきた。

 

 「どうしタ?いつも暇さえあれば庭で刀を振っているのニ」

 

 彼の言う通り、俺はいつも休み時間も昼休みも関係なく修行に精を出している。

 ついでに三輪の奴にも修行を課し、監視・指導している。しかし最近の奴は何故か  俺のことを鬼や悪魔と勘違いしているかのように恐れ、何とか隙を見て逃げ出そうとするのだ。死なないように同級生にはちゃんと強くなってほしいというささやかな願いが何でわからないのか。

 

 颯爽と俺の視界から消えた三輪のことは後でとっちめるとして。

 

 「月一の超絶クソめんどーな行事があるんだよ。今から禪院家行ってくんの。本家の方」

 

 禪院家の面々と親交を深めようというクソ行事だ。

 まあ自分で始めたことなんだが、先月の時点でもう嫌気が差してきた。主に特定の人物のせいで。

 

 「真依の実家カ。アイツも行くのカ?」

 「いや。アイツ自分ち大嫌いだし。でも俺が顔出してんのに自分が行かないんじゃ後々何言われるかわかんないから3ヶ月に1回くらいは行くって」

 「伝統ある家も大変だナ…」

 「でもあんなんでも自分ちなんだろうな、イヤイヤながらも家の義務は果たす。高専卒業したら独り立ちするには十分だしこっちのもんなんだから全部シカトすればいいのに。やっぱりお姉ちゃんのことでも考えてんのかね」

 「東京校の真希って奴カ。だが姉妹仲悪いんじゃなかったのカ?」

 「さぁ?口を突いて出る言葉だけじゃ本心なんかわからん。いずれにせよ相当拗らせてんのは確かだ。ある意味呪いみたいなもんだな」

 「フーム…」

 

 興味深そうにメカ丸は考え込んでいる。

 

 こうして話しているメカ丸にも色々家庭の事情はあるんだけどな。

本人に聞くのも憚られたし、補助監督の隙をついてパスを盗み、高専のデータベースに侵入して勝手に調べさせてもらった。

 

 本名、与幸吉。15歳。当然ながら究極メカ丸はただの芸名、もとい呪術師名だ。

 天与呪縛による身体障害は周知の通り。幼少の幸吉は両親の負担になるのを嫌い、自らの体をあり合せのガラクタで作った傀儡に運ばせて家出し、宛もなく野外を彷徨しているところを呪術高専に保護された。その後は高専職員の保護監督下で生活援助や教育を受けて育ったという。

 本人の希望で表向きには与幸吉は死んだことになっている。その情報が彼の両親にどんな影響を与えたのかまではわからない。

 

 他人のプライベートを覗き見るなんてそのうち天罰が下りそうだが、必要な人材の情報は何でも抑えておかなければならないからな。必要があれば彼の生家にだって訪問する所存だ。まあその情報が何に役立つかは知らないけど。

 

 「じゃあ取り敢えず行ってくるわ。お土産は八ツ橋でいい?皮だけのやつ」

 「いや別にいらなイ。っていうか俺食べられないシ」

 「ごめん、俺が食いたいだけ」

 「…そうカ」

 

 

 

 

 

 

 再びやってきました立派な門構え、我らが禪院家だ。もうここに来るのも4回、いや5回目?

 

 一体ここで何すんのって話だけど、禪院の術師共の訓練に混ぜてもらったり、試合したり色々だ。まあ主に俺の顔と実力を認知させるのが目的だな。

 

 禪院の戦闘部隊は3つあり、術式なしの下っ端である『躯躯留隊』、その上の『灯』、そして準1級~1級相当の集団の『炳』がある。当主の計らいで4月からそれらの部隊を順繰りで回っており、先月は『炳』の術師達と一緒に訓練中だったんだが、そこでちょっとした問題が発生した。

 

 

 養子入りしたことで俺の戸籍上の兄として据えられている禪院直哉。彼は禪院家の人間ほとんどからすこぶる評判が悪い。何がそんなにダメなのだろうかと不思議に思っていたが、少し観察してみてすぐわかった。

 とにかく周りの人間を見下している。機嫌次第ですぐに暴力に走る。自分の思い通りにいかないとキレる。邪魔な奴、嫌いなやつは徹底的にイジメて排除しに掛かる。その癖実力は高いから誰も逆らえない。

 

 全く術師の鑑だ。確かにこれくらい利己的な方が上に上り詰められるだろう。自己中心的過ぎて少し感心してしまった。

 

 

 6月、先月の出来事。

このときまさに俺は直哉からうざ絡みされていた。関わっても碌なことにならないことはわかっていたので時機が来るまで出来るだけ避けようとしていたんだが、少し難しかった。

 

 

 

 

 

 「陽明君って言うたか、俺の兄さんから呪術教わったみたいやけど、あの人元気しとる?むかーしウチから逃げ出してソレっきりなんやけどね。術式なし才能なしの情けない能無しやったのに、今や人に教える身分なんやから、人間変われば変わるもんなんやなぁ…。なあ?」

 

 直哉はニヤけ面で、俺に対して囁くようにそんなことを言った。

 面倒なので「あーそっすねー」と適当に相槌を打つ。

 

 「君もなんや、セコセコうちの人間に取り入っとるみたいやけど、そういうの無駄やから止めたほうがええで?術師なんて強くてなんぼやろ。ああ、アイツの弟子って時点でそないに期待出来ひんか」

 

 どうやら彼は実の兄である直久のことが特に嫌いらしく、その教え子である俺の印象値も初めから低いらしい。意外にも初対面の相手に物腰柔らかに接する坊っちゃん気質はあったが、俺への侮蔑が言葉の端々から感じられた。

 

 まあ全てを包み隠さず正直に申し上げると、マジで死ぬほどクソウザいです。今すぐ叩き斬りたい衝動に駆られています。

 

 

 だが落ち着け。物事には適切な時機と順序というものがある。手加減して敵う相手とも思えない上、俺の技は全て敵を殺す為のものだ。どれだけウザくとも、腐っても特別1級術師、『炳』筆頭、次代当主候補、禪院家の重要人物…、一時の衝動に任せて再起不能にしていい人間ではない。

 殺さずとも抵抗の余地なく一方的に無力化出来るくらいになるまで我慢しろ。

 

 「ハッ、こんだけ言われてヘラヘラ笑っとるわ。玉無しかいなオマエ。なんやその白髪、五条悟リスペクトかなんかか?滑っとるで?」

 

 …いつまで我慢すんだよ、もうこんな奴ぶった斬っていいだろ。今気づいたけど俺結構我慢弱いわ。煽られ慣れてなくて今まで気づかなかった。

 

 と冗談は置いといて、冷静に考えてみても普通にこのまま放置して周りにナメられる方が良くないよなこれ。

 コイツは人が大人しく顔色窺ってたらさらに増長して足元見てくる典型的なイジメっ子タイプだ。クソガキがそのまま大人になったような奴だな。

 まあ十以上歳の離れたガキ相手にイキってくるチンピラに自制とか配慮とかを期待するのが間違いだった。

 

 「そのくっせぇ口閉じろよドブカスチンピラ。テメェこそ下痢便みたいな頭してウンコリスペクトか?」

 

 あ、心の声出ちゃった。全然冷静じゃねぇなこれ。

 

 

 

 

 鍛錬場の空気が凍りつく。

 言葉を発する者はおらず、みんな自分の耳を疑うばかりだった。恐らく直哉相手に公然と暴言を吐く人間なんていなかったのだろう。

 

 なんか急に恥ずかしくなってきた。何であんな小学生並みの煽り文句が出てしまったのか。本音が出たとはいえもっとこう、何かあったはずだろう。咄嗟にまともな口上が出てこない辺り、俺も喧嘩を売り買いする経験には乏しかったりするのだ。

 

 当の直哉も始めは何を言われたのかわかっていないようだった。しかし次第にニヤつきが消え、青筋が浮かび上がってくる。俺の言葉をよく反芻してしまったようだ。

 

 今にも飛びかかってきそうな勢いで、その予想は当たっていた。

 

 

 

 少し直哉の体がブレたかと思ったら、瞬間的に視界から消えた。

 目で追えないほどの高速移動だが挙動は把握していた。違和感があったらすぐに感知結界を張る癖が役に立った。奴は既に俺の背後へと回り込んでいる。

 

 後頭部への掌底打ち。問答無用で土下座でもさせようって腹だ。キレすぎだろ。

 

 俺は振り返りざまに下から肘で払い除け、奴の着物の襟元を掴もうとした。

 ぶん投げて頭踏み抜いてやる。

 

 しかし右手が道着の襟に届こうかというところで、再度奴が急加速し離脱されてしまった。 

 

 

 感知結界から逃れた先を見れば直哉が苛ついた顔でトントンとステップを踏んでいる。

 

 今ので仕留めきれると思ったんだろう。確かに最大限身体強化しないと瞬間的にでも動きに追いつけなかったし、動きを先読み出来なかったらやられていた。機動力では圧倒的に向こうに分がある。

 

 「チッ、ただの生意気なクソガキかと思いきや…」

 

 ただカウンターは入る。どれだけ速く動かれても、動きを把握して相手より速く必殺の一撃を繰り出せばいい。音速に迫る“抜刀”ならそれが出来る。確実性を増すにはもう少し結界の範囲を広げるか、影で足場を崩せば補える。

 

 そして感知した直哉の動きには少しの違和感、一定間隔でガタつきのようなものがあった。

 名前だけは知っている『投射呪法』。直毘人の代で戦闘術式として昇華されたため記述の類はなかったが、どうやら何らかの制約で自分の身体を高速で動かすことができる術式らしい。

 

 

 恐らく直久はこれを超えるために簡易領域を転用した感知結界術を編み出したんじゃないだろうか。あいつも直哉のこと嫌いらしいし、殺そうと思ったら殺せるくらいの実力を付けることで禪院との因縁を断ち切ったみたいな感じか。ムカつくけどいつでも殺せるからいいや的なノリで。

 

 そう思うと何かどうでもよくなってきた。恐らく無手では敵わないし、刀を使ってここでコイツを殺すわけにも手足を斬り飛ばすわけにもいかない以上戦うメリットが特にない。

 立場はともかく、今は術師として舐められなければいい。これ以上は不毛なだけだ。

 

 

 俺は両手を上げた。

 

 「止めましょう」

 「あ?なんやと?」

 

 「身内同士で殺し合いしても仕方ないですし。さっきの暴言については謝ります。年長者に対してあるまじき発言でした。すみませんでした」

 

 「……ホンマにキッショいガキやなァ。俺はまだ腹の虫が収まっとらんのやけど?土下座でもして誠意っちゅうもんを示さんかい」

 

 うっぜーな、煽ってきたのはテメェからだろうが。先に謝ってやってんだから溜飲下げろよ、何で俺の方が大人な対応してんだクソこどおじが。

 

 おっといかん、また暴言が口から出そうだ。

 

 「ホントにすいませんでしたァ。これからは直哉さんの視界を汚さないように影でコソコソしてますんで勘弁してください」

 

 慇懃無礼に、直角90度に腰を曲げる。

 もうなるべく会わないようにした方がいいのは確かだろう。てか会いたくない。俺もコイツのことが嫌いになった。

 

 

 突然、ピリッっと脳裏に電流が走る。

 

 「うおっと!?」

 

 頭上から足が降ってきたのを紙一重で避ける。

 

 

 クズ、圧倒的クズ。こっちが頭下げてるのをいいことに無言で踵落とししてきやがった。

 敵意のない相手に対してまだ攻撃してくるとは、このクソ野郎ならやりかねないと思って一応警戒していた甲斐があった。

 

 しかしそのまま追撃してくる様子はない。

 

 「結界術の類か。微妙にオマエの周りだけ違和感があるわ」

 「…へぇ、勘がいいですね。一応隠してたんですけど」

 

 何も考えずに突っ込んでくる敵を屠るために結界を隠す術式なんかも重ねてみてはいるんだが、観察眼も一級品。やはり実力者であることは間違いないようだ。人間性はゴミクズ以下だけど。

 

 向こうの様子を窺ってみれば、俺の無礼に対する怒りよりも興味が勝っているようだった。

 

 「扇のオッサンとも違う、俺の動き全体を把握しとる感じか。なんやおもろいもん持っとるやん」

 

 そりゃどうも。アンタの嫌いなお兄さんが考案して完成させたんですけどね。見えてる地雷だから言わないけど。

 

 

 直哉は少しだけ考える素振りをして、再びニヤけ面をして口を開いた。

 

 「あーそうやな…。別に視界には入ってええし、さっきの暴言も聞かんかったことにしたるわ。その代わり月一とか二で俺の相手せえや」

 

 「は?」

 

 

 

 

 

 

 飛んで7月。そんな出来事が先月ありました。

 禪院訪問がクソ面倒くさくなるのも無理はないだろう。何が悲しくて月一でドブカスチンピラの相手をせねばならんのだ。もはや直哉のためにわざわざ時間を割いてやっているという事実に腹が立つ。組み手自体は一応俺にとってもメリットがあるから渋々やってるけど。

 

 

 そして肝心の直哉との組手はもはやクソゲーという領域にあった。

 

 投射呪法という術式が一定の法則に従って自らの身体能力の限界以上に加速することが出来る術式というのは当たっているようだ。多分動きのガタつきからして一定の時間間隔で動きを区切ってどうのこうのとかそういう感じの術式。

 しかし速度の限界がわからない。先月俺が相手した時はほんの初速段階だったらしい。

 

 変わらず結界感知で捉えることは出来るのだが、ある程度加速した段階となると対応する体の動きの方がついて行かない。打撃も掴みも何もかもまるで箸で空中の蝿をつかもうとするかのようにスルリと抜けられてしまうし防御もままならない。俺の見立通り、最速の“抜刀”によって後の先で殺す戦法じゃないと対処出来ないクソ術式だった。

 まあ夜だったり周りが影で囲まれてたりだったらいくらでもやりようはあるんだけど、それはなんか違うし。

 

 こうなると自分が如何に刀という武器に依存していたのかということを思い知らされる。いや、それを極めるためにやってきたから別にいいんだけど、些か融通の利かなさはある。

 とはいえ、身体強化術は素の肉体の強度、呪力量や出力、呪力操作の精度などが複雑に絡んでいて一朝一夕では向上を見込めないだろう。

 

 投射呪法に対してはもう為す術がないのか。

 

 「また俺の勝ちやな。んー最初の威勢の良さはどしたん?は、もうこれが限界?まあこれじゃ俺の鍛錬にならんし、もうちょい落として相手したるわ。感謝せぇよザコ」

 

 直哉が勝ち誇った顔で地に伏す俺を見下し、つま先で腹を小突いてくる。

 事あるごとに煽りを欠かさない姿勢はもはや逆に尊敬できるかもしれない。

 こうなるのが見えてたから嫌だったのだ。本当にクソガキみたいな大人ってムカつくわ。

 

 

 直哉がなんで俺に興味を持ったのかは何となく予想できる。多分術式を使った上で完璧に見切られて対処されるという経験が浅いのだろう。あの動きのカクつきが動作自体を制限しているものであるなら、それはカウンターを許容する致命的な隙になる。つまりはカウンター対策を強化したいといったところ。

 

 だから逆に俺はそこを突かなければならない。行動を尽く予測したなら必ずしも速さで上回らずとも良く、一定以上の速度をもった避けられない攻撃を計算して差し込めばいい。

 そして予測のためには、直哉の思考の上を行って支配しなければならない。自己の状況、周辺環境、敵の状況、それらを俯瞰してインプットし、時にはわざと隙を作り、攻撃を受けることすら折り込みながら戦闘をコントロールする。リアルタイム詰将棋みたいな感じだ。今考えたからどんなゲームかは知らんが。

 

 誰もが無意識にやろうとしているソレを意識して行い、精度を極限まで高める。正直かなり厳しいが、速さ勝負以外で相手をするならこれくらいしか思いつかない。

 

 

 「あぁ?何が可笑しいんや?」

 

 「え?」

 

 直哉に指摘されて気づく。

 

 俺はどうやら口元に笑みを浮かべていたらしい。

 ドブカス野郎にいいようにされてムカついているはずなのに、確かに何が可笑しいのかと疑問にも思う。

 

 この感じ、何だか懐かしいのか?

 

 敵わない奴相手に試行錯誤する感覚。()はよく感じていた。自分の限界を超える時の愉悦と共に。

 

 「…やっぱキッショいわぁオマエ。誰に似たんやろなぁ」

 

 …本当に一々人のこと貶さないと口を開けんのかコイツ。

 

 

 

 

 




※直哉は1秒フリーズ能力を使っていません
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