「正座」
「か、神様、僕の話を」
「いいからせ・い・ざ」
それはもう冷たい瞳をした神様の前で僕は正座をさせられていた。
春姫さんとの出会いから数時間後の早朝。結局新しい
神様の紙屑を見るかのような目付きは春姫さんとの話で意気消沈していた気持ちを一度そばに置いておかなければいけないと思わせるものだった。
「歓楽街に行って朝帰りぃ~? ほら、ボクを納得させる言い分があるのなら話してもらおうじゃないか」
事情があったとはいえ、歓楽街に行ったこともそうだけど、行方不明になったのが神様には同じくらいいただけない出来事なのかもしれない。
今こそ凍えるような瞳をしているけど、帰ってきた僕のことを見た神様の瞳にはちゃんと帰ってきたことへの喜びと安堵があったように見えたから。
あそこでの出来事の全てを語ることなんて当然できず、何も言えない僕を神様と共に
「へ、ヘスティア様!? 全て自分の私用が招いたことで、ベル殿に非は……!?」
「命君は黙っているんだ」
僕を何度も庇おうとしてくれてる命さんには一瞥もせず、にべもなく切り捨てる。
何故神様が……それと事情を知っているはずのリリがこんな顔をしているのか。それは僕にかかる一つの疑念があるから。
女の人の甘ったるい匂いを全身に纏わせて帰還した僕……つまりみんなは女遊びに耽っていたのではないかと僕のことを疑っているのだ。
「ちゃぁ~んと、君の口からはっきり言わなきゃボク達はぜんっぜん納得しないよぉ? 君は本当は娼婦と寝たんじゃないのかぁい?」
「ち、誓ってしていませんっ!? 遊ぶ気なんて毛頭なかったですし、互いに好き合っていない人とそんなことをするなんて、とんでもない!?」
僕の言い分に神様の凍える瞳がわずかに熱を取り戻した……ような気がする。
だって本当にしていないしっ、そういうことをするのなら本当に好きになった人と慎重に時間を重ねてから……何を言ってるんだ僕はっ!?
「……はぁ、まあその通りだろうね。そもそも君に歓楽街で遊ぶ度胸なんてないもんね」
「では、これは一体何だと言うのですか?」
神様の瞳は少し和らぎはしたけど、リリの追及は止まない。
僕から押収した
「それは……いや、別にそれについては詳しく話してもいいんだけど……」
あの騒動は迷子になった僕にも非があるけど、あれだけの騒ぎにしたのは絶対にこれのせい……ひいてはこれを手渡しやがったヘルメス様のせいだと思ってる、うん。
だからここで誰と出会って誰に渡されたのかをぶちまけたって別にいいと思ってるんだけど……口約束とはいえ、神様との契約をないがしろにするのには忌避感がある。
うーんうーん、と唸っていると神様が溜息を吐いた。
「それは気にしないでいいよ、リリルカ君。どーせろくでもないどこかの馬鹿神に無理矢理渡された物だろうからね」
あっさりと見透かしてきた神様の言葉に肩が跳ねる。
合っていると言わんばかりの動きになってしまったけど、自分から意識的に話してないから大丈夫……だと思いたい。
「ベル君の言葉に嘘はない。隠していることはあるみたいだけど、少なくとも女遊びじゃないってことだけわかれば……まあ、今回はいいかな」
事情もあったみたいだしね、とここで神様が今日初めて命さんの方を振り向く。
落ち着きを取り戻す神様に思わず安堵の表情を浮かべて、ジロッ、ともう一度僕を見下ろす神様の瞳にその表情を凍てつかせる。
「ただし、歓楽街に行ったことは許さない! というか歓楽街に興味を持ったことが許せない!」
神様の鋭い眼光と叱責にこくこくと頷くことしか出来ない。
「本来なら今日一日罰を与えるところだけど……いつロキの子達が来るかわからない以上、今回は特例で大目に見るよ。罰は与えないけど、しっかりと反省をすること、いいね?」
何度も頷く僕を見た神様はその言葉を最後にリリを引き連れて
派閥が大きくなった直後にこんな騒ぎを起こしてしまうなんて……ましてや僕は団長の立場なのに……機会があったらフィンさんに団長の心構えを教えてもらおうかな……。
「申し訳ありません、ベル殿……」
「いえ、命さん達を尾行して、勝手に迷子になったのは僕です。気にしないでください」
正座の反動なのか、猛烈に痺れる足に苦しんでいると、暗い顔をした命さんが近付いてくる。
何度も首を横に振って、命さんが気に病む必要はない、と伝えたけど、まだちょっと表情は暗かった。
「で、平気なのか? 相当な騒ぎになってたみたいだが」
そんな僕達にヴェルフも歩み寄って、苦笑を投げかけてくる。
実はあの日のみんなも騒ぎには気付いていたけど、流石に近寄ることは出来ず、僕を見失ったアマゾネス達を確認したのちに目をつけられないように引き返したとのことだ。
やっぱりみんなには心配をかけちゃってたみたいだな……。
「わかったと思うが、ヘスティア様の言う通りもうあそこには行くな。見なかった方が……気付かなかった方がいいものもあっただろ」
「…………」
「お前もだぞ、命」
ヴェルフの言葉のすぐ後に脳裏を過ぎった少女の姿にその場に視線を落とした。
隣の命さんにもヴェルフが釘を刺し、そこで僕も彼女と視線を合わせる。
「……そういえば、命さんと千草さんはどうして歓楽街へ行ってたんですか?」
ふと、気になった彼女達が歓楽街に赴いた理由。
みんなは知っているのかもしれないけど、僕はまだその理由を知らない。
「歓楽街に
命さんは極東出身、春姫さんも同じく。ただの偶然……?
詳しくその知り合いの話を聞き出そうとしたところで、神様に外に呼び出されてしまう。
今の僕の立場で神様達の言葉を無視するなんてことをしたらいよいよこの派閥の中での立場がなくなる……後ろ髪を引かれる思いをしながら、僕は神様とリリの元へと急いだ。
神様に呼ばれた僕は新居移転の挨拶、それに伴ったご近所の手伝いをしていた。
出身派閥と名前を名乗っては街の住人達の悩み事や労働に手を貸して、円滑なご近所関係を築けるように神様と一緒にあっちこっちを走り回る。
国や都市に住まわせてもらう【ファミリア】にとって、こういった社会貢献は大切なことだ。ダンジョン探索だけでは畏怖とかはもらえても信頼や尊敬といったものはもらえない、と思う。
ご近所の手伝いを終わらせた後、『豊穣の女主人』の屋根を直してほしいという頼みごとを引き受けた僕は直した直後、シルさんに歓楽街に行ったことがバレそうになり、ノエルや他の店員の皆さんにそそくさと挨拶をして、『冒険者通り』に出ていた。
「あれ……ベル君?」
『冒険者通り』を進んで、向かったのはギルド本部。
時間帯もあって、冒険者が少ない
エイナさんがいる場所にまっすぐ向かった僕は小さく目を見開く彼女に頭を下げた。
「…………」
ここに来た理由は、歓楽街でのことを誰かに相談したかったから。
それと、エイナさんに聞けば色々と知りたいことを知れるかもしれないと思ったからだ。
「エイナさん、教えてもらいたいことがあるんですけど……大丈夫でしょうか?」
人が少ないとはいえ、まだまだ仕事が残ってるに違いない。
それでもエイナさんは僕のことをじっと見つめると穏やかに微笑んでくれた。
「大丈夫だよ。それじゃあ、ボックスに行こうか」
他の職員に窓口を任せたエイナさんに案内され、いつもの面談用ボックスに案内される。
この話を……特に歓楽街に向かったという話をエイナさんにするのは少し抵抗があったけど……それでも、意を決して彼女に昨日の出来事を相談した。
「歓楽街に行って、【イシュタル・ファミリア】に絡まれた、かぁ……」
やはり最初はそれはもう冷たい軽蔑の瞳を向けられて正直言って泣きたくなったけど、少しずつ事情を明かしていくうちに顔を赤くしたり、青くしたり、子供のようにそっぽを向いたりしていたエイナさんは静かにそう呟いた。
しっかり歓楽街への出入りを禁止してきた上でちょっと待ってて、と告げ、ファイルを取りに部屋の外に出ていく。
「【イシュタル・ファミリア】……知っての通り歓楽街を勢力圏に置く、
戻ってきたエイナさんは持ってきた大型の資料をパラパラと捲っていく。
わずかでも彼の派閥の情報を聞き逃さぬように耳を澄ませる。
「戦闘員のアマゾネスは『
やっぱりそうだよね……。
本気で蹴り飛ばしたのに全く効いていなかったからそうだろうと思ってはいたけど、あれもやっぱり第一級冒険者。
もし、【イシュタル・ファミリア】に
「それとベル君が話してたアイシャ……アイシャ・ベルカは
そんな彼女の二つ名は【
あの技を見た後だと、これ以上ない二つ名に聞こえる。
「それと春姫って言う
一、二を争うほどに欲しかった春姫さんの詳しい情報は残念ながら手に入らなかった。
非戦闘員……『
それに……人身売買でオラリオに流れ着いた春姫さんを
「……【ファミリア】の話に戻るんだけど……大丈夫?」
「あ……すみません。大丈夫です」
顔が暗くなっていたのか、心配そうな顔をエイナさんにさせてしまう。
慌てて笑みを作った僕に彼女は何かを言いたげにしていたけど、それ以上追求はせず、話を戻してくれた。
「商業の功績も含めて派閥の
情報が更新されるほどに春姫さんが遠ざかっていく気がした。
途中からエイナさんの話も耳に入ってこなくなり、たまらず顔を片手で覆う。
詳しい話を聞いても、何事もなく春姫さんを助けられる手段が見つからない。
彼女を攫って何処かへ逃げる?
論外だ。『誓い』を守れなくなる手段を取ることは絶対にできない。
やっぱり、諦めるしか……ない、のかな。
「……大丈夫?」
「……はい、大丈夫です」
顔は覆ったまま、深く息を吐いて少し落ち着く。
せっかく相談に乗ってくれたのにこんな顔ばかりしているわけにはいかない。
少し時間をかけて僕が落ち着いた頃、エイナさんがある話を切り出した。
それはかつて、【イシュタル・ファミリア】が敵対していた派閥に糾弾されたという話。
実力を偽っていると訴えられた当時のギルドは、イシュタル・ファミリア】に調査を入れた。
神イシュタルは何一つとして抵抗することなく、それを受け入れ、全戦力をギルドのみに提示。そして、その結果……【イシュタル・ファミリア】の潔白が証明されたという。
不正はないという状況に神イシュタルはギルドと糾弾してきた派閥を訴え返し、
【イシュタル・ファミリア】はそのまま敵対していた派閥……
さらにこの事件によって、ギルドは【イシュタル・ファミリア】に強く出られなくなったと、エイナさんは話してくれた。
「あまりにも予定調和というか……展開が鮮やか過ぎてね。あの当時の出来事は全部神イシュタルの手の平でみんな踊らされていたような気もするんだ」
寒気を覚えたかのように、エイナさんは二の腕をさする。
実態より遥かに上だったという団員の戦闘力。
ギルドが介入してもなお、判明しなかったことの深層。
【イシュタル・ファミリア】は一体何を隠しているんだろうか。
エイナさんは最後に【イシュタル・ファミリア】の強さと気味の悪さを訴えて、あの派閥と関わるのはやめた方がいいと釘を刺してくる。
釘を刺す……というよりも、縋るような視線に僕は肯定も否定も出来なかった。
「最後に一つ、聞いておきたいことがあります。ギルドは歓楽街のことを静観している……静観せざるを得ないという認識であってますか?」
春姫さんからも聞いたギルドの立ち位置をギルドの職員であるエイナさんに確認を取る。
答えなど今の話で出ているその問いにエイナさんは目を伏せた。
「……ギルドは歓楽街については静観の構えだよ。あそこで何が起きていても、何が起きているのか把握していても……取り締まることは出来ないと思う」
分かり切った答えだった。でも、思わず溜息が出そうだ。
エイナさんに感謝の言葉と共に深く礼をして、一緒に面談用ボックスを出る。
窓口まで何も話すことはなく、重苦しい空気のまま、僕はギルドを後にした。
エイナさんと別れた後、僕は神様に呼ばれてみんなが集まっているある書店────【ヘスティア・ファミリア】の始まりの場所である書店に来ていた。
窓から夕陽の光が注がれる書店の中に入ると老齢のヒューマンの店主が迎え入れてくれる。
「じゃあみんな、朝食の時に説明した通り、このお店の蔵書整理を手伝っておくれ。今日はこれで終わりだからよろしくね」
神様とお爺さんの指示に従って、僕達はそれぞれ書店の整理を始めた。
団員総がかりで本棚の移動や蔵書の片づけに取り掛かる。
『力』のアビリティを遺憾なく発揮して、一階にある書庫へ大量の本をいっぺんに運び込んでいると、その中では神様とお爺さん以外のみんなもそこで作業をしていた。
抱える本の隙間から命さんの姿が見える。そこでふと、彼女と同じ極東出身だというあの人のことが脳裏に過ぎった。同時に、朝から気になっていたことを。
「……あの、命さん」
「どうかしましたか、ベル殿?」
抱えていた本の山を下ろした僕は命さんの背に声を掛ける。
ヴェルフとリリもいるけど、どうしても聞きたくなった僕はそれらのことを彼女に尋ねた。
「春姫さんっていう
「────どこでその名を!?」
それを訪ねた時、命さんは一瞬唖然としたように固まり、すぐに身を乗り出した。
彼女の声に他の二人も振り向く中、僕はみんなにも神様にも話していない昨夜のことの全てを打ち明けた。
先程の反応からわかっていたことだけど、命さんと春姫さんは知己の関係らしい。あの人の話を聞いた命さんの表情がどんどん曇っていくことからもそれは推測できる。
「……もし良ければなんですけど、命さん達と春姫さんとの関係を教えてもらえませんか?」
なんとなく、ここで聞いておかなきゃいけないような気がして、僕はそれを尋ねた。
俯き、黙然と動きを止めていた命さんが顔を上げる。そして、ゆっくりと頷いてくれた。
命さんは静かに、春姫さんとの出会いと唐突な別れまでの日々を語る。
終始うつむいたまま、まるで懺悔するかのような姿で彼女は語り終えた。
どの言葉をとってもその端々には春姫さんへの想いと悔悟が滲み出ているその声は聞いているだけで胸が苦しくなるようなものだった。
「……わかっていると思いますが、その
話し終えた後の静寂を斬り裂くようにリリは一人冷静な表情で淡々と話す。
僕達の視線が集まってもリリは表情を何も変えず、続きを口にする。
「
戦力差が覆せないほどに大きすぎる……直接言葉にしなくてもリリはそう訴えている。
「Lv.5とLv.4に加え、大半の戦闘員がLv.3。勝ち目が薄いどころの話ではありません。戦いが始まればすぐにベル様対【イシュタル・ファミリア】総軍になってしまうでしょうし」
対立した時点で終わりだと、リリはそう言っている。
正面から対立したら、負けるのは間違いなく僕達だ。
「生半可な助力も無意味、余計な犠牲が増えるだけです。助力してくれるのが【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】なら話は別ですけどね」
淡々と、ただ淡々と語るリリに僕達は何も言えなかった。
リリの意見が絶対的に正しいと理解できてしまうから。
「何より……ヘスティア様に、負担がかかってしまいます」
最後に僕の反論の全てを封じる言葉を以て、リリは締めくくった。
神様を引き合いに出されたら、僕は何も言えない。
容赦のないリリの正論に僕と命さんの空気が重くなる中、ヴェルフがリリの頭を本の背表紙でトントンと叩く。
「リリスケ、一人で悪者にならなくていいぞ」
一瞬きょとんと、でもすぐに顔を真っ赤にして本を払うリリの姿とヴェルフの言葉に遅まきながら僕達もそれに気付く。
【ファミリア】のために、神様のために、そして僕達のために心を鬼にしてリリが『嫌な奴』を演じてくれたことに気付かせてくれたヴェルフはまるで喧嘩する弟と妹達をまとめる長兄のように笑った。
「【ファミリア】の一員としては、俺もリリスケの言い分に賛成だ。【ファミリア】を危険に晒せない……が、お前達が何かをしたいって言うなら俺は手伝ってやる。最後まで付き合ってやるさ」
僕達の意を汲んでくれるヴェルフを前にして、少し頭がすっきりしたような気がする。
まだ答えを出すことは出来ないけど、僕が出す答えに近付いたような……そんな気分。
「はぁ……とりあえずこの話は他言無用です。特にヘスティア様には」
ヴェルフをジロリと睨んでいたが、どこ吹く風の様子に溜息を吐いたリリはしっかりと僕達に釘を刺してくる。ついでとばかりに僕達が歓楽街へ向かおうとすることも一緒に。
ひとまず、ここでの仕事を終わらせるためにみんなと別れ、二階に向かう。
僕が神様に『
『知っているぞ、淫蕩のバビロン!』
『貴様が犯した悪行の数々を!』
『一体何人の男を誘惑し、陥れ、悲惨な末路へと導いた!?』
『恥を知るがいい、妖婦め!』
春姫さんと話をしてから、ずっと脳裏を過ぎっていた一つの英雄譚。
英雄譚の中では春姫さんの言った通り、娼婦は破滅の象徴。
彼女達と関わった英雄は大なり小なり苦難に見舞われ、破滅の道を歩くこともある。
娼婦というのは侮蔑、あるいは哀れみや同情の対象であり、淫奔に走った彼女達は非難と蔑視が向けられる。娼婦というのは決して救済の対象ではないのだ。
心と体を売った娼婦が、真の意味で、英雄に寄り添う資格はない。
あの人の目は、『笑み』は、そう言っていた。隣に立つことすらできないのだと。
「…………でも、娼婦が……彼女達が────」
破滅へと引きずり込まれる英雄の物語を閉じて、本棚へしまう。
窓から見える夕陽に僕は目を細めた。
「────
夜の帳が降りる頃、ベル達は帰路についていた。
各々で雑談をかわしながら、新たな
「あの子は……」
薄暗い空の下でも映える金の髪を持つ少年のような
そのすぐそばで何の報せもなく、彼が来たということは二人はその時が来たのだとわずかに表情を強張らせていた。
「やあ、こんな時間にどうしたんだい?」
「申し訳ありません、神ヘスティア。ベル・クラネルと共に少々お時間を頂いても?」
「……当てが見つかったみたいだね」
「ええ。その件について少し提案があります」
穏やかな笑みを浮かべる
「今彼が話した通りだ。ボクとベル君は勇者君と話すことがある。みんなは先に館の中に入っててもらってもいいかな」
「それは……!」
「わかりました。行くぞ、リリスケ、命」
「ヴェルフ殿!?」
有無を言わさぬヘスティアの言葉に反論しようとリリと命が口を開きかけるが、彼女達が何かを言うよりも早くヴェルフが二人の言動を遮るように前に出る。
引きずるように自分達の手を引っ張っていく彼の行動に慌てた様子でリリと命が騒いでいるが、ヴェルフは歯牙にもかけず、二人を館の中へ放り込んだ。
そして、扉を閉めた彼は扉の前に立つとじっとベルのことを炎のように赤い瞳で見据えると小さく笑い、騒ぐ彼女達……主にリリを静かにさせるべく館の中へ入っていった。
瞳と笑みに込められた言外の意思を受け取ったベルは一度深く息を吐き、フィンと向き合う。
「彼のおかげですぐに本題に入ることが出来る。助かるよ」
「……
柔和な笑みが途切れないフィンに対し、硬い表情が消えたベルが問う。
その問いにフィンは頷いた。
「今日の捜索で発見した。だが、入る方法まではわかっていない。本来ならその方法がわかったところで君を呼ぼうと思ったんだが……親指が疼いてね」
「親指?」
「勘のようなものだよ。さて……行けるかい、ベル・クラネル?」
フィンが差し出した手をベルがすぐに握る。
頷きながら、いつでも大丈夫だと訴える少年の目にフィンは顔に貼り付けた笑みではなく、小さく彼自身の笑みを浮かべていた。
「頼もしい限りだよ……明日の正午過ぎにここに使いを寄こす。万全の準備を整えておいてくれ」
フィンの指示にベルがもう一つ頷く。
話はそれだけだったのか、必要以上の話をすることはなく、フィンは二人に会釈と共に一言告げ、この場を去っていった。
「……うーん」
「どうかしましたか、神様?」
二人だけになった門の前でヘスティアが腕を組み、唸る。
何か考え事をするような彼女にベルは首を傾げた。
「何か気の利いた一言を言おうと思ってたんだけど……いざとなるとあまり思いつかないなって」
「そういうものなんですよ、きっと。……大丈夫です。神様を一人になんてしませんから」
不安を誤魔化すように冗談っぽく話すヘスティアの瞳をベルが見据える。
見抜かれるとは思っていなかったのか少しだけ目を丸くした彼女はふっとその双眸を和らげた。
「寄り道しないでちゃんと無事に帰って来るんだよ、ベル君」
「はい! 終わり次第、まっすぐ神様達の所に帰ってきます!」
門から館の玄関までの道のりでヘスティアがまたも冗談交じりに、けれども真剣な眼差しでベルの無事を願う。
ベルは主神の不安を誤魔化したわけではない冗談に少しだけ笑みを浮かべ、すぐに真剣な表情で無事に帰って来ることをこの場で誓った。
すぐにその誓いが破られることも知らずに。
ここまで見ていただきありがとうございました。
良ければ次回もまたよろしくお願いします。