「よし! 行こう!」
エイナとの一週間の勉強が終わり、ついにベルはダンジョンへと向かう。
ほんの少しの緊張とはるかに上回る期待に胸を震わせながらバベルの螺旋階段を降りて『はじまりの道』を通り、ダンジョンの一階層へと踏み込んだ。
「ここが……ダンジョン」
思わず足を止めて辺りを見回す。
見た目は普通の洞窟だが、地上にある洞窟とは漂う空気が全然違う。
「とりあえず進んでみよう」
逸る気持ちを抑えて慎重になりながら進む。
しばらく歩いたその時だった。ダンジョンの壁面が破られ、モンスターが出現する。
そのモンスターの名前は『ゴブリン』。『コボルト』と共にこの階層に出現する低級のモンスター。
「地上のモンスターとは強さが違うって話だけど……とりあえず腕試しだ」
腰に携えた剣を引き抜く。
それと共に馬鹿正直にゴブリンが突撃してくる。
「ふっ!」
それに合わせて横薙ぎで剣を一閃。
戦う気持ちを固めたその時、ベルの背中に刻まれた
ベルの剣がまるで吸い込まれるようにゴブリンの胴体を両断する─────
「ギ───」
「……へっ?」
ことはなかった。
生々しい音とともに『ゴブリン』の肉体が
思わず間抜けな声を漏らして『ゴブリン』だったものを見る。
残っていたのは血だまりとそれに浮く肉片、ドロップアイテムだけだった。
「…………え…………えっ?」
思わず思考が止まってしまう。
それがダンジョンにおいて致命的なものになると知っていながらもどうしても止まってしまう。
それだけ目の前で起きた光景の意味が分からなかった。
「これが……恩恵の力……?」
そんなベルの隙を突くように今度は来た道と道の奥から『コボルト』が挟み込むように三匹襲い掛かる。
「しまっ……た…………ええ……」
慌ててせめて挟まれないように吹き飛ばそうと後ろの『コボルト』に振り向きざまに拳を当てる。
すると今度はグチャっという音とともに『コボルト』が跡形もなく吹き飛ぶ。
その振り向いた時も神聖文字が熱を帯びていたがベルはまだ気づかない。
ベルの前にいた二体の『コボルト』がピタッと足を止め、お互いの間に微妙な空気が走る。
その『コボルト』達はベルのほうをまるで、
『お前マジかよ』
と言わんばかりの目で見ていた。
「えっと……なんかすみません……」
目の前のモンスター達に思わず謝罪しながら斬りかかる。
爆砕していくその断末魔はどことなく悲しげに聞こえた。
ベル・クラネルの『始まり』の一歩。
それはあまりにも異質な一歩となり、達成感も何も湧かなかった。
「……うん、気にしないで進もう!」
モンスターに強く出れるということに好都合なことはあっても不都合なことは特にない……強いて言うなら爆砕したモンスターの血が辺りに飛び散り、見るも無残な光景が生まれてしまうことだろうか。
兎にも角にもベル・クラネルの初めてのダンジョン探索は始まったばかりだ。
ダンジョンの探索を終えてベルは【ヘスティア・ファミリア】の本拠へと戻ってきた。
見た目は哀愁の漂う寂しい教会。屋内も見た目に違わず半壊している。
だがベルは何故だかわからないが誰かにやさしく見守られているような、そんな優しい雰囲気を感じ取っていた。
「よっと……神様、ただいま戻りました」
屋内のかなり奥に位置する階段を降りて、扉の奥にいるはずのヘスティアに声を掛け、扉を開く。
その扉の奥にあるのは生活臭があふれる部屋。そこからヘスティアが歩いてくる。
「やあ! おかえりベル君! 初めてのダンジョン探索は無事に終わったようだね!」
「はい! ……まあちょっと問題がありましたけど」
「問題? まあとりあえず入って入って! 中でゆっくり話そうじゃないか!」
ヘスティアに手を引かれるがままに二つあるソファーにそれぞれ座る。
「さて、初めての探索はどうだった?」
「えっと……さっき言ったように問題が発生して色々吹っ飛んじゃいました」
「ふむ? 一体どんな問題だったんだい?」
「ええっと───」
そこからベルは一つも誤魔化すことなく正直に今日起きたあの出来事を話す。
モンスターを攻撃したらモンスターが消し飛んだこと。それが探索中にずっと続いたこと。
「神様……恩恵ってすごいんですね……」
「あははは……ベル君、それは多分恩恵じゃなくて【ステイタス】が刻まれて発現したスキルの効果じゃないかな」
こっちにおいで、とヘスティアが自らが座るソファーをポンポンと叩く。
ベルがそこに行くと上を脱いでうつ伏せになるように言われる。
「スキルの考察する前に【ステイタス】を更新しちゃおう。多分そんなに伸びてないだろうけどね」
そう言うとヘスティアはベルの背中に神血を垂らして背中をなぞる。
そこで背中をなぞる動きが徐々にゆっくりになっていることにベルは気づいた。
「神様?」
「…………初めての更新とはいえこれが普通なのか……? いや、違うな。多分あのスキルが……」
「? どうしましたか、神様?」
「! あ、ああ、ごめんね! もうちょっとで終わるから待っておくれ」
不自然に遅くなっていた指の動きが戻り、ヒョイヒョイヒョイっと更新を終わらせる。
背中の【神聖文字】を紙に写してこれで終わり。
「はい、終わったよ! 遅くなっちゃってごめんね」
「いえ、大丈夫です。それで神様……」
「色々話す前にこれ。更新後の【ステイタス】を写した紙。先にこれを見ておくれ」
ヘスティアから差し出された紙に目を落とす。
ベル・クラネル
Lv.1 所属:【ヘスティア・ファミリア】
力 :I0→H102
耐久:I0→I47
器用:I0→I99
敏捷:I0→H139
魔力:I0→I0
《魔法》
【ケラウノス】
・
・雷属性。
・詠唱式【
《スキル》
【
・誓いを交わした者の魔法の発現(魔法スロットには現れない)
・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。
・怪物種に対し攻撃力高域強化。
・誓いを違えた時、効果消失。
【
・妖精王の魔法の発現(魔法スロットには現れない)
・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。
・魔法効果増幅、射程拡大。
・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。
【
・
・発動時、周囲の味方の戦意高揚
「おお……結構伸びてますね」
「うーん伸びたというか伸びすぎというか……」
【憧憬一途】を抜いて【ステイタス】を写した紙を一緒に見る。
アビリティ熟練度トータル387、ほぼ400。
とんでもない上昇量だ。
「……でも最初のほうって【ステイタス】って上がりやすいんですよね?」
「まあそうだね。ベル君はそんなに深く考えなくてもいいよ。いずれはこんなに上がらなくなるだろうから今のうちに浸っておこう」
ヘスティアは例のスキルの効果を知っている。
しかし今回のこの上昇量で自分の予想以上にこのスキルはベルを強くするものだと見識を改める。
ベルに恩恵を与えてからまだ一週間しか経っていない。その間のベルは本拠近くでの日課の鍛錬、エイナとの一週間の勉強会、そして今日のダンジョン初探索しかしていない。
たったそれだけでこんなに
(超早熟の名に違わぬイカれた伸び方だな……)
興味深そうに自身の【ステイタス】の紙を見ているベルを見て少し苦笑いする。
それと同時にこの少年がこんなスキルを芽生えさせるきっかけとなった“憧憬”が少し気になってくる。
「ほら、ベル君、こっち向いて。更新も終わったし君が気にしてたスキルの考察でもしようじゃないか」
「あ! そうですね!」
少し興奮しているような面持ちのベルがヘスティアと向かい合う。
その間に置いた用紙を覗き込みながら二人はスキルの考察を始めた。
「じゃあボクから。といってもさっきまで見てたベル君ならどのスキルが君が言うような効果を発揮しているのか分かったんじゃないかい?」
「そうですね。多分このスキルかと」
そう言ってベルが指をさしたのはスキル欄の一番上にあるスキル……【風精誓約】。
「このスキルの『怪物種に対し攻撃力高域強化』……というかこれしかないですね」
「うん、ボクもそう思うよ。この高域強化っていうのがどれくらいの上昇幅になるのかは分からなかったけど……まさかそのレベルで強化されるとはね」
ベル曰くモンスターが消し飛んだ。
レベル1、しかもステイタスが全て0の冒険者の一撃でそんなことになるなどまずもってあり得ない。
そのあり得ないを実現させたのがこのスキルだろう。
「まあ悪い効果じゃないだろうし問題ないんじゃないかな? それにこのスキル……多分意識して抑えるとかできないスキルだと思うから」
「僕も問題はないと思ったんですけど……その、魔石ごと吹き飛ばしちゃうことが多くて……」
「あー…………」
冒険者にとって魔石は重要な資金源。
それが取れないのは少し……いやかなりきつい。
「そこは……まあ……頑張って力の加減を覚えてもらうしか……ないかな? あとはスキルの効果が変わることを期待するとか……」
「あははははは…………」
ベルは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
ただ、やるしかない。やれなければ【ヘスティア・ファミリア】の財政がさらに苦しくなるだけだ。
「あ、そういえばベル君。魔法はまだ使ってみなかったのかい?」
「はい。最初の探索は魔法とか使わないでやってみたかったので。明日の探索から使ってみようと思います。どんなことになるのか楽しみですね!」
ニコニコと明るい笑顔を浮かべるベルにヘスティアも釣られて笑顔になる。
思いのほか色々あったが二人の物語はまだ始まったばかり。
そんな二人の姿を地下室を照らす魔石灯が照らしていた。
何度目かのダンジョン探索。
この探索の前の探索で『魔法』を使い、上機嫌だった僕はこの日、普段通っている三階層から五階層まで来てしまった。
無論できる限りの準備と知識を蓄え、最大の注意を払いながら。
(準備はしたけど……調子に乗ってる僕がいるな…………もう少し進んだら引き返そう)
降りて少し進んだところで頭が冷えて冷静になる。
もしも今の調子に乗っている僕をお母さんが見たら…………
ブルっと身を震わせる。想像しただけで泣き出しそうになるほどの折檻が待っているだろう。
そんなことを考えながら五階層を進んでいると違和感に気づく。
モンスターがいない。
厳密にはモンスターはいるが、何かに怯えているかのように一匹も襲い掛かってこない。
「…………」
すぐさま引き返すことを選択。
冒険者としてまだまだ未熟な僕の勘も今のこの階層は何かがおかしい、ここにいてはいけないと警鐘を鳴らす。
全力で走り、四階層へと続く階段へと向かう。
そしてその道中に、まるで階段に続く通路を塞ぐように立っている
近くの岩壁に体を当てて身を潜める。そしてその態勢のままそのモンスターを観察する。
「……なんでここに、ミノタウロスが……」
目に入ったのはミノタウロス。
本来なら中層に生息する中層最強格のモンスター。
子供の時、命を奪われそうになり、アイズちゃんに憧れるきっかけが生まれた因縁の相手。
そして
息を潜め、観察を続ける。
見たところあのミノタウロスは何かから逃げているような行動を見せている。
このまま隠れていればその何かが来て─────
「………………え?」
「……はっ? なんでこんなところに…………ミノタウロスがいるんだよおおおおおお!!!?」
「────────────」
言葉が出なかった。
動き出そうとしたミノタウロスの前に不運にも冒険者のパーティが姿を現した。
殺意が動く。標的は当然……冒険者のパーティ。
「う、うわあああああああああああ!!!!!」
「いやああああああああああ!!!!!」
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」
叫び声を上げ、逃げ出そうとしたパーティが不自然に固まる。
ミノタウロスの
そしてその固まったパーティにミノタウロスの腕が─────
「誰か……! だれか……」
「助けてぇ……」
───勇気と蛮勇は違う。
お母さんは僕によくそう教えてくれた。
何度も何度も僕の身に染み込むように、どこかで蛮勇を発揮して僕が死なないように。
ここで動くのは勇気なんかじゃない。ただの蛮勇だ。
今の僕が挑んだところできっと何もできない。
だけど……だけど!
「ごめんなさい……お母さん」
目の前で死にそうな人がいるのに、手の届く範囲に助けられそうな人がいるのに助けに行かないなんて僕にはできない。それにここで動かなかったら憧憬に顔向けできない。
背中の神聖文字が熱を帯びるのを今度は確かに感じた。
飛び出した勢いのまま、冒険者に腕を振り下ろそうとしているミノタウロスの首を狙う。
(魔法は間に合わない……でも、一撃で仕留める……!)
しかし……
「っ! かったい……!」
傷は入ったが斬り飛ばすことはできずに逸れるのみ。
だがわずかにミノタウロスの身体がブレ、その攻撃によって殺されそうだった冒険者の一人が助かった。
「え……あ……な、んで……」
「逃げて! 早く! あなたたちが逃げなかったら僕も逃げられません! 早く逃げろっ!」
呆然として立ち上がれない冒険者に思わず怒声を浴びせてしまう。
その声でようやく倒れていたパーティが一斉に四階層へと引き返していく。
あとは僕が逃げるだけ─────
「……ダメだ……逃げられない……!」
目を逸らしたら、背を向けたら殺される。それに僕が逃げたらこのモンスターはどこへ向かう?
もしかしたら何かに追われているようにしていたからどこかあらぬ方向に逃げていくかもしれない。
だけどもし、四階層に向かってしまったら? そしてさらに上に登って行ってしまったら?
───そこに僕やあのパーティみたいなLv.1がいてしまったら?
「ぐぅっ……!」
待っているのは阿鼻叫喚の地獄だ。
ここでミノタウロスを逃がすわけにはいかない。
逃げそうになる足を前に、視線はミノタウロスに。
───勝てると思うのか?
心の中で誰かが馬鹿にするように笑いかけてくる。
それを殴りつけるようにかき消し、僕は叫んだ。
「───勝つしかないだろっ!」
殺意の矛先が完全に僕に向く。
思わず鳥肌が立ってしまうほどに目の前の存在感が跳ね上がる。
くじけそうな心を奮起させ、前へ。
「ハアアアアアアアッ!」
先に仕掛けたのは僕。
あえて真正面から突っ込む。当然ミノタウロスもそれに合わせて右腕を振りぬく。
それを受けることなく回避。一気に肉薄する。
狙うは一撃必殺、それのみ。
(どんなモンスターでも魔石を砕けば……!)
ミノタウロスの魔石がある位置に目掛けて右手の剣を突き刺す。
スキル、そして突っ込んだ勢い全てを剣に乗せ放った渾身の一撃だった。
しかし……
「くっそ……!」
その一撃はミノタウロスの皮膚を僅かに貫いたものの魔石にはギリギリ届かない。
そのままさらに奥に突き刺そうと力を込めた瞬間、直感が警鐘を鳴らす。
すぐさま剣を引き抜き、後退。瞬間、目の前をミノタウロスの腕が掠める。あのまま後退しなかったら頭を砕かれていた。
(次はどうする……同じ場所を狙う……ダメだ、警戒されてる)
魔石狙いはあの一撃が通らなかった時点で警戒され難しくなった。知性がなかろうがその程度の判断はできるらしい。
次はどうするか思考を巡らせるが、そんなことなど許さないと言わんばかりにミノタウロスが突っ込んでくる。
「ヴォオオオオオオオオオオオオ!」
「ッッ!」
繰り出される左腕を白剣で横に叩く。
途方もない衝撃が僕の全身を走る。そんな僕に間髪入れずに右腕が打ち込まれる。
これは体を後ろに反らし回避し、勢いそのまま体を回転させ後退。
しかしすぐに詰められる。
「ヴォオオオオ!!」
「ごふっ……」
それを何度か繰り返し、何とか隙を見つけようと回避に徹していたがついに強靭な右腕が僕の身体を打ち抜く。
ギルドからもらった防具などまるで意味を為さない凶悪な一撃。間に挟んだ剣がなかったらその一撃で動けなくなっていたどころか、意識を失っていたかもしれない。
地面を何度か跳ねるが勢いは止まらず、ダンジョンの壁にぶつかったことでようやく止まる。
「……っがは……おえっ…………」
吹き飛ばされたことで余裕が生まれる。身体的には全くと言って余裕はなかったが。
防具は跡形もなく粉々に、体はどこか折れているのか熱を持ち、ひどく痛む。
けれども剣は無事だ。
「こ、んなこと、なら……まほう、使っておけば……間にあわないか…………それに、使っても……先に倒れるのは僕だ……」
剣を杖代わりに立ち上がる。幸いにも足は折れていないようだ。
ミノタウロスはこちらが立ち上がったことに気づくと唸り声をあげて突進してくる。
ここまでかかる時間は……およそ5秒。
─────それだけあれば十分だ。
「…………【
そのわずかな時間で僕は魔法を詠唱した。
「【
詠唱を終えた瞬間、身体に雷を宿る。
【ケラウノス】、分類は付与魔法。効果は単純で身体に雷が宿るだけ。
ただその単純な効果が今の僕には合っている。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「っ!」
雷鳴を響かせ、ミノタウロスの攻撃を避ける。
強靭な攻撃の代償としてミノタウロスが大きな隙を晒す。
「ハアアアアアアア!!」
雷を纏った剣がミノタウロスの首を狙う。
だが身体から一瞬力が抜け、狙いがずれる。
「ヴゥゥ……」
「畳みかける……!」
それでも攻撃は確かにミノタウロスの強靭な皮膚を深く斬り裂いていた。
怒りを滲ませ、こちらを睨みつけてくるミノタウロス目掛けて先ほどとは比べ物にならない速度で突貫。
狙いは一点、先ほどつけた刺し傷。ミノタウロスも警戒しているが関係ない。
「おおおおおおおッ!」
その剣は確かにミノタウロスの身体を貫いた。
ミノタウロスが反応できない速度の一撃のはずだった。
しかし─────
「なん、で……」
躱された。貫いたのは左肩。
魔石には掠りもしていなかった。
一瞬生まれた空白。先に動いたのは……ミノタウロスだった。
「ウウウオオオオオッ!!」
「ぎっ……!」
繰り出される右ラリアット。空いた左腕を顔の間に挟み首を吹き飛ばされるのは防ぐ。
骨が砕ける嫌な音と何かが折れる音とともにまた吹き飛ばされる。
「ヴォオオアアアアアアアア!!」
しかし苦しんでいるのはミノタウロスも同じだった。
大きく地面を揺らしながらミノタウロスの左腕が落ちる。
吹き飛ばされる瞬間、剣をねじり、ミノタウロスの力を利用しその腕を奪ったのだ。
「……はっ……はっ…………」
代償はこちらも左腕。
どす黒く腫れあがった左腕が目に入る。
魔法を使ってこれだ。なかったら今のミノタウロスと同じかそれ以上に酷い姿になっていたかもしれない。
「もう少し……あ───」
苦しむミノタウロスにさらに追撃を加えようとしたその時だった。
視界が歪み、全身から力が抜ける。
「…………
魔法を初めから使わなかった理由、それがこれだ。
この魔法は強力な代わりに
けれども今の僕のレベル、魔力のアビリティで使ってしまえばすぐにこうなることが目に見えていた。
「……た…………て……」
立ち上がろうにも力が入らない。
なんとか離さなかった剣を杖にしようとするが何かが変なことに気づく。
「………………ああ」
剣は中央付近で真っ二つに折れていた。
先ほどの無茶な反撃の際にどうやらへし折れてしまったらしい。
武器もない。体も動かない。魔力もない。ついでに頭の上からミノタウロスの返り血がかかっていて目もよく見えない。
正に万事休す。
「ヴウウウ……ウウ?」
返り血とは関係なく暗くなっていく視界の中、僕に止めを刺そうと近づいてきたミノタウロスが何かに気づく。
通路の両方から微かに足音が聞こえてくる。左からは一人、右からはかなり遠いが複数の足音。
次の瞬間、僕の身体は宙を舞い、勢いよく一人のほうに投げつけられる。
「きゃっ……」
かろうじて誰かに優しく抱き留められる。
どことなく懐かしい気配がする人だった。
だがそれよりも……
「げほっ……ま゛て……ミノダウロス…………にげるなっ!」
背を向けて勢いよく走り去っていくミノタウロスが見えた。
血反吐を吐きながら叫び、止める。ここでミノタウロスを逃がしたら僕以外に被害が出る。
それだけはなんとしてでも……!
「ぼくはここだっ! お前の相手は……僕だッ! 僕を、見ろ……」
何度叫んでもその背中は止まらず、振り返らない。
その背を追おうにも腕も足も、身体はどこも言うことを聞いてくれなかった。
「ちく、しょう…………!」
自分の無力感を噛み締めながらせめてその背を最後まで睨み続ける。
どんどん暗くなっていく視界。僕が暗闇に落ちようとする瞬間にそれを見た。
何者かがミノタウロスと交戦。
その者が一撃で首を蹴り刎ね、自分が勝てなかったミノタウロスがただの一撃で灰になっていく瞬間を。
それを見た時、途方もない無力感と悔しさが胸を埋め尽くす。目を見開いた僕はどこにそんな力が残っていたのかミノタウロスが逃げたほうとは逆の道を声にならない叫びをあげて走りだす。
原動力は悔しさ。当然それだけで地上まで走り抜けられるほどの力にはならない。しばらく走った後にがくんと力が抜けた僕は無様にダンジョンの床を転がり、立てなくなる。
遠くから聞こえてくるモンスターか冒険者ともわからない足音を聞きながら僕はついに意識を失った。
「ひどい傷だったのに……あんなに叫ぶから血も流れちゃってる……」
アイズは少年が走り去ったほうを呆然と見つめる。
エンブレムもなければ、見たこともない冒険者。恐らくは駆け出し。
「あのミノタウロス……腕が一本なかった……それに魔石を狙ったような傷跡も…………あの子が……?」
一瞬その可能性も考えるがあり得ないと断定。
ミノタウロスはLv.2にカテゴライズされるモンスター。駆け出しの冒険者が追い詰めるなどまずない。
もう一度少年が去ったほうをじっと見つめる。
血に塗れて顔がよく見えなかったが、アイズはあの少年に懐かしい気配を感じていた。
(ベル……? 似てるけど違った……? ううん、どっちにしても追わなきゃ───)
「おいアイズ、何してやがる」
走りだそうとアイズが足に力を込めると後ろから声をかけられる。
振り向くとそこにいたのは、アイズと共に上層に上がったミノタウロスを追っていた獣人の冒険者だった。
「ベートさん……」
「それにしても無様だったな、あのガキ」
無様。
アイズがその言葉に疑問符を浮かべる。
「どういうことですか……?」
「あ? 声しか聞こえなかったがミノタウロスに襤褸雑巾にされたくせに逃げるなだの叫んでやがったの今逃げやがったあのガキだろ。アイズが来なかったらそのままくたばってたくせに何調子に乗ってんだか」
アイズがその言葉に顔をしかめる。
この場にいないとはいえ自分たちが巻き込んだ冒険者に向ける言葉ではない。
「ベートさ─────」
その言葉に反論しようと口を開くが返答を待たずに次の言葉を紡がれる。
「あと一つ聞きてえんだが、なんであのミノタウロスをさっさと殺さなかったんだ? お前の腕なら一撃で殺せただろ」
─────あのミノタウロスは私が来る前からあの状態でした。
そう話そうと口を開こうとしたその時、またも遮られる。
しかし、遮ったのはベートではない。
「うおっ! 【剣姫】に【凶狼】? 何でこんなとこにいるんだ?」
第三者の声。アイズたちが来た道と反対の道……ベルが逃げ去った道から冒険者の一団が姿を見せる。
先頭に立つ男の鎧に刻まれているエンブレムは【ガネーシャ・ファミリア】だ。
「俺たちが上層にいちゃ悪いかよ」
「いやそんなことはねえけどよ」
「……どうしてここに?」
「おお! そうだそうだ。さっきダンジョンから帰還したパーティが上層にミノタウロスが現れたって言ってきてな。そんで冒険者が襲われて……囮になって……ん? どっちだったか……まあとにかく異常事態の対処に来たんだ。見てないか?」
異常事態を巻き起こしたのはアイズたち、【ロキ・ファミリア】。
一瞬固まったアイズはその旨を正直に話そうとするとまたも言葉を遮られる。
流石にアイズは少し苛立ちを露わにした。
「ミノタウロスなら仕留めた。襲われてたやつもてめぇらが来たほうに逃げていきやがった。見てねえのか?」
「あの倒れていた少年がそうなのか。道理で傷が深かったわけだ。その少年ならついさっき応急処置をして地上へと連れて帰った。ほかに襲われてるやつはいなかったか?」
「俺が知るかよ。こんなところで話してねえで探しにいけばいいじゃねえか」
「……それもそうだな。情報提供感謝する」
そう言って【ガネーシャ・ファミリア】はダンジョンの奥へと消えていった。
さっさと戻ろうとするベートをアイズが非難するように見つめる。
当然それに気づいたベートは足を止め、アイズを見る。
「なんだよ? 何か言いたいことでもあんのか?」
「………………」
「……てめえは上だけを見てりゃあいいんだよ。雑魚共に構うだけ時間の無駄なのはてめえもわかってるだろうが」
前までのアイズならばこの言葉に何も言い返せなかった。
ベートもアイズが強さを求めていると知っているからこそ、このような言葉選びをした。
けれども……
「それは……違います。その言葉は……認められません」
これを肯定してしまえばベルとの出会いを否定するのと同義だ。
自分を変えてくれた、自分の英雄になると誓ってくれた少年との出会いを、交流を、否定なんてさせたくなかった。
大きく目を見開き、驚いているベートを放置してアイズは他の仲間との合流を急ぐ。
その日のうちに帰還をすることはできたものの、アイズは心に大きなモヤモヤと無意識の苛立ちを抱えながら帰ることとなった。
そして結局あの少年の正体に気づくことはなかった。
いつも感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告ありがとうございます。
戦闘シーンは不慣れなため読みづらいかもしれませんでしたが今後さらに精進しますのでどうかご了承ください。
それと今回投稿に関することで少しアンケートを用意させていただきました。
期間は次の投稿までです。お答えいただけると幸いです。