『影は現実と虚構を隔てる境界であり、影空間は虚構の中に作り出された現実である。
水中に沈められた木の箱を想像すると良いだろう。水を影の内側、大気を現実の空間とすると、この術式が持つ機能は大気を結界という箱で囲い、水面下に沈め、格納するという至極単純なもの。
当初、私は自らの影の術式をそう解釈していた。決して間違いではないが、”世界”に対する理解が浅すぎた。そのことに気付いたのは、私が自ら定めていた禁を犯してから後のことだった。
術式対象となる境界、すなわち”自らの影”が存在するのは術者が現実側に立っている時だけだ。自身を影の内に潜ませて境界を閉じると”自らの影”は消え、外界から完全に隔離遮断される。術式対象が存在しない以上、本来は一度閉じた境界を再び開くことが出来ない。
だが私は、
結果から述べると、私は呪力によって無理やり因果を捻じ曲げた。
術式反転を用い、対価として大量の呪力を消費することで裏側から表側に影を生成し、閉じた境界を開く事ができた。そしてそれ以前、一旦外界との
ここで興味深い点は、生成される影が呪力を介して術者の意思に反応しているにも関わらず、術者が跳躍する座標を意図して選択することは出来ないことだ。これは虚無の暗闇においては外との繋がりごと五感が断たれ、外界への意識が及ばないのが原因だ。
だが完全な無作為でもない。呪術という結果をもたらすのが人の意識なれば、表層意識が結果に影響を与えない以上、無数の座標の中の一つを選んでいるのは無意識の領域に他ならない。
あの時垣間見た、世界を構築する因果。呪力は事象の因果に介入する性質を持っている、あるいは呪力こそが因果であり、世界そのものなのか。いずれにせよ、人の意識や無意識が無関係であるはずはない。
而して闇中に光の道筋を見出し、呪術の深淵を探るため、私は試行を繰り返した』
白黒に塗り替えられた森の中、互いに無手での体術勝負。
秤は持ち前の喧嘩殺法によって陽明に対抗しようとしていたが、分が悪いことは一目瞭然だった。
敵の突きに乗じて大きく後退し間合いを取り、冷静に戦況を分析する。
優れた戦士は優れた目を持っている。秤は陽明の力量を正確に推し量っていた。
速さは互いに遜色ない程度。だが突きや蹴りの一撃一撃が非常に重い。キレが鋭いという話ではなく、物理的な質量が大きいのだ。
陽明の足元の土の陥没具合から察するに、恐らく術式による質量付加が行われている。自重の大きさが動きを制限する枷となっている一方で、拳打の破壊力を増幅させているのは明らかだ。密度が高まっていることで身体強度も増している。
そして全身を重りで縛っている状態で五分の疾さなのだということは、素のフィジカルと呪力強化を合わせた身体能力、呪力操作の練度が自分よりも高いことを意味している。
その他訓練の積み重ねに裏打ちされている体術の技量、先読みの鋭さも向こうが上。このままいけば確実に押し負けるだろう。
(後輩の癖に生意気言うだけのことはありやがる)
秤は冷や汗をかきつつも、口元が緩むのを感じた。
感化されて肚の中から熱いものがこみ上げてきている。こんな感覚は久しぶりだった。
(しゃーねぇ、帰ったら鍛え直すか。っと、まだ勝負は終わってねぇぜ)
今の不利な状況を覆す手段、勝ちの目はやはり領域展開しかない。
余裕を見せつけるかのように、陽明は様子を窺っているだけで追撃してこない。
この隙を使って秤は
胸元で掌印を結び、術式を発動させようとする。だが…。
(チッ、やっぱ結界が上手く構築出来ねぇ。一体何なんだこの術は)
舌打ちするのを堪えられない。領域展開の最初期段階、外殻の構築がいつものように上手くいかないのだ。
原因があるとすればやはり陽明が初手で発動した結界術以外にない。一瞬と言えるほど恐ろしく早い発動速度で、先程も今のように外殻構築が途中でキャンセルされた。
視覚情報に加えて何らかの術式効果が発揮されているのは確かだ。必中効果を持つ結界を領域と定義するのなら、この結界はそれに当てはまるかもしれない。ただ結界を構築する際の呪力の反応や手応えのようなものはある。何か直接妨害されているというような感じはない。
「何が起きているのか教えてやろうか」
「ハッ、超余裕だな。いいぜ、さっさと話せよ教えたがり君」
「お前は強がり君だけどな。お前が今感じている座標情報が現実とズレてるんだよ。だから結界…正確には
「…ああ?感覚がズレてるだと?」
そう言われてもピンとこない。確かに目に見える景色は確かにモノクロで若干酔うような感覚があるが、距離感はちゃんとあるし歩いていて躓きもしない。地面を踏みしめられるし草木に触れることもできる。一体何が間違っているのかわからない。
「お前が普通に戦えているのは脳が自動的に補正を掛けた結果だ。しかし結界術の発動に際しては補正前後の情報が混合して入力される」
「つまり…どういうことだってばよ?」
「正しい情報と間違った情報が同時に入力されて術式がエラー吐いてるってこと。多分術式を扱う脳のスペックが足りてないんだな」
「人のこと頭わりー奴みたいに言うんじゃねぇよ」
「いやそういう話じゃねーから。万年赤点なこと気にしてたりする感じ?まあ学力なんて呪術師には関係ないから気にすんなよ。理数系は比較的取れてるしまだ希望が」
「何で俺のテスト事情なんて知ってんだ!」
個人情報の漏洩も甚だしい。学校に苦情を入れなければならないようだ。
しかし漸く現状の問題が認識できた。つまり今の自分には結界術そのものが使えない。
(まあ情報を押し付けるだけの術式なら発動がクソ速いのも納得だ。つーかぶっちゃけ結界を使うのにそんな小難しいこと一々考えたことなかったぜ…。俺の領域は結界術ごと術式に組み込まれてるからな。全部俺の脳味噌が勝手に頑張ってくれてたってことか)
学びを得たところで現状が打開できるわけではない。
領域の対抗策は自らも領域を使うこと、あるいは結界を破壊するか、結界から脱出すること。
果たしてそれが出来るか。
秤がどうするべきかと考えている様子を、陽明は静かに観察していた。
(秤の手札は領域と、時折具現化してくる電車の扉のような構造物。初手で領域展開してきたということは継戦力に富む出し得な領域で能力の大部分をそっちに振っている、或いは完全に領域展開前提の術式ってとこか。こっちが基礎能力で上回ってる以上、ほぼ詰みだな)
交流会前に行った仕込みは全て秤金次の領域対策のためのものであり、それ以外に用途はない。疑似領域と名付けたこの術式は到底実戦で使うことが出来ない失敗作だからだ。
これは感知結界術を応用し、空間認識阻害として練り上げた結界。一定の情報を対象に直接伝達する術式が刻まれている。過去二回、敵の領域を直接経験することで必中術式の構築方法を解析・学習し、陽明は結界術による情報伝達を他者に対して適用することが可能となった。
しかし所詮は擬似、模造品に過ぎず、一般的な結界術の構造上存在する欠点は免れなかった。
普通、領域展開は”外殻構築”、”生得領域具現化”、”必中術式発動”という順で、各手順を逐次処理することで発動する。それに対してこの空間認識阻害は領域の外殻構築に対してのみ有効であり、対領域術式として使うには必ず先制して発動する必要がある。
一方この疑似領域は飽くまで通常の結界術の範疇なので簡易領域などと同じく呪力操作によって術式を一から構築する必要があり、領域の必中効果を模倣した術式となるとどうやっても情報量が多くなりその速度に限界が生じる。
これらの問題を纏めて解決するため、術式を嘱託式結界術として六十四もの呪具に刻み込んで術式構築を省略し、並列処理によって結界構築と術式発動を同時に熟すことで発動速度を最大限に上げることとなった。
そして同時に術式を嘱託式の形に落とし込んだことによる弊害が生じる。
感知結界術と影空間は共に結界術に分類されるため、陽明は自身の主戦術に組み込んでいる両術式と引き換えに相手の領域を封じるしかなかった。
一方で、あの人語を操る呪霊達、そして五条悟、想定している領域使いの仮想敵たちは皆格上ばかりであり、領域を使わずとも自分より強い。自分はまだスタートラインにすら立っていない。
(結界術、術式への理解。それらの条件は完璧にクリアしているはず。だったら足りないのはきっと生得領域そのものだ。それしか考えられない)
自己分析は得意な方ではあるが、己の中に得体の知れない何かが存在していることも知っている。そこに答えがあるはずなのに掴めない、そんなもどかしさを彼は感じていた。
十分前。
拍手の音と共に秤が目の前から消えた。
「秤さん!?」
乙骨は叫び声を上げた。
目の前には筋骨隆々の半裸の変態と彼が薙ぎ倒した木々。そして既に残りの味方二人は散開し彼から距離を取っている。
一瞬取り乱しかけたが、努めて冷静さを意識しなければならない。
今のが東堂の術式だということはわかる。テレポート?いや、秤が消えた場所から札が出てきた。まさかあの札に封じた?
(流石にそれはないか…。でもどっちにしても厄介そうだ)
どうすればいいだろうかと真希に目を向ける。
しかし分かっているのかいないのか、彼女はコクリと頷いてサムズアップをしただけで、すぐさま鬱蒼とした森の中に消えていった。
先に行くから予定通り頑張れ、と綺羅羅も同じように目で語り真希の後を追う。
乙骨は独りだけ半裸のゴリラの前に取り残された。
(ま、マジですか)
「お前東堂係な」と作戦とも言えない作戦を簡単に言い渡されはしたが、自分一人で戦う羽目になるとは思っていなかった。実際のところ秤と一緒にまず厄介な東堂を潰す予定だったのだ。
生唾を飲み込んで再び東堂に目を向ける。
彼は両手を広げて酷く嬉しそうに話しかけてきた。何がそんなに嬉しいのか。
「よーしよし、これで邪魔者は全員消えた。ようやくだ、待ち侘びたぞ乙骨憂太。早速で悪いが聞こうか」
「えっと、一体何を…」
「お前の、女の好みをだ」
「へ?」
乙骨は自分が何か聞き間違いをしたのかと思った。
一呼吸の間が空く。
「ちなみに俺はケツとタッパのデカい女がタイプだ。名前は東堂葵。これで俺とお前はお友達だな。さあ答えろ」
(聞き間違いじゃなかった…。というかこの人にとってはこれが挨拶なんだな)
質問の内容もそうだが色々と順序がおかしい。そう思いつつも乙骨は早速東堂という人間に順応しかけていた。呪術師が変わり者揃いだというのは理解している。今はもう慣れたが、同級生のおにぎり語しか話さない少年や動いて喋るパンダのぬいぐるみに比べたら初対面時でも理解できる部類ではある。
一応人語が通じる相手と信じて話しかけてみる。
「えーと、僕大喜利とかそういうの苦手で」
「大喜利じゃねーよ、普通に答えろ。アイドルとかでもいいぞ」
「いやそんなこと言われてもですね…」
「言っとくがつまらん答えだったらしばき倒すからな。性癖はソイツの人となり全てを表す。俺はつまらん奴が嫌いだ」
(どっちにしてもしばき倒す気満々にしか見えないんですけど…)
横暴だと嘆きつつ、もしかしたら彼なりに歩み寄ろうとしてくれているのかもしれない、と乙骨は真面目に前向きに考えてみた。
(…そういえば誰が好きとか嫌いとか考えたことなかったな。今までそんなこと考える余裕なかったし、そもそも人と関わること自体が全然…)
考えてみて、気分がどんどん沈んでいくのを感じた。
里香が死に、怨霊として自分に取り憑いてからというもの、独りきりの時にしか安息はなかった。
怨霊の里香には人間だった頃の理性などなく、周囲の物や人に対して勝手気ままに危害を加えるし、自分が誰かと仲良くしようとすると一層苛烈になった。親がお祓いに連れて行こうとしたこともあるが、里香が暴れて手に負えなくなることは目に見えていたので断固として拒否した。
程なくして他人は不可解な現象を引き起こす自分のことを恐れ出し、自分も他人に危害を加えないようにするため、独りでいることが増えた。無理に関わろうとしなければおとなしいため、家族もそれを容認するようになった。彼らと心の距離が開くのにも時間はかからなかった。
普通に生きようとする上で里香は障害でしかなかった。それでも自分は彼女のことが嫌いになれなかった。
彼女が自分のことをどうしようもなく愛してしまっているのだということを知っていたから。心の何処かで自分に責任があることを分かっていたからだ。
(大人になったら結婚する…か)
あの頃の自分が何を考えていたのか、正確には思い出せない。もう遠い昔のことのように感じる。
しかしはっきりしていることが一つだけある。自分は彼女を受け入れた。
ずっと一緒だった。辛いことも苦しいことも全て彼女と分かち合ってきた。
「…好きな女性のタイプとかはわかりません。つまらない人間だって自分でも思います。でも僕は、こんな僕のことを愛してくれる彼女の気持ちに応えたい」
東堂は面食らった。暗くておとなしい少年が唐突に毅然とした態度で愛を語りだすとは流石の彼も思っていなかったのだ。
乙骨の置かれている状況的に里香の事を言っているのだろうが、そういう話をしているんじゃない。というか初対面の相手に対して恥ずかしくないのだろうか。…と、自分のことを棚上げにして常識人ぶるのが彼の基本だった。
「フッ、愛ゆえに…か。特に面白みはないが、お前が内に秘めた純粋な想いは伝わった」
『憂太ぁああぁああ』
「里香にもな」
「あっ」
特級過呪怨霊『祈本里香』、顕現。
真希は森の中を疾駆しながら少しだけ苛立っていた。
去り際の乙骨の表情。信じていた人に裏切られたような絶望…とまではいかないが、不安で仕方がないという顔だった。
彼がまだ術師としての経験の浅い素人だということは自分が一番よく知っている。微かな罪悪感のようなものは確かにある。
(仕方ねぇだろ。もう私より素人のお前の方がずっと強いんだよ)
東堂は自分より格上の相手。役に立つどころか足手まといになる可能性の方が高かった。だから逃げた。無意味な加勢などせず、呪霊を祓って確実に結果を残すため。
格上と戦って無様にやられただけでは成長などしない。着実に、一つずつ結果を積み重ねなければならない。
いち早く等級を上げて強い呪具手に入れるために。呪力も使えない単なる呪具使いである自分が強くなるには、強いと言い張るためにはそれしかない。
あの切腹男に言われた事が未だに脳裏にこびりついている。『もう意味ないから諦めたら?』というニュアンスのことを果てしなくムカつく顔で言われ、逆に火が点いた。…というより目が覚めた。目標を内心では諦め、惰性で過ごしながら宝くじに当選するのを願うような日々から。
(15体…、16…)
目に付く呪霊を片っ端から切り裂き、駆ける。呪霊に貼られていた札を集めながら。
それは等級とともにポイントを表す札であり、雑魚呪霊でも祓除した証拠として残る。4級の自分は3級以下の雑魚でも無駄にできない。
(日頃からこんな風に祓った呪霊を証拠として残せればな)
自分が禪院家から昇級の妨害を受けていることは周知の事実であるが、雑魚呪霊でも百体、千体祓った証拠があればそれも難しくなるはず。
2級未満の呪霊はある程度都会であればその辺を探せば幾らでも出てくるが、それらを任務外で祓ったところで公的な記録として残ることは少ない。残せたとしても自己申告のみなし記録だけでとても実力を証明できるものではない。
呪霊を祓ったら自動で記録してくれるような
そんなことを考えながら進んでいると、突然上空に何かの気配を感じた。
「!!」
枝葉を切り裂く風。恐らく敵校の不意打ちだ。
真希は咄嗟に右へ跳んで回避し、敵の姿を視認すべく、周囲で一番高い木の幹を駆け上がった。
樹頭を掴んで留まっていると、ふよふよと空に浮く古びた箒、そしてそれに跨っている小柄な金髪の少女の姿が目に入った。
「金次の時といい、京都の奴らは不意打ちばっかだな」
空中を自在に移動できる相手。
不利な状況ながら真希はふてぶてしい態度で語りかけた。
「卑怯だって言いたいの?意外と甘いのね、真依ちゃんのお姉ちゃん」
「いいや?呪術師なんて結果出してなんぼの仕事だろ。だからこういう真似も平気でする」
そう言うや否や、真希は空中の優位を取って不敵な笑みを浮かべる西宮に向かい、何かを投擲した。
木の上で上半身の一部しか使えないというのに物凄い投擲速度だ。西宮は反射的に箒を逸らして避けるが、避けたところでそれが何なのか気付く。
(鈍色の…鉛?…ってヤバ!!)
鉛の重りにワイヤーが付いている。それが真希の手元まで伸びていた。
西宮が危機を察して箒を操作するよりも早く、僅かな手の動きにより重りが操作され、鋼糸が箒に巻き付いた。
真希は自由な片手でワイヤーを思い切り引っ張った。
「オラァ!!」
「くッ!」
急加速が西宮の華奢な体を襲う。
引かれる力が強くて抵抗できない。ワイヤーは呪力が籠もっていて切れそうにない。
しかしまだ術式は生きている。西宮は冷静に対処法を考えていた。
牽引に抗わず、逆に箒を真希に向かって加速させてワイヤーを弛ませる。
「鎌異断!!」
箒の穂先から呪力を纏った風の刃が飛ぶ。殺しはしないが確実に怪我をするくらいの出力。
真希は木の上から飛び、対側の木へ移る。
その間に箒に巻き付いたワイヤーが解かれ自動で巻き取られて手元に戻る。
そして自由を得た西宮が高度を上げるのを見て、地上に飛び降りた。
「そう簡単には落とせねぇか。流石は2級術師」
所有物を呪力で操作する『付喪操術』の使い手。空を飛ぶためにはあの箒が必要なのだと思ったから真っ先に狙ったが、敵も中々良い判断力をしている。
彼女は未だに空の上にいて手が出せない。もう一度木に登って同じことを繰り返しても意味がない。ここは一度身を隠してやり過ごすのが正解だ。必ずしも敵の術師を倒す必要はないのだから。
しかしそんな真希の考えを読んでいたかのように上空から風の刃が降り注いだ。
深緑の天井で姿が隠れているにも関わらずある程度正確に打ち込んでくる。恐らく手持ちの呪具から漂っている呪力の気配で当たりを付けているのだろう。
息をつく暇も無いほど連続して降ってくる攻撃を避けながら進む。
真希はその間に思考を逃げから迎撃に切り替えた。これほどの怒涛の攻勢、きっと呪力消費も馬
鹿にならないだろうと踏んでのことだ。
暫く走っていると、鬱蒼とした木々を抜けて開けた草原に出た。
上を見てみると案の定、箒に跨った金髪の少女が息を切らしながらフラフラと浮遊している。
「よぉ、お疲れ。自分が有利な場所に追い込みたかったのはわかるけど、私一人にそんなに消耗してて大丈夫か?」
「余計な…ハァハァ、お世話…。アナタを倒すのが私の役割だからね」
西宮が乱れた息を整えながら話すのを聞いて、真希は怪訝な顔をした。
今ので相当な量の呪力を消費したのだろうが、そこまでする理由がまるで見当たらないのだ。
「わかんねぇな。どう考えても私みたいなのにリソース割くより、呪霊狩ったり他の奴のサポートに回った方が良かっただろ。4級の雑魚だから倒しても貰えるポイント少ねーし」
真希の言葉を聞き、西宮は少しだけ悲しげな顔をした。
自分を卑下するような物言いが自然に口から出ている。やはり姉妹だと思った。
西宮は自分が知っている”ある事実”を彼女に話すべきかどうか迷い、結局言うことにした。
「真希ちゃんの身の上は知ってる。正直、私は禪院から出て身一つで頑張ってるアナタのこと尊敬してるわ。それがどれだけ大変な道なのか知ってるつもりだし。…でもね、私は真依ちゃんの味方だから、アナタを止めなくちゃならないの」
「はぁ?何でそこで真依が出てくるんだよ」
「『双子の術師は二人で一人』」
唐突に出てきたその言葉を聞いて真希は目を見開いた。
「…私も聞きかじりだけどね。呪力量だったり出力だったり術式だったり…呪術の世界では昔からそう言われてるんだって。アナタが強くなるためには真依ちゃんも強くならないといけない。その為にあの子は
「は…?」
真希は西宮の言葉をすぐには飲み込めず、暫く咀嚼して、その意味を理解した。
色々と符合するところはある。与太話だと鼻で笑うことはできなかった。
禪院から出奔する際の直毘人の言葉を思い出す。
真依にも試練を与えると、確かにそう言っていた。その真意がこれだというのか。
自分が知らなかった事実、つまり
「真希ちゃんがするのと同じ努力を、禪院家は真依ちゃんに強制しようとしてるの。それを知っても、そんなの自分には関係ないって言える?」
呆然とした表情になった真希を西宮はじっと見下ろしていた。
今、西宮の中にあるのは同情、そして哀れみだった。
一般人以下の呪力量しかなく、術式を持たず、呪力を見ることも出来ず、呪術師を名乗ることすら烏滸がましいと禪院家の人間に言われ続けてきたのだろう。そんな境遇にあって彼らを見返すために一歩踏み出したところで、努力すら一人ではままならないことを彼女は知ってしまった。
(全く、嫌な役目…。仕方ないけどさ)
押し付けてきたのは陽明だ。一言言ってやりたいけど自分だと余計な角が立つから、戦うついでに話しておいて欲しい、と。
否とは言えなかった。この話を聞いて自分も彼と同じ気持ちになったから。
真希は知る必要があった。知らなければ彼女の熱意はずっと虚しく空回りしたままだった。そんなのは余りにも哀れだろう。
「…真依ちゃんと、きちんと話し合うべきだよ。きっと真依ちゃんも本当はそれを望んでるはず。もしあの子が呪術師として頑張るって言うならもう何も言わない」
西宮は黙り込んでしまった真希の様子を窺う。
真希と真依、どちらが折れるか。その強い意思を秘めた瞳を見て察した。彼女は諦めるつもりなど毛頭ないと。
「…関係無いなんて言えねぇよ。真依の事は大切な妹だと思ってる」
西宮が眉間に皺を寄せる。
「でも、それでも私は呪術師であり続ける。私が私であるために必要だからだ」
概ね予想通りの答えだ。そして余りに早い返答だった。
最初から答えなど決まりきっているということか。
「真依ちゃんのことを巻き込んででも?それが自分の我儘だとわかってて?」
「ああ、今更言い訳はしねぇ。アイツを家に置いて出て行った時点で、私の本心は
「…。好きにすればいいよ。けど一つだけ言っとくね」
西宮の声色からは先程までの同情や哀れみは鳴りを潜めていた。
眼下の逞し過ぎる少女相手にそれらは不要なのだ。
ガン飛ばしてやるくらいが丁度いいだろう。
「理由はどうあれ、私のカワイイ後輩を泣かせたら許さないから」
氷のような視線が真希に突き刺さる。
西宮の内から沸々と呪力が滾り、彼女を迎え撃つために真希が呪具を構える。
しかし二人が戦闘を再開することはなかった。
ズウゥン…。
突然の地響きが空気を震わせる。
真希は森の方角に異常を察知して身構え、西宮はこの段階になって漸くあることに気付いた。
元々大きかった乙骨の呪力の気配が更に肥大している。
そしてもう一つの巨大な呪力。元が大きすぎて感覚が麻痺したのか、すぐにはわからなかった。
「まさか、祈本里香!もう出たの!?」
東堂がまんまと虎の尾を踏んだのだ。想定はしていたが、それにしても早すぎる。
西宮は真希との戦闘を放りだして気配の方へ飛び始めた。
「おい、どこ行くんだよ!」
「これが里香の暴走なら死人が出ちゃうかもでしょ!アナタの相手はまた今度ね!」
空中での移動能力がある西宮は味方を空輸することで安全に救助することができる。教師陣からもそのような役割を押し付けられており、特に楽巌寺学長からは里香の暴走が疑われる場合には真っ先に急行するように言いつけられていた。
実際に里香が制御不能に陥った場合五条悟が抑え役として出張ってくるはずなのだが、京都勢は彼のことを基本的に信用していなかった。
「…チッ、勝手にしろよ」
一人放置された真希は小さく舌打ちし、土を蹴った。
秤に領域展開された時点で大当たり前に迅速に殺すか大当たり後に頭潰して殺すしかないので殺傷御法度の交流会では明らかにチート行為。禁止カードとしてルールに加えるべきで封印されるのが妥当といえる。