二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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貴賓室の変

 扉をくぐった先は、騒がしいホールから一転して物静かであった。

 照明である魔石灯の光は抑えられており、薄暗い。先ほどまでのホールに見劣りしない広間であるが、人の数とテーブルは少なく、空間を贅沢に使っていた。

 賭博場(カジノ)と呼ぶより社交室(サロン)と呼ぶ方がこの場の雰囲気に相応しいだろう。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 最大賭博場(グラン・カジノ)『エルドラド・リゾート』、その貴賓室(ビップルーム)

 経営者(オーナー)のテリー・セルバンティスに連れられるリューとシル、ベルとリアの二組。

 テリーの背中を追いながら、ベル達が広い室内を見渡していると、どこからともなく現れた黒服の男性給仕がベル達を奥のテーブルへと案内してくる。一方でリューとシルはテリーに近くのテーブルへと案内されていた。

 片や招待された貴族、片や話題の冒険者。どちらが優先されるか、あるいはどちらの方が()()()()()()()()……よく考えなくとも理解できる。

 黒服の給仕に案内される傍ら、ベルはリュー達の方へと視線を飛ばす。あちらでは二人をテーブルへと案内したテリーが席についている者達と気兼ねなく話しており、その後、リュー達の紹介が行われていた。

 

(いきなり動くことはないか、もう少し様子を見よう……それにしても、モルドさんの言っていることは本当だったんだ)

 

 表面上、和やかな空気が流れている別のテーブルに意識は向けつつも視線を切ったベルはもう一度周囲を見渡し、その顔をかすかに顰める。

 

『好色の経営者(オーナー)が囲う美女美少女を客に見せびらかす』。

 周囲にはドレス姿の見目麗しい美女、美少女達がおり、客に酒を注いでいる。その顔には貼り付けたような笑みだけがあり、その瞳は昏く、死んでいた。

 

「……真摯に応えてくれた、ねぇ……反吐が出るわ」

 

「……同感です」

 

 互いにのみ聞こえるように呟いた二人は背後にいるテリーへと怒りを飛ばした。

 そのテリーがいけしゃあしゃあとリュー達に語っている言葉がまた、二人の怒りを刺激する。

 彼女等は背後の男の収集品(コレクション)であることは明らか。今回の依頼主と同じように卑劣な手段を用いられて、彼女等の意思は関係なく、理不尽な理由でここにいるのだろう。

 

「この部屋の雰囲気も、気持ち悪い……これならさっきまでの賭博場(カジノ)の方がずっとマシです」

 

 オラリオの真の『治外法権』という言葉が脳裏に蘇る。

 誰の目も届かないこの部屋だからこそ、このような光景がまかり通るのだろう。

 ここには傲岸な経営者(オーナー)を咎める者はいない。いるのは彼の『収集品(コレクション)』を楽しみ、褒め称え、甘い蜜をすすろうとする同類のみ。

 思わず吐き気を催すこの部屋の状況に一度落ち着こうとベルが深く息を吐いたその時だった。

 

「がはははははははっ!! 皆さんも耳が早い! ええ、おっしゃる通り、新しい愛人として迎えたのです。せっかくですので紹介しましょう! おい!」

 

 テリーの大笑が響き渡った。

 その言葉に二人が思わず、足を止める。

 

 部屋中の視線を集めたドワーフの経営者(オーナー)は一人の青年給仕に向かって手を叩く。

 給仕が恭しく礼を取った後、貴賓室(ビップルーム)の更に奥から呼び出されたのは、純白のドレスを着たヒューマンの少女であった。

 

「初め、まして……アンナと申します」

 

 自らをアンナと名乗った少女にベル達の目が鋭く細められる。

 間違いない。隠し切れない怯えを言動の端々に滲ませる彼女が、依頼主が奪われた娘だ。

 

「神様達から求婚されたって聞いたけど……あの話の神様達の中にはからかいとかじゃなくて本気(ガチ)で求婚していた方もいそうね」

 

「ええ、とても美しい方です」

 

 その容姿は二人から見ても整っており、無意識に褒め言葉が出る程だった。

 女神とも張り合えるであろう可憐で美しい少女は周囲から向けられる不躾な視線にわずかに体を震わせており、その姿はただただ庇護欲をそそる……同時に、男の嗜虐心までも。

 

「お客様、そろそろ……」

 

「……必要ない。この場の雰囲気を堪能したのち、本日は帰らせていただく」

 

 リューがテリーに仕掛ける……そのタイミングで間が悪いことに給仕が二人を奥のテーブルへの案内を再開しようと声をかけてきたが、リアはそれを拒否。

 狼狽える給仕に一歩前に出た彼女はじっと、彼を見た。

 

「えっ……いえ、それは……」

 

「そちらにとっても好都合だろう? この男の運は異常だ。ともすればこの賭博場(カジノ)の全てを奪っていく可能性もあるだろうな」

 

 勝負を始めた彼女達の側を離れるわけにはいかない。

 同じ目的ならば、場合によっては手助けすることだってできる筈だ。

 

 全てを奪い尽くした時、そうなった場合の責任は取れるのか、と閉じていた目を薄く開くリアに黒服の給仕がたじろぐ。

 本来であれば、ただのはったりだと切り捨てることもできるが、先程の大賭博場(カジノ)の結果はこの場にも届いている。

 

「だが、そうだな……せっかく貴賓室(ビップルーム)へ案内されたのだ。一勝負ぐらいはしていこうか。それでこの男が勝利した場合は自由にさせてもらう。それで良いか?」

 

「は、はい」

 

 はったりではない、と一瞬でも思わせた時点でこの勝負は彼女の勝ちである。

 想定外の言葉と圧に怯んだところで彼女は畳み掛けるようにそう提案。思わず頷いてしまった給仕に一瞬笑みを浮かべた彼女は、すぐ近くのテーブルへと歩を進めた。

 

「もしよろしければ、私共と一戦、いかがでしょうか」

 

 挨拶もなく、突然勝負を求めた彼女に席に座っていた四人はわずかに目を見開く。

 有無を言わさず、空いている席へと座った彼女は一勝負が終わったのであろうカードを集め、彼等を見渡した。

 

「ただ、この場で使う賭札(チップ)が今はないので……賭札(チップ)は私達ということになりますが」

 

 その発言に席についていた者達がどよめく。

 自分自身を賭札(チップ)にするという言葉がどのような意味なのかとわざとらしく動揺を顔に出しながら、彼等は教えようと口を開きかける。

 

「彼はオラリオを騒がせる新人(ルーキー)。既にLv.4のため、様々な分野で活躍できるかと。そして、私ですが……」

 

 しかし、それよりも早くリアが妖艶に微笑んだ。

 

「身体には自信はありませんが、顔には自信があります。それに……まだ()()()()()()ので、勝てば楽しんでいただけるかと」

 

 その言葉に男達の目の色が変わる。

 黒色のドレスの胸元に手を当てる彼女はその目付きに密かに微笑んだ。

 彼女の気が変わらぬうちに勝負を始めたいのか、あれよあれよと言う間に勝負の準備が整い、すぐに勝負……ポーカーが始まった。

 

 そして、ほんの数分後に勝負は決した。

 

「キングのフォーカード……私の勝ちですね」

 

 結果は大勝。

 一発勝負とはいえ、誰一人として傍に立つ少年の手を握る彼女の手役(ハンド)を上回ることが出来ず、目の前に広げられた四枚の王に呆然とした表情を浮かべていた。

 余計ないちゃもんをつけられて時間を奪われる前に賭けられた大量の賭札(チップ)を回収した二人はすぐに席を立ち、別のテーブル……リュー達とテリーの勝負が行われているテーブルへと近付く。

 

「これでしばらくは自由に動ける……どうしたのベル君、妙な顔して」

 

「……確実に勝てるとは言い切れない賭博で僕だけならともかく、貴女自身を賭札(チップ)にするなんて危険ですよ。もし負けてたらどうするつもりだったんですか」

 

「負けたら、なんて考えてもいなかったわ。勝つ自信しかなかったもの。あの経営者(オーナー)のおこぼれにあずかろうとしている人達ならあれが手っ取り早いと思ったのよ。あとここで使える賭札(チップ)も持ってなかったし」

 

 クスリ、と笑う彼女にベルは小さく溜息を吐いた。

 しかし、それも一瞬。卓につかずにこの場を自由に歩く大義名分を得た二人は意識を勝負から観察へと切り替え、リュー達のテーブルを見据える。

 始まってからしばらく経っているのか、リューの前に置かれた賭札(チップ)はかなり減っており、表情には出ていないがどうやら苦戦しているようだ。

 

「運が向いていないだけ……と、思いたいですけど」

 

「……いえ、どういう理屈かはわからないけど、()()()()()わね」

 

 もう一度テーブルを見た二人はリューのみが賭札(チップ)を減らされていることに気付く。

 他の者達が持つ賭札(チップ)の半分以下しか彼女は持っておらず、このまま勝負(ゲーム)が進めば、リュー達の敗北は火を見るより明らかだった。

 

「どうしますか?」

 

「……横から入って勝負(ゲーム)に参加できるかはわからないけど、ひとまず声をかけて……!」

 

 望みは薄いが、介入し、仕切り直しとまでは行かずとも勝負(ゲーム)を一時中断させようとテーブルへと歩を進める、その時。

 勝負(ゲーム)を見守っていたシルと彼女の目が合った。

 二人にまだ何もするなとでも言うような薄鈍色の瞳にベル達の足が止まる。

 

 直後、テリーが面白がるように賭札(チップ)を失い続けているリューに声をかけてきた。

 側に立たせた(アンナ)を引き寄せ、腰と腹部を蛇のように撫でながら、自分が勝利した際に払う代償を告げる。

 その代償とは、シルの身柄。暇な時に()()()()で晩酌に付き合ってもらう、とテリーは下卑た笑みを浮かべた。

 瞬間、リューの表情が抑えられない瞋恚の炎によって揺れ動く。

 ドワーフの経営者(オーナー)の噂を考えれば、晩酌に付き合う程度では決して終わらない。負けた際に待つシルの末路を想像したベル達の瞳にもまた、瞋恚の炎が芽生える。

 

「生意気な者や欲に目が眩んだ者、あとは貴方のような正義感に突き動かされる者……私は全て食い物にしてやりましたよ」

 

 本性を隠そうともしなくなったテリーの言葉にリューの体に殺意が満ちる。

 テリーや彼に協力する者達への怒りが抑えられないと、懸念や危険性(リスク)、そして自らの矜持を度外視して、最終手段を取ろうと彼女の手に力がこもった。

 

「貴方」

 

 しかし、その直前。

 震えるリューの手にシルの左手が重ねられる。

 彼女に合わせて動こうと、密かに身構えていた二人は動くのをやめ、自分達を止めた彼女の言葉を、動きを待った。

 

「皆さん、夫は少々疲れているようです。ですので、ここからは代役を立てて賭博(ゲーム)をさせていただけませんか?」

 

 その提案にテリー達だけでなくリューまでもが驚きを露わにする中、彼女が何をしようとしているのかを即座に見抜いた二人はつかず離れずだったテーブルとの距離を縮めた。

 健気な若妻が嵌められた夫を庇う完全演技をシルが行うと、リューの瞳の奥から炎が消えていく。冷静さを取り戻した彼女は、妻に諭され、無謀な行動を諦めたように俯き、無言となった。

 

「代役……まあ、よろしいですが、今の貴方達の代役を務めるような物好きがいますかな?」

 

「はい。きっと、私と主人の危機を助けて下さったあのお方なら、今の私達の力になってくれると確信しております」

 

 最後の望みに縋るように、瞳を僅かに潤ませ、体の震えを抑え込む伯爵夫人の姿にテリーは何の疑問も浮かべることなく、笑みを深めた。

 

「では、他の者にこの場への案内をさせるので、その者の特徴を」

 

「案内の必要はありません。僕が代役を務めさせていただきます」

 

 テリーの言葉を遮り、彼等の前に立った少年の姿に貴賓室(ビップルーム)がざわめく。

 外の大賭博場(カジノ)の今夜の主役の一人、そして都市を賑わせる超有望新人(スーパールーキー)の登場にテリーも僅かに目を見張っていた。

 

「話は聞こえていました。喜んで代役を務めさせていただきます」

 

「ありがとう、そしてごめんなさい、クラネル様。このような事に巻き込んでしまって……」

 

「そんな顔をしないでくださいシルさ……いえ、シレーネさん。あの日、助けることの出来た貴方達がこのような形で引き裂かれるなんて、僕も望んでいませんから」

 

 示し合わせていたかのように、彼女の役に既に適応しているベルの言動に、俯いていた顔を上げたリューが困惑した様相を見せる。

 シルの笑みに微笑みを返したベルはすぐ隣のリューへと視線を向けると、ほんのわずかな躊躇いの後、彼女の手を取った。

 

「なっ……クラネルさ────」

 

「僕に任せてください、マクシミリアンさん。必ず、貴方達に勝利をお届けします」

 

 驚愕にリュー・リオンの反応が見えかけた彼女だったが、覆われていない自分の右目を真摯に見据えてくる少年の目にその動揺をすぐに呑み込む。

 儚い伯爵夫人、縁が出来た貴族を救おうとする冒険者を演じる二人の演技はほぼ完璧と言っていい。それを自分の動揺一つで台無しにすることなど許されない。

 しばし見つめ合った後、リューは立ち上がり、ベルに席を譲る。伯爵夫人に続き、伯爵からも託されたことを示すように、彼の肩に悔やむように震わせた手を置いたリューはシル、リアと共にベルの背後に立った。

 

「……というわけです。未熟者ですが、ここからは僕がお相手をさせていただきます」

 

「ふふふっ、まさに英雄ですなぁ、クラネル殿。縁があるとはいえ、このような不利な状況下でマクシミリアン殿達の代役を務めるとは。しかし……神々に与えられた二つ名通り、その精神性はまだまだ未完でいらっしゃるようで……」

 

 状況を見もせずに、先ほどまでのエルフのように無駄な正義感に駆られたのであろう白髪の少年をテリーは嘲笑う。

 彼の言葉に周囲の招待客(ゲスト)も笑い出す中、ベルは静かに笑っていた。

 強がりだと、さらに彼等の笑みが深まる中、中断されていた不正賭博(ゲーム)が再開される。

 

「では始めたいと思いますが……ちなみに、ポーカーの規則(ルール)はご存知で?」

 

「基本の規則(ルール)は。ただ、難しい種類のものはやったことがなくて……基本的なもので申し訳ないですけど、ドローポーカーでも大丈夫ですか?」

 

 ドローポーカーとは配られた五枚の手札の中で手役(ハンド)を作り、一度だけカードの変更が許される。数あるポーカーゲームの中で最も基本的なものだ。

 その提案にテリー達はまたも笑う。先ほどまでの大賭博場(カジノ)の情報は既に彼等の耳にも入っている。身内で全勝した規則(ルール)で少しでも勝率を上げようという浅はかな魂胆だと、苦笑を浮かべるベルを見た。

 

「良いでしょう。相手が理解できない複雑な規則(ルール)で戦っても面白くありませんからな」

 

「ありがとうございます、ではよろしくお願いします」

 

 少年の提案を受け入れ、新たな勝負(ゲーム)が始まる。

 進行役(ディーラー)がカードを配り直すのを脇目に、テリーはテーブルを挟んだ正面を見遣った。

 賭博者(プレイヤー)をベルに託し、彼の背後に立つリュー。両隣に二人の美しい女性を置きながら彼女は静かに佇んでいる。自分の視線に一瞥を投げかけてくる不可思議(ミステリアス)なエルフにテリーは鼻を鳴らした。

 

(お高くとまったエルフの若造め……その身一つで悲劇の(ヒロイン)を助けに来た騎士(ナイト)のつもりか? 貴様を完膚なきまでに負かすことは出来なかったが、この男を負かせばその生意気な面はどれだけ歪む?)

 

 リューからシル、そしてリアへと視線を移したテリーの心の中で嗜虐心が首をもたげる。

 

(この女も器量が良い。勝利した暁にはまだ手を出していない(アンナ)と共にいっぺんに味見をしてみるのも面白いかもしれん。いや、それだけではまだ足りんなぁ)

 

 生意気なエルフから伴侶を奪った後の行為を想像したテリーはさらに良いことを思いついたとばかりにカードに隠れた唇を歪める。

 エルフ達の賭博(ゲーム)の敗北をなかったことにするのを賭札(チップ)として、代役となった冒険者が連れている女を賭札(チップ)として使わせるのもまたいいだろう、と。

 進行役(ディーラー)がカードを配る中、二人の女に欲望に満ちた視線を向けるテリーと彼に付き従う賭博者(プレイヤー)達。

 やがて、このテーブルの全員にカードが行き渡る……その直後だった。

 

上乗せ(レイズ)

 

「……!?」

 

 テーブルに賭札(チップ)が叩きつけられる。

 響き渡る音に彼女達に向けていた視線が彼の元に集まるが、その行動を前にテリー達はおろか、リュー達でさえベルに対してその正気を疑うような視線を向けた。

 

「よ、よろしいのですかな?」

 

「はい。二言はありません」

 

 思わず、本当に良いのかとテリーが聞き返すが、ベルは微笑みと共に問題ないと首肯する。

 その手にカードはない。カードはテーブルに伏せられたまま、一つも動いていなかった。

 この場の者達が動揺するのも無理はない。何故なら彼は配られたカードに触れることも見ることもせずに、いきなり勝負を仕掛けたのだから。

 まるで自分の勝利を確信しているかのような微笑みを纏いながら。

 

(流石に驚かされたが……それだけが狙いだろう。一戦目を捨て、一か八か俺達全員が降りることに賭けたというところか。愚か過ぎて笑えてくるわ)

 

 彼の行動に動揺し続けるふりをしながら、ベルを心の中で嘲弄したテリーは周囲の者に密かに目配せを行なった。

 招待客(ゲスト)達が視線を受け止め、互いも見交わした後、獣人の老紳士が給仕を呼び止めた。

 

「あぁ君、アルテナワインの三十年ものを頼む」

 

 彼等の中で決められた暗号の一つ……彼の手役(ハンド)は同カード三枚上位のフルハウス。

 それを交わしたテリー達は彼の勝利を確信し、上辺だけの騙欺(ブラフ)をかけ合い勝負を降りていく。

 

「この老いぼれとの一騎打ちのようですが……どうなさいますか、英雄様?」

 

上乗せ(レイズ)で」

 

「おやおや、随分強気でいらっしゃる。ならば私も上乗せ(レイズ)とさせていただきましょう」

 

 ベルと老紳士の一騎打ち。

 リューでさえもベルの行動に瞳に不安を浮かべながら見つめる中、老紳士が無謀な勝負を仕掛けた少年に目を細めると、彼は更に賭札(チップ)をテーブルに置いた。

 

上乗せ(レイズ)

 

「……!?」

 

 再三に渡る宣言(コール)。まだやるのか、と更に賭札(チップ)に触れる少年。

 何をしたいのか理解に苦しむのは獣人の老紳士とテリー達。何故カードを見もしていないのに勝負を仕掛けられるのだ、と表情が歪んでいく。

 駆け引きをしようにも、相手がカードを見ていないのだから駆け引きのしようがないのだ。

 

「は、はははっ……よろしい、勝負と行きましょう。現実というものをお見せしてあげますよ」

 

 それでもこの手役(ハンド)で負けるはずがないとつり上げられた口角に怒りを滲ませながら、老紳士が同額の賭札(チップ)を出した。

 浅はかな考えを捻じ伏せてやろうと、テリー達、ベルの行動に不安を覚えるも同時に期待もしているリュー達が静かに見守る中、手役(ハンド)が公開される。

 

 老紳士の役は当然、フルハウス。

 対してベルは、

 

「フォーカード」

 

「えっ……!?」

 

「なっ!?」

 

 四枚のカードが並んでいることを宣言した。

 リュー、テリーの両陣営が驚愕に息を呑む。

 特に勝ちを確信し、その相貌が歪むことを期待していたテリー陣営の驚愕は相当なもので暫し、全員が言葉を失っていた。

 

「こ、これは、一本取られましたな……」

 

 参加料(アンティ)上乗せ(レイズ)分の賭札(チップ)が全てベルのもとに集められる。

 驚愕、動揺、憤怒、屈辱……様々な感情が胸中に浮かぶテリー達だったが、それはすぐに別の感情へと取って代わられた。

 

上乗せ(レイズ)

 

「っ……!!」

 

 またもカードが配られた直後、何も見ずに仕掛けてきた少年にテリー達の顔色が変わった。

『二度はない』という怒りと『まさかまた』とわずかに芽生える疑念。押し黙るテリーが様子見で勝負を下り、先程と同様に最も手役(ハンド)の強いを持つ招待客(ゲスト)が勝負を仕掛ける。

 

「また僕の勝ちですね」

 

「な、ぁ……!?」

 

 だが、やはり少年の手役(ハンド)には勝てず、賭札(チップ)が押収されていく。

 この二連勝がテリー達の心を怒りではなく疑念の方へと一気に傾かせた。

 

 その後も少年は終了後以外にカードを見もせずに勝負を仕掛け続けた。

 未熟な少年の表情はどこへやら、穏やかで不敵な微笑みを纏って。

 何度かはテリー達も勝負に乗りはしたが、その全てで大敗。フルハウス以上の手役(ハンド)が来ない限りは勝負を避けようとする意識さえも芽生え始めていた。

 

(焦るな、まだ問題ない……確実に勝てる手役(ハンド)が来るまで待ち続ければ……)

 

 重なっていくベルの連勝。積み上げられていく最高額賭札(チップ)

 表情から余裕を失いながらもテリー達は虎視眈々とその時が来るのを待つ。参加料(アンティ)は取られ続けるが、敗北が続くよりはマシだと、今は耐え忍ぶ。

 しかし、まるでそんな膠着状態が来るのを予測していたかのように、勝負を見守っていた伯爵夫人がベルに声をかけた。

 

「すごいです、クラネル様! どうしてこんな勝負(ゲーム)の仕方が出来るんですか!?」

 

「最初の方の勝負(ゲーム)で勝てたからですよ。あそこで勝てたから……こんな手役(ハンド)なのに他の皆さんが仕掛けてこれなくなったんです」

 

「あらら……役が一つもないですね。勝負をされたら危なかったんじゃないですか?」

 

「ここ数回は一つも役は成立してなかったと思います。でも……()()()()()()()()()()()を皆さんはしないと思ってたのでずっと勝負は仕掛けてたんです」

 

 わざとらしく、テリー達に聞こえるように笑い合い、ベルとシルは彼等に微笑みを向ける。

 呆然と彼等の微笑みを見た招待客(ゲスト)達は彼の手役(ハンド)がここ数回不成立(ハイカード)だったという事実に、その顔を真っ赤に染めた。

 

「やめろっ!?」

 

 テリーが思わず制止の声を出してしまうが、協力者達が止まることはない。

 激怒した招待客(ゲスト)達がまたもカードを見もせずに仕掛けてきたベルに構わず、その勝負を受けるが、一瞬後、四枚の『(キング)』と一枚の『道化師(ジョーカー)』がそれを一蹴した。

 

「ふふっ……」

 

 完璧な混乱状態に陥り、もはや声を出す事すらできない愕然とした表情を晒す招待客(ゲスト)達の姿にシルは妖艶に微笑む。

 それから間もなく、脱落者が出た。テリー以外の招待客(ゲスト)達、全員である。

 風前の灯であったはずの相手の賭札(チップ)はテーブルに収まらないほどに増えたというのに、テリーが持っていたはずの賭札(チップ)は既に半分以下。招待客(ゲスト)達に仕掛けさせたおかげでまだ残っているが、この程度の数はすぐになくなってしまうだろう

 

「まだ、やりますか?」

 

「こ、このっ……!」

 

 一枚の賭札(チップ)を遊ばせながら、勝利を確信したかのように問う少年に努めて冷静でいようとしていたテリーが頬を痙攣させた。

 賭博の楽園の王である自分が『オラリオの治外法権』であるはずのこの場所でたった一人の冒険者に翻弄されている事実は耐えがたい屈辱であるが、認めなければこのまま惨めに敗北する。

 何とか打開しようと、不正(イカサマ)なのではと、今日何度目かの確認を進行役(ディーラー)と用心棒の一人に視線を飛ばすが、どちらも首を横に振った。

 

 最大賭博場(グラン・カジノ)の支配者の敗北がそこまで迫っている賭博(ゲーム)貴賓室(ビップルーム)にいた貴族、給仕、用心棒、美姫達が固唾を呑んで見守る。

 

 そして、最後の勝負(ゲーム)が始まった。

 

 そうとも知らずに進行役(ディーラー)からカードを受け取ったテリーは逆転する方法を模索しながら、手札を見る。瞬間、その目が見開かれた。

 その目に飛び込んできたのは四枚の『(キング)』、フォーカードだ。

 

(勝った! やはり最後に勝利の女神が微笑むのは俺だ! 天は俺に勝てと言っているのだ!!)

 

 流れを奪われた始まりの勝負の意趣返しとも取れる手役(ハンド)

 この手役(ハンド)に勝てる者などいるはずがないと、勝利を確信したテリーは全賭札投入(オール・イン)。勝負の流れを一気に変えることを狙う。

 

「…………」

 

 血走った瞳で睨みつけられるベルはこのポーカーで初めて、手札を見た。

 そして、ほんのわずか、その目を見開く。

 

 (アンナ)の震える吐息、賭札(チップ)を握り締めるテリーの嘲笑。

 貴賓室(ビップルーム)の隅々から全ての視線が集まる中、少年が持つ手役(ハンド)を目にしたリュー達がその目を大きく見開くと共に驚愕の声を漏らした。

 

「マクシミリアンさん、シレーネさん。僕を頼ってくれてありがとうございました」

 

 彼女達を見ずに背後の二人へ言葉を紡ぐベル。

 今の自分と同じ、勝利を確信したかのような瞳にテリーは気圧されたが、己の手役(ハンド)を信じ、今日……人生最後の勝負に臨んだ。

 大量の賭札(チップ)がベットされ、手札が開かれようとする間際。

 ベルは二人へ言葉の続きを紡いだ。

 

「今日の僕は『幸運の兎』、なんてちょっと照れちゃう呼ばれ方もしましたが……この『幸運』が貴方達の力になってくれて良かった」

 

 直後、カードが公開される。

 

 

「ロイヤルストレートフラッシュ」

 

 

 獣人の老紳士が勢いよく椅子を蹴飛ばし、腰から床に倒れ込んだ。

 その衝撃でテリーの賭札(チップ)の山が滝のように崩れていく。

 白金(プラチナ)の輝きが音を立てて散らばる最中、口を両手で覆う美姫達も、顔中から汗を垂れ流す招待客(ゲスト)達も、立ち尽くすアンナも、その表情を驚倒に染めた。

 

 特殊札(ワイルドカード)を加えた、この日一番の最強の手役(ハンド)

 限りなく低い確率で成立するそれを一度もカードを交換することなく、成立させたという事実にテリーが再び用心棒に怒号を飛ばすが、やはりその首は横に振られた。

 

「……『兎』に跨った道化師(ジョーカー)。『幸運の兎』なんて呼ばれたけど、今の君にぴったりなカードね」

 

 特殊札(ワイルドカード)を手に取り、リアはベルと見比べる。

 二人から歓喜と感謝の声を向けられて笑う少年の姿に彼女もまた微笑んだ。

 しかし、それをすぐに収める。彼女の役割はここからなのだから。

 

 凄まじい怒気を纏い、屈辱と憎悪にその顔を歪めるドワーフに目を細めたリアは、自分の役目が来ることを確信しながら、その時が来るのを待った。




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