呪術高専での授業内容としては、呪術師としての実習の他に、呪術知識の座学や一般的な高校課程の内容まで叩き込まれる。詰め込み過ぎで滅茶苦茶ハードワークに見えるかも知れないが、呪術実習を高校の部活などに置き換えればまあ何とかついていけそうな感じに思えてくるだろう。実際は午前中座学、午後はずっと実習みたいな感じで実習の割合が結構多いけどな。
高専入学時点で俺たち学生には実力に応じて呪術師としての等級が割り振られる。2級以上は単独任務が許されることになっているが、それ未満の学生の人数や引率の教員の都合などによって結局は学生同士複数人で任務に赴くことが多いようだ。
ちなみに俺は準1級スタートで1級昇格の審査中である。メカ丸は2級術師、三輪は3級、真依は4級術師だ。ということで戦力のバランスから考えて基本的にはメカ丸と三輪のコンビ、俺は真依の面倒を見ろといって組まされることになった。
「なぁ真依。野球のバットで倒せるレベルと言ったのは認めるけど、本当にバットを得物にするのはやめよう。あまりにも絵面がアレだ」
真依は4級呪霊を呪力を込めた木製バットですり潰し終わって一息ついている。
「潰れろ、ゴミ虫、気色悪い」などと呟き息を荒くしながらバットを何度も何度も地面に振り下ろす様は中々にホラーな光景だった。
しかし体力が付いてきたのはいいことではある。入学してから早1ヶ月、ぶつくさ文句言いながらも真面目に訓練を熟している証拠だ。
「ふゥーー、じゃあ一体どうしろっていうのよ。アンタや霞みたいに刀なんて使えないし、素手での拳法なんてもっと無理なんですけど?」
「いや体を鍛えろとは言ったけど肉弾戦しろとか言ってないから。自分でわかってると思うけど、呪力量の少ないお前では前衛をこなすに足る身体強化術を身につけるのは難しい。だからこれをやるよ」
そう言って俺は影からとある呪具を取り出した。
「札と、拳銃…?」
「俺の自家製呪符、事前に呪力を充填するタイプの繰り返し使える式神。銃の方はM500っていう大口径ハンドガン。こっちは呪力を込めて使う通常弾と特殊弾を用意してる。特殊弾には術式を刻んでて、着弾したら簡易的な結界が内から炸裂するようになってる。1級呪霊以上が相手でも有効なダメージを与えられる特別品だ」
以前直久と一緒に遥々アメリカに行き、各州を周って大量に武器類を購入したことがある。
俺の術式の前では銃刀法など無意味、武器の密輸入も仕放題である。まあ重さの関係で何度か往復する必要があったけど、お陰でウチはガサ入れが入ったら一発でしょっ引かれる程の火薬庫と化している。その他小銃、対物ライフルまで色々買ってあるけど取り回しの問題などによりほぼ使ったことはない。
M500は50口径の大型リボルバーで嘘かホントか、グリズリーを1撃が謳い文句。反動がクソデカくて普通なら完全に趣味用の銃だが術師が身体強化して使えば実用に足る。取り敢えず呪力を込めて試してみたら対物ライフル以上の威力になった。多分2級呪霊くらいならドでかい風穴が開いて一撃。それ以上だと場合によっては防がれちゃうかもだけど幾らかのダメージは与えられるはず。
俺も同じ武器を幾つか所持している。音がうるさいし俺自身は全く成長しないから殆ど使う機会はないんだけど、いざという時のダメ押しであり奥の手でもある。ぶっちゃけ特殊弾ぶっぱすれば特級でも祓えると思う。
正直、世の中の呪術師は現代兵器舐めすぎだよな。非術師が使って強いなら呪術師が呪力込めて使ったらもっと強いに決まってるのに。
俺が上層部に入った暁には呪術師の銃火器使用の導入を進める予定だから。呪詛師に渡ったらマズイって意見もあるが呪術の優位性はその隠密性なのに態々足のつく真似する馬鹿はいないだろう。
「1級って、こんなの貰っちゃっていいわけ?」
「ああ、俺はほとんど使わねーから。一人で戦う時は式神を前衛の盾として使って、お前は敵を遠距離から狙い撃て」
銃自体は普通の女子供が扱えるような代物ではないが、局所的にでも上手いこと身体強化すれば真依でも扱えるはず。
それと不発や暴発を防ぐために薬莢には呪力を込めずに弾頭にだけ込めるというちょっと器用なことをしないといけないけどそのうち慣れるだろう。
あとは真依の射撃センスに期待だな。
「貰っとくわ。ありがとう」
「礼ならいい。死なずに呪霊祓除に貢献してくれれば」
正直、真依に呪術師の才能があるとは言い難い。しかし俺はそんな真依でも呪術師として一人前に働けるような体制を築かないといけない。これはそのための実験の一つだ。
京都市から南東、山間部の限界集落となって久しい村。
呪霊は人からの呪力の漏出によって生まれるものであるから、こういった人口の少ない場所には基本的に強い呪霊は生まれにくい。被害も単なる怪奇現象など大したものではないことが多く、本来は圧倒的に不足している人的リソースをわざわざ割いてまでカバーすることはない。しかし見方を変えれば大したことはないからこそ呪霊を祓い始めたばかりのルーキー術師の訓練にはもってこいだということだ。
今回は金縛りや勝手に窓ガラスが割れるなどの被害が続き、住民から市の相談窓口に持ちかけられたことで高専にまで話が向かったという例である。過疎地では呪霊を観測してくれる“窓”もいないから手の空いている補助監督や低級の呪術師が実地調査を行う事が多い。
現地住民への聞き込みは基本として、地域に根づく伝承まで調べておくと事件の原因究明に繋がりやすいし、何よりリスクが小さくなる。しかし場馴れしている術師にとっても非常にかったるい作業であり、大抵は大規模な帳を張って空間の呪力密度を高めてから呪霊をあぶり出す方策を取ることが多い。
今回は真依の実地研修がメインなので彼女に任せて、俺は適当にアドバイスを投げるつもりだった。本当は教員が監督役として引率するはずなのだが、現場に慣れているということで俺に全部投げられた。三輪たちの方にはちゃんと付いてるからまだいいけど、そういうとこだぞ事故の元は。
しかし結果として、被害者の婆さんの家にさっき叩き潰された呪霊がぽつんと座っていたので特に苦労せず問題を解決することができた。
話を聞いてみれば少し前に飼っていた犬と猫が立て続けに死んで酷く落ち込んだ時期があったらしい。そんな個人的な感情ですら想いが強ければ澱んで形を為す。呪術師の仕事が減らないわけだな。
「なんだか肩が軽くなった気がするわ!本当にありがとうねぇ」
依頼人の婆さんがにこやかに話しかける。
「いえ、仕事ですので」
真依は努めて無愛想に返事をした。
「照れんな、素直に感謝されとけよ」
「…照れてなんかないんですけど」
「はいはい。じゃあな婆さん、適当に長生きしろよ」
そう俺が締めくくり、真依の初めての任務はあっさりと終わった。
補助監督が運転する迎えの車の中。
俺と真依は互いに会話もすることなく、それぞれ窓から外の景色を眺めていた。
呪術高専に入学してからはや1ヶ月。
実のところ、当初俺は高専に入学するつもりがなかった。呪術の師匠は足りていて、自分に必要なことは勝手に学ぶし、呪術師として活動するための基盤も一応確立できている。元々呪術師として活動する上で高専に所属することは必須ではない。既に高専関係者とコネクションを持っているなら、信用を得ることで呪霊祓除や呪詛師排除などの任務を請け負うことは可能だ。
高専には直久に指示されたから入学したに過ぎない。師曰く、学生としての青春は得難いものであり、呪術師として大切な“根っこ”を養成するための重要な要素だという。
青春などという曖昧な言葉に対する疑問は残っている。少なくとも義務教育の9年間は無駄な時間だった。級友たちとの会話や遊びなど、最低限の社交性を身につけるための訓練として無理やり解釈していた程。楽しくなかったわけではないが無意味で無駄な時間だという思いの方が強く残った。
別に彼らを非術師だからと見下しているわけではない。自分には果たすべき目的があり、そのためには幾ら時間があっても足りないというだけのこと。
それでも直久の言うことに従うのは彼を信頼しているという証だ。
だから一度高専に入ったからには時間を無駄にしないよう立ち回ろうと考えていた。入学早々に東堂という天才との邂逅できたことは一応収穫といえるだろう。
しかしやはり停滞感があるのは否めない。たまに余分な関わりを断って無性に一人きりになりたくなることがある。世界と関わりを断って、自分自身の内に埋没するために。
言いようのない焦燥感があるのだ。これまでただひたすらに既存の技のみを鍛え上げてきたが、この道をどれだけ辿ったところで最強には行き着かないという確信のような思いがどこかにあった。
なぜならその道は遥か遠い昔、既に……、既に…?
「ねぇ」
隣から声を掛けられ、我に返る。
横目で流し見てみると、真依は車窓から外を眺めているままだった。
「何だ?」
真依から俺に話しかけることはあまりない。未だに若干の苦手意識のようなものを持たれているようだ。
彼女は禪院本家の生まれであるが、あそこは(表向きは)血統よりも実力を重視している。おまけに男尊女卑がはびこっているらしいし、家での扱いが良いものじゃなかったことは想像に難くない。 禪院に飛び入りしてきた俺に警戒心を持つのは当然と言えば当然。
ただ一応俺なりに気を遣って無害アピールはしているつもりだ。多少なりとも効果はあると見て良いと思う。
「あなた、ウチの当主になるって言ってたわよね。どうしてわざわざ?」
「ついに盗み聞きしてたことを自白したか。まあいいけど。強いて言えばその立場が必要だからだ。条件も俺にとって最も都合が良い。何せ相応の力さえ示せばいいと現当主から言質を取ってるからな」
「ふぅん、そう…」
自分から聞いてきた割には気のない返事だ。実際、彼女にとっては誰が当主になろうが関係ないのだろう。俺についてもさしたる興味がない。
ここしばらくの禪院の人間の情報を収集する過程で真依のこともある程度把握していた。
双子の姉である真希が東京高専に入るために出奔し、何故かその巻き添えで彼女まで呪術師になる羽目になったということらしい。入学してからの様子を見るに、明らかに不本意だという感じだ。
「禪院真希、当主になるって言って家を出たらしいな。気になるか?」
「っ!」
真依は不意を突かれたように息を呑んだ。この反応を見るに図星だな。
家の人間の話ではカルガモの子供のように真希の後ろを付いて回っていたらしい。敢えて表に出さないようにしつつ無意識に真希のことを考えているのか、だいぶ拗らせているようだ。
「別にどうでもいいわ、あんな奴のことなんか。才能も実力もないのに夢だけは大きいただの馬鹿よ」
嘘ばかり、どうでもよかったらこんなに過剰反応するかよ。
「ふーん。お姉ちゃん大好きっ子だった癖に、随分と辛辣だな」
「……何なの?勝手に人の事情を詮索して、気持ち悪い」
「まあそう言うなよ。次代当主として家人のことは知っておく必要があるんだから」
「何が当主よ、馬鹿じゃないの?アンタ達皆馬鹿ばっかりでホントうんざりするわ!」
真依は唾でも吐き捨てかねない勢いで言った。
いつもながらのことだが纏っている負のオーラが凄い。これで呪力量が極端に少ないっていうんだから呪力が負の感情から生じるっていう説にも疑問が湧く。
姉に置いていかれたことがショックとか、それだけ姉のことが好きだったということか。
しかしいつまでもこうしてウジウジしていられるのは俺としても鬱陶しいな。呪術師の先輩として面倒を見ている甲斐もない。そろそろ言おうと思っていたことを言ってやることにした。
「俺が馬鹿なのは自分が一番よく知ってるよ。取り敢えずお前に言いたいのは一つだけだ。状況に流されて仕方なく呪術師続けるのはやめろ。やるかやらないかくらいは自分で選べ」
本音を言えば呪術師としてやる気を出してほしいが、コイツにソレを言うのは酷だろう。そもそもメンタルも実力も何もかもが呪術師に向いていない。
それならせめて自分の道くらいは自分の意思で決めて欲しい。俺の周りの人間を、本人が不本意なままで死なせたくない。
しかしこれはただの願望だ。
現実には自分の道を選ぶことが出来ない者が多いということはわかっている。大抵の場合、弱者にはその選択肢すら与えられない。
俺の言葉を聞き、当然のように真依はそのキレイな顔を怒りに歪ませて睨みつけてきた。
「偉そうに、何様のつもり!?私にそんな権利があると思う?じゃあ言ってやるけど、私は呪術師なんてやりたくないのよ!真希のせいで無理やり…!当主から直接命令されてどうやって断れっていうのよ!」
真依は唇を噛み締め、少しだけ涙目になりながら吠えた。
家の方針、直毘人の命令で補助監督に転向することも出来ないのは確かな事実だった。
自分で言ってはみたものの、実際家から出る選択肢なんてないに等しい。後ろ盾も何もない子供が一人で出来ることなんて本当に限られている。俺の師匠のように窃盗して生計を立てろだなんて口が裂けても言えない。
だから自分で選択肢を作れない奴には他人が作ってやるしかないんだ。
俺は初めからそうするつもりで会話を誘導していた。
「じゃあ俺が当主になるまで待ってろ。高専卒業までに直毘人を隠居させる。それまでは任務の面倒も全部見てやる。代わりに呪霊を祓うからお前は危なげなく適当に頑張っとけばいい。お前は呪術師を続けなくてもいい」
やりたくない奴はやるべきじゃない。望まないことにを懸けるなんて何よりもバカバカしい。
その程度の選択肢は誰もが持っていてしかるべきだ。
真依は目を丸くして、訝しげな顔で俺を見ていた。
「…そんなことしてアンタに何の得があるわけ?それに現当主を隠居させるとか正気?」
「正気かどうかは知らんが俺はやると言ったらやる。それと別に損得の問題じゃない。俺の周りで知り合いに死なれるのは寝覚めが悪いってだけだ。今んとこお前が一番死に易そうだからな」
直毘人を早期に隠居させることについては前から目標として考えていたことだった。国の法をガン無視して旧態依然とした家制度による財産・権力の集中、家督相続を残している家だし、隠居制度も残っていないと色々と不都合だろう。
現に五条悟は術式が判明した時点で五条家の家督を引き継いでいる。同じことを実現するためには彼のように既存の1級術師を優に超えるくらいの実力を示さないといけないことになる。
実際問題として直毘人が死ぬのなんて待っていられない。あの爺、下手したら100歳超えても現役してそうな溌剌さがある。
真依は何と答えるか迷っているのか、口を小さく開いたり閉じたりさせている。彼女にとってはメリットしかないと思うが、何か迷うことがあるだろうか。
いや、よく考えてみれば、無償の奉仕ほど胡散臭くて信用できないものはないし、逆に提示できる対価がないのは居心地も良くない。俺が浅い付き合いの知人にそんな提案されたら間違いなく蹴るな。
「こうしよう。高専在学中、俺は可能な限りお前の任務に同行し、付随する危険を排除する。代わりにお前は雑用として働け。具体的には俺の代わりに高専生活中の雑事を片付ける。…例えば報告書を纏めたり、書類を作ったり、宿題をこなしたり…まあ所謂秘書的な役割。もちろん無理強いはしないし可能な範囲で良い。一応対等な契約という形だが、どうだ?」
「…それくらいなら…出来ないこともない、けど」
「決まりだな。じゃ、そういうことで上には話通しとくから」
「……ええ」
真依はまだ少し戸惑いながらもゆっくりと頷いた。
俺は真依から視線を切って窓に向き直った。ぼーっとしながら流れる山林を眺めた。
我ながら全く度し難い。他人の事情に構っているような暇はないというのに、既にコイツのことを助けないという選択肢がない。ほっといたらいつの間にか死んでいそうな奴、他人事だと言って切り捨てるのなら何のために呪術師になったのかもわからなくなってしまう。
俺だって何でもかんでも背負うことなんて出来ないってわかっている。だからあまり他人と関わりたくないんだ
耳目を塞いで生きていけるならどれだけ楽だろう。不幸そうにしてる奴がいるとこっちまで不幸な気分になってくる。何とかしないといけない気がしてくる。これはもう半分病気だと思う。他人が幸せそうにしててもこっちは幸せな気分にはならないんだけどな。
何だか考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。体力を蓄えるために少し眠ろう。
「ねぇ」
と思ったらまた話しかけてきた。これ以上余計なことはあまり考えたくないんだが。
「なんだよ、まだなんかあんのか?」
「さっきは御免なさい。当たり散らすようなこと言って」
「いや、わかっててわざと地雷踏んだから全然謝らないでいい。そして俺もお前には謝らん。何故ならいつまでも隣でため息を吐かれて鬱陶しかったからだ」
「……アンタってもしかして性格悪い?」
「人から言われたことはあんまりないけど、薄っすら自覚はしてる程度に」
「うわ、最悪…」
真依はそう言って顔を顰めた。
失礼な、絶対お前も性格悪い方の人間だろうが。
でも少し元気が出たようでなによりだな。
「性格悪いと言えば、直哉って奴が禪院家の中で最低最悪レベルの評判なんだけどどんな奴?結構忙しいのか、未だにバッティングしてないんだよな」
「短気で直情的、傲慢さは天井知らず、他人を見下すことにかけては右に出るものはいない、あと女の尻しか見ていないようなクソ甘やかされたボンボン馬鹿男よ」
「わお、そこまで細かくてどストレートな悪口聞いたの俺初めて。よくそんなにスラスラ出てくるな」
「表立って口には出さないけどみんな思ってることだし。…そういえばアンタの髪って染めてるのよね?タイプは違うけどあのボンボンも金髪だし、ウチじゃ印象悪いからやめといたら?」
「ご忠告どーも。もはや惰性で染めてただけだしそうしますわ」
真依のアドバイスを聞いて、この日を境に俺は髪の色を地毛の白に戻した。