二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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鍛冶師の思い

 炉の炎光に、ヴェルフは横顔を焼かれていた。

 燃え滾る炉から発せられる熱気は殺人的であった。手拭いを巻いた頭から、顔全体から止めどなく汗が滴り落ちていく。暗闇に包まれた鍛冶場の中、すぐ側で唸り声を上げている大型炉に、しかし彼は委細構わず鉄床(アンビル)の上で真っ赤に焼けた金属に鎚を振り下ろしていく。

 甲高い金属音。鮮烈な火花。鍛錬という名の真剣勝負。

 己の戦に臨むヴェルフの瞳は眼下の存在しか見ていない。どこまでも真っ直ぐに、どこまでも愚直に、相槌を必要としないその紅の鎚一つで金属を鍛え上げていく。

 振り下ろされる彼の手と鎚を縁取るのはうっすらとした赤い紅線。修得した発展アビリティ『鍛冶』の作用によるものだ。昇華の息吹を叩き込むことで打たれる鉄はより強固かつ鋭い『武具』へと昇華する。

 

 アビリティの作用によるものかはわからないが、鎚を叩きつけるたびに返ってくる慣れ親しんだ金属の叫び声の一つ一つはその全てが違って聞こえる。

 鉄の語り掛けに耳を貸し、手応えを感じる青年は、気付かぬ内に口唇へ笑みを刻んでいた。

 

 ────鉄の声を聞け、鉄の響きに耳を貸せ、鎚に想いを乗せろ。

 

 脳裏に過ぎる錆び付いた追憶の奥で、いつか聞いた男の言葉が蘇る。

 今と同じ暗い鍛冶場、鉄の香り、助手を務める幼い自分。

 

 当時の情景をほんの一瞬想起しながら、ヴェルフは鍛造の旋律を奏でていく。

 真っ赤に焼ける金属の形状が鋭い刀身を描く中、気炎を吐きながら己の熱と想いを叩きつけていった。

 

 その旋律を聞く一人の影。

 本拠(ホーム)の敷地の外、鍛冶を行う彼からは死角となる場所で何者かが立っていた。

 何かをするのでもなく、まるでヴェルフを見張るように立つ人影。その何者かが響く鎚の音にまるで懐かしむかのように目を細めていると、不意に火の粉が人影の周囲を舞った。

 開いている鎧戸から漏れ出たものではない、と人影は直感的に気付くと警戒するように身構える。

 

『…………』

 

 人影の視線の先、火の粉が人の姿を象る。

 炎によって作られた瞳はまるで見定めるかのようにフードで顔を隠した男を射抜いていた。

 全てを見透かそうとするかのような静謐の炎にフードの下の男の顔に一筋の汗が流れ落ちる。

 

『………………』

 

 不意に、炎が揺らいだ。

 揺らいだ炎は火の粉へと還り、鎚の音が響く工房へと戻っていく。

 一粒残らず、火の粉が去ると気付かぬうちに上がっていた辺りの温度が緩やかに低下。その瞬間まで温度が上がっていたことにすら気付いていなかったフードの男はふらつく体を壁に押し当て、倒れることを何とか堪えていた。

 

「今のは……精霊……?」

 

 驚愕からか低い声音が漏れる。

 たった今、自分の周囲を漂っていた火の粉一粒一粒から精霊の力と思われるものを感じ取った男は、己に流れる血が騒いでいる事実に疑いを確信へと変えた。

 そんな男の様子など露知らず、鍛造の旋律は奏でられる。

 響き続ける鎚の音に騒ぐ胸を抑え込んだ男はもう一度、目を細め、フードを目深に被り直し、その場を去っていった。

 その後ろ姿を、工房の窓から火の粉が静かに見送っていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「待たせたな。注文されていた刀だ」

 

 開けられた鎧戸から差し込まれる茜色の光。

 ヴェルフが全ての鍛錬を終えると既に日は暮れ、夕刻となっていた。

 汗まみれとなった着流しを替えもせずに自らの『工房』から館へと足を運んだヴェルフはそれぞれの用事を終え、館で過ごしていた仲間達を呼んだ。

 彼が造り上げた武具を見たリリ、命、春姫の三人は揃って「おおー」と口を丸く開ける。

 

「お前が前に使っていた刀と寸法は合わせておいた。材料は『ライガーファングの牙』と二十七階層で取れた『黒銀鋼(ノスティール)』を混ぜた複合金属。派手に使おうがそう簡単には折れない筈だ」

 

「ありがとうございます、ヴェルフ殿! 素晴らしいです……!」

 

 手渡された新たな刀に命は興奮と感動に身を震わせた。一冒険者である少女は黒と銀の刀身の美しさに見惚れるだけでなく、上級鍛冶師(ハイ・スミス)が手掛けた武具の性能を正確に見抜いていた。

 中衛用の装備を優先させていた少女は後回しにしていた新たな得物に頬を紅色に染め上げる。

 

「やはり【ファミリア】に一人腕の良い鍛冶師(スミス)がいると便利ですねぇ」

 

「褒めてくれてありがとよ。ただ人を魔石製品みたいに言うな、リリスケ」

 

 嬉しそうに春姫と笑い合う命の姿を眺めながら、一家に一台、とでも言いたげなリリに、摩耗した武具の整備やこうして武装の新調までもこなす鍛冶師(ヴェルフ)は褒められたことを嬉しく思いつつもそれはそれとしてオイ、と突っ込む。

 半眼で一瞥を投げながらヴェルフは命に視線を戻した。正確には彼女の腰にある短剣に。

 

 武神(タケミカヅチ)からの餞別、雌雄一対の片割れである短剣《地残》。

 桜花達の手は借りず、彼がバイトで稼いだお金と借金で命の為に作製してもらった【ゴブニュ・ファミリア】謹製の特注品(オーダーメイド)。男神の命への想いが込められた逸品である。

 

 今回の刀はその短剣────【ゴブニュ・ファミリア】製の優れた武装────に対抗意識を駆り立てられた作品だったが、中々どうして上手く行った、とヴェルフは内心ご満悦だった。

 虎の刻印が施された黒塗りの鞘と刀に満足げに頷いた鍛冶師は、満を持して少女へと身を乗り出す。

 

「よし、じゃあそれに名前を付けるか…………虎鉄…………いや、寅弐郎(シマじろう)

 

「お待ちくださいヴェルフ殿おおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!?」

 

 渾身の名前だとばかりにニヤリと笑うヴェルフに、命が本気で吠えかかった。

 先ほどまでの笑みはどこへやら、血相を変えて全力で名付け阻止に当たる。

 

 紆余曲折────箱入り娘っぷりを発揮する春姫、初めての賛同者に喜ぶヴェルフ、げんなりとするリリ、泣き叫び土下座しながら懇願する命────を経て、命の新武装の名は《虎鉄》と相成った。

 涙目でほっとする少女が大事そうに刀を抱える他方、己の赤髪をかくヴェルフは残念至極の表情を浮かべる。

 

「……で、お前らの防具になるが、これだ」

 

「マント、でございますか?」

 

「ヴェルフ様、まさかこれは……」

 

 リリと春姫に手渡されたのは漆黒の外套(フーデットローブ)だった。

 驚くリリにヴェルフは頷く。

 

「ああ、あの黒い階層主(ゴライアス)の『ドロップアイテム』で作った。ベルとヘスティア様から譲ってもらってな」

 

 18階層の異常事態(イレギュラー)、二体の階層主との決戦。

 その際に発生しベルが頂戴することとなった『ゴライアスの硬皮』の半分をヴェルフはリリと春姫の防具の素材として使用させてもらったのだ。

 数多の上級冒険者の攻撃を無効化した、凄まじい耐久性能を持つ漆黒の巨人の硬皮。

 能力(ステイタス)が低いサポーターの少女達のために、ヴェルフは自分流で皮をなめし、形状を加工して一級の防具へと昇華させたのだ。

 

「随分重いですね」

 

「う、う~っ」

 

「まあ、重さには目を瞑ってくれ。あの階層主が出鱈目ならその皮も出鱈目だ。武器だろうが魔法だろうがびくともしない」

 

 縁下力持(スキル)を持つリリはそれを身に着けても平然としていたが、非力な春姫は呻き声を上げるなど非常に重たそうにしている。

 しかし、その重さがあったとしても『中層』や『下層』のモンスターによる奇襲程度ならば、致命傷を回避し、一撃必殺を防いでくれるであろう強固な防具にリリは思わず感嘆の声を漏らした。

 

「ただし、攻撃は弾いてもとんでもない力で殴られたらおしまいだ。受ける衝撃までは流石に殺し切れない。その点は気をつけろよ」

 

 凄まじい一撃を頂戴すれば、Lv.1のリリ達は無傷のローブの内側でその体を破裂させ死に絶える事となる。

 防御力を過信するなという作成者の忠告に、リリと春姫は神妙な顔で頷いた。

 

「……しかし、これほどの防具なら、それこそ前衛のベル様に渡せばいいのではないですか?」

 

 このパーティで最も激しい攻撃に晒されるのはほぼ確実にベル。

 優秀な防具があれば損害(ダメージ)危険性(リスク)もぐっと下がるだろう。

 真っ先に作製された兎鎧(よろい)ではなく、この《ゴライアスのローブ》を少年に渡した方が良かったのでは、という彼女の指摘にヴェルフは口を真一文字に引き結んだ。

 

「……あいつの武具は俺の手で作る。モンスターの素材だけの防具なんて、ダメだ」

 

 その言葉には彼の相棒としての誇り、そして矜持が込められている。

 少年の装備品は自分が打つ……そこだけは青年は頑なに譲ろうとしなかった。

 

「……良いのではないでしょうか。ベル様も、とてもお喜びになると思います」

 

「そうですね。どのみち、この重量の装備はベル様には合いません。平然と使いこなしはするでしょうが、あの速さが少しでも落ちるのは死活問題です」

 

 ヴェルフの宣言に春姫は微笑みを湛え、リリはどこか羨望が混ざった眼差しでヴェルフを見る。

 命はというとヴェルフの宣言に感銘を受けたかのように胸に手を当てていた。

 

「さ、もういいだろ。後片付けもあるんだ。先に戻っててくれ」

 

「明日は桜花様達と17階層に向かう日ですからね。しっかりと休みながらもご自身の準備を忘れないように」

 

「わかってるよ、大丈夫だ」

 

 それぞれの武具を持ち、女性陣は工房を後にする。

 明日はリリの言う通り、懇意派閥(タケミカヅチ・ファミリア)と探索へ向かう日。

 鍛冶の疲れが残らぬよう、手早く後片付けを終わらせたヴェルフも工房を後にし、館へと帰っていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 自派閥(ヘスティア・ファミリア)懇意派閥(タケミカヅチ・ファミリア)は当初の予定通り、17階層を目指し、ダンジョン探索を開始した。

 今回の共同探索、『小遠征』は今後のダンジョン攻略を見据えたもの。

 深い階層、ひいては20階層以上の層域に足を踏み入れることになれば、日帰りでは到底時間が足りない。行って帰って来るだけのダンジョン探索など探索と呼ぶに値しない。

 何度かの共同探索を経て、連携などに問題がないことを確認した両派閥は互いに見張り等の人員を提供し合って、迷宮内で一日を過ごす宿営(キャンプ)をすることを決めたのだ。

 要は長期間の迷宮探索を視野に入れた、迷宮滞在のお試しである。

 

 探索と宿営(キャンプ)の準備を終えた二派閥は主神であるヘスティアとタケミカヅチ、留守を引き受けてくれたミアハとナァーザに見送られながら、地上を出発したのが数時間前。

 総勢十名のパーティは順調に17階層まで進み、半日一杯探索を続けていく。

 

 ────筈だったのだが。

 

前衛壁役(ウォール)のクソッタレどもおおおおおッ!? その汚ねえケツにもっと力ぁ込めて守れぇえええええ!?」

 

「どうしてこんなことになっているんですか……!?」

 

 17階層に響き渡るのは強大な巨人の咆哮と冒険者の怒声。

 直後、隙間なく並べられた大盾に巨人の大拳が叩きつけられ、階層が大きく揺れた。

 人と怪物の怒号が入り乱れる戦場でリリが呻きながら、ハンドボウガンによって周囲にいるモンスター達と戦う冒険者の援護を行なう。

 

 見ての通り、合同パーティは17階層の大規模戦闘に巻き込まれていた。

『嘆きの大壁』が悠然とそびえる中、この場で一、二を争う存在感を放つ灰褐色の巨人と雷を纏った白い髪の少年が激しく打ち合う光景にリリは奥歯を強く噛む。

 出来ることなら回避したかった激戦。ことの始まりは17階層に辿り着いた時に聞こえてきた鬨の声、そして十中八九階層主(ゴライアス)のものと思われる大咆哮。

 顔を見合わせたベル達は当初の予定を放り出し、正規ルートを駆け抜けると、待っていたのは怪物の一団と交戦する徒党を組んだ冒険者達だった。

 

 危険がないかベル達が調べ上げた()()の情報網に引っかからなかった()()の情報────18階層『リヴィラの街』の冒険者達による安全階層(セーフティポイント)の通行を妨げる階層主(ゴライアス)の定期討伐がよりにもよって今日決行されていたのである。

 

 同業者達の悲鳴を無視できるほどヴェルフ達の神経は太くはなかった。何より、お人好しの少年はその場に辿り着き、彼等の悲鳴を聞いた次の瞬間には止める間もなく駆け出していた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!! 兎野郎に続けぇええええええッ!!」

 

 前衛攻役(アタッカー)として参戦している者の中にはモルド達の姿もあった。

 18階層の一件から心境が変化したのか、今までは積極的に参戦してこなかった階層主討伐戦に参加し、率先して『冒険』に臨んでいたのである。

 今の心境を表すかのように後から参戦したというのに最前線で激しい戦闘を繰り広げる少年に続けと、若干顔を引き攣らせながらも声を上げて走っていた。

 ベルとそんな彼等の姿に冒険者達の熱はさらに増していく。

 

 しかし────

 

「い、いつも討伐はこんなに慌ただしいのですか!?」

 

「今日は雑兵(モンスター)の出が激しいな! 階層主(ゴライアス)に数を割けてねえ!」

 

「もう連携も、あったものじゃないようなっ……」

 

 それを押し返すほどにモンスターの攻撃もまた激しさを増していた。

 刀を振るう命の声に、(リヴィラ)の冒険者が返事を投げ、それを聞く千草が槍を突き出し、黒犬(ヘルハウンド)を屠った。

 

「冒険者らしいと言えばらしいが……!」

 

 千草の声に桜花が手に持つ大斧を横一閃(フルスイング)

 周囲のモンスターを灰に変え、他方を見遣る。

 命と千草など、同郷の者達が阿吽の連携でモンスターを屠っていく一方で他の場所では連携が全くと言っていいほど噛み合っていなかった。

 別派閥の荒くれ者達による急造の討伐隊である以上、仕方がないのかもしれないが、噛み合わず苦戦を強いられる自らも加わっている集団(パーティ)に桜花は呆れと若干の嘆きを抱く。

 

 そしてここに来て、更なる悲報が参り込む。

 

「この階層主(ゴライアス)、いつものやつよりやるぞ!?」

 

 今回の巨人は『当たり』……能力がいつもより高いみたいだと砂塵と血で顔を汚した前衛が叫ぶ。嫌な悲報に上がっていた冒険者達の士気が落ちようとする────

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 だが、迸る炎雷が、宙を走る雷の軌跡がそれを食い止める。

 どれだけ能力が高かろうが問題ないと、それを証明するように少年はゴライアスの顔を痛打。勢いに乗った右腕一本で魔法で揺らがせたその巨体を吹き飛ばして見せた。

 

「少し見ない間にまた強くなってやがる……頼もしい限りだよクソッタレ!!」

 

 前衛からの悲報に援軍を呼びに行かせようとした巨漢の大頭(ボールス)はその光景に憎たらし気な笑みを浮かべ、指示を破棄。代わりにこの好機を逃すなと新たに指示を出した。

 

「っ……」

 

 再び冒険者達の士気が上がる一方で、地上に着地したベルは顔を歪める。

 体力、精神力(マインド)共に余裕があるが、左腕に痛みが走った。ここまでのような戦い方をしてはいけないと体が警鐘を上げている。

 その異変に気付いたのは援護を続けながらもベルの様子を見続けていたリリ、ゴライアスを()()に置きながら戦っていたヴェルフ。

 

「あの馬鹿……!」

 

「ヴェルフ様!」

 

 構わず戦闘を続けようとする少年の姿にヴェルフが毒づき、リリが叫ぶと同時に背に括り付けていた『クロッゾの魔剣』を引き抜く。

 いざという時のために用意しておいた紅剣が熱を帯び、青年の周囲を漂う火の粉が紅剣に乗り移っていく。

『魔剣』を構え、射線を通すべくベルの名を叫ぼうとした。

 

「【ウチデノコヅチ】」

 

 しかしその直前、美しい歌声がヴェルフの耳に届いた。

 直後、視界の端を黒き矢が駆け抜ける。

 ヴェルフを含む冒険者達の知覚を置き去りにし、黒き矢はベルよりも早くゴライアスへと接敵。

 前衛壁役(ウォール)の間を抜け、ゴライアスへと急迫した黒き矢……《ゴライアスのローブ》を纏った命が黒銀に輝く長刀、《虎鉄》を引き抜いた。

 

 響き渡る凄まじい抜刀音、巨人の足元で瞬く光の斬撃。

 渾身の一撃が巨人の左足を深々と斬り裂いた。

 

「────ッ!?」

 

 紛れもない痛打を受けた巨人が平衡(バランス)を失い、地面に轟然と倒れ込む。

 ヴェルフを含む第二級冒険者達や桜花達も瞠目する一方、刀を提げる漆黒の外套(フーデットローブ)は矢のような速度でベルを回収し、戦場から離脱していった。

 

「反則だろっ……」

 

 命の一撃、その速度……『階位昇華(レベル・ブースト)』の力に何も知らない周りが歓声を上げる中、ヴェルフは顔を引き攣らせ、戦慄する。

 その背後ではいつの間にか春姫の護衛に付いていたリリが余計な詮索を受けないように春姫と共に命の発走(スタート)地点からばたばたと慌ただしく逃げ出していた。

 

 この一撃が勝負の趨勢を分けることとなる。

 倒れ込んだ巨人目掛け、冒険者達の武器が叩き込まれ、その肉体を破壊。

 そして、

 

「ふむ、手前も混ぜてくれ」

 

 一つの影が突如として戦場を駆け抜け、ゴライアスの右腕を()()した。

 

「なっ!?」

 

「椿……?」

 

 宙を舞う巨大な右腕がモンスター達を押し潰す光景に冒険者達が驚倒する中、ヴェルフは階層主の側に着地したその人物の名を呟いていた。

 まるでその呟きが聞こえていたかのように、紅の袴を揺らす黒髪の女性、椿は彼に振り向き一笑した。

 

「キュ、【単眼の巨師(キュクロプス)】……」

 

「Lv.5……!」

 

 左眼を覆い隠す巨大な眼帯が鍛冶神ヘファイストスを思わせるその姿に冒険者達は息を呑む。

 都市大派閥の首領────鍛冶師(スミス)でありながら第一級冒険者級の実力を持つ椿の登場に冒険者達は息を呑んだのも束の間、大歓声を上げた。

 間もなく、Lv.5の鍛冶師(スミス)の活躍によって、荒くれ者達の集団(パーティ)階層主(ゴライアス)を沈黙させるのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 階層主との戦闘を終えた後に待っていたのは、醜い戦利品の奪い合いだった。

 ただ、ベル達は臨時の助っ人(パーティ)ということもあって分配には参加させてもらうことは出来ず、若干の不満を漏らす者を宥めながらせっかくだからと18階層へと立ち寄った。

 

 豊かな大自然と大水晶が群がる、モンスターの生まれない安全階層(セーフティポイント)

 太陽のように輝く白水晶の輝きを浴びながら、ベル達は疲弊した体を弛緩させていた。

 

「ベル様、左腕は大丈夫でしょうか?」

 

「うん、今は大丈夫。やっぱりまだ激しい戦闘は難しいのかな……」

 

 階層南部の草原にて、ベルは隣に座ったリリの言葉に左腕を軽く動かす。

 戦闘終盤に発生した痛みは既に引いているが、こうも何度も痛みが発生するのであれば再びベルの探索休止も視野に入れなくてはならない。

 

「ひとまず、今まで通り様子を見ながらになる……のでしょうか」

 

「そのつもりだよ。痛みが出たと言っても動かせない程じゃないし、ゴライアスとしばらく戦っても大丈夫なら通常の探索ぐらいは普通にできると思うから」

 

「…………馬鹿は俺だな」

 

 二人が話す他方、側で寝転がっていたヴェルフは彼等の会話を聞いて、先程の戦闘に際しての反省と共に少々思案する。

 主に考え込んだのはベルの負担を減らす方法。現在、長時間の戦闘、継続戦闘に不安を抱える彼の負担を減らすにはどうしたらいいのか。

 一つだけ既に思い当たっている方法はあるものの、その方法は自分にも少年にも仲間達の為にもならないため、頭の片隅に置きながら他の手段を探す。

 

(……ダメだ、思いつかねえ。なら、一時的に()()で行くか? 出来れば使いたくないが、万が一があってからじゃ遅い。さっきは運が良かっただけだ…………要相談だな)

 

 各々がそれぞれ考え事や同郷の者と過ごしながら疲れ果てた体を休めていると、戦利品の分配が終わったのかようやく18階層に降りてきた(リヴィラ)の住人に街に来ないかと誘われる。

 曰く、激闘を潜り抜けた同業者達を歓迎したい、だそうだ。分け前のわの字も与えなかった手前、随分と調子のいい話であったが、お詫びに食料や水を無償(タダ)で譲ると言われては欲求に逆らうことは難しかった。

 ベル達は彼等と共に階層南部の湖畔に浮かぶ巨岩、その断崖の上に築かれた『リヴィラの街』の門をくぐった。

 

 それはあまり良くない選択だったのかもしれない。

 

「なぁ、頼む!! 俺にも『魔剣』を打ってくれ!」

 

 門をくぐってから少し。

 大頭の元へと顔を出しに行った少年達と別れ、約束通り食料諸々を受け取ったヴェルフは自分の元へと殺到した冒険者達の姿に顔を顰めていた。

 ヴェルフを囲んだ冒険者達は一様に同じ依頼を口走る。

 

『クロッゾの魔剣』を打ってくれ、と。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の戦闘の光景は『神の鏡』を通して、オラリオ中に流されていた。

 当然、戦闘の最中、伝説の『クロッゾの魔剣』に匹敵する『魔剣』が使用された事もだ。

 異常事態(イレギュラー)によって現れた新種のモンスターを屠った強力な『魔剣』の存在は多くの冒険者に知れ渡っている。それを誰もが欲しがっているのだ。

 

「くそったれめ……」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)後、目の前の冒険者達のような輩は少なからずいたが、今回はそれに輪をかけて酷い。

 階層主戦に参加したリヴィラの冒険者が噂の魔剣鍛冶師がここに来ているという報せを流しでもしたのか、街中の冒険者が集まってきているのではないかと思ってしまうほどの人が集まってきている。

 

「うるせえ、散れ!! 俺は絶対に『魔剣』は売らねえし渡さねえ、他の奴らにも伝えとけ!!」

 

 目の色を変えて『魔剣』を求める冒険者達に盛大に顔を歪めたヴェルフは怒声を叩きつける。

 変わらず懇願の声が、追加で顰蹙の声が飛び交うが、鋼鉄よりも硬い意志とその剣幕に怯んだ(リヴィラ)の冒険者達は文句や唾を吐き捨てながら、彼の元を去っていった。

 共に食料などを受け取りに来ていた春姫や千草達を怯えさせながら、くそったれ、ともう一度悪態を口の中で転がす。

 

「…………」

 

「……なんだ、大男。その目は」

 

「いや……この雲菓子(ハニークラウド)、食べるか?」

 

「いるかっ!!」

 

 桜花の憐憫と腹の立つ優しさにヴェルフは叫び返した。

 怖がらせた少女達の件も含め、極めて居心地の悪くなった彼は、仲間の輪を外れ歩き出した。

 

「ヴェルフ」

 

「……ベル」

 

 単独行動を取り、街の中で見晴らしのいい高台にいる彼の元へ、ベルがやってきた。

 人気のない場所でたたずむヴェルフに、少年は申し訳なさそうに笑みを浮かべる。

 

(リヴィラ)の人達、集まっちゃったみたいだね。ごめん、紹介してくれって頼まれたのは全部断ったんだけど……」

 

「いや、お前のせいじゃない。『魔剣』を使った時からこうなることは予想してたからな。いずれ来るってわかってたことにキレた俺が未熟で、頑固なだけだ」

 

 一人で過ごし、落ち着いたのかヴェルフが謝るベルに苦笑を返す。

 

「ったく、どいつもこいつも魔剣魔剣……あいつらには自尊心みたいなもんはないのか。冒険者だったら腕っぷしと剣一本でのしあがってみせろ」

 

「あはははは……うん、そうだね。『魔剣』を欲しがる前にまずは自分が強くならないとね」

 

 小言を並べ立てる程度に調子を取り戻すヴェルフにベルは眉を下げて笑う。

 そして、二人で整備した武具の調子など、話し合っていると、足音を鳴らし近付いてくる影があった。

 こんなところまで街の住人が来たのか、と眉を顰めるヴェルフと首を傾げるベルが振り向く。

 振り向いてすぐ、この場に現れた人物にヴェルフは目を見張った。

 

「はっはっは、モテモテであったなぁ、ヴェル吉」

 

 紅の袴に大陸式の戦闘衣(バトルクロス)。武器は一振りの大刀。

 現れたのは先程の階層主戦に飛び入り参戦した女性。

【ヘファイストス・ファミリア】団長、椿・コルブランド。

 

 笑いながら近付いてくる彼女の姿に、ヴェルフはそれはもう盛大に顔を顰めるのであった。




ここまで見ていただきありがとうございました。
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