二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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サイド・ストーリーズ
『エルドラド・リゾート』


「貴方はもう少し自分の身体を大切にしてください」

 

 治療院に戻ったベルは絶対安静の身で治療院を脱走した事と動かしてはいけないと厳命されていた左腕の固定包帯(ギプス)を外した事を中心にアミッドを筆頭とした治療師達から凄まじい叱責を受けた。

 アミッド以外の治療師がいなくなり、残った彼女の手によって左腕の再度の固定だけでなく痛々しい火傷の跡が残っている右腕を治療されているとそんな言葉を彼女が呟く。

 

「貴方が冒険者である以上、無茶をしなくてはいけない状況があるのでしょう。それを重々承知の上で申し上げさせてもらいますが、貴方は自分の傷に無頓着なきらいがあります」

 

 ベルの右腕の治療を続けながら、アミッドは言葉を続けた。

 

「貴方が懇意にしているミアハ様達にもお話をさせていただきましたが、彼等もそれについては同意見だと仰っていました。今はまだ取り返しのつく範囲で何とか収まっていますが……」

 

 拘束具(ギプス)で固定し直したベルの左腕を見つめ、彼女は多くの患者を見てきた治療師としての見解、そして少年と親しい医神とその眷属の見解を彼に述べた。

 

「これ以上の無理を重ねるようであれば、貴方の左腕は二度と動かなくなる可能性が極めて高いです。私が魔法を使用しても未だにほとんど動かないことがその証明になります」

 

【イシュタル・ファミリア】との戦いから一夜。

 あの戦いにおいてほとんど使わなかった、使えなかった少年の左腕は全く動かすことが出来なくなっていた。拘束具(ギプス)で固定されているからなどではなく、動かそうとしてもピクリとも動かず、さらに言えば動かすという意識を向けるだけで激痛が巻き起こる程に悪化していた。

 

 もしもあの戦いでそんな左腕を使っていれば……待ち受けていた未来は既に彼女が語っている。

 

「自分の状況を理解して頂けたのであれば、今後のことについてです。先ほど話した通り、貴方の左腕が間違っても動かぬよう、しばらくの間は厳重に固定させていただきます。当然ですが、ダンジョン探索などの激しい運動は禁止となります」

 

 その後は禁止事項などを資料を交えて少年に伝え、それで診察及び治療は終わりとなる。

 入院などの話も特になく、ベルはそのまま帰路についたのだった。

 

 それが歓楽街の決戦の翌日のことである。

 

「何をしようかな……」

 

 春姫の歓迎パーティーの翌日。

 アミッドの話を思い浮かべながら、ベルはオラリオの街並みを歩いていた。

 激しい運動の禁止……当然素振りを初めとした訓練などもすることが出来ず、ヘスティア達の手によって館の手伝いも禁止された少年は色々な場所を巡っていく。

 

(こうやってゆっくり街の中を歩くのもなんだか久しぶりの気がするなあ)

 

 当てもなくぶらぶらと、食べ物や飲み物を食べ歩きながら、平和な時間を過ごしていく。

 激動の数日間を過ごした影響からか、張り詰めていた神経(モノ)が少しずつ解れていくのを感じながら、ベルは一度休憩するために近くにあったベンチへと座った。

 

「あれ、ベル君?」

 

「はい?」

 

 何も考えずに少年が温かい陽の下でぼんやりとしていると、不意に誰かが彼の名を呼んだ。

 ぼけーっとしながらゆっくり、声のする方を向くと、赤髪の女性が近付いてくる。

 

「あ、アリーゼさん」

 

「久しぶりね、今日は一人? 随分と緩んだ顔を……それ、どうしたの?」

 

 近付いてきたのは眼帯で片目を覆った女性、アリーゼ・ローヴェル。

 都市外の冒険者依頼(クエスト)以来の再会に彼女は笑みを浮かべていたが、ベルの左腕を見て、その笑みが凍り付く。

 

「えっと、ちょっと色々とあって……」

 

「……色々と、で済ませていいようなことじゃないと思うのだけど……まあ、あまり深く聞いても君を困らせちゃうわね」

 

 右手で頬をかきながら苦笑を浮かべるベルにアリーゼは何か言いたげにしつつもそれを胸の内に仕舞い込んで、同じく苦笑を浮かべた。

 隣いいかしら?、と言う彼女にベルは少しずれ、元々ベルがいた場所にアリーゼが座る。

 

「一人の時間の邪魔になってたら言ってね?」

 

「いえ、そんなことはないです。ゆっくりと一人で街を見て回ったところだったんですけど、そろそろ誰かと話もしたいなって思ってたので」

 

「そう? なら良かった!」

 

 穏やかだった一人の時間に賑やかさが加わり、自然とベルの笑みが増える。

 軽い近況報告などを交わしながら、珍しい組み合わせに時々注目を集めながら、普段はあまり話す機会のない二人は話を続けた。

 

「っと、少し話し過ぎたわね」

 

 小一時間ほど、色々と話題を変えながら話していると、アリーゼが突然話を切り上げ、立ち上がる。頭に疑問符を浮かべてベルが彼女を見ると、彼女は表情をわずかに曇らせていた。

 

「ごめんなさい、用事があるからここで失礼するわ。突然押しかけて突然いなくなるだなんて勝手だけど、話に付き合ってくれてありがとう、ベル君」

 

「用事、ですか?」

 

 わずかに曇った表情に気付いたベルは一瞬の躊躇いの後、彼女に問う。

 

「もしかしてですけどその用事、あまり手がかりとかがないんじゃないですか?  あるいはアリーゼさんでも一人じゃ解決できないとか……」

 

 わずかな表情の変化からの予想。

 それが当たったのか、立ち去ろうとしていたアリーゼの足が止まり、ベルの方へと振り向いた。

 

「よくわかったわね。もしかして、顔に出てた?」

 

「ちょっとだけです。ほとんどの人は多分わからないと思いますけど……さっきまで話をしてたことと急に表情が変わったことが少し気になったので、聞いてみたら当たっちゃいました」

 

 眉を下げるアリーゼにベルは冗談っぽく笑う。

 わかっちゃったならまあいいか、とでも言いたげに立ち去ろうとするのをやめ、先ほどまで座っていたベンチに戻ったアリーゼは囁くような声でベルに問いかけた。

 

「バレちゃったし、一応君にも聞いておくんだけど……『エルドラド・リゾート』の名前、それか娯楽都市(サントリオ・ベガ)最大賭博場(グラン・カジノ)って知ってる?」

 

「『エルドラド・リゾート』、最大賭博場(グラン・カジノ)……名前だけなら聞いたことがあります」

 

 アリーゼに倣い、声量を下げたベルがその問いに答える。

 知識としては知っているが、詳しい実態はよくわかっていないという答えに彼女は頷くと話を続けた。

 

「数日前に私達に依頼があったの。賭博相手に嵌められて賭けの担保にされた娘を助けてくれって涙ながらにね」

 

「依頼……冒険者依頼(クエスト)ならギルドや【ガネーシャ・ファミリア】に届け出を出すべきなんじゃ……」

 

「似たような依頼がたくさん溢れているから、それだったらいつその子を取り戻せるのかはわからないわ。私達を頼ったのは藁にも縋る思いってやつかしら」

 

 ベルの言葉に首を横に振ったアリーゼは極東の言葉で依頼者の心境を推測する。

 

「私達は……探索系の【ファミリア】だけど都市の治安維持にも協力してるから、それで頼ってくれたと思うの……ここ数年はほとんどそんなことはなかったのだけどね」

 

 眼帯にそっと触れるアリーゼはどこか自嘲するように笑う。

 彼女の様子が気になる所ではあったが、ベルはそこには触れない。

 言葉にしつつも触れられたくないという雰囲気を即座に見抜き、その雰囲気を変えるようにアリーゼに言葉の続きを促した。

 

「……その依頼に『エルドラド・リゾート』が関係してくるんですね?」

 

「ん、そんな感じ。色々と調べてもらった結果、厄介な人に買われたことがわかってね。やることはもう決まってるんだけど、そこまで繋げるにはどうしたらいいのか悩んでるの」

 

『エルドラド・リゾート』とは、繁華街にある大賭博場(カジノ)、その中で最も力を持つ最大賭博場(グラン・カジノ)と呼ばれている大賭博場(カジノ)の名だ。

 迷宮都市(オラリオ)にある娯楽施設の中で大賭博場(カジノ)とは大劇場(シアター)に並んで有名な施設。

 オラリオの環境によって、誘致された娯楽都市(サントリオ・ベガ)などを上回る発展を遂げた結果、生まれた産業成果は魔石産業に追随する程のものであり、今やギルドですら蔑ろに出来ない。

 そのような経緯もあって、運営を主導するのは外資を投じた他国の施設側。ギルドですら容易に口を出すことが出来ず、付いた名が『オラリオの治外法権』。

 

「ガネーシャ様の眷族達が守衛として大勢いるから侵入はまず無理。出来てもすぐに拿捕されるのが調べてくれた情報屋の友達の言い分。これには私も同意ね」

 

「オラリオの人だけならともかく、都市外から色んな人も足を運んでくるから手荒な真似もできませんね。騒動が起きれば都市の評判に関わりますし、外交問題にもなるかもしれません」

 

「……よ、よくそこまで考えられるわね。情報屋の友達も同じことを言ってたわ。最悪、それを無視したら色々と出来ないこともないけど……それは本当の最終手段ね」

 

 いつの間にか同じ依頼を受けた仲間のように話す二人だったが、そんな状態に気付くことなくさらに話を深めていく。

 声量の関係上、ベンチに座ってほとんど密着している二人に好奇の視線が集まるが、近付こうとする者や聞き耳を立てる者はほとんどいない。

 

「施設の裏の警備も厳重って話だし、いっそのこと地下に穴でも掘っちゃおうかしら」

 

「あはははは、それが出来たらアリーゼさんも苦労してないんじゃないですか?」

 

「まあ、そうね!」

 

 冗談めかしく呟き、笑うアリーゼにベルも苦笑を浮かべる。

 助け出す気は満々だが、そこに至るまでの方法が見当たらない。

 

「招待状を譲ってくれる富豪様とか、それか大賭博場(カジノ)の良客が知り合いにいてくれたらこんなに考えなくてもいいのだけど……」

 

「そんなに都合の良い人がいるわけ……!?」

 

 手詰まりだとお互いに溜息を吐きそうになり、直後に息がかかりそうな距離に互いの顔があることに気付いたベルは慌てて距離を取り、その反応にアリーゼも苦笑しながら少し離れようとする。

 ベルに当てがあるとしたらヘルメスとその眷属達だが、他派閥である以上頼ることは難しい。話してくれて何だが、自分では力になれないと少年はポツリと呟く。

 

「他に何か大賭博場(カジノ)に入る方法は────」

 

大賭博場(カジノ)に入りたいって言ったかあっ、【リトル・ヒーロー】?」

 

 呟いた瞬間、話は聞かせてもらったとでも言わんばかりの大声が響く。

 驚いた顔を揃って浮かべ、声のした方向を二人が見ると、そこには三人の冒険者がいた。

 

「モ、モルドさん?、と、えっと……スコットさんに、ガイルさん……で合ってますか?」

 

「おう、覚えててくれたんだな」

 

「まあ、あんだけのことをされたんだから嫌でも覚えるか」

 

 荒くれ者と呼ぶに相応しい強面の男とその仲間達。

 彼等の名を呼んだベルが自分に声を掛けてきたことに困惑していると隣に座っていたアリーゼが立ち上がり、ベルとモルド達の間に立ち塞がった。

 

「あぁん? なんだ嬢ちゃ……げっ!? 【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】!?」

 

「今、ベル君は私とお話をしているのだけど、貴方達が彼に何の用かしら」

 

 眼帯で塞がれていない右目で彼等を軽く威圧するアリーゼ。

 モルド達三人が中心となって行われたベルへの所業を知っている彼女は懲りずにまた絡んできたのかと慌てふためく三人を見つめるが、それをベルもまた慌てて止めにかかった。

 

「ア、アリーゼさん! 大丈夫です、多分! モルドさん達から敵意は感じませんから!」

 

「……本当かしら?」

 

「あ、当たりめぇだ!? 俺達はそこのガキが大賭博場(カジノ)に入りたいってのをたまたまそこで耳に挟んだってだけで……そもそもLv.4とLv.5にたった三人、しかも地上で喧嘩を売るほど俺達は間抜けじゃねえ!」

 

 ベルの特に根拠のない説得とモルドの必死の弁解を受けたアリーゼはそんな二人に交互に視線を移したかと思うと、モルド達に向けていた圧を霧散させた。

 警戒こそ完全には解けていないものの、Lv.5から向けられる圧に委縮し切っていた三人はそれが消えたことにほっと胸を撫で下ろす。

 それを見たベルはアリーゼの隣に立つと、頬をかきながら三人を見遣った。

 

「ええっと……それでモルドさん達は僕に何の用ですか? 話を聞かれてたみたいですけど、それと何か関係が……?」

 

「用はねえ。声を掛けるつもりもなかったし元々は遠目で見といてさっさといなくなろうと思ってたからな。ただ、大賭博場(カジノ)がどうのって聞こえてな……思わず声をかけちまったんだ」

 

 大賭博場(カジノ)の話が聞こえたから声をかけた。

 モルドの話がベルの中ではまだ繋がっていないようで未だ困惑しているが、アリーゼは一足先に話が繋がったのかもしや……、と目を細める。

 

「お前ら、大賭博場(カジノ)に行きてえんだろ?」

 

「えっと……は、はい」

 

「なら俺達が連れてってやる。お前らの事情も話さなくて良い」

 

「えっ!?」

 

 彼の言葉にベルが驚きの声を上げると、モルド達は笑った。

 その笑みに悪意はなく、彼等の笑みから善意、他には恩義のようなものを感じ取ったベルは益々困惑することになる。

 こんな都合の良いことがあるのか、とベルがアリーゼの方を向くと、彼女は真剣な表情でじっと三人のことを見つめていた。

 

「……お前らってことは、私も一緒に行っていいのよね?」

 

「一人も二人も変わんねえ、別にいいぜ。第一級冒険者様が一緒に来てくれるなら荒事が起きても頼りになりそうだからな」

 

大賭博場(カジノ)の場所は? 『エルドラド・リゾート』にも入れるのかしら」

 

最大賭博場(グラン・カジノ)か……まぁ、行けるぜ。俺達もそこに入るのは初めてだけどよ」

 

 冒険者ではなく憲兵、あるいは『正義の使徒』。

 今の彼女の雰囲気はそう表すべきものだとベルは思わずそう考えた。

 モルド達への問いかけを終わらせたアリーゼは一つ頷くと、ベルの耳元に口を寄せる。

 

「思わぬ縁ね。ただこれで救出の目処が立った。君と話せてなかったら手荒な真似を執らざるを得なくなってたかも」

 

「いえ、僕は話を聞いていただけで何も……モルドさん達が声を掛けてくれなければ何も力になれてませんでしたし」

 

「そんなことはないわ。でも、もしまだ力になりたいって思ってくれてるのなら、今回の件、正式に貴方にも協力してもらいたいのだけれど、どうかしら?」

 

「僕個人としては力になりたいと思ってます」

 

 モルド達の耳に入らぬよう、怪訝な顔をする彼等の前で二人は話す。

 先ほどまでの話し合いはなんだったのか、とんとん拍子に話が進んでいく。

 

 アリーゼが受けた依頼に正式に協力することを決めたベルは、改めてモルド達と合流時間や地点を話し合い、一度解散する運びとなったベルは本拠(ホーム)へと帰宅することにした。

 都合の良いことに今日一日、許可を得る必要のあるヘスティアとリリはホームにいない。二人は共にバイトに向かっており、その後の飲み会にも強制参加させられるからである。

 館に残っているのはヴェルフと命、そして春姫。

 事情を話せば、ある程度は目を瞑ってくれる者達のみ。

 

 彼等に事情を話し、何とか許可を得たベルは大賭博場(カジノ)に向かう準備を進める。

 オラリオが宵闇に包まれる少し前、ベルは本拠(ホーム)を出て、合流場所へと向かうのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 迷宮都市オラリオの巨大市壁の南にある都市門。

 厳重に封鎖されている巨大市壁の中で唯一開け放たれているその都市門の外から南のメインストリートにかけて馬車と付き人の長大な列が続いていた。

 検問を通過して都市に入った馬車から降りる亜人(デミ・ヒューマン)達は誰もが華美な服装に身を包み、夜の喧騒に満ちる繁華街へと散らばっていく。彼等は皆、異邦の財産家だ。

 ギルド長による政策の一つとして、一定周期に一度、オラリオは都市の南門を解放し、様々な経済効果を見込んで都市外の富豪達を呼び込んでいるのだ。

 

(……って、誰かが言ってたような)

 

「ようこそおいでくださいました」

 

「おう」

 

 今はそこまで影響しない事だが、アーチ門に辿り着く間にふとそんな話を思い返していたベルは、門の前にいる正装姿のヒューマンとモルドの声に前を向く。

 モルド達が何やら金属製のカードをそのヒューマンに見せると、彼は恭しく礼をし、笑みを以てモルド達三人、そして彼等に引き連れられた白髪の少年と()()()()()を歓迎した。

 

「行きましょう、リアさん」

 

「…………ええ」

 

 賑やかな賭博場(カジノ)には似つかない物静かな雰囲気を漂わせる少女の手を取り、二人はモルド達に囲まれながらそこへ足を踏み入れる。

 巨大噴水が設けられた広場に、色とりどりの魔石灯でライトアップされた豪奢な建物群。

 日常とは乖離した賭博の楽園に思わず呑まれそうになりながら、ベル達は煌びやかな光に包まれる大賭博場(カジノ)へ入場した。

 

「すっご……」

 

 まずベル達を出迎えたのは光の洪水だった。

 上質かつ大量の魔石灯が赤や青、紫や金色に輝き、ギルド本部の万神殿(パンテオン)摩天楼施設(バベル)とも異なる外装の大賭博場(カジノ)を闇に浮き上がらせている。

 周囲を見渡せば優等宿泊施設(ホテル)が複合したものと見られるものや、砂漠に栄える楽園(オアシス)を模倣した外観のものなど、様々な大賭博場(カジノ)が見受けられた。諸外国、諸都市が出店した影響か異国情緒のある建物も多い。

 

 複数の賭博施設からなる大賭博場区域(カジノ・エリア)

 周囲を歩くモルド達から説明を受けながらベル達は歩いていく。

 

 見る者が見れば、周囲を忙しなく見るベルの態度は減点ものだが、『神の宴』の際に着用した燕尾服を身に纏っているおかげか、現状、周囲から浮いている雰囲気はそこまでない。

 腕を組み、隣を歩く少女もその静かな雰囲気が若干浮いていないこともないが、周囲の喧騒は時々彼女の顔をチラ見するだけでとどまっていた。

 

「それでモルドさん、『エルドラド・リゾート』はどの建物なんですか?」

 

「あのでけえ建物だよ。早速行ってみるか?」

 

 説明が一区切りになったタイミングを見計らい、ベルが切り出す。

 モルドが顎で示した場所を二人が見ると、そこには一際目を引く建物があった。

 金塊を彷彿とさせる黄金色の外観は豪華絢爛であり、見る者の気分を高揚させる魔力があるようにも感じる。

 

『エルドラド・リゾート』。

 

 娯楽都市サントリオ・ベガが投資・建設した、オラリオ随一の賭博施設。

 彼等の依頼者の娘を奪っていった者がいる、最大賭博場(グラン・カジノ)だ。

 

「……言葉が出ないですね」

 

『エルドラド・リゾート』の支配人に出迎えられたベル達は巨大なホールに出る。

 途端、目の前に広がる光景にベルは乾いた笑みを浮かべた。

 

 巨大なシャンデリア型の魔石灯、次いで色と模様に富んだ大絨毯、そして様々な形状のテーブルで行われている賭博(ゲーム)の数々。

 全てが合わさり、華やかな空気と景色を生み出しているそこは迷宮都市(オラリオ)とは別世界だった。

 

「さぁて……まず、何からやってみてえんだ?」

 

 切札(トランプ)、ダイス、ルーレット。

 どのテーブルでも客の失意の溜息と、万雷の喝采が飛び交い、大盛況の一言であった。

 それらを見渡し、ニヤリと笑うモルド達はベルの肩を叩くと、それぞれの一押しの賭博(ゲーム)を二人に勧める。

 

「少し、場の雰囲気に慣れたいので中を見て歩きたいですね。付き合わせるのもあれですし、モルドさん達は先にやってても……」

 

「水臭いこと言ってんじゃねえよ! そんぐらい俺達も付き合うぜ? 夜は長いんだからな!」

 

 ここまで連れて来てくれた三人を気遣っての言葉だったが、モルド達はまだベル達に付き合ってくれるようだった。

 大賭博場(カジノ)をよく知る三人が大丈夫なら、と遠慮なくベル達は『エルドラド・リゾート』の散策を開始した。

 

 ここからは初めて来た大賭博場(カジノ)に興奮を抑えられない冒険者を意図的に前面に出しながら、気付かれぬようにホール中に視線を走らせていく。

 万が一、穏便に済まずに荒事となった場合に備えての情報収集は怠らない。

 

「……ここから、どう動きますか?」

 

 腕を組む女性にベルは問う。

 彼と同じく、気付かれぬよう瞑目している瞳で情報を集めていた彼女は少年にのみ届くように囁いた。

 

「まずは目立って上客になり得ると見せつけましょうか。賭博(ゲーム)に勝つにせよ負けるにせよ、とにかく羽振りがいいと周囲に知らしめれば、いずれ向こうから接触してくると思うわ」

 

 彼女の声に従い、モルド達にそろそろ賭博(ゲーム)を始めたいという旨を伝える。

 正にその時だった。

 

 前から、燕尾服に身を包んだエルフとドレスを身に纏ったヒューマンの少女が歩いてきたのは。

 

「…………」

 

「…………」

 

 正面から互いの顔を見たエルフとベルはお互い完全に固まり、ヒューマンの少女はまぁ、と驚いたように扇で口元を隠していた。

 巨大な眼帯で左眼ごと顔半分を覆うなど変装をしているが、彼……いや、彼女は────

 

「リューさ……むぐ!?」

 

「お静かに、クラネルさん」

 

 思わず彼女の名を呼びそうになったベルの唇に彼女の人差し指が当てられる。

 その反応と変装に彼女……リューにも事情があるのだと察したベルは言葉を飲み込み、一度深く頷いた。

 

「……クラネルさん、何故このような場所に?」

 

 唇から指を離し、一歩下がったリューがベルの目を、次に彼の隣にいる女性、周囲にいる冒険者達を見て問いかける。

 

「ええっと……息抜きをしようと思ってたところでモルドさん達に大賭博場(カジノ)に行かないかって誘われたんです。それでちょっと魔が差したって言うか……興味あるなー、なんて思っちゃって……」

 

 頬をかきながらベルが苦笑を浮かべる。

 その答えにあまり納得の行っていない顔を垣間見せるリューだったが、それを収め、再び冒険者達に視線を向けた。

 

「それは本当ですか?」

 

「あー、そうだな。たまたま街で会ってよ、こいつには色々と恩があるし、詫びもしなきゃいけねえと思ってたんだ。ただまあ、今のこいつに返せる物なんて俺達は何も持ってねえ。少しでも足しになりゃあいいとこいつを手伝うためにここに連れてきたってわけよ」

 

 まるで示し合わせたかのように、彼女の視線に冷や汗を浮かべながらモルドが語った。

『豊穣の女主人』の一悶着を起こし、叩きのめされたことが頭に残ってるのか、他の二人はおどおどとしているが、彼は冷や汗を浮かべるだけで比較的堂々としている。

 その言動と様子、加えてまるで初耳だとばかりに彼の方を向いたベルの姿に違和感を覚えたリューが目を細め、さらに追及しようと口を開きかけるが、それよりも早く耐え切れないとばかりにシルが声を張り上げた。

 

「ベルさんっ、さっきから気になってるんですけど、そちらの女性はどなたですか?」

 

 ずいっとベルに詰め寄り、シルは笑う。

 目が笑っていない笑みを向けられた少年はわずかに怯んだかのように後退り、周りのモルド達も直接笑みを向けられていないというのに怯えたようにだらだらと汗を流していた。

 

「……この人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です。好奇心が旺盛な方で、ご両親には内緒で大賭博場(カジノ)に行きたい、という依頼を受けたんです」

 

「こちらの冒険者様達も一緒に、ですか?」

 

「本当は僕達だけで行ってみるつもりだったんですけど、偶然大賭博場(カジノ)の会員であるモルドさん達に会ったんです。話をしたら一番大きな大賭博場(カジノ)に連れて行ってくれるって言ってくれたのでお言葉に甘えました」

 

 まるで用意していた答えを語るように話すベルにシルの顔から一瞬表情が消える。

 それに気付けたのは隣に立つリューと目の前にいたベル、そして灰髪の少女の三人。

 三人が揃って思わず息を呑んでしまう程に表情が抜け落ちたシルは何事もなかったかのように瞬き後には可愛らしい笑みを纏っていた。

 

「そういうことだったんですね! ちょっと驚いちゃいました。腕を組んでますし、てっきりベルさんの恋人なのかなって」

 

「あ、あはははは……違いますよ。人が多いので側にいてもらってるだけです。何か起きたら色々と問題になっちゃうので……」

 

「ふーん……でも、ちょっと距離が近い気がするんですけど?」

 

「シル、一旦その辺りで……人の目が集まってきています」

 

 賭博(ゲーム)もせずに話し続けるベル達の姿はよく目立つ。

 ただでさえ、貴族と冒険者の組み合わせは人の目を引くというのに、(テーブル)にもつかずに立ったまま話し続けていれば怪訝な顔や好奇の視線を向けてくる者もいるだろう。

 

 自分を止めるリューの声に不満げに頬を膨らませたシルだったが、彼女の言葉に従い、一旦笑みと言葉の矛を収めた。

 子供のようにいじけそうなシルと困ったように笑うベルにリューは溜息を一つ吐き、周囲を見渡す。

 

「とりあえず、どこかの卓につきましょう。クラネルさんはカードのルールは知っていますか?」

 

「一応は……役とかはよくわからないですけど、ちょっとだけ遊んだことがあります」

 

「ではひとまずカードの卓に。この人数であれば身内同士で出来る場所もあるでしょう」

 

 自身の思惑を考えれば、目立つためにも身内でやるべきではないが、会員であるモルド達から情報を得るためにリューはベル達と共に空いているカードの(テーブル)へと歩を進めた。

 

 リュー達の目的、経営者(オーナー)に攫われた娘の救出。

 ベル達の目的、同じく経営者(オーナー)に攫われた娘の救出。

 

 同じ目的で最大賭博場(グラン・カジノ)に来ていることにベル達とリューが気付くのは、あと数時間後の話であった。




今回の章名は予告なく変わることがあるかもしれません
この章では短い話をいくつか続けて書かせていただきます。
どの程度になるのかはまだわかりませんがお付き合いいただけると幸いです。

ここまで見ていただきありがとうございました。
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