「ごちそうさまでした……」
朝のホームの食堂。
命さんは全く元気のない声で朝食を終えた。
食べた量も少なく、冒険者ではない神様よりも食べる量は少なかったと思う。
そんな命さんにリリが神様に何かあったのかを聞かれる横で僕とヴェルフは視線を交わし、頷き合った。
「命さん!」
「……ベル殿」
行儀悪くかっ込み、朝食を食べ終えた僕はヴェルフに後片付けを任せて食堂を出た命さんの後を追った。名前を呼ぶと緩慢な動きで彼女は僕に振り向く。
眠れてもいないのか、顔色も良くない。その理由に思い当たる所があった僕は彼女に一つ問いを投げかけてみた。
「昨日の夜、あそこに向かったんですか?」
僕の問いに、命さんは力なく頷いた。
昨夜、フィンさんと話をした後にもう一度命さんと話をしようと思ってその姿を探したけど、彼女はどこにもいなかった。予想はついていたけど、どうやらそれは正しかったみたいだ。
できればこのままベッドで休んでほしい。でも、この様子を見るにそれも難しいだろう。
少し迷った末に僕は昨夜に起きた出来事について話してほしいと命さんにお願いした。一人で抱え込むより誰かに話したほうが休めるだろうし、僕も何があったのか気になる。
もう一度頷いた命さんと共に前庭の隅、まだ木箱や樽が置かれた館の一角に腰を据えた。
「春姫殿のもとを訪れましたが……拒絶、されてしまいました」
辛そうに話す命さんは昨夜、リリと神様にバレないように遊郭に向かったと話してくれた。
身元がバレないように変装して向かった先で春姫さんに拒絶されてしまったと。
「自分のような人間は、知らないと……」
意気消沈といった様子でうつむく命さん。
出会って間もない僕の言葉じゃなくて子供の頃から親しかったという命さんの言葉ならあるいは……と淡い希望を抱いていたけど、やっぱり駄目だったみたいだ。
……親しかった命さんだからこそ、今の自分を見てほしくなかったから拒絶されてしまったのかもしれない、と春姫さんの表情を思い浮かべてふと、そう思う。
「……命さん、極東にいた時の春姫さんはどんな人だったんですか?」
落ち込む命さんを励ます術を僕は知らない。
その代わりのように、少しでも気が紛れればと僕はそんなことを聞いていた。
少しの無言の時間の後、命さんは遠い日の思い出を振り返るようにぽつぽつと話してくれる。
幼い日々の記憶をころころと表情を変えて語る命さんはやがて、現実に引き戻されるかのように浮かべていた微笑みを消した。
「あの方が苦しんでいるのなら、助けてあげたい……いえ、あの頃のような関係にもう一度戻りたい。勝手ながら……自分はきっと、また春姫殿の笑顔を見たいだけなのです」
涙ぐんだ瞳を、決して涙が落ちないように手荒に拭う命さん。
見えた涙に僕はやっぱり何も言えなかった。それでも、命さんの気持ちだけは理解できる。
彼女の望みは、僕の『誓い』と似たものだったから。
「……命さん、ギルドに行きませんか?」
彼女が落ち着くのを待って僕はそう切り出した。
徒労に終わるのは承知の上。それでも何か打開策が見つかるかもしれないと話した僕に自分も今日はギルドに向かおうとしていたと命さんは了承してくれた。
ホームを出てからずっと無言でギルドへと向かう。
どうやら道行く人々に怪訝な顔をされるほどに辛気臭い顔をしているみたいだけど、どうやったって今は表情を取り繕うことは出来ない。
「や、やぁ……ベル君、それと命ちゃん」
「ヘルメス様……?」
ホームの通りを離れようとした時だった。
こそこそと物陰からヘルメス様が挙動不審な様子で僕達の前に姿を現す。
まるで僕達のホームから誰かが出てくるのを窺っていたような……何故かそんな気がした。
「あー、ベル君達、最近何か物騒な目に遭ったりしたかい? 具体的には沢山のアマゾネスに追いかけられたとか……」
「な、何を急に……」
「……そういえばヘルメス様もあの日は歓楽街にいたんでしたね」
突拍子もない問いに命さんが当惑する横でその具体例に心当たりがとてもある僕は思わずげんなりとした顔をしてしまう。
離れてから結構な時間が経った後に思い出したくもない逃走劇があったのにヘルメス様も知ってるってことは、あの日あの場所にいた色んな人に想像以上に知られてそうだなぁ……。
(お母さんに知られるのも時間の問題かも……)
「……? 遠い目をしてるベル君は一度置いておいて随分と元気がないね、命ちゃん」
何かあったのかい、と問われ、命さんが俯く。
言葉が出ない命さんの代わりになんとか誤魔化そうとするその前に、今までの挙動不審な態度を消したヘルメス様が一笑した。
「オレに話せることなら、良ければ相談に乗るぜ?」
「えっ……」
「君達から聞いた話は他言しない。
驚く僕達に、ヘルメス様は脱いだ帽子を胸に当てる。
「これでも神の一柱さ。何か力になれるかもしれない」
迷える下界の子供を導くような声音と、子供じみた
顔を見合わせることなく、僕達は頷き合う。
春姫さんの現状を何とかしたい、その一心でヘルメス様に相談することを決めた。
密談にはもってこいの場所がある。
ヘルメス様にそんなことを言われて連れてこられたのはつい最近お世話になった『ウィーシェ』という喫茶店だった。清潔な店内には僕達を除けば、若い
眼鏡をかけたエルフの
「なるほど……友達が娼婦にね」
ことのあらましを聞いたヘルメス様は一度紅茶で口を湿らせる。
命さんは縋るような眼差しで正面にいる神様をじっと見つめていた。
「その友達を強引に連れ出す……つまりイシュタル達に刃向かうなんて真似は間違ってもおすすめできない。ベル君がいても結果は目に見えている」
抗争になれば【ヘスティア・ファミリア】は滅ぶ、そう語るヘルメス様に僕達は頷く。
神様達を巻き込むことは出来ない。僕一人の問題で済むのなら多少の無茶は出来るけど、報復の手が伸びるのはまず間違いなく神様達からだ。そんな状況にすることだけは絶対に出来ない。
「基本、【ファミリア】の内情には不干渉。知り合いがいるからといって首を突っ込む真似はどちらのためにもならない」
ヘルメス様にはっきりとした口調でそう告げられ、わかっていたこととはいえ表情が暗くなる。
如何に全知の神様とはいえ、何の代償もなく、危険もなく、この状況をどうにかするなんて真似が出来るとは思ってなかった。
じゃあどうするべきなのか……やっぱり諦めるしかないのか……。
「が、それが娼婦となると話は別だ」
そう考えていたところで明るい口調で語られた言葉に俯き気味だった僕達の顔が上がる。
目を丸くする僕達にヘルメス様は明るい笑顔を向けてきていた。
「その友達の派閥内の立ち位置……地位にもよるけど、下位構成員、とりわけ非戦闘員なら『見請け』が可能なのさ」
『身請け』。
聞きなじみのない言葉に思わず首を傾げると、ヘルメス様はそれについて説明してくれた。
簡単にまとめれば、大金と引き換えに娼婦を引き取るという歓楽街独自の制度。
『身請け』の説明を聞いた時は、とことん娼婦を商品として扱うことに正直嫌悪感でいっぱいだったけど、今、この状況において、これは僕達が求めていた打開策になるかもしれない。
相手が【イシュタル・ファミリア】だというのが不安点ではあるけど、主神イシュタルは愛を司る女神。身請けしようとする男に娼婦が付いて行きたいと望むなら認めてくれるはずだ、とヘルメス様が話してくれた。
もう一つの問題だとヘルメス様が語った非戦闘員か否かについても問題ない。あの夜に見た春姫さんは間違っても戦えるような人ではなかったから。
「なら、先は明るいかもしれない」
思わず、といったように命さんが強く拳を握り締めた。
溢れ出ようとする歓喜を抑え込む命さんに代わり、より詳しい説明をヘルメス様に問う。
「身請けの金額はどれくらいですか?」
「娼婦の位にもよるけど……相場は二、三〇〇万と聞くかな?」
────行ける!
決して稼げない金額じゃない。今の僕達なら十分稼げる額だ。
もし稼ぎ終わるより先に他の人に身請けをされてしまうのなら……あれを使わせてもらう。
神様とリリにすこぶる怒られるだろうけど、この機会を逃すわけにはいかない。
「もし良かったら、その娘のことを教えてくれないかな? オレもイシュタルに探りを入れて、まだ力を貸せるかもしれない」
ここまでの情報だけでも十分過ぎるほど、ありがたいというのに喜ぶ僕達を微笑ましそうに見るヘルメス様はまだ力を貸してくれると仰ってくれた。
こんなに親身になってくれるところに少し疑念が浮かぶけど、今だけはそれを無視する。食い気味に僕達はヘルメス様に春姫さんの情報を託した。
瞬間、空気が一変する。
「……
春姫さんの名前……種族を聞いたヘルメス様が目を見開き、笑みを消してポツリと呟く。
演技ではない。ただただ驚愕したといった表情を浮かべていた神様は口を閉ざし、僕達をじっと見つめてきていた。
「……これはオレの信条に反するんだが」
変わった雰囲気に僕達が何も言えずにいる中、ヘルメス様がそう前置きして、語り始める。
「ベル君と歓楽街で会ったあの日、オレは運び屋の依頼を受けてイシュタルにある荷物を届けに行ってたんだ」
「ある荷物……?」
「運び屋として依頼主や荷物の情報を明かすのはご法度、失格もいいところなんだが……オレは君達を贔屓している、だから話しておくよ」
一体何の話をしているのかと困惑を隠せない僕達にヘルメス様は、それを告げた。
「オレが届けたのは、『殺生石』という
……殺生石?
聞き覚えのない言葉に命さんと顔を合わせる。命さんも知らないのか首を横に振る。
「オレが言えるのはここまでだ。じゃあね、ベル君、命ちゃん」
僕達を困惑させたまま、ヘルメス様は席を立ってしまった。
僕達の分の会計も済ませて一人で店を後にするヘルメス様の背中を見送ること数分、困惑の中から回復した僕達も喫茶店を出て、ギルド……ではなく、ホームへと一度帰ることにした。
「ヘルメス様はどうしたんでしょうか?」
「よくわからないことをする神様ですけど……でも、こうやって僕達に話してくれたってことは何か重要なことなんじゃないでしょうか」
ギルドに向かわなかったのは、身請けの資金繰りについてリリ達に相談したかったから。
それと、ヘルメス様が最後に語った謎の
命さんと肩を並べて歩きながら、頭の中で『殺生石』という言葉が反芻する。
頭の中でどれだけお母さんに教えてもらった
うーんうーん、と唸りながら来た道を戻り、ホームにたどり着く。
「あれは……?」
「うーん……ん? 何か言いましたか?」
命さんの怪訝な声に思考を一旦中断して、彼女と同じ方向に目をやる。
見ると、僕達のホームの前に一台の馬車が止まっていた。
すごい豪華な馬車だなー、なんて思いながら近付いてみると馬車の所有者と会う前に、馬の嘶きと共に馬車はどこかへと去っていく。
馬車がいなくなると、そこにはリリとヴェルフ、一枚の羊皮紙を持っている神様の姿があった。
「どうかしたんですか?」
「あ、ベル君。命君も。帰ってきたんだね」
「今の馬車は一体……?」
僕の声に振り向く三人に命さんが尋ねる。
神様が持っている羊皮紙を見ながら、その質問にリリが答えた。
「商会からの
「
リリの答えに補足するようにヴェルフがそう話す。
神様は依頼書を見下ろしながら、どこか不機嫌そうな顔をしていた。
先程の馬車の所属はアルベラ商会、と言うらしい。都市経済の一端を支える巨大商会の一つが【ヘスティア・ファミリア】に直接
「投資、とはまた違うが……オラリオではよくあることだな。大方、ベルの暴れっぷりを見て唾をつけに来たってところだろ」
「そうですね……依頼物に対して報酬が全く釣り合っていませんし、裏の真意が見え見えです」
呆れた様子の二人が話す報酬に首を傾げた僕達は神様が持っている依頼書を覗き込む。
「ひゃ、一〇〇万ヴァリス!?」
「本当だ……おかしなくらい釣り合ってないや」
驚愕する命さんの隣で思わず苦笑い。
何も知らない僕が見ても何かがおかしいってことがすぐにわかってしまうだろう。
「どうしますか、ヘスティア様」
「とりあえず受け取りはしたけど、断るよ。先方には悪いけど、商人や商会との繋がりをあまり持ちたくない。それと、今は時機が悪い」
依頼書を折り畳んだ神様は僕の方を見て、そう言った。
「もう少ししたらベル君はしばらくの間、別行動になる。どれくらい時間がかかるかもわからないし、この状況で
あと数時間もしないうちに僕は【ロキ・ファミリア】と共に
「ベル様がいないとなると、確かにあまり受けたくはありませんね。お二人がLv.2で魔剣があったとしても、何か一つ
「ベル頼りの情けない話だが、まあそうだな。これが『上層』ならともかく『中層』……14階層だと俺達が無事でもリリスケに被害が及ぶ可能性が高い。俺もヘスティア様達と同意見だ」
二人は僕の事情を詮索することなく、自分達の意見を語る。
視線が集まる先、命さんは神様に渡してもらった依頼書を穴が開くほど見ていたけど、やがて肩から力を抜き、顔を上げた。
「……報酬は魅力的ですが、リリ殿達の言う通りです。今回はお断りすることに自分も賛成です」
『身請け』の目標金額確保の足掛かりとなるものではあったけど、命さんはそれを耐えてくれたようだ。まだ可能性が残ってるからか、視野は狭まっていないみたいだ。
「と、意見も一致したところで、一度ホームに戻ろうか。ベル君も準備を始めておいで」
「わかりました。ヴェルフ、武具の整備はどう?」
「ちゃんと済ませてあるぜ。全部新品同然だ」
ホームに戻る神様に続いて僕達も続く。
急な話だったけど、フィンさん達と話した日に整備を相談しておいた武具もヴェルフがしっかり終わらせてくれたことに感謝しながら歩いていると、そこで一つ、僕は口を開いた。
「神様、『殺生石』って知ってますか?」
「『殺生石』? うーん、聞いたことがないけど……なんだい、それ。イシュタルが持ってるってことは宝石とかかな」
先程、ヘルメス様に教えてもらった『殺生石』という
リリも知らないとなると、よっぽど珍しい品なのかな……。
「……命さん、僕がいない間にタケミカヅチ様にも聞いておいてもらえませんか? オラリオじゃなくて極東の方にある物かもしれませんから」
「わかりました。それと、タケミカヅチ様達にも『身請け』と春姫殿の話をしておいても大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。タケミカヅチ様達にも協力してもらえば、僕達だけよりも短い時間で稼ぐことが出来るはずです。みんなで、春姫さんを助けましょう!」
「……はい!」
僕がいない間、命さんにはタケミカヅチ様達への説明と『殺生石』についての情報収集をお願いする。合流次第、すぐに動き出せるように。
希望は見えてきた。後は僕がフィンさん達と一緒に
迫る戦いに集中するべく、命さん達と春姫さんの情報を頭の片隅に追いやりながら、僕はみんなと一緒にホームへと向かった。
「ベル君、迎えが来たよ」
「わかりました。今向かいます」
部屋の扉に声がかかり、装備を纏ったベルは自室を出る。
扉の前ではヘスティアが待っており、その顔にはどことなく固さが見える。
そんなヘスティアと共に館を出て、門へと向かった。
「ベル・クラネル、準備は大丈夫かい?」
「はい。いつでも行けます」
門の前で待っていたのはフィン。
使いを出すのではなく、団長自らが出向いたことに内心驚きつつも、そんな感情はおくびにも出さず、ベルは彼の問いに答える。
「無茶だけはしないでおくれよ、ベル君」
「大丈夫です、神様。絶対に帰ってきますから」
心配からか先程以上に表情は固く、落ち着きがない主神の姿に苦笑を浮かべたベルは必ず帰って来ると、もう一度ヘスティアに誓う。
その誓いに女神は一度大きく息を吐き、次には微かな笑みを湛えた。
「では……貴女の眷属の力、お借りします」
「ん、気を付けていくんだよ。全員が無事に帰ってこれることを祈っているよ」
ヘスティアに見送られながら、ベルは先に歩き出したフィンに続いた。
道中、連携の形や動きについての指南や様々な情報を共有しながら、二人は『ダイダロス通り』……都市南東付近の地下水路に辿り着く。
「……この臭いは」
地下水路に入った途端、ベルはある臭いに気付く。
フィンと共に目的の場所に近付くほどにその臭いはより強く、濃くなっていく。
ややあって、二人は目的の場所の入り口へと辿り着いた。
「……隠し階段、ですか?」
「その通り。この先が目的の場所だ」
水路から外れた袋小路の先にはベルが呟いた通り、隠し階段があった。
横に滑った後のある石板が普段は『蓋』となり、この階段を隠しているのだろう。
その幅は食人花の長躯すらも優に出入りが出来るほどに広い。
地下水路とは明らかに構造が異なる石材の通路を移動し続けると、暗闇の中に灯りが見え始める。それに導かれるまま、ベルはフィンと共に通路を進み、そして。
「……ベル?」
奥にまだ続いている通路を見ていた金髪の少女が何かに気付いたように振り返り、少年の名を呼んだ。少女の声に釣られるように、周囲にある灯りもベル達を照らした。
「おう、来たか、少年。ご苦労やったな、フィン」
「よ、よろしくお願いします……?」
前に出た一柱の女神……ロキがニヤリと笑い、手を差し出す。
その背後にいる多数の冒険者達から様々な視線を受けながら、ベルはその手を握り返した。
「えーっと……どういうことですか、団長」
「今から説明するよ。みんな、一度僕達の方に集中してくれ」
ベルの姿に首を傾げるティオネの問いを受け、フィンは団員達の意識を自分に集中させる。
「みんなには話していないことだが、リヴェリアとガレス、そしてロキと話した結果、今回に限り彼の力を借りることにした。突然のことで申し訳ないが、勝つためだ。受け入れてくれ」
ざわっ、と俄かに【ロキ・ファミリア】の団員達が騒ぎ出す。
如何に経験豊富な冒険者達と言えど、信頼している三首領と主神が侵攻を始める直前になって、他派閥の冒険者を連れてきたことには動揺を抑えきれないようだ。
幹部達の中でも様々な反応が見える中、一匹の狼がフィンの前に立つ。
「おい、フィン」
「どうしたんだい、ベート」
「そいつは
「……それは君の方が僕よりも詳しいんじゃないかな?」
幹部の一人、ベートが使えるか否かを問う。
その問いにフィンは笑みと共に答えを返すと、彼は鼻を鳴らし、ベルを見下ろした。
「足引っ張りやがったら俺がてめえを殺す。いいな」
「……上等です」
自分を射抜く凶悪な獣の瞳に臆すことなく、負けじとベルは睨み返した。
他派閥の冒険者に対する突然の過激な発言──いつも通りと言えばそうだが──に唖然とする団員達。その一方で三首領と主神に加え、あのベート・ローガが認めたならば、とひとまず少年を受け入れる団員が出始める。
故意か偶然か、彼の行為が一種の洗礼となったのだ。
当のベートはというと既に『扉』と通路の境界、その最前に立ち、無言を貫き始めていた。
「他に不満がないようであれば彼を加え、この先へ向かう。聞きたいことや意見があるのなら今の内に話してくれ。答えられる範囲で僕達が答えよう」
フィンの声にその場にいる団員達がそれぞれ顔を見合わせはしたが、この件に対する不満や意見が出ることはなかった。それを確認したフィンは一度頷くと、ベルの方へ振り返る。
「活躍を期待しているよ、ベル・クラネル」
「期待に応えられるよう、全力を尽くさせてもらいます」
こうして、ベルは本格的に【ロキ・ファミリア】のパーティに加わることとなった。
フィンが改めて部隊の編成を整える傍らでベルと他の団員達が情報を共有していく。
自分達の【ステイタス】やスキル、魔法も明かしながら、穴が開いているベルの情報を繋ぎ合わせ、今回の戦いにおける不安要素になり得るものを確実に潰していく。
途中、アイズとリヴェリアの魔法を使えるとベルが語った際は主に一部のエルフ達を中心に空気が変わりかけたものの、戦いの直前だということとやっぱり!、と目を輝かせたティオナの声と嬉しそうな笑顔によってなんとか事なきを得た。
(この人達は他の人に言いふらすなんてことはしないだろうけど……やっぱり他の人にバレたら色々とまずいことになりそうだなぁ……)
情報共有を終えたベルは武具や
バレたら追いかけ回されそう、なんて思わず考えてしまうベルに近付く一つの影。
「ベル」
「アイズさん?」
ベルのことをこの場の誰よりもよく知っているからか、少し離れた位置でベルと団員達の様子を見守っていた彼女。団員達が離れるや否や風のように疾く、静かに少年の近くに寄ったアイズは珍しく落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。
「えっと……本当に、一緒に来てくれるの?」
「はい。力不足は承知の上ですが、少しでも力になれるように頑張りたいと思います」
改めて確かめるようにチラチラとベルのことを見ていたアイズはベルの答えに一瞬、顔を輝かせ、しかしすぐに表情を曇らせた。
じっ……と少年のことを見つめた彼女は落ち着かない様子から一転、不安げな様子を見せる。
「すごく、危ないんだよ……? 多分……ううん、絶対に……あの女もいる」
冒険者としての本能かただの直感か。
アイズはこの先に広がるであろう迷宮の何処かに赤髪の
あの存在は自分だけでなくベルも狙っている。そんな者がいる場所に連れていくのは避けたい、というのがアイズの本音ではあった。
「……そうですね。
「え……?」
「アイズさん達がこんな危険な戦いに赴くことを」
胸の前に持ち上げた右手をベルは強く握りしめた。
そのまま、何かを思うように目を細める。
「もし、何も知らなかったら、知ってたとしても何も言われてなかったら、僕はここにいません。アイズさん達の邪魔になってしまうから……でも、あのフィンさんが僕を頼ってくれました」
思い浮かべたのはここに自分がいない違う現在か、それとも別の何かか。
力を抜いたベルは不安げに揺れている美しい瞳に小さく笑みを浮かべた。
「今の僕でも皆さんの……アイズさんの力になれることをフィンさんが教えてくれました。なら、じっとしてることなんて出来ません。どうか、貴女と一緒に戦わせてくれませんか?」
力強く、自分を見据える
そして、まるで二人の会話が終わるのを待っていたかのようにフィンから全体に号令がかかる。
自分達の名も呼ばれた二人は互いに顔を見合わせ、もう一度だけ確かめるかのように笑い合い、皆が待つ場所へと向かっていった。
ここまで見ていただきありがとうございました。
良ければまた次回もよろしくお願いします。