道場に同年代の二人の術師が相対する。
お互い刀は既に抜いている。というか例のごとく木刀だ。
「はああああ!!」
気迫が感じられる掛け声と共に三輪が上段から斬りかかる。
圧縮された時間の中で頭に幾つか選択肢がよぎる。単純な受け、腰に溜めた刀身で逆袈裟からの弾く、はたまた流して懐に潜り込み刀を奪うか。或いはこの剣速ならば白刃取りも可能だろう。
まだ地力の低い三輪の剣を捌くのは容易だが単純な勝ち負けは問題じゃない。
俺は剣の間合いを見切って当たらないギリギリのラインに跳ぶ。落ちてきた木刀は続けざまに俺を突いてくるが身を翻して紙一重で躱した。腕が伸びた一瞬、この体勢から剣を使って出来る攻撃は少ない。三輪と視線が交錯する。
「くっ!」
瞬間、彼女は危機を察知して急いで剣を引き後退しようとするが、その後退はただの逃げでしかない。逃げる者は精神が既に負けている。実力に差がある相手を前にしてのそれは致命的だ。
木刀を右腰に据えて相手から見えないように隠し、そのまま体を先行させて逃げ腰の攻撃を誘う。思惑通り、三輪は再び刀を振りかぶるが、既に構えている俺のほうが速い。勢いのある剣とない剣の打ち合いがどうなるかは明白。
カンッ!という甲高い音を立てて彼女の剣は撥ね上げられ、その喉元に俺の剣が差し向けられた。
「この短時間でもう30戦30敗、一太刀すら掠らせられず…。折れる、私の中の何かが…」
ガクッと両手を地面に付けて項垂れる三輪が呟く。
おそらくその何かというのは心というものだが、流石にまだ早いだろう。
俺はポンポンと木刀を肩に担ぎながら話しかけた。
「死中に活あり。迷えば敗れる。攻めっ気を忘れんなって何回も言ってんだろ。逃げるときも攻めながらだ」
「そんなの簡単に出来たら苦労しませんよ!そもそも実力差があり過ぎるでしょ!」
「これでも身体強化のギアはお前と同じくらいになるように調整してるんだぜ?だから勝てない原因は経験と気持ちの差ってこと」
「既に手加減されてコレだった…」
まぁ最初のころより動きは良くなっている。俺の方もその成長にあわせてギアを上げていっているので彼女は実感出来ないだろうが。
あと体力自体は中々あるようだ。2時間ぶっ続けで木の棒振り回しながら動き回ってもヘタることがない。最低限の基礎は叩き込まれていて修行の下地としては悪くない。
なんで俺がこんな指導者の真似事をしているのかというと、休日の穏やかな修行風景の中にコイツら師弟が突然訪ねてきて弟子同士の試合を申し込んできたからだ。しかし俺が普通に戦闘したらお互いのためにならないのはすぐにわかったのでこうして九子置きの指導碁のようなことをすることになった。
チラッと道場の隅に視線を向けると俺の師匠と師匠の師匠が何事かを話している。
「うーむ、なんか思ってたのと違うな…。もっとこう若人同士が互いに切磋琢磨してさぁ…。あれじゃあ俺が指導してるのと変わらんだろ」
「もう何年も会ってなかったのに急に訪ねてきたと思えば、そんなことが目的か?他に門下生いねぇのかよ」
「…最近の若いのは少し厳しく指導するとすぐ逃げ出す。だから一番新しい弟子の霞には優しく丁寧に指導しているんだが、やはり何か足りないと思ってな」
「ハァ…、アンタの“厳しく”は度が過ぎてんだよ。俺の兄弟子弟弟子たちも何人が辞めてったことか」
「オマエは他に行く宛がなかったからな。俺も人の弱みに付け込むのは気が引けたが」
「よく言うぜ。俺が逃げようとしたら首根っこ捕まえてボコボコにして連れ戻した癖によ」
漏れ聞こえる限り三輪には少し甘く指導しているらしい。
しかし厳しくしたら逃げるからってのはよくわからない。修行がどれだけ厳しくとも実戦はそれより遥かに過酷だ。実戦で死ぬくらいなら修行で逃げた方がいい。だから師匠なら弟子が実戦で死なないようにできる限り厳しく、死ぬ一歩手前くらいの修行を課すのが正しいんだが、なんで三輪だけ…。あぁ、もしかしてロリコンか?スカウトも自ら行ったらしいし、ありえる話だ。
「なんかお前の師匠は俺たちがライバル同士になるのがお望みらしいぞ」
「無理、無理ですって!10年経っても追いつける気がしないし!」
「いや無理じゃない。下地はいいもの持ってるから死ぬほど頑張れば何とかなる。だから毎日死ね」
「毎日死ね?!」
「言葉の綾だ。前にも言ったけど、ただ毎日1万回の“抜刀”をこなせ。それが最初のうちは死ぬほど時間がかかって死ぬほどキツイってだけだ」
「本当に真面目に言ってるのが怖い。いやオカシイ、この人オカシイよー、急に高専入りたくなくなってきたー」
三輪が何かブツブツ言っている。そんなに不服なのだろうか。
明確に今より強くなれる方法が前例付きで提示されているのだから縋り付くべきだろ。弱いんだし。
「三輪、お前大切な人とかいるか?」
「急に何なんですか…?まあ家族は大事ですけど」
「例えばその人達が目の前で呪霊や呪詛師に襲われようとしている。でもソイツらの等級は1級だ。お前では敵わない、だが他に戦える人間もいない。想像してみろよ、きっとお前は死んでからも後悔し続ける。なんで自分は強くなるためにベストを尽くさなかったのかってな」
「それは、そうかもしれませんけど…」
「自分でこの道を選んだなら、呪術師として生きていく気があるなら、強くなるためには何でもするべきだぜ。弱いやつには何も出来ないし何も守れない。自分の身すらな」
俺は努めて平坦な口調でそう語った。
三輪は俺の言葉を聞いて難しい顔して黙りこくってしまった。思った通り、真面目な奴。
まあ守れなかった俺には偉そうに講釈垂れる資格なんてないんだけど。しかし強い術師は幾らいても足りないし、安い言葉でも発破が掛けられるなら何でも言っておくに限る。
ただ俺は彼女にばかり構っている暇はない。身体が成長期に入って素の肉体強度、呪力量、呪力出力は増してきているが、それに反比例する形で呪力操作の精度が劣化しているのを感じる。つまり日々アップデートされる肉体情報を把握しきれていない。
「悪いけどお前の相手はここまでだ。後は師匠と相談しながら適当に頑張れ」
丁度30戦。直久が世話になった人への義理立ては済んだだろう。後は研鑽に時間を使わせてもらう。呪具や武器類の整備も大変なのだ。
三輪の言葉を待つことなく俺は道場から出ていった。
「意識高い系術師…」
ポツリと小さな呟きが漏れる。ほとんど無意識に本音が出て慌てて口を塞いだ。
突然陽明が出ていったことで、残された三輪はやや呆然としていた。
自分が弱すぎて相手をするのが嫌になったのだろうかと考えて少し落ち込む。
(まあでもそうだよね。折角格下の相手してくれてたのに、さっきの私、やる気がないと取られてもおかしくない言動してたし)
自分としては謙遜半分で言ったつもりなのだが、陽明が言うような高いモチベーションがなかったのも事実だった。
呪術師になろうとしたのは給料がいいから。人助けをしつつ高い給与ももらえるという謳い文句に誘われた。貧乏家庭に2人の弟までいる。学費を稼ぐために中学生の身分を隠してバイトまでしていた。
術師の修行を頑張っているのは高い等級になるためと、自分が死にたくないから。実際のところ見ず知らずの他人を助けたいという思いなど殆ど頭になかったと言っていい。彼が言った大切な人を守れないという言葉も考えてはみたがいまいちピンとこない。そんなシチュエーションに出くわす可能性なんて殆どないだろうし。
三輪は取り敢えず、陽明を怒らせてしまったかもしれないということを彼の師匠に謝ることにした。
「ああ、別にアイツは怒ってなんかねぇよ。ただ単純に自分の修行がしたくて出てっただけ、いつものことだ」
「本当ですか?」
「完全に我が道行っちゃってるし、他人に対して一々目くじら立てて怒るような興味自体がないだろうよ。だから高専に入っても全く気を使う必要なし」
それはそれでどうなのかとも思ったが、ひとまず三輪は近い将来の同級生の不興を買ったわけではないことに安堵した。
白い顎髭を撫で回しながら三輪の師匠が呟く。
「末恐ろしい小僧だ。尋常ではない力への執着。直久、あと数年もすれば俺もお前も追い越されるだろう」
「そんなのはアイツにとっちゃスタート地点だ。真面目に五条悟っていう天井を目指してる馬鹿だからな」
その言葉を聞いて、最高師範は一転して手のひらを返した。
「…500年に1度の六眼に無下限、修羅に墜ちたところでマトモなやり方では超えられん。それがわからんような蒙昧には見えんかったがな」
禪院と並ぶ御三家の一つ、五条家に生まれた術師、五条悟。
呪力を見通す『六眼』と、空間に潜む無限を操る『無下限呪術』を併せ持つ現代最強の呪術師の名。
一つの国家を単独で落とすことが出来るという特級術師に分類され、彼の場合はそれを上回り全人類を殲滅できるとまで言われている。
少なくともこうして狭い道場で剣を振り回している時点で力を比較できる対象ではない。
直久は口角を吊り上げた。
「五条悟が500年なら、アイツは1000年に1人の才能だ。あの馬鹿目隠しなんか絶対超えられるさ」
「うまいこと言ったつもりか馬鹿弟子。贔屓目が過ぎるわ。師の役割を全うするなら常にフラットな視点で…」
「うるせーこのロリコンが。幼気な中学生女子を言葉巧みに騙くらかした分際で。なーにがコスパ最強の仕事だ、呪術師ほど割に合わん仕事はねーだろうが」
「ろ、ロリコン!?い、言うに事欠いて、貴様ぶち殺すぞ!!」
「やってみろや、老兵が現役バリバリの1級術師に勝てるかどうかよ?」
突然剣呑な雰囲気になって呪力を撒き散らす二人の大人の姿に三輪は大いに困惑した。
(あー、呪術師って訳わかんねー)