閑古鳥が鳴いている。
「東堂は2週間の謹慎処分かぁ…。もっと長くて良くない?入学初日の新入生に喧嘩売るとか」
俺は誰にともなく呟いた。
入学式は滅茶苦茶になった。
俺と東堂の喧嘩の後、計3棟の校舎に大きな風穴が空いたことに対してカンカンに怒った教師陣が現れ、すぐさま事情聴取が始まった。
結果から言うと俺は施設の破壊行為の責任や遅刻のことまで全ての責任を東堂に押し付けることに成功した。
俺は予定通り、東堂に一方的に絡まれて自分の身を守るために仕方なく防戦に応じるしかなかったという論を展開。実際大きく間違ったことは言ってない。
東堂は特に反論しなかったが、集まった先生方や先輩方の反応を見るに言い訳しても無意味だっただろう。みんな端から東堂が悪いっていって完全に決めつけてたし。
悲しいけど、信用ってやつは普段からの積み重ねなんだよね。どんだけ素行悪いんだアイツ。
かくして俺は俺に裏切られて切なげな顔をするゴリラを再び見ることになった。
「一方的に被害者面するのってどうなんですかね。御門くんなら喧嘩売られても上手いこと回避できたでしょ。実は自分が遅刻したのを誤魔化すために利用したとか…」
三輪が俺の言葉に反応した。意外と鋭いなコイツ、探偵か何かか?
「相手は1級術師レベルだぞ?新入生が絡まれて逃げられるわけ無いじゃん」
「自分だって同じくらいな癖に。制服の汚れ以外傷一つないし」
「いや、この右足。ちょっと腫れてるだろ。多分ヒビ入ってるわ。なんか背中も痛いし」
「へー、御門くんでも怪我するんですね」
するだろ。コイツは一体俺のことを何だと思っているんだ。
あと何か微妙に俺に対する当たり強くない?シン・陰の冬期強化合宿でちょっと厳しくしたせいか?
「メカえもーん!三輪ちゃんが俺のことチクチクと詰ってくるんだ!」
「…俺はメカ丸ダ」
「結構惜しかったな。俺は禪院陽明だ、よろしく。ところで傀儡?呪骸?」
「傀儡ダ」
「訳ありな感じね」
「いや、まあそうだガ…。ていうか今の流れで自己紹介始めるのカ」
「だって同級生だって確定してんのに名前すら知らないのは気まずくねぇか」
本来場を取り仕切るべき先生方がさっきの件の後始末に奔走していて俺たち絶賛放置中だ。
折角ちょっと大人しくなってるからといって、東堂に対する注意とか説教にご執心である。
まあもう少ししたら戻ってくると思うけど、気を利かせて互いの自己紹介くらいは進めといていいだろう。
「うーん、この人こんなキャラだったっけ。なんだかハイになってるような…。っていうか禪院?」
「ああ、実はつい最近禪院の養子になったから。でも別に御門でも陽明でもいいぞ。名字被り面倒くさいし」
「名字被りって?」
俺は教室の隅で存在感を消して黙っている少女に視線を向けた。
すごく話しかけられたくなさそう。わかり易い奴だな。
「…なによ」
「この前俺が当主と話してるの盗み聞きしてただろ」
「人違いじゃないかしら?私達初対面でしょう」
「ふーん。じゃあ名前は?」
「真依」
「姓は?」
「………禪院」
「やっぱりな」
東堂との戦闘によって感覚が研ぎ澄まされてしまっているようだ。彼女の呪力と視線にすら既視感を覚えるほどに。
表面上隠しているつもりだろうが、俺に対して警戒心を持っているのが分かる。
「まあそれはともかく、今や同級生同士なわけだし仲良くしよう」
「…善処するわ」
壁しか感じない。俺としても別に馴れ合うつもりはないし、基本的に来る者拒まず去る者追わずなスタイル(東堂を除いて)だけど、一応彼女も禪院の一員なわけだし出来るなら支持を得ておいた方がいい。
取り敢えず真依にはなるべく優しく、紳士的に接する方針で。逆に三輪には割りと厳し目にしてるから露骨になりすぎないように。
「よし、じゃあ互いに名前も確認したところで」
「あの、私まだなんですけど」
「彼女は三輪霞だ。シン・陰流を極めることが目標。みんな応援しよう」
「なんで勝手に紹介するんですか!?しかも超嘘情報!」
「高給取りになりたいなら1級術師になるしかない。1級になるならシン・陰の免許皆伝くらいにならないと。自明の論理だ」
「私の目標は2級です。そんなに高望みしてないので」
「はいはい。じゃあ皆、時間もあることだし、ちょっくら外で軽く運動でもしようぜ!」
「え、流された?」
確か歌姫先生だったか、巫女服リボンの人には教室で待機するように言われたけど、とにかく今は体を動かしたくて仕方がない。
俺は全く乗り気ではないクラスメート達を無理矢理外に連れ出した。
なんか今の俺のテンション妙に高くね?東堂の変態が感染ったか?
「なん、で!私がこんなこと、しないといけないのよ!」
「黙ってチャキチャキ走れ!」
ヒイヒイ言ってキツそうに校庭を走りながら恨み言を言っている真依に向かって叫ぶ。
軽く運動しながら我がクラスメート達の実力を確認した結果。
取り敢えず真依は予想外に体力がなさ過ぎた。
1500メートル走ったくらいでゼーゼー言ってるようじゃダメだろ。禪院の箱入りだったのか、今までロクに運動してこなかったことが窺える。高専に入学した以上呪術師志望なのは間違いないだろうが、何で呪術師になろうと考えたのかってレベル。
例え呪力量が少なくても術式を持っていなくても呪力を扱える時点で使い道は幾らでもあるが、現場から離脱する能力がないのはダメだ。
少しでも生存確率を上げるために、どんなタイプの術師でも最低限の体力と身のこなしは必須。真依は当分体力づくりがメインだな。ちょっと前にちょっと優しく接しようとか考えた気がするけど、あれは嘘だった。それどころじゃないわ。
あと流石にこの運動能力で前衛は厳しい。まかり間違って2級呪霊とでも当たったら秒で死ぬぞ。わかりやすく言うと一般人が身一つで人食い熊と対峙するようなもの。無理ゲー。
持っている術式にもよるけど、基本ツーマンセルで遠距離武器でのサポート運用を考えるか、最悪呪術師やめて補助監督への転向も視野だ。結界術の適性があるかどうかは結構重要だな。
「あぁ、真依さん、あなたも結局スパルタの被害者に…」
「誰がスパルタだ。級友の前で無惨な死体晒すよりはマシだろうが。お前は少しでも暇があったら抜刀しとけよ。座学の時間は常に簡易領域使いながら、並列思考の練習を」
三輪は相変わらず。最初に会った頃よりは成長しているのがわかるけどまだまだ。
取り敢えず今は基礎の繰り返ししかない。
「こんなことならいっそスポーツ選手でも目指したほうが良かったんじゃ…」
「残念ながら公の場で呪力を使ってズルしてるのがバレたらお縄だ。稀に自覚のない天然の術師が捕まることがあるらしい」
「呪術の秘匿かぁ…」
まあ呪術師が待遇面で割に合わない職業なのは間違いない。高確率に死が付き纏う仕事だ。金を稼ぐだけなら他に幾らでも方法があるし、呪術師であることに意義を見出せないなら続ける理由もないだろう。自衛のためにも力を付けておくのは悪くないことだと思うが。
しかし自ら望んで呪術師を続けるのなら、力を持つ者には果たすべき責任が付き纏う。
―――違う。力とは己が意思そのもの。ただ自らの望むまま、在るがままに振る舞え。
「あ…?」
思考にノイズが走った。
「どうしタ?」
少しふらついている俺にメカ丸が声を掛けた。
「いや…。今自分が何を考えてたのかわからなくなることってあるよな」
「あまりないガ。若年性健忘じゃないカ?」
「…怖いこと言うのやめてくれ」
この歳で物忘れなんて冗談じゃない。逆に記憶力には自信がある方だ、と思う。
…まあただのド忘れだろう。良くあることだ。
そうそう、確かメカ丸についてだったか。
ここにいるのは只の傀儡であるにも関わらず2級術師レベルの実力がある。彼の本体が卓越した傀儡操術の使い手なことは間違いない。
それはそれとして、傀儡操術や式神をメインに使う術師というのは本体が遠隔操作に集中するため潜伏することがままある。しかしここは外敵の心配をする必要がない学校の中、傀儡に制服まで着せて代行させるというのは明らかに異様だ。
本体を見せない理由は取り敢えず2つ、見せたくないか、見せられないかだろう。どちらにしても初対面の俺に対してわざわざ話したいことではないはず。
まあ聞くが。
「そういやメカ丸の本体って何処いんの?天元サマに倣って京都校の地下とか」
「…秘密ダ」
「俺の予想じゃ一つ所に留まっていると思うんだけど、もしかして敷地外?」
「詮索好きは嫌われるゾ。……ハア。まあこんなナリである理由はいつまでも隠せなイし、どうせすぐに話すつもりだったガ」
そして諦めたようにメカ丸は語った。
天与呪縛。何かを差し出すことで何かを得るのが縛りだが、彼はそれを生まれながらに強制されていた。
月明かりの刺激で焼かれる爛れた皮膚粘膜、身体欠損、下半身麻痺。そんな先天的な身体障害を代償として天から授かった広大な術式範囲と呪力出力。自分の姿を他人に見せられないし見せたくない、やはり俺の予想は当たっていたらしい。
幼少期に高専に保護されて以来、他人の援助を受けながら生き永らえているだけの肉達磨だと彼は自虐した。
「初めての学生生活のことはずっと楽しみにしていタ。改めて、仲良くしてくれると嬉しイ」
「メカ丸、そんな事情があったんですね…。最初に変な置物とか思っちゃってごめんなさい!」
「別に良イ。誰だってそう思ウ」
三輪がメカ丸に対して同情し、瞳を潤ませている中、俺は口元に手を当てて考え事をしていた。
本体が姿を見せない時点である程度広い術式範囲を持っていることは予想していたが、天与呪縛によるものだとするとそんな想定の埒外のものである可能性がある。
同時に操る事ができる傀儡の数はどれだけだろう。人の認識力の限界から考えて、リアルタイムで操作できる数は多くないはず。だが事前に命令を与えておきさえすれば無数の傀儡兵を用いることができるのではないか。そんな自律化の精度を高めていけば、メカ丸は重症の人手不足である呪術界において非常に大きな戦力になり得る。
それ故に惜しい。恐らくメカ丸本体の命は危うい綱渡りを繰り返している。皮膚・粘膜の重要な機能として、保水や外的刺激への耐性の他に感染防御とがある。それが正常に機能していない以上、突発的な感染症が主に彼の命を脅かす大きな要因であることは間違いない。
長く命を繋ぐ可能性があるとすれば、反転術式による持続的な身体の恒常性強化と異物除去。だがそれはただの現状維持に過ぎない。
呪術師にとってモチベーションは何より重要だ。言葉の端々から感じる自虐的な響き、呪術師で在るための理由どころか生きる理由すら彼にとってはリアルに感じられないのだろう。
同情はする。それとは別にメカ丸の能力は欲しい。
しかし現状俺の方から彼に与えられるものは何もない。戦うことしかできない俺では。
何か手札を探しておかなくては。
「ぷぎゃっ」
「あっ」
メカ丸のことを考えていたら一人延々と走っていた真依がコケた。頭からずるっと。
受け身も取れねーのか。老人かよ。
…まあでも余り急ぎ過ぎても良いことはないか。
走らせた責任をとって彼女を介抱してやっていると、校舎の方から例の巫女服の先生が駆けてくるのが見えた。
「くぉらあーー!!アンタ達、教室で待ってろって言ったでしょーが!!」
「さすが呪術師、服装といい元気な先生だな。見た感じ三十前後、もうそこまで若くないだろうに」
「……それ、絶対あの先生の目の前で言わないでよね。殺されるわよ」
真依に釘を刺されたが、そう言われると言ってみたくなるのは俺の性格が悪いからか?
取り敢えずまあまあ賑やかなメンツだ。想像していたよりは充実した学生生活になるかもしれないな。