二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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英勇斬倒

「前衛と後衛、そして治療班。僕とガレスが率いて進攻(アタック)する。リヴェリアは万が一のためにここで待機。この隠し通路の情報を収集しつつ、ロキや他の者と一緒に待っていてくれ」

 

「わかった」

 

 我の強い若い幹部陣が揉める場面もありながら、フィンはそう指示を出す。

 団長に選抜された隊員(メンバー)が各々装備を整え、サポーターとして選出された団員は本拠(ホーム)から持ち出した予備武器(スペア)道具(アイテム)類を纏っていく。

 その途中で全体にリヴェリアの声がかかった。

 

「各自、これを持っていくように。アミッド達が作り上げた対呪詛の『秘薬』だ。まだ未完成とのことだが、『不治』の呪詛(カース)への効果は確認されている」

 

 リヴェリアが取り出したのは回復薬(ポーション)に似た小瓶。

 ベルが奪い取った呪いの短剣を解析して生まれた、最悪の呪いを解呪できる唯一の『秘薬』。

 

「一人一本きりだ。使いどころを決して間違えるな」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】が総出を上げて解析してもなお未完成、製薬できてもこれっぽっちか。どれだけ強力なんじゃ、あの呪いは」

 

 小瓶の半分も満たしていない量の『秘薬』を見ながら、ガレスが険しい表情をする。

 都市最高の治療師(ヒーラー)を擁する治療系【ファミリア】を以てしても『秘薬』を生み出すことは容易ではなかった。

 彼女達でさえ未完成かつ少ない量を精製するのが限界だったということが何を意味しているのかを理解していない愚鈍な者はこの場にはいない。

 この先にいる存在達への警戒を高めながら選抜された者達は『秘薬』を収めた。

 

「ベル、お前の分だ」

 

「ありがとうございます、リヴェリアさん」

 

 最後の一本はリヴェリアからベルに直接手渡された。

 レッグホルスターにそれを取り付けたベルは自分をじっと見つめてくる翡翠の瞳に気付く。

 

「……あの呪いをその身で浴びて知っているのはこの場ではお前だけだ。その知識がお前の役に立つかもしれない。覚えておいてくれ」

 

「……はい」

 

【ロキ・ファミリア】の副団長として、彼女はそう助言した。

 彼女の言葉を刻み込んだベルはリヴェリアがまだ何かを言いたげにしていることに首を傾げ、続きの言葉を待つ。

 辺りを見渡すようにしていた彼女は誰もこちらを見ていないことを確認すると、ベルの手を優しく握りしめ、あまり褒められたことではないが、と前置きを置き、ベルと目線を合わせた。

 

「一緒に行ってやれなくてすまない……決して、無茶はするな。気を付けていくんだぞ」

 

 副団長ではなく、子を想う母として、ベルにそっと呟いた。

 それを最後にロキの元へと戻る母の背中を見つめながら、ベルは母の温もりがまだ残る両手を強く握りしめる。そして、表情を改め、敵の住処(アジト)を見据えた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 リヴェリアを除いた第一級冒険者に、ラウル達Lv.4の二軍、そしてLv.3を主体にした下位団員達。ここにベルとレフィーヤと共に歩むフィルヴィスを加えたパーティは扉内部へ侵入した。

 先頭にガレスとティオナを据え、石板で覆われた通路を進んでいく。

 

 彼等が歩む敵の住処(アジト)はまるで迷宮(ダンジョン)のようだった。

 初めの一本道はすぐに複雑な迷路に成り変わった。二股道に四つ辻、いくつもの横道。通路から枝分かれする道が目に見えて増え続け、冒険者達に分岐を強要する。

 岐路の度に斥候を放つが、持ち帰られる報告は『行き止まり』というものばかり。残された正解を手探りで探っていかなくてはいけなかった。

 

「って、どわぁ!?」

 

「ラウル!?」

 

「あ、いや……ただの彫像だったっす。ごめんなさい……」

 

「ラウル……」

 

 突如悲鳴を上げたラウルに身構えた冒険者達だったが、彼の勘違いだとわかるとすぐに周囲から顰蹙の声が上がった。

 ラウルが持つ魔石灯に照らされたのは悪魔のような彫像。通路内には同じ彫像が散見しており、壁面には植物の彫細工(レリーフ)が刻まれている。

 

(植物……食人花を思い出すな)

 

 彫細工(レリーフ)に触れたベルは脳裏に彼の怪物の姿を想起する。口にせずとも、この場にいる者達は皆、同じ怪物の姿を脳裏に描いていた。

 彼等の足元と息遣いだけが響く通路は不気味なほど静けさに満ちており、壁に埋め込まれた魔石灯が歩き続ける冒険者達の緊張した横顔を照らす。

 

「何て言うか、その……ダンジョンより、冷たい感じがします」

 

 治療師(ヒーラー)としてパーティに選抜されたリーネが不安そうに呟きを落とす。

 その呟きに答える者はいない。だが、この場にいる誰もがその呟きに同意していた。

 

 ダンジョンは『生きている』。それは周知の事実だ。『異常事態(イレギュラー)』の数々はまるで一つの生物のように襲い掛かり、冒険者を苦しめ、時には命を奪う。

 しかし、この迷宮にはそれがない。ダンジョンから感じ取れる『息遣い』のようなものはまるでなく、迷宮(ダンジョン)と人工の迷宮の間にあるその決定的な差異が重圧と閉塞感に満ちたこの雰囲気を生み出していた。

 

 リーネの呟きを皮切りに、無意識か意識的にか、緊張を緩和するようにティオナは喋り続けた。

 罠を警戒しながらも【ロキ・ファミリア】としての雰囲気を失わせない彼女の声にガレス達も応じる。

 ティオナ達の会話を聞きながら、ベルは周囲にある通路を塞ぐ『扉』を見る。次に道が続いている通路の頭上を仰ぎ、目を凝らした。

 

「……誘導されてる?」

 

「小僧、お主もそう思うか」

 

 ポツリと呟くといつの間にか隣に来ていたガレスに声を掛けられる。

 突然の声掛けに思わず言葉を詰まらせるが、じっと対等な仲間として意見を求めるガレスの瞳にここまで歩き続けて気付いたことを口にした。

 

「はい。今いるここだと十字路になっているので僕達が歩いてきた通路を除けば、三つの道があるはずなのに三つの内、二つの道が塞がれています。初めはあまりに露骨だったので意識してなかったんですけど……」

 

「誘導かぁ。でも、大丈夫じゃない? いざという時は壁を壊して進めばいいし!」

 

「いや、それも難しいのう」

 

 ベルとガレスの会話を聞いていたティオナが女戦士(アマゾネス)らしい発言をするが、その発言を『扉』の横の壁を殴りつけたドワーフの戦士が否定する。

 パラパラと崩れる石板、その奥に見える金属の輝きに首を傾げていたティオナが目を丸くした。

 

「うわっ、それってもしかして『アダマンタイト』?」

 

「うむ。石板で覆い隠されてはいるが、恐らく通路全体がこの希少金属(レアメタル)で作られておる。儂やお主辺りなら壊せんこともないとじゃろうが……まぁ現実的ではないのう」

 

 最硬金属(オリハルコン)の扉だけでなく超硬金属(アダマンタイト)で構築されているというガレスの推測に話を聞いていた団員達が驚愕に襲われる。

 理解が出来ないとベートが乱暴に吐き捨てた。それはこの場にいる者達の総意と言っても過言ではない。

 

「どれだけのお金と年月がかかったんでしょうか……」

 

「数年足らずでは到底済まない。数十年、あるいはもっと……どうやら中々規格外の物を造り上げているようだ、闇派閥(イヴィルス)の残党は」

 

 ベルの呟きに舐めてかかると痛い目に遭う、と改めて自分自身を含めたパーティの警戒度を引き上げたフィンはラウル達へ道を見失わないために白墨(チョーク)で線を引くよう指示を出す。

 

(ここは闇派閥(イヴィルス)の残党の住処(アジト)……それは絶対に間違いじゃない。でも……()()()()()()()()?)

 

 壁や『扉』には消し切れない極彩色のモンスター達の残り香や白装束の者達から漂う死臭がこびり付いている。彼等の住処(アジト)ということに対する疑念はない。

 ただ、何故住処(アジト)がこうまで複雑な迷路を形作っているのか。攻め込まれない為にしても限度というものがある。

 

 ────本当に、ここは敵の住処(アジト)として用意された物なのか?

 

 違和感と謎の気持ち悪さを覚えるが、ベルは疑念を封じ込めてパーティの進行に身を委ねる。

 同じような疑念を思い浮かべ、胸の内に封じ込めた一人の少女と共に。

 

 やがて、進路に変化が現れる。

 

「この先に階段があります。下へと続いているようです」

 

「逆の道も同じです。敵が待ち構えている気配はありません」

 

 偵察に向かったクルスとアキが同じ報告をもたらす。

 目の前の道は丁字に分岐している。

 

「どうする、フィン」

 

「……二手に分かれる。どの道、この大所帯じゃあ襲われたら碌な戦闘も出来ないしね」

 

 ガレスに答えた通り、フィンは迅速にパーティを二つに分けた。

 

 右の進路にガレスとアイズ、ティオネ、ティオナ。

 左の進路にフィン自身とベート、レフィーヤとフィルヴィス、そしてベル。

 

 編成内容に不満を物申す者が約一名いたが、彼女の想い人からの説得により事なきを得る。

 従える下位団員の比重(バランス)を考え、ガレス側に第一級冒険者を偏らせた采配。治療師(ヒーラー)を含め、戦力は均等に分かれている。

 

「後は頼んだ、ガレス」

 

「おう。……フィン」

 

「?」

 

「くれぐれも、足元をすくわれるなよ」

 

「……ああ、肝に銘じておくよ」

 

 軽口を叩くガレスにフィンも笑みを返す。

 そのすぐそばでアイズがベルの傍に寄っていた。

 

「ベル……」

 

「アイズさん?」

 

「……一緒に行けないけど、怪我しないでね……?」

 

「はい。アイズさんもどうか、気を付けてください」

 

 他の団員がいる手前、二人が交わす言葉は少なかった。

 すれ違いざま、少ない言葉の代わりに二人の指が微かに触れ合う。

 

 二分したパーティは左右の道を進み始めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「それにしても……全然、敵もモンスターも出てこないっすね。逆に不気味というか……」

 

食人花(モンスター)の匂いはそこら中に残ってやがるがな……水路にいやがったあの化け物共も、ここを通って放たれたのは間違いねえ」

 

 フィン達が階段を降りた先はこれまでと同じ迷路構造を取っていた。

 先に道の物見をしたアキの言葉通り、伏兵の類は見受けられない。それがラウルが語る通り、逆に不気味だった。

 

「……広間(ルーム)に似てる」

 

 開けた視界にアキの呟きが落ちる。

 接敵などなく、歩き続けた彼等が辿り着いたのはダンジョンの広間(ルーム)に似た正方形の広大な空間だった。一辺は五〇M(メドル)程。

 左右の辺には最硬金属(オリハルコン)の扉。正面には上り階段の先に一つの通路口が存在していた。

 

 踏み入れても何も起きず、不気味な静寂に支配されている空間。

 不意にベート達、獣人の耳が立ち上がった。

 目の前にある通路口より、悠然とした足音が響く。間もなく、人影が揺らめいた。

 

「フィ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ン~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 姿を現した瞬間、彼女は大音声をぶちまけた。

 あまりの爆音声にとっさに耳を塞ぐ冒険者達もいる中、爆音をかまし、彼等を見下ろしたのはヒューマンの冒険者だった。

 

「会いたかったぜぇ、クソすかした勇者様ァ!!」

 

「ああ、やっぱり生きていたのか……ヴァレッタ」

 

 唾を飛ばし、凶笑を浮かべる彼女にフィンは目を細めた。

 彼が発したヴァレッタという名に、ラウルとアキは緊張の面差しを浮かべる。

 

(あの人と同じかそれ以上……血の匂いが濃い)

 

 我を忘れたかのように叫び散らすヴァレッタを見たベルの剣を握る力が強まる。

 眦を裂いた形相は周囲に他の冒険者がいるのにも関わらず、フィンだけを見つめ、双眼の奥を凶悪な光で輝かせていた。

 

「彼女の名前はヴァレッタ・グレーテ。十五年前から始まったオラリオの暗黒期、秩序を乱し、混乱をもたらした闇派閥(イヴィルス)の幹部……その一人だ」

 

「団長やリヴェリアさん、ガレスさんは勿論、【フレイヤ・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】……ギルド側についた沢山の派閥と敵対してたっす……」

 

「五年前、【疾風】の暴走と【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】の大立ち回りが止めになって闇派閥(イヴィルス)が壊滅してた時には既に死亡扱いされていたの。他ならない『27階層の悪夢』で……」

 

 団員の問いに放ったフィンの答えに団員達が息を呑む。

 八年前に【ロキ・ファミリア】に入団し、当時を知るラウルとアキが情報を補足する中、フィンは瞳に鋭い輝きを宿した。

 

「君が生きているとなると、やはり『27階層の悪夢』は死を偽装する隠れ蓑だったわけかな?」

 

「腹が立つくらい正解だよチビ勇者。六年前のあの時点でギルドとてめえ等にやられまくって闇派閥(イヴィルス)の力は削がれていた。そこで白髪鬼(オリヴァス)を唆して、幹部共は死んだふりをしたのさ」

 

 フィンの指摘にヴァレッタは笑みを歪める。

『27階層の悪夢』とは、当時の闇派閥(イヴィルス)が巻き起こした集団規模の『怪物進呈(パス・パレード)だ。階層中のモンスターはおろか、『迷宮の孤王(モンスターレックス)』さえも誘き寄せ、罠にかけたギルド傘下の冒険者を襲撃したのだ。

 全てが終わった後の光景は言葉を絶するほどに酷く、今でも語り草となっている。

 

「フィン、てめーはクズだ! 私達からすれば悪魔みてえに最悪な糞野郎だ! あの日、てめーは27階層の救援には行かなかった! 情報を聞くなり、27階層の冒険者どもを()()()()()、フレイヤとガネーシャの連中を連れて、私達の主神どもを攻め入った!」

 

「切り捨てた……?」

 

 ヴァレッタの放った言葉にベルが静かに目を見開いた。

 虚言ではないかという考えは何一つとして動揺していない【勇者】の横顔と疑うことなく付き従う団員達によって否定される。

 その行動に関して理解は出来る。理解した上で動揺を抑えられなかった。

 その動揺を何とかして押し殺す。いつ戦闘が始まってもおかしくないこの状況で余計な考えは自分と仲間の命を奪う。

 

「主神様が送還されて、ダンジョンの中で『恩恵』が封印された恐怖……てめーにわかるか? 何度モンスターに喰われそうになったことか!」

 

「心中お察しするよ。でも君達が犯した所業を思えば、哀れむには至らないな」

 

 飄々とした態度のフィンに対してヴァレッタは目を血走らせ、品のない罵声を轟かせる。

 相も変わらずフィンのみを見ている彼女にベルは目を細め、左手を背後に回す。

 ヴァレッタの罵声とフィンの声のみが響いていた広間(ルーム)小鐘(チャイム)の音が生まれた。

 

「フィ~ンッ、てめえ……!」

 

 いくつかのやり取りを経ても毅然とした態度を貫くフィン。

 一方で、怒りが突き抜けるのはヴァレッタ。

 

 ビキビキと青筋を立てながら、女性ではなく怪物(モンスター)と呼んだ方が差し支えない表情で忌々しい小人の勇者を睨み付けた。

 

「やっぱりてめーは私が殺すッ! そのスカした面も今日ここまでだ!! 私は待ってたんだよ、てめーらがここに! 私達の城にのこのこやってくるのをなぁ!!」

 

 憤怒の表情から一転、唇を吊り上げるヴァレッタにフィンが笑みを消す。

 怪物のように目を輝かせ、勇者への復讐に取り憑かれた女は言い放った。

 

「ここがてめーらの墓標だ!! この『クノッソス』に呑まれて死ね!!」

 

『クノッソス』。

 迷宮の名称と思われるそれをベルは頭の中に強く焼きつけ、すぐに片隅に放り投げる。

 意識の全てを目の前に集中させ、紅く輝く球体を持った右腕を突き出すヴァレッタに対して、白い光粒を纏う左手を突き出した。

 

「撃てっ、ベル!!」

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 振り向かず、最速の指示を出したフィンの声に被せるようにベルは白き炎雷を撃ち出した。

 最速の先手による奇襲。浮かびかけていたヴァレッタの笑みを焼き、その顔を驚愕に染める。

 フィン達の背後で扉が閉まり、左右の扉から夥しい量の食人花の群れが出現したが、フィンとベルによる先攻により、団員達は動揺する間もなく、意識が戦闘へと切り替わる。

 

「てめー等、やるぞ!!」

 

 ベートの雄叫びと共に冒険者達が戦闘を開始する。

【ロキ・ファミリア】の団員達が応戦する中、ベルは応戦しつつ二度目の蓄力(チャージ)を敢行。

 白い光が散り、鐘の音が鳴り響く戦場は冒険者達に不思議な高揚感を生み出し、不利(アウェー)な場でもその者の本来の力を発揮させていた。

 

「総員、正面に進め!」

 

 しかし、如何に本来の力を発揮しようとも相手が途切れなければいずれ力尽きてしまう。

 退路を断たれ、左右の扉からの敵が途切れないこの状況でフィンは即断。進路の邪魔をする食人花を黄金の槍で屠り、残された前の道へと先陣を切った。

 首領の指示に団員達は手足の如く従い、その背後を食人花の軍勢が追う。

 冒険者にとっては幅広の通路も食人花の長躯には窮屈。何本もの長躯が雪崩れ込む光景に一人のエルフが叫んだ。

 

「団長、殿は私とフィルヴィスさんに任せてください!」

 

 後衛魔導士のレフィーヤが買って出るには危険な配置(ポジション)にラウル達やベルが驚く中、フィンは彼女の紺碧の瞳を見つめ、頷いた。

 

「頼んだよ、レフィーヤ」

 

「はい!!」

 

 団長が向ける信頼の笑みにレフィーヤは感情を昂らせながら、同胞の少女と共に迫りくる食人花と相対した。

 少女の呼びかけと眼差しで全てを察したフィルヴィスが蓋をするように通路に障壁を張り、食人花の進攻を阻む。その背後でレフィーヤが唄い慣れた砲台を完成させる。

 阿吽の呼吸で妖精の少女達が互いの立ち位置を入れ替え、障壁が解除されると同時に砲撃が食人花の軍勢を吞み込んだ。

 

 新たな食人花が押し寄せても、山吹色と白色の魔法円(マジック・サークル)を展開し、少女達はたった二人で食人花の追撃を完璧に抑え込んでいた。

 レフィーヤが見せた機転と抜群の連携にラウルとアキが賞賛を送り、あのベートさえも不敵な笑みを落とす。

 

「……負けてられない」

 

 その中で同じ師を仰ぐ少女の活躍にベルの手に力がこもった。

 兄妹弟子の成長に純粋な賞賛を覚えながらも、同時に闘争心が芽生える。

 あくまで冷静でいながらも、熱く燃える瞳をフィンが買った。

 

「後進が期待を超えて育ってくれて何よりだよ。────ベート、ベルを前衛に上げる。そのまま前衛で障害を払え! 先行しすぎるな、隊列の長さに注意しろ!」

 

 後進の成長に笑みを浮かべながら、次にはフィンの鋭い指示が飛ぶ。

 その指示に一瞬目を細めたベートだったが、一息に自分に並んだ少年に舌を鳴らし、前方に現れたモンスターの影に率いていた団員と共に接敵した。

 

「食人花じゃない……新種!?」

 

 遭遇(エンカウント)したのは水黽に似たモンスター。

 食人花のような巨体ではなく、小柄。だが、数が多い。新種の出現に団員達が警戒する中、ベートとベルが集団を飛び出した。

 

「構うか! 仕掛けてくる前に、潰しちまえばいいだろうが!」

 

「【ファイアボルト】!」

 

 疾走したベートの攻撃がいっぺんにモンスターを喰らい、ベルの炎雷が焼き尽くす。

 ベートによる瞬殺の隣で新種に対する情報を得るように斬撃、刺突、打撃、魔法など複数の攻撃方法で新種を屠っていくベル。

 少年の戦闘から得た情報によって、『未知の新種』を『既知の怪物』へと変えた団員達もこれ以上遅れてたまるものか、と二人の後に続いた。

 

(ヴァレッタ……見ているな)

 

 落とし穴などの罠やわらわら出現するモンスターによって混戦を呈する中、フィンは中衛で槍を振るいながら辺りへ視線を飛ばした。

 奇襲により傷を負っていたとしても、あの女はどこかで様子を窺っている。何度も衝突し、思考を熟知しているフィンにはそれがわかっていた。

 現状は有利に進んでいるように見えるが、深く深くと迷宮の奥へ誘い込まれている。

 必ずどこかで本命の罠か何かを仕向けてくる────頭を回転させ、そう考えていた折、パーティは巨大な十字路に差し掛かった。

 

 その時。

 

「────────」

 

 親指が疼いた。

 かつてないほどの疼痛。

 指が引き攣るほどの虫の知らせ。

 

 同時に、付近から響く『扉』が開く重々しい音。

 

 第一級冒険者(フィン)でさえ、知覚できようと指示が間に合わない、肉体が追い付かない。個人と集団の処理能力を超過した『異常事態(イレギュラー)』。

 Lvを問わず、数多くの冒険者の命を奪ってきたその驚異の前兆が今、絶対零度の悪寒となってフィンに襲い掛かった。

 直後、フィンが据わるパーティ中衛の真側面。

 

 凶暴なモンスターの波が割れる。

 

 道を作るように。

 

 かしずくように。

 

 歩み出すのが────王の代行者であるかのように。

 

(────赤髪の怪人(クリーチャー)!!)

 

 冷静沈着であるフィンの瞳が極限まで見開かれる。

 緑の双眼が勇者を射抜き、黒塗りの不気味な長剣が風を切り、鮮血の如き赤髪が舞う。

 猛襲者(デスレイダー)────怪人(クリーチャー)レヴィスがフィンの眼前へ急迫した。

 

「ッッ!?」

 

「また会ったな、小人族(パルゥム)

 

 冷ややかな声と共に振り下ろされる黒剣の一撃。

 それを防いだフィンに走り抜ける、凄まじい衝撃。

 勇者が渾身を以て剣戟を交わすことたった三合、それだけでフィンの体勢が死んだ。

 

「18階層の借りを返しておくぞ」

 

 甚だしい威力、速度、以前相まみえた時とは比べ物にならない威圧感。

階位昇華(ランクアップ)』の如き、あり得ない戦闘力の上昇。

 

魔法(ヘル・フィネガス)を────)

 

 使わなければ負ける。

 しかし、フィンの頭に一抹の危惧(ノイズ)が過ってしまう。

 魔法の代償によって、指揮官(じぶん)を失った団員達はどうなってしまうのかと。

 

 上に立つ者である故の懊悩。

 刹那にも満たぬ迷い。

 

「死ね」

 

 それは、今の化物(レヴィス)にとって致命的な隙に他ならない。

 猛烈な弧を描いた黒き剣身がフィンを襲う。

 かろうじて構えた黄金の長槍を断ち、矮小な勇者の身に甚大な刃創を刻み込む────

 

「【ファイアボルト】ッッ!!」

 

 そんな悪夢(みらい)を焼き尽くすべく、無数の炎雷が迸った。

 放たれた炎雷は狙いを違えることなく、レヴィスが振り下ろす漆黒の剣に炸裂。弾き飛ばすことは出来ずとも、漆黒の一撃の狙いは外れる……筈だった。

 

「無駄だ」

 

 不意の複数の衝撃によって柄から左手が外れようとレヴィスは残った右腕で柄を握り締め、浮かび上がった血管が弾けるほどの人外の膂力を発揮し、浮いた漆黒の剣を引き戻す。

 フィンの元へ駆けながら目を見開くベル。その視界の先で再び漆黒の剣が振り下ろされた。

 

 そして、夥しい鮮血が舞った。

 

「ッッ!!」

 

「ちぃッ!!」

 

 ぐらりと後方へ傾く勇者の体を見たレヴィスの表情に怒りが満ちる。

 ()()()()()()()()。証拠に、傾いた体を勇者は引き戻し、右腕一本で自分に槍を振り抜いた。

 刻まれた刃創から命の雫をこぼし、動かない左腕を垂らしながらも勇者は屈さず、立っていた。

 

「『紛い物』風情が……ッ!」

 

「ああッ!!」

 

 凄まじい勢いで迫るベルにレヴィスは剣を無造作に振り抜く。

 鐘の音を高らかに鳴らす雷を纏う少年は地を蹴り、剣をかわしてフィンの前に躍り出た。

 

「フィンさん!!」

 

「すまない……ベル」

 

 倒れてはいない。だが、崩れてはいけない精神的主柱のその姿はベルにもロキの団員達にも計り知れない動揺を与える。

 現状が考え得る限りの最悪に近い状況だと、フィンの姿に歯を食い縛った少年は冷たい瞳で自分達を見下ろす化物を見据え、必死に考えを巡らせた。

 

(まだフィンさんは動ける……けど、この状況を打開するのはいくら何でも無理だ……! この場からフィンさんと他の人達を逃がすことが出来れば、まだ────)

 

 既に『敗北』は濃厚。しかし、まだ確定したわけではない。

 目の前の最強の敵から彼等を逃がすにはどうするべきか。凝縮された思考の中で怪人(レヴィス)の自分への言葉と態度を思い出す。

 

『紛い物』という言葉を使い、自分を嫌悪していることを。

 

「……【目覚めよ(テンペスト)】────【エアリエル】!!」

 

 金の憧憬の風を解き放つ。

 通路中に吹いた風に蒼褪めながらも状況を覆そうと増え続けるモンスター達と戦っていた団員達が振り返る。その中の一人と視線を交わしたベルはさらに出力を跳ね上げた。

 吹き荒れる暴風にレヴィスが苛立ったように眉を顰める。

 フィンの前に邪魔な『紛い物』を消すべく彼女が剣を構えた……その時。

 

「っ!!」

 

 ベルと視線を交わした一人────ラウルは跳んでいた。

 少年に意識を注いだレヴィスのすぐ横を駆け抜け、フィンの体を抱きしめる。

 目を見開いた怪人が少年を無視し彼等へ追撃を仕掛けるが、その攻撃をベルが受け止めた。

 

「ラウルさんに続いてくださいッ!!」

 

「続けぇ!!」

 

 奇襲を受けたとはいえ、フィンでさえたった三合の打ち合いで崩されたレヴィスの攻撃を風と雷の合わせ技で奇跡的に逸らしたベルはラウルの声に合わせるように叫んだ。

 少年と青年の声に戦闘を放棄し、アキ達が従う。『全滅』という最悪の未来を避けるために。

 

「待て……ラウル…………!」

 

「すみません、すみませんっ、団長……今だけはあの子の指示に従うっす……!」

 

 この状況下で誰よりも速く動き、誰を生き残らせるべきなのかを瞬時に判断してみせたベルと同じ思考、意思を持っていたラウルは歯を食い縛り、表情を引き攣らせながら縦穴へと身を投げる。

 自分達が下した判断が後の世にも残るほどにどれだけ最低で最悪な行為だと自覚しながら、フィンと共に中衛位置にいた全団員はこの場から逃走した。

 

「おいおい、用心棒様よぉ。適当な仕事してんじゃねえよ?」

 

「黙れ。貴様等こそ、この程度の下奴の足止めすら碌にできないのか」

 

「ッ!?」

 

 フィンの読み通り、横道の一つから姿を見せたヴァレッタをフィンの槍が掠めた頬を修復しながらレヴィスは冷たくあしらった。

 目の前の少年の自己犠牲を無駄な行為だと唾棄するかのように乱雑に振るわれた剣が囮となったベルが持つ黒剣を弾き飛ばし、右腕の感覚を殺す。

 雷と風を纏ってもなお、手が届かない領域に立っている怪物に少年は弾かれた体勢のまま、限界まで蓄力(チャージ)が終わった光粒を纏う左腕を突き出した。

 

「ファイアボ────」

 

 その一撃は怪人達を倒すことは出来ずとも、逃走不可、敗北確定のこの状況から逃亡するきっかけになる起死回生となる筈だった。

 

 最速の魔法を解き放とうとしたその瞬間、ベルの左の肩が、軽くなった。

 同時に、体力と精神力(マインド)を根こそぎ持っていかれる感覚に襲われた。

 その感覚に襲われた一瞬後、宙に舞う光粒と紅を散らす『何か』を認識し、限界を超えてベルの瞳が見開かれた。

 

「ぁ────」

 

 それは、ベルの左腕だった。

 人の命が消えゆくように光粒が霧散していく左腕は零れ落ちる血を黒く染め上げながら、通路の暗闇の奥へと無残にも飛んでいく。

 

 最速の炎雷と起死回生の光はレヴィスにとって既に『既知』である。

 最速を超速を以て潰し、起死回生となる光はそもそも発動させない。

 行動を起こされる前に潰す。先程のベートと同じように、強者のみに許された芸当。

 

「消え失せろ」

 

「っづ……!」

 

 絶叫は許されなかった。

 してしまえば、その時点でベルの首は落ちていただろう。

 

 かろうじて、奇跡的に、二撃目をかわす。しかし、許された奇跡はそこまでだった。

 左腕を失い、右腕の感覚は殺され、体力と精神力(マインド)も失っている。そんな状態のベルにただでさえ実力の差があるレヴィスの攻撃をかわすことなど、もう不可能だった。

 

 三撃目がベルの肉体を完璧に捉え、真一文字に斬り裂いた。

 

「────────」

 

「っ……忌々しい『偽風』め……!」

 

 斬り裂かれた少年が矢のように吹き飛び、地面を激しく転がっていく。

 転がった先は左腕が消えていった一本の通路。

 少年を斬り裂いた怪人は何かの違和感に気付いたように表情を怒りに染めていた。

 

「これで『顔無し』を殺したらしいガキも終わりかぁ? つーか、なんでそんな奴がフィンと一緒にいやがんだよ。おかげで用心棒様に怒られちまったじゃねえか」

 

 食人花達の死骸の上に座り込んでいたヴァレッタが悪辣な笑みを浮かべながら、愉悦を含んだ声を通路内に残響させる。

 怒りを露わにしていたレヴィスは一度瞳を閉じると、静かに息を吐いた。

 

「ここでの私の役目は終わった。存外、時間を奪われた。私はアリアの所へ向かう」

 

「おいおい、まだフィンに止めは────」

 

「後は貴様がやれ。それとも、これ以上のお膳立てが必要なのか?」

 

 勇者と未完の英雄の血を滴らせる漆黒の剣を振り慣らし、レヴィスが踵を返す。

 背を向けて去ろうとする赤髪の女にヴァレッタは顔を歪めた。

 

「ちっ、勝手な女だぜ……いけ好かねえ。が、まあいい。誰にも譲る気はなかったからなぁ」

 

 だがすぐに気を取り直し、フィンが落ちていった縦穴に嗜虐の笑みを落とす。

 禍々しく吊り上げられた口端が執着のほどを物語っていた。

 

「あれだけの傷に足手纏い共……碌に動けねえだろうなぁ? 待ってろよフィ~ン、すぐに仕留めにいってやるからなァ」

 

「てめえ、ら……ッ!」

 

 この場から去ろうとする二人の女に掠れた呟きを落としたのは、ベートだった。

 大多数の食人花とその強化種、さらには水黽型に他の前衛にいた団員共々足止めを食らわされていた彼は屈辱と怒りに双眼を引き裂いて、地を蹴りつけた。

 

「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 屈辱と怒りの咆哮を上げ、ヴァレッタ達目掛けて疾走する。

 未だ増え続け、立ち塞がるモンスターを全て灰粉にして吹き飛ばし、己の爪牙を叩き込まんと迫る狼人(ウェアウルフ)を、ヴァレッタは右腕を突き出し嘲笑う。

 

「Lv.6のてめえとまともにやり合うつもりなんてねぇ~んだよ、【凶狼(ヴァナルガンド)】」

 

 駆けるベートとヴァレッタの間に重々しい音を立てて『扉』が落ちる。

 閉ざされた通路の奥から凄まじい殴打音が響くが、最硬金属(オリハルコン)の『扉』はびくともしない。

 無駄な行動だとベートを笑いながら、ヴァレッタはその眼を一本の通路に向けた。

 

「だ、団長……ベートさん…………ベル・クラネル……」

 

 一部始終を見ていたレフィーヤは足元に少年が転がってくるまで動くことすらできなかった。

 殿として背後から迫っていた食人花達を倒し尽くしたレフィーヤとフィルヴィスだったが、殿としてパーティから離れてしまったが故にこの通路内に取り残されてしまった。

 ヴァレッタとレヴィスの瞳に射抜かれた彼女達は動くことが出来ない。

 

「おい、用心棒様よ。せめてそこのエルフ共は片付けておいてくれよ。私は早いとこフィンの情けねぇ面を拝みてえからな」

 

 二人を嘲笑ったヴァレッタがもう一つの『扉』を閉じ、十字路を完璧に隔てる。

 協力関係であるというのに忌々しいものを見るような瞳で彼女が消えた隔壁を見たレヴィスだったが、すぐにその瞳は二人と地面に倒れる少年を射抜いた。

 凍てついた眼差しにレフィーヤの肩が震える。

 

 レヴィスの瞳が、スッと細まった。




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