呪術縁起   作:生乾きの服

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21.休息

 

 

 久しく感じていなかった気怠さと共に目を開く。

 

 

 …暗い。何時の間にか夜になっている。

 

 仄かな消毒液の匂い。ここは恐らく京都校の医務室だろう。 

 自室に戻る途中でぶっ倒れたことは何となく覚えている。誰かが運んでくれたらしい。

 

 しかし結構な時間寝たはずなのに怠さが抜けない。

 あと少し熱っぽい気がするのと、左腕に異物感。点滴かこれ。

 

 

 

 「目覚めたか、兄弟」

 

 「!?」

 

 心臓が口から飛び出しそうになった。バッ、と上体を起こして足元を見てみると予想通りの大男がベッド脇で椅子に腰掛けていた。

 

 寝起きの東堂は何よりも心臓に悪すぎる。精神衛生上も良くない。そして何で息を殺して気配を消してるんだ。

 

 

 「…今何時」

 

 「23時過ぎ」

 

 「…まさかとは思うけど、ずっとここで俺のこと見てたわけじゃないよね?」

 

 「無論だ」

 

 どっちだよ。どっちとも取れる答え言うのやめろよ。もう一回聞く勇気は流石にないんだが。

 

 困惑する俺の様子を見咎めて、東堂が口を開いた。

 

 「何か勘違いしているようだが、俺はただの見舞いではないぞ」

 

 「え?……ああ、そういうことか」

 

 

 天狗との戦闘での俺の記憶は、奴が領域を使ったところで途切れている。

 

 外殻を持たない、あり得ないほど広範囲の領域。天候を変え、雷鳴を伴う分厚い雲を発生させていたことから対流圏の上層まで達していた可能性もある。破壊の規模もそれなりになったことだろう。

 問題は何故俺が生き延びていて、かつその時の記憶がないのかということだが、一先ずそれは置いておこう。

 

 現場には俺と敵の呪力の残穢があったはず。事前に向こうの学長に連絡してなかったら、任務外での呪術を使った大規模破壊と秘匿破りの責任を取らされて問答無用で拘束されていただろうな。東堂は俺が万一にも逃走しないようにするための監視だ。形だけの。

 

 取り合えず事情聴取が済まなければ事後処理もままならない。

 

 「学長まだ起きてる?」

 

 「お前が目覚めなかったら後期高齢者に徹夜を強いるところだった。俺も同席するが、構わんな?」

 

 「気が散るのでダメです」

 

 「……」

 

 この期に及んで冗談を言っている場合か、とそういう目だった。冗談の塊みたいな奴に咎められるとは屈辱でしかない。というかコイツがいるだけで気が散るのは本当だからある意味冗談じゃないんだが。

 しかし普段馬鹿みたいな奴が真面目モードなのって結構怖いな。黙ってれば強く賢そうに見える。いつも黙っとけ。

 

 まあ東堂とかどうでもいいか。さっさと済ませよう。

 俺は点滴を引き抜き、少しふらつきながら立ち上がった。

 

 「そうそう、どうやら今のお前は熱中症の状態らしいぞ」

 

 「げ、マジかよ…」

 

 炎天下で昼寝していたとはいえ雑魚術師しか罹らないような病態だ。

 基本的に術師は呪力を纏っていれば体外の温度変化に対して耐性がつく。熟練の術師であれば寝てても気を失っていても最低限の強化はできる。

 つまりそれすらままならないほどに弱っていたということ。脳味噌ポップコーン状態で相当気力と体力を削がれたというのはあるが、多分慣れない反転術式で呪力を滅茶苦茶に消費していたせいもあるだろう。

 

 「真依に礼を言っておけ。お前が倒れてるのを見つけて一人でせっせとここまで運んだんだ」

 

 「アイツが?…確かに最近力付いたもんなぁ。なんか感動だわ」

 

 「陽明……お前は偶に俺より馬鹿になるな」

 

 「えっ」

 

 何故か馬鹿にされたけど、それより俺はコイツに馬鹿の自覚があったことが驚きだった。

 時々天才的頭脳とか自称してるのはただのノリなのか?真面目にそう思い込んでるあたおかだと思ってたんだけど。

 コイツの内面は読み取れん。奥が深すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽明は学長室に向かう道すがら、反転術式による正の呪力を体内で巡らせていた。不調の体を治癒するために身体本来の治癒能力を高めている状態だ。

 

 正の呪力の人体における基本効果は”回復”。それは突き詰めると人体のホメオスタシス(生体恒常性)を維持するということに尽きる。

 体温、血圧、循環血漿量、各種電解質、糖、脂質、タンパク、老廃物質、それらによって生じる細胞内外の浸透圧など…、身体の多くの機能、物質に生じた”変化”を打ち消す方向に働く力。

 

 優れた反転術式使いは四肢の欠損すら復元するという。それは恒常性を極め、”元”通り復元する域に達しているから可能になること。しかしその時右腕が2本も3本も生えてくるなどということはない。

 さらに高度な反転術式の運用により身体機能に邪魔な”毒”を特定・除去することも出来る。

 

 これらの事実が指し示すことは、反転術式の治癒対象となる”変化”の基準、”元”となるものがあるということだ。身体を形作るための設計図のようなものが人には備わっている。呪術におけるそれは、遺伝子、DNAとも似て非なる、『そう在るべき』と人の形を定めている”何か”。

 

 東京では血液の復元は元々人体に備わっている造血能強化の延長で行うことが出来た。細胞の配列が定まっていない液体だったということもある。だが縫合が必要なほどの傷口の再生は出来なかった。

 少し前までそんな状態だった陽明が非常に複雑な脳という器官を復元することが出来たのは、呪力の核心だけではなくその”何か”に近づいたからに他ならなかった。

 

 

 (それはまだいい。だが両側の前頭葉から基底核領域の損傷、あの時は思考どころか意識がある方がおかしかった。にも関わらず、俺はマトモに思考してソレを自覚し、反転術式を使えた)

 

 他の脳領域が機能を代替した?それとも脳を使わないで思考したとでも?術式を使える高位呪霊でさえ似たような思考器官と思われるものがあるというのに、あり得ない。

 そもそも何故脳が焼き切れるような事態になったのか。何かの副作用か、無茶をし過ぎたせいか。

 

 一つ言える確かなことは、この身に今の自意識以外の何かが潜んでいるということ。そしてその存在が自分の命を救った。恐らく何度も。

 

 事件の心的外傷のせいで多重人格にでもなってしまったのではないかとも考えた。一部の記憶が欠損していることは解離性障害の症状として説明がつく。だがあの窮地を脱せるほどの強さを持っている理由にはならない。

 

 色々想像してみても答えが出ない。いつものように謎だけが増えていく。

 あの”声”はその答えを知っている気がする。

 

 

 

 

 

 東堂もまた陽明の後ろを歩きながら思索に耽っていた。

 

 先月は特級呪霊、そして東京からもたらされた情報によると今回も恐らく特級相手。

 この類稀な好敵手ですら死にかけるような猛者との戦い。それでも生きて帰った。

 

 死闘は漢を成長させる。さらに彼は東京で反転術式をも習得したという。

 東堂の内にあるのは焦りだった。

 

 (既に大きく水を開けられていることだろう。このまま行けば、我が心の友の未来に待つのは一体何だ?東堂葵よ)

 

 それは孤独。強者故の。

 

 (否!断じて否!!)

 

 強くならねばならない。友を独りにしてはならない。

 

 これまで自身の術式を有効に活用することに心血を注いできた。

 身体強化の向上に加え、生得術式の解釈、結界術、反転術式、領域展開。術師が強くなる方法はある程度定まっている。

 

 だが術師が真に強くなるためには、己自身と向き合うことが最も重要なのだ。陽明と同じ地平に立つため、殻を破るためにはその先を目指さなければならない。

 

 では人が否応なしに己と向き合うことになるのは何時か。

 それは今際の際の極限状態に他ならない。陽明も切腹をして覚悟を決めたという。

 

 (最後に死にかけたのは師匠をマジギレさせたときか。だが今考えるとアレはまだ温かった。……俺もまた戦闘民族の端くれ、やってやれないことはないだろう)

 

 何やら不穏な計画が東堂の頭の中では渦巻いていた。

 

 やはり彼もまた馬鹿。馬鹿共の考えることはいつも大体同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学長室の簡素な扉をノックする。

 

 『入れ』

 

 年相応に嗄れた声が聞こえ、俺は扉を開けて部屋に入った。

 

 中には数人の術師。

 楽巌寺学長、歌姫先生、そして。

 

 「直久、なんでいるんだ?」

 

 くたびれたリーマン風の装い。俺の呪術の師が壁にもたれかかって暇そうにしていた。

 

 結構久しぶりの再会だ。高専に入ってからは互いに忙しくて全く会ってなかった。

 メールとか電話は偶にしてたけど。

 

 「なんでも何も、お前が色々やらかしたっつって元保護者の俺に苦情が来たんだよ」

 

 「なんでアンタに苦情が行くんだよ。クレーム入れるなら筋的には禪院本家だろ」

 

 「知らんし。庵に言え」

 

 「人のせいにしないでくださいよ!ちょっと報告ついでに応援頼んだだけじゃないですか!」

 

 歌姫先生が敬語を使っている…。そう言えば東京校の先輩後輩関係だったか。

 先生は怒り心頭といった具合で俺を睨みつけてきた。お待ちかねの説教タイムというわけか。

 

 「陽明!アンタわざわざ硝子のとこまで行って何してんの!あの子が死ぬほど忙しいってのは知ってるでしょ!?それに切腹ってマジで何してんの!?突然電話でお宅の子が目の前で公開ハラキリしましたって言われた時の気持ちわかる!?無事だからまだよかったようなものの!」 

 

 そう言えばそんなこともあったなー、という感想。昨日のことなのに随分昔のことのように感じる。

 ちょっと一口には言い難い。というか面倒くさい。今どうでもいいでしょそんなこと。

 

 「まあ色々あるんです。説教は向こうでも受けたので、取り敢えず話を進めましょうよ」

 

 「こ、この子はっ…!先輩も何とか言ってやってくださいよ!そのために呼んだんですよ!」

 

 応援って、説教の応援かよ。確かに普段生意気言っている自覚はあるけれども、1級術師ってみんなの想像よりも遥かに忙しいんですよ?

 

 「やだよ、無駄だし疲れる。知ってるだろ?コイツ自分が正しいと思ったら人の話なんて聞きゃしねぇ。ついでに悪いことしたと思ってても必要がなければ謝らないクソガキだ。どうしても言う事聞かせたけりゃ力づくでボコボコにしろ。出来るならな」

 

 「っ~~!!」

 

 まあこの師にしてこの弟子ありだなって感じ。

 あと散々人のこと問題児の社会不適合者みたいに言っててどうなのと思ったけど、思い返してみると『そんなんじゃ社会に出たらやっていけないぞ』ってのがこれまで関わった先生方の決まり文句だったわ。

 

 …なんか隣で東堂が謎に頷いている。やっぱコイツと同類は嫌だな…。

 

 

 

 しかし先生、学長の眉下の影が深まってきていることにそろそろ気付いて欲しい。

 察した通り、ぐだぐだとした駄弁りに痺れを切らした楽巌寺学長がゆっくりと口を開いた。

 

 「…歌姫、説教は後だ。陽明、お前はさっさと東京校を出てからの経過を説明しろ」

 

 「その前にこれを」

 

 俺は影から一つのフラッシュメモリを取り出した。

 それを学長の机の上に置く。

 

 「俺が相対した呪詛師から受け取ったものです。奴が言うには夏油傑に繋がる情報が入っているらしい」

 

 「!!」

 

 俺の言葉で部屋はにわかに騒然となった。

 全員が目を見開いている。

 

 「夏油はかつて解体された旧盤星教と呼ばれる宗教団体の支持基盤を利用しているということです」

 

 「宗教団体……むぅ、盲点だったか。しかも盤星教とは…」

 

 学長が唸り声を上げた。

 

 

 呪術と宗教はどちらもオカルトチックな要素を含んでいるようにみえて、その実水と油の関係だ。

 呪術の秘匿を是とする呪術界に対して、教えを広めようとする宗教団体は真逆のスタンス。そして教義にもよるが、その宗教の信仰対象の絶対性を呪術が揺らがせてしまう事が多い。宗教団体は非術師によって構成されるものだという前提がある。常識と言い換えてもいい。

 

 呪術界上層部はこの国の公的権力と深く繋がっており、呪術の秘匿を守ることはもちろん、表向きに謳われている信教の自由や政教分離も考慮して宗教法人とは意図的に距離を置くようにしていた。飽くまで彼らが非術師の立場に徹するという条件のもとで。

 

 その代わり、宗教団体が呪術を利用していることが分かれば問答無用だ。当該術師の処刑、非術師であっても幹部級は拘束、団体は即時解体、情状酌量の余地なし。

 

 上手くやれば隠れ蓑にもなるが、呪詛師からすればリスクを孕んでいる。一つところに身を置けば足も付きやすい。居所が割れれば最強の死刑執行人(五条悟)が文字通り飛んでくる。だから普通の呪詛師(クズども)は各地を転々として細々と、だが自由に悪事を働く。

 そこを考えると夏油はかなり巧妙に組織を纏め、利用していたのだろう。術師、非術師両方の協力者も多くいるはずだ。

 

 

 …高専に情報が流れさえすれば、あとは五条悟が全て上手くやる。わざわざあの呪詛師が俺の前に姿を現してまで暗殺を依頼したのは、やはり俺自身に用があったと見て然るべきか。

 それとも、五条悟では夏油傑を殺せないと考えたか。彼らは元々親友同士の間柄だったと聞く。流石にこの期に及んで情に流されるような真似はしないと信じたいが…。

 

 

 「…そして奴は俺に夏油の暗殺を依頼した。俺が奴を捕らえようと仕掛けると、特級呪霊を式神として繰り出しました。この間の火山呪霊と同等以上です。…ちなみにあの遊園地って今どうなってます?」

 

 「各建造物、木、土石の類が大量に綯い交ぜになった瓦礫の山と化しておる。幸い元が無人の廃墟。死傷者、行方不明者はなしだ。その呪霊の仕業か」

 

 想像通りとんでもない事になっていた。規模が規模だけに誤魔化すのも大変そうだ。

 ただ人的被害が無いのなら何とでもなるだろう。

 

 俺が一人で胸を撫で下ろしていると、直久が怪訝な顔をして問いかけてきた。

 

 「…覚えてねぇのか?」

 

 「ああ。この前と同じ、何時の間にか全部終わってて、俺は京都に帰ってきてた」

 

 「…そうか」

 

 直久は一言だけ呟いて黙り込む。何か考え込んでいるようだった。

 

 東堂が興味深そうにして口を開く

 

 「以前の報告にあった記憶の欠落という奴か。何らかのショックによる一時的な健忘というわけでもなさそうだな。それに第三者の介入も考えづらい。必然的に…」

 

 「俺自身に何かある、だろ?まあ自分でもそれ以上わかんねーから、取り敢えず周りで異常がないか見ててくれ」

 

 「承知した」

 

 

 流石にこの場にいる全員が思っているだろう。俺の中に何かがいるんじゃないか、と。

 別の人格か、呪術に関係したなにかか。

 正体不明の何かが紛れ込んでいるという不快感、それは俺が一番感じていることだ。

 

 条件はある程度はっきりしている。俺が敵わないほどの強敵に相対したとき、ソイツは現れるのだろう。不甲斐ない俺を助けるために。

 

 だが今回は脳の破壊という明確な有害事象があった。今回は上手いこと事なきを得たが次も上手くいくとは限らない。何故そうなってしまったのか未だにわからないのだ。

 

 これからどうするべきなのか、俺は今迷っている。調べるには大きなリスクが伴う。今まで通り、自分にこなせる仕事だけしていれば何事もないのかもしれないが…。

 

 

 「…ということで、件の呪詛師の目的、正体については何もわかっていません。外見もあまり目立たない容貌でしたが、一つ特徴として頭に縫い目のような傷がありました」

 

 「縫い目…」

 

 「ただ高専の内情についてはかなり詳しいようでした。内通者と呼べる存在がいるのかは不明ですが、外部への情報漏洩については今まで以上に気を使うべきですね」

 

 そこまで言い終わって、ふぅ、と一息つく。

 大体俺が提供できる情報はこれくらいだろうか。

 

 俺の話を聞いた学長は顎髭をなでつけながら厳かに語った。

 

 「ふむ……大体の事情はわかった。確かに現場にはお前のモノと、もう一つ多くの残穢が確認されている。今回の件についてお前が咎められることはないだろう。独断専行で危険を冒したこと以外はな。夜蛾から叱責の言葉も届いておる。改めろ」

 

 「はい。…それで夏油については…」

 

 正体不明の呪詛師よりも、今は夏油を優先するべきだ。

 最悪の呪詛師を屠るまたとないチャンス。過程で縫い目の男の情報も拾えるかもしれない。

 

 「…まずはもたらされたデータを解析し、居所の当たりをつける。慎重な調査の元に確定し、タイミングを見て五条悟を送り込み確実に処理する。再び雲隠れされることだけは避けねばならん」

 

 「ですよね。調査任務は俺に回してください。隠形には多少自信が…」

 

 「ダメだ」

 

 

 予想外に途中で言葉が切られた。

 

 俺の提案を両断したのは直久だった。

 

 

 「お前は夏油傑には一切関わるな。師匠命令、破ったら破門な」

 

 

 有無を言わさない口調だった。

 ただ師匠命令と言っても理由がわからない。俺は自分が一ミリも納得できないことには例え破門されても従わないぞ。

 

 「何でだ?別に夏油と交戦しようっていうわけじゃない、ただ組織や施設の情報を洗うだけだ。能力的にも向いてるはず」

 

 「いや、お前が一番向いてない。呪詛師連中を目の前にして大人しく放置できるような性質か?非術師達を食い物にしてることがわかってるのに」

 

 「…おい、そのくらいの分別と自制はあるぞ俺」

 

 「出しゃばり過ぎっつってんだ。調査だけならお前じゃなくても務まる。…それに、自分の中に不安要素があることはわかってんだろうがよ」

 

 「うっ…」

 

 それを言われると弱い。致命的になりうるものを抱えて大事な任務に赴く事はできない。

 考えを整理する必要があるとは思っているんだ。術式の調整、反転術式の慣熟も。

 

 「…わかった。その代わり人選はちゃんと考えてくれよ」

 

 「誰に対してモノ言ってんだこのぺーぺーが。もうすぐ交流会もある。今は少し休んで自分のことに集中しろ。五条悟越え目指してんだろ?雑事に構うな」

 

 「……ああ」

 

 

 高専に行けって言った割に、雑事に構うなとはな。つまり学生生活は雑事じゃないってことだ。

 

 俺にはわからない。呪術師が他人と深い繋がりを作ってもいいことなんて何もないだろう。大切なものは少ないほうがいいに決まってる。

 少なくとも俺にそのつもりがないことはわかっているはず。だから釈然としない。まさか俺に社会性を伸ばせと言っているわけでもあるまいに。

 

 

 …取り敢えず一通り報告は終わった。

 学長は目を伏せている。どうやらもう行っていいらしい。

 歌姫先生にも目を向けるが、説教再開という雰囲気でもなさそうだ。

 

 俺は簡単に挨拶して学長室から退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽明と東堂が退室するのを見送って、歌姫は軽く息をついた。

 

 「…流石、あのコの師匠なだけあって締めるところはちゃんと締めるんですね。あの頑固者があっさり頷いたし。なんかちょっと自信無くなってきちゃったんですけど」

 

 教師の面目が潰れるというほどではないが、差を感じたのは確かだった。しかし元保護者の親代わりと比べるのも間違っているかもしれない。

 

 

 直久は少し疲れたように呟いた。

 

 「…そんなんじゃねぇ。あれは俺の我儘だ」

 

 「…?どういうことです?」

 

 「誰かに話すことじゃない。釘は刺したが、アイツが夏油に近づくような素振りをしたらすぐに俺に知らせろ」

 

 真剣な目つきで彼は歌姫に指示した。

 威圧感すら覚えるその様子に歌姫が息を呑む。断る理由も特になく、彼女は無言で頷くしかなかった。

 

 楽巌寺が顎髭を撫でる。

 

 「…歌姫、お前も指示があるまでは待機だ。それと、五条には夏油についての情報はまだ伏せておけ。どんな出方をするかわからん」

 

 「それは…そうですね」

 

 歌姫は複雑そうに顔を歪めて頷いた。

 彼女もまた夏油とは旧知の仲。呪詛師に堕ちたとはいえ、かつての仲間を手に掛けなければならない辛さは理解出来た。

 

 しかしそもそも五条は夏油の死刑執行人となることを了承するのだろうか。

 公にはされていない事実。家入の話で、学生時代のこととはいえ彼は一度夏油を見逃してしまっている。

 その大前提が定まらなくては話が進まない気がする。

 

 

 「時機が来たら俺から話す。心配せずとも奴もちゃんと呪術師に成ってるはずだ。じゃなかったら教師なんてとっくに辞めてるさ」

 

 直久も一応五条や夏油と面識はあった。

 歌姫と違って直接の後輩ではないが、高専卒業後、人手不足につき暫くの間呪術の臨時講師なんてものをやっていた時期があるのだ。

 

 教師の道には進まなかった。向いていないと思ったから。

 

 

 「…それ。五条が教師やってるの、有史以来の最大の謎だと思うんですけど」

 

 「そうか?結構向いてると思うけどな」

 

 「どこが!?あの適当ちゃらんぽらん馬鹿目隠しのことですよ!?五条勝とか五条茂とか別人と勘違いしてません!?」

 

 「いや誰だよ」

 

 歌姫は目の前の人物の言っていることがまるで理解できなかった。

 どう見ても適当ちゃらんぽらんの馬鹿だからだ。それ以外に表現しようがない。五条自身、自分の生徒からそう呼ばれている。

 

 五条の話題で刺激されたのか、彼女が滅茶苦茶愚痴を言いたそうにしていることを察し、直久はさっさと退散することにした。

 

 

 「さ、俺も帰るか。学長、後始末はお任せしますよ。俺関係ないし」

 

 「ちょっ、偶にはかわいい後輩を飲みに誘うとかないんですか?今日華金ですよ」

 

 「お前酒癖悪いじゃねぇか。それにもう土曜になってる。あんまし若くもないんだし、早く寝ないとお肌に悪いぞ?」

 

 「それは流石に禁句でしょうがッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大男を引き連れて夜道を歩く。帰る方向は同じだ。

 

 …男子寮で隣の部屋なのだ。いつまでも寝ているとモーニングコール代わりにノックされるものだから、俺は東堂を呼び寄せないようにするため常に5時前起床を強制されている。まあ朝の日課があるから別に不都合はないけど、軽いストレス発生源には違いない。

 

 それにしてもさっきから妙に静かだ。喋っても鬱陶しいし黙っていても不気味とは厄介な奴め。

 

 そんなことを思っていたら、東堂が唐突に口を開いた。

 

 

 「…俺も五条悟越えだ」

 

 「はぁ?」

 

 「俺が俺である限り、この世に不可能など有りはしない。…そうだな、兄弟?」

 

 

 そう言って、無駄にいいドヤ顔している馬鹿を見て、俺は何だかため息をつきたくなった。

 

 自分が何を言っているのかわかっていないわけではない。冗談でもなさそうだ。

 

 

 「……お前って、本当に馬鹿なんだな」

 

 「フッ、俺は天才であり馬鹿なんだ。だが悪くはないだろう?」

 

 

 現代呪術界に在って五条悟を越えるなどと嘯くやつは馬鹿でしかあり得ない。軽々しく口に出すことすら憚られることなのだ。

 

 

 …コイツ、本当に距離が近くてキモいし鬱陶しいし、暑苦しい見た目のくせに何か常に無駄にいいニオイしててムカつくし、テンション上がってきたらすぐ半裸になって本当にキモいけど……

 

 こういうところがあるから嫌いになれない。

 

 少しだけ頬が緩んでいるのを感じる。

 

 

 「…さぁな。そんなことより、また寝すぎて眠れねーからちょっと組み手付き合えよ」

  

 「明日は休日だ。終わったら取り溜めしてるドラマの上映会やるぞ。高田ちゃんがヒロインの奴」

 

 「ハァ、俺興味ねーって言ってんだろ。高田ちゃん上映会なら真依とでもやってろよ。アイツなんか最近ドハマリしてるみたいだぞ」

 

 「そうなのか?中々わかってる奴だな。じゃあアイツも呼んでいい」

 

 「いやだから…」

 

 

 




陽明が東堂との交渉材料として東堂が任務とかでどうしても行けない高田ちゃんイベントの限定グッズを蒐集する過程で、何か一人で行くのもアレだから真依を連れて行ったら予想外にドハマリしたとか多分そういう流れ。

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