二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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未完の英雄と金光の娼婦
都市最大派閥からの依頼


都市はざわめいていた。

 

「また約一か月……?」

 

「かかった時間もそうだが、()()かよ……」

 

 冒険者達は、ギルド本部巨大掲示板に張り出された羊皮紙(しらせ)を唖然と見上げる。

 信じられないと思わず呟く者もいれば……

 

「早過ぎる気もするが、あれだけの戦いを見せられたらな」

 

「まあ、納得がいく……のか?」

 

 苦笑を浮かべながら、それを受け入れる者もいる。

 どちらかと言えばこのようにその知らせを純粋に受け止める冒険者の方が多いだろうか。

 

 ────所要期間、約一ヶ月。

 ────ベル・クラネル、Lv.4到達。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「都市中が君の事で大盛り上がりだよ」

 

「あははは……今回の発表は思ったよりも早かったですね」

 

 ざわつく都市の一角。

『青の薬舗』の中でベルは【ステイタス】の更新を行なっていた。

 

 

 

 

 ベル・クラネル

 

 Lv.4

 力 :C672→A812

 耐久:A821→S911

 器用:A890→SS1065

 敏捷:B788→S990

 魔力:A899→SS1022

 幸運:E 耐異常:H 精癒:H

《魔法》

【ケラウノス】

 ・付与魔法(エンチャント)

 ・雷属性。

 ・詠唱式【目覚めよ(ブロンテ)

【ファイアボルト】

 ・速攻魔法。

 ・戦意によって威力上昇。

 ・護るという意志によって効果向上。

《スキル》

風精誓約(エアリエル・オース)

 ・誓いを交わした者の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・怪物種に対し攻撃力高域強化。

 ・感情の昂ぶりにより効果向上。

 ・誓いを違えた時、効果消失。

妖精王絆(アールヴ・ヴィンクルム)

 ・妖精王の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・魔法効果増幅、射程拡大。

 ・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

英雄運命(アルゴノゥト)

 ・能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 ・発動時、周囲の味方の戦意高揚

神月残影(ルナ・オルコス)

 ・月神の加護(アルテミス・ディパル)

 ・戦闘時、発展アビリティ『狩人』の一時発現。

 ・戦闘時、『敏捷』、『器用』、『耐久』に高補正。

 ・月下戦闘時、全能力に超高補正。

 ・神弓顕現。

 

 

 

 

「このスキル……」

 

「一度使ったからかな。読めるようになってたんだよ」

 

 更新を終え、渡された記録紙に目を通したベルは一番下に書かれたスキルを指でなぞる。

 あの戦いの時から少年は既に気付いていたが、スキルという形で彼女が力を貸してくれているのだと改めて嬉しく思い、小さく笑みを漏らした。

 

「まだ【ランクアップ】は出来なかったけど、結構『偉業』も溜まってきてるから焦る必要はないからね。いつもに比べたら伸びてはいないけど正直十分すぎる伸び方だし……」

 

「わかってます。色々とありましたし、少しゆっくり……とりあえず()()が終わるまでは休養にしようと決めましたからね」

 

 18階層の戦いから都市外の冒険者依頼(クエスト)、さらに異端戦争遊戯(イレギュラー・ウォーゲーム)と立て続けに激しく戦い続けた【ヘスティア・ファミリア】。

 休むのもまた大事な仕事だと主神と現団員全員で話し合った結果、とりあえず()()が終わるまでは探索には行かず、地上で英気を養うと決めたのだ。

 

「アポロンを見送ったその翌日に溜まってた冒険者依頼(クエスト)を終わらせて……ええっと今日で終戦から四日か。予定では今日含めてあと二日で完成するみたいだしすごく楽しみだね!」

 

 ここで気になってくるのは彼等が口にする改装や完成と言った言葉。

 それは何なのかと言うと、【ヘスティア・ファミリア】が新しく手に入れた本拠(ホーム)のことである。

 

「最初見た時は驚きました。まさか【アポロン・ファミリア】の財産だけじゃなくて本拠(ホーム)まで勝利の報酬としてもらってくるなんて」

 

「まあ、アポロンは都市の追放が決まってたし勝ったら何でもくれるって言ってたからね。ボク達の本拠(ホーム)として使える物が報酬としてもらえるならもらうに決まってるのさ!」

 

 元【アポロン・ファミリア】の本拠(ホーム)

 三階建ての大きな邸宅で中庭や回廊まで備わり、敷地は高い鉄柵に囲まれている。花や庭木が植えられ、さらに噴水まである前庭まで備わっている正に豪邸。

 欠点を上げるとすれば、前所有者の趣味が現所有者のヘスティアの趣味と合わないことだったが、それも勝利の報酬として手に入れたお金で眷属達の意見を取り入れ、新しい屋敷に改装中であるため、もはや欠点はないに等しい。

 

「ヴェルフ君の工房に命君の『お風呂』、リリルカ君の書庫……みんなは欲しいものを依頼してたけどベル君は何もなくて良かったのかい?」

 

「僕はあの前庭としっかりした食堂があれば十分です。寝室に使える部屋とかも十分すぎるほどありますから」

 

 眷属達の中で唯一何も望まなかった少年は笑みを浮かべて立ち上がった。

 時間帯は朝。朝食を終えているベルはヘスティアに散歩に行ってくると一言告げ、外へと向かおうとする。

 

「ボクもついて行っていいかい?」

 

「勿論ですけど、ただ歩くだけですよ?」

 

「それでもいいんだよ。一緒に行こう?」

 

 それに並んでヘスティアも外へと飛び出す。

 温かな日差しに照らされながら、少年達は賑やかな都市へ赴いた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 時を少しだけ遡る。

 団員達が起床し、食事を終えた【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)、『黄昏の館』。

 そんな穏やかな時間に一つの報せが届いた。

 

 ────所要期間、約一ヶ月。

 ────ベル・クラネル、Lv.4到達。

 

 ざわめく都市と同様に彼等の本拠(ホーム)も朝とは思えぬほどに騒がしくなった。

 

「あの野郎ッ……」

 

「ちょっとちょっとベート! 早く見せてよー!」

 

 大食堂ではその報せを持ってきた団員から奪い取った情報紙を握り潰し、ティオナが催促の声を上げている。その周りではティオネやラウル、アキがベート達を取り巻いており、第一級冒険者から下位団員までその報せに驚愕と興味を示していた。

 

「ほら見て見てアイズー! アルゴノゥト君、Lv.4だって! 凄いねっ!」

 

「ベルなら、当然……でも、こんなに早いのは……すごいね」

 

「でも、どう考えたっておかしいでしょ。前回と前々回の時もそうだったけど一ヶ月そこらで昇格(ランクアップ)なんて。『魔法』……あとは『スキル』かしら」

 

「不断の努力、だけでは片付けられんな。未確認の『発展アビリティ』や『スキル』だと考えるのが妥当だが、それだけでは到底あのような死線を潜り抜けることは出来ないだろう」

 

「そうだね。特別な能力(ちから)に胡坐をかいているようじゃあ漆黒の猛牛(ミノタウロス)は勿論、あの戦争遊戯(ウォーゲーム)を誰一人死なせずに終わらせることなんて出来ないよ」

 

「…………」

 

 喜色満面の笑みを浮かべ興奮するティオナと、頻りに頷きながらまるで自分の事のように喜ぶアイズ。疑念を通り越して呆れたような声を漏らしながら思案するティオネ。

 優し気な笑みを浮かべたまま彼女の言葉を肯定しつつもそれだけではないと断じるリヴェリアと愉快さを隠し切れないまま少年を評するフィン。

 その中で盛大に舌打ちをしていてもおかしくはなかったが、何故かベートは妙に静かだった。

 

「Lv.4……追い付かれただけじゃなくて、追い抜かれちゃいました……」

 

 彼等のやり取りを見て、手元にある情報紙に視線を落としたのはレフィーヤ。

 ポツリと誰にも聞こえない声でそう呟いた彼女は追い抜かれたという事実に思わず情報紙をクシャクシャにしたくなる衝動に襲われた。

 

(すごい早さで強くなってるのは知ってました。だけどこんなに早く追い抜かれちゃうなんて……いや、その気になれば私もLv.4にはなれますけど……)

 

 すんでの所で衝動を落ち着かせたレフィーヤはそれでもわずかに身を震わせた。

 少年の人となりをレフィーヤは知っている。彼が尊敬に値する人物だと。

 その在り方を彼女もとても好ましいものだと思っている。

 

(でも……)

 

 だが、そうだったとしても今回の出来事は衝撃的だった。

 年が近い少年があれだけの戦いを見せて、彼女にとっての憧憬達に賞賛されている様は彼女の胸に火を灯すには十分過ぎるものだ。

 

(すごく、悔しい……負けたくない……!)

 

 初めて、レフィーヤの中に少年への明確な対抗意識が生まれる。

 その瞬間を目撃したのはフィン、リヴェリア、ガレスの三人。

 

「いい傾向じゃないか?」

 

「賞賛だけで止まらずあの小僧に対抗意識を燃やすか。小僧の魔法とその師を考えると中々面白いことになりそうじゃのぉ。お主はどっちを応援する、リヴェリア?」

 

「無論、どちらもだ。二人とも私の弟子と呼べる存在なのだからな。魔法の実力に関しての贔屓は一切しない。それにもし、比べるとなったとしても二人はそれを良しとしないだろう」

 

 次期幹部候補の一人が新たな目標を得たことを三首領は歓迎した。

 彼女が強くなることに貪欲になるのはやり過ぎを除けば良いことずくめなのだから。

 

「朝から騒がしくなってますけど……団長」

 

「何だい、ティオネ?」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)とか色々とありましたが、私達はこれからどうするんですか? 結局港町(メレン)はダンジョンの二つ目の入り口とは関係なかったですし……今後の目標は?」

 

 他の団員達の騒ぎを尻目にティオネがフィンに尋ねる。

 先日、【ロキ・ファミリア】は都市外に存在している港町メレンに向かった。

 その理由は休養などではなく、どこかに存在していると予想がついているダンジョン第二の入り口の在処を突き止めるためである。

 

「ロキから近々指示が出ると思うからそれまで待機でいいよ。僕の予想だと、次は『ダイダロス通り』を調査することになるんじゃないかな」

 

 ティオネの質問に対し、フィンは半ば確信しているかのように己の読みを告げる。

 その答えに満足がいったのか、頷いたティオネはそろそろ騒ぎを収めようと未だ騒ぎ続けている団員達の元へと向かっていった。

 彼女がまとめ役のようなものを買って出てくれたことに笑みを浮かべたフィンは大食堂の出入り口へと向かう。

 

「フィン、何処かに行くのか?」

 

「先日、君達にも話したことを覚えているかい? ロキと二人にも了承はもらったけど、まだ()にその話をしてなくてね。そろそろ話す余裕も出来ているだろうし、彼に会って来るよ」

 

 ガレスの問いへの答えにリヴェリアが肩を揺らす。

 出入口付近で視線を向けてくることを確信していたかのようにその瞳で自分を見透かしてくる食えない小人族(パルゥム)にリヴェリアはわずかに眉を顰めた。

 

「僕一人で行くつもりだったけど……リヴェリア、君も来るかい?」

 

「……お前一人では断られる可能性もある。私も行こう」

 

 からかうような笑みを向けるフィンにリヴェリアは嘆息。

 ただ、その誘いを断る理由も意味もないと彼女はフィンの元へと向かった。

 

「ラウル、アキ、少し出かけてくるよ。なるべくすぐに終わらせるつもりだけど、もし僕達より先にロキが帰ってきたら伝えておいてくれ」

 

「あ、はい! 了解っす!」

 

「わかりました」

 

 この場をラウルとその傍にいたアキに任せ、二人は本拠(ホーム)を出た。

 彼等が向かうのは彼……ベル・クラネルとその主神であるヘスティアの下である。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ベル・クラネル」

 

「あ、フィンさん、とリヴェリアさん?」

 

 朝の散歩を終え、ミアハ達の所へ戻ろうとしていたベル達をフィンが呼び止める。

 突然の邂逅に揃って目を丸くする少年と女神にリヴェリアは薄く微笑みを纏った。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「いきなり呼び止めてすまない。少し君と話をしたくてね……急な話にはなりますが、少々、時間を頂いてもよろしいですか?」

 

 初めはベルに、すぐに隣のヘスティアに言葉を投げかけたフィンは物腰柔らかに微笑む。

 驚きが抜けないのか彼の笑みと言葉にヘスティアは思わず頷いてしまい、あっ、と言葉を漏らすも訂正するのは少し遅かった。

 

「良かった。ここでは何ですし、場所を移動しましょうか。団員にお勧めされた良い喫茶店を知っているんです」

 

 あれよあれよという間に二人が連れられたのは南西区画に存在する喫茶店、『ウィーシェ』。

 リヴェリアが店主に声を掛けると恭しく礼を取った彼は出入り口へ向かい、表にかけてある看板を『開店(オープン)』から『閉店(クローズド)』にかけ直す。

 

「すまないな。突然足を運んで貸し切りにしてくれなど」

 

「高貴な御方の頼みならばいくらでもいたしましょう。どうぞ、ごゆっくり」

 

 リヴェリアの謝罪にもう一度恭しく礼を取ると店主が長台(カウンター)の奥へ下がり、すぐに紅茶や茶菓子を彼女達がいる席に運んでくる。

 それ以降、彼は我関せずといった態度で長台(カウンター)の中で存在感を消した。

 

「ここにお世話になるのは二度目だな……ここの紅茶は美味しいんだぜ、ベル君」

 

「神ヘスティアはここに来たことが?」

 

「そこのリヴェリア君と一緒に一度だけね。その時もこんな感じで貸し切りだったな……」

 

 当時の出来事を思い出すようにリヴェリアを一目見て、目を細めたヘスティアは紅茶に口をつける。そして、すぐに二人を見据えた。

 

「わざわざ貸し切りにしたってことは他の人にはあまり聞かれたくない話なんだろう? 言葉も取り繕わなくていいから話しやすいように話してくれ」

 

「察しが良くて助かります。色々と言葉を飾っても無駄のようですし、早速、本題に入らせてもらいましょうか」

 

 自分の警戒に対してフィンの表情は崩れない。

 それに少しムッとしたヘスティアだったが、穏やかな笑みから一転、真剣な表情に切り替わった彼に言葉を詰まらせる。

 

「ベル・クラネル、君の力を借りたい」

 

「……えっ?」

 

 真剣な眼差しがベルを射抜く。

 フィンの言葉にベルは思わず呆けた声を出し、隣のヘスティアは飲もうとしていた紅茶を吹き出しかけた。

 

「まだ正確な日程は決まっていないが、近々闇派閥(イヴィルス)の残党の住処(アジト)への進攻がある。その戦いへの参加を君に依頼したい」

 

闇派閥(イヴィルス)の残党との戦闘……!」

 

 その言葉にベルが思わずといったように眉を上げる。

 フィンの言葉を継いでリヴェリアが言葉を紡ぐ。

 

「冒険者としては経験不足だが、その実力は先日の戦争遊戯(ウォーゲーム)で証明済み。その戦いではほとんど見せなかったお前に宿った魔法を考えるとやれることが大きく増える。何が起こるかわからない戦いである以上、出来ることは増やしておきたい」

 

「……すごい評価をしてくれるのは嬉しいんですけど……他派閥の僕が入ることで連携とか、そういった所に不安が出ませんか? 何が起きるかわからない戦いでそんな不安があるのは……」

 

 母の言葉に一瞬嬉しそうな雰囲気を醸し出すもすぐに冒険者の顔に戻るベル。

 彼女から学んだ知識を思い起こすように顎に手を当てて、考え込む少年にフィンはわずかに表情を緩める。

 

「その通りだ。しかし、その点をこの時点でわかってくれているのならその不安は無視してもいいものに変わる。少なくとも今回のように君一人だけが参加する場合はね」

 

「……?」

 

「参加してくれるのなら君は僕の傍……すぐに連携を修正できる箇所に配置する。たった一人ならそれで補完は可能だ。他の団員も君一人が入るだけで崩れるような鍛え方はしていない」

 

「それに、これから始まるであろう戦いにお前が存在することで発生する利点(メリット)不利点(デメリット)を比べた時、お前がいてくれる利点(メリット)の方がはるかに大きい。これはロキも認めていることだ」

 

 ベルが不安視するものへフィンとリヴェリアはそれぞれの答えを返す。

 神のお墨付きも得ているそれらの答えを受けた少年は深く思考を巡らせた。

 

「……神様はどう思いますか?」

 

「うーん……危険な匂いがプンプンするから参加してほしくない気持ちはある……けど…………」

 

 ベルに問われ、唸るヘスティア。

 その中で脳裏に蘇るのはヘルメスに言われたベルを狙った敵がいる、という言葉。

 間違いなく、フィン達の語る闇派閥(イヴィルス)の残党が関わっているその事実にヘスティアは大いに唸ることとなった。

 

(大本を潰さないとずっと狙われるだろうし、すごく危険だろうけどロキ達に協力してベル君を狙う敵を潰した方がいいんじゃないか……?)

 

「神様?」

 

「…………ベル君の判断に従うよ。これは君が決めた方がいい」

 

 安全だが一時的な平穏を得るのか、危険だが半恒久的な平穏を得る可能性に賭けるのか。

 決めることが出来なかったヘスティアは少年の意思に従うことにした。

 三者から視線を向けられるベルはもう一度考え込む。自分はどうするべきなのか、いいや、自分はどうしたいのか……考えた結果、彼の中で答えが出た。

 

「フィンさん、リヴェリアさん。その依頼、お引き受けします」

 

「……本当にいいんだね? 先程も言ったように何が起きるかわからない戦いだ。傷を負う可能性も最悪命を落とす可能性もある。それを理解した上で僕達に力を貸してくれるんだね?」

 

「はい。それに、危険なのはフィンさん達も同じじゃないですか。その危険を減らすためにも微力ですが、力になりたいと思います」

 

 最終確認への答えにフィンが微笑み、手を差し伸べる。

 それをベルは強く握り返し、ここに依頼は承諾された。

 

「まあ、君ならそう言うだろうね。なるべく怪我をしないで無事に帰って来てくれよ。傷だらけで帰って来るのはなしだぜ?」

 

 ヘスティアが浮かべる苦笑に強い心配の念を感じ取ったベルは深く頷く。

 

「これで僕から君に話す事は終わりかな。ただ、リヴェリアも君に用があるみたいだ」

 

「リヴェリアさんも?」

 

 彼の言葉にベルはリヴェリアへと振り向く。

 彼女はその視線を受けると懐から小さな箱を取り出した。

 

「フィンの話とは無関係なことだ、そんなに固くならなくていい。これをお前に渡したくてな」

 

 そう言って彼女が箱の封を解くと中から出てきたの小さな鍵がついた純白の首飾り(アミュレット)

 美しい白い輝きにベルは思わず目を奪われると同時に何故か少し懐かしい気配を感じ取った。

 

「装飾品……いや、冒険者用装身具(アクセサリー)ですか?」

 

「ああ。恐らく効果はこの世に存在するあらゆる状態異常に対する強力な耐性を装着者に与えるというもの。加えて治癒力の促進とかかった場合の異常回復まであると私は見ている」

 

「と、とんでもない物じゃないですか!? なんでこれを僕に……?」

 

 リヴェリアが羅列した効果にベルが思わずといったように仰け反る。

 防具に引き続き、あまりにも貴重な贈り物に慌てふためくベルだったが、そんな少年を尻目にリヴェリアは誰かを想い出すかのように目を細めていた。

 

「これは私がとある女から預かった物の一つ。そして、これはその女がお前の為に……厳密に言えば少し違うが、用意した物でもある。つまり本来の今の所有者はベル、お前だ」

 

「とある女……?」

 

「すまないが、時が来るまでそれが誰なのかを話す気はない。一つ言えることがあるとすれば、その女はお前の事を大切に思っていたということぐらいだろうな」

 

 目を細めるリヴェリアに聞きたいことがまだまだあった筈なのにその語り口調を聞いたベルはそれを聞くことが出来なかった。

 何故こんな物が用意されていたのか……残念ながら今のベルにそれを理解することはまだ出来なかったが、そこに悪意はないということだけは理解できた。

 

「……わかりました。大切にさせてもらいます」

 

 ベルは純白の首飾り(アミュレット)を大事そうに受け取る。

 それに満足そうな笑みを浮かべてリヴェリアは頷いていた。

 

「後は……いや、これは帰ってから中を見てもらった方がいいな」

 

「?」

 

 最後に一枚の紙を取り出し、開こうとしたリヴェリアは開くのをやめ、そう呟く。

 不思議そうな表情を浮かべた二人に帰ってから、かつ信頼に足る者がいる場所のみで見るようにと念押しをしてその紙を手渡した。

 

「これで僕達の話は終わりだ。時間を取ってくれてありがとう」

 

「進攻を始める前日には私達が向かうか使いを寄越す。いつでも動けるように備えていてくれ」

 

「わかりました」

 

 話を終えた四人は最後に紅茶や茶菓子を楽しみながら軽い会話に花を咲かせた。

 談笑を始めた時点で再び『開店(オープン)』に戻った店内に他の客が来店する頃に彼等は解散し、それぞれの帰路についていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ベル君、そろそろあの紙を見てみないか?」

 

「あの紙?」

 

 夕食や入浴を終え、後は眠りにつくだけとなったベルとヘスティア。

 そこに不思議そうな顔をしているリリを加えた三人は貸し与えられたヘスティアの部屋に集まり、机の上に置かれた一枚の紙切れを見つめていた。

 

「今朝、ロキの所の団長君達に渡されてね。帰ってから見てくれって言われた物なんだけど……」

 

「【勇者(ブレイバー)】に? 一体何なのでしょうか」

 

「とりあえず見てみましょう」

 

 何を書かれているのかわからない不安と彼等が渡してきた物への期待が入り混じる表情でベルが二つ折りにされた紙を開き、書かれている文字に目を通す。

 そして、そっと……紙を二つ折りにして元に戻した。

 

「……?」

 

「ベル様?」

 

「……ちょっ、と、もう一回見させて」

 

 不可思議なその行動にどうかしたのかと顔を覗き込んでくる二人を手で制したベルは眉間を揉み、もう一度紙を開き、書かれている文字に一通り目を通す。

 ヘスティアとリリに見つめられる中、理解が追い付かないとでも言うように紙を机に戻し、座っている椅子の背もたれに背中を預けた。

 

「べ、ベル様? 何が書かれていたのですか?」

 

「……多分、口で説明するより見てもらった方が理解できるかも……なんだこれ……」

 

「な、なんじゃこりゃ!?」

 

 その姿に心配そうに声を掛けるリリの横でヘスティアが素っ頓狂な声を上げた。

 思わず放り投げ、ひらりひらりと宙を舞う紙を取ったリリは前の二人と同様に書かれている文字に目を通す。

 

「はぁ!?」

 

 そして、ヘスティアと似たような叫びを上げた。

 その声に慌てて部屋に現れたミアハとナァーザに何でもないとなんとか伝えた三人は何度か深呼吸を重ね、何故か非常に丁寧に机に置かれた紙を見つめる。

 

「えっと……ボクはこの紙にギルドの隠し金庫に保管されているお金とモンスターの名前と多分宝石の種類かな……それとリヴェリア君からの伝言が書かれているのを見たんだけど……」

 

「僕と同じですね。あとモンスターの名前っていう部分は多分『ドロップアイテム』のことだと思います。ただ、聞いたことのないモンスターの名前と明らかに『ドロップアイテム』じゃない物も混じっているんですよね」

 

「『深層』域のモンスターとそこで採取できる物の名前ではないでしょうか。ただ、リリも見覚えのない物もあるのでもしかしたら深層は深層でも現在の【ロキ・ファミリア】が到達している59階層より下の物も混ざっているのかもしれません」

 

 リヴェリアに渡された紙に書かれていたのはギルドの隠し金庫に保管されているある者の遺産。

 あまりにも膨大な額の貯金を始め、数々の貴重な素材や採取物、魔導士であれば喉から手が出る程欲しがるであろう最上質の魔宝石の数々、そして挙句の果てには数冊の魔導書(グリモア)

 

 次世代どころかさらにその先まで何もせずとも楽に暮らしていけるであろう代物にヘスティア達は大いに喜ぶ……なんてことはなく、それを何度も確認した上で混乱の極致にいた。

 

「な、何故突然こんな物を……」

 

「『今のお前ならば返しても大丈夫だろう』……? リヴェリア君……お前がベル君を指しているのはわかるけど、これだけじゃそれしかわからないぜ……」

 

「…………」

 

 なんとか苦笑いをヘスティアとリリを尻目にベルは紙を見つめ、そっと指でなぞる。

 大切に保存されていたようだが、明らかに古い紙……最低でも誰かがこの内容を書いてから五年以上の時が経過していることに気付く。

 筆跡に見覚えはない。少なくともリヴェリアとアイズのものではない。だというのに何故かその文字からもあの首飾り(アミュレット)を見た時に感じた懐かしい気配を感じ取った。

 

「ベル君?」

 

「……これを書いた人って、僕にとっての誰だったんでしょうか」

 

 リヴェリアでもアイズでもないというのなら一体誰なのか。

 一瞬亡くなった祖父が残していた可能性も頭を過ぎったが、不思議な雰囲気はあったものの冒険者ではない祖父がこれを用意できるとは到底思えない。

 これだけの物を残してくれた誰かの名前を、顔を、存在を、ベルは知らない。

 

「うーん……その時が来たら教えてくれるだろうけど、その時がいつになるかわからないし……すごい物をもらう代わりになんか謎が生まれちゃったね」

 

「すぐに教えてくれても、って思いましたけど、これだけの物を揃えたという事は相当な大物……もしくは物凄い恨みを買ってる人とかなんじゃないでしょうか?」

 

「……これ以上考えたって答えは出ないか。とりあえずこれは【ファミリア】の共同財産として使わせてもらおうかな……残していても宝の持ち腐れってやつになっちゃうしね」

 

 それ以上はこの場で考えるのをやめ、ベルを主体として紙に書かれた物達の扱いを決める。

 最終的には貴重な素材を使用した武器の強さへの驕り、お金があるからと無茶苦茶な散財などの危険性を訴えたリリの案にベルとヘスティアは従い、共同財産としては扱うが貯金の使用はあくまで緊急時。素材達の使用は絶対に必要な時に限り、使用することが決まった。

 そこまで決めたところで既に時間は零時を回った為、今夜は解散する運びとなる。

 

(……お母さんは知ってるみたいだけど……まだ隠す必要がある理由ってなんなんだろうな)

 

 一人、ベッドに入ったベルはまどろみの中で無意識にそんな事を考えていた。

 答えは出ないと自分で言った筈なのに無意識下で考え続ける少年は眠りに落ちるその時まで、その答えを求め続けていた。




新章開幕です。
お楽しみいただけると幸いです。

ここまで見ていただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願いします。
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