ホームに戻ったヴェルフはベル達に断りを入れて『工房』にこもった。
そこで武器を打つでもなく、火の入っていない炉を静かに見つめる。
裏庭に立つ小屋の中で一人、身じろぎもせず、そこにはない火の揺らぎを想起しながら過去の記憶を呼び起こしていた。
────鉄の声を聞け、鉄の響きに耳を貸せ、鎚に想いを乗せろ。
気付けば、締め切られた鎧戸の外は夜の闇が濃くなっていた。
出発の時刻が目前となった時、無意識に握っていた鎚を大事に納めたヴェルフは側に置いていた紅の大剣を手に取る。
熱を放つことも、火の粉を散らすこともなく、沈黙する刀身をしばし見つめた鍛冶師の青年はそれを背負い、何振りもの武器を白い布でくるんだのち、工房を後にした。
満ちた星空に見下ろされながら、ヴェルフは歩を進める。
その瞳に悲愴はなく、覚悟の炎のみが宿っていた。
約束の刻限が迫る中、ヴェルフは目的地を目指す。
しかしそこで、背後から近付いてくる何者かの気配に気付いた。
「こんな夜遅くにどうしたの、ヴェルフ」
「……ベル」
ヴェルフが振り向くとそこには、白髪の少年……ベルが立っていた。
彼もそれは予想していたのか、そこまで動揺を見せることはなく、少年の名を静かに呼ぶ。
少年の様子は特段変わりない……いや、夜の闇に隠されているが
何を言わずとも様子がおかしいことに気付き、自分を守るためかついて来ようとする少年の姿にヴェルフは嬉しさを感じるとともに、わずかな悔しさをその顔に滲ませた。
「夜の散歩に行くなら、僕もついて行ってもいいかな?」
どこまで悟っているのか、何が起きたのかも聞かずに、あくまで偶然を装おうとするベルにヴェルフは苦笑を浮かべた。
もう隠しても意味はない……そう考えた青年は夕方の出来事を少年に語ることを決める。
「やっぱり
「まあ戦争好きの
通りを進みながら説明する中、ベルは呆れ半分驚き半分の表情を見せる。
説明している最中も己を見張る密偵の気配をヴェルフはつぶさに知覚していたが、彼等が迂闊に動く事はなかった。
「……ヴェルフはどうするの?」
密偵に睨みを利かせていたベルがそこで初めて不安げな表情を見せる。
要求を呑んで都市を去る選択をしてしまうのではないか、と万が一の状況を恐れる少年を、ヴェルフは笑い飛ばした。
「お前を……いや、お前達を置いて、俺はどこにも行かない。約束する」
俺に全部任せてくれ、と笑みを見せるヴェルフにベルもまた、不安げな表情を一蹴し、笑う。
「良かった……もしもヴェルフが自分の意思で僕達から離れていったら止められないから、それが不安だったんだ」
「俺が自分の意思で? ははっ、ないない! あんなとこに誰が戻るかってんだ……俺はもう、付いて行く奴を決めてるからな」
【ヘスティア・ファミリア】のヴェルフらしい、長兄のような笑みにベルは頷く。
「自分の意思で【ファミリア】の誰かが僕達のところを離れていくなら、僕は止めないよ。でも、もしも、その人の意思を無視して、無理矢理連れていかれるようなことがあれば、僕はみんなを連れ戻しに行くよ」
どれだけ傷ついても、どこにいたって、必ず取り戻す。
前を向き、誰かに誓うように宣言するベルの横顔にヴェルフは目を細めた。
少年の言葉からは自分達を大切に思ってくれていることが痛いほど伝わってきた。
仮にもし、父の言葉に従った自分が何も言わずに【ヘスティア・ファミリア】を去れば、彼は自分を追いかけてくるだろう。
そして、
自分を取り戻しに来てくれるのだろう。
そんなもしもを想像したヴェルフは右手を強く握りしめた。
仲間の為にそれだけのことをする覚悟が、強さが、今の自分にはあるのだろうか、と。
やがて、指定された都市南西、街外れの倉庫地帯の一角に二人は足を踏み入れた。
倉庫地帯を少し進むと、周囲でこちらを窺っていた密偵の一人が姿を見せる。何も語らず、付いて来いとでも言うように被っている外套を翻した密偵の後を二人は追った。
人気のない道を進むこと少し、長方形を描く古びた倉庫の一つに案内される。
「────一人で来いと言った筈だぞ、ヴェルフ」
「気付かないうちに勝手につけてきたんだ。どうしようもないだろ」
月明かりが差し込む倉庫の中央に、ヴィルは立っていた。
ベルの姿に眉を顰める彼に、ヴェルフは少年と肩を組み、笑う。
くすぐったそうに笑う少年と実子を前に、ヴィルは「まぁいい」と笑みを作った。
「せっかくだが、そちらの少年とはここでお別れだ」
腰から『魔剣』を取り出すヴィルの動きに合わせ、周囲から続々と人影が姿を現す。
その数およそ五十。ヴェルフが予想していた数よりもずっと多い。
しかし、二人の顔に硬さはなく、平静を保ったまま自分達を囲む彼等を見渡していた。
「随分と多いな、都市の検問はどうした。どうやってこの数をオラリオに入れた?」
「
「……ギルドの警備はどうなってるのかな」
「どんだけザルなんだよ」
内通者の存在をほのめかすヴィルを前に、ベルとヴェルフは揃って悪態をつく。
ヴィルの仲間として姿を見せた人影は、フードやローブで旅人を装う
「さぁ愚息よ、共に来てもらうぞ!?」
剣の柄に手を当てる二人にヴィルが高らかに笑い声を上げた、その時。
倉庫の薄闇を、無数の眩い魔石灯の明かりが斬り裂いた。
「ッ!?」
ヴィルや兵士達は勿論、ベルとヴェルフも一驚する。
敵方の包囲網のさらに外、兵士達を上回る数の人影が倉庫ごと包囲していた。
彼等の制服に刻まれているのは、交差する二本の鎚に、火山のエンブレム。
「【ヘファイストス・ファミリア】……?」
ベルの呟きと重なるように、包囲の輪から一人の女性が歩み出てくる。
「フィンの言った通りだったか」
「椿!?」
現れた女鍛冶師の姿に、ヴェルフは一声を放つ。
世界でも名うての鍛冶大派閥、多くの
「な、何故っ、お前達がここにいる!?」
「お主らの目論見はとっくに見抜かれておる。手前はその男の周辺をずっと見張っていたからな」
顔を引きつらせるヴィルに唇を吊り上げるのは椿。
不可解な戦線を維持する
「てめえ……俺を餌にしやがったな……!?」
自分を餌に、まんまと父親と
自分が行く先々に彼女が現れた理由にも気付かされた青年に睨まれる椿が肩を竦める中、その横から女神が歩み出てくる。
「倉庫の外で待機していた貴方の仲間達も私の
「か、神ヘファイストス……!?」
椿とは真逆、右眼に漆黒の眼帯をつけた女神の姿に、ヴィルがたじろぐ。
その名と紅髪紅眼の美貌は派閥と共に世界に広く知られている。鍛冶大派閥の主神の姿に兵士達が狼狽える中、ヴィルは取り乱したかのように大声を打った。
「まだだっ、まだこちらには『魔剣』があるっ、『クロッゾの魔剣』がなぁ!?」
右手に握っていた本物の『クロッゾの魔剣』を掲げる男にベルはすぐにでも抜剣できるように柄に手を当てながら半身で構え、【ヘファイストス・ファミリア】の団員達が緊張する。
対軍武装として最上位に位置するその武装は、この状況に置いて最も力を発揮すると言っていい。『海を焼き払った』とまで言われる伝説の『魔剣』に椿もその眼を細めた。
唯一、ヘファイストスは泰然としており、ただ黙りこくるヴェルフに瞥見を飛ばす。
ヴィルの絶叫に呼応するように兵士達もそれぞれ『魔剣』を引き抜く。
それをヴェルフは、唇が切れるほどに強く噛み締めながら俯いた。
「都市を火の海に変えててほしくなければこちらに来い、ヴェルフ!?」
精気に欠けた瞳と相貌に鬼気迫るものを宿しながら、ヴィルは己の子に呼び掛ける。
「これは計算外だったな。さて、どうするか……って、おい、ヴェル吉?」
「お前等は手を出すな」
「……ヴェルフ」
「大丈夫だ。俺一人で
視線の先でヴィルの元に歩んでいくヴェルフに椿が声を張り上げるが、彼は振り返りもせずに周囲の者達にそれだけを言った。
剣を抜こうとしたまま、自分の名を呼んだベルには決意を込めた言葉を返す。返された言葉にベルは剣の柄から手を離し、事の趨勢を見守ることを決めた。
「いいぞ、ヴェルフ!? さぁ来い、まずは手始めに『魔剣』を寄こせ!?」
己の元に近付いてくる息子の姿に歓喜するヴィルと十歩分の距離を置いてヴェルフは立ち止まる。固唾を呑む周囲の者達の視線を浴びながら、背負っていた白布に手をやった。
白布に巻かれていた何振りもの剣の中で、ヴェルフは一振りの長剣を抜き、掲げる。
「コレしかねぇ」
「はっ…………?」
「だから、『魔剣』はコレしか打ってないんだ」
ホームにも、工房にも、そして手元にも。
この一振りしか『魔剣』がないことを告げた。
半日で『魔剣』を打てるはずがないだろ、と嘆息交じりに肩を竦める子の姿に、父は呆けていた顔を瞬く間に真っ赤に染め上げた。
「貴様ッ、私が言ったことを忘れたのか……!? 都市を火の海に……」
「できるもんならやってみろ。あんたが持っている
ヴィルの言葉を遮ったヴェルフの指摘にベルと【ヘファイストス・ファミリア】の団員達が目を見張る。
「少し考えればすぐにわかることだ。例え破壊を免がれていたとしても、あの神が、あの王国が、一族の『魔剣』を一気に手放すわけがない」
一族同様、過去の栄光に縋る
成功するかもわからない計画に残存した全ての『魔剣』をつぎ込むなどまずありえないと、ヴィルと再会したあの日の時点でヴェルフは気付いていた。
「俺に対する交渉材料としてその一振りを用意したんだろうが、他に『クロッゾの魔剣』がないなら何の問題もない。なら、なんで俺があんたの命令に従ったふりをしたのか」
あの時点で計画を看破していたというのに実父に従ったふりをした理由。
万が一本当に複数の『クロッゾの魔剣』が用意されていた時のための保険……などではない。
「断ち切るためだ。俺と
今日この日、自分を縛る枷を壊すためである。
ヴェルフが手に握っていた紅剣の剣先をヴィルに向けた。
息子の言葉を聞きながら、呆然と立ち尽くしていた父親は彼の鋭い眼差しに気圧される。
「ぐっ……がぁあああああああああああああああああああああああああああっ!?」
次の瞬間、ヴィルは眦を裂きながら叫喚を上げた。
「近づくな!? この一振りがあれば、お前等を消し飛ばすことなど────」
「撃てよ」
自暴自棄になりながら今にも赤剣を振り下ろさんとする男に場の緊張が高まろうとした次の瞬間、男の言葉を遮るヴェルフの冷徹な声が響いた。
「撃ってみろよ」
固まる実の父親に、ヴェルフは赤い頭髪を揺らしながら、冷然とした眼差しで促す。
実の息子の挑発に怒りが沸点を超えたのか、兵士の制止も聞かぬまま、ヴィルは『クロッゾの魔剣』を大上段に構えた。
「こ、このぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
赤剣が振り下ろされ、膨大な火炎流が放たれる。
迫る火炎流。逃げ場はない。
しかし、ヴェルフの顔に焦りはなかった。
目の前まで迫った炎に彼は目を細め、手に握っていた紅剣を無造作に振り抜いた。
「烈進」
放たれる大爆炎。
猛り狂う紅炎が目の前まで迫っていた赤炎と衝突。
そして────赤炎を呑み込んだ。
膨大な火の粉と爆風が発生し、全ての眷族の視界を真っ赤に染め上げる。
真っ赤に塗り潰された視界に正常な色が戻り始める頃。
眷属達が顔を上げると────倉庫の中心地には黒く焼け焦げた後、そして両の足で佇むヴェルフと尻餅をつくヴィルの姿があった。
愕然とするヴィルの手の中で赤剣が音を立てて崩れ落ちる。一方で、ヴェルフの右手の中では依然健在な紅剣が光沢を放っていた。
使用限界、強度の差。あるいは単純な出力の隔たり。
残った結果は相殺ではなく圧倒。血反吐を吐きながら
「なぜだ……なぜそれほどまでの力を持ちながらっ、『魔剣』を打とうとしない!? 一族の為にっ、国の為に尽くそうとしない!?」
砕けた魔剣を見つめながら、呆然自失していたヴィルは。
次には、決壊したかのように激情を撒き散らした。
「何故『魔剣』を打てるのがお前だったのだ!! 私だったら、私であったなら今頃はっ……! この、不肖の息子めっ!」
父親の叫声にヴェルフは何も言い返さない。
「砕ける『
平静を保っていたヴェルフの双眼が吊り上がる。
そんな彼の様子に気付かないヴィルは、言った。
「『多くの武器を生み、多くの栄誉を得る』────『魔剣』とともに繫栄した鍛冶貴族の教えを忘れたのかぁ!?」
その言葉に、とうとうヴェルフも感情を爆発させた。
「何が鍛冶貴族だ!? 何が栄誉だ!?」
倉庫を突き抜ける程の大音声にヴィルが言葉を失う中、背負った紅の大剣を地面に突き刺し、大股で彼へと近付いたヴェルフは握り締めた拳を彼の頬に叩き込んだ。
「がっ!?」
吹き飛ぶヴィルの姿に、愕然としていた兵士達が『魔剣』とともに剣を引き抜こうとするが、
「動くんじゃねえッ!!」
再び放たれたヴェルフの怒号が彼等の動きを封じる。
そして、彼の激情に呼応するように紅の大剣より火の粉が散った。
火の粉が
「がっ……!?」
「起きろ!! 立てっ!!」
兵士の手から弾かれた『魔剣』が音を立てて地面に落ちていくが、ヴェルフはそれに気付かず、全ての武装を捨ててヴィルの胸ぐらを両手で掴み上げる。
「貴族の誇りだと!? お前等だって鍛冶師の本懐を忘れてんじゃねえ!!」
唇から血を流し自分を睨む父親を強引に立ち上がらせたヴェルフがもう一度拳を叩き込むが、物凄まじい威力に足をふらつかせながらもヴィルが反撃の拳を見舞い返す。
それを甘んじて受けたヴェルフはすかさず殴り返し、愕然とする実父に対して吠えた。
周囲の者達が顔を引き攣らせ、唖然とする中。
状況も体裁も、何もかもを忘れた盛大な親子喧嘩が始まった。
両者互いに叫びながら殴り合うが、一撃の重さは一目瞭然。
ヴィルの全ての攻撃をまともに受け、頬を血塗れにしながらも応えた素振りを見せないヴェルフが父を殴り飛ばすと、血に濡れた右拳を固く握りしめる。
「今の俺は『魔剣』を振りかざす野郎どもと何も変わらねえ!! これが本当に力か!? こんなものが、
Lv.2とLv.1。
不条理とも言える己の力を拳と一緒に叩き込みながら、ヴェルフは己の胸の内をぶつけた。
「違うだろっ……そうじゃないだろ!!」
「っ……」
「武器は使い手の半身だ!! 苦楽を共にしてやれる、道を切り開いてやれる魂の半身だ!!
視界の隅で、自分を待つ相棒である少年を掠めながら、ヴェルフは再三殴った。
血塗れになった己の拳に意志を込めて、まだ残っているかもしれない鍛冶師の魂に届くように。
「ッッ……王国を追われれば、我々に居場所などない!? 貴族の栄光を失えば、
血によって生み出される『魔剣』のみしか、血筋に縋り続けた一族を救う手立てはないのだと、もはや力なき拳で訴えるヴィル。
その訴えに、ヴェルフは眦を吊り上げ、言葉を遮るようにヴィルの胸ぐらを両手で掴み上げた。
「残ってるだろう、アンタ達には!? 鎚を振るえる手が、鉄を掴める手が!?」
「……ッ!?」
「鎚と鉄、そして燃えたぎる
「鉄の声を聞け、鉄の響きに耳を貸せ、鎚に想いを乗せろ!! 全部、全部っ、アンタ達が俺に教えてくれた言葉だろう!?」
煤塗れのぼろ臭い工房。
祖父と、父親と、自分で、鉄を愚直に鍛え続けていた幼少の日々。
「『魔剣』に代わる武器を打とうとしていたあんたの意志と情熱は本物だった!! あんたと爺で相槌をして、俺が助手でっ……『鍛冶師』としての日々は確かに存在していただろうがッ!!」
自分に血の才能が発覚するまで、鉄を打ち続けていた、親子三代に渡る鍛冶の風景。
親子三代に渡って『クロッゾの魔剣』を超える武器を打とうとしていた当時の光景を喚起させる子の叫びにヴィルの瞳が震える。
胸ぐらを握り締める両手に力を込めながら、ヴェルフは大声を打った。
「鍛冶師の誇りはどこにいったぁ!?」
倉庫一帯に、今にも泣き出しそうな叫びが響き渡っていく。
多くの者に見つめられる中、親子喧嘩は終わりを告げ、静寂が訪れる。
「もういい」
ややあって、兵士達の中から歩み出した一人の老人が静寂を破る。
その声に、そしてフードを脱ぎ去り、露わになった顔にヴェルフは肩を揺らした。
「爺……!?」
「父上……」
名を、ガロン・クロッゾ。
ヴィルの父親、つまりヴェルフの祖父。
ヴェルフは、寡黙に鉄を鍛える彼の後ろ姿から鍛冶師とは何たるかを学んだと言っても過言ではなかった。
自分の原点である祖父の姿にヴェルフは揺れたが、その動揺をひた隠す。
「……爺、あんたも親父と同じ理由で……」
「そうだ、お前を説得する任を受けていた」
ヴィルを離し、数歩距離を置いて身構える。
父親が地面に膝をつく中、祖父である男はヴェルフを見据え、目を細めた。
「だが、やめだ」
「えっ……?」
「お前の意志は硬すぎる。それこそ鉄のようにな」
浅く笑うガロンに、ヴェルフはただただ驚いた。
彼が笑った姿をこれまで一度も見たことがなかったからだ。
「幼いお前に『魔剣』を強要させたのを悩んでいた……そして、今のお前を見て、はっきりと後悔した」
低い声音が悔悟を語る。
ヴェルフが家を飛び出す最後のきっかけは、鍛冶師としての原点であった彼が『魔剣を打て』と言い渡したことだった。
本心を語る祖父にヴェルフは驚いていたが、ガロンはそこで鋭い表情を纏う。
「だが、その身に流れる血は一生お前について回る。
老いてもなお衰えない眼光を秘めながら、ガロンが問うてくる。
「それでも、お前は信念を曲げないのか?」
その言葉は、奇しくも椿が問い、責めてきた内容と合致していた。
魔剣鍛冶師としての素質。血にまつわる力を用いるか否か。
椿には何も言い返せなかった。先を駆けるベルを前に迷いが生まれ、己の無力感に打ちひしがれ、意思が揺らいでしまった。
だが、今は違う。
「曲げねえ!」
父親と祖父と、『クロッゾ』の因縁と対面したことで、捻じ曲げるわけにはいかない信念を思い出した。
この場にいる椿にも表明するように、ヴェルフはガロンへ己の答えと覚悟をぶちまける。
「『魔剣』を超える武器を作ってみせる!! 血筋なんてものを見返してやる!! 俺はクロッゾじゃない……俺は俺だ!!」
『クロッゾの魔剣』を超える武器を────『
至高を、神の頂を目指す上で避けては通れない己の野望を言い放つ。
「……生意気な小僧め」
ヴェルフの答えにガロンは目を細める。
あたかも孫の成長を喜ぶように。
「我々はお前から手を引く」
「父上、それでは……! 王国に私達の居場所は、もう……」
「やり直しだ。鍛冶貴族としてではなく、『鍛冶師』として」
ガロンの下す決定にヴィルが血塗れの顔を歪める。
しかし、続く祖父の言葉に何も異論は挟まず、震える手で拳を作るだけだった。
「鎚と熱、燃えたぎる
孫の顔を見据え、彼が語った教えを授けたのであろう女神を見つめる。
ガロンは貴いものを見るように目を細め、彼女に一礼した。
「投降します、神よ。責任はこの老いぼれに。どうか他の者には慈悲を」
「……わかったわ、受け入れましょう」
事実上の降伏宣言にヘファイストスは頷いた。
兵士達の中に異議を唱える者はいない。勝敗はヴィルの『魔剣』が砕けた時点で決している。
次々と武器を捨てていく彼等を【ヘファイストス・ファミリア】の団員達は捕縛し始めた。
「……ヴェルフ」
不意に、捕縛を待っていたガロンがヴェルフに声をかける。
何も言わず、その瞳を見つめ返してくるヴェルフに彼は口を開いた。
「オラリオに侵入していた際、何かに導かれるようにお前の工房に辿り着いていた。そこで、お前の鍛錬を見させてもらった」
「っ……!?」
「まだまだ未熟な部分はあるが……良い顔をしていた。あの時、お前を王国に縛り付け、『魔剣』を作らせるだけの存在で終わらせていれば、あのような表情を見れることはなかっただろう」
いつの間にか自分の鍛冶を見られていた、見てくれていたという事実に驚愕するヴェルフだったが、ガロンはそれ以上彼の鍛冶については何も語らなかった。
「その剣に……その『炎』に認められたお前ならば、いつか…………いや、無責任なことを口にするわけにもいかんな……励めよ、ヴェルフ」
驚く孫の隣に在る紅の大剣に目を細め、最後に激励するように孫へと言葉を残し。
ガロンはヘファイストスに……そして孫と共に在る存在に深々と一礼をした。
祖父の言葉に口を開きかけたヴェルフだったが、それを堪える。聞き返したところで、祖父はもう何も語らないと悟ったからだった。
「馬鹿め」
兵士達が捕まっていく傍ら、祖父を見つめていたヴェルフの側を通り過ぎた椿が彼の変わらぬ答えに失望したようにそれだけを告げて去っていく。
それにヴェルフは何も言い返さない。だが、何もしないわけではなかった。
「椿」
「……?」
自分を呼び止める声に椿がかすかに驚いたように眉を上げる。
あの日のように何も言い返さないで終わるのかと、想定していた椿が振り返ると……ヴェルフは白布に巻かれていた武器の中から一振りの剣を手にした。
そして、彼女に勢いよく斬りかかった。
「…………」
「っ…………」
目を細め、自らに迫る剣に椿は抜刀。
振り下ろされる剣と椿の刀が交差し、鈍い音が響き渡る。
ヴェルフが打った剣が銀の破片を散らし、砕け散った。
「……何のつもりだ?」
ヴェルフの武器を叩き折った椿がヴェルフへ真意を問うが、彼は銀の破片を散らし、剣身を失った剣を見つめ、砕けた武器に謝罪するように瞳を閉じた。
「これが……今の俺の腕か」
実力の差があるからではない。衝突した刀身と剣身の強度、武器としての優劣で完敗していた。
椿だけではない。この場にいる
この程度の武器を打つ者は腐るほどいる……椿の言葉が頭の中を反芻していくが、ヴェルフの顔に焦りは、苛立ちは、失意はどこにもなかった。
「椿、お前も他の連中も俺にとっちゃ通過点でしかねえ。覚えておけ……俺はお前も、他の鍛冶師連中も全員、俺のやり方で超えて『至高』の武器に辿り着いてみせる」
その瞳に燃えたぎる
「……やってみせろ、クソガキ」
それを椿は正面から受け止め、笑った。
無茶無謀を嘲るのではなく、自分を通過点だと言ってみせた
二人のやり取りが終わると、それを黙って見ていた
その中には当然、両手を縄で結ばれうつむくヴィルと前を見据えるガロンの姿もあった。
倉庫から姿を消す際、孫の成長を、最後に孫の心からの野望を聞けたことを喜ぶように、横顔を向け僅かな笑みを向けてきた祖父をヴェルフは瞳に焼き付ける。
祖父達の後ろ姿が見えなくなった後も、その場から動かず、見つめ続けた。
「…………」
ベルは月明かりが差し込む倉庫で立ち尽くすヴェルフをしばらく見守っていたが、ややあって倉庫を去っていった。側で同じく彼を見守っているヘファイストスに深々と一礼をして。
今の自分にかける言葉はない、必要だとしたら彼が慕う鍛冶神の言葉だけだと、そんなことを思いながら、ベルは
「流石に、まだ眠たいな……」
昨夜の出来事もあり、普段よりもかなり遅い時間に起床したベルは都市へと繰り出していた。
通りにはダンジョンに向かう冒険者の姿がちらほら見られたが、朝よりかは昼に近い時間帯になると冒険者よりも
今日も晴れたオラリオの空から温かな日差しを受けながら、ベルは当てもなく適当に歩いた。
「…………? なんだろ、北門の方が騒がしい……?」
色々な店を見ていた時だった。
少し歩いた先にあるオラリオの北門が何やら騒がしいことにベルは気付く。
揉め事か、あるいは戦争に出ていたオラリオの派閥が帰ってきたのか。
気になったベルは特に用事もないからと、その足でオラリオの北門へと向かう。
どうやら騒ぎが起きているのは北門ではなく、巨大市壁の門前に設けられた広場で起きているようで、考え事をしている金髪の
「……フィンさん?」
「ん……ベル・クラネル?」
見覚えのある顔にベルが思わず彼の名前を呼ぶと、目頭に片手を添えていた
騒ぎのせいか強い疲労が浮かんでいる顔にわずかな驚きを浮かべた彼が少年の名を呟くと、すぐ隣で呻いていた紅髪の女性……ロキが勢いよくベルの方へと目線を寄こした。
「ドチビの子!? かぁ~、なんてタイミングの悪い……や、この場合はタイミングが良いと言った方がええんか?」
「えっと……何かあったんですか? 話が見えてこないんですけど……」
何故女神が自分の顔を見てバツの悪そうな顔をしたのか。
何故戦争に向かっている筈の【ロキ・ファミリア】の主神と団長がここにいるのか。
何故いつもやかましい
色々な何故が浮かんでくるが、とてもじゃないが結びつかず、彼女達の答えを待っていると、ロキが真剣な顔つきでベルが求めていたこの状況の答えを口にした。
「……ドチビが……ヘスティアがラキアのクソ共に攫われた」
ベルの世界から音が消える。
思考が止まりかけながらもそれを堪えた少年は極限までその瞳を見開いた。
ここまで見ていただきありがとうございました。