二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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去る神、進む人、蠢く者

 真夜中だというのに所構わず沸く都市を見下ろすバベルの中。

 お祭り同然の戦争遊戯(ウォーゲーム)が終結、さらに下馬評を覆した下剋上だというのに神々は静まり返っていた。

 円卓の席から立ち上がった神々はヘスティアとアポロンを中心に輪を作り、その結末を見守る。

 

「ボクの眷属(こども)達の勝ちだ、アポロン」

 

「……ああ、私の負けだ……ヘスティア」

 

 これまでの狂気に囚われていた自分の行いの全ての記憶があるのか、ヒュアキントスの敗北と同時にその場に膝をついたアポロンが力なくヘスティアに言葉を返す。

 そんな彼を見つめるヘスティアもその姿には思わず溜息が漏れ、勝利した筈なのに喜ぶような気持ちにはなれなかった。

 

「……勝者としての要求をする前に一つ聞いておきたい。この戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けたのは本当に君の意思なのか、それともその狂気とやらのせいなのか?」

 

 その中で問う戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けた際に正気だったのかどうかという事。

 もしも……それすらも利用されたというのなら情状酌量の余地がある。

 

「私の意思だ。狂っていようといまいと私は君達に戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けていたよ。その準備をしていたからこそ、君達が都市に帰ってきてすぐに色々と仕掛けられたんだ」

 

 だが、アポロンは自らの意思だと告白した。

 嘘偽りないその言葉にヘスティアが目を細める。

 

「随分素直だね。誤魔化す事だって出来たと思うけど」

 

「これだけの事を仕出かしておいてさらに無様な言動を重ねることはできないだろう。情けなんて必要ない。ヘスティア、私は君とその眷属(こども)達、それから他の神々の意思に従うよ」

 

 断罪を待つ罪人のように青白い顔を俯かせるアポロン。

 抵抗する気力もないのか、必要以上に語らず、神々の裁きをその場で待つ。

 

「そうかい……じゃあとりあえず勝者としてもらえるものはもらっていくよ。本拠(ホーム)を含む全財産の没収、神アポロンの都市(オラリオ)永久追放、退団を望む眷属の解放、今後の強制勧誘の永久禁止……ひとまずこれぐらいかな」

 

「……送還ではない、のか?」

 

「君にはまだ同情の余地があるとボクは見ている。ありえないけどベル君達が送還を望めば送還してもらうし、神の総意で送還が決まるならそれも止めるつもりはない。それはそれとしてあの子達の勝利に対する正当な報酬はもらうし身の安全は保証させてもらう」

 

 裏で何かが起きていたのだとしてもアポロンの意思で彼女の眷属が危険に晒され、狙われたのは変わりない事実。

 それに対する罰則を彼に告げたヘスティアはヘルメスに一瞬視線を向け、ミアハやヘファイストス達が待つ輪の中へと戻っていく。

 その視線から彼女の言外の意思を受け取ったヘルメスは神々の輪の中心に歩み寄り、膝をつくアポロンを見据えた。

 

「さて、色々と聞きたい事があるんだが、質問したら答えてくれるのかな?」

 

「勿論だ、我が友よ。嘘偽りなく、私が知る限りの情報を伝えることを我が妹に誓おう」

 

 正気を取り戻したアポロンの瞳を見つめ、ヘルメスは一つ頷く。

 そんな彼の号令によって、円卓の間に集まっていた神々は一部を除いて解散する運びとなった。

 これより先の話は『闇』に繋がるもの。ロキを含む一部の信頼の置ける神以外に聞かせることは万が一を考えると不可能。

 それに対して不平不満を漏らす神々は存在したが、それを了承してくれた多くの神々に連れられて指定した神物以外はバベルを去っていった。

 

 最後の一柱がこの場を去るとこの場に残った神はヘルメス、ロキ、ヘスティア、アポロン。

 今回はフレイヤにも残ってもらうようヘルメスは伝えたのだが、自由奔放な彼女はそれを拒否してさっさと自らの本拠(ホーム)へと帰ってしまった。

 そんな彼女とアポロンを除くこの場の三柱以外にもこの場にいて欲しい神はいるのだが、その神は地上にいるため参加できない。

 

「ガネーシャとアストレアにはオレから伝えておこう。彼等はここまで忙しなく観衆の相手をしてくれていたんだろうからね」

 

 異常事態(イレギュラー)に対する子供達の不安を陰ながら払拭してくれていた二柱の神も出来ればこの場にいて欲しかった神ではあるが、突発的に始まった故仕方がない。

 彼等に代わり、被害派閥の主神であるヘスティアを入れ、決着がついた戦争遊戯(ウォーゲーム)の直後、神々は次なる戦いを始めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふぅ~、良かったね、アイズ!」

 

「うん……!」

 

 歓声が沸く都市の中で【ロキ・ファミリア】の中も【ヘスティア・ファミリア】の勝利を喜ぶ者もいれば、対抗心を燃やしてこんな時間からダンジョンに向かおうとする者、それを止めようとする者など様々な反応を見せていた。

 その中でティオナに振り回されていたアイズも彼女の笑顔に釣られるように小さな笑みを浮かべ、共にベルの勝利と無事を喜んでいた。

 

「ふぅむ、あの小僧には感服させられるな」

 

「何が起きてもおかしくはない盤面だったが、まさか味方だけではなく敵対していた者すら誰一人死なせないとはね」

 

「…………」

 

 ベルがフィンとガレスの称賛を浴びる一方で二人の会話を聞きながら、リヴェリアは心配と喜びがないまぜになった微妙な表情を浮かべていた。

 

「喜ばないのかい、リヴェリア?」

 

「喜んでいるとも。しかし、この場で大いにあの子の勝利を喜ぶわけにもいかないだろう」

 

 こちらを見上げるフィンに溜息を一つ。

 最大派閥の副団長という肩書だけではなく、リヴェリアには王族(ハイエルフ)という肩書がある。その意味を誰よりも知っている彼女は少なくともこの場では努めて引き締まった表情をするよう心掛けていた。

 

「あの子が帰ってきたら少し時間を取って存分に褒めるつもりだ。後は……伝えておきたい事がいくつかある。それぐらいの時間はもらってもいいだろう?」

 

「勿論だよ。あと、それとは別件になるけど、この戦いを見て僕も彼に用が出来た。まあ、二人だけじゃなくロキとも要相談の話にはなってくるけどね」

 

「ロキと儂等に要相談? また何か悪巧みか?」

 

 また何か考えついたのであろうフィンにガレスが食いつく。

 そんな二人に再び溜息を漏らすリヴェリアはまたも無茶を仕出かした我が子へと想いを馳せた。

 

(ベルの無茶は織り込み済みだ。そのための装備も確かな効果を示していた。だが……私はあの子が危機に瀕したというのに見ているだけでその程度のことしか出来なかった)

 

 目の前で自分の子が戦っているというのに何をしても間に合わない自分。

 間に合わない程に後手に回された屈辱がリヴェリアの心を冷たく凍てつかせる。

 

(……あの子はもう冒険者。そうアイズをたしなめたのも私だ。あの子はもう守られるだけの存在ではない……あの子を守ろうとするのは過保護としか言えないのだろう)

 

 不貞腐れるアイズへの自身の言葉を思い返し自嘲気味にリヴェリアが笑みを落とす。

 そのまま視線をアイズへ移すと彼女は興奮気味のティオナやそんな彼女に押されているレフィーヤと共に乏しい表情の中に喜びを浮かべ、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 見たところ、異常事態(イレギュラー)を発生させたと見られる派閥とアポロンへの負の感情は見られない。

 

(アイズは大丈夫そうだな。ならば、問題は私だな)

 

 愛娘のその様子には優しく笑みを浮かべたリヴェリアは陰鬱とした思考を切り替え、次にベルに会いに行く日の思案を始めた。

 ある重要な戦いとそれに関する探索などの日程は不明な事に加え、ベル達の事情も頭に入れながら複数の日程を上げていく。その中でふと、懐に厳重に保管していた素朴な箱の中から小さな鐘の音が鳴る。

 

(……恐らくあの子は既にLv.4に達している。達していなくとも近いうちに昇華(ランクアップ)するのは間違いないだろう。なら、そろそろこれを渡しても……いや、()()()()いい頃合いか……)

 

 存在を主張するかのように小さく音を鳴らしたそれを箱から取り出し、もう一つ思案を重ねる。

 それとは、決して自分以外の誰にも触れられぬよう、探索以外では肌身離さず持ち歩いているある女に託された二つの小さな鐘が付いた首飾り(アミュレット)のことだ。

 素材には『ユニコーンの角』や『カドモスの皮膜』を筆頭に回復系アイテムを生み出せる希少な素材がふんだんに使われており、『マーメイドの生き血』すらも混ぜ込まれているとリヴェリアは推測している。

 その意味を理解できる者が見れば失神や激怒を免れない大暴挙に当時のリヴェリアは珍しく顔を引き攣らせていた。

 

 代表的な素材は『ユニコーンの角』、『カドモスの皮膜』、『カドモスの泉水』、『マーメイドの生き血』……そして『大聖樹の枝』。

 様々な回復系素材を集めて作製されたその首飾りにどのような意味が込められているのか……少なくとも()()()が自分の為に作製させたのではないという事だけはリヴェリアにもわかっていた。

 様々な素材が混ぜ込まれている筈なのに処女雪のように美しい純白を宿す首飾り(アミュレット)

 それを小さな音を鳴らして存在を主張する二つの銀の小鐘が装飾し、その間には後から取り付けたのであろう一本の鍵がつけられていた。

 

「…………」

 

 それをしばらく見つめていたリヴェリアは自分を呼ぶアイズの声に顔を上げる。

 言葉を返した彼女はもう一度首飾り(アミュレット)を厳重に仕舞い込み、自分を呼ぶアイズの方へと歩いて行った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)は【ヘスティア・ファミリア】の勝利で幕を閉じた。

 今までとはまるで違う激闘に決着後は真夜中だったというのに興奮が止まない多くの冒険者や都市の住人達は朝陽が昇るまで語り明かし、大いに盛り上がったという。

 そんな状況で帰還した【ヘスティア・ファミリア】が注目を浴びることとなったのは言うまでもない。

 

 敗北した【アポロン・ファミリア】はというと華々しい【ヘスティア・ファミリア】の状況とは違い、やはりその空気は重苦しかった。

 どこからか漏れたのか……あるいは誰かが触れ回ったのか、異常事態(イレギュラー)の原因が彼等であると決着したその日の内に広まり、今までの都市を巻き込んだ強引な眷属の勧誘、あるいは強奪なども相まって都市に住む者達の当たりは強かった。

 尾鰭を付けられた噂を聞いた民衆の中には神アポロンの送還を望む声もあったが、その風潮が広まるよりも先に神ヘスティアが声明を出した事でその声は徐々に消えていくこととなる。

 しかし、都市の永久追放を免れる事は当然できず、翌日の夜には一部の眷属達の退団の儀式と別れを済ませたアポロンは彼に付き従う事を決めた眷属達と共に都市を追われる事となった。

 

「……見送りに来てくれたのかい?」

 

 月明かりに照らされる都市門の前。

 この日、最後の馬車を待つアポロンと眷属達の前に二柱の神と共に一人の少年が現れた。

 

「なんで君までついてくるんだよ……」

 

「オレはアポロンの見送りに来ただけだぜ?」

 

 そうのたまうヘルメスにわずかながらげんなりとした顔をするヘスティアを背後に置いて、一人の少年……ベル・クラネルは月の下で穏やかな表情を浮かべているアポロンを見据える。

 

「そうですね。僕だけでも、貴方の事を見送るべきだと思ったので……」

 

 その表情に一度目を伏せたベルはどこかぎこちない姿で言葉を返す。

 それを受けたアポロンはわずかに眉を上げ、彼が()()()事をすぐに悟った。

 

「……ヘスティア……いや、ヘルメスかな?」

 

「…………」

 

「オレ達二人で相談して彼には話をしておいたよ。お前がアルテミスの兄だって事をね」

 

 即座に下界の子の心の機微を見抜いたアポロン。

 口を噤んだベルに代わってヘルメスが真剣な表情で問いに対する答えを返した。

 話す必要はなかったんじゃないか、と目で語るアポロンが口を開くより早く、ベルの背中に手を当てたヘスティアが言葉を紡ぐ。

 

「話す必要はなかったかもしれない。でも、後でどこぞの神に知らされるよりはボク達の口からすぐに教えておくべきだと判断したんだ」

 

「……そうか、そうだな。迷宮都市(オラリオ)に何か良からぬ事を企む神がいる疑惑がある以上、そうしておくのは英断と言えるだろう」

 

(何か良からぬ事……?)

 

 目の前で繰り広げられる会話に置いてきぼりになり、混ざれない一方で神々の会話から抜き出した言葉をベルは脳裏に刻み込む。

 いずれ必ずその事件に自分が巻き込まれる確信に似た予感をその胸に覚えながら。

 

「ベル・クラネル。私とアルテミスの関係を知った事で君が気に病む事など何一つない」

 

「えっ?」

 

 考え込むように俯いていたベルはその言葉に呆けた声と共に顔を上げる。

 視線の先には慈愛すらも感じる穏やかな表情を浮かべたアポロンが彼の事を見ていた。

 

「言わずともわかっているかもしれないが、言っておくべきだと思ってね」

 

「……どうしてですか? 僕は貴方の家族を……」

 

「殺した、奪った……とでも言うつもりかな? 既にヘスティアが語ったかもしれないが、改めて私からも言っておこう。君は我が妹を殺してなどいない。君は未来永劫囚われ続け、自らの力が全てを滅ぼしていく様を見る事しか出来なくなる筈のアルテミスを()()()んだ」

 

 再びベルが目を見開く。

 それに対して、アポロンは空を……自分達を見守る月を見上げた。

 

「そうでもなければ、高潔な彼女が君に力を貸すわけがないだろう? 彼女の魂を本当に救った君だからこそ、あの子は加護のようにその力を貸したんだ」 

 

 アルテミスを殺したのではなく、救った。

 神々(われわれ)が言葉で証明せずとも、少年(ベル・クラネル)の身に宿った月女神の加護が既にそれを証明していると太陽神は朗らかに笑う。

 それに呼応するように、背中の恩恵(ファルナ)の一部分が熱を持ったのをベルは確かに感じとった。

 

「……とまぁ、色々とのたまいはしたが、君のその悔いが表層に出てしまったのは私のせいだ。これ以上偉そうに話すのはやめにしたいと思う。我が眷属達に勝利したばかりだというのに暗い表情をさせてしまいすまない」

 

「……いえ、大丈夫です」

 

 バツの悪い顔をするアポロンに首を振り、ベルは自らの胸に手を当てて小さく微笑む。

 ほんの少しだけ、時折表に出る悔いの痛みが温かな光を浴びて和らいでいるような気がした。

 

「おっと、そろそろ馬車の時間だ。これを逃すと徒歩で次の町(メレン)に行かなければいけなくなるから失礼するよ」

 

「別れは惜しいが、永遠の別れという訳でもない。また会おうじゃないか! ……これまで以上に周囲には気をつけろよ、アポロン」

 

 朗らかに笑い、しかし最後の方には真剣な表情でアポロンにのみその言葉を聞かせるヘルメス。

 

「これからどうするんだい? ついてきてくれる眷属(こども)は結構いるみたいだけど」

 

「そうだな……私ではどれだけ経っても辿り着ける気はしないが、アルテミスとその派閥の在り方を目指すことに決めたよ。彼女の後継者を名乗るのはあまりにも烏滸がましいが、それでも子供達と共に本気で目指してみるさ」

 

「……本気なら応援するよ。精々頑張る事だね!」

 

 アポロンの目標に嬉しさの他に色々な感情が綯い交ぜになった笑顔を浮かべるヘスティア。

 

「そうだ……これだけは聞いておかねば」

 

 最後にベル。

 振り返ったアポロンに首を傾げる。

 

「彼女は……アルテミスは最後に何か言っていたかい?」

 

 男神ではなく兄としての言葉にベルは目を伏せ、最後の時を思い出した。

 

「また会おう、って……言ってくれました」

 

 アポロンは目を見開いた。

 月の光が少年に寄り添うように誰かの輪郭を象る。

 一瞬の光景は彼にしか見えなかった。だが、光の輪郭のみとはいえ、もう二度と会うことの出来ない妹の姿を一目見ることの出来たアポロンは瞳に涙を溜め、それを悟られぬように踵を返し、最後の言葉を答えてくれた少年に軽く手を振った。

 そして、本日最後の馬車と共に【アポロン・ファミリア】は都市を去っていった。

 

「……行ったか」

 

「ありがとう、ベル君。あいつの見送りに参加してくれて」

 

「いえ……アルテミス様との話を聞いた以上、話しておかなきゃいけないと思っただけですから」

 

 彼等が去るとこの場に残るのはベルとヘスティア、ヘルメスの三人だけだった。

 他に彼等を見送る者は誰一人としていなかった。

 

「もう夜も遅い。君は先に帰るといい。まだ疲れは取れていないだろう」

 

「神様は……?」

 

「ボクは少しヘルメスと話す事がある。少しだけど神同士の話だからね。まだ聞かれたくないこともあるんだ」

 

「……わかりました」

 

 渋々といった様子でベルはヘスティアの促すまま、仮本拠(ホーム)へと帰っていく。

 残った二柱の神はその姿を優しく見送り、その姿が見えなくなったところで表情を改めた。

 

「はぁ……必要なことだったとはいえ、またあんな顔をさせちゃったな……ごめんよ、ベル君」

 

「それでもこのタイミングで言うしかなかった。超越存在(オレ達)すらも狂わせる何かが()()()()()()()敵の手にある以上、あのままだったらその傷を利用されかねない」

 

 今回の騒動の全てを巻き起こしたのはアポロン。

 それがほぼ全ての下界の子供の認識。

 しかし、神々は違う。特にある組織が存在していることを知っている神はアポロンは隠れ蓑。その裏に本当の黒幕がいると確信していた。

 さらに言えばヘルメスはその黒幕がアポロンが心の奥底に抑え込んだ感情を利用し、ベル・クラネルという冒険者ただ一人を狙ったという確信を持っていた。

 

「本当にベル君が狙われてたのか?」

 

「間違いない。初めの内は彼を気に食わないと思った何処かの神がアポロンを唆したって線もあったけど、あの異常事態(イレギュラー)はやり過ぎだ」

 

 記憶に新しい極彩色の怪物。

 あの場においてあの怪物を倒すことが出来たのは月の光が通っていたこと、そしてベルに味方するLv.5がいたからに過ぎない。

 

「オレ達に情報を流すことになるが、今後の布石としてベル君が警戒に値するかどうか試す。その価値がなければあのまま葬る……なんてことも出来た。生き残ったからもう安心だ、なんて言えないな…………完全にしてやられた」

 

 帽子を目深に被り直したヘルメスが低い声でそう漏らす。

 わずかに見えた橙黄色の瞳が鋭く細められ、ヘスティアはそこから彼らしくない明確な怒りを感じ取ったが、何も語らずにヘルメスが落ち着くのを待った。

 

「……やれやれ。実行犯の冒険者の身柄は不明で黒幕も謎。あれだけ暴れてたのに誰もわからないってことはあの明らかに怪しい黒装束は認識阻害の魔道具(マジックアイテム)だったのかな?」

 

「えっ、あれってそういうことだったのかい!? 道理でなんか顔が見えないと思ったよ」

 

「背丈とかは変わらないけど、遠目だと顔と身体の認識がつかない中々高度な物だってアスフィが悔しそうにしてたよ。負けないって顔に書いてあったからあれ以上を作ってくれるんじゃないかな?」

 

 ややあっていつもの飄々とした笑みを浮かべるヘルメス。

 眷属の顔を思い浮かべる彼にヘスティアも緊張を解き、笑みを返した。

 

「さて、というわけだ。アポロンにも最後に言っておいたけど、ヘスティアも十分気を付けてくれ。君もベル君以外の子供達も狙われる可能性は高い。その子達に話すかどうかは君に任せるよ」

 

 それで話は終わりだった。

 身辺の注意を訴えるヘルメスに感謝し、ヘスティアは帰路につく。

 一人寂しい帰路、それこそ身辺が危ない夜道だったが……

 

「途中まで一緒に行くが、帰りはオレの子が護衛してくれる手筈になってるから安心してくれ」

 

 そう言ったヘルメスと共に二人の眷属がヘスティア達の護衛をしてくれた為、彼女は無事にベル達の待つ仮本拠(ホーム)へと辿り着くのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 そこはまるで研究所だった。

 見た目だけでは用途が一切不明な多くの機材が置かれ、それらを稼働させる歯車や計器が不気味に動き続け、壁に広がる無数のパイプに何かを送り続けている。

 その動きを見ながら、時には調整を行うように機材に触れる一人の男がいた。眼鏡をかけた目を気だるげに半分ほど閉じ、緩慢な動きに合わせ身に纏う白衣の裾が揺れる。

 

「んー……十分な強さはあったみたいだけど、素材と労力(コスト)にはちょっと釣り合わないかな。まあ切り札みたいな扱いにして二、三体ぐらい追加……それか少し小さく弱くしたやつをいくつか作っておこうかな……」

 

「────おい」

 

 手元にある紙束と記憶を照らし合わせながらぶつぶつと独り言のように呟く男に声がかかる。

 面倒がるように顔だけを振り向かせたその男は現れた眼装(ゴーグル)の男にヘラヘラとした笑みを向けた。

 

「あーお疲れお疲れ。おかげ様で結構いい資料(データ)が取れたよ。ただもーうちょっと頑張ってあの子達が暴れる時間を増やしてほしかったけどなー」

 

「うるせえぞクソ眼鏡。テメエのせいで散々な目に遭っちまった」

 

「えぇー……あんなのを予想しろとか無理じゃーん。実験体とはいえ、僕はちゃんと渡された情報を見て、両派閥の冒険者を皆殺しに出来る程度の強さを持つ子達を用意したんだけど?」

 

「……チッ」

 

 掴みどころのない男の言葉だが、語った言葉に嘘がないことを知る眼装(ゴーグル)の男は舌を鳴らし、腕を組んだ。

 

「まあ安心してよ。君達の苦労に見合う新種はなんとか用意して見せるからさ。改善策とかも色々見つかったからね」

 

「期待しないで待っといてやるよ……と、忘れる所だったぜ。テメエに手土産があったんだ」

 

「んー?」

 

 早く実験の続きに戻りたいのか手早く話を切り上げようとした男が眼装(ゴーグル)の男の手土産という言葉に初めて身体ごと振り向く。

 入ってこい、と彼が促すと複数人の彼の仲間が男の前に姿を現す。見覚えのない冒険者を数人捕らえた状態で。

 

「えー……何これ」

 

「俺達に情報を流した()()()()()()()()()だよ。程々に有用な情報だったが、あの戦いに参加するどころか高みの見物を決めやがってな。しかもお尋ね者と来た。このまま逃がしてギルドに捕まりでもして俺達の情報を抜かれるのも面倒ってことでここに連れてきた」

 

「ここは廃棄所じゃないんだけどなぁ……あ、でも生きた人間とヴィオラス達を混ぜたらどうなるかの実験に使えるか……死体じゃ全然上手く行かなかったけど君達ならどうだろうね?」

 

 ゲラゲラと笑う眼装(ゴーグル)の男に呆れた表情を浮かべるが、それを思いついた瞬間、表情が一変。好奇心や狂気に満ちた笑みを浮かべて言葉も行動も封じられた男達を見下ろした。

 くぐもった声で必死に無意味な抵抗をする男達に彼は懐から取り出した注射器を突き刺す。薬品を注入された男達は瞬く間に泡を吹き、白目を剥いて静かになった。

 

「騒ぐと面倒だからどこか適当に閉じ込めておいて。あ、一応死なないように時々様子は見てご飯とか水とかあげてね。誰か一人でも死んだら代わりに君達の中からその分を使わせてもらうから」

 

「は、はい!」

 

 壁際で待機していた配下に意識を失った男達を運ばせ、彼は再び実験に戻る。

 一瞬で自分や今後の実験に使うのであろう冒険者達から興味を失った彼の姿に眼装(ゴーグル)の男は気味の悪さを覚えると共に理解が出来ないと鼻で笑い、この場を去っていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 暗闇に包まれた謎の空間。

 その場所を知る者などこの下界にはほぼいない極秘の空間。

 何も見えず、何も聞こえないその空間に無数の顔が……否、無数の仮面が浮かび上がった。

 

 蝋燭のか細い火に照らされたそこに立っているのは一人。

 他に誰もいないというのに顔を不気味な仮面で覆い、その身に纏う漆黒の上着(ケープ)に同種の不気味な仮面を飾り付ける謎の存在は空間の中心に用意された小さな卓を見下ろした。

 

 卓そのものが盤面となっているそこには黒の駒とそれを遥かに上回る数の白の駒が置かれており、ありとあらゆる卓上遊戯(ボードゲーム)の定石を外す駒の配置はまるで現実で行われている戦いの盤面を表しているかのようだった。

 

 姿を隠すかのようにある黒の駒を盾にして白の駒達からもっとも遠い位置に存在する黒の駒を見つめていたその存在は静かに手を伸ばすと白の駒を一つ、その場に倒す。

 次には天秤を持つ女性の駒があった場所に篝火に火を灯す女性の駒を配置し、静かにその盤面を見下ろしていた。

 

 盤面に残る白の駒は道化師、戦乙女、憲兵、鍛冶師、老神。

 盤面に残る黒の駒は仮面、死神、精霊。

 盤面に残る他の駒は黒に染まりつつある娼婦、黒の中に血のような赤を持つ怪人。

 

 他の駒は白黒問わず期待、警戒に値しないと言わんばかりに粉々に砕かれ地面に撒かれている。

 天秤の女性の駒も同じように破壊される筈だったが、卓の上に倒されるだけに終わった。

 

 仮面の奥で盤面を見下ろしたその存在は篝火の女性の駒を凝視していた。

 忌々しいものを見るように、最大の警戒を送るかのようにじっと見ていたかと思うと、ゆっくりとある駒に手を伸ばす。

 そして、その駒を篝火の女性の前に叩きつけるように配置。

 

 卓が揺れ、篝火の女性の駒が倒れる。

 まるで白の駒を斬り伏せるように置かれたその駒の色は赤と黒。

 

 禍々しい怪人の駒だった。




今回の話をもって、今章は終幕となります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

そして、大変お待たせしました。次回の投稿より、投稿間隔を一週間に戻したいと思います。
予定を大幅に過ぎてしまい、申し訳ありませんでした。今後も突然二週間になることを予告する場合もあると思いますが、どうかご了承いただけると幸いです。

ここまで見ていただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願いします。
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