かつて一人の凡夫がいた。
魑魅魍魎蔓延る平安の世において、呪いを祓うことに心血を注いだ呪術師。
そして同時に身の丈に合わぬ
幼き日、呪術の力に無窮の光を見た彼はその信奉者となり、己の望みのために呪力が内包する可能性をどこまでも探求した。
人智の及ばない不可解な事象を受け入れるため、人々は迷信や俗説、根拠のない占いや祈祷に縋ってきた。程度の差こそあれ、それは科学によって自然現象への理解が急速に進みつつある現代でも変わらない。
呪術が入り込むのはそういった人間の理解の及ばない認識の空隙である。理解不能だからこそ人の認識や想像、解釈が影響を与え得る。呪力という謎多き力によって。
多くの術師はそう考えている。
『間違いではない。しかしその男は因果が逆だと考えた。人の意識こそが世界を形作っており、呪力とは人の意思が生み出した世界の綻びである、とな。当然諸説あるだろうが、仮にそれが是であるとして、では万象の根源たる人の意識とは何処から生ずる』
「唯識思想…。『
『そう、それに近いモノを想定していたが、男はあくまで現実に即して考えていた。呪術は人の解釈、価値観、想いによって変わりゆく。だがそれは必ずしも個人の内だけに留まらない。仮想怨霊然り、時代によって形を変える生得術式然り。人々から生じた想いが、呪力が、時々刻々とその”仮想の領域”に蓄積し、世界に影響をもたらしている…というのが男の立てた仮説だ』
死後、肉体と共に意識を生成する器官を失った魂は、現世への直接的な実行力を持たぬ純粋な情報体として、人の無意識の領域である阿頼耶識へと還り、蓄積される。彼らはそれぞれの因縁に従って廻り、再び現世に転生する。そして人々の擁する呪力もまた阿頼耶識によって形を変え、逆に阿頼耶識に影響を与え得る。
一つの例として、古より存在が確認されている降霊術式がある。それは故人の遺体の一部などの触媒を用いて、肉体や魂の情報を依代に降ろすもの。しかし触媒そのものに魂や肉体の情報全てが含まれている訳では無い。そして当然降霊術師が一から構築しているわけでもなく、彼らは阿頼耶識に存在する情報と依代とを繋げる道筋を作っているに過ぎない。
男は家業として呪いを祓う傍ら、そういった自らの仮説を検証するための研究に没頭した。自分や周囲の呪力と術式を頼りに人と世界との繋がりを究明しようとした。
その一環として彼は自らの影の性能を検証し、研究は一定の成果をあげた。
『末那識(まなしき)』と呼ばれる概念がある。それは阿頼耶識から個を分離する自我意識であり、本来虚構に過ぎない自己の根拠となる無意識である。
自己とは阿頼耶識が表す世界という画板に投射された影であり、末那識はその輪郭を形作るもの。
影とは己、己とは虚構。自らの術式は影を自我そのものになぞらえる類感呪術なのだと男は理解した。
これは呪術において自己が生得領域として表されるのにも合致する。すなわち影の内部空間とは結界術によって限定的に具現化された領域であるといえる。実際に他者の領域中において影空間はより強い領域に押し潰されてしまい、まともに使用することは困難となる。
この限定領域に必中効果は付与されていない。ただ一つ重要な性質を挙げるとすれば、影に取り込まれたモノ全てが”己”と解釈されるということだ。形も、重さも何もかもが影に溶け、術師にとっての自己と化す。
そして自己とは周囲との繋がり、世界との縁によって変わりゆくもの。逆に外部との縁を絶たれた影の中は不変の性質をも持っていた。
熱は冷めず、氷は融けず、屍肉は腐らず、時計の針は止まったまま。ただ自己の内に領域を持つ生者のみが”不変”に抗い得る。
それは魂も例外ではなかった。呪霊などの魂で実験し、その情報が変わらず保存される事を確認した男は、最終的に自分の魂に術式を適用することを思いついた。
『男は自らの魂を影という自己の境界線内に保存することで、個人としての意思を保持したまま転生しようとした。その時点では根拠に乏しい仮説であり、狂気的な行いとしか言えないものだったが、
原理からすると、結界術により遺骸を自己境界として魂を保存する呪物化と類似する術ではある。ただ影による転生が通常の呪物化と決定的に異なる点は、不定形の影と一体化し、一種の呪術的現象、術式そのものと化すということだった。
自己の術式化により、呪物などよりも圧倒的に呪術的な介入や解釈の余地が生まれる。事前に計画を立て、術式を調整することで転生先の肉体やその他の要素を付加することができる。さらにその不定性により、同時・異時、多発的に魂の転写が可能だった。
『無論無制限というわけには行かない。強い縁故のない人間や既に生得領域を持っている自我の確立した人間などは使えない。だから男は条件に適合する器を用意し、利用しようとした。対象となったのは当時まだ妻の胎の中にいた自らの子供、そして末代まで連なる子々孫々達だ』
呪術とは自己の欲求を叶えるためのもの。
目的のために力を欲した男は、計画を立てた上であるシステムを作り出した。
本来阿頼耶識へ還り霧散するべき自己の意思を、魂の情報ごと影の術式によって保つ。その前提の上で、当時の陰陽寮の秘儀たる”泰山府君祭”と”継承の儀”を組み合わせた儀式を秘密裏に執り行い、子々孫々に魂の情報を引き継がせる縛りを己の術式と魂に付加する。
最期に男は史上最強の術師に挑んだ。絶対的強者への畏怖と憧憬、そして死に際の無念・無力感は何よりも強い未練という起爆剤となり、死後の呪いとして
計画は遂行され、男は死して呪いと化した。
縛りを元に血縁を辿り、自我を持たず呪いへの抵抗力のない胚や胎児の体に宿り、己の意思を上書きする。
このような意識の拡散により、肉体という垣根を越えた多数の自己意識が形成された。この際、一卵性双生児などと同じように、呪術的な繋がりを持った自己が多発することによる能力の分裂と大幅な減退を伴ったが、それは問題にならなかった。男の目的は転生すること自体ではなかったからだ。
御門景光はそれら多数の”自分”全てに縛りを課した。”呪いを見ることと”呪術の行使”、すなわち”術師としての自分”を取り上げた。各個体が縛りを自発的に解かないように”御門景光としての記憶”も封じた。
こうして表層意識の”自分”が縛られ、非術師の一族が生まれた。
彼らの中には本来術師として生まれた者が大勢いたが、
力を封じたことそのものと、それにより血が途絶えるリスクが増大していたことなども縛りとして機能した。そして最初の未練、強さへのは渇望は呪術への憧憬にすり替わり、想定以上の縛りの効果を生むこととなった。
約千年間、男は自らの転生体である子孫の運命を縛り続けた。一つ一つの縛りは天与呪縛などと比べると遥かに微弱な効果しか持たなかったが、数を積み重ねることで強大な呪いとなり、果てに一つの結晶として生まれ落ちた。
「…一族の不幸は、全部お前が招いたことだっていうのか」
『見方によってはそうなるな。だが彼らは全て俺自身でもあった。俺の体と魂を俺がどうしようと構うまい?それに御門景光としての意思すら縛られながらも彼らは俺のために働いてくれた。己の存在意義を魂が理解していたからだ』
「意識の拡散と同一化…。彼らが自分の意識だと思っていたものは、お前という意識の基礎の上に成り立つ仮想の人格だったということなのか。でも、俺の家族…母と妹は縛られてなかった。自由な意思を持っていたはずだ」
『呪いが
それを聞いて陽明は少しだけ安堵した。
例え既に失われたものでも、彼女達の全てが紛い物だったとは思いたくなかった。
『したがって彼女らは術師として生まれる可能性もあったわけだが…結果として非術師に生まれてしまったことは
「…他人事だな。お前が呪い以外の何物でもないということはわかった。だが、今の俺に必要な力であることは確かだ」
『己の目的のためには過程も手段も関係ないか。そうだ、本当に望みを叶えたいのならそうでなければならない。…しかしながら、御門景光という男は魂の芯からどうしようもない凡夫だったのだ。全ての不幸の原因はそこにある』
御門家の人間は全て景光という意思を宿し、縛られていた。
秘めた力への意思が飢えを呼び、自らが術師でないことへの嘆きと苦悩を生み、そしてそのような思いもまた縛りの効果を底上げする役目を果たしていた。縛りとは対価として差し出すものの価値が主観的に大きければ大きいほどその効果を高めるからだ。
かつて景光がそうしたように、彼らはどうすれば力を得られるか、術師になれるのかを考えた。
術師の血を取り入れるため、術師の家系と婚姻を結ぶ努力を惜しまなかったのは外部でも知られている。だがその裏では血みどろの儀式も行われていた。
例えば、招いた術師の血肉を文字通り
彼らは直接的に意味や効果があるものではないと知った上でそうした。呪術とは時に意味がない行為、自身が不利になるような行為に利益や意味が生まれるものだという机上の空論に根ざした試みだった。
計り知れないほどの苦悩、藁にも縋るような思いがそのような悲劇を生み、だが実際に未来の呪いの力として還元された。
『総じて、良く出来た
しかし現実はそうならなかった。
子孫たちから還元された呪いは影の領域にある景光の魂に付加されていった。そして呪いが成就した後の最後の転生の直前、”不変”から解放された魂は自ら紡いだ呪いに侵された。
時間にして数千年にも渡る、膨大な人生の苦悩の記憶。男の精神はそれに耐えきれなかった。
転生体たちは己自身であるが、表で活動する人格は確かに彼の子孫でもあった。血を分けた子たちの数多の不幸と苦しみを目の当たりにした男は、己の行いを後悔した。彼らの運命全てを自らの意思で冒涜したにも関わらず。
男は逃げた。不退転の覚悟で始めたはずの計画を過ちと認め、投げ出そうとした。決して持つべきではない人間が力を持つことを畏れた。
だが術者の意思に関わらず、一度稼働し始めた術式は
『俺は御門景光が捨て去った意思、目的を遂げるために純化した呪いとして生じた。そして俺の相反する片割れである”奴”は、自分の過ちそのものである俺を止めるため、自身に対し強力な縛りを課した』
分離した男の理性は、自らが生み出した呪いを何よりも畏れた。そしてこれに抗するため、現世に対する絶対の不干渉と、不滅の影の牢獄の中で永久に懺悔することを誓い、縛りとした。
これにより呪いとしての自分に対して優位に立ち、転生後その身に宿った力のほぼ全てを占有し、半身の封印のために用いることが可能となった。
片割れの、己の存在全てを賭した封印に対して抗う術はなく、切り離された呪いは不確定な外的要因に頼らざるを得なくなったのだ。
『どこまでも意志薄弱で矛盾に満ちた凡夫だった。しかしその度し難い弱さ故に付け入る隙が生じた。自らを信じられなかった”奴”は大事な力の鍵を何も知らぬ第三者に託した。器を占める精神が封じられたことで生じた新たな人格、俺と”奴”の
「……」
陽明はここに来て自分を知り、ようやく得心がいった。何故今までどれだけ努力し、創意工夫を凝らそうとも領域展開を会得できなかったのか。
自分は彼らの領域に間借りした仮初の意識であり、そもそも自らの領域を持っていなかったのだ。
『”奴”は俺を呪いの根源である負の感情に紐づけ、表出した仮の人格に忘却させることで封印と為した。だがあの日、許容量を超える負の感情が封印に綻びを生じさせ、何も知らぬお前は自らの命の保証と引き換えに力の鍵の
意思の弱きが故に何事も上手くいかない。自らの全てを賭した封印すらもいずれは解ける定めとなった。
本当に滑稽だ、と
一体何がこの呪いをここまで駆り立てているのかわからない。しかし陽明にとっては、もう一人の自分の目的が何だろうが、何を考えていようがどうでも良かった。
全てが嘘だった。今の自分を支配し支えているのは一つの強い感情だけ。脳裡にこびり付いて離れない地獄だけが本物の自分を形作っている。
存在の起源が仮初ならば尚更、今感じていることが自分にとっての全てだ。
「もういい。俺やお前が何者なのかはわかった。つまりお前の封印が解ければその分のリソースが俺に戻って来るということだ」
本来の肉体と魂の所有者である景光の意思を解放したとき、仮の人格である自分がどうなるのかわからない。彼と一体化するのか、消失してしまうのか。だがそれで力を得られるのなら望むところだ、と陽明は嘯いた。
とにかく力を欲していた。敵を正面から完膚なきまでに蹂躙するための力。
既に不意打ちでの初見殺しという唯一無二の機会を逃した。同じ手はもう夏油には通じない。そして今の自分では本領を発揮した奴には届かないだろうという実感があった。
しかし”声”は陽明の昏い熱意に対し失笑を漏らした。
『…まだ気付いていないようだな。いや、気付かない振りをしている。俺という意思が未だに封じ込められている理由に』
「…なに?」
『先刻、五条悟が夏油傑に言葉を投げる前からお前は仇に対する殺意を緩めていた。憎しみの裏で飽くまでも同胞の安全を気に掛け、千載一遇の好機を逃した。もし俺がお前ならば欠片も迷うことはなく、確実にあの場で殺せていただろう。お前のくだらない躊躇が奴を生かしたのだ』
陽明は息を呑んだ。
図星だった。どうやってもあの場では殺せなかった。本気で殺す気がなかったのだから。
結局、駄々をこねる子供のように感情をぶち撒けようとしただけだ。全て見透かされている。
芯に刷り込むように、”声”は言葉を紡いだ。
『同じだ。そのような無意味な
滲み出る侮蔑を込めて”声”は語った。まだ足りないのだと。怒りが、憎しみが、目的を遂げようとする意志と覚悟が足りない。
『この身に宿りしは愚かな凡夫の魂。千年の時を超えて生まれ直し、精神が漂白されてさえ同じ失敗を繰り返す度し難さ。だからこそ俺は呪いとなった』
人であるから迷い、躊躇い、いつも道を逸れて望みが叶わない。
故に示すべき道はただ一つ。人であることを捨て、欲望以外の全てを切り捨て、呪いに成り果てること。
最後の一線を越え、覚悟を示せ。そも、何かを得るために何かを捨てねばならないのが呪術の原則なのだ。
頭に響く声に対して陽明は意味もなく耳を塞ぎたくなった。その先に続く言葉を恐れていた。
『
さすれば我らは再び一体となり、お前の願いは叶う。
そう悪魔は囁いた。
影から外に出た時、辺りには一筋の光もなかった。
深夜の高専に、月や星の隠れた暗闇。微かに聞こえる虫の声でここが影の外だと感じられる。
そんな深い夜闇の中を覚束ない足取りでふらふらと進む様子は、傍から見れば夢遊病者のようだったに違いない。
仇を惨たらしく殺したい。そのための力を得るには自ら呪いに堕す必要がある。大切なものを切り捨てることで力を得る、それが呪いという名の怪物だから。
これまでは気づかなかったが、いつの間にか影の中に以前敵として対峙した天狗呪霊の魂が取り込まれているのを感じる。間違いなく奴の仕業、これだけで宿す力の大きさが推し量れる。
あの悍ましい呪いを受け入れることで力が手に入る。代わりに、奴が解放されれば間違いなく人の世に災厄がもたらされるだろう。アレは自分の目的のためにあらゆるものを犠牲にする悪辣の呪いだ。
しかし別にそれでいいではないか。世界が滅ぼうが見知らぬ他人が幾ら死のうが本当はどうでもいい。呪術師になる過程で”そうあるべき”と成形されただけの価値観に拘る必要はない。
この胸中の憎しみと怒りに釣り合うようなものがそこにあるはずがない。
それなのにこの期に及んで迷っている。
何が大切なのかわからない。これまでの自分が全て否定されたことで足元が揺らいでいる。
間違えてしまえば取り返しがつかないことになるからと一歩を踏み出すことを畏れている。畏れが強固な理性となり呪いを押し留める。
だから確かめたい。今感じているものが己の全てだというのなら、断ち切るべき繋がりを前にして自分は一体何を感じるのか。
人か呪いか、天秤がどちらへ傾くのか。これは賭けだ。恐らく奴にとっても。