呪術縁起   作:生乾きの服

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35.決戦前夜

 『抜刀』はシン・陰流の技の中で最初に教わる基本技だ。

 刀身の周りで高密度の呪力を高速で回転させ、まるで銃弾のように鞘から弾き出す、正面の相手に特化した最速の抜刀術。

 その行程には呪力の操作技術とシン・陰流剣術のエッセンスが全て詰め込まれている。

 

 

 「八千四百九…、八千四百十…、八千四百十一…」

 

 

 鞘から刀を抜き、風を切り、再び刃を鞘に納める。それを延々と繰り返し、数える。

 手の感覚はとうの昔に失われており、包帯で手を柄に固定している状態。白かった包帯には血の赤が滲んでいる。

 ここまでやっても一日の目標回数に満たない。既に辺りは暗くなっているというのに。

 

 しかし呪力がまだ残っている。疲れで身体の動きが鈍るのに反比例するように、頭は冴えて呪力操作のキレが増してきている。だから差し引きゼロ、まだ体を動かすことが出来る。

 

 深く深く、自分の内に潜り込んでいくような奇妙な感覚が続く。疲れでおかしくなっているのかもしれないが、どこか心地よさすら感じる。

 

 

 

 

 時刻は夜九時。

 

 

 「三輪、もうとっくの昔に日が暮れたわ。続きは明日にしなさい」

 

 「…あと少しなので」

 

 「アンタねぇ、一時間前にも同じこと言ってたじゃない!」

  

 

 一向に鍛錬を止めようとしない三輪の様子を見かねて歌姫が制止に入るが、完全に上の空だ。

 

 一月前に夏油傑と接触してからというもの、三輪は校舎の裏庭で朝から晩まで授業もサボって刀を振り続けている。まるで()()の生霊が乗り移っているのではないかと心配になるほど。 

 しかし彼女がこうなった理由も知っているから無碍にするわけにもいかなかった。

 

 

 『前に言われたことがあるんです。大切な人が目の前で襲われてて、力が無いから助けられない。その時になって初めて、今までベストを尽くさなかったことを後悔するんだって』

 

 『私はあの時動けなかった。自分じゃ敵いっこないって諦めて、怖気づいて、隣で友達の顔から血の気が失せていく様子をただ見ていたんですよ』

 

 『本当の意味で気付いたんです。このままの道を進むには強くなるしかない。でも私には才能がないから、こうして何度も刀を振るしかないんです。だから今は見逃してください』

 

 

 普段は明るく能天気な彼女に、暗く沈んだ顔でそんな事を言われたら何も言えなかった。

 放っておけば本当に倒れるまでやりそうだから、こうして夜になったら止めに入るのがここ最近の歌姫の日課になっていた。

 

 

 

 「呪力の声が聞こえる…うへへ」

 

 

 流石にやり過ぎだった。体だけではなく頭も心配になってくる言動が聞こえてきた。

 

 歌姫は力尽くで止めに入るべきかと思ったが、頭のおかしい人間が凶器を振り回しているということの危険性を思い出してギリギリ踏みとどまった。

 

 

 「もう放っといたらいいんじゃない?なんだか楽しそうだし。一万回が日課らしいから後一、二時間くらいで終わるわよ」

 

 

 当の死にかけた同級生はこの通りピンピンしていた。

 他人事のように言っているが、こうして様子を見に来ている辺り少しは心配しているらしい。

 

 

 「にしてもよくやるわ。元々は陽明に強制されて嫌々渋々やってたっていうのに」

 

 「…あの子が居なくなったからこそじゃないかしらね。頼れる人がいないなら皆自分の足で立つしかない。アンタもそうでしょ?」

 

 

 真依は歌姫の言葉を聞いてしかめっ面を作った。

 何時までも陽明におんぶに抱っこだと思われていたことが心外だった。

 

 

 「別に、最近は呪霊も問題なく自分で祓ってるんですけど?任務の情報収集も報告書まとめも授業の宿題なんかもアイツの分までやらなくて良くなったと思えば寧ろ楽になったわ」

 

 

 口に出さなかったが、これに加えて貯めた呪力を使って呪具の複製も時折行ってやっていたのだ。始めは対等な取り引きだったのに、いつの間にかリターンが少なくなり仕事だけが増やされている。

 実家でこき使われていた時と一体何が違うのだろうかと思わなくもない。不思議と苦痛に思うことはなかったが。

 

 

 「まあでも、あんなんでも居ないよりはいた方がいいかもしれないわね。3人だけだと教室が少し広過ぎるもの」

 

 「全く素直じゃないわねぇ。ていうか3人じゃないでしょ今は。ナチュラルに居ない者扱いすんのはどうなのよ、()()()()()()()

 

 「…チッ!」

 

 

 『姉』という言葉に反応し、舌打ちが盛大に鳴り響いた。

 

 

 

 真依の実の双子の姉、真希は現在何故か京都校で活動していた。姉曰く『あのクソ野郎が戻ってくるまでの代打』とのこと。

 それだけではなく、彼女は真依に対して真っ直ぐ正面から謝り、愚直に頼み込んできた。自分と一緒に、強くなるために努力してくれ、と。

 

 真依は怒り心頭に発した。図々しいにも程がある。勝手に出ていって置いていったくせに、必要だと分かれば掌を返して求めて来るなんて、と。

 

 

 「先生、いい加減任務でアイツと組ませるのやめて貰えない?その日どころか次の日までご飯が不味くなるんですけど」

 

 「そう言われてもね、人の3倍働く子が急にいなくなったせいで現場が回ってないのよ。一応三輪もメカ丸も単独で任務こなせるから、上手いこと仕事を回してもらうには丁度良かったりするの。あの子って4級の皮を被った2級だから真依と組ませても安心だし」

 

 「くっ…」

 

 「ということで諦めなさい。もうさっさと仲直りしちゃったほうが早いと思うわよ」

 

 

 単なる姉妹喧嘩だと思って軽く言ってくる歌姫に対し、真依は恨めしげな目を向けた。

 

 喧嘩は喧嘩に違いないのだが、大切な約束を破った人間のことをそう簡単に許すことなど出来ないという話である。

 ただ他人に言うことではない。もやもやした感情をいつまでも抱えていたくないと思い、真依は話を切り替えることにした。

 

 

 「…どうでもいいけど、歌姫先生って全然陽明のこと心配してないわよね」

 

 「まあね。あの子、百鬼夜行には必ず現れるだろうし、夏油がいる現場には五条がすっ飛んでいく予定になってるから。全部終わったらちゃんとここに戻って来るでしょ」

 

 

 客観的に考えて、自分より強い十分主戦力足りうる1級術師を心配する理由はあまり無い。

 最後に見た彼の様子を鑑みれば楽観的とも言えるが、歌姫は普段から見てきた彼の方を信じることにしていた。ついでに五条のことも。

 

 

 「ぶっちゃけ私はアンタたちの方が心配よ。激戦区から外されてるとはいえどんなイレギュラーが起きるかわかんないし、自分たちの身は自分たちで守るしかないんだから。お姉ちゃんもアンタのことを心配してこっちに残ったんじゃないの」

 

 

 真依は折角逸らした話題にまた舞い戻ってきたことにげんなりしていた。

 どうやら是が非でも姉と仲直りさせたいらしい。

 

 

 「…アイツがそんな殊勝な人間なわけないわ」

 

 「ふーん。まあ私は彼女のことは良く知らないけど、向こうが誠意を見せようとしてるならもう一度信じてあげてもいいんじゃないの?身近な人を嫌いなままでいるのって辛いでしょ」

 

 「……自分だって五条悟相手にツンケンしてる癖に」

 

 「あれはアイツがいつもいつまでもムカつくクソガキなのが悪い。つーか身近じゃないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伏黒恵は兎角疲れていた。

 修行のために京都に出向いてからもう一月半も経つというのに未だに家に帰れていない。というのも、交流会後に何故か京都に残った真希により引き留められたからだ。

 

 

 『お前が伏黒恵か。悟からお前に体術を仕込んでくれって頼まれたぜ。…あ?学校?休めよ、どうせ普段からサボってんだろ。…つい最近死ぬほど扱かれたから間に合ってる?先輩が忙しい中わざわざ面倒見てやるっつってんのに生意気な奴だな。ちょっと表出ろ』

 

 

 そんな感じで因縁をつけられ、”体術のテスト”を強制された結果、追加で一ヶ月も居残る羽目になった。交流会前に()()鍛えられたとはいえ、そんなに簡単に強くはなれないということを思い知らされた形だ。

 

 彼女が任務などで不在な時以外毎日朝から晩まで付き合わされる。暇があれば見覚えのある黒い刀を渡され、呪力を籠めろと言いつけられる。

 横暴さで言うと彼女と陽明は非常に似通っていると思った。

 

 

 「…行くなら南がいいか」

 

 

 東京校(ひがし)に行っても京都校(にし)に行ってもしごき倒される暗黒の未来しか見えない。

 一方北海道(きた)でも呪術連の術師たちが古より修羅のような日常を送っていると言い伝えられている。ここはやはり近年開校したという福岡分校(みなみ)に行くのが安牌ではないだろうか。

 

 

 

 「南?旅行にでも行くのか?」

 

 「…今はそんな呑気な予定を立てられるような余裕ないっすよ」

 

 

 伏黒は隣から聞こえた声に対してぶっきらぼうに答えた。

 

 今は高専の図書室の一角にて加茂から勉強を教えてもらっている最中だ。

 少し前、学校を一ヶ月以上休んでいるという現状を見かねた加茂が個人授業を提案して来たのだ。本当はもう中学レベルの授業内容など学ぶ必要などないのだが、合法的に訓練を休める絶好の機会を見逃す手はなかった。真希もわざわざ(面倒くさい)加茂の相手をしてまで訓練に付き合わせる気はないらしい。

 

 

 「…そうだな。現状私達には余裕がない。夏油傑の予告した百鬼夜行を無事に片付けられない限り」

 

 (いや、俺まだ高専所属じゃないから参加しないし。まあいいか)

 

 

 加茂と会話していると話が噛み合わないことが多々ある。とにかく世間一般の問題に話を持っていきがち、日常の雑談で政治や経済の話ばかりする面倒な人だ。

 

 しかし根が真面目過ぎるだけで基本的に悪い人間ではない。偶に少し不快なことを口走ってもそれは単に空気が読めていないだけなので、そういう人なんだとわかっていれば特に付き合うのは苦ではなかったりすることに最近気付いた。

 

 

 「加茂さんはもう準一級に昇格したんでしたよね。てことは中心市街地での迎撃ですか」

 

 「ああ、責任重大だ。京都は御三家のお膝元でもある。加茂家の面子にかけて何としても被害を最小限に抑えなければならない」

 

 (そんなプレッシャーの中でもこうして後輩に勉強教えたりするあたり、まあ相当お人好しだよな)

 

 

 二言目に『同じ御三家として共に呪術界を~』がなければ良い人だ。非常に惜しい。

 

 伏黒は少し話題を逸らす意味も含め、最近高専の職員の中で噂になっていることを尋ねようとした。

 

 

 「ところで、京都高専(ここ)を含めて各地の呪術名家から呪具が盗まれてるって本当なんですか?それってやっぱり()()()が」

 

 「恐らくはな。少なくとも呪詛師の仕業じゃない。多数の窃盗にあたって人的被害は皆無だ。そして犯行の際に残穢を全く残さないようにしているのは流石と言うべきか、一体どうやっているのやら」

 

 

 加茂が半ば感心したように言うのを聞いて伏黒は意外に思った。

 

 

 「人を傷つけていないとは言っても呪術を悪用している犯罪行為でしょ。加茂さんはもっと批判的になるかと思ってましたよ」

 

 「…今言ったように呪術的な証拠はない。だから、アイツはまだ呪術師のままだ。いずれまたここに戻ってきて自分の行いの責任を取るだろう」

 

 

 仲間への故なき信頼というわけではない。彼は誰よりも必死に、真摯に呪術師で在ろうとしてきた。加茂はこれまで陽明が呪術師として積み重ねてきたものを信じていた。

 

 

 「……」

 

 

 一方伏黒はまだ彼と関わりが浅いからこそ、ただ客観的に分析する。

 

 高専と協力しようとせずに単独で夏油と相対しようとしている。やはり噂通り復讐が目的なのだろう。だが相手は特級術師、まともにやり合えば勝ち目が薄いと思っているからこそ遮二無二呪具集めに奔走しているように見える。

 明らかに余裕がない。そして恐らく後先の事など考えてはいない。

 

 

 (…まあ、戻って来れたらいいけどな)

 

 

 彼が善人であるかどうかなど知らない。だが京都校の人々から厚い信頼を受けているということはわかる。きっと彼らにとっては必要な人物なのだろうと伏黒は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月31日、未明。 

 吉野山の廃寺。かつての御門家の人間が拠点としていた土地に彼はいた。

 

 なぜこの場所を訪れたのか。今や”声”の導きはなく、しかし魂の奥底に眠る生贄たちの意思が自らの故郷を求めていたのかもしれない。

 

 伽藍のあちこちに散逸した血痕は拭われ、覆い隠されている。それらの違和感に気づき、ここで何があったのかに思い至っても、もはや陽明の心が揺らぐことはなかった。

 

 全ての準備は済ませてある。後は時を待つだけ。

 惨劇の跡地とは思えないほど清浄な闇の中、精神を研ぎ澄ませる。

 

 

 ヴー、ヴー

 

 と、静寂を破る微かな音が懐から鳴る。

 通話ボタンを押し、携帯電話のバイブレーションを止める。

 

 

 「……分かった。俺も今からそちらに向かう」

 

 

 そう言って彼は電話を切り、眼下に並べられた数多の呪具を眺めた。

 

 百を越える準1級以上の呪具を集めてある。だがこれら全てを使うわけではない。()()()()()()()()()()()()()()、それでも十全に威力を発揮できるのは十が良いところ。

 究極的にはその中の一つだけが効力を発揮できれば良い。無闇矢鱈に武器を集めていたわけではなく、求めていた呪具(じゅつしき)があったのだ。そしてそれを見つけることは出来た。

 

 自らの力量を鑑みて最適な重さを割り出し、使う可能性のある呪具だけ影の中に詰め込む。それ以外は置いていく。

 捨て置かれた中には特級呪具も含まれていたが、役に立たないのなら無用の長物。わざわざ損耗のリスクを負うこともない。

 

 準備を整えた陽明は足元の影に全身を沈ませ、その境界を閉じた。

 

 

 

 一呼吸の後に再び境界を開く。

 影の中から出てきた先は、直線距離で約400km離れた場所。辺りを鬱蒼とした木々に囲まれた森深く。東京高専の所在地である筵山麓だ。

 そして高専の敷地を覆う感知結界の外縁より少しだけ外側。恐らく天元には既に勘付かれているだろうが、基本的に世俗に関わろうとしない彼が高専側に報告することはないだろう。

 

 傍らには人影がいる。影を使った転移のマーキングとして機能していた式神。

 それは陽明と全く同じ姿形を模した分身だった。

 

 

 

 これは封印に綻びが生じたことで還ってきたリソースの一部によるもの。目覚めたてで詳しいことは未だに分かっていないが、この術式は自身の思考に関わる能力らしかった。

 

 現在判明していることと言えば、思考速度・認知能力の向上、それに付随した五感や呪力操作精度の向上が自動的に付加されていること。また形の無い影に自分の思考を分け与えることでこのように分身を作ることもできる。夏油と相対した際に咄嗟に発動したのもこれだ。

 

 特筆すべきはこの分身自体も術式を使うことが出来るということだ。一般的な結界術、式神術はおろか、影の術式も用いることができる。呪力の自己補完能をもたせることも出来るが、分身の持つ呪力総量の分だけ本体の呪力総量が削られる。

 

 難点は呪力出力が本体の十分の一程度しかないこと。ただ陽明は分身作成の際に()()()()を行って不足を補い、本体の六割程度まで能力を向上させることに成功していた。

 

 

 現在、分身を用いて高専の外周を覆うように四方に起点を用意し、感知補助結界である『夜光界』を仕掛けようとしている。

 決戦直前になり高専所属の術師、補助監督たちはその殆どが出払っている。特に六眼は既に新宿に赴いている。目に見えない結界が辺りを覆ったとしても誰かに気づかれる心配はない。

 

 そう、気づかれてはならない。夏油傑の狙いが乙骨憂太、ひいては彼の持つ祈本里香の力であるということには、決して。

 

 乙骨は呪術総監部の命によって高専敷地内に留められている。夏油傑は確実にここに来る。

 狙いがわかってしまえば何の苦労もなく片がつく。乙骨を囮として夏油に五条悟をぶつけて終わりだ。そんなことは許容できない。

 

 

 

 術式を起動し、結界が高専全体を覆う。

 この結界を利用することで感知結界術の範囲を飛躍的に高めることが出来る。

 

 そして陽明は確認のために感知術式を発動し、早速想定外の異常を見つけることとなった。

 

 

 「……は!?」

 

 

 結界は正常に作動しているが、異常が発生した。ある人物が近づいてきているのを察知したのだ。

 敵ではない。だがおよそここにいるはずのない人間。

 

 

 しばらくその場で待ち、姿を現したのは筋骨隆々な男。今は半裸ではなくしっかりと学生服を身に纏っている。

 

 

 「何でお前がここにいる、東堂…!」

 

 「フン、異なことを言う。俺が親友に会いに来るのに理由など必要ないだろう」

 

 

 陽明は影から刀を取り出したくなる衝動を辛うじてこらえた。

 

 東堂がここに来れたということは現在開示されている情報を頼りに陽明の思考、行動原理を読んだということ。夏油の思惑をも察している可能性が高い。

 この男、頭だけは本当にキレるからあり得ないことではない…ともっともらしい理屈を並べ立てて、陽明はその先にあるさらに悍ましい考えに至らないようにしていた。

 

 とにかく、こんな巫山戯た男に全てを台無しにされるかもしれないと思うと怒りよりも虚無感が先行してしまう。

 

 そうこうしている内に結界を起動しに行っていた三体の分身が戻って来た。

 

 

 「…はぁ。どうやって処理する。このイレギュラー」

 

 「術式を使われないように取り敢えず手を切り落とすか。反転術式を習得していても流石に無い手足を生やすなんて容易じゃないだろう」

 

 「この場で邪魔される可能性は削れるが、既に高専と情報共有している可能性もあるぞ」

 

 

 そして分身たちは勝手に作戦会議を始め出した。各個体は基本的に自律稼働しており互いに意識の共有はできないのだ。各々が東堂の存在を察知して危機感を覚えたのだろう。

 

 奇妙な光景だった。元は同じ人間のはずなのにもう同じ思考には至らない。仕切りを与えられて分かたれたことで僅かに差異が生まれ始めている。互いに会話が必要だということがその証左だ。

 

 

 

 「しばらく見ないうちに随分と楽しいことになっているな」

 

 「…一度だけ言うぞ。俺の邪魔をするな」

 

 

 陽明はいつものように邪険にする。

 だが対する東堂は、少しだけ寂しげに笑った。

 

 

 「安心しろ。別にお前の邪魔をしに来た訳じゃない。ただお前に一言だけ言っておきたいことがあった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。勘が当たって良かったよ」

 

 

 違和感しかない。それはこの常識知らずの変人には全く似つかわしくない表情だった。

 

 だから陽明は察した。彼は本当に気付いてしまっているのだ。これから自分がやろうとしていること、その末路に。

 

 

 「命を懸けて呪術師の道を駆け抜けようとした男がその全てを投げ捨てたんだ。秤の奴じゃないが、有り余った熱は自分自身を燃やし尽くすしかない」

 

 

 彼の言う通りだった。

 もう高専に戻る予定はない。復讐の火に己の全てを焚べるつもりだ。

 

 

 「…お前が何を言ったところで俺は止まらない。だけど聞くだけ聞いてやる」

 

 

 邪魔をするというのなら手足をもいででも大人しくしてもらう。

 しかし止めるつもりがないというのなら、まだ少し話をするくらいの時間はある。

 

 

 「たった半年程度だったが、お前のお陰で退屈しなかった」

 

 「……」

 

 「だから敢えて言おう。お前に会えて良かった」

 

 

 陽明は少し待ってみたが、東堂の言葉はそれで途切れた。

 

 

 「………おい、まさかそれだけか?」

 

 「フッ、それだけだ。もう野暮なことは言わん。それじゃあな」

 

 

 東堂は本当にそれ以上口を開かず、さっさと踵を返すと、再び元来た道を戻っていった。

 

 

 

 陽明もその分身たちも皆、呆れてうなだれた。こんな時間にわざわざ京都くんだりから直接伝えに来たらしい。メールやラインでいいだろうにと思ったが、どちらにしても返事をすることはなかっただろうと思い直した。

 

 短い礼と別れの言葉だ。それが今更未練や迷いを誘うようなことはない。

 ただ全くの無意味でもなかった。今は、怒りや憎しみ以外のものがこの胸の中にあるのを感じる。

 

 

 

 「まあ俺も、お前が友達で良かったよ」

 

 

 東堂の呪力の気配も消え失せた後、その()は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少しだけ時が過ぎ。

 10月31日、18時00分。

 

 新宿と京都の地に、空から無数の呪霊が降り注いだ。

 

 

 




交流会団体戦は陽明が途中離脱した上に結局不正がバレて東京校の勝ち。
中一日休み挟んで三日目に普通に個人戦あり。秤と乙骨が決勝で争って、不毛過ぎる持久戦の末乙骨の降参負け。来年は東京校主催決定。
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