呪術縁起   作:生乾きの服

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9.呪具製作の天才

 俺はよく夢を見る。自分ではない、他人の記憶を見ているような夢。

 目覚めたときには夢を見たということさえ思い出せない。だからこれは単なる幻、あったかどうかすらわからない幻想に等しいもの。

 

 その時代でも俺は呪術師だった。ただ現代と違うのは、今よりも遥かに強力な呪霊や、反転術式、領域を使いこなすような凶悪巧者な呪詛師共で溢れていたということ。

 

 自らを律する鎖を持たず、ただ欲望の赴くままに他者を害する獣の群れ。俺の…“私”の役目はそんな害獣共を闇から狩り尽くすことだった。

 全ては人の世の平安を築くため、私は呪術師という役割に殉じた。

 

 

 

 

 村が燃え落ちていた。足元には一つの骸。獣に食い荒らされて骨や腸が露出している。事切れてから暫く時が経っているだろう。

 これは私の兄弟子、かつて友だったものの成れの果て。

 

 彼もまた私同様に呪術師だった。自らとおよそ関わりのない村を救うために命を懸け、結果として敵を屠ることは出来たのだろう。首だけになった呪詛師の躯も共に放置されていた。

 しかし彼はその本懐を遂げることは出来なかった。村は燃え人は死に絶え、かけがえのない命を賭して得られた成果はちっぽけな害獣を一匹駆除したことだけ。この呪い蔓延る現し世では焼けた石に一滴の水を垂らしたようなもの。

 

 それでも彼の行いを無意味なものだと考えたくはない。重要なのは過程なのだと、理想を目指す意志なのだと思いたかった。

  

 

 背後によく見知った呪力を感じる。私に呪術を教えてくれた人のものだ。

 私の背に向かって師が語りかける。

 

 「間に合わなんだか」

 

 「ええ、私が着いた時には既に。しかし敵は見事討ち果たしたようです」

 

 「…戻るぞ。お前は穢れを清め、次なる修行に励め」

 

 「いえ、私はもう暫くここに残ります」

 

 いつものことだ。兎角命が軽いこの世では、過ぎ去った者に目を向ける余裕さえない。

 だが私には彼らを忘れることが出来ない。なればこそ、その無念を強く心に刻みつける必要がある。

 

 私がそう言うと、師は眉を顰めて苦言を呈した。

 

 「良いか、諸行無常と心得よ。執着は苦しみしか生まぬぞ。自らにも、他者にもな」

 

 聞き慣れた言葉だ、言われずとも分かっている。

 

 執着、欲望、そして恩讐…全てが呪いの源。欲を持って欲を制し、呪いの因縁を断ち切ることこそ呪術師の役目。しかしそれによって叶うのは自らの救いのみ。

 通り過ぎる者たちに目を向けず、見ぬ振りをすることなど正しき人の在り方ではない。我が師もそれはわかっている。ただ彼は自身を戒めているだけだ。人を想う余り自らが獣に堕ちぬようにと。

 

 善であれ悪であれ、本当の意味で執着を断ち切れるものなど覚者を除いて居ない。

 故にこそ人は理性の鎖で自らを縛らなければならない。

 人に仇なす凶悪な獣を解き放つことのないように。

 

 

 

―――それで。自己を縛りつけたところで一体誰が救われた?

   ただ只管に無意味な後悔を生んだだけだろう。

 

   思い出せ。他を顧みない圧倒的な自己、その在り様を。

   あれこそが、我ら(呪い)の在るべき姿だ。

 

 

 

 「……待っていろ、宿儺」

 

 午睡の微睡みの中で無意識に言葉が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 「スクナ?」

 

 傍らに、俺の呟きに反応する声があった。

 

 急速に意識が浮上していきゆっくりと目を開くと、そこは補助監督が運転する車の中。

 ああそうだ、これからいつものように任務に向かっているところだった。

 

 隣の席を見てみると任務に同行する予定の同級生の少女がいた。

 

 「…俺、もしかしてなんか寝言でも言ったか?」

 「ええ。真依ちゃんって可愛くて最高だなぁって言ってたわ」

 「嘘つけよ。ありえねぇだろ」

 「それはどういう意味かしら!?」

 

 いやそのまんまだろ。なんだコイツ面倒くせぇな。

 

 

 

 

 呪術師には繁忙期というものがある。大体初夏から夏の終わりくらいまでにかけて、呪霊が目に見えて大量発生する時期のこと。丁度今は6月頭で繁忙期の只中だ。

 秋から冬の人々の陰鬱な空気が呪力となって漏出し、時間を掛けて局所的な澱みとなるという説が主流で、確かに日照時間が長くて温かい南の地方の方が呪霊の数的には少ないらしい。しかし誰かがそういった呪力の流れを観測しているわけでも真面目に研究しているわけでもない只の俗説なので眉唾ものではある。

 

 それはともかく、最近は俺も呪術師の一戦力として数をこなすようになって来た。今は1級審査中の身だが夏真っ盛りになる頃には1級に上げられているだろう。さらに馬車馬の如く働かせるために。

 というかマジで人手が足りない感が半端ない。何なら俺だけ授業短縮されて働きに行かされてるからな。授業や日課をこなすので精一杯でその他の自己研鑽に当てる時間がないのは困りものだ。授業はほとんどずっと寝ているけど。

 

 そして下の等級の術師の面倒を見るという役は相変わらず。まあ俺の場合はわざわざ志願してその役割を担っているのだが。

 彼女はまだ実力養成の段階であるので任務の頻度は少ないが、3級以下の術師であっても容赦なく現場に駆り出されることに変わりはない。俺が甘やかしているせいでいつまでも育成ファーム暮らしの予感しかしないな。

 ただまあ肩代わりするといっても最低限自衛出来るくらいの力はつけてもらわないといけないので、ちょくちょく雑魚呪霊の相手はさせている。え、普通に契約違反だって?知らんな。

 

 

 「っと、悪い!そっちに一匹行った!」

 「ひいぃぃ!!ちょっ、ホントに無理!キモいキモい気持ち悪い!!」

 

 デカい尺取り虫のような呪霊が蠕動運動しながら真依の元へ近づいていった。例のごとく人面付き。

 

 現在、とある中学校の体育館で同種の呪霊が数十匹も天井に吊り下がっているという状態。

 俺は体育館備え付けの遮光カーテンを全て閉めて真っ暗な空間を作り、闇を伝って天井を這いながら一匹ずつ切り祓っていたのだが、1匹だけ消失反応の振動で落ちてしまった。

 

 「落ち着け!まず式神を出して相手させてその隙に冷静に銃の照準を合わせろ!練習を思い出せ!」

 

 呪霊は精々が3級程度、俺が渡した式神でも時間稼ぎどころかそのまま祓えてしまうレベルだ。

 

 俺の言葉を聞いて、真依は涙目で唇を噛み締めながら懐から呪符を取り出した。

 術式が発動し、呪符を媒介として一匹の中型犬が顕現する。完全に見た目が柴犬だった。

 

 「ちっさい!本当に役に立つんでしょうね!?」

 「お前のへっぽこ体術よりは役に立つわ!」

 

 失礼な、俺の最高傑作に向かって。

 そう言いながら俺は例の呪具、天羽々斬(偽)を影から取り出した。呪力を消費して斬撃を飛ばすローコストの遠距離呪具として使え、使い手の技量に応じて威力も調節できて使い勝手がいい。

 今は真依が実戦経験を積むこと優先だが、あいつが仕留めそこねたらカバーしてやる。

 

 

 柴犬式神は獰猛に吠え立てながら呪霊に向かって駆けていき、左右斜めにステップを取りながらその首元に噛みついた。

 うむ、我ながらいい感じに行動パターンが組めている。リアルに動かすために一時期犬を飼って徹底的に観察した甲斐があった。アイツは新しい里親の元で元気にしているだろうか。

 

 呪霊はバタンバタンともがき苦しんで式神を振り落とそうとしている。

 真依の方を遠目で見ると、嫌悪感をありありと顔に浮かべながらも冷静にマグナムの照準を定めていた。

 

 バンッ!と大きな破裂音、銃口から爆炎が吹き出す。

 

 呪力なしでも人間に当てたら頭がザクロみたいに弾け飛ぶ威力だ。

いい感じに呪霊の頭が吹き飛び、うまく仕留めたかと思いきや…。

 

 さらにその胴体も全てすぐさま内から破裂し、消滅反応を待つこと無く全身が木端微塵に爆散した。

 

 

 一目瞭然だった。

 真依の奴、例の特殊弾を使いやがった。1級以上にダメージを与えるためのものをたかが3級相手に。

 

 「おい、絶対普通の弾で祓えただろ!アレ1個作るのに結構手間掛かるんだぞ!」

 「うるさいわね。気持ち悪かったんだから仕方ないでしょう」

 

 真依は俺の叫びなぞどこ吹く風とばかりに、銃口から立ち上る硝煙に息を吹きかけた。

 さっきまでの焦りが嘘のように涼しい顔だ。

 

 しかしその余裕も続かなかった。

 爆弾が爆発したような大きな発砲音が空間に反響し、刺激された呪霊共がぼとぼと地面に落ちる。そのまま大量の人面イモムシたちが真依の元にも向かってぞもぞと動き始めた。

 

 「ひ、ひぇえ…」

 

 下手なホラー映画よりも悍ましい絵面だ。真依は腰を抜かさないようにするので精一杯と言った様子だ。

 

 

 やべぇ。カバーしてやるしかないなこれは。

 

 天羽々斬(偽)に呪力を込め、目一杯の力を込めて宙を斬る。

 

 不可視の斬撃が一匹の呪霊を裁断し、敵は煙を上げて消失した。

 始めからこうしていればよかっただろうとか言うな、無惨に切り刻まれた床や天井や壁を修繕する人のことも考えろ。

 

 俺は上からの俯瞰によって位置確認しつつ、次々と作業のように斬撃を繰り出して呪霊を屠る。

だが如何せん数が多い。数匹の呪霊が斬撃の嵐を掻い潜って真依の元へ向かっていく。

 

 本陣を取られたら負けだ。確実に真依のガードを固めるために天井から跳躍しようと脚に力を込めるが、予想外のことが起こった。

 

 

 「うわあああ!!死に晒せやクソ虫どもがぁああ!!」

 

 真依が動転したように声を上げる。

 

 残り5匹の呪霊に対して4発の発泡。真依に渡したS&W M500という銃は装弾数5発、つまり弾は撃ち尽くした。そして呪霊の内の3匹はほぼ同一直線上に重なっていた。

 

 仕留め損なったと思い俺が跳躍した瞬間、全ての呪霊がほぼ同時に爆散したのだった。

 

 

 「おお、マジでか」

 

 最後の正面の3匹を屠った弾丸、恐らくピンホールショットだな。

 最高威力の拳銃の弾とはいえ、真依が込める呪力量では1匹は貫通したとしても流石に2匹目で止まったはず。2発の弾丸で3匹目に当たったということは、1発目で作った弾の通り道にそのまま2発目を通した可能性が高い。

 まあ普通の拳銃が作るようなか細いものじゃなくてドデカい風穴は空いていただろうが、とんでもない反動があるはずなのによくあそこまでの精密射撃が出来るもんだ。

 どうでもいいけど弾が貫通した呪霊も爆散しているので、弾丸が接触した時点で術式がうまいこと発動するという結果が確認できた。

 

 祓除の功労者を見てみると、完全に目が据わっている。ゾーンに入ってんなこれ。

 

 「おい、のび太」

 「はあはあ……ふうーーーーー。…誰がのび太よ」

 

 真依が我に返ったように深く息を吐く。

 

 「のび太くんはガンマンとしての最高の褒め言葉だぞ」

 「どうせなら冴羽獠って呼んで頂戴」

 

 シティハンター知ってんのかよ。禪院も意外と俗だな。

 いや、俺が聞きたいのはそんなことじゃないんだけど。

 

 「なあ、今の全部特殊弾だったよな。少なくとも3発は。俺お前に2発しか渡してなかったと思うんだが」

 「うっ…」

 「もしかして見様見真似で自分で作った?呪具作りが十八番とか…、いやお前の術式か?」

 

 結界術が内から炸裂して呪霊を構成する呪力を散らすように働く対呪霊必殺弾なんだが、1つ術式を刻むのに1ヶ月は掛かるというコスパの悪さだ。真依が呪具作りの天才でもない限り、自分で一つ一つ術式を刻んだとは少し考え辛い。コイツは絶対に何か生得術式を隠している。

 

 ここぞというときの切り札として使うように厳命していたからさっきはキレたわけだが、量産出来るというのなら話は別だ。

 

 「…お察しの通り、私の術式。構築術式って言って、呪力で物質を作れるのよ。ハァ…、ずっと誰にも秘密にしてたのに…」

 「おいマジか」

 

 例の宇宙の法則を著しく乱す術式じゃん。

 いや呪術自体が既存の科学を全部置いてけぼりにする代物だけど、わかりやすくチート臭い術式来たなこれ。

 術式が刻まれた呪具とかも作れるってことか。しかも見ただけで模倣して。一体どんな仕組みだよ。

 

 「おま、それ早く言ってくれ。滅茶苦茶有用じゃねーか、呪具作りたい放題とか」

 「…私の呪力量じゃ1日1個の弾丸を作るだけで精一杯なのよ」

 「ばっか、呪力の変質を抑えて溜めとけばいいだろうが。術師は基本的に自分の呪力だったら好きに扱えるんだから」

 「え?」

 

 俺は影から種々のアクセサリー類を取り出してみせた。全て呪力を蓄えるための呪具だ。

 普通モノに呪力を込めても時間経過で霧散するが、これらには結界術を応用して組み込むことで呪具の内外の時間の流れを分断して呪力が散逸する速度を極限まで落としている。

 結界自体も呪具に込めた呪力で稼働するからじわじわと減っていくのは欠点。あとあまりに呪力を込め過ぎたら呪物化して呪いを呼び寄せたりもする。

 

 まあ大抵の術師は術式性能、呪力の量と出力、補完速度などのバランスが取れているので、術を使いすぎて呪力切れになることなど滅多に起きない。呪力量が多い術師にはそれなりの出力と補完速度が備え付けられているということだ。

 さらに言うと、こういった呪力を外付け備蓄するための呪具は流通量が少なく、多くの場合機能に対して割に合わない法外な値段がついている。コスパが悪すぎてわざわざ手に入れようとする人間は多くない。需要がなければ供給もないのだ。

 しかし自慢ではないが俺は結界術を用いた呪具制作に関してはかなり自信がある。時間的な制約のせいで自分用以外のために量産しようという気にはならないけどな。

 

 「コイツらには俺の呪力が備蓄してある。万が一にでも呪力切れに陥らないように」

 「そんなことできるの?そんな呪具初めて知ったんだけど。ていうか、アンタどれだけその謎空間にモノ詰め込んでるわけ?ドラえもん?」

 「精々100キロ分くらいだ。あんまし詰め込むと血が頭に上んないし動きが鈍るから制限してるんだけど」

 「えぇ…重さが反映される仕様かよ。なんでそれで普通に動ける…」

 

 そら修行の賜だ。身軽なのに越したことはないが、質量イコールパワーでもある。自然界の法則的に。

 あと単純に肉体が重さに適応して徐々に強靭になってきている気がする。一応成長を阻害しないように寝る時は全部排出してたりもするが。お陰で俺の枕元は少し物騒なことになっている。

 

 俺は呪具の中から手頃なものを選んで、呪力を全部吸い上げてから真依に投げて寄越した。

 大きめの黒いダイヤがはめ込まれた黒いチョーカー型の呪具だ。ちなみに人工ダイヤ。

 

 「それ付けて、術式使わない時でも自分の呪力補完とプラマイゼロになるくらいの速度で流し込んどけ」

 

 呪力量の最大値を増やすことは中々難しいが、外付け出来るなら実質最大値増である。ぶっちゃけこの呪具一つで真依の呪力量上限は余裕で上回っている。真依換算で20人分くらいか?改めて真依の呪力量少なすぎ。

 

 真依の場合は呪力量に比例した呪力補完速度しかないと思われるので、ゆっくりジワジワと増えた上限まで呪力を蓄えることになるだろう。25mプールに普通の蛇口でチョロチョロ水を注ぎ込むようなものだ。

 ただその呪力量の少なさに対して、なぜか出力だけは一般術師並みにあるようなので蓄える意味は十分にある。一応実戦に耐え得るような身体強化も可能だろう。本人は絶対に望まないだろうが。

 

 「…で、なんでチョーカー?指輪とか腕輪とかもあるのに。まあセンスはいいけど」

 「それだと手とか腕ごと飛ばされた時に紛失するだろ。その点首は刎ねられた時点でどっちみち終わりだ」

 「クソほど最低な理由じゃねーか!」

 

 うわ、真依ちゃん本当に素で口わりーなぁ。やっぱりちょっと怖いよ。

 

 

 ともかく構築術式が呪具の術式模倣すら可能ならこれほど有用な術式はない。  

 これなら呪術師なんてやらなくても呪具製作で生計を立てていけるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 夕方、高専女子寮。

 三輪が食堂に行くために廊下を歩いていると、向かいから真依が歩いてきていた。

 

 「鼻歌なんて歌って、なんかご機嫌ですね。今朝は任務があるからって言ってめっちゃ機嫌悪かったのに」

 「んー、べっつにー?」

 「あれ、その首の、朝そんなの付けてたっけ。買ったの?」

 「フフン、なかなか目聡いわね。あげないわよ?」

 「いや別に欲しいとか言ってないし…」

 「あぁん?欲しくないですって!?結構かわいいでしょーが!」

 「めんどくさ!真依めんどくさい!」

 

 

 




真依のキャラの再現性が低いって?

俺もそー思う
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