二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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鍛治師の問答

 姿を見せた椿。

 彼女を見て苦々しい表情を浮かべながら、ヴェルフは口を開いた。

 

「……何の用だ。そもそも、なんでお前が中層(ここ)にいる?」

 

「なんじゃ、随分とつれない反応をするのう。まあいい、ここにいる理由は久々にダンジョンで暴れたくなったから、何の用かと言うと……お主をからかいに来た」

 

「ふざけろっ!?」

 

 ニヤリと笑う椿にヴェルフは叫び散らす。

 なぜ彼がそんな反応をするのかには当然理由がある。

 

 椿は『魔剣血統(クロッゾ)』に興味を示したのか、ヴェルフが入団した頃から彼を何かにつけては構っていた、もといからかっていた。

 かけてきたちょっかいの数々は例を挙げればきりがなく、それを見た元同僚達に『団長のおもちゃ』などと揶揄されたこともあり、ヴェルフは彼女を苦手にしているのだ。

 加えて、彼女は迷宮都市(オラリオ)において最高位の職人として認められている。

最上級鍛冶師(マスター・スミス)』を冠する彼女にヴェルフは鍛冶師として対抗心も抱えていた。

 

 人として苦手なことに鍛冶師としての対抗心も合わさり、ヴェルフは椿と馴れ馴れしく交流することを避けているのだ。

 

 ヴェルフが顔を顰めるのを隠しもしない中、ベルに対して二言三言挨拶を交わした椿はヴェルフへと向き直る。

 

「ヴェル吉、お主が出て行ってから主神様が腑抜けておってのう。寂しそうにしておるぞ?」

 

「……嘘をつけ」

 

 突然の言葉に動揺をひた隠し押し殺した声を出すと、椿は「本当だとも」と鷹揚に頷いた。

その口元にニヤニヤと笑みを浮かべながら。

 

「……もしかしてヴェルフってヘファイストス様のことを……?」

 

「察しが良いな、ベル・クラネル。主神様はわからないが、少なくともヴェル吉は主神様のことを好いて」

 

「おい、よせっ!? 知るかっ!?」

 

 はっとしたような表情を見せるベルに椿がにやける。

 余計なことを相棒である少年に吹き込もうとする彼女にヴェルフは声を荒げ、止めにかかった。

 一方でヴェルフの言動が決定打となったベルは見たことのない相棒の鍛冶師の表情にぽかんと口を開け、次には女神に純粋な尊崇とは別の感情……自分がとある少女に抱いている感情を抱いていることに同志だ、とでも言いたげに深々と頷いた。

 

「おい、なんだ今の頷きはっ。何納得してんだベル!?」

 

「大丈夫だよ、ヴェルフ。相手が女神様だから難しいのかもしれないけど、僕は君のことを心の底から応援するから!」

 

「だあああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 どこで覚えたのか、ぐっと親指を立てるベルにヴェルフは顔を紅くしたまま叫んだ。

 愉快な二人のやり取りに面白がるように肩を揺らしていた椿だったが────不意に纏っている空気を一変させる。

 身に着ける眼帯とは逆側、紅の右目を細める彼女の様子の変化に気付いた二人が弾かれたように椿の方へと向き直った。

 

「まあ、そんな話はここまでとして……ヴェル吉、お主に聞かなければならないことがある」

 

 ベル共々驚愕するヴェルフをその右眼で射抜いた椿は言葉を続ける。

 

「先程の戦で何故とっとと『魔剣』を抜かなかった? 何故『魔剣』の作製を拒む?」

 

「お前、最初からっ……!」

 

「ある時からお主が身に纏う雰囲気は変わっていた。それを見て少々期待していたのだがな……お主はまだ『魔剣』を打ちたくないなどと戯言を抜かしているのか?」

 

 17階層の戦闘から己を見張っていたかのような発言、そして含みのある言葉にヴェルフが噛みつこうとするが、冷え冷えとした視線を向ける椿は取り合わない。

 からかいの文句は詰問に変わっていた。

 

「才能であろうが『血』であろうが、あるもの全てを注ぎ込まねば子供(われわれ)は至高の武器には至れん。お前が惚れこんでいるあの女神(ばけもの)の領域など夢のまた夢だ」

 

 低い声音で断じる椿の右眼には、炉炎と見紛う獰猛な炎が宿っていた。

 職人の誇りと矜持、渇望、そして飽くなき執念。

 全てを賭さねば、『神の領域』を超えることはおろか至ることすらもできないと、鍛冶師として最高位に辿り着いた彼女の右眼はそう告げていた。

 

「勝手に限界を決めつけるな!? 俺は『魔剣』で至高に辿り着こうなんて露ほども思っちゃいないっ!! 俺は『魔剣』が嫌いだ!!」 

 

 それを前にしても、ヴェルフは彼女の言葉……特に『神の領域』に辿り着くためにはその呪われた血筋すら利用しろという椿の言葉に強烈な反発心を剥き出しにする。

 

「俺はっ、俺のやり方で、あの方の領域を目指してみせるっ!!」

 

 紅の大剣が熱を帯びるが、頭に血が昇っている彼はそれに気付くことが出来ない。

『魔剣』を忌避し、我を貫こうとするヴェルフに、椿は極限まで右眼を細めた。

 

「俺のやり方だと? 馬鹿め、頂の輪郭すら見えぬまま寿命が尽きるわ」

 

「……っ!」

 

上級鍛冶師(ハイ・スミス)になって何か勘違いでもしているのか?」

 

 底冷えのする声が響く。

 女の右眼は、責めるかのごとくヴェルフを睨みつけていた。

 

「今のお主の武器を見ずともわかる。その程度の腕を持つ者など腐るほどいる」

 

 憤っているように椿はヴェルフに言葉を突きつけた。

 

「『至高』の領域に限りなく近い武器を手にしたお主はもう理解しているはずだ。己の適性を見誤るな、己の適性から目を逸らすな、ヴェルフ・クロッゾ」

 

 彼が背負う紅の大剣を一瞥した椿は、まるで忠告するかのようにそう告げる。

 

「お主の内に秘めてある覚悟は紛い物なのか? 今のままではベル・クラネルに置いてかれる一方だぞ。隣に並び立つことも敵わず、お主の手の届かぬところでその男が命の危機に瀕した時……」

 

 ────貴様はただ見ていることしか出来ぬだろうな。

 覚悟を見透かすような瞳に射抜かれたヴェルフは、言い返す事も動く事も出来なかった。

 俯き加減に奥歯を噛み締める青年を冷めた眼で見ていた椿が結わえた黒髪を翻す。

 二人の元を離れていった彼女は振り向くこともそれ以上何かを告げることもなく、この場を去っていった。

 

 残されたヴェルフはこの場から動く事が出来ない。

 最上位鍛冶師(マスター・スミス)に叩きつけられた言葉を胸の中で何度も反芻させながら、ただ俯くことしか出来なかった。

 

「……ヴェルフ」

 

 そんな彼の姿に少年は何も言わなかった。

 彼の名を呟き、静かに見つめる。

 

 小さな呟きは俯く鍛冶師の青年には届かず、ヴェルフは敗北と屈辱を浴び、失意の底に沈んだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 天井の水晶から光が消え去り、18階層に『夜』が訪れる。

 ベル達は『リヴィラの街』で宿泊することを決めた。

 

 突発的な階層主戦を経て、武具や道具(アイテム)の消耗に加え、精も根も尽き果てた者がパーティの半数以上を占めていたためである。

 本来の目的である『小遠征』を中止した合同パーティは宿探しを行ない、とある洞窟に構えられた宿屋に泊まることをリリの一声によって決めた。

 

 あらゆる物価の高い(リヴィラ)において、何故か破格の安値であった宿屋である。

 中を見ても何も問題はなく、むしろ上等な部類と言っていいであろうその宿屋。

 何故安いのかと一人を除いて疑問符を浮かべる中、除かれた一人……ベルは価格の安さの理由をパーティメンバーに話した。

 

「少し前にこの宿屋で冒険者が一人殺されてるから、それが安い理由じゃないかな……」

 

 一つの部屋を見つめ、辛そうに眉を顰めたベルに気付かず、彼の言葉に多くの者が震えあがる。

 震え上がった者達が抗議の声を上げるが、守銭奴の小人族(パルゥム)に抗議は全て却下され、合同パーティは久しぶりの客に大喜びする店主の涙ながらの歓迎を受けながら、宿の中へと入っていった。

 

 手厚くもてなされた後、男性陣、女性陣に別れたベル達はすぐに就寝。

 その内、女性陣は一つの部屋に集まり、恐怖を誤魔化すように体を寄せ合い床の上で眠りに就くのであった。

 

 酒場の喧騒を残し、迷宮の宿場町から光が消え、蒼然とした薄闇に包まれていく。

 恐怖に震える者が少なかった男性陣の部屋、眠りに就いている桜花達を起こさぬようにベルは外へと出た。

 

 向かったのは数時間前、ヴェルフと椿が問答を繰り広げた街の高台。

 高台からは蒼い闇に包まれながら水晶のきらめきを帯びる街並み、水晶の光を反射して星の海のように輝く湖など、18階層の幻想的な景色が見渡すことが出来た。

 しかし、ベルの目的はその光景を見ることではない。

 階段を上った少年は、高台の上で一人佇んでいる青年の姿を見つけた。

 

「どうした、ベル」

 

 階段を上る音で気付いたのか、青年……ヴェルフは振り返り、ベルにうっすらと笑いかけた。

 

「いつまで経ってもヴェルフが帰ってこないから、探しに来たよ」

 

「そうか……悪いな、もう少ししたら戻る」

 

 ヴェルフが一人部屋を抜け出すことを予測していたベルは皆が眠り出す中、一人眠らず、彼の元を訪れたのだ。

 行動を予測された事には特に気が付いていない青年は少年の行動に彼にしては珍しく微笑むように笑った。

 

「……ヴェルフ、僕は神様から貰ったこの剣と君の武器しか使う気はないよ。戦いの中で他の武器を使うことがあっても、欲しいのは君が僕の為に打ってくれた武器と防具だけだ」

 

 鞘ごと《神様の剣》を手に持ったベルはヴェルフを見据え、そう宣言する。

 少年の宣言に青年は小さく目を見開き、次には困ったように笑った。

 

「……お前がそう言ってくれるだけで、俺がどれだけ救われることか」

 

 慰めでも何でもない、少年の本心からの言葉。

 彼の言葉に曇っていた心が少しばかり晴れる、晴れてしまう。

 ヴェルフは晴れていこうとする自分の心に唾を吐いた。彼の言葉を受けて停滞しようとする弱い心に思わず歯噛みする。

 

「なぁ、ベル。その剣、少し貸してくれないか?」

 

「うん、いいよ」

 

「…………ああ、ちくしょう……やっぱり、すげえなぁ……」

 

 ベルに懇願し、手渡してくれた剣を見つめる。

神聖文字(ヒエログリフ)】が刻まれた刀身を見下ろし、感動と悔しさ、やるせなさが混じった複雑な表情を浮かべた。

 自分を彼の女神の眷族と認めてくれているのか、神の刃は淡い紫紺の輝きを湛えている。

 

 この武器の真価に。注ぎ込まれた神の技術に。果てしない高みに。

 その輝きにヴェルフは何度も衝撃に打ちのめされた。

 

 剣を見下ろし笑うヴェルフの顔には、鍛冶神への畏敬が滲み出ていた。

 

「……鍛冶神の派閥(ヘファイストス・ファミリア)に加わる鍛冶師(スミス)達は、ある儀式を受けるんだ」

 

 剣を見下ろしていたヴェルフが不意に、ベルに語り始めた。

 己の原点に立ち返ろうとするかのような彼の話に、少年は静かに耳を傾ける。

 

「一振りの剣を見せられるんだ。そして、入団するかどうかを決める」

 

 己の過去を語りながら、当時の情景を思い浮かべるようにヴェルフは瞳を閉じる。

 ヘファイストスの目にとまり、誘いを受けた彼はとある部屋に通されたという。

 

()()と思ったのなら別の派閥に行きなさい』

 

 そう鍛冶神に前置きをされ、最奥にある部屋に通されたヴェルフはソレを見た。

 台の上に飾られた一振りの剣を。

 

「────震えたぜ。人は、鍛冶師はここまでの武器を作れるんだってな」

 

 その武具を目にした瞬間、ヴェルフの体に電流が駆け抜けた。

 ソレは『神の力(アルカナム)』は勿論、特別な力など一切持ち得ない女神が打った、純粋かつ極限の技術の塊。

 人と同じ腕のみで作り上げられた始原の剣。下界の者の到達点。

 ヴェルフはソレを、『究極の一』と言い表した。

 

「俺は、あれを超える武器を作ってみたい」

 

 胸の高さまで持ち上げた右手を、握り締める。

 それは、偉大な神を超えたいと言っているようなもの。

 

 神を超えるというのは、想像を絶する険しい道だ。

 人の身でありながら『神の領域』に踏み込もうなど、あまりに無謀で、そして果てしない高みなのである。

 己の野望を語り終えたヴェルフは、握り締めている右拳を見下ろした。

 

「作ってみたい、筈だったんだがな……」

 

 そして、その顔に陰りが差す。

 全てを注ぎ込まなければ下界の子では『至高』の武器には至れないと語った最上級鍛冶師(マスター・スミス)、椿。

 下界最高峰の技術を持つ彼女をして化物だと言わしめる鍛冶神ヘファイストス。

 

 自惚れていたつもりはない。だが、上級鍛冶師(ハイ・スミス)になり、そして飛躍を続ける少年と共に戦ってきたことで彼女の言う通り、勘違いをしていたのかもしれない。

 彼と共に成長を続ければ、いつか必ず神の領域に辿り着ける、と。

 強くなっているのは相棒と呼ぶ少年だけで、ジブンはあまり成長していないというのに。

 

 それを気付かされた。それを痛感させられた。

 己の不甲斐なさと、至らなさと共に。

 

「俺は……」

 

 所詮、一介の鍛冶師(スミス)に過ぎない自分では神に挑むのは夢物語なのか。荒唐無稽なのか。

 忌むべき己の血さえも使わなければ、神の領域に触れる事すらできないのか。

 

 魔剣鍛冶師としてでなければ────自分はヘファイストスの元に辿り着けないのか。

 魔剣鍛冶師としてでなければ────自分は相棒たる少年に追い付けないのか。

 

 何も言わない少年に見守られながら、ヴェルフは迷宮の蒼い夜空を見上げる。

 彼と共に在る紅の大剣は、彼の迷いを示すようにわずかに熱を放っていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌日。

【ヘスティア・ファミリア】と【タケミカヅチ・ファミリア】は18階層から帰還した。

『小遠征』は中止になったものの、予定外の階層主との戦闘に(リヴィラ)での出費をまかなうために探索がてら『中層』を進み、地上に辿り着いた頃にはオラリオは夕陽の光に包まれていた。

 中央広場(セントラルパーク)で別れ、それぞれ別行動を取る中、ヴェルフは一人、茜色に染まる街角を歩いていく。

 賑々しい通りをヴェルフは無言で過ぎ去っていく。客引きを行なう者が通りには多く存在したが、道の端を歩く彼に声を掛ける者はおらず、誰にも気付かれていないかのようであった。

 

 あの後、椿はもうヴェルフの前に姿は現さなかった。

 ただ彼女の言葉は耳朶と心に残り、気を抜けば懊悩の渦の中へ連れ込もうとしている。

 ヴェルフは毒づきながら強く頭を振った。昨夜から続く自己への問答の深みから抜け出せない。

 結局自分が選ぶ答えは一つしかないというのに、それを選びたくないと心が熱を持つ。

 

 苛立ちを露わにしながら、西日に着流しを焼かれるヴェルフは通りを進んでいく。

 

『────ヴェルフ』

 

 そして、信じられない声が聞こえた瞬間、ぴたっと動きを止めた。

 目をあらん限りに見開いたヴェルフは勢いよく俯いていた顔を振り上げ、声が聞こえてきた路地裏を見ると、そこに誰かが立っていた。

 幻聴ではない、と硬直するヴェルフを他所に影は黒い外套を翻し、道の奥へと引っ込んでいく。まるでこちらを誘うように。

 それをヴェルフは一も二もなく追い出した。

 

(おい、嘘だろうっ、なんで────あの男がここにいやがるっ!?)

 

 頭の中でいくつもの疑問が弾けては消え、激しい混乱に見舞われながらヴェルフは細い路地裏を奥へ奥へと走った。

 余裕を失いながら影を追い続けていると、影は静かに立ち止まり、息を切らす彼の方へと向きなおる。

 通りの人々の喧騒が遠い、路地裏の奥の奥。

 一切の人気がない小径の一角で、影は被っていたフードを脱いだ。

 

「久しぶりだな……ヴェルフ」

 

 忘れる筈のない顔、そしてその声。

 まるで年老いた自分の顔を鏡で見ているかのような容貌を持つヒューマンの男を前に、ヴェルフは言葉を吐き出した。

 

「親父……!?」

 

 目の前の人物の名は、ヴィル・クロッゾ。

 彼が吐き出した言葉通り、正真正銘ヴェルフ・クロッゾの実父である。

 

 ヴェルフが自ら縁を切り、過去の記憶となった筈の男。

 なんで、どうしてここに、など、様々な言葉が漏れ出そうになるが、それを堪える。

 何故ならそんなことを聞いたところで時間の無駄だからである。

 

 この男が自分の前に現れた。その事実だけで目の前の男の目的が簡単に予測できた。

 

「無駄な説明は不要なようだな、愚息よ」

 

「っ……」

 

「では本題だ。ヴェルフ、()()()()()()()()()()。アレス様が貴様の『魔剣』を認めた。くだらない神の遊戯に用いられた、一族の力をな」

 

 ヴェルフが予測した通り、男の狙いは彼が打つ『クロッゾの魔剣』。

 今回の出兵もこれが目当てなのかもしれないと、確信に似たものを覚えながら、ヴェルフは奥歯を噛み締めた。

 

「今も続いている戦争の本命は他でもない、お前だ。オラリオとの戦の準備は前々から進められていたが、貴様の力を知ったアレス様と王が急遽、戦略の内容を変えられたのだ」

 

 光栄に思え、と続ける男にヴェルフは胸中でアホかっ、と全力で吐き捨てた。

『魔剣』の為だけに戦争を仕掛ける、加えて言えば戦争を時間稼ぎに使用するという大仰な作戦を実行するなど、ヴェルフは僅かたりとも想定していない。神であろうと、本命が『魔剣』だと気付く者はほとんどいないであろう。

 

「『クロッゾの魔剣』を生み出せる貴様が戻れば、王国(ラキア)の栄光は再び蘇る。私と共に来い、ヴェルフよ」

 

「ふざけろ……誰が付いて行くか!! 俺が付いて行く奴はもうとっくに決まってんだよ!! 王国(ラキア)ともてめえらとも縁を切った俺があんたの言う事を聞く理由なんて一つもない!!」

 

「……愚息め、父の慈悲としてことを穏便に済ませてやろうと言うのに……」

 

 父と子、剣呑な視線を交わす。

 張り詰める雰囲気とヴィルの不穏な発言にヴェルフは背負った紅の大剣の柄に手を伸ばした。

 

「俺を力づくで攫おうってんのか。いいぜ、かかってこいよ。こんな外れでも人が気付く程度には暴れ回ってやる。ここは迷宮都市(オラリオ)だ。一度見つかったら逃げられないぜ?」

 

 ヴェルフはLv.2、条件が揃えばLv.3上位相当の力を発揮できる。

 都市外の基準からすれば、彼は紛れもない強者。周囲には複数の気配が感じ取れるが、数がいようとLv.1、2では抑え込むのは難しいだろう。

 都市に侵入してきたことには驚かされたが、バレない程度の少人数しかいないであろう相手方を全て倒す気概を見せる彼にヴィルは表情を変えずに告げた。

 

「お前が同伴を拒むと言うのなら……都市に侵入した同志が『魔剣』を放つ手筈になっている。無論、『クロッゾ』のな」

 

「────」

 

 大剣を抜こうとしていた手が止まる。

 ヴェルフは驚愕を瞳に宿しながら、次の瞬間には叫ぼうとした。

 しかし、それを体の内側から舞い上がった凄まじい熱が封じ込める。

 

「…………?」

 

「言葉も出ないか。だが、確かに存在する。『精霊』に呪われた際、破壊を免れた五十振りが」

 

 ここで初めて笑みを浮かべるヴィルだったが、ヴェルフは謎の熱に思考を奪われていた。

 熱は心臓を中心に全身に行き渡っていく。保たれる炉の炎にも似た熱が驚愕と動揺に揺れた彼の心を徐々に落ち着かせていく。

 得意げに語るヴィルの言葉を聞きながらも、落ち着きを取り戻したヴェルフは動揺を顔に貼り付けたまま、彼の言葉に耳を傾けた。

 

「ヴェルフよ、お前さえ来れば王国(ラキア)は盛り返すぞ!? そして我々『クロッゾ』も再び栄華を極めることが出来る! 富も、地位も、栄誉もな!」

 

「…………っ」

 

「アレス様は約束してくれたのだ、国にお前と『魔剣』がもたらされれば一族を再興させると!? 輝かしい一族の栄光が蘇るのだ!? 『クロッゾ』の悲願が成し遂げられるっ、いや、私が成し遂げる!!」

 

 感情の赴くままに言葉を連ねる彼の瞳には一種の狂気、常軌を逸した爛々とした光が滲んでいた。動揺を張り付けたまま、内心は平静でいたヴェルフだったが、その瞳にわずかに気圧される。

 

 一族の妄執に囚われる父。

 その姿にかつての父の面影はどこにもなく、それを見たヴェルフは辛そうに顔を歪めた。

 

 彼の表情に何を勘違いしたのか、ヴィルは笑みを深める。

 

「オラリオから脱出する準備は今夜整う。今手元にある『魔剣』を全て持って、少子(しょうし)に都市南西、街外れの倉庫に来い……誰かに漏らせば、わかっているな?」

 

 そう言って、立ちつくす息子を置いて、父は立ち去った。

 伴って周囲の気配も遠ざかるが、まるで見張りのように付かず離れずの距離を保つ。

 立ちつくすヴェルフは暗闇の奥へと姿を消した父親に拳を震わせていたが、それを解く。

 そして、熱を放つ紅の大剣に感謝を告げるように触れ、この場を立ち去るのであった。




ここまで見ていただきありがとうございました。
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