二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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女神救出作戦

「本当にいいのかい? ガネーシャ」

 

「俺が許す!! ヘスティア、出ていって良し!」

 

 ベルが本拠(ホーム)で目覚める少し前。

 いつも通り眷属達との朝食を終え、ジャガ丸くんのバイトへと向かったヘスティアは北門の門前広場である男神とその眷属達と話をしていた。

 何故彼女がバイト先の露店ではなく都市門などにいるのかと言うと、そのバイトの事情のためである。

 同僚である女性から店主の達しにより、ジャガ丸くんに使用する薬草(ハーブ)を都市外へ取りに行かなくてはならないということになったのだが、【ファミリア】を持つ神である彼女が都市外に出ることは簡単な事ではない。

 手伝えることをしようと、都市門までついてきたところで男神……象の面を被った神ガネーシャと遭遇したのである。

 そして、彼の一声によってギルドも通さずに派閥の主神の外出許可が出されたのであった。

 

「なに言ってるんですか、ギルドも通さないでそんな勝手な真似を……!?」

 

「アンタ、何言ってんだ!?」

 

 当然、眷属達からの猛反発があったが、ガネーシャは決定を覆す気は微塵もない。

 他の神であれば、こんなことは当然却下されるのだが、彼は【群衆の主(ガネーシャ)】である。個性派揃いの神々の中でも群を抜いて奇異な神物ではあるが、民衆からの信頼と信仰は厚い。

 彼が大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう、という雰囲気が門前広場に生まれ始め、彼の言葉に対してどこからともなく喝采が聞こえてきた時にはもう、彼を止めていた団員達はがっくりと首を折っていた。

 

「さぁ行け!!」

 

 仮面の下で笑いながら親指を上げるガネーシャにヘスティアも頬を緩め、親指を上げた。

 苦笑するガネーシャの眷族達、渋い顔をするギルド職員に見過ごされ、ヘスティアと共に来ていたバイトの同僚達は都市外へと繰り出した。

 

 整備された街道を談笑しながら歩いていると、ヘスティアは北の空に灰色の雲が積もっているのを見つける。

 談笑しながら、あれがこっちに来たら一雨来るかもなぁ、などと考えていると、前方で何やら言い争っている声が聞こえた。

 

「んー? なんだろ」

 

「ああいう変な人はどこにでもいるけど、目を合わせちゃダメよ、ヘスティアちゃん」

 

 オラリオの入門待ちをしている長蛇の列の一角。

 旅人らしき男性と思われる二人。その後ろにも彼等と同じような服装をした者達がいたが、何故か一様に緊迫しているかのように口を固く引き結んでいた。

 周囲の迷惑も考えずに口論を続ける二人に周囲の商人達が傍迷惑そうな顔をし、ヘスティアの隣を歩く獣人の同僚は彼等を見ようとするヘスティアの肩にそっと触れ、彼女を彼等から引き離すようにする。

 怪訝な表情を浮かべながら、ヘスティアが彼等の側を通り過ぎようとしたその時。

 

「「ん?」」

 

 言い争っていた男性の一人と目が合った。

 フードから覗く紅眼と獅子のような金髪に強烈な既視感を覚え、足を止めてしまうヘスティア。

 相手も自分と同様に強烈な既視感でも覚えたのか、口を開け固まっている。

 

 そして、三秒の硬直の後。

 

「────アレス!?」

 

「────ヘスティア!?」

 

 女神と男神は指を差し合い、同時に叫んでいた。

 戦争を仕掛けてきた王国の親玉とのまさかの遭遇にヘスティアが仰天していると、いち早く仰天から抜け出したアレスの紅眼が吊り上がった。

 

「捕獲(ゲット)ォーーーーッ!!」

 

「ぐああああああっ!?」

 

 仰天するヘスティアにアレスは地を蹴り、突撃。

 渾身のぶちかましが直撃し、彼女の小さな体がバイト仲間の列から押し出された。

 すぐに憲兵が飛んでくるどころか周囲にいる大人達から袋叩きをもらいそうなとんでもない光景を描きながら、高笑いするアレスは草原に転がったヘスティアを肩に担ぎ上げた。

 

「フハハハハハハッ!? 見たかマリウス!? 見事目標を捕獲したぞォ!?」

 

「う、嘘でしょう……?」

 

 マリウスと呼ばれた口論相手──王国(ラキア)の第一王子にして副団長──はフードを脱ぎ去る。

「ぐぅう」と長身の主神の肩で半気絶している幼い容姿の女神に凄まじい罪悪感を覚えながらもそれを振り払い、勢いよく顔を振り上げた。

 

「総員、全速で撤退!」

 

 号令と共に同じ旅装姿の者達が長蛇の列を押し退け動き出す。

 混乱が巻き起こる中、異変に気付いた門衛達が慌てて接近するが、数の利ももって斬り伏せられてしまう。

 瞬く間に悲鳴が打ちあがった。

 

「目標は達したっ、退けっ、退けぇ!?」

 

「へ、ヘスティアちゃ~~~~~~んっ!?」

 

 ヘスティアを抱えたアレスが一目散に駆け出し、その後を王国(ラキア)の兵士達が追う。

 用意されていた馬に騎乗し瞬く間に遠ざかっていく兵士達に、同僚の絶叫が響き渡った。

 

 これが、ヘスティアが都市外に攫われた経緯である。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「こんの、大ボケがッ!!?」

 

「ノォーーッ!?」

 

 ロキの雷が落ち、落とされたガネーシャが頭を抱える。

 広場には負傷した門衛が寝かされ、巻き込まれ怪我をした一般人の姿も見えた。

 それらを一瞥した後、ロキは空を睨みながら愚痴を吐く。

 

「ドチビを攫った……狙いは『クロッゾの魔剣』か」

 

「だろうね。主神を神質(ひとじち)にヴェルフ・クロッゾ本人か『魔剣』を要求……オラリオが応じなくてもまず間違いなく内輪揉めが起きる」

 

 例えギルドを筆頭に王国(ラキア)の要求を跳ねのけたとしても、神ヘスティアと親しい者達、神ヘファイストスを筆頭に異議を唱え、仲間割れが起きる。

 最悪、それが他国、他都市、他勢力に付け入る隙を晒してしまうかもしれない。

 

「敵が本国に帰還する前に、神ヘスティアを取り戻さないと不味い」

 

「アレスのクソめ……このクソ忙しい時にほんに余計なことをっ」

 

 ロキとフィンを中心に門前広場で話し合いが進められていく。

 その中でベルは静かにフィンの指示を待っていた。今すぐにでもヘスティアを追いかけたい衝動を抑えながら、救出への最高効率を導いてくれるであろう勇者を見据える。

 

「────ベル!」

 

 話し合いが進むが、都市近辺の地理は六度の侵攻の中で情報を蓄えた王国の方が遥かに精通しているという事実が判断を迷わせる。

 都市への経路、山脈の谷間、あるいは王国(ラキア)に最速で帰還できる秘密の抜け道。

 脱出経路を熟知している王国(ラキア)、その複数の部隊から正確に本命を捕捉するのは至難の業だ。

 

 刻一刻と時間が過ぎ去り、ベルの顔に浮かぶ焦燥が膨らんでいく中、一人の少女が少年の名を呼んだ。その声に一瞬焦燥を忘れたベルが振り返ると、金の髪の少女が歩み寄り、彼の手を優しく包み込む。

 

「アイズさん……」

 

「話は、聞いたよ。ヘスティア様が攫われたって……」

 

 いつの間にか戦争から帰ってきたのか、複数の団員を引き連れていた彼女は一人そこを離れ、少年の側に来ていた。

 人造迷宮(クノッソス)以来の再会かつ無事を確かめることが出来たのに、今だけは彼女と会えて嬉しい、だなんてベルは思うことが出来なかった。

 彼女の顔に浮かぶ心配の色に、少年は唇を噛み締め、目を伏せる。

 

「ベル…………ロキ、フィン。私が追う」

 

「アイズさん……?」

 

 隠すことの出来ない不安を見せる少年の姿に、アイズの瞳に一つの感情が宿る。

 瞬き一つでそれを奥底に隠した彼女は話し合いが難航しているロキ達にそう申し出た。

 

「……適任やけど、しらみ潰しにせな間違いなく見つからん。相当時間は喰うけど、それでもええんか?」

 

「うん。誰かが行かなきゃいけないなら、私が行く。この中だったら私が一番速いし」

 

 常に寡黙である筈の【剣姫】の申し出に他派閥や他の神々が驚きを露わにする。

 彼女の変化を知っている団長と主神は特に驚かず、その申し出に目を細めた。

 

 そして、ベルは。

 

 アイズの毅然とした横顔を見て、思いっ切り自分の両の頬を引っ叩いた。

 慎重になり過ぎていた自分を潰し、なりふり構わずヘスティアの元へと向かうべく。

 バチーンッ、と良い音が響き、周囲の視線を集めた少年は少女の隣に歩み出る。

 

「僕も行かせてください。僕は、ヘスティア様の眷属(ファミリア)です」

 

「……アイズ」

 

「……大丈夫だと思う。今のベルなら……さっきまでのベルなら、ダメ、だけど」

 

 身を乗り出した少年の深紅(ルベライト)の双眸を一瞥したロキがアイズに判断を任せる。

 彼女もまた双眸を見据えたが、その中に宿る意志の光に静かに頷いた。

 

「君達以外にも追跡隊は放つが、やはり人手が足りないな。ベート達や他の【ファミリア】を待つ猶予もない。敵を見失う」

 

「ばらけた連中からドチビを探り当てるのも骨が折れそうやなぁ。さっきも言ったけど、しらみ潰しにするしかないか?」

 

 二人の女神追跡が許可されると話し合いは一気に加速した。

 都市外への無断出発に目を瞑るようにその場にいる冒険者達がギルド職員へ掛け合い、本部の指示を待たず、緊急事態だと理解している職員達も黙って頷く、否、強引に頷かされた。

 ガネーシャ達によって混乱する商人達や市民の誘導が行われ、並行して王国(ラキア)軍の逃走経路の情報なども集められていくが、やはりどうしても人手が足りない。

 追跡上の懸念をベルとアイズも交え、ロキとフィンが話していると、一柱の神が歩み出てくる。

 

「そのことなら任せてくれないか?」

 

「ヘルメス様……」

 

 被っている羽付きの旅行帽をずらし、橙黄色の髪の男神は笑みを見せる。

 

「話は聞かせてもらったよ、ベル君。大丈夫、ヘスティアの場所ならアスフィが見つけられる」

 

「少々時間はかかりますが……」

 

 ベルやフィン達に視線を向けられるヘルメスは隣に立つ己の眷族の肩を取り、安心させるように笑う。主神の言葉を肯定するようにアスフィはベルを見つめ、頷いていた。

 

「そうですね……三十分ほど時間を頂ければ、恐らく見つけることが出来ます」

 

【ヘルメス・ファミリア】団長、稀代の魔道具作製者(アイテム・メイカー)である【万能者(ペルセウス)】をフィン達が見やると、彼女はそう告げてくる。

 彼女の言葉を吟味していたフィンは親指を軽く舐めて、「わかった」と信用する。ロキはお手並み拝見とばかりに笑みを浮かべていた。

 

 必要な道具(アイテム)類を周囲の冒険者から譲ってもらいながら、出発の準備を速やかに進めていたベルにヘルメスが近付いてくる。

 

「ほんのちょっとだけど、助力させてもらうよ。ベル君、【剣姫】、ヘスティアを連れ戻してやってくれ。オレもこんな別れ方はしたくないんだ」

 

 普段の軽薄な雰囲気を消し、真剣に神友の身を案じるヘルメスにベルは感謝しながら、隣の合図と一緒に頷いた。

 

「はい!」

 

「わかりました」

 

 全ての準備を終えた二人は女神(ヘスティア)救出の為、多くの人や神に見送られながら都市を発った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 風を斬り裂き、走り続ける。

 金の長髪と白い髪をなびかせながら、二人の冒険者は常人では到底出せない速度で峻厳な山道を駆け上がっていた。

 オラリオ真北『べオル山地』。

 凄まじい傾斜と悪路を有する山々の集合体。山の頂を何度も越えようが現れる無数の山嶺は『山城』と形容される。

『古代』に進出したモンスターの系譜が深々と根付く魔の山はその地形の険しさもあって、冒険者の手も碌に入っていない。

 灰色の岩盤と土の山肌が露出する山地は木々が少ないが、一方で周囲を絶壁で囲まれる山間部には多くの緑で溢れていた。折り重なる山々は起伏に富み、いくつもの谷や崖、そり立つ岩壁が景色の一望を妨げている。

 

 ベルとアイズは二人、灰色の空に見下ろされながら、その『べオル山地』をひた走っていた。

 獣は勿論、害悪なモンスターでさえ驀進する二人の進路から慌てて退避する。

 無謀にも彼等に襲い掛かるモンスターもいたが、そのほとんどを二人は置き去りにし、運よく二人の前に立つことが出来た大型級などのモンスターがいても、一瞬の内に二つの斬閃が走り、瞬く間に縦横に両断された。

 

「ッ……!」

 

 驚くことにベルはアイズと並走していた。

 まだ余裕が残っている少女とは真逆に、一つの余裕もその顔に浮かんではいないものの、少年は遅れることなく、少女と並び駆ける。

 オラリオを発ってから一刻。

 初めの内はベルを気に掛けていたアイズも魔法を駆使しながら自分と並ぶ少年に容赦を消し、速度を上げ続ける。上がった速度になおも食らいついてくる少年にわずかな笑みを残しながら。

 いつの間にかベルの【ステイタス】と魔法を掛け合わせても引き離してしまうほどに加速してしまったアイズはベルを後方に従え、山肌を疾駆。不意に頭上を見上げる。

 ほんのわずか緩んだ彼女の速さに追い付いたベルは彼女の様子に気付くと同じように走りながら頭上を見上げた。

 ぽつ、と音を立てて二人の顔を濡らす細い滴。厚い灰色の雲が空に蠢いていた。

 雨の前兆が山地に漂う中、アイズはそれを歯牙にもかけず、金の双眸を細める。

 遅れてベルも彼女の視線の先を追い、そしてその双眸をわずかに見開く。

 

 二人の視線の先には、翼を広げる白い影が前方の上空で旋回していた。

 

 

「フハハハハッ! 今度こそオラリオに吠え面をかかせてやったぞ!」

 

 べオル山地奥部。

 視界の片側に谷間が広がる険しい山道の一つで、アレスの哄笑が轟き渡る。

 主神を有する王国(ラキア)本隊は山の抜け道を駆使し、既にオラリオから遠ざかろうとしていた。

 道中のモンスターは王国(ラキア)が誇るLv.3の将軍の指揮の下、Lv.2の部隊長達があっさりと撃退していく中、自分を守る兵士達を脇目にアレスは上機嫌となっていた。

 

「こらっ、アレス!? どういうことだ、早く下ろせ!! 天界馴染みだからってしていいことと悪いことがあるぞ!?」

 

「黙っていろ能無しのチビ神め! 貴様はクロッゾの倅と交換するための神質(ひとじち)だ、利用してやるのだから光栄に思え!」

 

 アレスの背中では綱で縛り上げられたヘスティアが細い手足を振り回す。

 非力な神の身であっては綱を千切ることも緩めることもできないが、せめてもの報復で意識を取り戻したその時から黙らせるための膝鉄を受けながらも彼女は暴れ続けていた。

 

 状況を理解したヘスティアはオラリオが黙っていないとアレスに噛みつくが、散会した部隊から自分達を見つけ出すのは一朝一夕ではない、さらに言えば天然の要害を短時間で突破し、広大な山地から自分達を的確に捕捉するのは不可能だとアレスが豪語した。

 

 やかましく言い争い続ける品のない神々に、アレス達の側を歩く副官(マリウス)が溜息をつく。

 

「雨、か……加えて雷……」

 

 ぽつり、と己の頬に当たった水滴にマリウスは顔を上げる。

 その呟きを肯定するように上空の灰雲からとうとう雨が降り出し、あっという間に大雨と言って差し支えない様相を呈し始めた。

 雲の中から雷の音まで聞こえてくる天候に兵士の一人が雨を凌ぐべきでは、と進言をするが、マリウスはオラリオとモンスターの包囲の可能性を考え、強行軍を選択する。

 モンスターならばどうとでもなるが、万が一オラリオに捕捉されればなすすべがない。

 この程度であれば神の『恩恵』が与えられている自分達ならば支障にならない……と、そこまで考え、強行軍に乗り出した時。

 不意に、上空を見やっていたマリウスの視界に、一つの影が映った。

 

「鳥…………いや、違う!?」

 

 ちょうど自分達の真上を旋回する白い影。

 鳥か何かかなどと、果てしない違和感を覚えながら、思考を走らせていたマリウスは直後、オ(・)ラ(・)リ(・)オ(・)以外であればありえないと一蹴する考えに思い至った。

 その考えに本能のままに叫び、部隊に指示を飛ばそうとした、正に次の瞬間。

 

「け、【剣姫】だぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 この世の終わりのような絶叫がマリウスの耳朶を貫いた。

 

「ッ!?」

 

 遅かった、と勢いよく後方を振り返ったマリウスは雨に打たれながらも輝きを放つその金髪金眼の容姿を目にし、直後叫んでいた。

 

「げえっ、【剣姫】!?」

 

「て、敵襲うぅううううううううううううううううううううううううううううううッ!?」

 

 王国の部隊に追い付いたアイズは細剣を振り鳴らし、後方の部隊へと突撃する。

 兵士達の叫喚が打ちあがり、馬上のアレスともども部隊が驚倒する最中、マリウスは再び上空を振り仰いだ。

 目を凝らして視認できるのは、やはり鳥なのではなかった。

 金の色の翼に、はためく純白のマント、そして人の四肢。

 

 オラリオの冒(・)険(・)者(・)である。

 

「いつからオラリオは空も制するようになった……!?」

 

 オラリオの冒険者にして、世界に名を轟かせる【万能者(ペルセウス)】が空を舞う姿を見せつけられ、マリウスの顔が大きく歪む。

 そして彼が戦慄するのとほぼ同時に、悲鳴が響き渡った。

 

『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』

 

「ア、アイズ君……!?」

 

 一つの斬撃につき、複数の兵士は地に叩きつけられるか、あるいは宙を舞った。

 絶叫を量産させる『戦姫』がまっしぐらに突き進むのは部隊中央、軍神に捕らえられる女神の元である。

 

「うろたえるな兵士達よ!! 追撃してきたのは予想外だが、敵は所詮一人!! そして我々には王国最強の将軍達がいる! 行けガリューよ、あのような小娘────」

 

 自分に向かってくる『戦姫』に獰猛な笑みを浮かべたアレスが士気を高めるかのように手甲に包まれた右腕を突き出し、雄叫びを上げる。

 そして、その雄叫びを遮るかのように、空より凄まじい雷が降下した。

 

「なっ……!?」

 

 雨により視界が遮られる中、落雷地点より紅い眼光(ひかり)が駆け抜ける。

 突然の落雷に動きが止まった将軍達の間を眼光(ひかり)が走ると、一瞬ののち、屈強な男達は膝から地面に崩れ落ちていった。

 

「アレス様ッ、ガリュー様達が全員やられましたぁ!?」

 

「見ればわかるッ、今のはなんだァ!?」

 

 前方にいたガリュー達を倒したのは誰かとアレスが叫ぶと、雨の中から少年は姿を見せた。

 意識を刈り取った将兵達を足元に転がしながら、雨に濡れた白髪の下、深紅(ルベライト)の瞳に瞋恚の炎を宿したベルはアレス達を睨みつけていた。

 

「ベル君!!」

 

「リ、【リトル・ヒーロー】……!?」

 

 世界を騒がせつつある未完の英雄の姿に兵士達が顔を引き攣らせ、ヘスティアが嬉しそうにその名を呼ぶ。

 前門の【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】、後門の【剣姫】、上空の【万能者(ペルセウス)】。

 神々が『どう考えても詰みです本当にありがとうございました』などと口を揃えて言いそうな状況にアレスはぐぎぎぎぎぎっ、と往生際悪く歯を食い縛った。

 

「お、おのれ、こうなったらっ……!」

 

「うぐぅ!?」

 

 己とヘスティアを縛り付けている縄をほどき、アレスは馬から飛び降りる。

 解かれた事でヘスティアが地面を乱雑に転がされ、その光景にベルの怒りが激しさを増す。それに気付かず、馬上にあった長剣を装備したアレスは自分に近付いてくるベルに襲い掛かった。

 

「行くぞ、【リトル・ヒーロー】!! この私が相手だ!!

 

「…………」

 

「うぉおおおおおおおおおおッ!!」

 

 剣を振り下ろすアレス。左手を掲げるベル。

 パシッ、と軽い音と共に軍神の長剣は受け止められ、粉々に握り砕かれる。

 

「や、やるな……」

 

「……どいてくだ────」

 

「何やってんだアンタァ!?」

 

 長剣を粉々に砕かれ、ビビるアレスを放置し、ヘスティアの元へ向かおうとするベル。

 そんな彼とアレスの元に悲鳴と共にマリウス他兵士達が飛んでくる。

 少年が一騎打ちを仕掛けてきた愚神に興味を失くしたことにも気付かないほど必死に自分達の主を守ろうと殺到し、激しい剣戟が繰り広げられ、場が大混乱に陥った。

 

「い、今の内にアイズ君の方に…………えっ」

 

 足が動かせるようになり、大混乱に陥っているベルの元ではなく、アレスの元に殺到しているために人が減っているアイズの元へと行こうと立ち上がるヘスティア。

 しかし、直後、アレスを守ろうと躍起になる兵士達の足に、その小さな体が突き飛ばされた。

 

「────────」

 

 突き飛ばされた先は、山道の片側に広がる谷間。

 一瞬の浮遊感に包まれた後、ヘスティアは崖下の暗闇に引っ張られた。

 

「ッ……どけぇッ!!?」

 

 川の激流が走る深い渓谷に落ちていくヘスティア。

 その光景を目にしたベルはなりふり構わず、その身に宿る雷を全方位に爆発させる。

 吹き飛ぶ兵士達に脇目もふらず少年は走り、迷うことなく渓谷へ身を投げた。

 

「神様ッ!!」

 

 崖を蹴り、背後で炎雷を爆発させ、その身を加速する。

 矢となって自分に手を伸ばす眷属にヘスティアは瞳を揺らしながら、咄嗟に手を伸ばした。

 その手を掴んだ次には抱き寄せた彼女に『風』の加護を纏わせ、自らは雷を解除する。

 

 そして、そのまま勢いよく川へ着水した。

 

「ベル!!」

 

 ベルによって崖下に落ちかけていた兵士達を一人残らず、壁の方へと蹴り飛ばし、救出と共に意識を奪ったアイズはこの場の戦闘を放棄し、二人を追う。

『風』を纏い、深い谷間を蹴りつけ疾走し、岸にたどり着くと共に激流と並走していくアイズをアスフィは上空から目撃した。

 

「私も後を……いいえ、私の役割はそうじゃない」

 

 あの二人がいるのならば、生存に関しては何も問題はない。

 まさかの展開に動揺はしたもののそれを一瞬で殺したアスフィは嚢(ホルスター)から爆炸薬(バースト・オイル)を取り出し、王国(ラキア)軍へ投下した。

 自らが攻撃する際は有効射程まで高度は落とすものの、それ以外では高度を落とさず、決して敵からの攻撃は受けないように空から立ち回るアスフィに王国(ラキア)の顔が苦渋に歪む。

 ベルとアイズ、二人に信頼を向けるアスフィの眼下では、大雨により増水する急流が猛威の音を上げていた。




ここまで見ていただきありがとうございました。
また、未だ投稿間隔を戻すことはできませんが、次回の投稿のみ来週とさせていただきます。
どうかよろしくお願いします。
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