呪術縁起   作:生乾きの服

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28.蠢く影

 

 

 呪術高専姉妹校交流会。東京と京都の二校の学生がこれまで磨いてきた呪術を競い合う年に一回の恒例行事だ。

 前年度の勝利校が開催する決まりとなっており、今年の開催校は京都。

 

 東京、京都のそれぞれの学長が提案した競技方法が1日ずつ2日かけて行われる決まりとなっているが、暗黙の了解として1日目は団体戦、2日目は個人戦が行われるのが通例。そしてその内容も準備などの関係で毎年似たような競技となっている。

 

 

 9月後半、3連休の初日。京都高専近傍、第2演習場の森にて1日目の競技が行われる。

 その日の早朝、鬱蒼とした森の中を歩いているとある学生の姿があった。競技開始前に演習場の森に異常が無いかどうかの見回りに駆り出されているのだ。

 

 高専が所有している土地ではあるが、偶に業者に手入れを依頼している程度で特に見張りも置いていない。一応高専組織に敵対する呪詛師の事も考慮して敷地を覆うように結界が張られている。そこに外部から干渉を受けた形跡が無いかどうかを確かめるのが今回の仕事、ほとんど散歩のようなものである。

 

 ただ森の中だけあって虫も多いし蜘蛛の巣もそこら中に張り巡らされているが、呪霊の生理的嫌悪感に比べたら気にするほどの事ではなかった。

 

 

 「あーだる…。何で折角の3連休なのに朝っぱらからこんな事しなきゃなんないのかしら」

 

 「まあいつもの人手不足ですからねー。一応バイト代も出るし私は結構乗り気ですけど。テキトーに散歩するだけでお金貰えるとか美味しすぎる」

 

 「…2級に上がって給料増えてんでしょ?もうそんなにセコセコ小銭稼がなくてよくなったんじゃないの?」

 

 「甘いですよ真依!確かに生活の余裕は出来ましたけどウチはまだ小さい弟が2人もいるんです!今の時代大学までちゃんと行かせるとなるとお金は幾らあっても足りなさすぎるってことを真依は知らないんですか!」

 

 

 知るかよ、と真依は思ったが、少しだけ真面目に考えてみて、自分が普通の学校について本当によく知らないことに気づいた。

 

 

 「あー言われてみれば意外と知らないわね。禪院(うち)って小卒すらいない低学歴の集まりだし」

 

 「…え?禪院の人達って学校行かないの?それって憲法的にどうなんですか?低学歴っていうか無学歴じゃん」

 

 「一応皆最低限の自宅学習はさせてるし呪術師だからセーフ(アウト)って当主は言ってるけど。まあ確かにちゃんと学校行ってたらあんな社会不適合者しかいない集団にはならなかったかもと考えると、多分わざと非術師の社会から分断して普通の感性を家に持ち込まないようにしてるんでしょうね」

 

 「そ、そーなんだ…」

 

 

 三輪は何か聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がしていた。

 

 呪術師が普通の神経ではやっていけないような職業であることはよく知っている。ただそうやって根本的な感性から呪術師に仕立て上げるような真似をしているところがあると考えたことはなかった。学校とは勉学だけでなく社会に適合するための常識や価値観、規範の観念を一様に揃えるための場でもあるのだから、そういう意味でも呪術師になるしか道がなくなってしまうのだ。

 

 禪院の人間にしてみれば非術師の社会でやっていく気などさらさらないと言うだろうが、そういう人間たちに囲まれて過ごしていれば嫌でもそういう思想になってしまうもの。術師と非術師の世界はそうやって意図的に分断されてきたのかもしれない。

 ある意味で社会に潜む闇を見た気がした。

 

 

 (そう考えると真依って割と常識とか社会性もある方なんだなぁ。隙あらば人のこと煽ってくるイイ性格してるけど。あ、そういえばお姉ちゃんがいるらしいけど真依と同じで面倒くさいのかな?)

 

 「何か失礼なこと考えてない?」

 

 「いやいやとんでもない!そ、そういえば真依のお姉ちゃんも今日来るんですよね!?どんな人なんですか?」

 

 「は?今日ってアイツも来るの?何で?意味わかんないんだけど」

 

 (あ、これ地雷踏んだ?)

 

 

 途端に不機嫌な雰囲気になった真依を見て、自分がやらかしてしまったことを察する三輪。

 真依はお姉ちゃんのことが大好きで仕方ないという話だったのに、何故。

 

 

 「い、いや、何か向こうに乙骨くんって特級術師が助っ人としてねじ込まれてるのが戦力的に不公平だからって言って陽明くんが無理矢理参加したもんで、また人数不利になった向こうが数合わせで他の1年を入れてくるって話で…」

 

 「ふーん、それで真希の奴が来るってわけ。…あの出しゃばりが、一体何考えてんのよ。どう考えても足手纏いにしかならないってのに、絶対他に適任がいたでしょ。雑魚の癖に活躍できるとでも思ってんの?それとも仕事なさすぎて暇なのがアイツだけだったのかしら」

 

 

 突然とめどなく溢れてきた罵倒の言葉に、三輪は若干引いていた。

 

 

 「…なんか随分と辛辣ですね。もしかして普通に仲悪い…?」

 

 「少なくともアンタんとこの姉弟よりは悪いんじゃない?知らないけど」

 

 (当て擦られたし…)

 

 

 少し話題に出しただけでこの過剰反応。確かに単に嫌っているだけだと考えるのも違う気がするが、大好きで仕方ないという見方はひねくれ過ぎだと三輪は思った。そしてその噂の出処は陽明、さらに真依の双子の姉が京都に来るという情報を自分にリークしたのも彼。つまり自分は嵌められたのだ。

 

 

 そうして三輪が面倒くさいモードに入った真依から少し距離を取って歩いていると。

 

 

 カン、カン!

 カン、カン!

 

 

 「…?」

 

 

 突然前方から何か金属を叩くような音が断続的に聞こえてきた。

 誰かがいるのかと思い少し警戒しながら音の方へ近づいていくと、三輪は木陰に人がいることに気がついた。

 

 

 「あ、いた。諸悪の根源」

 

 

 そこには地面に手を当てるような態勢をとっている陽明の姿があった。

 人の気配には敏感な彼だがまだこちらの存在に気づいている様子はない。長く伸びた雑草でよく見えないが、何かを叩く作業に集中しているようだ。

 

 

 「って、何でいるんですか。競技開始前の参加者の立ち入りは禁止ですよ」 

 

 「…ん?ああ、お前らか。見回りご苦労さん」

 

 

 三輪に声を掛けられて陽明がようやく気づく。

 彼の手元を見てみると、何か黒い杭のようなものをハンマーで地面に打ち付けている最中のようだった。

 

 その場の女子二人は呆然としてしまった。競技開始前にフィールドに細工している、つまり完全に不正行為に及んでいるのだから。

 

 

 「いやご苦労さんじゃないでしょうが。何堂々と不正してんのよアンタは」

 

 「私は陽明くんってそういうことする人だと思ってましたよ!ということで早速先生にチクりますね~!」

 

 

 三輪はウキウキしながら素早くスマホで写真を取った後、連絡先画面を開いていた。日頃の鬱憤を晴らすチャンスだ。

 こうやって思考してすぐ行動に移せるのは日頃の訓練の賜物である。

 

 

 「待て、もしそのスマホが大事ならしまっとけよ。俺に叩き割られる前にな」

 

 「(ズルしてる癖にえらそーだなー)…じゃこの後直接報告します」

 

 「悪い、そう来るってんなら今日一日この森の中で眠っていてもらうことになるわ」

 

 「ちょっ、必死過ぎるでしょ!」

 

 

 陽明が面倒くさそうに影から棒切れを取り出す様子を見て三輪は慌てふためいた。

 この男、端っから目撃者がいたら消せばいいかと思って不正に及んでいる。完全に堅気の思考ではない。

 

 しかしどうやら彼は真面目に不正を働いているらしかった。

 気になった真依が問いかける。

 

 

 「で、何でそこまでする必要があんのよ。たかが交流会といっても対外的には正規の演習よ?バレたらそれなりに厳しい処罰が下ると思うけど」

 

 「はー、説明要るの?何年俺の秘書やってんだお前は」

 

 「精々半年くらいでしょうがこの馬鹿」

 

 

 不正している分際でいつも通り偉そうな態度に真依はイラッとした。

 勿体ぶってないで早く言えと。

 

 

 「はいはい。向こうには特級術師の乙骨がいるだろ?世間様は祈本里香にばかり注目してるけど、乙骨自身もとんでもない才能の持ち主だ。なんせ完全素人の状態で入学してからこのごく短期間で里香抜きの実力でも準一級レベルに成長してるわけだから。ぶっちゃけ三輪とか素で追い抜かれてるからな」

 

 「えぇ、本当ですか。はぁ…、でもこればっかりは才能だから仕方ないかぁ」

 

 「……」

 

 

 もっと頑張れと発破をかけるつもりで言ったのだが、三輪が全然気にしてないしどうでもよさそうにするので陽明は何となく脱力してしまった。

 

 

 「…そこに里香という怪物が加わるとなると正直俺には手に負えない可能性が高い。さらにクソなことに向こうの2年の秤金次は準1級術師なのに戦闘力は1級以上な実力詐欺師という噂だ。対するこっちの主戦力の東堂は乙骨とのタイマンを所望していて全く連携するつもりがないボケナス野郎、十中八九負ける。ということで、普通にやっても勝てないのでじゃあもうズルするしかねぇよなって感じなのである」

 

 「へー、意外と弱気なんですね」

 

 「彼我の戦力差を正確に見積もってるだけだ。俺からしたらこんだけして五分な時点で向こうの方がズルいし、俺にズルさせる方が悪い。そしていいか、バレなきゃ犯罪じゃないんだ。お前らが見なかったことにすれば何も問題なし。だから全力で見逃せ」

 

 (うーん、よくもまあいけしゃあしゃあと。このメンタリティは間違いなく半分呪詛師ですね)

 

 

 色々理由を付けながら最終的に相手が悪いと言い切るクズさ加減に三輪は呆れるしかなかった。

 

 

 

 「……」

 

 

 真依は目を細めた。彼は自分が乙骨に及ばないと認めているのだ。実に潔く。

 

 陽明が自分の限界を察しているのだということは知っていた。東京から帰ってきた後、詳細は伏せられたが特級呪霊に敗れ、五条悟に尻拭いしてもらったのだと彼自身の口から聞いている。

 

 

 「私が聞いてんのは何でそこまでして勝ちたいのかってことなんだけど。交流会で活躍したら昇級が近づくなんて話もあるけど、もう既に1級のアンタにとってはほとんど無駄なお遊びみたいなもんでしょ?」

 

 

 東堂のように強敵と戦いたいと言うと思っていた。

 ただ勝つことに一体何の意味があるのか。

 

 陽明は小さく笑みを漏らし、真依の肩をひとつ叩いた。

 

 

 「…少なくともここで特級を下すことは無駄じゃない。わかりやすい指標だし、箔がついて禪院の奴らに実力を認めさせられるだろ?狡い手だってことはわかってるけど、今やれることをやっておきたい」

 

 「っ…」

 

 

 真依の口から小さく声が漏れる。

 そして唇を軽く噛んだだけで何かを言うことはなかった。

 

 彼女が納得したものだと受け取り、陽明は二人に背を向けた。

 

 

 「まあ他にも理由はあるけどな。じゃ、俺は作業に戻る。あと15箇所も設置しなきゃなんないし時間ねーんだわ」

 

 「…一応チクりはしませんけど、見回り中の補助監督さんに見つかっても知りませんからね」

 

 

 三輪の言葉を聞いて、その場を去ろうとしていた陽明がピタリと動きを止め、振り返った。

 周りを警戒せず作業に熱中していたのには理由があるからだ。

 

 

 「あのな、補助監督はとっくに巡回終えて森を出てるぞ。残ってるのはお前らだけだ。ついでに言っとくとこの後競技のための呪霊が放たれる予定だからお前らもとっとと出ておけよ」

 

 「え、じゃあ今ってもしかして時間外?残業代でますかね」

 

 「知らねーよ…。おっと、マジで急がねぇと」

 

 

 すぐに陽明は慌てた様子になり、今度は振り返らず駆けていく。

 

 去っていく彼の後ろ姿を見ながら三輪は大きく背伸びをした。

 

 

 「相変わらず忙しない人ですね。さ、私達も行きましょ」

 

 「…ええ」

 

 

 

 

 

 真依はすぐに着いて行かず、少しだけ歩いて立ち止まった。

 

 

 「はぁ…」

 

 

 彼女がため息と共に物思いに耽る理由は、先程の陽明の言葉にあった。

 

 

 彼が五条悟を目指していることは知っている。禪院の現当主を今すぐに退かせるためには少なくともそれに準ずるレベルの実力が求められる。半ば必要に迫られてそんな途方もない目標を立てているのだろう。

 

 いずれにしても馬鹿なことを考えていると思うし、夢を見すぎだとも思う。そう思っているのにそんな夢物語のような話に自分も乗っかっているのは、そうしたとしても自分は何の不利益を被ることもないからであって、本当に心の底から彼の言葉を信じているからではない。

 

 ただ、陽明は最近少し変わった。この間東京から帰ってきてから、どことなく以前のような我武者羅さが失せたような感じがあった。

 先程彼は自分の実力に自信がないと隠すことなく言った。そして今、真っ向からフェアな勝負をせずに見せかけだけの勝利を得ようとしている。

 

 飄々と振る舞ってはいるがその裏には弱気と卑屈さがあるのだ。表面上は変わらずひたむきに努力しているように見えて、内心の諦めが滲みつつあるのではないのかと思う。

 

 

 (それが普通なのよ。誰にだって限界があるのは当然なんだから、こっちはそんなの元々折り込み済み。…なのにあの馬鹿はまだ折れてない)

 

 

 子供みたいだ。半分諦めている癖に、そんな自分は認められないといって駄々を捏ねている。何時までも届かない夢を見て、無駄に足掻いている。そういうところが()()と重なって嫌になる。

 

 でもやっぱりわからない。多分自分のためでも他人のためでもない。

 彼は一体何のためにそんなに頑張っているのか。

 

 そんな事を考えながら、真依は自分の左肩をそっと撫でた。

 

 

 「…手、意外と冷たいのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 関東の山間にとある施設が存在する。

 かつて解体された宗教法人『盤星教』の後継団体の一つ、『星の子の集い』、その本部。

 

 不死の術師である天元を信仰対象とする旧盤星教の理念を秘密裏に受け継ぎ、かつ彼に近づくために自らの存在を昇華させることを目的とした教義を持っている非術師の団体だが、教祖には術師である夏油傑を抱えていた。

 

 呪術という現実に存在する奇跡は非術師にとって甘い毒だ。彼が呪術で小さな奇跡を起こして信者を魅了する。そして定められている戒律や修行の必要性を説きつつ団体に帰属意識を植え付ける。その繰り返しだけでこの宗教団体は近年目覚ましい発展を遂げてきた。

 

 呪術界に目を付けられないように呪術の秘匿を破るか破らないか、似非か本物かというギリギリのラインで呪術を振る舞い、言葉巧みに信者の思考を誘導する様は、まるで教祖になるために生まれてきたと言っていいほど見事なものだった。

 

 表向き組織を管理している非術師の幹部たちにとって、夏油は非常に都合がいい存在だった。理知的で狡猾な面や人を惹きつけるカリスマを持ちながら、金や名誉に対する欲は表に出さない。ただ組織を拡大し、人を集めることにのみ重きを置いており、その範疇であれば人も金も好きなように使うことを許容していた。

 

 人が集まれば金も集まり、各方面への影響力も強くなる。金とコネを集めていずれは政治の世界へ、という夢にも実現可能性が出てきた頃。

 

 

 教団幹部の執務室で作業していた深田という男のもとに、夏油が突然訪れて信じられないような言葉を吐いた。

 

 

 「は、今なんと…?」

 

 

 小太りの中年の男の言葉に、夏油は面倒くさそうにしながら繰り返した。

 

 

 「だーかーら、もうこの教団は潰すことにしたからって話だよ」

 

 

 男は呆然として動きを止めていた。

 

 理解ができない。脳が理解することを拒んでいる。

 折角人と金の集約が軌道に乗ってきてこれからだという時に、なぜ潰す。

 

 思考停止していた脳を再起動させ、必死に理由を考える。そして思いつく。

 

 

 「ま、まさか、呪術界に貴方の存在がバレたのですか!?」

 

 「そんなところかな。いやぁ優秀な部下が察知してくれたお陰で助かったよ。危うく用意なしで悟の相手をしないといけなくなるところだった。流石にもう見逃してはくれないだろうしね」

 

 

 最悪の予想が当たってしまったことに男は愕然とする。

 

 組織の運営の一端を任されているため非術師ながら呪術界のことは少しだけ知らされている。夏油が呪詛師という犯罪者であり、呪術界から追われる身であること。深田は組織のため、彼を呪術界から匿うために細心の注意を払って来た。

 

 居所を掴まれてしまった以上、夏油はここを去らなければならないだろう。

 つまり夏油が呪術という奇跡を使うことで齎されてきた組織の成長はここで終わってしまったのだ。

 

 

 「し、しかし、何も潰さずとも良いでしょう!貴方がいなくなれば信者の獲得は難しくなるでしょうが、維持くらいはできます!ほとぼりが冷めるまで身を隠してそれから…」

 

 「ああ、君は知らないんだったね。私がここを使って行っていたのは人と金と一緒に呪いを集めることだけど、ついでに要らなくなった非術師を間引いたりもしてたんだよ」

 

 「…は?」

 

 

 夏油は何でもないことのように言ったが、男は聞き流すことが出来なかった。

 彼は今異常なことを口走った。

 

 

 「一応丁寧に隠してたつもりなんだけど、それもバレてしまったみたいなんだ。まあ自分たちでわざわざ畳まずとも外圧で潰されることになると思うよ。前科があるからね。ただ回収出来るものはしておきたいし後片付けを…ん?どうかした?」

 

 

 本気で理解できなかった。

 間引く?非術師とは人だ。人を間引くとは、まさか殺したのか?教団の人間を?

 

 

 「な、何を言ってるんだアンタは!?」

 

 

 男が幹部になってからまだ3年ほど。幹部に昇格出来たのは自分の努力が実ったためだと信じて疑っていなかった。

 幹部の椅子が空席になった理由など露ほども考えなかった。幸か不幸か、自分の欲望にだけ囚われた能天気な思考回路だったからこそある程度長続きしたのだが。

 

 

 「ハァ…、まだ解らないかな。君はもう用済みだと言っているんだよ。私がここに来たのは後始末をするためさ。こんなこと”家族”に任せるのは申し訳ないからね」

 

 

 夏油がそう言うや否や、男は途端に身動きが取れなくなったことに気づいた。

 

 ”窓”ですらない非術師には今何が起こっているのか知る権利すらない。

 それでもこれから自分がどうなるのか予想はつく。

 

 

 「私を殺すのか!?何故だ!!我々はこれまでうまくやって来たはずだろう!!」

 

 

 夏油の手足となって働き、尽くしてきた。その分()()()美味しい思いはさせてもらったが、表に出せないような薄汚いことも沢山やった。

 それを突然何の謂れもなく殺されるなんて納得できない。出来るわけがない。

 

 男の心魂からの叫びに、夏油は不思議そうな顔を返した。

 

 

 「何故って…?うーん、非術師(さる)を間引くことに理由なんていらないからなぁ」

 

 

 強いて理由を挙げるとすれば、汚いからだろうか。

 そう言って夏油は男に対する興味を失った。

 

 部屋から出た後も口汚い罵り声が聞こえてきていたが、すぐに聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 「あー鬱陶しい。強者に縋ることしか出来ない能無しが罵倒の語彙だけは一丁前だな。これまで散々いい思いをさせてやってきたというのに面の皮の厚い…」

 

 

 夏油が独り言を口の中で呟きながらエントランスまで歩いてくると、出口で控えていた秘書役の部下、菅田真奈美という名の女が付き従った。

 

 

 「おっしゃる通りですね。彼らはただ只管に醜くて薄汚い、滅ぶのが至極当然の劣等種なのだとつくづく感じます」

 

 

 どうやら独り言が聞こえていたらしいが、問題ない。

 

 彼女は先程の非術師(さる)とは違う、夏油の()()

 非術師を鏖殺するという大義に同調する同志の言葉に、夏油は満足そうに頷いた。

 

 

 「バイ菌と同じだよ。弱くて害悪なものに限って矢鱈と増えて、数の力で強者面する。だからさっさと世の中を消毒してあげないといけない」

 

 「ええ全く。…ところで、ここに集まっている信者達は処分しなくても良いのですか?」

 

 

 夏油が非術師を忌み嫌っていることはよく知っている。当然そうするものと思い尋ねた。

 

 菅田の言葉を聞き、夏油は少しだけ渋い顔をした。

 

 

 「本当はそうする予定だったんだけどね。今も高専のスパイが紛れ込んでいるんだろう?彼の仕事を増やすのも忍びないし、今回は幹部連中だけに留めておくよ。高専の術師まで殺したいわけじゃないんだ」

 

 「優しいのですね、夏油様」

 

 「いや、これは単なる甘さだ。大義のためには捨て去らなければならないし、その時も近い」

 

 「…というと、遂にですか?」

 

 「ああ、予定を早めよう。…今日は確か姉妹校交流会、都合よく悟の周りに人が集まっている。挨拶するには丁度いいかな」

 

 

 周囲に身内がいる状況では、五条悟は満足に戦う事ができない。この状況を利用し、予てより計画していた戦いの宣戦布告をする。

 すなわち国家転覆、及び非術師鏖殺のための戦いの予告を高専、主に五条悟に伝える。

 

 自陣営の根本的な戦力不足を補うための一手がつい最近見つかった。これから実行することになるのは()()を掠め取るための作戦だ。

 

 

 「…しかし夏油様本人が五条悟の前に出る危険を冒さずとも、声明文を送りつけるだけで済むのでは?」

 

 「やる気のほどは直接会わないと伝わらないよ。実際にはただのハッタリだとしても、こちらには既に革命を起こす用意があるのだと欠片でも思い込ませることが重要だ」

 

 「なるほど」

 

 「ただ元々の予定よりもリスクが高い行動になることは確かだ。京都には私だけで向かうから、他の家族たちには各々準備を進めておくように言ってくれ」

 

 「わかりました。では”家族”達、各地の構成員に蜂起の準備を進めるように通達します。日時は如何致しますか?」

 

 

 現在は9月の後半に差し掛かったばかり。予定より少し早い段階で計画を実行することになる。

 

 理想は世間が浮ついたお祭りムードになるようなイベント事が重なっていること。高専側を街中に繰り出そうとする非術師の保護に集中させる。注意しなくてはならないのは、犠牲を広げ過ぎないこと。犠牲が大きくなれば向こうも後には引けなくなるし、なりふり構わず来られて不利になるのはこちらだ。目的はあくまで陽動であり、味方が深追いされる危険は避けなければならない。だから準備期間をある程度設けることで非術師の保護自体は成功させてやる。

 

 そして今回、最大の障害である五条悟に印象付けなければならない。直接会って、とにかく大仰に、気狂いのように、もう昔の自分とは違うのだと。彼に考えを読まれないようにするために。

 

 ここまでしてようやく台風の目である少年への意識が逸れることになる。乙骨憂太は現在の呪術界にとって最も大きい爆弾なのだ。

 

 

 スパイが入り込んでから恐らくはまだ日が浅く、戦力の分析までは出来ていないはず。

 ハッタリが効くタイミングは今しかない。

 

 

 「そうだな、本当はクリスマスあたりが混沌としてて都合が良かったんだけど。それじゃあ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏油が呪霊の背に乗って飛び去っていく様を、その男は施設の屋上で密かに見守っていた。

 

 予定通り、夏油傑は高専に宣戦布告を行いに向かった。組織の情報が流出しているということを知った直後の行動、やはり彼も相応に焦っているということがわかる。

 

 自身の動きが高専に掴まれることがないように細心の注意を払ってきたにも関わらず、流出した。

 情報が漏れたルートや範囲、流出させた人物やその目的が何もわかっていない以上、これまでと同じように行動を続けることはできない。全ての拠点や団体、人員が把握されているという可能性に目を向けなければならないのだ。

 

 故にこのタイミングで祈本里香を獲りにいく。このような状況になるように仕組んだ人物がいるということも知らず。

 

 

 

 屋上への階段を上ってくる足音がする。特に警戒することはないが、油断することもない。

 ”彼”はある日突然自分の前に現れた新たな脅威であるが、今のところ敵対する様子はなく、それどころか協力する姿勢を見せている。

 

 

 扉を開けて現れたのは一人の女。

 男は初対面のはずのその女に向かって親しげに話しかけた。

 

 

 「やあ、お疲れ。彼は気づかなかったんだね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのに。いやはや全く悍ましい術だ」

 

 

 それは先程まで夏油傑と会話していた彼の同志であり”家族”、菅田真奈美という名の女だった。

 

 しかし男は目の前の女が偽物であるということを知っている。夏油に高専のスパイの存在を知らせたのがこの女だということも。五条悟が京都に向かうタイミングで夏油が動き出すように誘導・調整するためだということも。

 そうまでして表の”彼”と接触させたいのだろう。

 

 ()()()姿()()()()()()()は男の言葉に対して無表情のまま応えた。

 

 

 「それは他人の死体を利用して成り代わっている貴様が言うことか?」

 

 「純粋に褒めてるんだよ。本物は知らないけど、一見して本物にしか見えないのだろう。彼ほどの術師が識別できないってことは外見だけじゃなく呪力も本物同様だってことだ。一体どうやってるんだい?降霊術の類い?」

 

 「…ここに在るのはただ本物を模倣しているだけの式神だ。六眼があれば容易に見破られる。或いは結界術に長けている貴様なら違和感くらいは感じ取れるはずだぞ」

 

 「式神…?ああ、確かに言われてみれば何か変だな」

 

 

 ”彼”の言葉を聞きつつ、男は好奇心の赴くまま式神の体を舐めるように観察した。

 

 

 「ふーん、やっぱり基礎設計としては十種の式神が近いのかな?身体の形成だけでなく呪力の自己補完も出来ている。ご丁寧に非術師からも見えるように細工してるね。多分”帳”や霊視眼鏡なんかの視覚効果の応用…違和感の正体はこれか。あっそうだ、本物は生きてるの?」

 

 「当然死んでいる。取り込んだ魂の情報を元に再現しているのだから」

 

 「情報、ねぇ。何となく君の術式の本質が掴めてきたよ」

 

 

 その式神は情報を隠そうとしなかった。術式開示による精度向上を見込んでいるためであり、男に自分の術式の情報が漏れることに何の危機感も持っていないからでもあった。

 大した自信だが、その自信に見合うだけの性能は持っている。

 

 

 「まあ品評はこのくらいにしとこうか。それじゃもう一度尋ねさせて貰うけど、君の本来の力が解放されれば五条悟を無力化することが出来る、ということで間違いないかい?」

 

 「解放すること自体に如何ともし難い障害が控えているがな。可能性は五分、故に貴様は俺にとっての保険。『獄門彊』を持っているのだろう?精神的な隙を作るために学生時代の親友である夏油傑の肉体を使うというのは悪くない考えだ。呪霊操術も何かと便利で都合がいいが…」

 

 

 平安時代の僧、源信の成れの果て。特級呪物『獄門彊』を持っている事実も、その能力を開示した覚えもない。夏油傑の肉体を狙っているという情報だけであの呪物を使うつもりだと類推したのだろう。

 

 

 「…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして君にとっても五条悟は邪魔なんだということが良くわかったよ。計画の成功率が上がるのは私も望むところだ。私達は上手くやっていけると思うけど、やっぱり同盟のために縛りを結ぶつもりはないのかい?」

 

 「くどい。貴様のような気色の悪い脳みそと呪術的契約を結ぶ選択肢などない。貴様なんぞに唆されて呪物となった奴らは全員頭がおかしいんだろうな」

 

 「ああそう…。全くよく言うよ、君も私と似たようなもんだろうに」

 

 

 男としては同盟の縛りでも結んで仲良くやっていきたかったのだが、今のように素気なく拒否されている。現在は利害の一致による協力関係にあるが、いずれ敵対する意思があると考えて間違いないだろう。

 例え五条悟が何とかなったとしても同等の脅威が増えては全く意味がない。男はこの新たな脅威への対策を考える必要に迫られている。寧ろ肉体の寿命に縛られない可能性が高い分五条悟よりも厄介かもしれなかった。

 

 

 

 女の姿をした式神は今後の計画について一言二言話した後、階下へ降りていった。どうやら菅田真奈美として果たすべき役割がまだ残っているらしい。

 

 厄介な存在がいなくなり、男は再び一人思索を巡らせた。

 

 

 (そう。厄介極まりない脅威ではあるが……面白い)

 

 

 完全に自律している式神。今会話していたアレは恐らく最初の邂逅の前後で切り離されたのだろう。既に本体から独立して稼働しており、例え本体が死んだとしても自律稼働し続けるのだと考えられる。

 単体としてみてみれば、術式が呪力を持って自らを形成し、言葉を話し、考え、また術式の行使を可能にしている、そんな不可思議な循環が織りなす現象であるという結論に至る。

 

 魂の再現、人の器を必要としない受肉、もはや人でも呪霊でもない存在。彼の能力を最大限に活用して生まれる世界は一体どんなものになるのだろうか、興味は尽きない。

 

 

 「…それはそれとして保険は必要か。やはり宿儺の復活、割と真剣に検討する必要がありそうだ」

 

 

 






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