どうも、多分そんなに役立たずではない(はずの)三輪です。
実は最近嬉しい出来事ことがありました。呪術師の仕事の忙しさも落ち着いてきた今日このごろ…、とうとう準2級術師に昇格したんですよ!
これまで先生やメカ丸とかと組んで任務に出てたんですけど、度々遭遇する2級呪霊も何とか一人で祓えるようになってきたんです。
まだ少し危なっかしいところがあるとは言われますけど、万年3級4級が危ぶまれていた入学前からしたら凄い進歩だと言えます。あまりにも嬉しくってお金もないのに真依や桃先輩に奮発してスイーツ食べ放題奢っちゃいました。
これというのも地獄のような特訓の日々を上手いことやり過ごしてきたお陰ですかね。
え、何ですか、本当に毎日1万回も刀振らせようとする人がいるんですか。そんなの体が持たないっていうのもありますけど普通に時間が全然足りないですよ。頑張っても精々3、4千回が限度ってところですね。普通の素振りならまだしも抜刀だし。
そんなわけで豆が潰れて皮がめくれて刀振れないって嘆くのは日常茶飯事。そんなときには呪力強化の精度が悪いからだ、もっと集中しろって言ってダメ出しされました。
偶に試合すると余裕で白刃取りしてくるし木刀で黒閃してきて武器破壊してくるし、その度に剣速が遅い言われるしで一体どうしろと。
あとは結界の座標移動?足を地に付けたままっていう条件じゃ使い物にならないから並列思考鍛えて結界を纏えるようになれって。四六時中簡易領域を張るのは義務だそうです。
何なんですか、師匠の10倍厳しいんですけど。鬼とか悪魔って言葉が生温いんですけど。
でもまあそんな地獄にも人というのは少しずつ慣れてくるもので、今では暇があったら何となく刀を振ってないと落ち着かなくなってしまいました。簡易領域がないと物寂しい感じもします。
陽明くんも最近はあまり小うるさく言ってこなくなったし、自分のペースでのびのびと修行していきましょうかね。
…あれ、これってもしかして手遅れ?私普通じゃなくなっちゃってる?
丁度中庭で素振りをしていると、メカメカしい彼がこちらに向かってくるのが見えました。何か用でしょうか。
「三輪、また素振りカ。最近頑張ってるナ」
「はい、早いとこ2級に上がってガッポリ稼ぎたいですから」
「良い意気込みダ。ところで陽明の奴が何処にいるか知らないカ?先生から言伝を頼まれたんだガ」
「さあ?真依の方が知ってるんじゃないですか?」
「それもそうだナ。じゃあ頑張れヨ」
メカ丸はそう言ってここからすぐに去っていきました。
アレですね。メカ丸はアロマです。どこかの誰かの拷問で傷ついた心身が何となく癒やされます。
それにしてもそのどこかの誰かさんは最近妙におとなしいですけど、一体どうしたんでしょうね。この間の1級昇格の任務以降少し雰囲気が変わったような。私は全く関わりなかったけど、3年の先輩も亡くなってしまったらしいし、色々思うところがあるんでしょうか。
あっ、そうだ。そう言えば朝に今日は禪院家に行くって話してたような。
まあ、いいか。
1級術師に昇格してから半月余り。8月の半ばになり呪術師の忙しさは下火になりつつある。
…火山の特級仮想怨霊。奴に出会ってから俺は思い出した。
今までの俺はまだ現実を甘く捉えていた。五条悟という人物を単なる偶像、記号上の抑止力として考え、それが本当に必要な事態になることなどリアルな現実として想像していなかった。だが考えてみれば当たり前の話で、五条悟みたいな理不尽生物が生まれてくるならば、同等の理不尽が敵として生じたとしても何もおかしくないことなのだ。平和ボケしていたと言っていい。
俺たちは今この時、偶々運良く息をしているに過ぎない。
この世界は理不尽で不安定だ。呪いが存在するせいで、多くの人間が、たった一人の強者の意思一つで死にもすれば生きもする。まるでそれは天や地から降りかかる災害に等しく、本来人はどうしようもない運命としてそれを受け入れるべきなのかもしれない。
しかし、もしもそれに自らの意思で抗うことが出来るのなら、自分の運命を変えるために出来る限りの努力をしなければならない。日常の安穏に抱かれ、そんな大事なことを俺は忘れかけていた。
少しの間、禪院の当主だとか、呪術界の未来だとかは頭から取り除こうと思う。今の俺にそんな問題に時間を使うような余裕はない。
俺は強くならなければならない。このいい知れぬ危機感、不安が取り除かれるまで。
正式に禪院家の一員となったことで俺はこの家が抱える蔵書を自由に閲覧する権利を得ている。
これまで任務や修行で忙しくて手が回らなかったが、そちらを多少犠牲にしてでも知らなければならないことがある。
俺の術式、『無形影法術』は、実は正式名称ではない。他家にも良く知られている優れた術式、『十種影法術』についてはすぐに情報が手に入ったが、式神を持たず影のみを操る術式については記述を見つけることが出来なかった。だからこれは俺が勝手に命名した術式なのである。
基本的な影の性質は十種影法術に近いが、細部の性能に違いがあるかもしれない。先人の努力の成果としての正しい扱い方を学ぶことが出来れば…。
藁にもすがるような思いだということは否定しない。他にも反転術式や領域展開など習得すべき技は多くあるが、まずは確実に出来ることから熟していく必要がある。
禪院家の敷地の地下、呪具類が貯蔵された忌庫に続く道を進み、途中分岐を右に曲がる。そこから暫く一本道を歩き、簡素な外開きの扉が見えた。当主から借りた鍵を差し込む。
禪院家の千年間の歴史が蓄えられた書庫。
定期的に清掃は行われているらしいが、かなり間隔を空けているようでそこそこ埃っぽい。
蔵書の保存具合は…そんなに悪くはない。一応呪術も用いて手入れがされている様子。余りにも古いものはちゃんと写本としても残している。この際全部電子媒体に保存してくれると助かるんだけど。
適当に手にとって読んでみるが、大体歴史や家人の逸話や術式についての記述ばかり。それでもちゃんと読めるようになっていることに少し感動する。
取り敢えずジャンルや年代ごとに整理するような親切心はこの家の人間にはないようで、てんでバラバラ。探したい書物があるなら全てひっくり返す必要があるらしい。ちなみにメイン所の相伝術式の記述は地上の図書室にあるんだが、そこには俺の術式は乗っていなかった。
面倒だがやるしかないか。目的の本を探しながら、ついでにそれ以外の情報についても全部頭に叩き込んでおこう。俺は記憶力が良すぎて一度目を通した本の内容とか大体記憶出来るんだが、この量だとそれでも丸数日かかりそうだな。
…と意気込んで書物を手当たり次第に漁っていたら、6時間くらいであっさりと探しものを見つけた。
かなり古い、手記のようなものだった。日記というよりはメモ帳に近いな。
影を操る術式について、術者自身が考察を纏めているようだ。
読み進めていくと、俺が自力で分析してきたことと同じようなことが書いてある。
ただ、途中に少し興味深いことが書いてあった。
影の空間には自身が潜伏することも出来るが、その際に俺が境界を閉じることは決してない。
それは縛りによって出来ないというよりも、単純に、直感的に非常に危険だからやらないのだ。
影の内部に入り込んだ状態で境界を閉じた時、その影が存在する面が何らかの原因で消失してしまった時、或いは影自体が消えてしまった場合、内部の空間がどうなってしまうのかわからない。
自分以外の物は大丈夫だ。術式は“俺の影”の内部に空間を作るもの、ある意味で俺の中に保存されているといってもいい。重さが体重に反映されることからもそれが直感的に正しいということがわかる。
そういう意味では、自分の中に自分が入れるということが既におかしいのだが、それは今置いておこう。
とにかく、この手記を書いた人物はやってのけたらしい。
結果から言うと、自らが影に潜伏した状態で境界を閉じ、なおかつ影が存在する面が消えても空間を再び開くことは出来た。ただ元の空間座標とは別の場所に突然放り出されたという。
早い話がワープしたらしい。しかも自分では座標をコントロールできないらしく、最初は大丈夫だったが2回目でかなりの上空に飛ばされて死にかけたという。
うーん、一つ言えるのは……こいつ頭おかしいんじゃないだろうか。下手したら一発目で永久に影から出てこれなくなる可能性もあっただろうに向こう見ずにも程がある。
彼の無謀な試みのお陰でその可能性は考えなくてよくなったにしても、いきなり地中に生き埋めとか深海で圧殺されるとかも有りうる話だ。非常に危険だという直感は間違っていなかったな。まあどうしても状況が詰んだ時にやけくそで使うくらいか。
取り敢えずランダムテレポート理論については頭の片隅に封印しておこう。重要なのは次項だ。
術式反転について。
影とは
「あーーーー、これだわ」
永らく欠けていたピースがハマる感覚があった。
キチガイ野郎の癖に反転術式使えたのかって気持ちはあるが、非常に有用な情報を残してくれたことには感謝しないといけない。
最優先でしなければならないことが決まった。
散々後回しにしてきたことに手を付ける時が来たのだ。
俺はどこか浮足立つような気分を抑えつつ、散らかした蔵書を片付けて回った。
とりまこの手記は貰っていこう。まだ続きがあるっぽいし。
翌日、新幹線で一路東京へ。筵山麓、俺は今呪術高専東京校の門前にいる。授業はサボり、任務の予定はない。
反転術式とは呪力の負の性質を掛け合わせて正の呪力を生成する技術と言われる。
ここで呪力の負の性質というのは一体なんなのか考えてみよう。
呪力は人の負の感情から発生すると言われているが、それは単に原因と結果を述べているだけ。負の感情から発生するから負の性質だというのはただの定義付けに過ぎず、現象としての性質を示しているわけではない。
一つ確実に呪力の性質と言えるものがあるとすれば、術者の意思を大なり小なり反映し、現実を改変するものだということ。広義において何かを“変える”性質があるということが出来るだろう。
同様に考えると反転術式によって得られる正の性質とは、変えたものを元に戻す、或いは逆の方向に変えるということではないのか。謂わば“因果の逆転”である。
まあこれは実際に正の呪力によって肉体の復元、術式の性質を反転させることができるという事実に無理やり理由付けしているだけであり、実際にどういう性質・原理なのかはわからない。
一言で簡単に因果とか言ってみても、それは目に見えないし人に観測できるものでもない。現実と現実の間を繋ぐ何かよくわからないものなのである。
色々言葉遊びしたところで法則がわからない以上、ゼロから反転術式を習得するためには、求める結果を得られるように試行錯誤しながら呪力操作して正の呪力という現物を探り当てるしかない。 これは複雑な方程式の解を得るために地道に適当なパラメータを代入するのに近い作業であり、広い砂漠に埋まった一欠片の宝石を手探りで探すようなもの。
ハッキリ言って相当無理ゲー。六眼持ちの五条悟でさえ死にかけたことでコツを掴んでようやく使えるようになったって言ってたし、そのレベルの難易度だ。というかあの人が死にかけるって状況が全く想像できないんだが。
しかし反転術式の習得がマストオブマストであることがわかった以上、なんとしてでも習得しなければならない。俺がこれからするべきことはまず現物を体感して“正の呪力の正解”を認識すること。次にいい感じに死にかけてみることで呪力の核心を掴むことである。
これまで知恵の輪感覚で適当に呪力を弄ってても成功しなかったのだ。コツを掴むための手順がわかってるのならそれに倣ってみるのは当然のことだよな?
そういうことで善は急げ、思い立ったが吉日。家入硝子氏の反転術式治療を直接体験するために東京校まで来ました。一応昨日のうちに五条悟には連絡している。普通に来ていいよー、だって。この前連絡先を聞いておいたのが役に立ったな。
勢い勇んで門を開き、一歩敷地に足を踏み入れると、いきなりカンカンカン!と鐘が鳴るような音が辺りに響いた。
遠くから何人かこちらに駆けてくる足音がする。
「侵入者だ!こっちにいるぞ!」
あー、未登録の呪力に反応する侵入者感知用の結界か。一応前に何回か来たことがあるけど、数年ごとに登録呪力を更新するって話だったような。期限切れかー。訓練のために常に感知結界を纏うようにしてるのが仇になったなー。
俺は両手を挙げて駆けつけた警備役の術師たちに話しかけた。
「家入さんに用があってきたんですが、五条悟から聞いてません?」
「そんな話は聞いていない。そのまま抵抗せずおとなしく拘束に応じろ。さもなくば実力を行使する」
…話通ってないのかよ。昨日今日の思いつきでいきなり訪問した俺も悪いけどさ。
高専の学生ですって言っても聞いてもらえない。服汚す予定だから制服着てないし、学生証は制服の内ポケだしで色々やらかした。
平時の危機管理がちゃんとしてて大変結構ですけど、面倒くせぇなオイ。もういいわ、そのまま連行して学長呼んでくれ。
今更ですけど、この影を操る術式と十種影法術は似て非なるものです。という予防線