二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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英雄達と金光の少女

「どうしてだっ!?」

 

 二人の女の戦いに終止符が打たれる、その少し前。

 

 女神フレイヤに追い詰められた女神イシュタルは、目の前で自らに心酔していた男を奪われるという、埋まらない『美』の差を思い知らされる光景に、顔を真っ赤にして叫んでいた。

 一人の下界の()に通じなかった事でズタボロだった彼女の矜持は、自分の『美』を遥かに上回っている同じ美神によって、粉々に砕かれる。

 

 何もかもが自分より上。

『魅了』の上書きを最後のきっかけに、それをわからされたイシュタルは目の前で佇むフレイヤに叫び散らす事しかできなかった。

 

「私とお前っ、何が違うっていうんだっ!?」

 

 

「品性」

 

 

 断言。

 

「────」

 

 固まり、絶句するイシュタルに、フレイヤは小馬鹿にするように微笑んだ。

 

「それ以外、ありえないでしょう?」

 

 空白は一瞬。

 瞬く間に凄まじき激憤が女神の体を焼き尽くす。

 

「うっ────うぁあああああああああああああああああああああああああァッ!?」

 

 獣のような怒声を上げ、イシュタルはフレイヤに襲い掛かった。

 美の女神にあるまじき形相で掴みかかろうとするイシュタルに対して、フレイヤは。

 彼女が目の前に迫った瞬間、くるり、と回転した。

 

「────ッ!?」

 

 銀の髪を翻し、イシュタルの突撃を受け流すように躱したフレイヤは彼女と立ち位置を入れ替える。彼女の背後に広がっていたのは、崩れた屋上の崖。

 瞠目し、踏鞴を踏みながら何とか踏み止まったイシュタルは、背後から近付く破滅の足音に慌てて振り返った瞬間、どんっと胸を押される。

 右手でイシュタルを突き飛ばしたフレイヤは、もう一度、右手で突き飛ばす。

 

 後退する体。崖の際に迫る足。もう後がない。

 宮殿の下に広がる黒い地上が、彼女を呑み込もうと顎を開く。

 

「まっ────」

 

 ぱんっ、と。

 イシュタルの最後の言葉は乾いた音で遮られた。

 フレイヤの左手が彼女の頬を叩く。それで終わりだった。

 

 無慈悲に顔を張られ、ぐらりと傾いたイシュタルの体は、落下した。

 

「フ────フレイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 断末魔の声を上げるイシュタルは遥か上方から落ちていく自分を見るフレイヤを睨み付ける。

 何故自分がこうなっている、本来であれば自分とあの女の位置は逆で、など最期の瞬間まで憤怒と憎悪に満ちた思考を重ねながら、彼女の言葉を思い出す。

 

 ────あの子は絶対に私の()()にする。

 

 ────私のモノに手を出す女神(オンナ)は、絶対に許しておけない。

 

 横暴なまでの独占欲を秘め、黒い炎を帯びる執心の瞳と共にそんなことを彼女は口にしていた。

 その時がすぐそこまで迫ったイシュタルはそこでようやく気付く。

 

 自分が決して選んではいけない最悪の選択肢を選んでしまった事を。

 ベル・クラネルという下界の子に興味を示した時点で、自分の破滅は確定していた事を。

 

 もう、何もかもが遅かったが。

 

 ぐしゃっ、と。

 神の体が潰れる怖気の走る音が地上で鳴り響いた。

 

 フレイヤが引導を渡すように指を鳴らした次の瞬間、巨大な光の柱が地上に突き立つ。

 下界から去った女神の末路に、美神は残酷な表情で笑みを漏らす。

 

「これに懲りたらもう悪戯はしないことね、イシュタル。もう遅いかもしれないけど」

 

 一笑し、光の柱から背を向けた銀の女神は屋上より、空中庭園の方角を見つめる。

 まるでそこにいることがわかっていたかのように、膝をつく少年を見つけたフレイヤは、冷酷だった瞳に『熱』を宿し、囁くようにその言葉を彼に告げた。

 

「────愛してる」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「神の送還……!?」

 

 フリュネを下し、オッタルに諭されたベルは命とアイシャが戦う空中庭園へと戻ろうとしたところで、背後で上がった巨大な光の柱に目を見開いた。

 あの日と同じ、神々しさすら感じる凄まじい力の波動と幻想的な光景。誰もが目を奪われるであろうその光景に少年は、口元を抑え、喉の奥からせり上がってくるものを必死に抑えた。

 

「はぁ……はぁ…………?」

 

 世界を照らす光輝が収まりつつある中、膝をつき、何とか抑え込んだ少年が顔を上げると、まるで引き寄せられるかのように、誰かの姿を視認する。

 逆光となり、影となった姿しか見えないが、外壁に位置する場所に立つ自分を確かに『視ている』誰かを呆然と見つめていた少年は。

 

「女神、様…………ッ!?」

 

 影となっても、魂に触れてくる圧倒的な『美』にその場を飛び退いた。

 僅かに見えたのは銀色の瞳と口元に浮かんだ確かな微笑み。

 

 そして。

 

『愛してる』

 

 たった一言。

 彼へ声が届かずとも、姿が見えずとも、その影は少年に愛を囁いていた。

 

「あの視線は……」

 

 身に覚えのある全身を舐め回すような視線……無遠慮な()()()()

 その持ち主がすぐそこにいるというのに、ベルが動くことはなかった。

 今からあそこに向かったとしても、恐らくあの女神はすぐにその姿を消す。姿を見せたのは気まぐれか何かだろうと断定した少年は、外壁を駆け、空中庭園へと向かう。

 

 予想通り、一瞬視線を外したその間に女神はいつの間にか姿を消していた。

 まるで幻でも見ていたかのような錯覚に襲われる『美』を振り払ったベルは、最後の戦いが終わった空中庭園へと足を踏み入れる。

 

「…………」

 

 女戦士(アマゾネス)に埋め尽くされ、禍々しい真紅の輝きを放っていた空中庭園は嘘のように静まり返り、静謐な青白い光に満たされていた。

 その中心、祭壇の上に二人の姿を見つけたベルはゆっくりとそこに近付く。

 

「命さん」

 

「ベル殿……ご無事でしたか」

 

 ベルの呼びかけに春姫を抱き締めていた命が顔を上げる。

 彼女の腕の中で眠る少女に淡い微笑みを浮かべた少年は命と顔を合わせ、互いに笑い合った。

 

「終わりましたね……」

 

「はい。僕達の勝ちです」

 

 やがて、命の腕の中で春姫の瞼が震え、身動ぎをする。

 二人が見つめる中、うっすらと翠の瞳を開けた少女は、ぼんやりと二人の顔を見上げた。

 

「クラネル、様……命、ちゃん……?」

 

 少女の双眸と、二人の視線が交互に交わる。

 無事に目を覚ました同郷の少女に感極まったのか、命は彼女の体を強く抱き締めた。

 涙ぐみながら自分を抱き締める彼女に春姫は、狐の耳と尻尾を立てて、おずおずと命の背中に自分の手を回し、抱き締め返す。

 釣られたように涙を浮かべながら抱き合う二人を見ていたベルは、邪魔をしないようにそっと、春姫の首元……彼女を縛る黒い首輪に触れた。

 

 春姫に影響が出ないように調整された雷が首輪を走る。

 次の瞬間、黒い首輪は砂のように崩れ、夜風に吹かれて何処かへと消えていった。

 

 何年も少女を苦しめ、縛り続けていた最後の呪縛は今、解かれた。

 命の胸の中から顔を上げた春姫は、ベルと傷だらけの命をもう一度交互に見遣り、信じられない現実に翠の瞳から一筋の涙を流す。

 

「こういう時、なんと言えば良いのでしょうか……」

 

 春姫に見つめられる命が涙を拭いながら、苦笑する。

 気の利いた言葉を探し、四苦八苦する彼女にベルは小さく笑った。

 

「……ありきたりで単純ですけど、今は……この言葉が一番だと思います」

 

 命の耳元で囁き、その言葉を伝えたベルは、抱き起こされた春姫の手をそっと取る。

 同じく命もまた、少年に倣うようにもう片方の手を取った。

 

 ベルが命に囁いたのは、春姫が好きな英雄譚を参考にした言葉。

 今の彼女にとって、これ以上の言葉はない。

 

 春姫の手を取り、その瞳を見つめた彼女の英雄(ふたり)はその言葉を口にした。

 

『貴方を、助けに来ました』

 

 見開かれた春姫の瞳が涙を零し、次には、一杯の笑みを咲かせる。

 全てを諦めた笑みではなく、儚さが消えた少女の本当の笑顔に、二人もまた思い切り破顔した。

 

「ありが、とうっ……英雄、様」

 

 その言葉に命は子供のように、ベルはどこか誇らしげに、屈託のない笑顔を返す。

 泣きながら笑う狐人(ルナール)の少女と共に、二人は喜びと嬉しさを分かち合った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「こんなことになってしまうなんて……」

 

 都市を囲む巨大市壁。その南東部から歓楽街を見下ろす優男の神は悲嘆めいた声を出す。

 羽付き帽子を被ったヘルメスは、背後の従者(アスフィ)を置き、市壁の上から街を眺望していた。

 

「オレがベル君の存在をイシュタルに漏らしさえしなければこんなことには……ああ、なんてことだ、胸が痛む……」

 

「で、どこまでが()()()()なのですか?」

 

 芝居がかった神の隣に立ったアスフィが冷たい瞳と共にそんな言葉を投げかけた。

 片手で顔を覆い、天を仰いでいたヘルメスの雰囲気が豹変する。偽りの嘆きを即座に消し去り、顔を覆った掌の下で唇を吊り上げた。

 

「断っておくが、オレは最初からこんなことを望んでいたわけじゃない。何か面白くなりそうだから、オレは火種(きっかけ)を放った……それがここまで燃え広がるなんて予想外だ」

 

 よく言います、とアスフィは眼鏡の奥の碧眼を鋭くする。

 ヘルメスの語る通り、彼は種を蒔いただけに過ぎない。

 

「そう……全ては予想外だ。イシュタルの嫉妬がオレの予想を裏切って遥かに大きく、凄まじく、そしてフレイヤ様の愛がオレの予想を裏切って、遥かにベル君に傾いていた」

 

 女神の嫉妬は怖いなあ、と心底おかしそうな声音で話す己の主神にアスフィは何も言わない。

 ただ、主神の言葉を静かに待つ。

 

「そして何より……オレが思っていた以上にベル君はお人好しだった」

 

 とある巨大な宮殿を見つめ、ヘルメスは目を細める。

 彼にもたらしたのは『殺生石』の情報のみ。身請けについての情報も伝えたが、明確な助言は一つも与えず、少年の意志に全てを委ねた。

 ベルがイシュタルの元から逃げ出す、あるいは狐人(ルナール)の少女を見捨てれば、フレイヤはこの段階ではまだイシュタルを滅ぼさなかっただろう。

 

 だが、彼は向かった。たった一人を見捨てず、全てを拾い上げる覚悟をもって。

 

「一番の予想外はベル君の状態だ。数日前に死にかけて、治療院に運ばれたばっかりだって言うのに、彼は立ち向かった。本当、無茶をするよ」

 

 最悪に近い状態だったはずなのに、【イシュタル・ファミリア】に立ち向かい、目的を果たした少年をヘルメスは目の笑っていない苦笑と共に賞賛した。

 後遺症が残らないといいけど、と呟く主神の言葉に耳を傾けていたアスフィは、ややあって、問いかける。

 

「そんな状態の彼を止めなかったのは何故ですか? 彼と神フレイヤの関係を利用した不穏分子(イシュタル・ファミリア)の壊滅が目的ですか? それとも娯楽? あるいは……()()、ですか?」

 

 どこか非難がましい目を向けてくる眷属の問いに。

 ヘルメスは、一笑した。

 

「人も、神々も……あんな一人の女の子だって求めている。みんなそうさ」

 

 市壁の眼下。

 光の柱が突き立ったことに、通りに出てくる数え切れないヒューマンと亜人(デミ・ヒューマン)

 随所で歓楽街の動向を見守っていた神々。

 そして、少女に抱き締められる狐人(ルナール)の少女。

 

 両手を広げ、それらの光景を眺めた後────最後に少女達と共にいる一人の少年を見据えながら、ヘルメスはこの世界の核心に迫った。

 

「世界は『英雄』を欲している」

 

 残された『三大冒険者依頼(クエスト)』の一つ、隻眼の黒竜。

 

切り札(ジョーカー)が必要だ」

 

 都市に蠢く闇。

 

「闇を打ち払う白き光が」

 

 全ての元凶であるダンジョン。

 

「選ばれた者達を救う鐘の音が」

 

 平和な日常の裏に潜む厄災と破滅の爆弾。

 その全てを打ち砕くためには。

 

「いつか、『約束の時代』を担う最後の英雄が」

 

 世界が今も切望する、『英雄』の誕生は急務であると、ヘルメスは断言する。

 

大神(ゼウス)、貴方が成し遂げられなかった使命はこのヘルメスが、いやこの(オラリオ)が成し遂げよう」

 

 月夜の闇を纏いながら、男神は高らかに告げた。

 

「世界が望む悲願のために……オレ達が、彼を最後の英雄へと押し上げてみせる」

 

 誓いを立てるように宣言し、遠方にいる少年を見たヘルメスは身を翻す。

 既に全ての決着はついた。もうここにいる理由はない。

 

「……ゼウス、オレはあの白い光に全てを賭けるぞ」

 

 冒険者達を奮い立たせ、階層主を打破した純白の極光。少年の魂の輝き。

 神の『全知』を覆し、ヘルメスに予兆を感じさせた少年の【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】。

 次の冒険がそこまで迫っていることを予期しながら、ヘルメスはその場を去っていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

【フレイヤ・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】の抗争から数日後。

 

 都市からは未だに衝撃が抜け切れていない。歓楽街を支配していた大派閥(イシュタル・ファミリア)の文字通り完全消滅はあらゆる者に多大な影響を及ぼしている。

 冒険者、【ファミリア】、商人、ギルド、神々と例を挙げれば枚挙に暇がない。

 

 神々を中心に、【フレイヤ・ファミリア】へ様々な負の感情が集められたが、膨大な罰則(ペナルティ)をギルドが課したことにより、その溜飲は下がっていた……表向きはそうなっている。

 実際のところは、怒りや恨みといった感情以上に【フレイヤ・ファミリア】にはこれまで以上の畏怖と恐怖が募り、一部の派閥を除いて誰も彼女達に声を上げることは出来ていなかった。

 

 その一方で、主神を失った【イシュタル・ファミリア】の団員達は。

 早くも多くの者達がそれぞれの道を歩もうとしていた。

 

「春姫、本当にいいのか?」

 

 うららかで、とても眩しく、涙が出てしまうほどに暖かな太陽の下で。

 春姫は向き合っているタケミカヅチから語り掛けられる。

 

「お前が望むなら極東に帰してやれるぞ。まぁ屋敷には戻れないだろうが……俺達の社に行けば女神(ツクヨミ)達が泣いて迎えてくれる筈だ」

 

「ありがとうございます、タケミカヅチ様。ですが、私は大丈夫です」

 

 何年経っても変わらない、子を思いやる神の慈しみが宿る武神の瞳に見つめられた春姫は、胸に両手を添え、微笑む。

 春姫の意思を受けたタケミカヅチはそれを否定することなく、笑みと共に頷いた。

 

 主神が話を切り上げたのを見た彼の眷族……春姫と同郷の者達が彼女の元に集まる。

 春姫は前髪の奥で涙ぐみながら笑う千草に笑い返し、生真面目に気付けなかったことを悔やむ桜花には首を横に振っていた。

 

「良かったね、タケ……」

 

 新築同然の館の前では幼い女神とその眷属達が武神の眷族達と春姫が再会を喜ぶ姿を見ている。

 友の笑みに女神もまた笑みを浮かべ、そのすぐ近くではアイシャとベルが話し込んでいた。

 

「アンタの腕、そこまで酷かったのかい」

 

「あははは……」

 

 ベルの隣に立つアイシャは改めて彼の左腕を見る。

 その腕には物々しい鍵付きの拘束具(ギプス)が装着されていた。

 

「あの時は着けてなかったみたいだけど?」

 

「歓楽街に向かう時に自分の手で固定包帯(ギプス)は外したので……脱走した事とそれについてすごく怒られて許可なく外せないように、とこれに替えられました」

 

「なるほどね……そんな状態でよくもまあ春姫を奪おうと思ったもんだよ」

 

「もう時間がなかったので。それに、腕が一本動けないぐらいなら【イシュタル・ファミリア】と戦えると思って…………思っ、て……?」

 

「ん?」

 

 突然、言葉を詰まらせたベルにアイシャが視線を向けると、少年はまるで自分の言葉を思い返すように、あるいは疑うように、顎に手を当てていた。

 どうかしたのか、と首を傾げたアイシャだったが、そこで自分達の元に駆け寄ってくる春姫に気付く。

 

「もう、いいのかい?」

 

「……あ、春姫さん!」

 

 笑いかけてくるアイシャ、一拍遅れて嬉しそうに笑うベル。

 二人の笑みに春姫もまた微笑みを返した。

 

「はい、タケミカヅチ様達とのお話も済みました……あの、アイシャさん、今まで本当に」

 

「辛気臭い話はやめな、そういうのは嫌いなんだ。それに私は私がやりたいようにやっていただけさ。お前に感謝される筋合いなんてないよ」

 

 これまでのことに礼を言おうとする春姫の言葉を遮って、アイシャが鼻で笑い飛ばす。

 おろおろとする春姫に、彼女はそこで真剣な顔つきとなった。

 

「幹部や戦闘娼婦(バーベラ)の連中には口止めした。お前の魔法(こと)は簡単には明るみにならない筈だ。もし使うことがあっても……くれぐれも人目は忍ぶんだよ」

 

「アイシャさん……」

 

「ベル・クラネル、団長であるアンタもだよ。この子の力についてはもう聞いてるだろ? 使うなとは言わない、だが使う場面は絶対に間違えちゃダメだ。下手に明るみに出たらどうなるかは、もうわかってるよね?」

 

 本人と彼女のこれからの団長へ。

 厳重に釘を刺してくるアイシャに二人は真剣に頷く。

 それを見た彼女は晴れ渡った青空を見上げた。

 

「さて、私もとっとと仲間に入れてくれそうな【ファミリア】を探すよ。本当はこの【ファミリア】に入りたかったんだけどねぇ」

 

「き、君はダメだ! 絶対に、ベル君に悪影響が出るっ!? というか食べられるッ!!」

 

 ベルへ流し目を送ったアイシャの言葉が届いたのか、少し離れた場所で幼い女神が声を荒げる。

 楽しそうに笑いながら肩を竦めたアイシャは、どこか清々しい表情を浮かべていた。

 

 彼女もまた、イシュタルの呪縛に囚われていた者の一人。

 本当の自由を手に入れたから、そのような表情を浮かべているのか。

 

 そう思いながら、自分自身、どんな感情を抱いているのかまだわかっていない春姫も。

 彼女と同じく、澄み渡った青空を見上げた。

 

「ベル・クラネル、それと……ヤマト・命!」

 

「は、はい!」

 

 去り際、彼女はベルと命の名を呼んだ。

 近くにした少年はともかく、少し離れた場所で三人を見ていた命は呼ばれた事に驚きながらも、すぐに彼女の側に寄る。

 

「アンタら、しっかりやんなよ。あれだけの見栄を切ったんだ。私の()()()()()にもしものことがあったらタダじゃおかないからね」

 

「はい、任せてください」

 

「だ、大丈夫です! 春姫殿は、自分が守ります!」

 

 もう一度だけ覚悟を確かめたアイシャは、二人の顔つきに安心したように微笑む。

 次に春姫を見た彼女は、どこか嬉しそうにもじもじしている狐の少女の額を指で軽く弾いた。

 

「こんっ!?」

 

「へっぽこ狐、アンタもだよ。まぁ、何かあったらおいで。相談ぐらいには乗ってあげるよ」

 

「……ありがとうございます、アイシャさん! 今まで、ありがとうございました!」

 

 背を向けて歩いて行ったアイシャは、春姫の言葉に振り返ることはせず、手だけを振って館の敷地から去っていった。

 その後ろ姿が消えた後もしばらく眺めていた春姫は、ゆっくりとベル達の元に振り返る。

 

「そ、それでは……私、サンジョウノ・春姫と申します。こ、この度はヘスティア様の【ファミリア】に入団させていただいて……」

 

「あー、堅苦しいことはいい。俺もまだ入団して日が浅いが、よろしく頼む。ヴェルフ・クロッゾだ。下の家名では呼ばないでくれ」

 

「こちらこそよろしくお願いします、春姫様。リリルカ・アーデです」

 

 緊張からか、固くなる春姫にヴェルフとリリが笑いながら自己紹介をする。

 知らない人達との名前の交換、それだけの行為が彼女にとっては新鮮で、とても嬉しく、春姫は「はい!」と笑って頷いた。

 

「ベル君と命君は元々知り合いだったから、ボクが最後だね。ボクがこの【ファミリア】の主神のヘスティアさ。君のことはもう色々と聞いている。歓迎するよ、よろしくね」

 

 春姫より小さな女神は大きな胸を張って、言葉通り彼女を迎え入れる。

 本当に自分を受け入れてくれたのだと、噛み締めながら春姫は何度もヘスティア達にぺこぺこと頭を下げていた。

 

「んじゃ、挨拶も終わったし……新しい入団者だ、今日は羽目を外してもいいんじゃないか?」

 

「おっ! わかってるじゃないかヴェルフ君! よしっ、今日は春姫君の歓迎パーティーだ!」

 

「や・め・て・く・だ・さ・い!? 歓迎パーティーは賛成ですが、いきなりは無理ですー! ただでさえ散財癖があるのにさらについてしまったら派閥(ファミリア)は……!」

 

 ヘスティアとヴェルフがニヤリと笑い合い、突発的な提案を止めようとリリが食って掛かる。

 楽しそうに言い争う三人の姿は春姫からしたらとても微笑ましく、何だかここなら上手くやっていけそうだ、なんてそう思えてしまった。

 

「固いことを言うなってリリスケ! なぁ、お前らもパーティーを開くべきだと思うだろ!?」

 

「ベル様、命様! ここはビシッとお二方が決めて」

 

「そうだね、春姫さんの為にここはやっぱり」

 

「ベル様ぁー!?」

 

「自分も賛成です! タケミカヅチ様達も呼んでも良いですか!」

 

「ぎゃああああああああ!?」

 

 期待の込められたリリの瞳にベルと命は満面の笑みを返す。

 最後の望みであった二人が賛成派だったことにリリは叫び声を上げて、彼等のやり取りを見ていた春姫はそこでついに耐えられなくなり、可愛らしい笑い声を上げた。

 

 紅の着物を着た少女を中心に喧騒と笑い声が広がっていく。

 新たに彼等の家族(ファミリア)となった狐人(ルナール)の少女もまた、儚さも憂いも忘れ、心から笑った。

 空は快晴。澄んだ蒼穹に神と眷属達は見守られる。

 新しい家族を歓迎するかのように、館に飾られたエンブレムが、日差しを浴びて輝いた。




今回の話をもって、今章は終幕となります。
お付き合いいただきありがとうございました。

ベルが発動したスキルなどは次章、異端児編かそれ以降の章への持ち越しとなります。
その前にいくつかの話を書かせていただきますが、どうかご覧いただけると幸いです。

ここまで見ていただきありがとうございました。
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