最近忙しくて中々更新が出来ませんがご容赦ください。
心の奥深く、呪力の核心を掴んだことで俺は反転術式を会得することが出来た。
五条悟の実体験をなぞってみようと思ったのは確かだ。一応失敗することも考慮して家入さんの近くで実行したが、内心では失敗するとは思っていなかった。
流れ出る血、脱力し冷たくなっていく自分の体、薄れゆく意識…全てに謎の既視感があった。自分で腹を裂く前からそうなるという結果がわかっていた。
予測どおりに俺は死に近づき、最も死に近い場所…あの地獄のような生得領域を訪れることになった。俺はあの場所に呼ばれていたのかもしれない。
なぜ俺の中にあんなものが内在しているのか。この身に影の術式が刻まれていることと関係があるのか。あれが俺の心象風景だとは俄には信じ難かった。
そして意味深なことばかり言ってはっきりしたことは何も語らなかったあの謎の声は何なのか。もしかしてもう一人の僕?闇の千年
自分のことなのに何もわからない。もう一度あそこを訪れようと集中してみても全く上手く行かない。恐らくもう一度死にかけないことには不可能なのだろう。
でもまあよく考えてみれば自分のことを真に理解している人間の方が少ないのだ。取り敢えず“声”については自身の潜在意識の発露、みたいなものということにしておこう。考えてもわからないことにはそうやって一応の理屈を付けて頭の片隅に置いておくのが一番だ。
しかし折角新しい技術を身に着けて色々と試したいことがあるというのに、自由を制限されるというのはなんとも苦痛だな。さっきから同じようなことばかり考えている。流石に飽きてきた。
「あのーすいませぇん、もうそろそろこの縄解いて頂けないでしょうか。ホントに申し訳ないことしたと思ってるんです」
「謝って済むんなら警察はいらない。少なくとも今日一日はそのまま安静にしていろ」
家入さんの淡々とした物言いにそこはかとなく威圧感を感じる。問答無用、と頑なだ。
現在、俺は縄でぐるぐると簀巻きにされた状態で医務室のベッドに括り付けられている。呪術を使えないように封印用の呪符までご丁寧に貼り付けて。
安静にって、コレが怪我人に対する仕打ちですか。いやもう体は全くどうともないんだが、精密検査と経過観察のために泊まっていけと言われて強制ですよ。家入さんはどうせ今日もここで缶詰だからと見張ってくれるらしい。わーありがてぇ。睡眠不足はお肌に悪いですよって言ったら無言で腹パンされた。傷開いたらどうすんの。
まあ本当に悪いことをしたとは思っているのだ。手術室は汚したし、クソ忙しい家入さんをさらに忙しくさせたし、その他の人にも迷惑かけたっぽいし。ただ全部わかっててやったことだし仕方ないよねって思ってるだけ。自己中クソ野郎?そうだな。
俺がどうやってお怒り状態の家入さんを説得しようかと俺が考えていたとき、医務室の扉が無造作に開かれた。
一人の男がズカズカと入ってくる。
「ノックくらいしなさい」
「サーセン、校内で切腹したアホがいるって聞いてちょっくら見物にきたんスけど」
前に高専のデータベースで見た顔だ。ドレッド頭のフケ顔、これで10代の学生。
「ああ、暴れないようにそこのベッドに括り付けてる。余りうるさくするなよ」
「いや暴れませんよ。俺のこと何だと思ってんですか」
「自由にしたら何しでかすかわからない、五条の奴を差し置いて馬鹿の世界選手権にエントリーできそうな馬鹿」
…思ったより酷かった。印象値が最低すぎる。東堂からの好感度と足して2で割ってくれ。
フケ顔がニヤニヤと縛られて動けない俺の顔を覗き込む。
「へぇ、薬でもキメてんのかと思ったけど、見たとこシラフだな。シラフで割腹とか逆に頭沸いてんだろ」
「あん?何だテメェ、見世物じゃねぇぞコラ」
無遠慮にジロジロ見やがるので少しイラッときた。
マジで何しに来たんだコイツは。暇人かよ。
「ぷっ、そんな状態で凄まれても全く怖くねぇよ。にしても禪院のヤツみてぇに目つきわりーなお前」
「お察しの通り俺は禪院だが?なんか文句あんのか?」
「お!?」
突然彼は驚いたような顔をして後ろに向き直り何事かをブツブツつぶやき始めた。
そしてすぐにまた俺の方を向いて、今度はその顔面に気色の悪い微笑みを浮かべた。
「ん“ん!ああ君が例の禪院陽明くんか!ちょっと失礼ぶっこいたけど悪気はないんだよ。俺は2年の秤金次ってんだが、親しみを込めて金ちゃんって呼んでくれ。東京とか京都とかの垣根を越えて、これからは仲良くしようじゃないの」
「はぁ?」
なんか急に馴れ馴れしくなった。気色悪い、お前絶対人のことくん付けして呼ぶようなタマじゃないだろ。
キショいなぁ、何企んでんだ。
「それで、君が禪院の次代当主って噂は本当かな?」
「ああ、そういう感じね…」
一応、俺が次代当主希望だということは先程1年たちの前でちらっと情報開示した。それにしても少し耳が早すぎる気がするが。
今更隠し立てする気もない。直哉にだけ知られたら少し厄介だが、いずれ通る道だ。覚悟はしている。
「確かに俺は当主になるつもりで行動している。お前は俺を有望株と見込んで学生身分のうちから唾つけとこうってわけだな。目的は?」
「単にコネが将来的に色々役に立ちそうだと思っただけだよ。別に普通のことだろ?」
「嘘つけよ。お前は自分の中にはっきりと絵図を描いているだろ。他人においそれと言えないようなものを」
「チッ、流石にあからさま過ぎたか」
秤が小さく舌打ちをする。
「御三家の発言力が必要になるものといえば、総監部の人事権、各種決定権、あるいは呪術規定に口出ししたいってところだろうが、まさか政界進出を狙ってるってわけではないよな。ギャンブル好きの秤くん?」
秤金次。ある日、学校をサボってパチンコを打っていたところうっかり出玉を出しすぎて店からゴト扱いされたため店長と揉める。その際に警察を呼ばれて呪術を使用して逃亡を図ったために偶然窓の目に留まり、後日五条悟がスカウトに赴いて高専入りしたという経緯がある男。
未成年の身分でパチンコしてる分際でイカサマ扱いされて逆ギレするとは太ぇ野郎だ。
「…テメェ案外食えない野郎だな。反転術式を習得するためだけに自殺紛いの賭けをしたっていうからどんな馬鹿かと思いきや」
「勝てない賭けをするのはただの負け犬だぜ?俺はある程度勝算を持って保険もかけた上で勝負したんだ」
「ハッ、勝つためにゃサマでも何でもするタイプか。面白ぇ」
秤がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。俺も同じような顔をしているのだろう。
何となくだが、コイツとは上手いことやれそうな気がする。東堂と違って変態でもなさそうだし。でも別に何もイカサマとかしてねーから。
「…勝算と言ってもただの結果論だろう。あと人のことを保険扱いするとはいい度胸だ」
話を聞いていた家入さんがベッドに寄ってきてツッコミを入れてくる。
まだ怒っているご様子。意外と結構根に持つタイプのようだ。
「床にぶちまけられた血の海、つまり君が失った血液はおよそ15L。普通は血圧が下がってすぐに心臓も止まるからそんなに出ないし、そもそも成人男性の循環血漿量は5Lほどと言われてる。で、なぜか造血だけして穴は塞がらないものだからジャンジャン溢れてくるような状況だった。反転術式は消費が大きいし、もし呪力切れにでもなってたらそのまま死んでいたよ」
「あ、やっぱり傷は家入さんが治してくれたんですね。ありがとうございます」
そうそう、実は俺はまだ傷の治癒が苦手なようで、実際に俺がしたのは流れ出る血液を片っ端から復元して頭に血を回したくらいらしい。ほとんど無意識下だったことも関係しているだろうけど。
まあ家入さんがいなければ普通に死んでいた。保険って大事だ。
それにしても15Lって結構出たな。穴塞ぐまでに大体5分以上はかかったのだろうか。ハラキリ前に見ていた彼女の治療技術から考えると少し遅い気がする。
止血も出来ず血溜まりで術野不明瞭だったのが影響してるのか、俺の呪力と互いに干渉して治癒を阻害したのか。
「両方。他人の体内の状況を目視も画像もなしにイメージするのは難しいんだ。体内は一種の領域だから外からの呪術的な走査・干渉も困難。だから普段なら躊躇なく腹をかっさばいていた。今回は顔色が全然白くならないし橈骨も触れてたから結局開かなかったけど。侵襲と衛生的にまずかったのもある」
なるほど、反転術式を他人に適用するのが難しい理由はやはりそれか。普通の呪力操作を始めとして、呪術全般において、イメージ・認識は最も重要。他者の領域に自分の呪力を影響させるのが難しいというのも何となくわかる。
しかしそれだけだと五条悟が他人を治療できない理由にならないから、呪力の性質なんかも関係しているのだろうか。
「反転術式も万能じゃないんだ。傷痕が残ることも多い。君は自分が非常に危ない橋を渡ったのだということを自覚し、海よりも谷よりも深く反省しろ。…ったく何で教師でもない私がこんな説教をしないといけない。とにかく、これ以上余計な仕事を増やすなよ」
彼女はそう言い捨ててようやく自分の仕事に戻っていった。こういう冷静に怒るタイプが一番怖いな。なるべく怒らせないように気をつけよう。
と思いつつ、家入さんの気配が遠ざかったのを確認して、俺は残った秤に小声で話しかけた。
「それで秤くん。ものは相談なんだけど、ちょっとこの縄ほどいてくんない?」
「全く反省してねぇなお前」
カン、カン、と木を弾くような音が校庭に鳴り響く。
1年生の乙骨憂太、そして禪院真希の試合稽古だ。互いに得物は木刀。
これは呪術師として経験が浅い乙骨に基礎体術を叩き込むために始まったもので、始めの頃こそ彼は真希に為すすべなく転がされるしかなかった。
真希はメカ丸こと与幸吉とは真逆、本来持つはずだった術師の才能を奪われたことで高い身体能力を持って生まれた『天与呪縛』のフィジカルギフテッド。そこに我流とはいえある程度の年月で培った武器術、体術が加われば、2級術師を優に超える実力を持つことになる。普通の素人術師に敵う相手ではない。
しかし乙骨は素人ではあれども普通ではなかった。
乙骨憂太、特級過呪怨霊『祈本里香』の被呪者。彼の親しい友人である里香が死後に呪いと化して取り憑いたことで呪術師として目覚めたといわれる少年。
確かにそういうこともあるかもしれない。特級を冠するほどに膨大な呪いの塊は、なぜそれがそうなったのか誰にもわからない謎に包まれた存在だった。そもそも呪術自体が多くの謎を含んでいるもの。非術師が呪物を取り込むことで呪いが受肉することがあるように、乙骨も元々は非才の身だったのかもしれない。
だが彼に近しいものは、彼を知れば知るほどその考えを否定するようになる。
乙骨は紛れもない天才だった。呪術を知ってからまだ4ヶ月ほど、それまで自分で意識して呪力を扱うことのなかった者が早くも身体強化術を使いこなし、呪力をモノに込める術を覚えた。そして今、そのセンスをもって真希の体術に追随している。
真希の大きな膂力による力強い打ち込みを難なく受ける。フェイントの類を直感で見切る。アクロバティックな真希の動きにも慣れてきた。乙骨はとにかく飲み込みが早く、人の真似をするのが上手かった。
加えて里香の呪いを意識して制御する訓練を積み、呪いの力は乙骨に還元され、呪力量や出力も格段に増えてきている。特に先月、呪言師の同級生である狗巻棘とともに準1級呪霊を祓ってからその傾向は顕著だ。
里香抜きでも2級レベルを超えつつある。真希は乙骨の堅い守りを崩すことができなくなり始めている。
しかし今は乙骨の成長に関係なく、真希の動きは精彩を欠いているように見えた。
「なーんか真希の奴、機嫌悪くね?」
遠目から真希たちの稽古を見物しつつ、パンダが呟く。
同じく1年生の突然変異の自律型呪骸は人よりも人の感情の機微に敏感なところがあった。
「シャケ、おかか」
「まあ確かに、いつも機嫌悪そうではある。うーむ、でも今回はあのハラキリくんがキッカケなのは間違いないわな。なんか元々対抗意識持ってたっぽいし」
パンダと狗巻は、少し前にあった出来事を思い出していた。
1級呪術師というのは本来呪術界のトップに立ち、下の術師を率いていく者として定められた等級。入学時点で1級昇格が確実視されている術師が禪院家に迎えられたという噂は、この界隈においてある程度有名な話だった。
それでいて先月、陽明が特級呪霊と会敵して退けたという旨が五条悟から総監部に報告され、彼は晴れて1級昇格となった。
そして1年の教室で彼のことが話題になったことがあった。
問題はその時の五条の発言。
「多分次の当主になるために禪院に入ったんだろうけど、まあ全然行けるっしょ。実際あそこの奴らって偉そうな面してるだけで井の中の蛙のしょーもない術師しかいないし」
五条はそんなことを真希の目の前で、世間話として至極軽いノリで話した。真希が直毘人に対して「私が当主になる」と啖呵を切って出奔したということを知らずに。
禪院家は術師至上主義の家。禪院に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず。
ここでいう禪院とは相伝術式を持つ者を指す。術式を持たない者は非常に地位が低いのに、真希はそれ以下、最低限術師が持って然るべき“呪いを見る”という能力すら持てなかった。
物心ついてからずっと、家の人間、実の両親からも冷遇され、虐げられてきた。誰も頼れず、信用できず、それでも血を分けた大切な双子の妹を守るために強くならざるを得なかった彼女の中には、高い自立心と儚く脆い自尊心が育つこととなった。
ここに居たら駄目になる。術師として成り上がって、禪院の家を見返してやるんだ、という思いで家を出た。
そうして入った高専で、乙骨憂太という才能の塊と出会った。自分が欲しかった物を全て持っている存在に。
真希は乙骨の才能と力に嫉妬するようなことはなかった。それは乙骨のことを自分とは別の世界、次元に住んでいる者として認識していたから。端から勝負の土台に立てるとは思っていなかったのだ。
陽明についても、五条の口から禪院の次代当主になるかもしれないという言葉が出たことには内心驚き多少苛つきもしたが、五条がまた適当なことを宣っているだけだろうと、あえて深く考えなかった。
徹底的に刷り込まれた、持たざる者としての意識がそうさせていた。
(…チッ、剣筋が鈍ってんのが自分でも分かる。こんなんじゃ今の憂太相手には攻めきれねぇ)
乙骨は真希を相手にすると僅かに打ち込みが鈍る癖がある。それは彼女を少しばかりでも傷つけたくないという心の現れで、言って直るようなものではない。だから彼らが試合稽古をするときは真希の方が乙骨を打ち崩すように立ち回らなければならない。
既に実力は拮抗し始めているのに、雑念が頭の中にある状態では両者のためにならない、時間の無駄だ。
彼女の雑念の原因は苛立ち。それも自分への苛立ちだった。
先刻、家入から足りない人手として学内の緊急放送で集められた時、血溜まりから起き上がった陽明と言葉を交わしたのがきっかけだった。
胃と、口の中に残った血を吐き出し、陽明は起き上がった。
「…うぇ、気分わる。腹の中にも少し血が残ってやがる。最悪の目覚めだ」
そう言いつつも彼は何事もなかったかのように振る舞った。
家入や常勤の看護師が陽明の状態をチェックする中、真希は呆れと気味の悪さが入り混じった顔でその様子を見ていた。
彼の衣服も顔も髪も全て赤に染まっているのだ。
「マジで意味わかんねぇ…。何でこんな血溜まり作ってまだ生きてんだよ。てか何でそもそもこんなことに…」
「…この馬鹿は自分で腹を掻っ捌いたんだ。死にかけたら反転術式を会得できるものと信じてな。そして成功するのが手に負えない。馬鹿五条が吹聴して回る前に言っておくが、君らは絶対真似するなよ、いいな?」
真希の疑問に対して、家入は本当にうんざりするといった調子で説明した。
説明されても意味が分からなかった。反転術式が術師にとって非常に有用な技術であることは誰もが知っている。しかし例え習得できるという確信が得られたとしても実行出来るものは少ないだろう。ましてや確信すらないのに丁半以下の博打で命を賭けるのは本物の馬鹿としか言えない。或いは気狂いだ。
「で、コイツ誰?まさか例の侵入者?」
パンダが鋭いツッコミを入れる。血で汚れてはいるが五条のような白髪で雰囲気も似てるし、まさか隠し子か?と思ったことは敢えて口に出さなかった。
「俺は禪院陽明という者だ。…にしても血生臭すぎるなここ」
陽明がそう言うと、彼の足元からジワジワと影が広がっていき、文字通りバケツを引っくり返したような血溜まりが影に飲み込まれた。
「あー、ちょっと血痕が残ってますけど、まあ洗えば取れますよ」
「これがちょっと?スプラッター映画も顔負けの赤だけど?…まあいい、取り敢えず学長に連絡しよう。沙汰はその後だ」
「…すいません、もう帰ってもいいですか?予約した新幹線の時間がもうすぐなんです」
「このままただで帰すわけないだろうが」
「ですよねー」
家入が薄っすらと額に青筋を作っている。結構珍しい。
彼女はスマホを取り出して電話を始めた。電話を受けた夜蛾の怒れる姿が誰の目にも浮かんだ。
しかし陽明はそれを意にも介さず、急にキョロキョロと周囲を見回し始めた。
そして真希の姿を目に留めると話しかけてきた。
「なんか見知った気配があると思ったら、お姉ちゃんの方か。顔だけじゃなくて気配まで似てるとは」
「…誰がお姉ちゃんだ。馴れ馴れしい奴だな、このイカレ切腹野郎」
「口の悪さもそっくり」
罵倒の言葉もどこ吹く風という態度だ。
真希はこの少年のことが何となく気に入らなかった。対抗心があるのは確かで、そもそも自分から禪院に入ったという時点で碌な奴ではないことがわかる。
しかし彼も一応は高専生、しかも京都校所属だ。真希は一つだけ陽明に聞きたいことがあった。
「それで、真依のやつは元気にやってるか?」
「さぁな。お姉ちゃんに置いていかれて、寂しくって夜な夜な泣いてるかも。取り敢えず呪術師になんてなりたくないらしいぜ」
「…そうかよ」
真希は途端に渋面を作った。
それは唯一の心残りだった。直毘人が真依に試練を課すと言った時どんな嫌がらせをされるのかと思ったものだが、何のことはない、あの子は京都高専に入学させられただけだった。それだったらきっとあの家に居続けるよりもマシなはず。そう思って自分も安心して高専に来たのだ。
そんな彼女の様子に、陽明は鼻を鳴らした。
「フン、安心しろよ。禪院なんかにいた時よりは確実に楽しくやってる。それに、アイツは呪術師になんてならなくていい」
「何…?」
何を言い出すのかと思っていると、彼の感情のこもらない金の瞳に射竦められた。
「そういう約束だ。俺が禪院の当主になる。だから禪院真希、お前は別にもう頑張らなくていい」
(…アイツも“禪院”だ)
はっきりと表立って言葉にはされなかった。だが自分の無才を見下す目、見下される感覚はあの家にいた時に散々味わってきたものだった。頑張っても意味がないだろう、と。
そして、何で真依を置いて行ったのか。あの時、陽明にそう咎められた気がした。彼はその理由を見透かしていた。
(ああそうだ、私は逃げただけだ。居心地のいいこの場所に満足していた。憂太にも、アイツにも敵わないって内心で思って、それなのにヘラヘラ笑ってた)
あの時、あんなにムカつくことを言われても言い返すことすら出来なかった。売られた喧嘩も買えなかった。
家にいた時と同じだ。
才能がないことは仕方ない。それでもその境遇を受け入れて、他人に馬鹿にされている自分をそのまま受け入れて生きていくことなんて出来ないと思った。だから逃げ出した。環境が変われば自分の中の何かが変わるということを信じて。
自分のことで精一杯で、真依のことを連れていって面倒を見るような余裕なんてなかった。
(それなのに、置いていったくせに。何時の間にか現実から目を逸して悔しいとも思わなくなってた自分に一番腹が立つ)
そんな自分が嫌いで家を出たのに、これでは何の意味もないではないか。
でも、どうすればいいのかわからなかったのだ。術師の才能がないのは確かな事実なのだから。
いっそ事実を受け入れて、非術師として生きていくか?
それも一つの選択肢だ。多分真依はそっちの生き方を望んでいるんだろう。あの子は昔から怖いものが嫌いだった。
彼女と一緒に、姉妹で互いに支え合いながら生きていくのも…。
(…馬鹿か。どんなに脆くても、
道はもう決まっている。自分はこの道を進むしかないのだ。だから止まっていないで愚直に進め。
毎度毎度、同じことを悩み、同じような答えを出す。堂々巡りだ。それでもやれることをやるしかない。できるかどうかは関係ない。
迷っている暇があったら剣を振れ。自分にできるのはそれだけだろう。
「やっぱどうしようもねぇ馬鹿だ、私は」
「えっ?」
試合の途中、真希が急に何かを呟いて、乙骨は一瞬手を止めた。
真希はそんな隙だらけの彼の脳天に容赦なく木刀を叩き込んだ。
「ったぁ!!」
「ぼさっとすんな、憂太。ほら、次行くぞ」
乙骨は頭をさすりながら不思議そうな顔をした。
どことなく考え事をしながら迷っているような印象だったのが少し変わった。
(やっぱりあの人に言われたことが気になってたのかな。正直よく聞こえなかったんだけど。でも…)
「真希さん、なんか悩んでることがあったらいつでも言ってね」
「…ああ」
乙骨の励ましの言葉にも、真希は気のない返事を返した。
悩みはある。大いにある。だけどこれは自分の心の問題なのだ。
心地よさに浸っているだけではダメだ。もっと飢えなければ。
もっと、血と共に悍ましさを感じた、あのいけ好かない野郎を超えるくらいの”本気”を。
結局、その日は陽が暮れるまで、校庭に剣戟の音が絶えることはなかった。
呪術廻戦の世界に少年ジャンプが存在するのは確定的に明らか