二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

14 / 22
お待たせしました。
今回の話には名無しのキャラによる露悪的な表現が含まれます。そのキャラの今後の出番はあと一度ぐらいになりますがご注意ください。

それでもよければどうぞ


迷宮都市オラリオ
『不運』の連鎖、そして始まりの『幸運』


「おい、坊主。見えてきたぞ」

 

 馬車に揺らされながら、本に読みふけっていると御者のおじさんが声をかけてくる。

 体を起こして馬車の荷台から顔を出し、外を見る。

 

「……あれが」

 

 整備された街道を行く馬車の上からは一つの光景が見えた。

 大きな壁に囲まれた巨大な都市、天に向かってそびえたつ白亜の巨塔。

 まだ相当距離があるはずなのに今まで見たありとあらゆるものよりも大きく見えるその都市に思わず見とれてしまう。

 

「すごいですね」

 

「やっぱあんたもそう思うか。オラリオに初めて向かうやつはみんなそう言うぜ」

 

 思わず感嘆のため息を漏らす僕を御者のおじさんは微笑ましそうに見ている。

 ちょっと恥ずかしかったがそれ以上にもうすぐそこまで来ているという事実に胸がいっぱいになる。

 ここまでたどり着く前に馬車から顔を出せば小さく見えていたとはいえ、近くに来てはっきりと見えたその全貌は圧倒的だった。

 

 迷宮都市オラリオ───

 

 富と名声、運命の出会いすら存在する『世界の中心』

 あの二人の元までもうすぐたどり着ける。思わず僕は勢いそのままに馬車から─────

 

「ほら、あと数時間もありゃあ着くからもうちっと我慢しておけ」

 

「……そうですね。お願いします」

 

 降りてオラリオに向かおうとする寸前におじさんの声で冷静になる。

 こんなところから走っていくとおそらく日が暮れてしまう。

 僕はこみ上げる興奮を何とかして抑えながら馬車がオラリオに着くその時を待った。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「さあ着いたぜ。がんばれよ、坊主!」

 

「はい! ここまでありがとうございました!」

 

 ここまで送ってくれた馬車を見送り、僕はそびえ立つ石壁を見上げる。

 何度見てもため息が出るほどの感動を覚えてしまうが、周りの人の好奇の視線にはっと我に返る。

 そのままそそくさと都市の入り口に並ぶ商人や旅人たちの長蛇の列に加わり、都市に入れるその時を待つ。

 

「次の者!」

 

 そろそろ並ぶのにも飽きてきたころにようやく僕の順番が来た。

 緊張半分ワクワク半分に門衛の前に立つ。

 

「通行許可証はあるか?」

 

「えっ」

 

 一気に緊張の比率が上がった。

 通行許可証なんてものは僕は持っていない。

 まさかそういったものが無ければ都市に入れないのかと焦っていると黒い服を着た門衛の人……多分噂の都市管理機関(ギルド)の職員の人から朗らかに笑いかけられる。

 

「焦らなくていい。その荷物から旅人かと思ったが違うようだな。ということは冒険者になりに来たんだな?」

 

「! はい!」

 

「なら大丈夫だな。君のような冒険者志望の人間は何千人とくるからな」

 

 いちいち取り締まっていたらどれだけ待たせてしまうかわからない、と言うと僕に背中を向くように指示を出す。

 

 そして僕の背中にランプのようなものを押し付けてくる。

 ギルドの人が言うには、神血(イコル)に反応する魔道具(アイテム)らしい。

 神の眷属ではないということを確かめて、他の国の間者ではないことを確かめるためなんだと思う。

 

 そのまま何もせずに待っているともう一人の門衛───多分冒険者の人が話しかけてきてくれた。

 

「また随分と可愛い面をしたやつが来たと思ってたんだが……お前さん、相当鍛えていやがんな? 服の上からじゃあはっきりとはわかんねえけどよ」

 

 少し僕を試すような顔でニヤリと笑いかけてくる。

 その身体と言動ではっきりとこの人は都市においても強い冒険者に位置する人であることが分かった。

 技も含めればわからないけど僕が知ってるアイズちゃんよりもこの人は強いんじゃないかと想像がつく。

 お母さんよりは弱いだろうし、成長した今のアイズちゃんが負けるとも思わないけども。

 

「そんな鍛えてんならオラリオに食い扶持を稼ぎに来たっていうつまらねえ理由じゃねえんだろ? ここに何をしに来た? 金か、名声か……もしやと思うがその顔で女好きなのか?」

 

「『英雄』になりに来ました」

 

 躊躇うことなく堂々とその冒険者の前で宣言する。

 その言葉が聞こえていたのか周囲から僕を笑うような、馬鹿にするような声が聞こえる。

 想定の範囲内だ。そもそもその程度の声で怯むのなら『英雄』になんてなれはしない。

 けれども目の前の冒険者の人とギルドの職員の人が驚いたような表情を浮かべてはいるが、馬鹿にするような表情ではない。

 

「───そうか、いいじゃねえかその夢。そのために鍛えてたのか?」

 

「はい」

 

「……くく……面白いガキだな気に入った! 俺は【ガネーシャ・ファミリア】のハシャーナってんだ。何かあったら俺のファミリアと俺の名前を出して俺たちの本拠(ホーム)に来い! 俺からウチの主神に掛け合ってやる!」

 

「ありがとうございます!」

 

 そうやって冒険者……ハシャーナさんと話しているうちに検問は終わったのかギルド職員の人が魔道具をしまう。

 

「ハシャーナがすまんな少年。問題はなかったから入っていいぞ。それと冒険者登録をする際はまずギルド本部に向かってくれ。ただし登録の条件は『神の恩恵(ファルナ)』を授かった者……つまり【ファミリア】に入団した者だけだ。そこは気を付けてくれ」

 

「わかりました」

 

 背中を見せるために降ろした荷物を背負いなおしてついに都市の中に向かう。

 何度目かわからない胸の高鳴りを感じる。

 

「おっと、最後に何か聞いておきたいことはあるか?」

 

「……うーん、特に何もないですね」

 

「じゃあ俺から。坊主、冒険者にとって一番大切なことは何だと思う?」

 

 少し考え、お母さんから学んだことを思い出す。

 

「いい神と巡り合えること……ですか?」

 

「おっ! よくわかったな! こればっかりは自分でどうにかするしかないからな。いい神を見つけるのはお前の腕の見せ所だ。あとは───」

 

「『運』……ですよね」

 

 僕がそう言うとハシャーナさんはニヤリと笑い、そうだ。と言って僕の肩を激励するかのように叩き、次の人のほうへと向かった。

 その背中とギルド職員の人に一礼をし、僕はついに解放された門扉をくぐった。

 

 オラリオに入って僕はまずオラリオに存在する墓地へと向かった。

『第一墓地』または『冒険者墓地』と呼ばれる場所には僕の知り合いの人は誰も眠っていない。

 けれどもそこにはまず最初に行くと決めていた。理由は『古代』の英雄たちの墓があるからだ。

 

 物語で見た名前が刻まれている英雄たちの墓に一人、誓う。

 貴方たちに追い付くことを、貴方たちの英雄になることを。

 澄み切った蒼穹の下、僕は英雄たちにその願いを黙祷とともに捧げた。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 けれどもその願いが曇るような出来事が起きてしまった。

 宿で夜を過ごした僕は早速お母さんたちが所属している【ロキ・ファミリア】の本拠へと向かった。

 お母さんは自分たちのところでなくても構わないと言っていたけど、今オラリオに存在する【ファミリア】で一番早く強くなれるのはお母さんたちがいるところだと僕には確信があった。

 

 本拠に辿り着いた僕は門の前に立つエルフとヒューマンの門番の人に入団したいといった旨を伝えた。

 しかし、返ってきたのは……

 

「ダメだ。お前のような奴はウチの【ファミリア】には相応しくない」

 

 思わず呆けてしまう。

 期待にあふれた僕を待っていたのは門前払いという結果だった。

 

「もう一度言ってやる。貴様のような子供など栄誉ある【ロキ・ファミリア】に相応しくない。即刻立ち去れ」

 

「そんな……! せめて神様や団長の人に会わせてください! それに入団者を募集しているのは見ました! なのに門前払いなんて納得できません!」

 

 納得できずに支離滅裂になりながらも食い下がる。

 僕が見た掲示物には【ロキ・ファミリア】は確かに神との面談や幹部との面談で入団の合否を決めると書いてあった。そこに見た目、種族、現時点での強さなどの条件はない。

 そんな僕を嘲笑うかのように門番は続ける。

 

「入団させないのがわかっているのにそんな手間を取らせるわけにはいかないだろう? そもそも貴様に何ができる? 背丈も大してない、見たところ鍛えてもいない、種族もただのヒューマン、戦闘経験もないだろう、頭も大してなさそうだな。ああ、農作業ぐらいはできそうだ」

 

「ほら、さっさと消えろ。それとも痛い目を見ないとわからないのか?」

 

 ヒューマンの門番が槍を構えるのを見て反射的に剣に手をかける。

 

「なんだ? そのみすぼらしい剣でやろうってのか?」

 

『鍛えていない』、『頭もない』、そしてたったさらに言われた『みすぼらしい剣』。

 僕自身を馬鹿にされるのは正直どうでもいい。ただ今までのアイズちゃんとの訓練やお母さんの教えが否定されるような言葉、大切な贈り物の剣を馬鹿にされる発言に頭がカッと熱くなり、視界が赤く染まる。

 けど色々爆発しそうになるのをグッと堪えて、無言でその場から立ち去る。

 

 後ろから嘲笑するような雰囲気を感じるが振り向かない。

 これ以上あそこにいれば二人の門番の行動のせいだけで【ロキ・ファミリア】自体を嫌いになってしまいそうだった。

 あんな人達が全てじゃないのはハシャーナさんと初めに会えたからわかってはいる。

 けどそれとこれとは話が別だ。なぜあんな人達が僕が憧れたお母さんたちと同じ【ファミリア】にいるのか甚だ疑問だった。

 

 だがそんな疑問を考える暇もなく、そこから僕を待っていたのは門前払いの嵐だった。

 特に腹が立ったのは【ロキ・ファミリア】と同じように見た目のみで判断され、入団を拒否されることだった。

 服を着ているのだから仕方がないのかもしれないけどハシャーナさんはそれに気づいて評価していてくれた分、見た目で落とされた時の落胆は酷かった。

 徐々に見た目で判断して落としてくる【ファミリア】などこっちが願い下げだと考えるようになったからまあいいんだけども。

 

 断られ続けて一週間が経ったある日、徐々に焦りを感じながら入団の許可をしてくれる【ファミリア】を探しているとなぜ今まで気が付かなかったのかわからないくらい立派な【ファミリア】の本拠が目に入る。

 立派なのにどことなく寂しく、悲しい雰囲気を感じるのを不思議に思いながら思わずそこに足を運んでしまう。

 

 扉の前に立ち、軽く叩く。

 しばらくすると軽く走ってくるような足音が聞こえ、扉が開かれる。

 

「はーい! どちらさ、ま? ……本当にどちら様?」

 

 建物の中から出てきたのは滑らかな赤い髪をそのまま背中に流している目を奪われそうになるほどの美女だった。

 だがその美貌よりも左目につけられた黒い眼帯に目を引き寄せられる。

 

「……あ、もしかして入団希望者かしら?」

 

「えっ、あ、まあはい」

 

 そう僕が条件反射的に反応すると彼女は少し顔をゆがめた。

 何かあったのかと聞く前に彼女は、

 

「門前払いをしたいって訳じゃないけど……ウチはオススメしないわ」

 

「……どうしてですか?」

 

 悲しそうな表情を浮かべた彼女は何かを堪えながら口を開く。

 

「私たちは……終わったファミリアだから」

 

『終わったファミリア』

 なぜそんなことを口にしたのかわからない。理由を聞こうにもあまりにも辛そうな表情を浮かべる彼女に何も言えなくなる。

 そのままお互いに喋らずに無言の時間が続いていると、二人の足音とコツコツと床を何かで突くような音が聞こえてきた。

 

「おーいアリーゼ、どうしたんだ?」

 

「あら? その子は?」

 

 出てきたのは両目を覆うように包帯を巻き、杖をついている小人族の女性と赤い髪の女性と小人族の女性とは一線を画す雰囲気をまとった美女だった。

 

「えっと……私たちのファミリアに入りたいと言ってるんですけど……」

 

「あー……そう来たか」

 

 アリーゼと呼ばれた女性と同じような反応を後から出てきた二人は見せる。

 どちらもどことなく辛そう雰囲気だ。

 だけど何も聞くことはできない。僕はまだ深く踏み込めるほど彼女たちを知らないからだ。

 

「ごめんなさい……今の私たちは色々あって新しい団員を募集していないの。だからあなたを入団させてあげることはできないわ……」

 

「力になってやれなくて悪ィな」

 

 わかっていたことだがここまで断られると精神的に堪える。

 幸運なのはこの神様たちが今迄あった人達よりもとても優しい人達だったことだろうか。

 

「わかりました。急に来たのに考えてもらっただけですごく嬉しかったです。ありがとうございました!」

 

 まだ何か言おうとしていたけども最後まで聞かずにその場を立ち去る。

 これで元々断られてきた探索系のファミリアに加えて、偶然見つけたファミリアにも事情があったとはいえ断られてしまったというわけだ。

 

 オラリオに来てから初めに会ったのがハシャーナさんだったが故に突き付けられた現実の落差に押しつぶされそうになる。

 こんな所で諦めるつもりは毛頭ない。ないがそれでも───

 

「……きっついなぁ…………」

 

 壁に寄りかかりながら思わず漏れてしまった弱音。

 アイズちゃんとの訓練でもお母さんとの勉強の時でもおそらく出ていないはずの言葉。

 それが出てきた瞬間、思考がどんどんと悪い方向に向かっているのがわかってしまう。

 

「……ダメだ……切り替えろ……『英雄』になるんだろ…………この程度で音を上げるな…………」

 

 言葉とは裏腹にふらふらとした足取りで賑やかな通りから人もいなさそうな裏通りに足を進める。

 自分の心の弱さがここまで弱かったなんて思ってもいなかった。

 ───後にして思えばこの時に自分の心の弱さを知れてよかったのかもしれない。

 

「おーい、そこの君ぃ。路地裏は危ないから、行かないほうがいいぜ?」

 

 そんな僕に誰かが声をかけてくれた。

 後ろを向くと髪を二つに結んだ小さな女の子が立っていた。

 

「……子供……? どうしたのこんなところで。迷子なの?」

 

「むっ! 失敬な! ボクはこれでも神様なんだぞ! ……それと迷子みたいな目をしているのは君のほうじゃないのか?」

 

 心が折れそうになっていることを自称神様に見破られる。

 ただその身に纏っている不思議な雰囲気がこの人は本当に神様なのだと伝えてくる。

 

「あー、その……急に話しかけたのは……見てられなくなったというか、寂しそうな君の姿に居ても立っても居られなくなったというか……」

 

「……ずっとついてきてたんですか?」

 

「ううん、ずっとではないよ。ついさっき君があそこの道から出てきてから見させてもらってたよ……ごめんね?」

 

 あのファミリアに断られたあたりから見られていたらしい。

 そんな視線に気が付かないほどに僕は余裕を失ってたみたいだ。

 

 

「えっと……君は入る【ファミリア】を探しているんだろ?」

 

「……はい」

 

「そのー……実は、ボクも今ちょうど【ファミリア】の勧誘をしていてね……その、冒険者の構成員が欲しいなぁーなんて奇遇にも思っていて、その、うん、えーと……」

 

 スッと神様が僕に向かって手を差し伸べてくる。

 僕の手よりも小さな手。だげどその手が僕に光をもたらしてくれた。

 

「ボクの【ファミリア】に入ってくれないかい?」 

 

 僕はきっと、必ず、絶対に。

 この出来事を、この光景を、この出会いを、忘れないだろう。

 

 僕を見つけてくれたあの人の姿を。

 僕の心に気付いてくれた慈愛に満ちたあの人の瞳を。

 

「僕なんかで……いいんですか」

 

「君こそ、ボクなんかが神様でもいいのかい?」

 

「いいです……あなたがいいです……! あなたの【ファミリア】に入れてください!」

 

 僕が手を握り返すと、本当に嬉しそうに笑ってくれたあの人の笑顔を。

 

「ボクの名前はヘスティアさ! 君の名前はなんて言うんだい?」

 

 家族以外で初めて僕の名前を聞いてくれた神様のぬくもりを。

 

「ベル……ベル・クラネルです!」

 

 思わず泣きそうになるほどのあの時の喜びと一緒に、僕は決して忘れない。

 

 これが僕がオラリオに来てからの最初の『幸運』。

 神様と出会えなければ、あの日に神様が声を掛けてくれなければ僕はどうなっていたのかわからない。

 多くの人々、多くの出会いが存在するこの都市で、多くの『英雄』が誕生するこの都市でたった一柱の女神様と出会えた僕の人生の中でも指折りの幸運。

 

『これはお前の物語だ』

 

 僕の物語の始まりはきっとこの出会いから。

 僕達の【ファミリア】は───この日、始まりを迎えたのだ。

 

 

 

 




いつも感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告ありがとうございます。

今回の話は前書きの通りの表現でうーんと思う方もいるかもしれません。
ただ今後の話につながってくるのでどうかご理解いただけると幸いです。


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。