「あ…………生きてる…………」
目覚めた僕が一番最初に目にしたのは真っ白な天井。
治療院の天井かと思ったが治療院独特の香りがあまり強くない。
鼻がおかしくなってるのだろうか。
「いててて……ここ、どこだろ……」
痛む身体を堪えてベッドから降りて扉に向かおうとするとその扉から見慣れた女性が入ってくる。
「ベル君! 良かった、目が覚めたんだね」
「エイナさん?」
心配そうな表情から一転花が咲くような笑顔をエイナさん。
エイナさんがここにいるということはここはもしかして……
「えっと、エイナさん、ここはギルドですか?」
「ギルドが運営してる医療施設だよ。ダンジョンから血塗れの君が運ばれてきたときは心臓が止まるかと思ったよ……」
また悲しそうな顔をエイナさんがする。
あんなに勉強に付き合ってもらったというのに心配をかけてしまったことを申し訳なく思う。
「ねえベル君。起きたばっかりで申し訳ないんだけどダンジョンで何があったのか教えてくれない? 救助隊の人たちからも聞いたんだけど、やっぱり当事者のベル君から直接聞きたいの」
一瞬考える。なぜならエイナさんには五階層に行くなどと一言も言っていないのだ。
このことを言えば間違いなくエイナさんに怒られてしまう。
それだけはなんとしてでも───
「あ、救助隊の人からベル君が ど こ の 階層にいたのかは教えてもらってるから嘘はつかないでね? 嘘をついたら……ね?」
にっこりとエイナさんがとても可愛らしい笑顔を浮かべる。
しかしその笑顔からは凄まじい怒気と圧が感じ取れた。
結局僕はその圧に負けて、素直に話すことにした。
今の僕の能力を見て問題ないと判断して五階層に向かったこと。
違和感を感じ引き返そうとしたらミノタウロスと遭遇したこと。
運悪く襲われてしまった冒険者の一団の囮になり、ミノタウロスと交戦し、敗北して意識を失ったこと。
「…………ミノタウロスと出会ったのは異常事態だったから今回は何も言わないよ、出会ったことはね。それよりもどうして五階層に行っちゃったの!? まだ冒険者になって一月も経ってないんだよ!? ……私が言ったこと…………もう忘れちゃったの……?」
「『冒険者は冒険しちゃいけない』……ちゃんと覚えています」
「だったらどうして……」
「あれぐらいなら冒険にすらならないと思ったからです」
たとえソロで潜っているのだとしてもお母さん、そしてエイナさんから学んだ知識と今の僕のステイタスがあれば、あの辺の階層ならどんな異常事態が起ころうとも対処できるという確信があった。
ただ中層域のモンスターの上層への進出などという異常事態は予想していなかった。
……いや、予想していなかったじゃダメなんだ。
『ダンジョンは何が起こるかわからない』のだから。
「ならないと思ったんですけど……まだダンジョンを舐めてたみたいです。あんなことが起こるなんて予想もしてなかった。色々教えてもらったのに約束を破るような真似をしてすみません」
精一杯の謝意を込めてエイナさんに頭を下げる。
エイナさんは何も言わない。僕にもう呆れてしまったのかもしれない。
「……ベル君、顔を上げて」
言われるがままに顔を上げる。
怒っているのかと思ったが、少し苦笑いのような表情をしていた。
「普段ならもっと言ってるところだけど……ちゃんと反省してるみたいだしこれ以上言うのはやめておくね。ベル君、起きたばっかりなのに色々言っちゃってごめんね」
「いえ……僕の責任なのでエイナさんは謝らないでください。心配かけてすみませんでした」
エイナさんは軽く笑みを浮かべて、一度ベッドの隣に置いた資料を手に取り、そのうちの一枚を渡してくる。
「じゃあこれ。治療費とかその他諸々をまとめた資料。治療費に関しては
「わかりました。ありがとうございましたエイナさん」
最後にエイナさんは一つ頷き部屋から出て行った。
エイナさんが出て行った部屋で渡された資料に目を通す。
………………見なかったことにできないかなあ……
その金額に思わずため息をつきながら僕も部屋を後にした。
ベルがギルドから出ると辺りにはすっかり夜のとばりが下りてしまっていた。
ダンジョンに潜ったのが早朝だったのに気絶している間にそれだけの時間が経っていたらしい。
「神様心配してるかな……すみません今帰りました!」
「!! お帰り! ベル君! 何かあったんじゃないかって心配してたんだよ! 大丈夫だったかい?」
地下の扉を勢いよく開けたベルをヘスティアが笑顔で迎えてくれる。
帰りがいつもより遅れてしまったことでやはり心配をかけてしまっていたようだ。
「ええっと……ちょっと死にかけちゃってギルドで眠っていました」
「死にかけ!? 大丈夫なのかい!? 本当に何があったんだよ!?」
ヘスティアの小さな手がベルの身体に触れて怪我がないか確かめる。
身体に傷は残ってはいないがその心づかいがベルの心を温かくすると同時に心配をかけて申し訳ないという気持ちが強くなる。
「大丈夫です。神様を残して死んだりしませんから」
「おや、嬉しいことを言ってくれるね! それはそれとして後できっちり話は聞かせてもらうからね」
「もちろんです。あ、それとこれ今日の稼ぎです」
ダンジョン五階層に行く前に三階層、四階層で手に入れた魔石とドロップアイテムの稼ぎが入った袋をテーブルに置く。
途中で五階層に行ってしまった分、いつもよりは少ないが……
「いつもより少なくてすみません」
「気にしない気にしない! 命あっての物種ってやつだよ。それに今までが多かった分、これが普通というか……まあそれよりもこれを見るんだ!」
「そ、それは!」
「今日、露店でいつも以上に売り上げに貢献したという理由でジャガ丸くんをいっぱい頂戴したんだ! ちょっと冷めてしまっているけど今日はパーティーだ! ベル君、今夜は寝かせないぜ……」
「すごいです! 神様!」
ふふんっとドヤ顔を浮かべるヘスティア。
どこか申し訳なさそうにしていたベルもその顔に思わず顔が綻ぶ。
そのまま二人だけのパーティーが始まる。普段よりちょっとだけ豪華な夕飯と今日あった出来事を話すだけのゆったりとした時間が二人の間を過ぎていった。
「さて、ご飯も食べたしやることもないし【ステイタス】の更新でもするかい?」
「あ、お願いします!」
ヘスティアの言葉にベルが上半身の服を脱ぎ去り、ベッドにうつ伏せになる。
初めは照れていた部分もあったベルだったが、ヘスティアと過ごすうちにもう慣れてしまった。
「相変わらず良い身体してるねえ……服の上からじゃそんなようには見えないんだけどなあ」
「そのせいで色々あったので服の上からでもわかるようになりたいんですけどね……」
「んー、見た目で判断してくる輩なんて言ったら悪いけど大成しないだろうね。強い子供、もしくは強くなれる子供たちは見た目だけで判断してくることはない……少なくともボクはそう考えるよ」
ヘスティアの考えを聞いて、あの日以来心の中で燻っていたモヤモヤが消えていくのをベルは感じた。
何気ないただ自分の考えを伝える言葉。その考えが全て正しいというわけじゃないかもしれないが、ベルの心を癒すのには十分すぎる言葉だった。
「……そうですね……僕もそう思います」
「ふふっ……同じ考えのようでボクは嬉しいよ…………よし、出来たよベル君。あ、更新してる間に何があったのか聞いておくべきだったかな……とりあえずはいこれ! 君の新しい【ステイタス】!」
そう言ってヘスティアがベルに【ステイタス】を書き写した用紙を手渡してくる。
その時のヘスティアがどことなく引き攣ったような笑みを浮かべていたことはベルには分からなかった。
ベル・クラネル
Lv.1 所属:【ヘスティア・ファミリア】
力 :F 354→B 776
耐久:H 101→S 901
器用:G 237→A 809
敏捷:E 438→A 899
魔力:I 80 →D 503
《魔法》
【ケラウノス】
・
・雷属性。
・詠唱式【
《スキル》
【
・誓いを交わした者の魔法の発現(魔法スロットには現れない)
・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。
・怪物種に対し攻撃力高域強化。
・誓いを違えた時、効果消失。
【
・妖精王の魔法の発現(魔法スロットには現れない)
・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。
・魔法効果増幅、射程拡大。
・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。
【
・
・発動時、周囲の味方の戦意高揚
「あの、神様……基礎アビリティの欄、書き間違えですよね?」
初めての更新、二度目の更新でもとんでもない上昇量を見せていたベルの【ステイタス】。
三度目の更新はベルが思わずヘスティアの書き間違いだと確信を持った目でヘスティアを見てしまうほどの規格外の上昇量。
その上昇量…………トータル2700オーバー。
思わずヘスティアがベルに対して引き攣った笑みを浮かべてしまうほどの規格外の上昇量。
下界生活がまだ短いヘスティアは僅か一週間と少しでこんなに成長する子供など見たこともなかった。恐らく下界生活が長い他の神々もそうだろう。
「書き間違えるわけないじゃないかあははははは…………本当に何をしてきたんだいベル君!?」
背中の上でヘスティアが飛び跳ね、ベルを潰しにかかる。
感情が高まっているのか特徴的なツインテールがウネウネと蠢いている。
「話します! ちゃんと話しますから!」
「ぬぐぐぐぐぐ……」
ベルの訴えによりなんとかヘスティアがベルの背中で飛び跳ねるのをやめ、背中から降りる。
立ち上がり、上を着て改めてヘスティアとベルが向かい合う。
「えっと……まずは─────」
今日あった出来事をヘスティアに話す。
エイナに話したことと同じ内容にはなるが、ベルは誤魔化すことなく正確に伝える。
「ミノタウロスぅ!? なんで五階層にそんなモンスターがいるんだい!?」
「? 神様は五階層に行ったことについては何も言わないんですか?」
「んん? まあギルドの子にもう言われてるってこともあるけど、正直ベル君の身に巻き起こってしまったような異常事態がなければその程度の階層にならボクも行けるんじゃないかと思ってたんだよね。ただ、やっぱりダンジョンは怖いね。楽観視した直後にそんなことが起きてしまうなんてね」
「……そうですね。まだまだ僕もダンジョンを舐めていました。今回のことに関しても生き残ったのは運が良かっただけですし」
出会ってしまったことに関しては運が悪かったという他ない。立ち向かったことに関してもあそこで冒険者の一団がミノタウロスの前に現れるという不運が無ければそのままやり過ごせていた可能性が高い。
ただ死にかけていた時に誰かが助けに来てくれたことは幸運と言っていい。そしてあの異常事態の真相を知ってもベルはその幸運に感謝するだろう。
「……暗い話はここまでにしようか! あと今夜は寝かせないつもりだったけどやっぱりもう寝ようか。そんな大変な目にあったんだから疲れてるだろう? あ! 添い寝してあげてもいいんだぜ?」
「あははは! 大丈夫ですよ神様! ……ありがとうございます」
ヘスティアの気遣いを嬉しく感じながらベルはベッドに向かう。
もうすでに次の日に入ってしまっている。明日は休養日にするとはいえ身体を完全に回復させるためにこれ以上夜更かしするわけにはいかない。
ベルはヘスティアの見守るような視線を感じつつ、あっという間に眠りについた。
翌日、神様が僕の上に乗って眠っているというハプニングがあったもののいつも通り身支度を整えて教会からダンジョンへと向かう。
いつも結構早朝にダンジョンへと向かっているのだが今日はいつもの違うところがあった。
それは朝のハプニングで朝ご飯を食べれてないということだ。
(ダンジョンに向かおうとしている人とかはそこそこいるけど、流石にお店はそんなに開いてないか……どうしようかな)
空腹を訴えるように鳴る腹を撫でながら一応ダンジョンへと向かう。
このまま行ってしまおうとも考えはしたがこの空腹感は耐えられそうにない。
前回の反省から最低でも万全、出来るのなら万全以上の状態でダンジョンに向かおうとしている僕に早速試練だ。
「とりあえず早朝でもやってるお店で何か……っ!」
ばっ、と勢いよく振り向く。
自身の背後を見渡し腰に差してある武器に手をかける。
……一瞬感じ取った妙な気配。お母さんから鍛えるよう言われたとはいえまだまだ気配や視線をあまり察知できるほどの冒険者ではない僕でもわかるほどに……
二日前に感じた神様がこちらを見守ってくれるような温かい視線ではない。まるで人ではなく物を値踏みするような、普通の人には到底真似できない無遠慮な、超常的な視線。
辺りをぐるりと見まわしてもどこにも怪しい人物も人影もない。
それどころか道のど真ん中に立ち止まった僕に奇異の視線が向けられるぐらいだ。
恐怖ならば耐えられた。お母さんに怒られるよりも怖いものなんて今のところない。
ただ今回のは恐怖よりも気味の悪さがはるかに勝っている。しかも経験したことがない気味の悪さだ。
(人じゃない……モンスター? 地上にいるわけがない……じゃあ勘違い? いや、違う……なら─────)
「あの……」
「!!」
考えを深めていたその時、後ろから声を掛けられる。
その声にすぐさま反応し、身構える。周りが色々な目を向けてくるが今は何も入ってこなかった。
(警戒してたはずなのに……いつの間に後ろに……)
見た目はごく普通……というにはもったいない可愛らしさを持つ少女。
その少女は目を見開いて、僕の挙動に驚いているようだった。
「す、すいません! 大丈夫ですか?」
「い、いえ、驚かせてしまったみたいですみません」
慌ててその少女に対して謝罪する。
すると向こうも頭を下げてくる。こちらの責任なのに……とても申し訳ない。
改めてその少女の姿を見る。
見た目はやっぱり普通の可愛らしい女の子。纏う雰囲気もごく普通の……いや、ちょっと違う?
妙な雰囲気を漂わせていたような感じがあったが……気のせい、だと思う。
「あの……何か僕に用ですか?」
「あ、はい。これ落とされましたよ」
そう言って手の平を差し出してくる目の前の少女。
その上に乗っているのは紫紺色の結晶。
「『魔石』……ですか?」
それはおかしい。魔石は二日前にギルドから本拠へ帰る時に全部換金している。
残っているはずはない……と思うけど…………
(本当にそうか? あの日は色々あったから残ってたってこともあり得るんじゃないか?)
少し考えてそういうこともあるだろうと結論付けた僕は目の前の魔石を受け取ることにした。
「すいません、ありがとうございます」
「お気になさらないでください……えっと念のための確認なんですけど……魔石も持っていましたし冒険者の方ですよね?」
「? はい、そうですよ!」
「あ、やっぱりそうでしたか! こんな早くからダンジョンに行かれるんですか?」
「はい、昨日休んでしまったので少し早めに」
そんな話をしていると僕のお腹からグゥ、と情けない音が鳴る。
その情けない音に思わず顔が赤くなってしまう。聞かれたかと思って店員さんの様子を伺うとキョトンとした顔をした後に軽く噴き出すように笑い出した。さらに顔が赤くなる。
「うふふっ……朝ごはん、食べていらっしゃらないんですか?」
「…………はい」
「……んー、それなら」
少し考えるような素振りを見せた後に少女は目の前の店へと入っていく。
少し経ってから戻ってきた店員さんの手には小さなバスケットが抱えられていた。
「これ、良かったらどうぞ」
「これって……あなたの朝ごはんじゃないんですか?」
「えへへ……まあそうなりますね」
「そんな……いただけませんこんなの」
朝早くから働いているであろう目の前の店員さん。
このバスケットが朝ごはんだというのなら店員さんも食事はまだだろう。
ならば受け取るわけにはいかない。
なんとか返そうとしていると店員さんが悪戯っぽく笑う。
「このままじゃ私の良心が傷んでしまうんです。どうか受け取ってもらってくれませんか?」
「うぐっ……いや、でも…………」
「んー……じゃあこうしませんか? ここでこれを受け取る代わりに今日の夜に私が働いている酒場にご飯を食べに来てください。そうすれば今冒険者さんは腹ごしらえができて、私の良心は傷みませんし職場にも貢献できます! ……どうでしょうか?」
最後ににこりとこちらを見て笑う。
結局僕は店員さんにうまくやり込められたみたいだ。でも不快な感じはない。
「じゃあ、ありがたくいただきます。それと今日の夜に伺わせてもらいますね」
「はい! お待ちしています! お店、間違えちゃだめですよ?」
バスケットを受け取り、僕はダンジョンへと向かう。
少し歩いたところで大事なことを聞き忘れていたことに気づく。
「すいません、名前を言っていませんでした! 僕はベル・クラネルって言います。貴方の名前は?」
「……シル……シル・フローヴァって言います。ダンジョン探索、頑張ってください! ベルさん!」
手を振る彼女に手を振り返し、改めて僕はダンジョンへと走り出した。
時は遡り、ダンジョン18階層“
今のベルではまだまだ到達できない階層に彼女たちはいた。
「……」
そわそわ
「…………」
そわそわそわ
「…………」
そわそわそわそわ
「………………」
「リヴェリア、そんなにそわそわしていても時間は早く過ぎないよ?」
「…………そわそわなどしていない」
「してるじゃないか」
落ち着きなく、本営の中をうろうろしているのは【
【ロキ・ファミリア】の副団長にして、ベルの義母親。
「今のところは僕達の前だから問題はないけど、目敏い
「ぐっ……確かに、そうだが…………」
「そんな焦らないでももう少しで地上に辿り着く。手紙の少年が来ていてもロキに会えれば上手いことしてくれるさ」
「…………ロキにはあまり会わせたくないのだがな」
普段非常に冷静なリヴェリアがここまで落ち着きがないのには理由がある。
それは今回の遠征の前にタイミング悪くベルからの手紙が届いてしまったことだ。
内容は簡単に言えばもうそろそろオラリオに向かうというもの。
届いたタイミングを考えれば、そろそろ村を発ち、オラリオに向かい始める頃合いだろう。
本当ならオラリオの入り口で出迎えてやりたいというのがリヴェリアの気持ち。だがどうにもこうにもタイミングが悪すぎる。
この遠征は【ロキ・ファミリア】としても重要な遠征。どんな事情があろうとも主力の一人であるリヴェリアが抜けることなどあってはならない。
「ンー、それじゃあ少し早いが出発しようか。浅い階層とはいえ集中力を欠いた状態でダンジョンにいるのも危険だろうしね」
「すまない、フィン」
「気にしないでいいよ。正直言うと僕もその少年のことは気になっていたんだ。みんなに伝えて……ん?」
天幕の外から複数の足跡が去っていく音が聞こえた。
どうやら漏れていた声を聞かれていたらしい。
「む……盗み聞きとは感心はせんな」
「まあ今回は特別に見逃そうじゃないか。さて、僕も準備と言いたいところだが、僕は後発の部隊に参加するとするよ。先発部隊の指揮はラウルに執らせてくれ」
「ああ、わかった。すまないな、フィン」
ヒラヒラと手を振るフィンを背にリヴェリアは本営の天幕から外へと出て行った。
リヴェリアの指示の声を聞きながら、フィンは改めて手元の資料へと目を移す。
(帰ってからの面倒ごとはなるべく無くしておきたい。特に親指が疼くようなこともないしこのまま……)
「…………ん?」
資料をまとめていたその時だった。ピクリと親指がわずかに疼く。
普段なら気のせいだとそのまま忘れてしまう程度の疼き。だが今は何故かその疼きが無性に気になる。
(…………今気にしても仕方がない。だが、この疼きは覚えておこう)
フィンがこの疼きの原因に気づくのは地上に帰ってからしばらく経ってからである。
「無事に帰ってこれたか……」
ミノタウロスが上層へと進出するという
ただ犠牲者はいなかったが到達階層の更新にも失敗。遠征としてはあまり良い出来とは言えないだろう。
そして異常事態による上層部での被害も今のところは報告されていないがアイズの様子が少し変だったことから何かがあったのだと覚悟はしておく。
「おっかえりぃぃぃぃぃぃ!」
「お疲れ様です! リヴェリア様!」
「ああ、ただいま。特に異常はなかったか? 具体的には入団希望者だが」
「……特にありませんでしたね」
飛び出してきたロキを躱して本拠の門番に何かなかったのか真っ先に聞く。
一瞬考えこむ姿勢を見せたことで少し期待したが特に何もないと言われ、少しだが落胆する。
(むぅ……違うファミリアに行ってしまったのかはたまたまだ到着していないのか)
「んー?」
後ろでレフィーヤを押し倒したり、ティオネやアキたちと戯れ、フィンと話していたロキが怪訝そうな顔をしながらこちらへ近づいてくる。
近づき、じっと門番……私と同じ種族の門番を見つめる。
「…………」
「ロ、ロキ……?」
「…………まっ、今はええわ。自分、遠征の後処理が終わったらちょーっとウチと話そか」
「? は、はい」
「そん時はフィンとかリヴェリアも呼ぶから来てくれなー」
そう言ってロキは再びフィンたちの元へと向かっていく。
「……何か嘘をついているのか? この私に」
「い、いえ! そんなことはありません!」
チラリと目の前の同族に気づかれないようにロキのほうを見る。
ロキは目線のみをこちらに向けて私たちの会話を聞いていた。
下界の子の嘘を見破るように、真実を話す最後の機会を与えるように。
「お前……何かを─────」
「リヴェリア……」
私が問いただそうとすると後ろから声を掛けられる。
他の団員なら後にしてくれと言うところだが、この声の持ち主ならば話が変わってくる。
「どうしたアイズ。何かあったのか?」
「……大したことじゃないんだけど……その、一緒にお風呂入りたくて……あ、ティオナたちもいるけど……」
少し顔を赤くしながらアイズがそんなことを言ってくる。
ベルと出会ってから私に対して不器用ながらも娘が母にするようにさらに甘えるようになってくれたアイズ。
そんなアイズの願いへの返答は勿論……
「いいぞ、一緒に行こうか。今回は何も言わないでおこう。ただもしも何かを隠していて、それが何か発覚したら……わかっているな?」
当然了承するに決まっている。
門番には最後にそう言い残してアイズやティオナたちと共に本拠内に入っていく。
視界の端でロキがため息をついていたことは見逃さない。
ロキの反応と門番の表情の変わりようを見るに何かを隠しているのは確実。ただこれで何も話さなかった場合は……内容にもよるがこの【ファミリア】に居場所はないだろう。
(大したことが無ければ笑い話にできるかもしれないが……あの顔色から察するに期待はしないほうがいいだろうな)
「リヴェリア?」
「ん、なんでもない。行こうか」
考え込んでいる私を見て心配そうにアイズが覗き込んでくる。
せっかくアイズから誘ってくれたんだ。とりあえず今はアイズたちとの久々の入浴を楽しむことにしよう。
いつも感想や評価、お気に入り登録、誤字脱字報告ありがとうございます。
アンケートを打ち切りたいと思います。たくさんのご協力ありがとうございました。
結果、『0:00』への投票が一番多かったためこの時間に投稿させていただきます。
ただこちらの都合やミスの見落としで前後したり、別の時間帯で投稿する場合があることをどうかご了承ください。
基本的に『0:00』でお待ちいただけると幸いです。
どうかこれからもよろしくお願いします。
先ほど同じものを投稿したのですがそこで大きなミスがあったことをここで謝罪いたします。
今後このようなミスがないよう気をつけていきたいと思います。
念の為名前は出しませんが気付き、そして教えてくれた方ありがとうございました。