二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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迷宮暴虐

「……っ」

 

 目を細めたレヴィスを前にして、レフィーヤが一歩踏み出す。

 傍に倒れているベルを庇うように杖を彼女に向けた。

 

「よせ、レフィーヤ!」

 

 フィルヴィスの制止を今だけは無視して、震える右手で杖を構えた。

 目の前の怪人の強さは彼女も身をもって知っている。当時の強さを遥かに凌駕していることもフィンを圧倒したことで理解している。

 それでも彼女は勇気を振り絞ってレヴィスの前に立った。

 

「…………」

 

 そんな彼女を興が冷めたかのように下らない者を見る瞳で見つめた怪人(クリーチャー)の女はレフィーヤ達を()()して、一つの横道へと入り、立ち去っていった。

 

「なっ……!?」

 

 ────見逃された!?

 構うにも値しないと判断された。その事実にレフィーヤの腹の底が、かっ、と熱くなる。

 怒りと屈辱に震えが一時的に収まり、レヴィスを追おうと足が無意識下で動く。

 だが、自ら死地へと向かおうとするその足はかろうじてその場で踏みとどまった。

 

(違う……今するべきことは────!)

 

 優先事項を履き違えず、自分の背後へ振り返った彼女は倒れ伏す少年に急いで近寄った。

 

「クラネルさん……ベル・クラネル! 意識があるのなら返事をしてください!」

 

「…………っ……ぁ……れふぃ、やさん……」

 

 壁を背に座らせた少年の左腕をバックパックから取り出した縄で固く縛る。

 それでも千切れた左腕の断面から血は滴り落ちていたが、しないよりは遥かにマシだ。

 

呪詛(カース)……!」

 

 滴る血が暗闇でも分かる程に黒ずんでいることに少年が呪詛(カース)に侵されていると判断したレフィーヤはすぐに『秘薬』を取り出し、栓を抜こうとする。

 しかし、それを緩慢に持ち上がったベルの右手が止めた。

 

「つかっ、ちゃ、だめです……いみが、ない……」

 

「えっ……どういうことですか!?」

 

「この、呪詛(カース)は……っ、今までの、ものとは、違う……!」

 

 この場で唯一、『不治』の呪いを受けたベルだからこそわかってしまう。

 呪いが進化していると。あの短剣を元に精製された『秘薬』では呪いを解くことは出来ないと。

 

「そんな……でも、やってみなくちゃ────」

 

「だいじょうぶ、です……代わりに、精神力回復薬(マジック・ポーション)を一本、もらえませんか?」

 

 会話をしたことで意識がはっきりしてきたのか、状態は最悪ながらも言葉に力が戻り始めるベルの頼みに困惑した様相を浮かべながらも、レフィーヤはすぐにそれを手渡す。

 渡されたそれを一息に飲み干したベルは一度深く、何かを覚悟するかのように息を吐くと右腕を左腕の傷口に寄せる。

 そして……傷口に炎雷を解き放った。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!」

 

「ベル・クラネル!?」

 

 声にならない絶叫を殺すように次には深々と斬り裂かれた胴体の()()()()()

 突然の自傷行為にレフィーヤが叫び、フィルヴィスが目を見開く。

 右腕がよけられると、思わず目を覆いたくなる傷口がそこにはあった。だが、零れ落ちる血の量は先ほどに比べると明らかに少ない。

 

「ッっ、ぁア……上書きはできないか……なら、次は……凍らせる……!」

 

「ま、待ってください!?」

 

 涙が零れ、充血する瞳で傷口を見下ろしたベルの言葉にレフィーヤは慌てて止めに入った。

 

「何を……何をしてるんですか!?」

 

「見ての通りです……治らないなら、せめて血を止めようと思って……」

 

「だからって、そんな行為を躊躇いもなく……」

 

「きっとフィンさんも、同じことをしてます。他の人だって……レフィーヤさんだって、追い込まれれば……きっとします。死ねないなら、絶対に」

 

 そう断言する少年に少女は狼狽えた。

 こんな狂った行いをする自分を到底想像なんてできなかったから。

 けれど、自分を信じている少年の瞳に今だけはそれを無理矢理信じ込ませる。その上で彼女はベルに一つの提案をする。

 

「……私がその傷を凍らせます。魔法の扱いなら、私の方が上ですから!」

 

「……悔しいですけど、そうですね……お願いします」

 

 見栄を張るように杖を強く握ったレフィーヤにベルはどこか悔しそうに力なく笑った。

 すぐに、彼女が持つ凍結魔法がベルに放たれた。完璧な調整を以て、余計な傷を増やさずに、焼いてもなお閉じないベルの二つの傷口を凍り付かせた彼女は改めて現状を振り返る。

 

「団長達を助けに行くことは、ほぼ不可能です……」

 

「私も同意見だ。引き返すのも通路を閉ざされた今となっては不可能。なら、今の私達がするべきことは────」

 

「新しい経路(みち)を見つけ出す」

 

 簡潔に現状をまとめた二人のエルフは互いに頷き合った。

 先の狂ったとしか言えないようなベルの行為が逆に二人の妖精に平静を取り戻させ、即座に今の自分達の役割を導き出す。

 

「ベル・クラネル、手を。私が貴方を支えていきます」

 

「いえ……大丈夫です。まだ動けます……!」

 

 レフィーヤが差し伸べた手にベルは首を振り、緩慢ながらも自ら立ち上がった。

 そのまま歩き出す少年の姿に驚愕する二人の妖精。

 

「今の状態でも、この『風』が残ってる限り、僕は動けます……だから、僕のことは気にしないで、最高速で行ってください……!」

 

 ベルが身に纏う『風』がそれを肯定するように存在を主張する。

 明らかな強がり。しかし、全てが強がりという訳でもない。

 自分に構うな、と今にも光が消えそうな瞳で訴える少年に少女は深く頷いた。

 

「行くぞ、戦闘は極力避けろ。今の私達は────既に蜘蛛の巣に囚われている」

 

 周囲から伸びている横道の一つに飛び込む。

 一縷の希望を求めて、三人は走りだした。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 光の途絶えた迷宮内。

 別部隊(フィン達)と同様、ガレス達もまた罠に嵌められてしまっていた。

 

「閉じ込められたの……?」

 

「ガレス達ともはぐれちゃった……」

 

 落下させられた先、ティオネとティオナは他の団員達と共に呆然と闇に沈む迷路を見回す。

 

「ガ、ガレスさん……」

 

「もう切り替えるんじゃ。潔く認めろ。追い詰める側だった儂等は、狩られる側に変わった」

 

 モンスターの大群に囲まれる中、団員の声に言葉を返したガレスが不吉を告げるように罅割れた手甲に走った罅に一瞬視線を寄こし、兜をかぶり直す。

 

「ベートさん、どこに行けば……!」

 

「知るかァ!! 鼻を使え、耳を澄ませろ、探し出せ!! 何でも構いやしねえ、手がかりを拾ってフィン達のところへ行く! あの兎野郎に助けられたままで終われるかッ!!」

 

 現在地も判然としない迷路を行くベートは、付き従う獣人達に怒声を放つ。

 まんまと敵の数に翻弄され、フィンの元へと向かえなかった自分への罵声と共に。

 

「みんな……ベル……!」

 

 唯一、ガレスと彼女自身の機転もあって、罠を回避したアイズは単独で迷路を走る。

 痛いほどに鳴り騒ぎ、気持ち悪いぐらいに嫌な予感を訴える胸を時々抑えながら、どこかへ導かれるように。

 

「【剣姫】は取り逃がしてしまったが……これでタナトスの注文通り。ヴァレッタ達も上手くやったことだろう……準備は整った」

 

 そして、ガレス達を罠に嵌めた男は一人、暗い通路を歩く。

 迷宮を自由に歩くことの出来る紅の眼を持つ彼の前に全ての『扉』が意のままに従った。

 

「『人造迷宮クノッソス』……始祖傑作の礎となれ、【ロキ・ファミリア】」

 

 闇が牙を剥く。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ガレス達を罠に嵌めた男は迷宮内に数ある広間の一つで佇んでいた。

 青い燐光が照らす瞳の先にあるのは、一見植物と融合しているようにも見える石造りの台座。月の光を思わせる青白い水膜が貼られたそれには迷宮内にいる【ロキ・ファミリア】の団員達が映し出されていた。

 

「…………」

 

 先ほどまではタナトスもいたのだが、用事があると言い残し、死神は去っていった。

 さして気にすることもなく、手元の装置を操作する男────バルカの元へ近づく一人の影。

 

「今日はやけに人造迷宮(クノッソス)が騒がしいじゃねえか」

 

 煙水晶(スモーキークオーツ)が用いられた眼装(ゴーグル)を装着した長身のヒューマン。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)のあの日、ベル達と敵対したあの男である。

 

「何をやっていやがるんだ? ええ、兄弟?」

 

「止めろ、ディックス。同じ女の腹から生まれた、それだけのことだ。間違っても私を兄などと呼ぶな」

 

「冗談だよ、冗談。俺だっててめえらみたいな『呪縛』の下僕どもと血が繋がっていると思うと虫唾が走るぜ」

 

 二人の男は互いに嫌悪感や嘲りを目の前の存在……兄弟に向ける。

 血が繋がっているだけの他人に過ぎない、と。

 

「だが、ちょうどいい。ディックス、手を貸せ」

 

「あぁ?」

 

 興味を失い、目の前の台座に視線を戻していたバルカがディックスを見遣る。

 何が起きているのかをバルカから聞き出したディックスはめんどくさげに口を閉ざしていたが、自らの『仕事』と『趣味』に関わると告げられると、やがて笑みを浮かべた。

 

「しょうがねえな。【ロキ・ファミリア】なんざ関わりたくねぇ筆頭だが……やってやる。ここは俺達の(ホーム)だからな。地の利ってやつなら確かにこっちにある」

 

 迷宮の悪辣さを熟知している男は、喉を鳴らしながら笑い、顔を上げた。

 

「新しい槍をくれ。元々そのつもりで来たんだ。前のは憂さ晴らしをし過ぎて壊しちまった」

 

「……そこにある。好きな物を持っていけ」

 

「流石『神秘』持ち。呪術師(へクサ―)様は準備がいい……って、『旧作』しかねぇのかよ。前言撤回するぜ。あの眼鏡とお前で『神秘』持ちが二人いてこれかよ、要領悪いなてめえらは」

 

「あったとしても、剣型の武器しか未だ出来てはいない。完成した『新作』はとっくにあの怪人(おんな)が持ち出している」

 

 馬鹿にするように両手を広げるディックスに興味の一つも示さず淡々と返すバルカ。

 告げられた言葉に溜息を一つ入れた彼は『旧作』と呼んだ槍を手に取る。

 

「まあいい。これだけの時間じゃあ大した量も出来てねえだろ。なくなるまでやればそれで終わりだ。じゃあ行ってくるか……【ロキ・ファミリア】狩りだ」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「団長っ、傷が……!」

 

「大丈夫……とは言えないな……ここから脱出する。ラウル、指揮の補佐を頼む……」

 

 凍り付いた傷口から凍らずに零れようとする命の雫。

 気を抜けば意識が飛びそうな状態の中、フィンは何とか表情を取り繕うとして、失敗する。

 見たことのない首領の姿にラウルやアキ達は精神が崩れるギリギリを保つのが限界だった。

 

(まずい……頭が働かない……血を流し過ぎた……)

 

 悲痛な表情を浮かべる団員達を見て、道を示そうと試みるが、思考が鈍い。

 どれだけ考えを巡らせようとしても、今のフィンの状態では簡単な指揮を繰り出すことが限界だった。考えを深めようとした次には意識が暗闇に落ちてしまう。

 

「団長っ、やっぱり『秘薬』を……」

 

「駄目だ……この呪いにそれは効かない……まだ、温存しておいてくれ」

 

 ラウルが『秘薬』の栓を抜こうとするのを止め、自分の傷を見下ろす。

 あの日、ベルから手渡された短剣に付与されていた呪詛(カース)と現在、フィンとベルの体を蝕む呪詛(カース)は同種の物ではあるが、性質は進化していた。

【顔無し】が率いていた部隊が壊滅し、呪武具(カース・ウェポン)が奪われたのをきっかけに、特効薬が生み出されたとしてもそれを上回り、呪いを受けた者を殺すために。

 

 それを知る由もないフィンだったが、神懸かった直感を以てそれを看破し、数少ない『秘薬』を無駄にさせないためにラウル達のその行動を止めていた。

 

「じゃあ、どうすれば……このままだったら団長が……」

 

「まずは、脱出を目指す……リヴェリア達と合流……並行して、他の団員との合流を……」

 

 大量の汗を流しながら、そこまで指示を出したところでグラッ、とフィンの体が揺れた。

 考えを深めるごとに激しい頭痛を訴え、熱を持つ頭に限界を覚えた彼は霞む視界で不安げに自分を見る団員達を見回す。全員を見回したところで、一人の青年と目を合わせた。

 

「ラウル、前言を撤回する……君が指揮を執ってくれ……」

 

「団長、それはっ……!?」

 

「僕達は君の指揮下に入る…………情けない話だが、今の僕は、迅速な指揮を下すことは難しい……これは、君にしか託せないことだ……」

 

 指揮権を託されたラウルの体が震える。

 敬愛するフィンから自分にしか託せないと言われた。身に余る光栄だと頭の片隅で覚えつつも、それを覆い隠すほどの重圧が青年の中に生まれていた。

 フィンや他の団員達の視線がラウルに集まる。彼は震える瞳でその中のある人物に視線を向けた。彼女は自分よりも冷静で、賢く、自分なんかより指揮を振るうに相応しい人物────

 

「……っ」

 

 そんな情けないことを考えながら、彼が向けた視線の先。

 絶対的支柱が倒れようとしている中でも一人冷静に、気丈に振る舞っていた彼女……アナキティの瞳はラウルを見つめながら弱々しく震えていた。

 彼女もまた動揺を堪えようと必死、この事態に屈しまいと必死なのだ。

 もしも今の彼女に団長や自分の代わりに指揮を執ってくれと頼めば、彼女の心はこの事態に屈してしまう……そう、ラウルは気付いてしまった。

 

 歯を食い縛り、この絶望的な状況から脱するべく、考えに考えていたラウルの思考は。

 

『フィ~~~~~~~~~~~~~~~~ンッ!! どこにいやがるぅっ!』

 

「!」

 

「ヴァレッタ……」

 

 遠方から響いてきた大声によって中断させられてしまった。

 肩を跳ねさせ咄嗟に振り向いたラウル達と苦々しく呟くフィン。この場にいる誰もが察した。重傷を負った勇者に止めを刺すべく、あの女がやってきたのだと。

 レヴィスの追撃を警戒し、落下地点から離れていたことでまだ距離はあるようだが……伝わってくる足音の数からしてモンスターを含めずとも相当な数を率いている。

 

『相当な傷を負ったみてえだなぁ!? 今のてめえなら私でも楽に殺せる!! うっかりくたばるんじゃねえぞ! てめえを達磨にした後、目の前で子分どもをぐちゃぐちゃにぶっ殺してその生意気な口に詰めてやる!! ははははははははははははははははははははははははははっっ!!』

 

 嗜虐的、猟奇的な叫喚が恐怖を喚起し、その恐怖が行動を強制する。

 

「全員、移動するっす!」

 

 迫りくる敵の重圧、団長と団員の命を預かる重圧にラウルは逃走を促すことしかできなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「レフィーヤ、【リトル・ヒーロー】、私が前衛を務める。前には出るな!」

 

「は、はい!」

 

「っ、わかりました!」

 

 フィルヴィスの指示に、レフィーヤとベルが従う。

 本来であれば前衛であるベルが前に立つ状況ではあったが、少年の状態を考えるとこれが最善。

 索敵など自分がやるべきことを任せきりになることに歯がゆい思いをしながら、ベルはレフィーヤと共にフィルヴィスの先導に従い、走った。

 

「聞いてくれ……私はこのまま外の出口を探すべきだと思う」

 

「えっ……」

 

「下へ落ちていった仲間を想う気持ちは分かる。だが、今は何とかこの迷宮から脱出し、外に救援を求めるべきだ」

 

 目指すべきはフィン達が落ちていった下ではなく、上。

 反論が何もできない程に彼女の言葉は正論だった。重傷を負った者を抱えていなくとも、当てもなく三人で広大な迷宮を彷徨うより、救援を呼んできた方がいい。

 だが、それに従う踏ん切りがレフィーヤにはつかなかった。別行動をしたアイズ達は無事なのか、叶うなら合流できれば……などと考えていると、フィルヴィスの動きが急に止まる。

 片腕で背後の二人を制し、そのまま横道の影へと二人を引っ張り込んだ。

 

「な、何が……?」

 

「静かにしろ」

 

「…………!」

 

 緊迫した彼女の様子に二人が口を噤む。

 覗き込む視線の先の辻に現れた人影に二人は目を見開いた。

 

(あれは……24階層の……!)

 

 紫紺の外套(フーデット・ローブ)を身に纏い、肌を僅かにも露出しない仮面の人物。

 仮面の人物は一人。今ならば倒すことが出来るかもしれない。だが、あの人物もまた食人花を操る怪人(クリーチャー)。罠の可能性も考えられる以上、迂闊に動くことはできなかった。

 

 突然こちらを振り向いた仮面の怪人(クリーチャー)に緊張が高まる中、遠方より音が響き渡る。

 その音にこちらをじっと見つめていた怪人(クリーチャー)は踵を返し、駆け出していった。

 

「……行った、ようだな」

 

「はい……でも、今の音は……」

 

「『扉』が開く音、に似てましたね……」

 

 レフィーヤとベルの言葉にフィルヴィスは肯定するように頷いた。

 三人は顔を見合わせると、細心の注意を払い、仮面の人物の後を追う。

 迷路を何度も曲がり、上へ続く階段を一つ通過することしばらく、仮面の人物は外に繋がる出入口と思わしき通路前に立っていた。

 開かれたばかりの『扉』の前にはフードとローブで顔を隠した二人の人影が見える。

 

(あの人達は……一人は、神様?)

 

「……? …………ッ!?」

 

 何やら話し込む仮面の人物と二人の人影。

 その様子を窺っていたレフィーヤは体の線からあの二人は男女。さらにわずかに伝わってくる神威からどちらかが神だと見抜く。その横で、彼女と同じく神がいると見抜いたベルはさらにもう一つ何かに気付いたかのように大きく息を呑んでいた。

 最後まで三者に気付かれることなく、尾行を成功させたレフィーヤ達は確実に去っていったことを確認したのち、その通路の前へと向かった。

 

「やったぞ、二人とも。外に繋がっている」

 

 放置していれば閉まる仕組みなのか、『扉』は開かれたまま放置されていた。

 外を覗くと見覚えのある地下水路の隠し通路内。おそらくリヴェリア達が待っている場所にも繋がっているだろう。

 

「モンスターも敵影もいない。出るぞ、二人とも────」

 

「……ベル・クラネル」

 

「わかってます」

 

 安堵を滲ませるフィルヴィスの声に、レフィーヤは一度目を閉じ、少年の名を呼んだ。

 頷き合った二人は────共に魔法円(マジック・サークル)を展開した。

 

「なっ……」

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】」

 

 詠唱の完成と同時に、計六条の吹雪が出入口付近に見舞われた。

 天井に押しあがっている『扉』ごと出入り口を氷獄の中へと封じ込める。

 

「これなら……」

 

「『鍵』を使われても、しばらくは開いたままにできますね……」

 

 溶け始めていた傷口を再度凍らせながら、二人は唖然とするフィルヴィスに向かい合う。

 

「フィルヴィスさん……貴女はこのまま外に出てリヴェリア様を連れて来てください。私は……私達は、引き返します」

 

「なっ……何を言っている!?」

 

 表情を激変させ、声を荒げた彼女は今置かれている場所を思い出し、声を潜める。

 そのまま正気の沙汰とは思えないことを口走ったレフィーヤに詰め寄った。

 

「引き返すだと? この迷宮に? 無茶を言うなっ、お前が戻ったところで何になる!?」

 

「フィルヴィスさんが言っていることは正しいってわかっています。私達二人が引き返したところで……何もできないかもしれない」

 

 もはや睨みつけてくるフィルヴィスの赤緋の瞳を気丈に見返したレフィーヤは、自分達のやり取りを何も言わずに見守る少年へ一瞬視線を飛ばした。

 ここまで平然と振る舞っているように見えても彼の顔色は酷く、凍り付いた傷口の中では命の雫が零れ落ちようとしている。

 そんな身体でも彼が動こうとしているのは、彼女と同じ()()()()を考えているから。

 

「でも、ここで助けを待っていたら……()()()()()()かもしれない」

 

「っ……」

 

「出口の場所はわかりました。『扉』もしばらくは開いた状態を保てます。こっちから迎えに行った方が、団長達と合流できる時間を短縮できます」

 

 このままでは間に合わないかもしれない。

 罠に嵌められ、分断されてしまい、さらに絶対的支柱(フィン)は重傷を負っている。

 この瞬間にも誰かが命を落としていてもおかしくない状況で助けを待つことなどできなかった。

 

 愚かな希望的観測を語るレフィーヤにフィルヴィスはもはや泣き出しそうな顔で反対していた。

 二人の妖精のやり取りを黙って見ていたベルはやがて、二人ではなく、フィルヴィスのみに視線を注ぐ。

 

(レフィーヤさんのことが、本当に心配なんだな……)

 

 神ではないが、彼女の言葉に嘘偽りなど何もないことはベルにもわかる。

 レフィーヤのことを本気で心配し、絶対に死んでほしくないと思っていると。

 それだけの感情を彼女に向けているからこそ、フィルヴィス・シャリアという少女が自分に向ける()()にも気付けた。

 

(でも、僕には()()が向くことがある……ほぼ初対面だから嫌われるようなことをした覚えは…………ダメだ、これ以上考えたら、動けなくなる……)

 

 弱まっていた頭痛が働かない頭で考えを深めたことで激しさを増す。

 少なくともレフィーヤの味方ではあるが、少なからず警戒がいるとベルはそう結論付けた。

 考えているうちに二人のやり取りは終わり、最終的にフィルヴィスもついてくることとなった。

 

「ベル・クラネル……最後に確認しますが、本当に行くんですね?」

 

「当然です。まだまだ動けますから」

 

 二つの傷口はとうに感覚を失っている。

 動きに支障はあるだろうが、それでも十分な戦力にはなれる。

 いくつか精神力回復薬(マジック・ポーション)をベルに渡したレフィーヤは迷宮と隠し通路の境目に近付き、杖の先端の魔宝石を砕く。

 そのすぐそばにバックパックから取り出した白い布に包まれた赤子ほどもある氷漬けの包みを丁寧に置いた。リヴェリア達が手にするまで決して溶けぬように。

 

「行きましょう」

 

「はい。ここからの前衛は任せてください」

 

「…………」

 

 返事をするベルと無言で頷くフィルヴィスと共に再び人口の迷宮へ舞い戻る。

 前衛をベル、中衛にフィルヴィス、その側にレフィーヤという変則的な隊列を組み、彼等は暗闇の中を駆けていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 アイズは走っていた。

 罠に陥った仲間の行方、そして彼等を救い出すことのできる手がかりを求めて。

 

 当面の目標を『扉』を開閉することができることがわかっているバルカの確保、あるいはモンスターではない敵との接触。

 広大な迷宮でたった一人を見つけるにはしらみ潰しに進む続けるしか方法はないが、敵対者と接触することができれば、彼とは別に『扉』を開閉できる『鍵』を持っている者がいるかもしれないと考えてのことだ。

 人の気配を探りながら、出現するモンスターを斬り伏せたアイズはこの階層(フロア)に人の気配がないことを悟り、都合四つ目の前方に見えた階段へ向かおうとする。

 

「……!」

 

 だが、直前。

 階段のすぐ傍、何の変哲もない横道に視線を奪われる。

 厳密に言えば、横道の奥から感じる()()()()に。

 

(この感覚は……)

 

 心臓の音が高く鳴った。

 体に流れる『血』が、何かをアイズに訴えていた。

 感じていた何かに導かれる感覚が、より強くなっていた。

 

「……っ」

 

 警鐘にも似た感覚をアイズは無視することはできなかった。

 少女のブーツが、階段の方ではなく横道へと向けられる。

 魔石灯が完璧に沈黙した暗闇の通路、その奥に見える薄明かりの方へとアイズは慎重に進んだ。

 

 長い通路を経て、アイズは開けた空間に辿り着いた。

 誰かが来るのを待っているかのように『扉』は開いており、空間の風景はこれまでの迷宮の風景とは完璧に様変わりしていた。

 いくつもの(パイプ)が広大な空間に張り巡らされており、それらは空間に設置された大型のフラスコに全て繋がっていた。

 魔術師(メイジ)魔工房(アトリエ)、あるいは『実験室』などを連想させる空間に足を踏み入れたアイズは、割れた大型のフラスコへと近付く。

 

「これ、は……」

 

 割れている大型のフラスコは、七つ。

 その全てから歪んだ『精霊』の残滓を感じ取った『血』が眩暈と吐き気を起こす。

 この中に『宝玉の胎児』がいたとアイズは確信し、直後、ある事実に気付き、背筋を凍らせた。

 

(まさか……七体の『宝玉の胎児』が、地上に運び込まれている?)

 

 脳裏に蘇る『精霊の分身(デミ・スピリット)』の脅威。

【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者達を全滅一歩手前に追い込んだ埒外の怪物の種が七つ、地上に運び込まれているかもしれない。

 突如として、あのような怪物が七体も地上に出現したら────

 

「────やはり、ここに来たか」

 

 不意に響く女の声にアイズは即座に臨戦態勢となった。

 先ほどまで考えていた思考は全て放棄し、脳内のリソースの全てをその声の主に注ぐ。

 

「貴方は……!」

 

「気配に引き寄せられ、羽虫のようにここへやってくる……『エニュオ』の言葉通りだったな。地上の連中の言う事など聞かず、ここで待っていればよかった」

 

 赤髪の怪人(クリーチャー)、レヴィスの姿がそこにはあった。

 アイズにとってもはや宿敵。全身全霊を以て戦わなければ敗北必至の凶敵。

 

「久しぶりだな、アリア。長かったぞ、こうしてまたお前に会うまで……辛酸を舐めさせられたあの日から、な」

 

 緊張感が跳ね上がるアイズを他所に、いつかの時と同じく淡々とした口振りで、しかしその緑色の双眼に猛々しい戦意を宿して、雪辱を晴らすべく、レヴィスが剣を引き抜く。

 

「……ここに『宝玉』があったの?」

 

「答える必要があるか? もう理解しているだろう」

 

「今は、どこに」

 

「この迷宮のどこかだ。探してみろ……できるものなら、な」

 

 逃がすつもりはないと静かな殺気と共に黒剣が鈍く輝く。

『深層』の階層主を上回る威圧感に緊迫するアイズは愛剣《デスぺレート》を構えたところで……黒剣から滴り落ちる、赤い雫に気が付いてしまった。

 

「その、血は……なに?」

 

 目を見開くアイズの視線の先、黒い剣身は赤い雫……誰かの血液に彩られていた。

 それが意味するところは、レヴィスが自分以外の侵入者(だれか)を斬ったということ。

 脳裏に過ぎるのは、今も離れ離れになっている仲間達……そしてベル。

 

 アイズが心臓を鷲掴みにされた感覚に襲われる中、レヴィスは「ああ……」と剣を見下ろした。

 

「あの小人族(パルゥム)を斬ってやった。槍を使うあいつだ」

 

 アイズの時間が凍結する。

 

「あの()()()のせいで、致命傷とまではいかなかったが……その一歩手前というところだろう。今頃闇派閥(イヴィルス)の連中の手で葬られているはずだ」

 

「……………………………………………え……?」

 

 乾いた音を立てて少女の足元に転がる黄金の穂先。

 柄を断たれた、フィンの《フォルティア・スピア》。

 フィンの敗北という事実がアイズの脳裏を真紅の色にかき乱すが、激情に呑まれるところをギリギリで踏みとどまる。

 絶対に聞き逃すことの出来ない、誰かを指す言葉が女の口から飛び出していたから。

 

「紛い、物、って……?」

 

「お前の『風』を使うあの男のことだ。奴が飛び出したことで小人族(パルゥム)達を逃がしはしたが────」

 

 女の言葉に真紅の色にかき乱されていたアイズの脳裏が別の色に呑まれ始める。

 

「────あの『偽風』ごと、斬ってやった。風に阻まれ、とどめこそ刺せはしなかったがあの傷ではもう死んでいるだろう。死んでいなくとも奴の傍には────」

 

 脳裏を真紅と黒にかき乱されながら、耳障りな不協和音を流す女にアイズは斬りかかった。

 

「ほう……いい殺意だ」

 

 一切の手加減などなく放たれた、全身全霊のアイズの一撃を。

 レヴィスは難なく弾いた。

 

「っ!?」

 

 剣身に伝わる衝撃が、怒りと殺意に満ちたアイズの思考に驚愕を生む。

『スキル』によって強化された【戦姫】の剣技に、純粋な『力』と『速度』を以てレヴィスは斬り結んでいた。

 両者の剣劇に耐えかねたように、黒剣に罅が入り、破片を飛ばす。

 

「ああ、そうだったな」

 

 何かに気付いたように自らの得物を一瞥したレヴィスが無造作な薙ぎ払いを放つ。

 型も何もあったものじゃない力任せの薙ぎ払いに大きく体勢を崩され、間合いを置かされたアイズは静かに戦慄する。

 

「危なかったな、これでは殺してしまう」

 

 以前24階層で戦った時とは能力が桁違いであるということに。

 そんな彼女を他所に砕けた黒剣を放り投げたレヴィスはもう一本の長剣を引き抜く。

 直後、女が纏う空気が一変する。

 

「『風』を使っておけよ、アリア────死なれては、後で面倒だ」

 

 地が蹴り砕かれる。かき消える速度の肉薄に、衝撃、轟音。

 踏鞴を踏む彼女にレヴィスの剛撃が繰り出される。『技』を以て咄嗟にこれを往なすが、強化されてもなお、女の乱舞から抜け出すことができない。

 視界に広がる圧倒的な破壊の光景に、アイズは『風』を解き放った。

 

「【暴れ吼えろ(テンペスト)】!!」

 

 発動する()()()()()()()()()()【エアリエル】。

 荒れ狂う暴風の剣と鎧を身に纏い、怪人(クリーチャー)に応戦。

 が────

 

「あの男のことになると、『風』は黒く染まるようだが……他の仲間も気にしているようだな」

 

 呼応するようにレヴィスの速度が上昇する。

 風の鎧を前に、もう全力でぶつかっても殺す心配はないというように。

 

「動揺が透けて見えるぞ」

 

「ッ!!」

 

 そして、どこか失望するように。

 

「今のお前は、初めて出会った頃よりも弱い」

 

 アイズの剣が力任せに弾かれる。

 気流から千切られる風の残滓、消失する防御。

 生じた隙を掴み取り、レヴィスは渾身の袈裟斬りを放った。

 

「少々不完全燃焼だが……私の勝ちだな、アリア」

 

 風の鎧を断ち、斜め一閃に刻まれる赤の軌跡。

 アイズの身体から大量の血飛沫が舞う。

 灼熱の激痛とともに、必殺の一撃がアイズに叩き込まれた。




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