「ミ……ミカ?」
「うん!そうだよ!」
嘘だと思いたかった。目の前の光景を、信じたくなかった。けれど、確かに目の前にいる。
聖園 ミカ。ナギサが気にかけていた、親友の一人。悪びれる素振りもせず、私の顔を見ながら、ただ毅然としている。それどころか、満面の笑みすら浮かべて。
「…どうして、こんな所に……。」
「え〜?何でって言われたら……。」
─平和の為、かな?
そう言いのける。随分と、あっけらかんに。
エデン条約の締結を阻害した組織に与して、一体何を平和とするのか。少しずつ、目の前の生徒の真理が分からなくなっていく。
「……少しの真実を述べて、内側の真実を話さないなんてな。随分と、お前も良い性格をしている。」
「ちょっと〜!何で茶々入れるかな〜!?」
「……え?」
何故?何でいるんだ?
潜影がそこにはいた。私の意識を置き去りに、二人は軽い口喧嘩をしている。あれでは、二人ともが共同戦線を敷いているように思うのだが。
……いや、きっとそうなのだろう。そうでなければ、潜影がここにいる理由なんて無い。
計算外。データキャラとは言えないであろう私ですら分かってしまう、大きな計算外。この作戦は、潜影の介入をほとんど考えていなかった。カタコンベに向かう人員も、その影響を受けている。
潜影が一人いるだけで、人員は大きく変える必要がある。それこそ、確実に仕留めるというのなら、各学園の精鋭が一人ずつはいる見積もり。しかしそうなると、学園の防衛が手薄に。
─そう。そもそもの話、
作戦を練り始めた時は、潜影について考えていた。しかし、割と早い段階で排除した。潜影込みで作戦を組むのは、およそ現実的でなかった為に。
「……先生とやらか。中々どうして、よく会うものだ。」
「こっちとしては、会いたくなかったよ……。」
本音が、皮肉や嘘の一つも混じっていない、本音が零れる。
どうしようか。ナギサから聞いているが、ミカの戦闘力は未知数。漠然と「強いですよ。」とは聞いたものの、それがどれ程なのかは知らない。
私の勘では、かなり強いように思う。今対峙しているからこそ分かるが、隙がない。仮に今から奇襲をしかけようものなら、返り討ちにあいそうな位には。
潜影は、最早言わずもがな。撃退出来た時もあれど、あれは潜影が自分から退いた結果。実力で勝利した訳では無い。それに、多対一の戦術が凄まじい。人数有利を取っているのに、優勢になれた試しがない。
この二人を同時に相手する?……生徒には言えないが、限りなく不可能に等しい。私が先生でなかったら、すぐさま撤退してやりたい。でも、それは選べない。
「…………皆、応戦できる?」
珍しく、私は弱気だった。
────────
「……あの人数、お前一人でどうとでもなるだろう。」
「えぇ〜!?私一人にあの人数を相手させるの〜!?貴方って、本当に鬼畜!!」
「言ってろ。援護はしてやる。」
「割に合わない〜!」
とか何とか言いつつ、戦闘態勢をとる聖園。バカみたいな戦闘力を備えておきながらあんな茶番をしてのける。余裕があるのか、はたまた別の意思からなのか。少しだけ、分からん奴だ。
……にしても、コイツもいい性格をしている。不満タラタラな文句は言えど、
いかにも、トリニティらしい。
「ねぇ!援護の頻度〜!!」
「それでも持ち堪えているとはな。胡麻一粒分だけ見直したぞ。」
「褒めてるように聞こえない!それに、褒めるくらいなら援護して!」
「……はぁ。」
話している事は正論なのに、こうも喧しいと……。アイツをぶん殴りたくなるものだ。援護の手が遅いのは事実な以上、少し手厚めにしておくとしよう。
……さて、戦況を整理しよう。
あちらは非常にバランスの取れた編成。前線を貼る生徒が複数おり、その他は支援に徹させる訳か。タンクを一人に絞るなら、割と悪くないだろう。生徒も指揮も役割と把握が容易になる為、非常にやりやすい。
対してミカは、ベアトリーチェから借りた戦力と共にある程度の編成。今回、編成等に対して私は一切関与していない。面倒だったのもあるが、気にせずともどうにでもなると踏んでいるからだ。
「これくらいの援護が出来るならっ!最初からして欲しかったかな!?」
実際問題、割と何とかなっている。私が関与した方が確実に勝てるのだろうが、せずとも問題なかろう。
勝つ事が目的では無い。
「……そろそろフルスロットルで行くぞ、聖園。壊滅寸前まで持っていけば、マダムとやらも文句言うまい。」
「あぁもう!注文が多いなぁ!!」
キレながら動きや実力を上げる。さながら、いつぞやかに読んだ漫画の登場人物みたいだ。……アイツ、漫才の才能あるな。
そうして数刻。段々と苦しい表情に豹変する生徒ら。押されている、という言葉では表現しきれない状況なのだ、無理もない。……どうしようも無い敵を、どうにか捌いているとでも言えばいいだろうか。
……壊滅寸前に持っていけばいいとは思ったが、これなら倒すのも時間の問題か?
────────
「っ!」
押されている。いや、ボロボロだ。
潜影の一言を機に、私達は劣勢に。元々、私達が優勢だったかどうかも怪しいが。ミカの攻撃は激しさを増し、的確な回避の数も増えた。そして何より、潜影の援護。こちらが嫌がるものを、的確に与えてくる。
あんな何でもありな奴が、いていいのだろうか。
……どうする、どうする?
─よくやりました、潜影達。
聞き覚えのある声が、一つ。しかし、それは嫌に無機質だった。
─貴方達のおかげで、儀式の準備が終わりました。
「わっ!ビックリした〜!」
「…………改めて見ると、気味悪いな。」
ベアトリーチェだった。
プロジェクターで投影したかのような、二次元の姿ではあるが。苛立った感情をぶつけたいと思うも、その心をしまう。
……儀式が完了した?事前の情報では、もっと遅くに始めるはず。
…………まさか。
─そうです。二人には時間稼ぎをしてもらったのです。おかげで時間も稼いだ上、貴方達は満身創痍。これ以上ない、完璧な結果です。
してやられた。
これだけの戦力を、囮としてぶつけられるとは。指揮者として、負けた気分だ。私達の動きを察して早めたのだろうか。それとも、あの奇襲の成功がトリガーだったのか。今考えたところで、それらは最早無意味。
─この儀式が成功すれば、キヴォトスは終わりを迎えるでしょう。……跡形もなく。
その言葉を、ベアトリーチェが発した瞬間。ここら一帯の雰囲気が激変する。
「……………………」
その気を感じる先を向けば、潜影。沈黙が、何かを語っているように感じる。およそ、穏やかな感情は察し取れない。むしろ、昂った感情を感じ取れる。
それを無視するように、冷酷な声は続く。
─貴方達は、指をくわえて見届けなさい。世界の終わりを。
映像は途切れる。
「聖園。これからお前は好きに行動しろ。が、私の邪魔はするな。」
鋭い言葉。私達には向けられていないというのに、その冷たさに酷い緊張を覚える。
そう感じたのも束の間。気付けば、潜影はいなくなっていた。いたであろう場所に、地面を抉った跡を残して。
────────
「……そういう魂胆か。見抜けなかった私にも、瑕疵はあるな。」
酷く、冷静だ。絶対遵守の条件を無碍にされたというのに。
……いいや、違うか。怒りは、ある。今にも脳が焼き崩れそうな位には。ベアトリーチェと対峙すれば、恐らく理性は飛ぶ。それまで、僅かな糸で理性が保たれているだけ。
私は、利用された事に怒っている訳では無い。むしろ、それを承知の上で契約を結んだ。だが、私の提示した条件を放棄した。それだけが、許せない。
それさえ守られれば、私は最後までベアトリーチェの駒で有り続けただろう。
……嗚呼、彼女は馬鹿だ。
「殺す。」
─お前は、過程を間違えたのだから。