意思が通じる怪物
地中の奥深く。
いくつもの道が錯綜する広大な地下迷宮、巨大樹の内部を連想させる樹木の迷路。
天井や壁面にはびこる苔が青や緑に発光し、幻想的な秘境と見紛う光景が広がっている。
どこからか凶暴な怪物の遠吠えが響き渡り、錯綜する木の迷路を震わせていった。
やがて、ビキッ、と。
迷宮の一角で壁面に亀裂が走り、また新たなモンスターが産まれ落ちようとする。
音を立てて壁面を破り、最初に現れたのは、青白い肌の腕だった。
すぐに同色の肩、首、頭部、次には一気に上半身と下半身が出て、地面に落ちる。
四肢を持ち、女性を彷彿とさせる滑らかな線を描く人型の体躯。肩や腰を始めとした部分的に生え渡るのは無数の鱗。
頭部から伸びる青銀の長髪を揺らし、倒れ伏した体勢から、ゆっくりと顔を上げた。
額に美しい紅石を埋め込んだ一匹のモンスターは、虚ろな瞳で辺りを見回し、樹木で塞がれた天井を見上げる。
細い喉が、震えた。
「……ここ、どこ?」
怪物でありながら、その存在は確かな知を感じさせる人の言葉を放った。
知性を持ち、意思がある、異端の怪物に待つ運命とは…………。
オラリオに帰還後、ベルは一人、ある
依頼者は『豊穣の女主人』……そして、シルとノエル。
初めは、たまたま酒場に訪れたベルにアーニャ達を筆頭とした店員達が時々いなくなるシルの秘密を探って欲しい、というもの。
当然と言えば当然だが、ベルはその話は断った。リューに真に受けないで欲しいと言われたのも一つの理由だが、やはり個人の
では、彼女達の頼みを断ったベルが赴いている
依頼者が酒場にいなかったシル、そしてノエルなのは一体何故なのか。
「シルお姉ちゃーん、オーラル橋やろー!」
「お兄ちゃん、冒険者ごっこ!」
その答えはこの場所にあった。
ベルが今いるのは、『ダイダロス通り』に存在する一つの孤児院。
アーニャ達の頼みを断った後、何の因果か私服姿のシルとノエルにたまたま出会い、彼女に頼みがあると言われ、二人に誘われるまま、孤児院に来ていたのである。
初めのうちは好奇心旺盛で元気一杯な子供達に引っ張りだこにされたり、子供達が少し落ち着いてもシルと色々な話をしたりと、騒がしくも楽しい時間を過ごしていた。
しかし、それも夕刻まで。
日が暮れ始めた頃、シルとノエル、そして三人の子供達は少年にあるお願いをした。
報酬として、ベルに三枚の金貨を差し出しながら。
「えっと、ここ?」
「うん、この辺り……」
三人の子供達……ヒューマンのライ、
子供達の依頼とは、どこからか聞こえてくる『謎の声』を調べて欲しいというもの。
「少し前から私にも相談してくれてたんですけど……私一人じゃこの中を探すどころか、歩くのも難しくて……」
シルが力不足を悔やむような表情を浮かべるが、この瓦礫の中から何かを探し当てるというのは、恩恵を持たない一般人の力ではまず不可能だろう。
無理に動いて怪我をしなくてよかった、とベルが笑みを浮かべると浮かない表情をしていたシルも彼に笑みを返した。
「この近くで、う~っ、う~っ、っていう唸り声が聞こえてくるの」
「最初は犬か何かだと思ったんだけどさ……どこにもいないし」
子供達は夜な夜な肝試しをしていた時にその声に気付いたという。
それ以来通りかかればずっと聞こえてくるようになり、気味が悪くて、気になるらしい。
ベルはシル達を下がらせ、廃墟の海にある瓦礫の一つに乗る。
見渡す限り続く瓦礫や木材の周辺には人はおろか、小動物の一匹も見当たらない。
『…………ゥ…………ゥ』
「……確かに、何かがいますね」
だが、聞こえた。
子供達の言う謎の唸り声は、確かにベルの耳に届いた。
強化された聴覚を頼りに、ベルは耳に神経を集中させ、瓦礫の海を歩く。そして、他にも多くある瓦礫の密集地帯の一つの前で立ち止まる。
何の変哲もない建物の倒壊後。しかし、音の出処は、間違いなくここだった。
「ふっ……!」
ベルが両手を使って瓦礫を動かし始めると、背後で子供達が沸いた。
驚く子供達の歓声を背に受けながら、大きな石柱や木材を撤去していく。
やがて、露出したのは通りと同じ石畳。
「…………いや、これって」
声はそこから聞こえてくるが、他と同じ石畳しかない。
そこに違和感を覚えたベルが慎重に地面をなぞっていくと、指先が引っかかった。よく見ると、巧妙に石畳に似せた石板がずれており、そこに指先が触れている。
ベルは触れた指先を石板にしっかり引っかけ、一思いに『扉』を地面から引き剥がした。
「うわぁ、すっげぇ!!」
「こ、これ、地下通路……?」
「お兄ちゃん、すごい……」
「もう、危ないから走っちゃダメだよ、みんな」
大量の砂煙と共に開いた石扉に、ライ達がシルの制止を無視して廃墟の海を渡って駆け寄る。
興奮と動揺と驚嘆、子供達の三種類の声を背中で聞いたベルは、現れた地下道にその目を大きく見開いていた。
(なんで、ここに入り口が……!?)
眼下に広がるのは忘れもしない、『人造迷宮クノッソス』の一端。
人と怪物の悪意に満ちた、最悪の迷宮。
この先に、『何か』がいる。
「…………シルさん、魔石灯を貸してください」
「ベルさん……?」
ただの地下道に何かがいるのなら、大きな問題になる確率は高くないだろう。
だが、地上の近くに位置するこの人造迷宮の入り口の奥に『何か』がいるのなら、それは即刻対処しなければいけない。
援軍を待つことは出来ない。もしもその『何か』が意思を持つ者だったとしたら、今この瞬間にも石扉が開いたと察知して襲撃してくる可能性がある。
腰に据えた黒剣を右手に、シルから魔石灯を受け取る。
不思議そうにしていた彼女もベルの張り詰めた表情からただならぬ気配を感じ取ったのか、何も言わずに手渡した。
「オレも行く!?」「ボクも……」「わ、私もっ、怖いけどっ」
子供達が付いていくと言い出したが、ベルもシルもそれには首を振る。
当然、それで納得する筈もない子供達。駄々をこねるライ達を説得しようとシルが口を開く……よりも早く、ベルが三人の子供達の前に膝をついた。
「ごめんね、今回ばかりは絶対に連れていけない。あれはただの地下道じゃなくて、本物の
「えー……でも……」
「だから代わりに僕からみんなにお願いしたいことがあるんだ。僕からの
まだまだ不満そうな子供達だったが、ベルの
それに笑みを浮かべたベルだったが、それをすぐに消すと子供達に依頼の内容を話し始めた。
「三十分経っても僕が帰ってこなかったら、【ロキ・ファミリア】をここに呼んでほしい。三人の内の一人か二人で行って、他の人はこの近くからマリアさんと子供達を避難させてほしい」
「……それだけ?」
「それだけだよ。でも、とっても大切で大事な依頼だ。君達にしか任せられない……お願いできるかな?」
ベルの依頼に拍子抜けしたような顔をしていたライ達だったが、やがてわかった、と子供らしさを残した真剣な顔で頷いた。
ありがとう、と三人の頭を優しく撫でたベルは地下道の前まで進む。その隣にシルが歩み出る。
「ライ達にはああ言いましたけど、もし本当に僕が帰ってこなかったら……シルさん、ライ達といマリアさん達をお願いします」
「わかりません」
「はい、お願いしま……えっ」
了承してくれるのだとばかり思っていたベルがシルの返しに思わず呆けた声を漏らす。
困惑した様子で彼女の方を向くと、シルはどこか怒ったような様子でベルを見据えていた。
「この先に何が待ち受けているのかは知りませんけど、そんな風に任せられるのは嫌です。どんな形でも必ず帰ってきて、私達と一緒に助けを呼びに行ってくれないとダメですから」
「……わかりました」
とんっ、と指先で胸を押してくるシルにベルは笑みを浮かべる。
知らず、固くなりすぎていた表情を少しだけ緩め、深く息を吐いた。
『声』は今もなお聞こえてくる。
その正体を確かめるべく、ベルは地下道に続く階段へと歩を進めた。
そんな少年の服の裾を、一人の少女が握る。
「っと……ノエル、どうしたの?」
「……えっと、ね」
服の裾を掴んだのはここまで何も話さずに、地下道を見つめていたノエル。
自分を見上げてくる少女と目線を合わせ、言葉を待つと彼女は言葉を紡ぎ出した。
「この声、すごく、かなしそうなの……だから、おはなしを、聞いてあげて?」
「悲し、そう……?」
そう話すノエルにベルは首を傾げるが、それをすぐに忘れるような真似はしなかった。
精霊としての力はほとんど失われているものの、何かを感じ取ったのかもしれない。
「わかった。覚えておくよ」
教えてくれてありがとう、とノエルの頭を撫でて今度こそベルは地下道へと踏み込んだ。
地下階段を支配する暗闇を、魔石灯の光が斬り裂いていく。
見えたのはあの日、ベルが見た物と全く同じ材質の階段、壁、天井。やはりここは『人造迷宮クノッソス』、あるいは『扉』に繋がる地下道のようだ。
(こんなところにも出入り口があるなんて……フィンさん達に伝えておかなくちゃ……)
警戒心を高め、階段を慎重に下っていると壁に埋め込まれた小型の装置に気付く。
罠の気配がないことを確認し、そっと手を伸ばすと、細い音を鳴らし石が作動した。等間隔で壁に埋め込まれていた魔石灯が作動し、先の見えない暗闇が視界の利く薄闇へと変わる。
この装置は『クノッソス』にはなかった。もしや似ているだけであの迷宮とはまた違ったものなのか、と思考を重ねながらさらに下へ降りると、はっきりとその先から謎の唸り声が響いてきた。
「…………」
剣を握り、ベルは階段を下り終える。
現れるのは闇が溜まる広い空間。ここは通路ではなく広間のようだ。
階段の前でベルは立ち止まる。辺りを見回すためではない。闇の中から聞こえてくる唸り声が人のものでも、動物のものでもないことに気が付いたからである。
左手に持つ魔石灯を掲げ、目の前の闇を払いのける。そして、嘆きにもすすり泣きにも聞こえる声の主を照らし出した。
『────ォオォ』
浮かび上がったのは、ねじれ曲がった二本の大角、黒の体皮、赤の体毛、そして巨大な体躯。
黄玉のごとき眼光を向けてくる相手に、ベルは即座に臨戦態勢を執った。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』
強烈な『
そこにいたのは、
迫りくる巨大な怪物に、ベルは右腕を突き出す。
「【ファイアボルト】!!」
放たれた炎雷の矛が敵の体躯に炸裂する。
出し抜けに繰り出された『速攻魔法』に驚愕と苦鳴を上げるモンスター。突撃を押し返した相手に追撃を仕掛けようとしたベルだったが、とてつもない違和感を覚え、追撃をしようとした足が止まってしまう。
(なんだ、今の声は……?)
絶好機だったというのに、少年はその場を動く事ができなかった。
魔法を被り、火光を放ったことによりモンスターの姿形がわかっても、ベルは何故か攻撃の手を躊躇ってしまう。
(『バーバリアン』、『深層』のモンスター……こんなことを考えて戦える相手じゃない……っ、でも…………!)
何故ここにそんなモンスターがいるのかなどという疑問を覚える暇もないほど、少年は解消しない違和感に胸を搔きむしりたい衝動に襲われていた。
その間もモンスターはベルにその剛腕を繰り出すなど、激しい攻撃を仕掛ける。当たれば今のベルでもタダでは済まない攻撃の嵐にますますベルの思考は乱されていく。
(強い……それにっ、この感じ、『あの時』と────)
強化種、あるいはそれを超える強さ。だが、この個体の強さの本質が魔石を喰らったことによるものではないことにベルが気付く。
本能や破壊衝動に任せて暴れ回るのであれば、今のベルの状態でも容易く制圧できた。だが、目の前の怪物は戦うための明確な『自己』を、そして冒険者のように『技』と『駆け引き』を持っている。
あの日打ち破った、因縁の相手のように。
「ッ!!」
『────────────────────ッ!?』
腕の大振りに隙を見出してしまったベルは、その隙に飛びつく。
見え見えの隙に飛びつくらしくもない
黒剣がバーバリアンの腰を斬り裂き、血飛沫が舞うと、モンスターの絶叫が響き渡った。
「────」
傷口を押さえ苦しむバーバリアン。
隙だらけのその姿を前に、ベルは立ちつくしていた。
少年の耳を震わすモンスターの悲鳴。
獣と酷似するその叫喚に含まれる、怒り、苦しみ、そして悲しみの感情。
今まで聞いたことのないまるで人が上げるような怪物の『痛哭』に、自分に向けられる怪物の怯えた瞳に、ベルは言葉を失ってしまった。
(痛がって……悲しんで……怯えてる……このモンスターは、どうしたら……)
違和感は攻撃への忌避感となり、ベルを苛ませる。
攻撃を仕掛けることはおろか、その場を動けずにいると、苦悶していたバーバリアンの眼光が鋭く光った。
「かっ……!?」
棒立ちとなっていたベルの首に、バーバリアンがその大顎から放った長い舌が巻き付く。
回避も出来ず、首を締めあげられる形となった少年は何とか引き剥がそうとするが、最後の機会を手放すまいと渾身をもって絞め上げてくるバーバリアンの舌を剥がすことが出来ない。
「こ……の……っ……!」
このままでは死ぬ。
それを悟ったベルは引き剥がすことを諦め、右手の剣を振り上げる。
斬り落とすため、伸びた舌に剣を振り下ろそうとしたベルは……それを見た、見てしまった。
最後の希望が絶たれようとする瞬間の、バーバリアンの震える瞳を。
そして思い出す。
「…………ぐ…………ッッ!!」
ベルは、右手の剣を振り下ろさず、広間の壁へと放り投げた。
信じられない行動にバーバリアンが意思を持っているかのように目を見開く。
そして、少年は首を絞められたまま、声を上げた。
「ぼ、くは……っ、もう、貴方に、きが、いを……くわえるつも、りは、ないっ……!」
あろうことか、少年が上げた声は、モンスターの説得というものだった。
他の冒険者が見れば、百人に百人が唖然とするあまりにも愚かな行為。
ベル自身もそれを自覚している。故にこれは一か八かの賭けだった。賭けではあるが、その瞳には何かを確信しているような光があった。
『…………ォオ』
「う、っ……は、はぁ……っ……!」
その賭けは、成功した。
バーバリアンは少年の説得に応じたかのように、首を絞めていた舌を外したのだ。
酸素を求める脳の指令のまま、膝をついて荒い息を何度か繰り返したベルは呼吸を整え、前を見据える。
バーバリアンは唸り声も上げず、剥き出しだった敵意も収め、少年を見据えていた。
「……僕の言葉の意味、わかりますか?」
探るように、語り掛けるベルにバーバリアンは静かに頷く。
一方で少年は平静を装いながらも、その胸中は酷く揺れていた。
意思が通じるという事実に、人の本能に刻まれた嫌悪感、忌避感が顔を出しそうになるが、何とか抑える。それを今ここで出してしまえば、もう二度と通じ合うことは出来ないと、全力で。
意思疎通ができるモンスターなど聞いたこともない。ましてや、言葉が通じるモンスターなんて神々でさえも知らないかもしれない。
「何を、聞くべきか……?」
戦闘を中断したものの、どうするべきかわからず、頭を抱えるベルはバーバリアンの体を見つめ、あることに気付く。
その体に刻まれた多くの傷である。よく見るとその巨体は血に塗れていた。その中で一際ベルの目を引いたのは、付着した血が凝固しているというのに
「その傷は……!」
忘れもしない、自分を二度殺しかけた最悪の
『クノッソス』のような場所にいるモンスターが、そこを拠点としている
そこから導き出される答えと思われる一つをベルは呟く。
「貴方は……その傷を負わせた誰かから、逃げてきた……?」
瞳孔なきバーバリアンの瞳が伏せられ、静かに頷く。
ベルが広間の最奥に目を向けると、どこかに繋がっているであろう通路が崩れていた。
おそらく、嘘はない。彼、もしくは彼女は
しかし、だからと言ってどうなると言うのか。
モンスターである以上、地上に運び出すことは出来ない。見つかった瞬間、バーバリアンは討伐され、それを連れたベルも大きな
ただ、目の前の存在を知ってしまった以上、ベルに放っておくなどという選択肢は存在しない。
どうにか穏便に、元々生きていたであろうダンジョンに帰すことはできないか……そこまで考えたところで、ベルはとある【ファミリア】の行動を思い出した。
「そうだ、【ガネーシャ・ファミリア】……ガネーシャ様なら、なんとかしてくれるかも……」
それ以外の考えが浮かばなかったベルは、その旨をバーバリアンに伝えると、彼か彼女はしばし迷った末に首を縦に振ってくれた。
「なら、僕は一度ここを出てその人達を呼んできます。できるだけ早く戻ってきますけど、体の方は大丈夫ですか?」
「オオ……」
塞がらない傷の苦しみを身をもって知るベルは傷だらけの体を気遣う。
その気遣いにはバーバリアンは首を横に振り、大丈夫だとその場で跳ねてみせた。
いつの間にか、目の前のバーバリアンからは敵意は消え去っていた。
「じゃあ呼んできます。ここで待っていてください!」
魔石灯を手に持ち、乱雑に放り投げられたことに抗議するように淡い光を放つ黒剣を拾い上げ、心の中で謝りながら、ベルは階段を駆け上がっていく。
地上の光が見えると、少年は一息に地上への階段を上り切った。
「ベルさん! 無事でよかった……」
「ベル兄ちゃん大丈夫!?」「ち、血が付いているよ……」「……痛い?」
地上に戻ると、ほっとしたような表情のシルと慌てふためく三人の子供達に迎えられた。
全ての事情は話すことは出来ず、かといって何も話さないのであれば地下道に子供達だけで行きかねない。
何とか、【ガネーシャ・ファミリア】を呼べば大丈夫だということを伝えたベルは、まだまだ話を聞きたがっている子供達を不思議な笑みを浮かべているシルに任せ、彼の派閥の
辿り着いたところで、一つの問題に直面する。
門番が急に現れた他派閥の冒険者を、事情も聞かずに通すはずがないということである。
意思を持つモンスターがいる、なんて話したところで何かの冗談だとあしらわれるだけだろう。
(まずい、どうしよう……)
「私達の派閥に、何か用か? 【リトル・ヒーロー】」
ホームの前でおろおろとするしかない、そんな時だった。
背後から、女性の声がかけられる。
ベルが振り向くと、そこには
「【
「ああ、それで合っている。ひとまず、こちらの質問に答えてもらおうか」
強い疑いの目ではないが、夜も近いというのに他派閥のホームの前で妙な動きをしていたベルを怪訝な顔で見つめるシャクティ。
神が相手ではないが、嘘や誤魔化しが効かなさそうなその目に少年は言葉を詰まらせ、少しの時間ののち、諦めたかのように息を吐いた。
「その……できればガネーシャ様に伝えたいことがあって……」
「伝えたいことか。それは一体なんだ?」
特段悪いことをしているわけでもなく、悪巧みをしているわけでもないのだが、都市の憲兵、その団長の瞳にベルは思わず委縮してしまう。
縮こまった体で、目の前の麗人にしか聞こえぬよう囁くように少年は事情を話し始めた。
「ガネーシャ様に伝えられないならここだけの話にしてください…………『ダイダロス通り』で、
到底信じられるはずのない、荒唐無稽な話。
冷静になれば、ベル自身も今何をしているのか理解できない話をした少年が何故か反応しない麗人の反応を恐る恐る窺うと、彼女はその整った顔立ちを驚愕に染めていた。
「意思疎通……人の言葉がわかる、モンスターだと?」
「は、はい……」
戸惑うのはベル。
一蹴とまで行かずとも信じられないと話を切られると思っていたというのに、彼女のその反応は何かを知っている、そんな例外の怪物を知っていると言っているようなものだった。
「……その話は、他の者には話していないんだな?」
「えっと、してないです……」
「そうか……よく話してくれた、この話は私からガネーシャ様に伝えておく。後は私達に任せてくれ。口外は厳禁で頼む。そのモンスターが見つかった場所はどの辺りだ?」
シャクティは戸惑うベルからそのモンスターの情報と居場所を聞き出すと、ベルが止める間もなく足早にその場を去っていった。
駆け足過ぎる展開の移り変わりにしばらくそこで固まっていた少年は、とりあえず信じてもらえたのか、と今日何度目かの戸惑いに襲われながらひとまず孤児院へと戻っていった。
孤児院ではシルと眼を擦って眠たそうにしていたノエルとライ達がベルを迎える。
神妙な顔をするシルにひとまずはもう大丈夫、と【ガネーシャ・ファミリア】が来てくれることを伝え、孤児院を管理しているマリアへの挨拶もそこそこにベルはシルとノエルと一緒に帰路につき、二人を『豊穣の女主人』へと送り届けた。
帰り際、シルが何かを言いたげに口を開きかけていたが、思考の海に耽ろうとしていたベルはそれに気付くことはなかった。
(あのモンスター……何だったんだろ……言葉が通じるモンスターなんて、聞いたこともないし、本で読んだこともない……)
ホームへの帰り道でベルは件のモンスターについて思考を重ねる。
今の自分の知識では答えの出ない疑問だと理解しているが、それでも思考をやめることは出来なかった。
「……
思考の最中、零れ落ちた呟き。
色々な人の顔が浮かんでは消え、最後に金の憧憬の顔が浮かぶ。
彼女との約束の日は明日。
早朝より、彼女を加えたパーティでダンジョン探索に向かうことになっている。
こんな思考を抱えたままでは、彼女の前で情けない格好を晒してしまうかもしれない。
「……一旦、【ガネーシャ・ファミリア】が動くまで、置いておこう」
一度、先ほどまでの出来事を頭の片隅に置いておくことを決めた。
そうでもしなければ、今日は眠ることさえできない。
思考を切り替え、明日の探索へと向けたベルはまだ知らない。
明日のダンジョン探索、そこで今日の
その
新たな章に突入となります。
どうかお付き合いいただけると幸いです。
ここまで見ていただきありがとうございました。