別館屋上、空中庭園。
広大な平面状の庭園には隙間なく石板が敷き詰められていた。石板には特殊鉱石『
上空の月の光を浴び、黒い石板群は今や青白い光をうっすらと纏っており、まるで光の絨毯が敷かれたかのように美しい光景が広がっていた。
その美しさとはまるで釣り合っていない血塗られた儀式を行うべく、アマゾネス達は石板群を踏み荒らし、そこに立っていた。
「サミラ、準備は終わってるのかァ?」
「終わってるよ、見りゃわかんだろ? 後は月が完全に満ちるのを待つだけだ」
そこには宮殿に配置されていた
この空中庭園、そして祭壇は『殺生石』の力を高めるための増幅装置だ。この設備を併用することで『殺生石』単体を用いるのと比べ、『魂』を余すことなく石に封じ込めることができる。
「春姫ェ!? ぐずぐずしてないで祭壇に入りなァ!」
月が満ちるその時が近付くと、フリュネの声が轟く。
やがてアマゾネス達の人垣が割れ、装束を纏った
翠の瞳を赤く腫らした相貌に表情は無い。淡く発光する石畳に視線を置く少女は、人形のように祭壇へと向かう。
「…………」
少女が自分の前を通り過ぎる寸前、アイシャは口を開こうとしたが、言葉が出てくることはなかった。たったそれだけの行動に気付いた少女が嬉しそうに瞳を細め、何かを伝えるように瞳だけで笑ったのを、手を痙攣させながら、無表情で見守る。
「そこに跪け」
「はい……」
祭壇に共に入ったアマゾネスに命じられるまま、春姫は祭壇中央に跪いた。
少女に石板から伸びるいくつもの鎖が手や足、胴、首に巻き付けられていく。
儀式の際、魂を引き剥がされる苦痛によって春姫が暴れ狂うのを防ぐため、そしてあまりの苦痛による自害を防ぐためのものだ。
「…………」
その姿はまるで生贄に捧げられた聖女、あるいは神事の巫女のようですらあった。月の光を浴びる悲愴なまでに美しい少女の姿に、見守っている一部のアマゾネス達が言葉を忘れる。
「これでやっと【フレイヤ・ファミリア】の連中と戦えるのか」
他方でとある悍婦達が猛々しい笑みを浮かべていると、『殺生石』も運び出される。
血のように紅い、拳大の宝珠は長剣の柄頭に取り付けられていた。この儀式用の剣で春姫を貫くことで柄の『殺生石』に魔力もろとも『魂』を封じ込める仕組みである。
「……っ」
不気味な紅光を揺らす剣と石に一瞬恐怖を垣間見せた春姫は、ぐっと瞼を閉じた後、己の頭上を見上げる。
夜天に浮かぶは黄金の満月の輝き。
自分を殺す光だ。
現世の苦しみから解き放つ、救済の光かもしれない。
美しい月光を暫し眺め、春姫は頭を垂れた。
涙は出ない。心はすすり泣いている。しかしそれをおくびにも出さない。
悲しみも苦しみも喜びも未練もその小さな体に閉じ込めて。
この数日に出会ってしまった、少年と少女との思い出を心の箱にしまいながら。
全てを諦めた
「────敵襲だ!?」
直後、叫喚が上がる。
驚愕に閉じようとしていた目を見開いた春姫が顔を振り上げると、庭園の奥、空中廊下が繋がる入り口から激しい剣戟の音が響き渡ってくる。
やがて、見張りのアマゾネス達を強行突破し現れたのは、黒髪を結わえた一人の少女だった。
「春姫殿おぉ────!!」
宮殿から空中廊下を疾走してきた命は庭園に飛び込む。
見張りに気取られた時点で身を隠す意味はない。祭壇に繋がれた少女に己の存在を知らせるように、命は腹の底から叫んだ。
「また来たのか!?」
祭壇に向かおうとする命に、アマゾネス達が立ち塞がる。
背後には一度は突破した見張り、前方にはアマゾネス達の壁。
完全に包囲される形となった命は既に傷だらけとなった体で彼女達と対峙した。
「おいおいっ、一人で来たのかよ!」
少女の勇猛な姿に前に出たサミラが獰猛な笑みを浮かべる。
他のアマゾネス達も似たような表情を浮かべ、まるで余興だとばかりに動きを止めていた。
「春姫ぇ~!? お前の英雄が来たぞ~!」
愉快そうにそう叫んだサミラに春姫は言葉と顔の色を失っていた。
すぐに命を止めようと動くも繋がれた鎖に戒められる。
「どうしてっ……どうして!? 帰ってください、命様!?」
自らを戒める鎖を鳴らしながら、春姫は涙ながらに叫んだ。
一度は拒絶されたにも関わらず再び彼女の前に現れた命は凛然とした眼差しを春姫へ向ける。
「無理です、春姫殿。何度断られようが、何度この手を振り払われようが、自分は幼かったあの頃のように、貴方を外に連れ出します」
幼い日の極東の記憶と目の前の少女の姿が重なった。
あの頃から何も変わっていない命の眼差しに、春姫から耐えていた涙が落ちる。
「格好良いなぁ、お前」
自分達を越え、春姫のみを見つめる命の姿にサミラは嬉しそうな笑みを零した。
「なぁ、フリュネ、アイシャ!? オレ一人でこいつとやらせてくれよ! お前らはさっきまで暴れてたんだろ? オレにも少しはやらせろって!」
派閥の団長と
「ゲゲゲゲゲッ、好きにおしよぉ。どうせまだ時間はあるんだァ」
儀式の準備で割を食っていたサミラは「やりぃ!」と手を叩き、喜んだ。
彼女の嘆願にも無言を貫いていたアイシャは肯定も否定もせず、ある一点を見つめる。
「待ってっ、待ってください!? フリュネさん、アイシャさん!」
「そーいうわけだ、付き合えよ。オレに勝てば……もしかしたら何か聞いてくれるかもしれないぞ?」
春姫の懇願が虚しく響く中、サミラが味方の輪から一歩前へ出る。
好戦的な笑みを浮かべる彼女を前にして命は、一度瞳を閉じると……淡い微笑みを浮かべた。
「ん? なんだ、急に笑いやがって」
「……その一騎打ちを、受けることはできません」
「あ?」
命の笑みに怪訝な顔をしたサミラは続いた言葉に額に青筋を浮かべる。
気分が上がってきたところで水を差すその言葉の真意を問い質そうとした次の瞬間────足元に祭壇や石板群が発する光とは別、翡翠の光が広がった。
「……は?」
「この形となった時点で、自分の……自分達の勝ちですから」
「ッ……避けなァッ!?」
もう一度、命が静かに呟く。そして、翡翠の光が何かを形どる。
「この娘は囮だったわけかい……【リトル・ヒーロー】」
唯一、
何が起きているのかと、唖然とする春姫の横で彼女は目を細め、もう一度ある場所を見据えた。
アマゾネス達が全力で回避に移る中、彼女達の足元に広がるのは────無数の
ある二点を除き、空中庭園を埋め尽くさんばかりに広がった翡翠の
「【焼き尽くせ、スルトの剣────我が名はアールヴ】」
好戦的な表情を浮かべていたアマゾネス達の顔が翡翠に染まる。
この場において聞こえる筈のない詠唱が聞こえた、次の瞬間。
「【レア・ラーヴァテイン】」
足元の
回避など許さない広範囲殲滅魔法による不意打ちという凶悪過ぎる一手を完璧に回避できた者は一人もおらず、範囲外である春姫の元にいたアイシャのみが目の前に広がる獄炎の光景に汗を流していた。
「こ、れは……」
「ぅ……何故、【
百人以上存在していた
「あああああああああああッ!? なんで【
「違う。あの坊やの仕業だよ」
第一級冒険者であるフリュネのみは回避し切れなくともその体に負った傷は少なく、平然と立ち上がる。彼女はその目を血走らせ、アイシャが示した方向を睨み付けた。
彼女が示したのは庭園を囲む塔の一つ。そこに彼は立っていた。
紫紺に輝く黒剣を手に、満ちた月を背に、その
「【リトル・ヒーロー】ォ……!」
「……【ファイアボルト】」
自分を睨み付ける
次の瞬間、無数の青い炎雷が空中庭園へ雨の如く、降り注いだ。
「うわぁああああああああああああああッ!?」
「こんなものおおおおおおおおおおおおォ!?」
降り注ぐ炎雷は命と春姫を除き、空中庭園に立っている者を射抜く。
長文詠唱に近い威力を持った速攻魔法の連射に
青の雨が止んだ後、庭園に立っているのはフリュネと春姫の側にいたアイシャのみ。わずか数分で数の利を奪いつくした少年をフリュネは好感情を忘れ、凄まじい怒りを込めて睨み付けた。
「糞生意気なガキがァ……さっさと降りてきなァ!!」
「言われなくとも」
風に乗るように、空中庭園へとベルが降り立つ。
命に並び立った少年は感情の読み取れない瞳でフリュネとアイシャを見据えた。
「大丈夫ですか、命さん」
「はい。上手くいきましたね」
顔を見合わせた二人は笑みを交わす。
庭園へと飛び込む少し前、合流を果たした二人は一つの作戦を立てていた。
それぞれの役割を交換……命が囮となり、ベルの魔法で
傷だらけの体を押して勇猛果敢に単独で
ここからは自分の番だと言うように剣を振り鳴らした少年に残った二人の
「命さんは下がっていてください。あの二人はボクが倒します」
Lv.5とLv.3最上位、対して片腕の使えないLv.4。
誰もがLv.4の敗北を予期するだろう。彼自身を除いて。
二人と対峙するベルは静かに笑っていた。
自分を前にして勝つ事以外を考えていないその笑みにフリュネは剣呑な眼差しを浴びせ、アイシャは少年の背後を見つめる。
一触即発。次の瞬間には戦闘が始まってもおかしくない張り詰めた空気の中で、ベルの背後に立っていた命は、少年へと並び立った。
「……命さん?」
「これ以上、ベル殿に無理をさせるわけにはいきません。自分も戦わせてください……いいえ、自分も戦います」
前を見据える命にベルは静かに目を見開いた。
無謀な戦いに望もうとする彼女を止めようと口を開きかけたベルは、その横顔と瞳に宿る強い意志に開きかけた口を噤む。
彼女の意志は止められない。きっと、いつかの自分も同じ瞳をしていたから。
「……無茶だけはしないでください」
「何を今更。そのような状態のベル殿を頼っておいて、自分だけ無茶をしないというのは土台無理な話です」
前を見据えたまま、少年に見せつけるように左腕を動かした命に思わずベルが苦笑を浮かべる。
気にしなくてもいい、という意味を込めて少年も左腕を動かそうとしたが、その腕は未だほとんど動かず、かすかに指先が震えるだけに終わった。
「ごちゃごちゃと呑気に喋りやがって……」
ベルの魔法で負った傷に
「これ以上好き放題させないよぉ。さっきの不意打ちの魔法をアタイに集中させなかったことを後悔するんだね」
剣呑な眼差しを向けてくるフリュネをベルは見つめる。
魔法による傷はほとんどなくなっている。不意打ちを成功させたというのに第一級冒険者の反応はさらにその上を行き、重傷を負わせることはできなかったようだ。
まだ何も終わっていない。
【イシュタル・ファミリア】の最強格を倒せなければ、儀式を阻止できなければ、ここまでの戦いは全て無に帰す。
春姫を守るためには。
アイシャの側で鎖に繋がれている少女を救う為には。
この戦いで全ての因縁を絶ち、彼女を【イシュタル・ファミリア】から解き放つ他ない。
「……春姫さんを解放してください」
静かに、強い意志を込めて、ベルは【イシュタル・ファミリア】へと春姫の解放を要求した。
フリュネの瞳が一瞬裂け、突き刺さる圧がその威力を増す。アイシャが目を閉じ、春姫が瞳を揺らす中、天に突き立つ怒気を放っていたフリュネは笑声を上げた。
「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!? 面白いことを言うじゃないかぁ、【リトル・ヒーロー】!」
打って変わって笑い続ける彼女は一拍後、
「調子に乗るんじゃないよッ、糞ガキどもがァ!? お前らは何様のつもりだァァ!?」
「あうっ……!?」
「春姫殿……っ」
「命さん」
怪物の
無理矢理顔を上げさせ、自分の巨顔へと近付ける巨女の行いに瞳を吊り上げた命が飛び出そうとするが、その無謀な行いに黒剣が立ち塞がった。
自分を止めるベルに命が振り向くが、少年の瞳に宿る怒りに二の句を継げなくなる。
「これはアタイ達の道具だ!? フレイヤの連中を潰すためのねぇ! 他所の派閥のもんが口を挟むんじゃあないッ!!」
「春姫殿っ!?」
「……その手を離せ、【
闘争に餓え、迷宮都市の王座を手に入れんとする
苦痛に顔を歪める春姫に命が制止を叫び、ベルの身から雷が弾けるも巨女は聞かなかった。
「そもそも娼婦としても役立たずのこの不細工を、穀潰しを養ってやったのは誰だと思っているんだァ……こいつには、アタイ達に体を張ってつくす義務があるのさァ」
「…………」
「そうだろォ、春姫ェ? アンタからもこの馬鹿共に言ってやんなァ」
猫なで声にもなっていない奇妙なしゃがれた声で春姫に囁くフリュネ。
彼女の声に肩を震わせた春姫は、髪を離されて二人と向き合わされる。
「クラネル、様……命、ちゃん……」
二人の前に立たされた春姫だったが、彼等と目を合わせることができない。
未だフリュネの手が届くもとで、俯いたまま、双眸を様々な感情で揺らし、胸に両手を添える。
「帰って、くださいませ……春姫は、大丈夫です…………私のことは………………お願いですから、もうお気になさらないでください……」
イシュタル達に、何かに怯えるように俯いて拒絶を口にする春姫に、後方にいるフリュネはニヤニヤとした笑みを浮かべ、アイシャは見定めるように春姫ではなく、ベルと命を見つめていた。
そんな中、二人は、ただ少女だけを見つめる。
「春姫さん、僕は英雄譚が好きです」
「……?」
「どんな怪物もやっつけて、たくさんの人達を笑顔にして、悲劇のヒロインなんてどこにもいない……そんな物語を紡いでいった『英雄』達が好きです」
脈絡もなく話し始めたベルに春姫が困惑した様相を浮かべる。
それを気にも留めず、彼女の瞳だけを見つめて、少年は言葉を紡いでいく。
「でも、貴方が言っていた英雄の話を聞いて、僕は思ったんです」
「え……?」
「そんなものは英雄なんかじゃないって」
好きだと語った英雄を否定する少年の言葉に春姫が大きく目を見開く。
揺らぐことのないベルの声が月夜の下に広がる。
「『英雄』なら、救いを求めている人の手を振り払ったりなんかしない。僕と貴方が憧れた『英雄』は目の前で救いを求めている一人の少女を救えない程、情けない存在じゃありません!」
────英雄にとって、娼婦は
遊郭で少女が語った言葉を、未だ『英雄』に届かない未完の英雄が否定する。
「う、嘘です……」
「嘘だと思うのならそれで結構です。僕がそれを疑いようのない真実に変えてみせるだけだ!」
「そんなこと、ありえない……」
「例え娼婦でも、その先に破滅が待っているのだとしても、恐ろしい敵が待ち構えているのだとしても、本当の『英雄』ならその手を必ず掴んで、救い出すに決まっている!」
「違う……だって……」
「そんな『英雄』に憧れた僕がっ、僕達が貴方を守ってみせる!!」
小さく首を振る春姫にベルは己の意志をぶつけた。
自分達が、少女の憧れた『英雄』のようにその手を掴み取ってやる、と。
「……だめ、です……私は、救いを拒絶しました……そんな体になってでも、助けに来てくれたクラネル様達の手を振り払った私に……救いを求める資格なんて……」
ベルの言葉と意志を受け、春姫の心がわずかに揺れ動く。
しかし、届かない。あの言葉を放つには至っていない。
震える春姫を見て、ベルは瞳を閉じる。諦めたから……などではない。まるで舞台を譲るように口を噤んだ少年に代わり、命の声が響いた。
「いくらでも拒んでいただいて結構ですよ、春姫殿。例え百度、千度、それ以上貴方に拒絶されたとしても、自分達は貴方の手を掴み取ります。貴方を決して諦めません」
「命、様……」
優しい微笑みを口元に湛えながら、命は今にも泣き出しそうな春姫と見つめ合った。
かつての日々を思い出すかのように、見つめ合っていた目を細めた彼女は静かに語る。
「覚えていますか、幼き頃の極東の日々を。あの時も貴方は父上に怒られてしまうからもう来ないで、と自分達を心配して訴えてくれていましたね。それにもかかわらず、悪童であった自分達はその言葉を無視して何度も貴方を外へと連れ出しました」
「っ……!」
覚えている。命がこの場に現れた時、幼き日々の記憶が目の前の少女と重なったのだから。
姿が変わっても、その眼差しは、その想いは、何も変わっていない。自分を外へと連れ出すべく、手を差し伸べる命に春姫の瞳から再び涙が零れ落ちていく。
「あの時と同じです。悪童である自分は、貴方の想いを無視して、貴方の手をとって外へと連れ出します。幼かった貴方が自分に言ってくれた『物語の英雄』のように、貴方を救い出します!」
二人の意志に抑えきれなくなった涙がぽろぽろと落ちていく。
今まさに『英雄』のように手を伸ばす二人に春姫は小さく首を振った。
「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!? ガキどもの英雄気取りかぁ!?」
ここまで黙って聞いていたフリュネの耐えられないとばかりの哄笑を他所に、ベルと命は胸に宿す意志を乗せて春姫だけを見つめ続けた。
涙も拭わず、二人の眼差しに怯えるように春姫は己の体を抱き竦める。
「
次には己にかけられた呪縛の言葉を彼等に吐き出した。
「貴方達の重荷になりたくない!? 汚れている私に、そんな価値ない!!」
少女を縛る始まりにして最後の呪縛に、少女の哀哭に、ベルと命は眦を吊り上げる。
「僕達が何も出来ないとか、自分に価値がないとか決めつけるなよ!?」
初めて上げられた怒声に思わず涙が止まった春姫が声を失う中、ベルは言った。
「馬鹿にされても指をさされても、汚れていたって、それは恥ずかしいことなんかじゃない!」
祖父の教えを。
原点の一つとして心に根付いている言葉をベルは春姫にぶつけた。
「一番恥ずかしいことは、何も決められず動けないことだ!」
春姫の瞳が一杯に見開かれる。
「僕達はまだ、貴方の願いを何も聞いちゃいない!!」
言葉を届けるベルは────命と共に手を伸ばすベルは、春姫へと叫んだ。
『貴方の本当を教えてください!!』
煙と火が立ち昇る空中庭園に、少年と少女の声が響き渡る。
石板が宿す赤い光と蒼い月夜に挟まれる空の狭間で、何かを揺り動かすように、何かを解くように、声はどこまでも響いていく。
その響きに、意識を取り戻したアマゾネス達でさえ口を噤み、動けなくなる中、右手と左手を差し伸べる二人の前に立つ春姫は。
瞳から静かに涙を流した。
「……春姫ぇ」
その時。
わかっているだろうな、とフリュネが背後から少女の名を呼ぶ。
びくり、と肩を揺らした春姫は視線の先にいる二人のことを見つめ、俯いた。
その体も、金の髪も尾も震わせながら。
ゆっくりと口を開く。
「【────大きくなれ】」
そして、
「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!? それでいいんだよぉ!」
二人の叫びに答えず、詠唱を始めた春姫にフリュネは愉悦と嘲弄の笑声を上げる。
「春姫殿……」
「…………」
目を瞑り、呪文を唱える春姫に命はわずかに目を細め、ベルは何も語らずに彼女を見つめた。
「【其の力に其の器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を】」
何かを差し出すように両手を胸の前へと突き出し、
「英雄気取りの文句も無駄だったねぇ~!? 今からたっぷりと借りを返してやる!」
春姫の歌声が響く中、フリュネが大戦斧を握り締める。
彼女に呼応するように、意識を取り戻していたものの彼等のやり取りに圧倒されていた複数の
「【────大きくなれ】」
得物を鳴らす女戦士の軍団にベルが黒剣ではなく《牛魔王》を抜き、無手の命が身構える中。
一人、少女を見つめていたアイシャだけがその歌の異変に、『魔力』の流れに気が付いた。
「【
紡がれる呪文はフリュネ、
詠唱が完成に近づき、伴って薄い霧状の『魔力』、光雲が生まれた。
「お前達、春姫を止めな!?」
はっとしたアイシャが団員達に呼び掛けた直後。
命の頭上に、
驚愕する彼女が真上を仰ぐと、形作られるのは巨大な光の柱────いや、柄のない光の槌だ。
命に降り注ぐ温かな光を側で感じながら、少年は少女と視線を交わす。
少女は、涙ながら微笑んでいた。
少年は、それに応えるように微笑みと共に力強く頷いた。
「【────大きくなぁれ】」
事態に気付いたアマゾネス達が命と春姫へと飛び掛かるが、もう遅い。
次の瞬間、少女の唇から魔法名が紡がれる。
「【ウチデノコヅチ】」
燦然と輝く光槌が落ち、命の全身を包み込んだ。
光の奔流が彼女にもたらすのは、体と心を奮い立たせる活力、そして純粋な『力』。
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
飛び掛かっていた
狙いは無手の命。真正面から己の頭を砕かんとする大剣に命が双眼を吊り上げた次の瞬間、彼女の周囲に無数の光の線が走った。
「がっ……」
「邪魔をするな」
走った線の正体は鞘から抜かれた灰色の斬撃。
飛び掛かってきたアマゾネス達を斬り裂いたベルは剣を振り鳴らし、命と目を合わせる。
彼女の身を包み込む光粒、春姫の魔法。
それが意味する春姫の意思を悟った二人は互いに頷き合う。
「使ってください。命さんなら使いこなせるはずです」
「ありがとうございます……やりましょう、ベル殿。あの方を救う為に」
「【
ベルもまた、自らに宿る雷をさらに解放。
迸る雷を纏い、それだけでとどまらず命にも雷の加護を授ける。
自分達の
「は、春姫えええええええぇ!?」
「うっっ!?」
光を纏う少女の姿にフリュネが激昂した。
春姫の細い首を片手で掴み上げ、宙に掲げる。
「アタイ達を裏切るのかァ!? さっさと解けっ、この出来損ないの娼婦めェ!?」
一度発動した春姫の魔法、【ウチデノコヅチ】は本人が解除しない限りはたとえ彼女を気絶させようと、制限時間以内に解けることはない。
それを理解しているフリュネは春姫を気絶させないギリギリの力で彼女の首を締めあげていた。しかし、罵りながら解除を強要する彼女の言葉に春姫は決して首を縦に振らなかった。
苦しそうに閉じられた瞳から涙が零れ落ちる。
意識が遠ざけられながら、それでも意識だけは絶対に手放さず、震える声を零した。
「もう、体を売りたくない……っ」
言った。あの少女が。
「もう、誰も傷つけたくない……」
全てを諦め、全てに絶望し、己の意思を閉ざしていた、弱い少女が。
「死にたくない……」
自分の本当の願いを口にした。
「助けてっ……!」
少年と少女に、救いを求めた。
「任せてください」
「今、参ります!」
春姫の願いを聞き届け、二人が眦を吊り上げた。
再び群がろうとするアマゾネス達の間を駆け抜け、砲弾となってフリュネに突撃する。
救いを求める少女を外へ連れ出す為の最後の戦いが始まった。
ここまで見ていただきありがとうございました。