二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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淫都決戦

「どうなってやがる」

 

 屋上を見渡した猫人(キャットピープル)の青年が呟く。

 女神を捕らえるためにここまで来たというのにこの場にいるのは醜いヒキガエルとひどく息を荒げる兎。女神の自室と見られる部屋は潰されており、その姿はどこにもない。

 

「あいつ、何か変じゃないか?」

 

「目立った外傷はない」

 

「だが、顔色が悪いな」

 

「今にも倒れそうだ」

 

 四つ子の小人族(パルゥム)は兜の奥の瞳で兎を見つめ、その妙な様子に一瞬興味を持った。

 しかし、すぐに興味を失い、揃って踵を返そうとする。

 

「…………」

 

「チッ……あれがフレイヤ様の仰っていた澱みか?」

 

 二人のエルフの青年は兎を一瞥すると、黒妖精(ダークエルフ)は我関せずとばかりに瞳を閉じ、白妖精(エルフ)は兎の瞳に見える『黒』に舌を鳴らした。

 

「お前の戦いは終わりだ。即刻、この場を立ち去れ」

 

 猪人(ボアズ)の大男はその精悍な顔立ちから一切の表情を落とし、兎を見下ろす。

 厳然たる声音で戦いの終わりを告げる彼を前に、(ベル)は剣を強く握りしめた。

 

「邪魔を、しないでください。その女は、この派閥は、ボクが絶対に……!」

 

 背後にいる七人と違い、武器も防具も装備していないというのに凄まじい重圧を発する武人。

 戦わずとも反抗の意思を削いでくる最強へ、邪魔をするなと、ベルは疾駆した。

 

「オッタル」

 

「手を出すな。俺がやる」

 

 白妖精(エルフ)の青年、ヘディンが右手をかざすが、それをオッタルが止めた。

 自分がやると、珍しく主張する彼にヘディンは何も言わず、魔力を収める。

 

 黒剣を構え、迫るベル。

『技』も『駆け引き』も何もない正面突破に対して、オッタルは左手を伸ばした。

 

「なっ!?」

 

 振り下ろされた黒剣を、彼の左手が掴み取る。

 漆黒の刃は岩の如き掌に受け止められた。防具もなく、直接刃を受けたというのに彼の掌には傷一つついていない。

 錆色の双眼を細め、受け止めた剣を掴み上げたまま、目を見開く少年を石畳に叩きつけた。

 

「がっ……!」

 

 咄嗟に剣の柄から手を離すことが出来ず、弧を描いたベルは叩きつけられた瞬間、肺の中の空気を全て引きずり出される。

 意識が眩むのも束の間、もう一度、叩きつけようとオッタルが剣を掴み上げてくるが、同じ轍は踏まない。奪い取られるのは承知の上で間合いを開くために描かれた弧の頂上で柄から手を離し、壁際へと大きく飛んだ。

 

「っ……【ファイアボルト】!!」

 

 桁外れの膂力による投擲の威力をなんとか殺し切ったベルは即座に反転、無数の炎雷をオッタル目掛けて撃ち出す。

 青く染まる炎雷はたとえ都市最強であろうと無視することはできない……そう考えた上での速射だったが、その考えは甘かった。

 弾幕を凄まじい勢いで突き破り、自らのすぐ横に突き刺さった黒剣がそれを証明する。

 

「くそ……」

 

 剣を引き抜き、構えるが先ほどのように飛び出すことはできない。

 目の前の男に立ち向かうことが間違っていると、黒く染まった思考の中でも本能が警鐘を上げるが、それをかき消すようにベルは前へと踏み出していく。

 

「邪魔をするな……ボクは、あいつらを……!」

 

「……お前は、何のために戦っている」

 

 視界までもが黒く染まりつつあるベルの歩みが、オッタルの言葉を受け、止まる。

 本来の目的がどこかへと消えようとしていた少年はそれを思い出させようとしている錆色の瞳を呆然と見つめていた。

 

「おい、テメエの茶番に付き合う筋合いはねえ。俺は行くぞ」

 

 ここまで二人のやり取りを黙って見ていた猫人(キャットピープル)の青年が痺れを切らしたのか、組んでいた腕を解き、踵を返す。

 彼に続き四つ子の小人族(パルゥム)黒妖精(ダークエルフ)の青年……少年への関心がほとんどない者達が屋上を去っていくが、オッタルは彼等を止めることなく、そのまま階下へと向かわせた。

 唯一ヘディンのみがこの場に残るが、武人は彼にもこの場を去っていった者達にも一瞥すら寄こさず、ただ足を止める少年のみを見据える。

 

「答えろ、今、お前が戦う理由はなんだ」

 

「……ボクの、戦う理由、は……【イシュタル・ファミリア】を────」

 

『闇』に繋がる派閥を滅ぼすこと。

 オッタルの問いかけにそう答えようとしたベルが言葉に詰まる。

 まるで今、もう一度そうを答えてしまえば、取り返しのつかない程に自らの何かが変貌してしまうと防衛本能が働いたかのように。

 知らず知らずの内に荒くなっていた息が落ち着き始める。同時に瞳の中に散っていた黒い光片が消え始め、虹彩を縁取っていた『漆黒の真円』が薄れていく。

 

 完全に少年の瞳からそれらが消えると、全身から力が抜け落ちたかのようにベルはその場で膝をついた。途方もない脱力感が彼の身を襲う。

 

「……もう一度聞こう。お前の戦う理由はなんだ」

 

 剣呑な雰囲気の消えたベルにオッタルがもう一度問いかける。

 力の入らない膝を奮起させ、武人の前に立ったベルは問いへの答えを紡いだ。

 

「あの人を……僕達に救いを求めてくれた春姫さんを、救う為」

 

 黒く染まっていた少年の思考が晴れる。

 本当の戦う理由を取り戻すきっかけを与えたオッタルはベルの答えに満足が言ったように瞳を閉じていた。

 

「お前のいる場所はここではない。わかっているな?」

 

「……はい」

 

「ならば、お前がいるべき場所へ向かうといい」

 

 そう言うと、オッタルは腰から一本の瓶……万能薬(エリクサー)を取り出し、ベルへ投げ渡す。

 使え、と目で指図するオッタルからありがたく受け取った少年はふらつきながらもそれを飲み干し、今の自分がいるべき場所……春姫が待つ空中庭園へと戻ろうと駆け出した。

 

「ベル・クラネル」

 

「……? はい」

 

 屋上の端に足をかけたところで名を呼ばれたベルが振り返る。

 オッタルはどこか不安定さが残る少年の瞳をじっと見つめた。

 

「今はまだ身に余る力だとしても、その力は決して()()()()()()()()。故に使うことを躊躇うな。だが、決して呑まれるな、統べてみせろ。それが出来れば、お前はまた一つ強くなれる」

 

 一時、少年を鍛えていた武人は彼に助言を送る。

 突然の彼の言葉に困惑しつつも、一つ礼をしたベルは今度こそ屋上を飛び出し、空中庭園へと向かった。

 

「貴様があの方のお気に入りに塩を送るとはな。何の気まぐれだ?」

 

「俺には義務がある。それだけだ」

 

 決して二人の間に声を挟もうとせず、静かに少年のことを観察していたヘディンの問いにオッタルが端的に答える。

 義務と答えた彼にわずかな驚愕を覚えはしたものの、白妖精(エルフ)の青年はそれ以上は踏み込まず、踵を返し、階段へと向かっていった。

 

「俺からもお前に聞いておきたい事がある。何故、お前はベル・クラネルの救出に意欲を持っていた。アレン達と同じく、何の興味も持たないと思っていたが……」

 

「ここへ来る前に言っただろう。推測の域は出ない、と。その域を出ていない以上、その理由をこの場で語るつもりはない」

 

 意識を失っているフリュネを鷲掴みにしたオッタルがヘディンに問いを返す。

【フレイヤ・ファミリア】というのは女神フレイヤを絶対とした究極の個人軍。ザルドとの約束があるオッタルはともかく、基本他者に興味を持つことのない女神の眷族が誰かに興味を持つことは滅多にない。

 

 ヘディン以外の他の誰かであればオッタルは興味を持たなかった。

 だが、忠誠の鑑とまで呼ばれるヘディンが少年の救出に意欲的だったという事実に少しばかり、オッタルはその理由に興味を持っていた。

 

「だが、もしも、私の推測が当たっているのなら……あの兎は私にとって守護対象になり得るかもしれない」

 

 語るつもりがないと話していたヘディンのもしもの話にオッタルは目を細める。

 あの忠誠の鑑(ヘディン)がそこまで言う推測と言うのは一体何なのか……興味が惹かれるが、語るつもりがないのなら聞く必要はないと興味を捨てた武人はヘディンと共に女神の元へと向かう。

 

 既に趨勢の決した戦場。

 彼等が屋上を去っていった数分後。

 

 天高く、光の大柱が突き立った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 時は少し遡り、歓楽街襲撃の報が空中庭園に届いた直後。

 

 そこは二人を残し、他の人間は誰もいなくなっていた。

 死屍累々と転がっていたアマゾネス達はレナと遅れて現れた伝令役の少女達に運び出され、二人が残る空中庭園は今や夜の静寂に包まれている。

 

「やれやれ、色々と企んでいたってのに全てが水の泡だよ。流石は【フレイヤ・ファミリア】……きっかけがよくわからないが、こうも圧倒されるとはね」

 

 無数の煙が上がっている歓楽街を見つめ、アイシャは石壇に座り、溜息と共に言葉を漏らす。

 火の粉や電流を始めとした魔法の残滓が満ちるその光景は誰が見ても【イシュタル・ファミリア】の終焉を想起するだろう。

 自分と目の前の少女以外の者がいなくなったことを改めて確認したアイシャは前を見据え、金光と雷を纏う少女と対峙する。

 

「このまま何もしなくてもこの狐は私達から解放される。それでも、私と()り合うかい?」

 

「愚問です。戦わないなどという選択肢は今の自分にありません。ベル殿に春姫殿、お二方に力を、想いを託されたのです。貴方を打ち倒し、春姫殿を取り戻させていただきます」

 

 宣言と共に、剣を突きつける命。

 それを認めたアイシャは笑みと共に、側に突き立つ大朴刀の柄に手を伸ばした。

 

「そう来なくっちゃあねえ。ここに来て腑抜けたことを言うもんなら、未来永劫アンタらを追い続ける所だったよ」

 

 立ち上がった彼女はすぐ側で意識を失っている春姫を一瞥し、命へ視線を戻す。

 決然とした彼女の表情に嬉しげな声を零した。

 

「けどね、そう簡単にアンタの想いを遂げさせるわけにはいかない」

 

 くびれた腰に片手を当て、彼女は不敵な笑みを纏った。

 長い黒髪と紫紺の衣装を揺らして、石畳を強く踏みしめる。

 

「【ファミリア】は血の掟、離反するには代償が伴う……まあ、正直、今はどうでもいい。どうせ私達の【ファミリア】は今夜、終わるからね」

 

「そ、そんなことは……」

 

 もう既に決まってしまった派閥の運命を告げ、それをどうでもいいと笑い飛ばすアイシャに命が冷や汗を浮かべ、言葉に窮し、それを見た彼女はさらに笑みを深めていた。

 

「【フレイヤ・ファミリア】に先に攻め込まれた時点で私達に勝ち目はないんだよ。悔しいが、これは絶対に覆せない……『儀式』も終わってないしねえ」

 

「っ!」

 

 挑発するように流し目を寄こすアイシャに命が眉を吊り上げる。

 剣を握る手に力がこもる中、女傑は少女に問いを投げかけた。

 

「そういえば聞いてなかったね。アンタらは何故こうまでしてこいつを助けようとする? アンタの場合は故郷の知り合いだからってのがあるだろうが、あの坊やはなんであんな体を押してまでも助けようとするのかねえ。惚れたのかい?」

 

 二人に興味を示す彼女が面白そうに尋ねてくる。

 戦闘前だというのに緊張感のない様子に戸惑いながらも、命は答えた。

 

「春姫殿は娼婦の仕事に苦しんでいます。それが自分達がその方を助ける理由の一つで」

 

「何を勘違いしているのかは知らないが、それは男を全く知らない生娘だよ」

 

「えっ」

 

 言葉を遮ったアイシャの突然の爆弾発言に、命が目を点にする。

 

「いつも本番をヤる前に、男の裸を見てブッ倒れるのさ、その馬鹿は」

 

「春姫殿……」

 

「少し前にも客の胸板を見て泡を吹いた。ドン引きされて返品されたよ」

 

 喜んでいい事実のはずなのに、目の前で呆れた顔をするアイシャに命は何とも言えない表情を浮かべる。男に免疫がない箱入り娘だったことが、功を奏したと言うべきなのか……。

 

「で、ですが、春姫殿はその……な、何度も男性のお相手をしたと……」

 

「気を失った後、卑猥な夢でも見ているんじゃないか、このエロ狐は。あと、その程度のことで言葉に詰まるんじゃないよ、アンタも生娘かい?」

 

 呆れながらからかうような視線を飛ばしてくるアイシャに、顔を赤くしていた命は気を失っている春姫へ、さらに何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「あるいは、現実と夢の区別がつかないほど、追い込まれていたってことかもしれないね」

 

「!」

 

「今日この日まで、気絶した娼婦を前にして何も手を出さない雄にしか当たらなかったことはこいつにとっては幸運だよ。野蛮な輩に当たってたら、起きてようが気絶してようがお構いなしだっただろうからね」

 

 家を追い出され、故郷から無理矢理連れてこられ。

 誰も知らない、何も知らない土地に放り込まれた春姫の人生は波乱の連続だった。

 

 娼婦の振る舞いも仕込まれ、時には肌を晒して、触れられ。

 手を出されなかったというのは幸運な事だろう。だが、彼女は決して幸福ではなかった筈だ。

 抑圧されてきた筈だ。世界が一瞬で暗転した春姫は苦しんでいた筈だ。

 

 そんな彼女が悪夢にうなされているのだとしたら。

 現実と妄想の境で自分を見失っているのだとしたら。

 

 やはり、彼女は連れ出さなくてはいけない。

 座敷の中から、外の世界へと。

 

 幼き頃、彼女に呼ばれた『物語の英雄』のように。

 

「────だが娼婦としては失格でも、この娘には価値がある」

 

 少女と女傑、互いのその身に纏う雰囲気が一変する。

 少女の身から雷が弾け、女傑の顔から笑みが消え失せる。

 

「この派閥(ファミリア)が滅びようが、どうせ他の奴が春姫の力を聞きつけ、今日みたいなことを引き起こす。そんな連中から、アンタらはこの()を守れるのかい? 神イシュタル(あたし)の呪いから、この子を解放できるのかい?」

 

 美神イシュタルの魅了(のろい)

 その身の全てを犯されたアイシャが微細に震える右手を命へと向ける。

 春姫を守れるのか────言葉と付随する鋭い瞳がそれを問い質してきていた。

 

 彼女は大朴刀を震える右手で引き抜き、銀光を放つ切っ先を命へ向ける。

 

「構えな。春姫を救いたいのなら、私を倒す事だね。アンタが勝てば春姫はアンタとあの坊やに託す(あげる)よ。私が勝った場合は……春姫の首を落として、私も死ぬ」

 

「なっ……!?」

 

 笑みを浮かべるアイシャの言葉に、命は絶句した。

 何を言っているのだと、叫ぼうとしたが、彼女の瞳がその言葉に嘘偽りがないことを告げており、二の句を告げなくなってしまう。

 

「当然だろう? この()の命と魂を救おうだなんて酔狂な連中はアンタら以外にはいない。他のクソッタレな連中に囲われて苦しむ運命があるってんなら、私がここで終わらせてやる」

 

 片方の瞳から血の涙を流しながら、イシュタルの魅了(のろい)を押し殺したアイシャは宣言した。

 彼女の覚悟に嘘偽りはない。仮に命が敗北したのなら、その瞬間、アイシャは春姫の命を奪う。

 

「何故、そこまで……!」

 

「……さてね、情でも移ったんじゃないか?」

 

 春姫を一瞥し、自嘲気味に笑うアイシャ。

 命が目を見開く。疑いようのない慈愛が、彼女を見る瞳の中にあった。

 

「これ以上の問答は不要だ。悔いのないよう、全力でやろうじゃないか」

 

 一瞬瞳を閉じ、戦士へと表情を変貌させたアイシャが命を見据える。

 彼女の意志に応えるように、命もまたアイシャを見据えた。

 

「十分」

 

 不意に、アイシャが口にした。

 

「春姫とは面倒を見ていただけじゃなくて、連携(パーティ)も組んでたからね。その『魔法』の効果はあと十分だ」

 

 命に付与された無数の光粒を見つめ、魔法(ウチデノコヅチ)の制限時間に言及する。

 全ての精神力(マインド)を注ぎ込み、命へ託した春姫の切り札……階位昇華(レベルブースト)があと十分ほどで解除されると彼女は打ち明けた。

 己の全身を包み込む温かな光を、命は見下ろす。

 

「今のアンタなら私ともまともに戦える。逆を言えばその魔法が終わるまでに私を捻じ伏せることが出来なければ……途端、勝ち目は薄くなるだろうね」

 

「……卑怯だ、などと言わないのですか?」

 

「言う訳がないだろう。この()が自分の意思でその力をアンタに託したんだ。なら、私はその力ごとアンタを叩き潰す。そもそも、その力もなしに私と張り合えると思ってるのかい?」

 

 随分舐められたものだね、と戦意を煽るように笑いながら呟いたアイシャが目を細める。

 命はそれ以上、何も語らなかった。春姫の力を借り受けることに異論を唱えてこないと言うのなら、自分はその力を使い、彼女を救い出す。

 

 そのやり取りを最後に、どちらからともなく武器を構えた。

 

 見つめ合う二人、弦のように引き絞られていく空気。

 月の光に照らされる罅割れた祭壇の石柱が崩れ落ちる。

 

 それが、最後の戦いが始まる合図だった。

 

「さあ、思う存分、やり合おうじゃないかッ!!」

 

「はあああああああああああああああああッ!!」

 

 両者が飛び出し、庭園中央で灰剣と大朴刀が衝突。

 交差した刃の奥で笑う女傑に、少女は瞳に何者にも破られない意志の光を宿す。

 

 初めの衝突は互角。快音を響かせながら、得物を激しく打ち合い、斬り結んでいく。

 立ち位置を頻りに入れ替え、縦横無尽に刃を走らせる二人の女。少しずつ体に見え始めるのは無数の斬傷。互いに防御を度外視した絶対攻勢により、彼女達の周囲が赤で彩られていく。

 

「あの坊やが相手じゃないとなった時は、正直がっかりさせてもらったよ! (わたし)達の血を騒がせるのは、いつだって男達だからねぇ!!」

 

「それはっ、申し訳ありません! 自分が我儘を言って貴方の相手を譲っていただきました! 全てが終わった後にベル殿にお願いでもしておきますかっ!?」

 

 とどまることを知らない衝突音と火花。

 あの瞬間の思いを叫ぶアイシャに命が打ち合いながら叫び返す。自分が勝つと疑っていない言葉と浮かべる笑みに剣をかち上げたアイシャは獰猛に笑った。

 

「あの坊やは将来有望だよ。それこそ、本当の『英雄』なんてものに届くかもしれない! だが、中々どうして、アンタも私の血を騒がせてくる! 結局男に頼る弱い女、なんて認識は改めてさせてもらうよ!」

 

「!」

 

 大朴刀が灰剣ごと命の体を後方へ弾き飛ばし、両者間合いが開く。

 完全に敵として、女傑の目に映る自分に命はほんの少し、頬を緩めた。

 

「いえ、認識は改めなくとも結構です。ベル殿がいなければ、自分はここに辿り着くことは間違いなく出来ていませんでしたから」

 

「……まっ、そうだろうね。私も坊やのあの姿を見た時は、『こんな状態の男に頼らなきゃ何もできないのか』って、アンタには正直失望していたからね」

 

 会話を交わしながら、再び激突。

 幾分か感情が落ち着きながらも、打ち合いはより一層激しさをまし、両者の動きは加速の一途を辿っていく。

 

「改めなくていいってんなら、私の失望を覆してみな。春姫と坊やに想いを託されておいて負けるなんてなったら、情けないったらありゃしないよ」

 

「言われずとも……!」

 

 先程のお返しとばかりに、灰剣が大朴刀をかち上げる。

 返す刃がアイシャの体を袈裟に斬り裂く、が、すんでの所で彼女は背後へと飛び、振り下ろされた剣は空を切ってしまった。

 

「っ……チッ!」

 

 反撃を仕掛けようと、少女の方を向いたアイシャは目の前に迫った何かに気付き、舌を鳴らす。瞬間、彼女の目の前で色とりどりの閃光が広がった。

 命が投げつけたのは、合図の為に用意していた閃光弾。合図ではなく、視界を潰す用途で使用した少女は閃光の中に身を躍らせ、目を閉じるアイシャへと斬りかかった。

 

「甘いよっ!」

 

「ッ!?」

 

 しかし、斬り裂く寸前、アイシャの目が見開かれ、再び刀と剣が衝突。

 交差した刃の奥で彼女は再び笑った。その瞳に閃光による目晦ましの影響は見られない。

 

「その程度で不意を突けるとでも思ったかい? 他の連中は知らないけど、私には効かないよ」

 

 アイシャはすんでの所で自らの左腕で視界を覆う事で閃光から逃れていた。

 予測を超えようと打った命の策は届かず、ただ道具(アイテム)を失うだけの結果に終わる。

 

「けど、なりふり構わずに攻めてくるのは嫌いじゃないよ。だが、そろそろ終わりだッ!」

 

 打ち合っていた大朴刀から手を離したアイシャは、突然の行動に体勢が崩れた命の腕を掴み、自らの背後へと投げ飛ばす。

 地面を跳ねながらも、何とか立ち上がった少女は即座に攻勢に出ようとするが、アイシャの声を聞いて目を限界まで見開いた。

 

「────【(きた)れ、蛮勇の覇者】!」

 

 響くのは、魔法の詠唱。

 この戦いを終結させるアイシャの切り札。

 

(────『並行詠唱』!?)

 

 戦闘を繰り広げながら響き渡る歌声に命は驚愕を露わにした。

 同時に、この状況下において、自分が彼女の魔法を防ぐ、あるいは止める手立てがないことを即座に理解する。

 

(彼女の魔法を防ぐには……!)

 

「【雄々しき戦士よ、たくましき豪傑よ、欲深き非道の英傑よ】!」

 

 高速で紡がれる呪文の音は強い。

 淀みなく戦闘と詠唱を両立するアイシャに丹力と技術の差を見せつけられる。

麗傑(アンティアネイラ)】の名に相応しい、踊り、歌いながら戦う彼女に命は防戦を強いられていた。

 

 魔法の詠唱は進み、攻防共に押され続けている。

 絶体絶命。しかし、命の目から光は失われていなかった。

 

「【女帝(おう)帝帯(おび)が欲しくば証明せよ】……!?」

 

 命と打ち合っていたアイシャは少女の行動に思わず目を見開く。

 そして、すぐに唇を吊り上げた。

 

「【掛けまくも畏き────いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ】!」

 

 命が始めたのは詠唱。

 見よう見まね、一か八かの『並行詠唱』。

 

 不慣れな『並行詠唱』で、後から自分の詠唱に追い付こうとしている少女にアイシャの顔から笑みが消えない。

 かと言って、彼女の攻勢が緩むことはない。むしろ激しさを増し、彼女と打ち合う命は今にも魔法の制御を手放しそうになっていた。

 

「【我が身を満たし我が身を貫き、我が身を殺し証明せよ】!」

 

「ッ……【尊き、天よりの導き、よ……】!」

 

 しかし、彼女は決して魔法の制御を手放さなかった。

 詠唱に意識が向くあまり大朴刀を防ぎ切れずとも、女傑の詠唱が淀みなく進もうとも。

 ()()()()()()()()()を込め、命は歌を紡ぎ続けた。

 

「【飢える我が()はヒッポリュテー】!」

 

「【卑小のこの身にっ、巍然たる御身の神力(しんりょく)をッ】!!」

 

 吹き荒れる魔力に顔を押され、隙を晒した体にアイシャの蹴りが突き刺さる。

 大きく間合いを開いた少女に対して、女傑の魔法が完成へと至ろうとする。

 どう足掻いても、命の魔法は間に合わない。

 

 回避を選択すれば僅かな可能性が残るかもしれないが、命はその場から逃げようとしなかった。

 少女が吹き飛ばされたのは空中庭園中央、祭壇正面……春姫が眠る場所の前。

 砲撃を回避すれば、春姫が巻き添えを食らってしまう。回避という選択肢は端からない。

 

「ッ!!」

 

 アイシャの瞳が命を射抜く。

 

『守ってみせろ」。

 

 鋭い眼差しはそう言っていた。

 奪っていくなら、この先も守ると言うのなら、それぐらいやってのけろ、と。

 アイシャの真意を前に、命は眦を吊り上げ────自らの身に宿る魔力の手綱を手放した。

 

「【ヘル・カイオス】!!」

 

 裂帛の咆哮と共に、アイシャが渾身を以て大朴刀を石板に叩きつけた。

 生まれるは斬撃波。水面を切る鮫の背びれの如く、紅色に染まった斬撃の衝撃波が邁進する。

 己より遥かに巨大な紅の斬撃波に対し、命は飛び出していた。

 

「【救え、浄化の光】────ッ!!」

 

 撃たれた瞬間に既に前へ出ており、これからの行動で春姫に被害が被る可能性を消した命。

 その体から制御を失い猛り狂う魔力が濁流の如く迸る。

 

「まさか……!?」

 

 斬撃波が少女の体を斬り裂く……その直前。

 

 咆哮を上げている『魔力』の暴威が臨界に達する。

 少女の行動を察したアイシャが目を見開く中、命は、暴走した『魔力』を解き放った。

 

「────────────────────────────────────────」

 

 ────魔力暴発(イグニス・ファトゥス)

 大爆炎が巻き起こる。

 

 命が行ったのは、意図的な魔力暴走。

『魔力』を制御し切れず暴走させてしまう回避すべき事故現象を、人為的に引き起こした自爆を超えた()()()()

 先日の戦争遊戯(ウォーゲーム)、最後の戦いでヒュアキントスが見せたものを参考にしてしまった自分の身を顧みない、敵の想像の遥か上を行く(いのち)の炎である。

 

「……これで、私に勝てるとでも?」

 

 押し寄せる凶悪な爆風に眉を顰めるアイシャの体に傷はなかった。

 少女の魔力の残滓を帯びる熱風に撫でられながら、彼女は腕を組む。

 

「その覚悟は認めてやる。だが、私の魔法を防ぐためだけにこんなことをしたっていうのなら……?」

 

 爆炎の中、恐らく倒れ伏しているであろう少女に聞こえないとわかっていながら語り続けていたアイシャがふと、何かに気付く。

 目の前に広がる炎と煙の光景……煙が一向に晴れる気配がない。むしろ量を増している。

 煙玉が破裂でもしたのか、と目の前の光景を切り捨てようとする一方で。

 何かが起きようとしている、と失望に満ちようとしていた彼女の胸が期待に膨らんでいく。

 

 次の瞬間。

 

「────ッ!!」

 

「────ははっ、そう来なくっちゃねえっ!!」

 

 黒髪の少女は炎を纏い、大煙を突き破って女傑に迫った。

 自決攻撃により、武器を取り落とし、加えて全身を焼け焦げた血で覆う命は、一切の小細工なく、アイシャへ仕掛ける。

 命の疾走にアイシャの反応がわずかに遅れ、それを察知しながらも彼女は笑った。

 これが最後の攻防だと、本能的に理解したアイシャは迫る少女を迎え撃つ。

 

「…………ッ゛!!」

 

 焼け焦げた喉はまともな音を出さず、声にならない空気の音だけが漏れる。

 焼け焦げた全身は灼熱の痛みを訴え、本来であればまともに動くことなど不可能。

 

 それでも命は歯を食い縛って、立ち向かう。

 ベルから託されたという誇りがある、応えなければいけない想いがある、守りたい人がいる。

 四肢に力を込め、光と雷に身を躍らせ、心を奮い立たせ。

 

 命は、渾身をもってアイシャに突撃した。

 

(────遅い!!)

 

 自決攻撃による反動。

 光と雷が彼女の体を支えようとも、負傷による根本的な能力低下は免れない。

 自らに迫った少女の動きはあまりに重く、遅い。

 大粒の汗を飛ばし、血の涙を流す命にアイシャは容赦することなく、その長脚を放った。

 

「が……っ!」

 

 手に握った大朴刀ではなく、長大な射程(リーチ)を誇る右上段蹴り。

 意識が大朴刀へと向いていたと見られる命は防御行動も回避行動も取ることが出来ずに、側頭部を強かに撃ち抜かれた。

 自らの勝利を確信させる手応えにアイシャは会心の笑みを浮かべ……止まらぬ少女の前進にその笑みが凍り付く。

 

 ここに来てさらに防御を捨て、自らを捧げる()()()()()()

 どんな攻撃が来ようが、その一撃を届けるためにその足を止めることのない執念の塊がアイシャの懐に踏み込んだ。

 

 驚愕するアイシャの眼前で、命は右拳を握り締める。

 全てを注ぎ込み、全てを乗せた拳に全身を覆っていた雷が集中。

 そして、右腕を覆う雷に引き寄せられるかのように、周囲を漂っていた炎が少女の右腕に宿る。

 

 炎と雷の融合。

 突如として発生した現象にアイシャの瞳が限界まで見開かれる。

 血に濡れる瞳を吊り上げ、命は炎雷を纏う拳弾を解き放った。

 

「『ファイアボルト』オオオオオオオオオオッ!!」

 

 焼けた喉から血を吐きながら、その名を無意識に叫んだ少女の拳が叩き込まれ、アイシャの足が地から浮くほどの衝撃を彼女に与える。そして、拳撃の直後、右腕に宿った炎雷が炸裂した。

 自らの力を、託された力を、全てを注ぎ込んだ命が撃てる最後の一撃。

 

 右腕の肘から先を黒焦げにした少女は片膝をつき、宙を舞った女傑を見据えた。

 やがて宙を舞っていたアイシャの体が地面に落ちる。渾身の一撃を食らった彼女の体はそれでも、立ち上がろうと震える腕で地面に手をついた。

 立ち上がろうとするその姿に命は右腕を抑えながら、唇を噛む。あの一撃を叩き込むためにもう全てを使い切ってしまった。これ以上の戦いは不可能だと、魂が叫んでいる。

 

 アイシャの体が完全に立ち上がる。対して命は片膝をついたまま立ち上がることが出来ない。

 ゆっくりと自分に向かってくる彼女に自らの弱さを悔やむように、痛みも忘れて少女は焼け焦げた右腕を握り締めていた。

 

「…………ふっ」

 

「…………?」

 

 せめて目は逸らさないと、アイシャだけを見ていた命はある事に気付く。

 瞳は前髪で隠れて見えていない。しかし、その口元には確かに、笑みが浮かんでいる。

 

「……アンタの覚悟、確かに見させてもらった」

 

「えっ……?」

 

「アンタの……アンタらの、勝ち……だ……」

 

 命の前に立ったアイシャの体がぐらり、と傾く。

 少女の横にうつ伏せに倒れた彼女の体は沈黙した。起き上がる気配は、ない。

 

 

 空中庭園、最終決戦。

 勝者────ヤマト・命。




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