二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

109 / 115
迷人抵抗

「【剣姫】もレヴィスが仕留めた……我等の勝利は時間の問題……」

 

 台座の前に立つバルカは無感動な表情で迷宮内を映し出す水膜を見下ろしていた。

 台座の水膜が映し出すのは迷宮の随所に配置された彫像の瞳や植物の彫細工(レリーフ)の中に隠されている蒼白い花が捉える映像。

 怪人(クリーチャー)達が提供したその技術によって、【ロキ・ファミリア】の面々が窮地に晒されている姿を確認していたバルカはそこで初めて、無感動な表情を歪めた。

 

「残る問題は……エルフ達の位置がわからないこと」

 

 わずかに苛立ちを含んだ呟きを零したバルカは言葉通り、レフィーヤ達三人を見失っていた。

 偶然かあるいは気付いたのか、少女達は『目』の死角を頻りに移動していた。時折水膜に映し出されはするが、戦闘の余波によってか『目』である彫像や彫細工(レリーフ)が破壊され、映像がその度にかき消える。

 詳しい位置情報がわからなければ『扉』を操作し、罠を起動させたとしても意味がない。

 

(一度1階層まで行ったようだが、今は4階層に出没している……レヴィスに斬られた男を連れて、何をしている? このままでは男も死ぬが……奴等は一体何を狙っている?)

 

 映し出される二人のエルフともう一人、重傷を負っているヒューマンの姿に疑問が浮かぶ。

 これがまた厄介。まともに動けるような状態ではないというのに『風』と右腕を駆使して、決してエルフ達に無傷でモンスターを通さない。

 白い雷条や大光閃が放たれ、通路内の石細工が次々と消し飛ばされているが、彼女達はほとんど消耗していないだろう。

 水膜に映る破壊される作品にバルカの中で苛立ちが募る。敗北のきっかけとなり得る三人を優先的に追っていたバルカは彼等が向かっている大体の進路を予想すると、あることに気付いた。

 

「この先は……」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「避けろ、クラネル! 撃て、レフィーヤ!」

 

「【アルクス・レイ】!」

 

 射線を開けたベルの背後から大光閃が放たれ、通路内の全てのモンスターを消し飛ばす。

 出口を見つけてから数時間が経っている。レフィーヤ達はモンスターとの交戦を経ては進行を繰り返していた。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 頑なに前を譲らないベルの顔には大粒の汗が流れている。

 だが、そのおかげでレフィーヤとフィルヴィスの精神力(マインド)の消耗は少なく、戦闘開始後すぐに魔法を撃つことで交戦にかかる時間を減らすことが出来ている。

 傷ついているとはいえ、Lv.4の力と必殺たる魔法を組み合わせて進み続けることが最善に近い形。わかっていながらも、レフィーヤは時々胸の奥を掻きむしりたくなる気持ちに襲われていた。

 

「……! 止まれ、クラネル」

 

「……?」

 

「フィルヴィスさん?」

 

 変化が訪れたのは唐突だった。

 道筋を忘れないよう地図(マップ)を作製しつつ、白墨(チョーク)で目印を刻んでいたフィルヴィスが前方に見えた空間にベルの前に向かい、二人の足を止める。

 通路の先は空間……ではなく、広い回廊となっていた。蒼い魔石灯が何本も立ち並ぶ長い柱を照らし、幽玄な雰囲気を醸し出している。

 

 レフィーヤがすぐに思い浮かべたのは『遺跡』という言葉。

 その理由は、壁一面に描かれた図絵の存在である。

 

「壁画……?」

 

 赤い石板の上に描かれたもの、罅割れて色褪せた岩壁に刻まれたもの……都市外にある複数の遺跡から引き剥がし運んできたものだろうか、様々な壁画が迷宮壁に貼り付けられている。

 共通しているのは、巨大な竜や怪鳥など、モンスター達から逃げ惑う人々の構図。

 

 厄災と狂乱。破壊と悲鳴の宴。

 得体の知れない不気味な空間も相まって、レフィーヤは何かおぞましいものを感じ取ると共に怪物の咆哮や人々の叫び声が聞こえてくるかのような錯覚に襲われる。

 逃れるように壁画から視線を外そうとしたその時、紺碧色の瞳は、ある壁画の前で止まった。

 

「これは、竜と……?」

 

 それは他の壁画と内容を異にするものだった。

 絵の中央に据えられた巨大な竜に、それを取り巻く六人の乙女。

 聖女……あるいは生贄の娘か。そんなことを考えながら、引き寄せられるようにレフィーヤは壁画へと近付いた。

 

「…………精霊の、六円環……?」

 

「えっ……?」

 

 前に出たことで隣になった少年の呟きが彼女の長い耳に届く。

 劣化が激しい壁画に目を凝らし、食い入るように見つめているベルの呟きに何かを知っているのかと彼女は詳しく聞こうと少年の方へと向き直る、その時。

 

 

「そいつ、ニーズホッグって言うんだってさ」

 

 

 闇の淵から這い出たような、仄暗い声が投じられた。

 ベルでもレフィーヤでもフィルヴィスでもない。全身の毛が逆立つような誰かの声に三人が勢いよく振り返る。

 三人の視線の先、回廊の支柱の陰から姿を現したのは一柱の男神だった。

 

「『陸の王者(ベヒーモス)』、『海の覇王(リヴァイアサン)』、そして『隻眼の竜』……『三大冒険者依頼(クエスト)』の目標、黒竜達が出てくるまで地上を恐怖のドン底に陥れていた怪物(モンスター)だよ」

 

 超越存在(デウスデア)であるが故に容姿端麗。しかし、身に纏う雰囲気は退廃的でまるで闇そのもの。

 これほどまでに陰鬱な神をベルとレフィーヤは知らない。

 

「俺はタナトス。君達が言うところの闇派閥(イヴィルス)の残り滓……その主神さ」

 

 その名乗りに息を呑んだ二人が咄嗟に剣と短杖(ワンド)を構える。

 

「それじゃあ、貴方が闇派閥(イヴィルス)の遺志を引き継いで、こんな組織を……!」

 

「正確には『邪神』と君達に呼ばれていた神々の最後の生き残り、かな」

 

 静かに闇に覆われた笑みを浮かべながら、男神は語る。

 残党を率いていること、主神を失ったヴァレッタ達を拾ったこと、この五年の間に信者を集めていること、そして……

 

「レヴィスちゃん達の誘いに乗ってオラリオを壊そうとしているのも……ぜ~んぶ、オ・レ」

 

 都市を滅ぼそうとしていること。

 余裕綽々といった様子でどこか朗らかにすら感じる口調で語る邪神。

 底が見えない茫漠たる暗闇。レフィーヤは目の前の男神をそう表した。

 

「貴方が、『エニュオ』なんですか?」

 

 24階層でレヴィスが口にした最重要人物の名前。

 その名が意味するところは、神々の言葉で『都市の破壊者』。

 闇派閥(イヴィルス)を率いていると語った目の前の神がそうなのではないかと半ば確信を持ちながら問うレフィーヤに、タナトスはおかしそうに笑った。

 

「俺が? エニュオ? ……はははっ、違う違う!」

 

 全く予想していなかった否定にレフィーヤが思わず目を白黒させた。

 戸惑う彼女達に追い打ちをかけるかのように、エニュオの姿も見たことがない、声も聞いたことがない、あろうことかいるのかすらもわからない、そもそも神であるかすらもわからないと、やはりおかしそうに笑いながら男神は語る。

 意味深な発言の連続に彼女達は困惑の極致に襲われるが、目の前の神が語った言葉を決して忘れてはいけないと募り続ける疑問を頭に刻み込み、困惑を抑える。

 

「レヴィスちゃん達の話によればこれからやろうとしているのは全てエニュオの『悪巧み』らしいよ。この壁画もどっかの遺跡からエニュオの指示で持ってきたんだとさ」

 

 肩を竦めながら、どこか呆れるようにタナトスは邪竜と祈り子達の壁画を一瞥。

 

「ニーズホッグは『闇と絶望』の象徴……都市の破壊者(エニュオ)はあの魔竜(りゅう)にでもなりたいのかねえ」

 

 レヴィス達が掲げているのは『迷宮都市の崩壊』。

 そんなことを為されてしまえば、モンスターの混乱と厄災は下界全土に広まり、地獄などと言う言葉が生温くなるほどの『闇と絶望』に覆いつくされてしまうだろう。

 決して荒唐無稽とは言えない一つの結末に震えそうになる身をレフィーヤは奮い立たせた。

 

「それにしてもよくここまで来れたね。人造迷宮(クノッソス)に惑わされないでここまで来れる子がいるなんて思ってもみなかった。えっと、確か君は……」

 

 ここまで来れたことを言葉通り、称賛するタナトス。

 記憶を掘り返すようにしていた男神がまずレフィーヤを指差す。

 

「君が【千の妖精(サウザンド・エルフ)】のレフィーヤちゃんでしょ。んで、そっちの君が…………わお、ヘスティアのところの【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】じゃん。なんで君がロキの子達と一緒にいんの?」

 

 けらけらと可笑しく笑いつつも、指し示した二人にはまるで興味がないとばかりに濃紫の瞳が三人目の少女を射抜く。

 

「【白巫女(マイナデス)】、フィルヴィスちゃん、だったかな? ……あれ、でも君どこかで……」

 

 フィルヴィスの公式の二つ名を呟いたタナトスが彼女に興味を示す。

 首を傾げながら、次には……にぃ、と。

 

「……ああ、そっかぁ。そういうことかぁ」

 

 死神の鎌のように唇を吊り上げ、頻りに頷いた。

 

「『27階層の悪夢』、あれから君も大変な目に遭ったわけだ。あ、先に言っておくけど、あれは俺、加担してないからね。俺に恨みをぶつけないでね?」

 

 凄惨な事件の被害者を嬲るように悪辣な笑みを浮かべるタナトス。

 言葉を失い、赤緋の目を見開くフィルヴィスを庇うように彼女を背に置くレフィーヤ。そんな彼女の一歩前でベルが邪神の首元に黒剣を突きつけた。

 

「おおっと、こわ~……刺さったら痛そうだね、これ。てか、そんなことより君は休んだ方が良いんじゃない、それ」

 

「教えてください……どうして、貴方はオラリオを滅ぼそうとしているんですか? 貴方は神様なのに……どうして下界を混乱させるような真似を……?」

 

 冷静に……あるいは声を荒げることさえ億劫なのか、静かな口調で問いかけるベル。

 凍り付いた傷口を見て、ふざけたように顔を歪めていたタナトスはその問いかけに一度表情を消し、薄笑いを纏った。

 

「……『邪神』って呼ばれていた連中にも色々いたんだけど、それらが全部愉快犯や快楽主義者ってわけじゃなかったんだよね。まあ弁明の余地もないド屑もいたけど」

 

「……」

 

「退屈を嫌った(やつ)、秩序が大っ嫌いで混沌を謳っていた(やつ)、英雄のために必要悪になろうとした(やつ)……『絶対悪』を名乗って踏み台になった馬鹿(やつ)

 

「……?」

 

 最後だけ、わずかに強まった感情が乗せられた言葉にベルは気付く。

 だが、それを指摘するよりも早く、タナトスは語る。

 

 己が司る事物、『死』。

『死』がより多くの命を望んで何が悪いのかと。

 

「それは……!」

 

 ベルも、レフィーヤも、フィルヴィスも、何も反論できなかった。

 そこに理由や理屈はない。そこに感情や主張もない。

 決して認めてはならないことだが、今の神の言葉には摂理や真理に通ずる響きがあった。

 

 男神、タナトスは語る。

 天界時代の自分を。天界ではまじめな奴で通っており、『魂』の転生を担っていたと。

 どろどろに還ってくる『魂』が赤ん坊のように漂白される光景が好きだったと。

 

 神、タナトスは語る。

『昔』は良かったと。子供達が次々と死に、自分も働けて。

 あの()()()()に戻ってほしいと。

 

 邪神、タナトスは語る。

 今の下界は『生』に溢れすぎていると。

 生と死は表裏、還ってくるものがなければ巡るものも巡らないと。

 

 死神(タナトス)は笑う。

 

 

「子供達は……()()()()()()死んでもいい」

 

 

 ぞっっ、と。

 ベル達は絶望にも似た戦慄を覚えた。

 

 タナトスは真面目であり、真摯であり、忠実であり、平等だ。

 死の蔓延。己の司る事物に沿った、男神の使命感。

『死』そのものである彼の間に善悪が介在する余地はない。あるのはただ一つ、虚無のみ。

 

 そんな彼に付き従う残党に約束されているのは、『死後の進路』。

 彼の神意に殉じて、オラリオが崩壊した暁には、死に別れた大切な誰かとの転生を約束するというもの。

 人々の悲しみを利用するそのやり方をレフィーヤが糾弾するが、タナトスはあくまで全て眷属達が選んだ結果、自分は何一つとして強制していないと嘲笑う。

 

「無責任だって君達は言うけどさぁ……俺も期待してるんだよ。下界の子供達の『可能性』……死と生誕を司る神々(おれたち)が見たこともない異常事態(イレギュラー)が叶えばいいなぁって応援してるんだよ」

 

 激昂するレフィーヤにタナトスは嘘偽りない本音を晒した。

 

「お涙頂戴の綺麗な物語……俺も大好きだからさ」

 

 子供達の心を見透かしているかのように、子供達の無知蒙昧振りを嘲るように笑いながら。

 

 目の前の神の一挙手一投足が癇に障る。

 誇り高きエルフの血が煮え滾るような激情の赴くまま、タナトスを取り押さえようとレフィーヤが動こうとしたその時、風が荒れ狂う。

 

「おわぁっ!?」

 

「話を聞き過ぎました……けど、捕まえた」

 

 右腕一本と風で剣を納めたベルがタナトスを捕えていた。

 右腕でローブの胸ぐらを掴み上げ、風で地面に抑え込む少年と邪神の目が合う。

 

「うっわぁ……もしかして俺ってば、大ピンチじゃなーい?」

 

「……随分と余裕……そういうことですか」

 

「タナトス様!?」

 

 完全に抑え込まれているというのに愉快そうな笑みが消えないタナトスに眉を顰めるが、回廊に姿を現したローブの軍勢にその理由を理解する。

 数は増え続けている。タナトスを連れたままこの場を切り抜けるのは難しいだろう。

 敵の首魁を捕えた絶好機を逃すわけにはいかない。なら、どうするべきか。

 

「クソ……」

 

「……うーん、少しそういうことになるのを期待してたけど、やっぱり無理か。()()()は状況が状況だったもんね?」

 

 そんな少年の思考を遮るように、タナトスは表情を消す。

 

「……あの時?」

 

「この場を切り抜けるいい方法を教えてあげようか」

 

 訝しむベルを見て、タナトスは彼にのみ聞こえるように。

 深淵から闇が這い出てくるように、呟いた。

 

「……(おれ)を殺せばいいんだよ、()()()()()()()()()()()()

 

 限界を超えて見開かれる目。

 精神を崩すほど凄まじい動揺に襲われるベルを見てタナトスは嗤う。

 

「はい、ご退場♪」

 

「────────」

 

 直後、生み出された虚を突き、ローブの軍勢とは別方向から一本の槍がベルを貫く。

 出力が落ちた風を貫通し、ベルの身体を抉った槍の正体は、仮面の怪人(クリーチャー)

 動揺を押し殺す間も無く、二人の妖精から引き離された少年は仮面の怪人(クリーチャー)によって一本の通路に押し込まれていく。押し込まれていく最中、視界の奥で『扉』が閉じられるのが見えた。

 

「分断された……っ」

 

 仮面の怪人(クリーチャー)に何とか応戦するも時すでに遅し。

 激しい攻勢に見舞われたベルはいくつもの迷路に囲まれた迷宮内へと追い込まれていた。

 

「……汚ラワシイ、英雄ノ紛イ物メ」

 

 現在位置はどこかの広間(ルーム)

 仮面の怪人(クリーチャー)の不気味な声が響く中、対峙したベルは油断なく剣を構える。

 周囲の『扉』は閉じられているが、その奥にモンスターの気配や人の気配はない。この場に存在するのはベルと高所から彼を見下ろす仮面の怪人(クリーチャー)のみ。

 

(一人なら、まだどうにかなる……!)

 

「生憎ダガ、貴様ト戦ッテイル時間ハナイ」

 

 希望を失わず、自分の背後を狙っている少年に不気味な声が無慈悲に告げる。

 困惑するベル。だが、怪人(クリーチャー)が取り出した物を見た瞬間、全力でその場からの退避を試みる。

 仮面の怪人(クリーチャー)が取り出した物……『鍵』が紅く輝く。共鳴するようにベルの足元に存在する床が、轟音と共に開いた。

 

「墜チロ」

 

「ク、ソ……!?」

 

 体を包む圧倒的な浮遊感。

 遥か下方に続く果てしない闇。

 闇の中で煌めく、醜悪な怪物の牙。

 

 退避はあと一歩及ばず、深い闇に吸い込まれるようにベルは落下を始めた。

 壁面に剣を突き立てようとするが、継ぎ目のない超硬金属(アダマンタイト)によって跳ね返される。

 頭上で閉じていく最硬金属(オリハルコン)の扉が光を途絶えさせ、暗闇が辺りを支配した。

 

「【目覚めよ(ブロンテ)】ッ……!」

 

 しかし、その闇を少年の身に宿った雷光が晴らす。

 落下が止まるわけではない。だが、雷光が遥か下方まで照らしたことによって、着地に備えることが出来る。その直後に迫る、()()()の襲撃にも。

 

「っ……」

 

 息を吐く間もなく、着地したベルにモンスターの触手が迫る。

 それをかわし、顔を上げたベルが見たのは自分を囲む極彩色の怪物達。

 食人花の軍勢、水黽型の軍勢、三体の小型化した『複合体』。

 

 それを相手するのはたった一人、先ほどまでいた頼れる後衛達はいない。

 精神力(マインド)は限界に近く、体力は言うまでもない。

 そして……溶け始めている二つの傷口から命の雫が零れ始めている。

 

「一撃で終わらせる以外、道はない……!」

 

 回復薬(ポーション)類がいくらか残っていることを確認したベルは一か八か、母の魔法を呼び起こそうと黒剣を強く握りしめた。

 いくら数がいようと都市最強魔導士の魔法であれば、今の自分が扱ったとしても周囲を囲む敵勢を全滅、あるいはその一歩手前に追い込める。

 

 しかし、詠唱を始めた瞬間、敵勢が殺到するだろう。

 未だ未熟な『並行詠唱』では完成まで逃げ続けることは難しい。そして、たとえ完成まで行けたとしても現在の精神力(マインド)では魔法終了と同時に精神疲弊(マインドダウン)、あるいは精神枯渇(マインドゼロ)に陥る可能性が高い。

 倒せたとしても自分も倒れてしまえば、この迷宮の闇に呑まれる間もなく、傷を抑えていた風の護りが消え、この場で自分は命を落とすだろう。

 

(でも、やるしかない……やらなきゃ、結局死ぬんだ……)

 

 それでも、この道を進む以外の選択肢はない。

 眦を吊り上げ、剣を前に構えたベルは詠唱を始める。

 生まれる魔法円(マジック・サークル)、その身から放出される濃密な魔力、我を忘れたかのように迫る極彩色の大津波。

 

 (つえ)に埋め込まれた魔宝石が輝く。

 生き残るべく、全身全霊の悪足掻きが始まった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ティオナさん……アークスが、もう……」

 

「……やっばいね、これ」

 

 度重なる襲撃、(トラップ)の数々にティオナ達は疲弊しきっていた。

『秘薬』によって呪いは解かれ、呪い自体は彼女達を蝕んでいない。だが、『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』による『劇毒』がティオナとアークスを蝕んでいた。

 彼女の笑みによって支えられている士気はもう既に限界が近い。

 

「てめえらッ、誰もくたばってねえだろうなッ!!」

 

 ティオナ達とは別地点。

 ティオネの怒声によって逆に士気が上がっているこの部隊も暗殺者(アサシン)達やモンスターの襲撃によってまたひどく疲弊していた。

 彼女の声によって士気を保てているが、彼女が怒声を放てなくなった瞬間がこの部隊の最後だろう。

 

「フィン達との合流に脱出……やれやれ、久方ぶりの決死行じゃ」

 

 骨が露出し、ボロボロになった拳に高等回復薬(ハイ・ポーション)をかけるガレス。

 超硬金属(アダマンタイト)の壁を破壊し、荒業で罠を回避した彼の姿にその背後でやかましく上擦った声の団員達が騒いでいる。

 雰囲気は比較的良好。しかし、出口を見つけなければ、いずれガレス以外の団員は彼が庇ったとしても限界を迎え、死に至るだろう。

 

「おい、この先へ行くぞ! そいつらを全員連れてついてこい!」

 

 銀の手甲ごとぐしゃぐしゃに潰れた右腕を気にする素振りもなく、自分ともう一人を除いて意識を失った団員を運ぶよう、『扉』を支えながらもう一人に指示を出すベート。

 眼装(ゴーグル)の男による同士討ちを団員の全てを気絶させることで目論見を砕いたベートだったが、錯乱した団員達は大きく傷つき、ベートの右腕は使い物にならない。

 再び同じようなことが起きてしまえば、あるいは罠にかかってしまえば、この部隊は闇に呑まれるだろう。

 

 これらの部隊は第一級冒険者の活躍によって何度も窮地を脱していた。

 では、その第一級冒険者が倒れている最後の部隊はどのようにして窮地を脱するのか。

 

「────みみみみみみみみみみんなっ、しっかりするっす!」

 

 ヴァレッタが率いる軍勢に追われ、窮地に追い込まれていた最後の部隊では、現状とは場違いなほどに滑稽で盛大に上擦った大声が上がっていた。

 突然上がったその声にアキが尻尾をビクッと跳ねさせ、重傷を負っているフィンでさえその声に痛みと苦しみを忘れて目を丸くする。

 舌をもつれさせながら、肩をがちがちに緊張させながら、力強く握られた拳を震わせながら……見ていて哀れになるほど一杯一杯でありながら、ラウルは指揮官としての役割を果たすべく、暗い顔をしていた仲間達を鼓舞していた。

 

 そんな彼の姿を見て、アキ達は遠い眼差しをしながら溜息を吐く。

 そして、ある者は噴き出し、ある者は苦笑……誰一人として例外なく笑みを浮かべた。

 そこにはもう、悲愴の影は欠片も存在していなかった。

 

 フィンとはまた違った方向で、ラウル・ノールドが持つ独自の空気は仲間達の士気を上げることができる。それは彼が憧れる偉大なる第一級冒険者ですら持っていない一種の才能だった。

 

「これが『冒険』。気合を入れろ、剣を握れ、声を奮わせろ。ここで本当の冒険者の真価を問われる……団長なら、きっとそう言う」

 

 そこには重圧に押し潰されそうな指揮官も、絶望に屈しかけていた冒険者達の姿はなかった。

 個で劣るのなら群で。第一級冒険者には届いていない彼等は残り少ない時間の中でそれぞれの意見を速やかに出し合った

 言葉を交わし、知恵を重ね、逃していない最初で最後の好機を逃さぬために、ラウルは仲間達との会話の中である『奇策』を思いついてしまった。

 

「団長……『犠牲』になってほしいっす」

 

 表情を固くし、顔を青褪めさせながらそう言い渡すラウルに。

 壁を背に座り込んでいたフィンは静かに笑った。

 

 そして────

 

「ふっ……はははっ、ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 ヴァレッタの部隊がそこに辿り着く。

 たった一人、仲間を生かすための『犠牲』になったかのように道を塞ぐ勇者の元に。

 ゲラゲラと笑い、唾と言葉を飛ばす女にフィンは片腕で槍を構える。動く度に激痛が走るであろう身体だというのに戦おうとする勇者の姿にヴァレッタは油断なく近付いていく。

 彼女がフィンの間合いに入ろうとした直前、通路の陰の死角より、一振りの短剣を握り締めたラウルが獣のように飛び出した。

 

「まあ、そんなオチだろうなあ」

 

「っぐ!?」

 

 が、いともたやすくそれをかわし、ラウルは地面に叩きつけられてしまう。

 苦悶する青年の惨めな姿にヴァレッタも無表情だった暗殺者(アサシン)達も笑う。

 

「フィ~~ン、てめえの子分は本当に能無しばかりだなぁ? そこんところは同情してやるぜ、ヒャハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 耳に障る笑い声。

 盛大な嘲弄を浴びてもフィンは動かなかった。そこで女は違和感に気付く。

 先程の奇襲の時も、自身の部下がやられた時も、()()()()()()()()()()()

 笑みを消し、フィンを見据える。彼の表情には……笑みが浮かんでいた。

 

 脳裏にこびりついて離れない、忌々しい勇者の笑みが。

 

「僕の部下に、能無しなんて……一人もいない……」

 

 確かな嘲笑にヴァレッタが目を見開く。

 視界の端に何かが降ってくる。同時に、苦悶の声を上げていたラウルがその何かに目掛けて、砕けた通路の一部を撃ち出した。

 何か……拳大の袋に着弾した瓦礫は袋を破砕。中に詰められた粉状の物を撒き散らす。

 

「なっ、臭ぇ……これはっ!?」

 

「ヴァレッタ様、奴らの仲間です!?」

 

「死なないでよ、ラウルッ!!」

 

 粉状の物の正体は、魔石を混ぜ込んだ粉末。

 ある港町で押収した極彩色の怪物達の攻撃優先順位を跳ね上げる『魔法の粉』である。

 

 フィンを囮としたラウルの奇襲……それを餌にした本命の作戦とは。

 命がけの、『怪物進呈(パス・パレード)』だった。

 アキ達が呼び寄せたモンスターの大群が四方から殺到。

 モンスター達は『魔法の粉』を浴びたヴァレッタ達に目の色を変えて襲い掛かった。

 

 そして、それだけでは終わらず、ラウルとアキはヴァレッタに向かって疾走。

 狙いは『鍵』。彼等の共力(コンビネーション)が女が持つ『鍵』を叩き落すが、モンスターの足爪に踏みつぶされ、粉々に破壊されてしまった。

 第一目標の『鍵』が破壊されてしまった今、もう用はないとフィンを抱えたラウルはアキ達と共にモンスターと暗殺者(アサシン)達の間を命からがら抜け、逃亡を再開した。

 

 しかし、見計らったかのように目の前で通路の横手の『扉』が開く。

 食人花の群れがわずかに見えた希望を打ち砕く迷宮の悪意となって襲い来るが、『追い風』に乗った彼等を止めることは出来ない。

 抱きかかえていたフィンを預けたラウルが第一級冒険者(フィンたち)のように単身突貫。数々の傷と引き換えに強引に道を切り開いていく。

 

「みんなっ、自分に続けえええええええええええええええええええええええええええッ!!」

 

 食人花の群れを単独で殲滅し、鬨の声を上げるラウルに団員達が奮い立つ。

 フィンに続くように、彼等彼女等はラウルの背中を追った。

 

 第一級冒険者が戦えない状況でも彼等は知恵と勇気を振り絞り、一つの窮地を脱してみせた。

『特別』を何一つ持たない冒険者、ラウル・ノールドに勇気をもらい、導かれて。

 

 

 分断された冒険者達は限りある力を合わせ、己の全てをかけて、訪れた窮地を脱した。

 だが、未だ迷宮の闇は侵入者達を吞み込もうと漂っている。

 希望の光を見失わないよう、生き汚く冒険者達が足掻き続ける……正にその時だった。

 

 迷宮の闇を吹き飛ばす、希望の()が迷宮内を駆け抜けた。




ここまで見ていただきありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。