「……トリニティの被害は甚大。主戦力の一部の損傷にも成功してます。」
「そうですか。あまり期待はしてませんでしたが、御苦労様です。」
マダムの冷たい声が、私達に突き刺さる。労いの言葉を受けているのにも関わらず、どこか冷徹な言葉をかけられているようにも感じてしまう。殆ど読み解けない表情も、凍りついたかのように真顔だ。
「私の指示で、別部隊も奇襲に携わりましたが、顔を合わせたかしら?」
「いえ、接触はしてません。」
「そうですか。その部隊は個別に動いてもらう予定ですので、不要な詮索や接触は避けるように。」
「はい、マダム。」
別部隊。私達の知らないアリウスだろうか。或いは、寝返ったトリニティだろうか。マダムが詮索するなと言う以上、我々には知る権利など無いために、その思考も徒労に終わる。
…それにしても、あまりにも淡白過ぎる。マダムが冷徹なのは、骨身に染みているものの、ここまで一つの作戦に対して淡白だったのは、私の知る限りでは初めてだ。
まるで、興味が無いものに向ける態度。心底、どうでもいいと思う態度。……この作戦は、
だとしたら、何故こんな作戦を?わざわざトリニティの本陣に対してのそれなりの規模の作戦を?この作戦が重要な役割を担うと言われれば、至極真っ当と思う。では何故、一見して重要な作戦をどうでもいいと一蹴出来る?
「報告は以上でしょう?なら下がりなさい。」
「はい。」
─アズサ。お前達を襲ったのは、大人数の隊だろう?
─…………違う。
……別部隊?だとしたら、
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「儀式の決行を早める?」
「えぇ。儀式自体、別に決められた日に執り行う必要は無いので。それに、スクワッドに疑念が浮かぶのも、時間の問題です。」
そうか、とだけ返しておく。
賢明だ、とは思う。ベアトリーチェならば、「疑念など些事でしょう。その為だけに早めるなど、早計にも程があります。」という結論に行き着くとばかり考えていたものだが。
「……にしても、計画の機密らしき事を矢継ぎ早に私に伝えるな、お前は。」
「あら、これでも貴方を気に入っているのですよ?こんなに忠実な駒は、この世に二つとないのですから。」
やけに執着されているものだ。そんな歪んだ思いを向けられても、グシャグシャにして遠くにぶん投げる事しか出来ないが。
ベアトリーチェと行動を共にしてそれなりに経つが、彼女の狡猾さや冷徹さの裏を知れた。
恐らく、彼女は臆病なのだろう。弱腰とか軟弱とかではなく、自身に降りかかるアレコレを計算し尽くし、自身に良くない物を次々と切り捨てる。言い換えれば、超保身主義だろうか。目的は達成したいが、自分は無傷でありたい。紛うことなき、エゴイスト。
私からすれば、悪くない立ち回りだとは思う。やり方が敵を集めやすい事を除けば、だが。
恐らく、(あちらが契約違反しない限り無いが)私が裏切りでもしたら、地の果てまで殺しにかかるだろう。そんな光景が、ありありと思い浮かぶ。
「話を戻しましょう。数日後に決行の予定ですが、それに伴って彼女の拉致を依頼したいのです。」
「彼女と言うと……秤 アツコか。」
秤 アツコ。私も詳しく知らないが、ロイヤルブラッドなのだとか。アリウスは血統世襲制に近しい制度を取っているため、本来はアツコが次期生徒会長になる段取りだった。それを、ベアトリーチェが掠め取ったのだとか。「作戦に綿密に関わる以上、貴方には話す必要があると見たまでです。」とは言っていた。
それを初めて聞いた時は、それはまぁ驚いたものだ。トリニティの追われ者にほぼ等しいアリウスが、血統世襲制のような、まぁトリニティが採りそうな体制を採るとは思わなかったものである。
アツコからスクワッドにも共有済み、と想定して行動すべきだろうか。だとすれば、いくらマダム相手といえど、そう易々とアツコを明け渡す事はしないだろう。例の先生とやらの説得込みとすると、尚の事。
「先生とやらにスクワッドが絆される前にやれ、という事か。」
「……相変わらず、貴方の脳はどんな作りをしてるのかしら。正解も正解です。貴方なら、出来るでしょう?」
「出来ない訳が無いだろう。先生側がスクワッドを敵対組織として認識してる以上、そこまで介入出来るとも思えんからな。スクワッドだけならば、先の奇襲より楽だ。」
「頼もしい限りです。では、頼みますよ。」
一つ二つ瞬きをすれば、ベアトリーチェの姿はなかった。……どうせそんな遠くないのだから、わざわざ転移など使う必要もなかろうに。
─にしても、
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「……!?アツコ!?どこだ!」
目が覚める。再び別の作戦に駆り出されていた私達。野宿をしていたのだが、気付けばアツコがいなくなっていた。アツコがいたであろう場所には、周囲を警戒していた筈のミサキが、倒れてそこにいた。
「ミサキ!アツコはどうした!?」
「っ……リーダー…………して、やられた。」
─誰かが、一瞬で私を気絶させた。
ミサキのその一言を聞いて、私の顔は青ざめた。
誰だ。誰がアツコを連れ去った?トリニティでは無いはず。トリニティならば、数で物を言わせる手段を採る線が濃い。シャーレでも無いだろう。あそこの先生とやらは、人質をとるような手段を選ばない人間だと聞く。
そうなると、誰だ。殆どありもしない知識を絞り、有りうるケースを考えていく。
「リ、リーダー……こんなものが……。」
私が思考の沼に足を踏み入れようとした時だった。ヒヨリがその言葉と共に、ある紙切れを渡してきた。
─マダムはアツコを作戦から退かせる判断をした模様。急ではあるが、本拠点まで運ばせてもらう。尚、作戦は続行とマダムからの達しもある為、作戦の続行をされたし。
紙切れには匿名で、そんな言葉が書かれていた。なるほどと思った自分だったが、その考えは一瞬で吹き飛んだ。
「……リーダー、この文章……。」
「…おかしい。」
そう、
マダムは、アリウス内での絶対者。逆らう事など、まず許されるはずが無い。そんな相手からの達しとするならば、こんな砕けた文章は些か違和感を覚えざるを得ない。
それに、この文章を匿名で送る必要性が、分からない。アリウスからの伝達であれば、支給されているトランシーバーを使うはず。無線を誰かに聞かれる危険性を加味したとするならば、アリウスからの差し出しと書くはず。
「……例の、別部隊か?」
その可能性は、割とある。マダムは我々に、別部隊について詮索しないよう釘を打っていた。匿名で来たこの紙との整合性は、取れている。
「リーダー、それを確定するのは早計だと思う。…仮にそうだとしたら、リーダー達が気付かないのはおかしい。」
……そうだ。いかに隠密に長けた部隊であれど、人数が複数いれば、流石に気付いて起きるはず。
…いや、部隊の中で特に隠密に長けた隊員の一人が来たのか?それであれば、全ての辻褄が合う。
─まさか、アイツじゃないだろうな。
無限に湧き出る疑問符は、作戦決行の最中にも消える事は無かった。