呪術縁起   作:生乾きの服

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久々の投稿、書き溜めあり

…呪術廻戦、もうすぐ終わるんだな


29.交流会①

 

 

 「ここが京都校かぁ…」

 

 

 乙骨憂太は集合場所への道を辿りながらしきりに辺りの建物へと目を向けていた。

 趣のある木造校舎たちの間に寺社仏閣が立ち並ぶ見覚えのある風景。ただ自分たちの学び舎より少し疎らな感じがする。

 

 と、不意に後ろから長棒で小突かれた。

 

 

 「キョロキョロしてないでさっさと歩けよ。何がそんなに珍しいんだ」

 

 「あ、ごめん真希さん。なんか東京校に比べて全体的に建物の数とか少ないような気がしてさ」

 

 「はぁ?どーでもいいだろそんなこと。京都校の方がビンボーなんだろ」

 

 

 真希のつれない反応に乙骨が残念そうにしていると、後ろから声が飛んでくる。

 女顔の2年男子、星綺羅羅だった。

 

 

 「逆じゃない?東京校のお寺とかお社とかは全部天元様の結界による偽物だけどね、こっちの建物は全部本物なんだよ」

 

 「え、そうなんですか?だとしたらこんな数、一体なんのために建てたんですかね。住職さんがいるわけでもないだろうし…」

 

 「多分上層部のお偉方が見栄のためだけに建てたんだろうね。何で呪術の聖地である京都の方が東京より質素なんだーって。まあそれでも数は東京より少ないわけだけど」

 

 「うーん、それはそれで凄いなぁ」

 

 

 東京校に立ち並ぶ数多の寺社仏閣には、呪物や呪具が保管されている忌庫、そして天元の住まう薨星宮へと繋がる道を隠す役割がある。

 一応京都校にも忌庫は存在するが、東京校のそれよりは危険度、重要度が圧倒的に低い呪物しか保管されておらず隠す必要性が薄い。すなわち綺羅羅の言う通り、上層部の一部の人間が歴史ある京都という土地の見栄えを良くしようとした結果である。

 

 綺羅羅の隣を歩いていた秤がペッと唾を吐き捨てる。

 

 

 「けっ。例え本物だろうが無駄で無意味なモンなんてハリボテと変わんねぇだろ。クソみてーなプライドだけ肥大させやがって、保守派なんてくだらねー奴しかいねぇよ」

 

 「昇級についての話、取り敢えず今回京都の学長あたりに言ってみたら?」

 

 「勿論そのつもりだぜ。そんでもって舐めたこと抜かしやがったらぶん殴ってやる」

 

 「流石にそれはやめときな…。退学になるよ」

 

 

 綺羅羅が諫めるが、実際秤はやるつもりだった。

 

 京都校の東堂より少し前に1級術師に推薦され、任務でしっかり実績を上げているにも関わらず未だに昇級できていない。

 昇級の決定に関与する上層部が京都校を贔屓しているのか、それともこちらに対して嫌がらせをしているのかをはっきりさせないといけないと秤は考えていた。

 

 

 

 「……」

 

 

 その会話を真希は拳を握りしめながら聞いていた。

 

 彼女も既に2級術師ほどの技量がありながら4級術師に留まっている人間だった。しかし秤とは違い、彼女自身はそれを特に不当な評価だとは考えていなかった。

 

 呪いを視る特殊な眼鏡、最初から呪いの籠もっている呪具、それらがなければ雑魚呪霊ですら祓うことが出来ない。呪いに対する耐性も持たない。ただ身体能力がずば抜けて高いだけで、本来は非術師として扱われるべき人間。それが自分だということをわきまえている。

 

 それでも術師であることに拘るのなら。他の皆と同じように評価されないなら、評価せざるを得ないくらいに強くなる必要がある。

 しかし呪力も術式もない自分が強くなるためにはより強い呪具が要る。呪具を買う金が要る。大金を得るためにはとにかく昇級しなくてはならない。堂々巡りだ。

 

 

 (…だから交流会は私にとって千載一遇のチャンスなんだ。1年だし、今年は無理だと思ってたけど機会が巡ってきた。出来るだけ活躍しねぇと…)

 

 

 真希は一人決意を新たにする。コツコツと、やるべきことを地道にやっていかないといけない。

 

 

 そして黙って歯を食いしばる彼女のことを、いつの間にか隣を歩いていた乙骨が心配そうに見ていた。

 

 

 (真希さん、やっぱり最近なんか思い詰めてるよな…)

 

 

 原因の心当たりはある。この間東京校に禪院陽明という少年が来てからだ。

 二人の共通項は禪院であるということ。乙骨は禪院家についての詳しい事情は知らない。ただ色々と厄介な家だということは人づてに聞いている。

 

 彼が真希に対して何か言ったせいでこうなっているのなら、自分はそれが何かを知りたいと乙骨は思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM12:05、集合場所の課外棟前に、東京・京都の両校の学生と教員が集まった。

 京都校の面々は東京校の学生が到着した時点でプレッシャーを感じていた。

 

 

 「…アレが乙骨憂太」

 

 

 加茂がゴクリと喉を鳴らす。

 

 一見してただの細身の少年に隠されている強大な力を感じ取ったのだ。

 祈本里香の姿は見えないが、内包される膨大な呪力による存在感は隠しきれていない。

 

 相対しているだけで冷や汗が出るレベルだ。恐らく東京校の面々は彼の近くに居すぎて感覚が麻痺しているのだろう。

 

 

 「うわ、呪力やば…」

 

 

 京都の2年、西宮桃が相棒の箒を抱きしめる。

 

 特級クラスの怨霊に取り憑かれているだけの人間だという噂だったのが、見れば彼自身も相当な量の呪力を纏っている。里香が出てこないとしても勝てるかどうかわからないのに、彼を刺激すればするほど里香が出てくる危険性が高まるのだ。いつ爆発するかわからない爆弾。

 

 一言で言えば存在がズルい。マトモに相手したら負けるのでどうにかして時間一杯遊んでいて貰うのが賢明、というかそれしか勝ち筋がないように思えるのだが…。

 

 西宮はチラッと隣の方を流し見た。

 

 

 「フッ、相手にとって不足はないな。乙骨憂太とは俺がヤる」

 

 (げぇ、いや知ってたけどさ…)

 

 

 東堂が腕組みしてニヤケ面をしていた。呪力を無駄に放って負けじと存在感をアピールしている。何かピンク色のフェロモンを放出しているように見えてきて正直気色が悪かった。

 

 こいつは強敵と戦うことを至上の喜びとしている変態だから確実に乙骨にちょっかいを掛ける。協調性皆無人間の東堂がやると決めた時点でその行動を止めることは出来ないのだ。

 東堂が相当な実力者であることは知っているが乙骨に勝てるビジョンが見えない。折角の主力なのに役に立たないどころか無駄に虎の尾を踏む可能性しかない。

 

 

 (はぁ、考えても仕方ないか。もうどーにでもなーれ)

 

 

 どうしようもないことは早めに諦めるに限る。早く終わらせてカワイイ後輩達と戯れたい。

 西宮は東堂が同級生になった時点で色々と諦めていた。

 

 

 

 特級の存在感に呑まれている上級生たちを他所に、陽明もまた乙骨を見て目を細めていた。

 

 

 (この前より呪力量が増してるな)

 

 

 目視でわかる範囲でも身に纏っている呪力量が記憶より多い。

 やはり里香との繋がりを深めれば深めるほど乙骨に還元される呪力量も多くなるに違いない。

 

 彼が困難に直面すればするほど無意識的に里香の力を求めることになる。他の一年ではなく乙骨が交流会に参加することになったのも彼の成長を狙って五条悟がねじ込んできたためだろう。

 

 早く一人前に育て上げて使えるものは使いたい。一教師の考えとしては打算的過ぎるものの、万年人手不足の呪術界の現状を鑑みれば理に適っている作戦ではある。自分たちが踏み台として扱われていることは気に入らないが。

 

 少しだけ首を傾けて後ろを見やると、五条悟が夜蛾と共に京都の学長たちに絡みに行ってる姿が目に入った。

 

 

 

 

 

 「ご無沙汰しております、楽巌寺学長」

 

 「やあやあ、楽巌寺学長に歌姫、しばらく振りだねぇ。一体いつ以来?一昨年とかだっけ?危うく顔忘れちゃうところだったよ」

 

 「…遠路遥々ご苦労だったな、夜蛾」

 

 「……」

 

 

 楽巌寺と歌姫は五条を視界から除外していた。反応したら負けだと思っているのだ。

 ちなみに最後に会ったのはつい最近、8月頭。交流会の打ち合わせのために夜蛾と一緒に京都に来たときだ。

 

 気さくな挨拶を無視された五条だったが特に不貞腐れることもなく京都の教員たちから目線を外した。

 

 

 「ま、いいや。ていうか恵、まだこっちにいたんだね」

 

 

 京都勢に混じっていた黒髪の少年の肩を叩く。

 伏黒が五条の気を引いている内に、楽巌寺たちは夜蛾と一緒にそそくさと五条から離れていった。

 

 

 「(俺を囮にすんなよ)まあ…。あの人に交流会を見学するようにって強制されたんで」

 

 「へぇ、恵が人の言う事素直に聞くなんて、明日は雪かな?」

 

 「…別に、俺は自分が納得出来る理由があれば誰の言う事でも聞きますよ。現にアンタの指示だって聞いてこの場所に来たでしょうが」

 

 「ということは、ようやくちゃんと呪術師としてやっていく決心が付いたってことでいいんだね」

 

 「ハァ、今更言いますか、それ。…まあ、前と比べたらちょっとはやる気ありますけど」

 

 「おっ、言質取ったよ。じゃあこれからビシバシしごいて…」

 

 

 五条にガシガシと頭を揉まれ、伏黒は鬱陶しそうに手を払い除けた。

 

 

 (あれ?)

 

 

 そこで五条が違和感に気付く。前に会ったときと何か少し違う。

 目隠しを少しずらして上から下までジロジロと眺める。六眼で直に見てみても特に異常はない。

 

 それから10秒くらい無言で観察してみて、ようやく違和感の正体に気付いた。

 

 

 「恵さ、前よりちょっとゴツくなってない?首まわりとか特に」

 

 「…気の所為ですよ、多分」

 

 

 

 

 

 

 教員たち(五条抜き)の最終打ち合わせが済んだところで、交流会の競技ルール説明がなされた。

 

 例年通り、一日目は団体戦。特定の呪霊を祓ったチームにポイントが入り、ポイント数が多いチームの勝利となる。相手校の妨害有り。殺し、再起不能となる怪我を負わせる以外は何をしても良い。

 ただいつもと少しだけ違うのは、参加する術師にも等級に応じたポイントが付与されているということだ。

 つまり学生同士の戦闘が主目的として推奨されている。これは五条が考えて夜蛾に提案したルールだった。

 

 歌姫が渋面を作りながらルールの書かれた紙を読み上げていると、何か言うことがあるのか五条が前に出てきた。

 

 

 「はーい、ここで特別ルールとして、京都校チームはウチの乙骨憂太くんを倒せば勝ちってことにしまーす。ということで憂太はやられないように頑張ってね」

 

 「えっ」

 

 

 声を上げたのは急に名前を呼ばれた乙骨だった。

 そして五条の放った言葉を理解し、彼は瞬く間に顔を青くした。

 

 周囲から一斉に視線が集まるのを感じる。

 

 

 (なんで??!それじゃ皆僕のこと狙ってきちゃうじゃん!!)

 

 

 唐突に酷い無茶振りをされ、思わず隣にいる真希に縋るような目を向ける。しかし彼女は少し肩を竦めてため息をついただけだった。秤や綺羅羅など先輩達を見ても同じような反応。

 そして頼みの綱であって欲しかった夜蛾はサングラスを直しただけで特に五条を咎める様子がない。つまり彼も了承済みということである。

 

 

 「何よそれ無茶苦茶じゃない!」

 

 

 乾いた笑いが出かかっていた乙骨に助け舟を出したのは常識人枠である歌姫だった。

 

 乙骨を助けたというよりは、一人の学生を特別扱いして吊るし上げるような真似が気に食わなかった。呪術師としての本分である呪霊を祓う能力を競うという趣旨を完全に蔑ろにされていることもある。あと自分の生徒たちが舐められているみたいでムカつく。

 

 

 「何って、術師の等級に応じてポイント貰えるってルールにしちゃったわけだし特級ならこれくらいが適当でしょ。一応ハンデって奴だよ」

 

 「ハンデって、アンタねぇ!」

 

 「ていうかそっち有利なルールなんだし別に良くない?まあどっちにしても僕の生徒が勝つから関係ないんだけど」

 

 「くっ、この…!」

 

 

 彼女はそれを挑発と受け取って文句を言おうとしたが、踏みとどまった。目の前の目隠し野郎が割と正しいことを言っていることに気付いたのだ。

 

 交流会はただの学生同士のお遊びではなく彼らの将来に関わる。相変わらず人のことを舐め腐っている馬鹿目隠しの態度は気に食わないが、個人的な感情や意見は抜きにして少しでも自分の生徒が有利になるように計らうべきなのではないか。

 五条悟はムカつくが、ここは教師として合理的に立ち回るべき場面だろう。五条悟はムカつくが。

 

 

 「…もういいわそれで。ただし勝つのはウチのコたちだから」

 

 「お、歌姫にしては随分と物わかりがいいね。ちょっとは成長してるんだ」

 

 「何様よアンタは!!全然成長しない奴が言うな!!」

 

 

 歌姫は五条悟相手には非常に沸点が低かった。これが積み重ねというものだ。

 

 乙骨は普通に丸め込まれてしまった彼女のことを遠い目で見ていた。

 その後、定刻までそれぞれ割り振られた部屋で待機するように指示され、乙骨は項垂れたまま歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加茂と西宮は先程目にした乙骨の事を思い出していた。

 

 圧倒的、強力無比。存在感だけでこれが特級なのだと理解させられた。

 先程の追加ルールについては五条悟の意見が正しい。彼に勝ったら勝負にも勝つというくらいじゃないと割に合わない。普通に考えたら誰も戦いたくない相手。乙骨本人以外はみんなそう思っているのである。

 

 かと言って術師を完全に無視して呪霊狩りに専念するという選択肢はない。術師に振られたポイントは呪霊のそれよりも遥かに高く設定されているおり、例えば放たれた呪霊を全て自チームが祓ったところで東堂一人が敗れてしまえば負ける。更に言うと東堂は乙骨に突っ込む気満々なので、周りの自分たちが上手く立ち回らないとほぼ確実に負けるのである。

 

 

 「…陽明、お前の意見を聞こう」

 

 

 加茂が和室の柱にもたれ掛かりながら陽明を見る。

 彼は手持ちの呪具を取り出し自分の呪力を丁寧に馴染ませている最中だった。物に呪力を籠めるのは呪具の精製・強化方法としてメジャーなものだが、自身の呪力操作を洗練するための訓練でもあり、陽明は暇さえあればこれを行っていた。

 

 

 「取り敢えず乙骨は東堂に任せよう」

 

 「なに?だがいくら東堂でも、流石に単騎でアレとやり合って勝てるとは思えないが」

 

 

 加茂には東堂が乙骨に勝っている姿が考えられなかった。

 術師同士の攻防において呪力量や出力の差というのは最も重要な要素であり、二者間で差が大きすぎるとダメージが全く通らないことだってあり得る。そしてそれは仮に里香が少しでも顕現してしまえば起こり得る事態だと考えられた。

 

 当然そのことは陽明もわかっている。

 

 

 「本人がタイマンするって言ってんだから外野がどうこういう問題じゃない。そもそも邪魔したら逆に敵対されるしそれ以外選択肢ないだろ」

 

 「いやそれはそうだが…」

 

 「やられたら俺が何とかするよ」

 

 「む…」

 

 

 やけに東堂の肩を持つな、と少し思っても言わなかった。東堂に関してはみんな諦めの境地にいるのだ。

 

 当の本人は部屋の隅でイヤホンを付けてノリノリでリズムを刻んでいる。間違いなく高田ちゃんの曲を聞いているのだろう。実に鬱陶しい。

 加茂は仕方がないと言って深くため息をついた。

 

 

 「取り敢えず乙骨くんはそれでいいとして、秤くんはどうする?彼も相当な実力者らしいけど」

 

 「俺が担当します。奴は領域を使うらしいので領域対策がある俺が適任です」

 

 「(何で西宮相手には敬語なんだろうか…)それだとお前の負担が大き過ぎるだろう。領域対策なら私も多少心得はある」

 

 「んー…」

 

 

 御三家に伝わる秘伝『落花の情』のことを言っているのだろうと陽明は当たりを付けた。

 呪力による自動迎撃で領域の必中攻撃を弾く術だが、簡易領域による防御と違い必中効果自体は発動するため、その性質によっては能力を発揮しない。簡易領域よりも発動は容易であるが領域対策としては中途半端と言わざるを得ない。

 

 実際には簡易領域ですら役に立つかどうかわからない。結局真に敵の領域に対抗するにはこちらも領域を使うしかないのだということをこの間学んだばかりだ。

 加茂には別のことを任せた方がいい。

 

 

 「いや、加茂は呪霊狩りと星綺羅羅を担当してくれ。術式は知らないがサポート型だった場合面倒だから引き付けて欲しい」

 

 

 既にある程度やることを決めている陽明にとって、綺羅羅はなくしておきたい不確定要素の一つだった。

 

 

 「…お前がそれでいいというのなら従うが」

 

 「じゃあ私は真希ちゃんだね。それで、あの事本当に言っちゃう感じ?」

 

 「ええ。すみませんがお願いします」

 

 「はぁ…、だよねー。わかった、りょーかい」

 

 「あの事?」

 

 「加茂には関係ないことだ」

 

 「そ、そうか…」

 

 

 話し合いが終わり、陽明は元の作業に戻った。しばらくの間沈黙が部屋を支配する。

 

 対策という程のものではなかったが、取り敢えずの方針が決まったことに西宮は安堵した。彼女はそもそもこの面子に纏まりというものを期待していなかった。

 

 一方で加茂は考えていた。東堂がちゃんと連携を取ってくれたら格段に楽になるだろうに、と。

 彼は只管自分の世界に浸っている東堂を横目に、思い出したかのように話しかけた。

 

 

 「…なあ陽明、お前なら東堂を説得できるんじゃないのか?お前と奴が組めば…」

 

 「確かにアイツの真価が発揮されるのは他人のサポートに回ったときだな。一応説得もやろうと思えばできると思う。『お前の力があれば誰にも負けないんだ。だから頼む、親友!』って頼めば。絶対嫌」

 

 「…いや悪かった。私がお前でも嫌だ」

 

 

 本当に嫌そうにしている彼の顔を見て加茂はすぐに諦めた。そう言われたら全く何も言えない。

 加茂は定刻までの時間を潰すためにやったこともない瞑想でもすることにした。

 

 

 

 陽明は加茂の目線が外れたのを察してすぐに表情を戻した。

 加茂の言うことももっともだと内心考えているのだ。

 

  

 (詭弁だな。本当に勝負に勝ちたいのなら何としてでも東堂に協力を仰ぐべきだ)

 

 

 絶対に嫌だとは言ったが、その案も考えなかったわけではない。ただ乙骨とタイマンを張りたがる東堂の気持ちが理解できたから邪魔をしたくなかった。

 彼は正しい。己の限界を知り、挑まなければ壁を超えることは出来ない。

 

 だが今の自分は彼ほど猪突猛進に行動できない。単純な意思だけでは打ち破れない限界を感じている。現実的な方策が欲しい。壁を破るための力が欲しい。そのためにはどうすればいい。

 

 堂々巡りの末、冷静になって考える。ふとした瞬間自分がわからなくなる。何故自分はこんなにも力を求めているのだろうか、と。

 

 執着すべき、守るべきものなど既に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開始時刻一分前。両チームはそれぞれ演習場の森の異なるスタート地点についていた。

 設置されたスピーカーから再び歌姫の声が響く。

 

 

 『えー、間もなく開始時刻です。皆さんくれぐれもルールを守り、スポーツマンシップに則って正々堂々と勝負に励んでください』

 

 

 正々堂々を念押ししてくるのは既に何か不正の臭いを感じているからだろうか。

 

 

 (半殺し、全殺し以外何でもアリ。事前の細工なんて些細なことだな)

 

 

 全く悪びれる素振りもなく陽明は体をほぐしていた。

 万全の体調、頭の中はいつにも増してクリア。後は事前の作戦通りに動くだけ。

 

 体内時計で定刻までの秒数を刻み、その時が訪れた。

 

 

 『スタート!!』

 

 

 掛け声と同時に陽明は最大限に強化した肉体を使い、駆けた。

 

 

 

 

 枝葉が陽光を遮る薄暗い森の中、木々の間を縫いながら進む。

 

 並走してきたのはやはり東堂だった。そしていつの間にか半裸に変身している。スタート時点ではちゃんと制服を着ていたはずだが、例の如く破り捨てたのだろうか。

 

 

 (また半裸。制服破く事でテンション上げてんのか。寧ろ縛りか?)

 

 

 本当にどうでもいい雑念を振り払う。進む方向は同じ、どうやら彼も自分と同じく最短で敵を迎え討つルートを計算していたようだ。

 都合がいい。こちらの意を汲んでいるかのように感じるほど。

 

 

 「何か狙っているな?」

 

 

 東堂がニヤつきながら尋ねてくる。もしかしたら協力する気があるのかもしれない。

 

 陽明は影から一枚の呪符を取り出して東堂に見せた。何の術式も刻まれていない、ただ大きな呪力が籠もっていて強い気配を発している。今、東堂はこの呪符の呪力を記憶した。

 

 

 「秤だけ俺のところに寄越せ。乙骨とやるのに邪魔だろ」

 

 「言われずとも元々そのつもりだ」

 

 「……」

 

 

 猪突猛進な面もある東堂だが、実際には堅実かつ狡猾に立ち回る事が多い。秤と乙骨を両方一辺に相手取ろうとするほど欲張りでも身の程知らずでもないのだろう。先程まで全く連携を取る気がなさそうな様子をみせておいて今更これなのは性質が悪い。

 

 

 二人がそのまま進んでいくと、すぐに木が掃けて開けた場所に出た。ここが予定の交戦地点。

 陽明はこの場で止まり、東堂は変わらない速度で進んでいく。

 

 

 陽明が少しの間待っていると、ある時森に住まう鳥たちが一斉に羽ばたいた。

 そして鈍い音と共に大きな地響きがこの場所まで到達する。

 

 

 (そろそろだ)

 

 

 派手に事を起こしているのは恐らくこちらに対する合図でもある。

 陽明は手の中の呪符を丸めて前方に投げた。するとまるで呪符から召喚されたかのようにその場に人影が現れた。ターゲットの秤金次、その人が。

 

 予期せぬ不意打ちを食らった秤は警戒感を顕にしながらこちらを見据えていた。

 

 

 「…よォ、久しぶり。開幕早々ハメ技とはやってくれたな」

 

 「まだまだ。お前が呪詛師だったならもう手足切り落としてるから」

 

 「そーかい。ありがとよ、手加減してくれて」

 

 「どーいたしまして」

 

 

 東堂の術式、『不義遊戯』を使った位置入れ替えだが、優に百メートル以上は離れていただろうに大した呪力感知、弁別の精度だ。初めて会ったときから確実に成長を重ねている。

 

 

 

 一方、不意打ちで味方と分断された秤に焦りはなかった。この程度は想定の範疇、やることは既に決めている。

 相手は1年生で1級術師になった天才。噂ではシン・陰流の技だけで1級クラスの戦闘力があると聞く。

 

 

 (まともにやり合ったら分が悪いが、俺の情報網では陽明(コイツ)は領域を使えない。簡易領域は使えるらしいが所詮後出しの対抗策、俺の領域なら必中効果の発動には間に合わねぇし、よしんば間に合ってもはがせるはず)

 

 

 狙うは初手領域展開。必中効果の情報(ルール)を叩き込み、”当たり”が出るまで領域を維持する。

 勝てる博徒はできるだけ事前に情報を仕入れておき、その上で勝率が高い展開を目指すものである。

 

 

 しかし展開を決めていたのは陽明も同じだった。

 秤が胸元に手を持っていくまでの間に、陽明はいつの間にか握っていた黒刀を地に突き刺した。

 

 黒刀を中心として、呪力の籠もった黒い線条が八方に打たれた杭へと伸びる。

 瞬く間に線は杭から杭へ放射状に広がっていき、六十四の杭全てに到達した。

 

 

 「擬似領域『無明長夜』」

 

 

 薄暗い緑の世界が全てモノクロに塗り替えられた。

 

 

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